はじめに・・・

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はじめに……

アカデミズム底辺で生きる流しのヘタレ神学研究者・宇治家参去(=氏家法雄)による神學、宗教學、倫理學、哲學の噺とか、人の生と世の中を解釈する。思想と現実の対話。

いつもご閲覧戴きましてありがとうございます。

2010年11月25日より「はてな」に雑文を移項いたしはじめました。

当分はココログと併用いたしますが、最終的には「はてな」ブログへ移行予定です。

「はてな」の「Essais d’herméneutique」は以下のURLからジャンプできます。

http://d.hatena.ne.jp/ujikenorio/

twitterの呟きは以下よりどうぞ。

http://twitter.com/ujikenorio

当面は併用いたしますが、すでに【覚え書】【研究ノート】の類は、こちらでupしてないものも掲載しはじめておりますので、今後ともどうぞ宜しくお願いします。

完全移項が完了しましたら、またその旨、エントリーいたしますので、どうぞよろしくお願いします。

ついでですのでひとつ。

学問の仕事を絶賛求職ちう。

以上。

追伸:【業務連絡】2010年12月3日以前のエントリーでは一人称を、「宇治家参去」と表現しておりますが、以後は、本名の「氏家法雄」でいきます。以前のエントリーの記事はそのままにしますので、適宜読み替えていただければと思います。

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否定的自由のもたらす破壊の凶暴

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 否定的自由にとっては、あらゆる特殊化と客観的規定を絶滅することからこそ自由の自己意識が生じる。そこで、否定的な自由が欲すると思っているものはそれ自身すでに抽象的な表象でしかありえず、これの現実化は破壊の凶暴でしかありえないのである。
    --へーゲル(藤野渉ほか訳)「法哲学」、岩崎武雄編『世界の名著 ヘーゲル』中央公論社、1978年。

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少し、仕事の都合でへーゲル再読していたので少しだけ覚え書。

デカルトに端を発する「考える我」に根拠をおくものの見方は、個人を尊重しようという個人主義の考えをもたらすことになるが、展開の過程で、いわば、孤人主義とでもいうべき質的な変貌を遂げたことは疑いようのない事実。

問いが「なぜ」よりも「いかに」にウェイトがおかれてゆく中で、アトム的な人間観が誕生する。そこでは、本来、代換不可能である個々人の主体を中心にという考え方が、実体的な概念として受容され、その結果、動的なものから静的なものとして人間をまなざすようになってしまう。

人間が実体として扱われるということは何を意味するのか。本来、個人を個人として扱おうとする考え方が、単なる空虚な自己主張へと転落することを意味する。

おそらくこうした時代の流れに抵抗したのがカントやへーゲルなのだろう。
とりわけへーゲルは多感な時期にフランス革命からナポレオンの出現という「世界史」を経験し、動向に注視した。

本来「人間のために」というフランス革命が、革命後、一転して暴力的傾向を帯びてくる状況の原因を、悪しき個人主義、悪しき自由主義に見抜くこととなる。

へーゲルはフランス革命の負の側面を「否定的自由」の原理が跋扈した時代として把握したのである。

悪しき個人主義とは否定的な自由のことである。それは真の自由ではない。真の自由とはへーゲルにおいては、社会と歴史を自己として生きる個人のものである。

何かと切り離されて自存する自由や個とは、静的であるがゆえに、恣意的に振る舞ってしまう。だからこそ関係性に絶えず注視したのであろう。もちろん、後期へーゲルは、その関係構造とその具体的構築物へ傾斜してしまうことは事実であり、残念な展開といってもよかろうが、デカルトに端を発する近代哲学の終結といわれるそのとらえ方は、自由の劣化への抵抗と受け止めることも可能である。

このへーゲルのとらえ方は、今の時代においても今なお色あせるものではないと思う。

さて……。
千葉の大学で担当する倫理学の講座、先の水曜の授業で、とりあえず倫理学の観点を紹介することが終了。最終的なまとめを経て、次から具体的な課題へ進む予定。

ともあれ、象牙の塔の学者と評されがちなのがいわゆる「哲学者」と呼ばれる人々でしょうが、ヘーゲルもそうですが、実際は、毎日、長時間、新聞を熟読するに費やしたともいわれております。現実のなかにこそ理性的なものがあるとしたヘーゲルの思索は、単なる概念の上の遊戯ではなく、「否定的自由」の議論に関しても、時代との格闘のなかで思索が遂行された点は失念してはなりませんね。まあ、そういうことを話した訳ですが、次の準備もしませんと・・・いけませんね(涙


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覚え書:「今週の本棚:松原隆一郎・評 『食の終焉』=ポール・ロバーツ著」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。

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今週の本棚:松原隆一郎・評 『食の終焉』=ポール・ロバーツ著
 (ダイヤモンド社・2940円)

 ◇「システム」に組み込まれた後の陰鬱な未来図
 経済のグローバル化は避けがたい時代の趨勢(すうせい)だが、野田政権はこれをTPP(環太平洋パートナーシップ協定)参加で乗り切ろうとしている。農業生産が大幅に縮小しても、製造業の輸出が伸びれば国として得策というのだ。
 だが一時的に金銭的に潤ったとして、その先には何が待ち受けているのか。「食」に焦点を当てグローバル化の憂鬱な未来を描き出す本書は、多くのヒントを与えてくれる。
 500ページにわたり饒舌(じょうぜつ)に綴(つづ)られるのは、食料生産システムのたどった歴史とその帰結、そして代替案である。遺伝子組み換えかオーガニックかといった論争にも踏み込みつつ双方の長短に触れる。冷静な筆致だけに、紹介される事例の面白さにもかかわらず、予測には暗澹(あんたん)たる気分にさせられる。
 食料はかつて、自然の恵みに過ぎなかった。ところが農業が興り、技術が進展して、食物に余剰が生まれる。それは交換され市場が成立して、人口の増加を呼び起こす。当初は小規模な農場で生産され余った物産だけが地域で取引されていたが、利潤を目当てに行動する人々が大勢を占めるようになると、市場が自律性を持ち始める。本書が「食システム」と呼ぶのは、グローバルに広がって各国の保護壁をも打ち破り、地域の小規模農場を駆逐して、ネスレやウォルマート、マクドナルドのような巨大なメーカーやサプライチェーンがより安くより多くの食品を供給する市場のことなのだ。
 発展を牽引(けんいん)したのは、技術革新である。アメリカで土壌から消失した有機物を化学肥料で補う方法が開発されると、大規模農業による低コスト化が実現された。植物や動物の交配も研究される。そのうえ小売業が「画一的で傷がなくより安い」ものをという消費者の要求に応えるようメーカーに圧力をかけると、豚肉は「足のまま」ではなく肉片を切り貼りして均質なハムとされ、鶏は胸肉を大きくするよう遺伝的に改良されて生後5週間で歩けなくなったりする。加工は添加物で。こうした食料工場は、より安価な土地や労働を求めて、東欧やアジア、中国をさまようように移動している。
 食システムの展開は、アジアで成功した「緑の革命」のごとく一時的には称揚された。けれども想定外の帰結も生まれた。一つは、地球上で十億人近くが飢餓に苦しんでいるというのに、ほぼ同数が肥満に悩んでいる。二つには、自由貿易を受け入れ主要食物(たとえばトウモロコシ)の生産を放棄した国々が、国際市場での価格騰貴にさらされた。三つには、効率的な肉類生産のために飼育箱に窮屈に閉じ込められた鶏や豚の体内で遺伝子の突然変異が起き、強い毒性を得た病原菌が市場から市場へと世界中をかけめぐるようになった。菌が抗生物質に耐性を獲得すれば、千万人単位の死者が出るとの予測もある。四つには、アフリカでは肥料をいくら与えても水不足や表土流出、土壌汚染から減産の趨勢が止められなくなった。
 陰鬱な未来図だが、救いはないのか。著者は、何が起きるか予想しきれない遺伝子組み換えよりも小規模な生産で地産地消する農業へ戻り、それに知恵を絞ることに活路を見出(みいだ)している。そしてそのためにも、安価に見えて消費者が負担していないだけの食肉生産にかかる外部費用を明らかにするなど政治的要求を訴えるべきだ、とする。妥当な結論であろう。
 本書を読めば、TPP参加とは環太平洋圏の各国が「食システム」に組み込まれることだと分かる。目先の利益と食の未来、いずれを選択するかが問われているのである。(神保哲生訳)
    --「今週の本棚:松原隆一郎・評 『食の終焉』=ポール・ロバーツ著」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。


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http://mainichi.jp/feature/news/20120520ddm015070034000c.html


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覚え書:「今週の本棚・新刊:『むかし原発 いま炭鉱』=熊谷博子・著」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『むかし原発 いま炭鉱』=熊谷博子・著
毎日新聞 2012年05月20日 東京朝刊

 (中央公論新社・2415円)

 日本最大の炭鉱にして約1年にわたる激しい労働争議で知られた三池炭鉱。著者は労使双方をはじめ、炭鉱事故や第二次大戦中の強制連行の当事者らへの取材を通じ、三池炭鉱の歴史を真正面から記録した映画「三池 終わらない炭鉱(やま)の物語」の監督だ。撮影過程で出合った事実の数々を書き残そうと、東日本大震災後の改稿を経て日本を支えたエネルギー産業の裏面史にまとめ上げた。

 街を2分した労働争議の中心人物に切り込み、炭鉱労働者の日常生活も丹念に拾い上げる。さまざまな立場から炭鉱の営みを描き、貧困問題を背景に成長してきた危険と背中合わせの企業の構造にたどりつく。

 炭鉱労働者の多くが苦しんだじん肺の訴訟資料を震災後に読み返し、著者はがく然とする。原発労働者の置かれた環境とあまりに重なっていたからだ。二つの国策産業は労働者の健康被害防止策の充実より、企業の利益を優先してきた。著者があえてタイトルを逆転させて強調したように、三池炭鉱を掘ることは今の日本を掘ることにつながっている。

 労働とは何か。企業で働くこととは何か。名もない労働者の証言が語りかけてくる。(美)
    --「今週の本棚・新刊:『むかし原発 いま炭鉱』=熊谷博子・著」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120520ddm015070020000c.html

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絶対性がなくなると宗教は自己崩壊してしまう。しかし同時に自分と異なる信仰を持つ人もそう思っている

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 さて、今日では、冷戦体制が崩壊してしまったので、イデオロギー対立による全面戦争の危機は逼迫したリアリティを持たなくなってしまったが、互いに不寛容になった諸宗教間の対立が、世界各地で目立つようになっている。こうした状況を考えると、たとえヒックが導き出す結論に異議があるにせよ、寛容を訴える彼の宗教的多元論の主張そのものは、決して無視できるものではない。
 いずれにせよ、常に人間は信仰や思想で意見を異にする者がいるとき、少数派の相手を常に排除してきた。二一世紀の我々は過去の歴史から学ぶだけでなく、宗教や文化、思想に関して、互いに寛容の精神を身につける必要があるだろう。そうした意味で、宗教間対話の取り組みは、現代世界の必然的な課題である。この課題はキリスト教にだけ限られた問題ではない。世界の諸宗教は、異なる宗教諸伝統の中にいかに自己を位置づけるかという問いを、追求する必要がある。自己の信仰と全く異なる他の諸宗教を理解し、これと対話を進めることは、その宗教にとっての自己理解のためにも必要不可欠である。

 そもそも宗教は、それを信ずる人にとっては最高の価値を意味している。したがって信仰者にとっては自分の信ずる宗教が最も善いものである。その場合の〝最も善い〟=最高・絶対性とは、二番、三番があっての一番ではなく、端的に〝それしかない〟という独占的な一番である。他と比べてそれなりによいものだとか、それに対する信仰はほどほどでよかろうというものではない。それは当然であり、それで良い。そうした絶対性がなくなると宗教は自己崩壊してしまう。しかし同時に自分と異なる信仰を持つ人もそう思っていることを知らねばならない。他者の存在を無視し、その存在を認めないのは独善である。そうではなく、異なる他の諸宗教の存在をそれぞれの固有性において真に尊重することが必要なのではないだろうか。宗教多元主義の考え方は、そうした宗教間対話を神学的・哲学的に基礎づける視座を提示してくれている。
    --拙論、「明治キリスト教と宗教多元主義の諸問題 --事例としてのユニテリアン派の活動から(一)」、『東洋哲学研究所紀要』第22号、東洋哲学研究所、2006年、20-21頁。

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twitterの連投のまとめですが、少し記録として残しておきます。

「AとBという宗教を比べたとき、AはBより優れていますよね?」という議論に関しての問題です。


宗教者とその教義は排他的絶対性の主張がなければ成立しませんから、私はそれを否定はしません。ただ、何かを否定して自身の安心立命を図ろうとするのであればそれは問題ではないかと考えます。これはネトウヨの承認欲求と構造は同じでしょう。

私自身は諸宗教を研鑽するようになってから、根本的には、教義上の高低浅深の議論が結局は躓きの石になっていることを学んだように思います。確かに教義的な強弱から暴力へ連動する人間も存在します。しかし非暴力へ挺身する人間も存在します。その意味で単純な類型論……例えば「キリスト教は一神教だから排他的、アニミズムに見られるような東洋の諸宗教はすべてを肯定する」……には懐疑的です、

もちろん、教義論争が不毛だと一蹴にしようとは思いません。

しかし、それで相手の全人性を図ることは不可能ですよね。その意味では「宗教の真正さを試すべき試金石はどこにあるのか」といえば、人間を人間として尊重することだと思います。これはもちろん、理想論かも知れませんが。


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 レッシングの『賢者ナータン Nathan der Weise』の指環の物語は、宗教の究極的な最奥の真理がもはや外面的にではなく内面的にのみ立証されることを現している。歴史的事実による経験的な証明であれ、抽象的な論拠にもとづく論理的・形而上学的証明であれ、所詮すべての証明は不十分である。なぜならば結局において、本来の宗教はそれが作用する限りにおいてのみ存在し、そしてその本質は心情と行為においてのみ実現されるからである。

 すべての宗教の真正さを試すべき試金石はこの一点に存する。

    --カッシーラー(中野好之訳)『啓蒙主義の哲学 上』ちくま学芸文庫、2003年、274-275頁。

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くどいけど、カテゴリーで人間を扱うようになってしまうと終わりなんだろうね。

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書評:ベルナール=アンリ・レヴィ(石崎晴己、三宅京子、沢田直、黒川学訳)『サルトルの世紀』藤原書店、2005年。

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ベルナール=アンリ・レヴィ(石崎晴己、三宅京子、沢田直、黒川学訳)『サルトルの世紀』藤原書店、2005年。

 あまた存在する現代思想家のなかでも、「忘れ去られた」感のある巨人がサルトルではないだろうか--。

 第二次世界大戦後、実存主義の華々しい主張で、戦後の思想界に血の巨人として君臨したものの、後に登場する構造主義、ポスト構造主義の哲学によって完膚無きまでに否定されたことから「乗り越えられた」思想家として位置づけられてしまったからかも知れない。
 そんなサルトルを現代に甦らせようとするのがベルナール=アンリ・レヴィの手による『サルトルの世紀』である。著者は、サルトルの二つの側面に注目する。戦前~戦時下抵抗の中で刷り上げられていく反人間主義・反主体思想を構想する「第一のサルトル」。そしてそのふたつもののうらとおもてとなる戦後の暗澹たる「第二のサルトル」。すなわち、あるべき本性を措定し人間改良を模索するその足跡。

 サルトルの矛盾とは自分自身の課題であり、その足跡は20世紀の宿題そのものかも知れない。いずれにしても挑戦すべき巨人であり、流行や「乗り越えられた感」で避けるべき思想家ではないだろう。

 サルトルの何が「新しく」、何が「問題」であったのか。本書は本格的なサルトル入門書ともなっている。


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覚え書:「今週の本棚:加藤陽子・評 『「思想」の軌跡 1921?2011』=『思想』編集部・編」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。

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今週の本棚:加藤陽子・評 『「思想」の軌跡 1921-2011』=『思想』編集部・編
 (岩波書店・4200円)

 ◇変革の時代を生きるための思考とは何か
 5月11日、楽天・星野仙一監督が、戦後生まれとしては初めてとなる監督通算1000勝に輝いた。その翌日、1001勝目を叩(たた)き出した同氏の名前センイチと1001をかけた駄洒落(だじゃれ)を、私じしん複数の場所で耳にしたことを思えば、1000というのは人の心に、しかと刻まれる数にはちがいない。

 ここに紹介するのは、岩波書店の発行する雑誌『思想』が、2007年に1000号を迎えたのを機に開かれた4回の座談会を核とし、『思想』にかかわりの深かった人物の回顧談や総目次・執筆者索引(CD-ROM)が付録でつくという、盛りだくさんの本である。創刊は1921(大正10)年。この年は、昭和天皇が皇太子としてヨーロッパ訪問をはたして帰国し、国民から歓呼で迎えられた年であり、また富豪や顕官を葬ることで大正維新の実現を呼号していた朝日平吾によって、安田財閥の総帥・安田善次郎が暗殺された年でもあった。当時の首相だった原敬もほどなく暗殺されたことを思えば、古き良き秩序が、禍々(まがまが)しいまでに新しい何かによって打倒されてゆく、そのような時代に『思想』は生まれた。
 座談会は、『思想』の軌跡を1921~45年、1945~65年、1965年~85年、1985年~2007年に4分割し、時代の思想状況と関連させつつ、雑誌の特徴を明らかにしている。それはあたかも、亡き大女優の足跡を愛好家が語り合うかのような熱い空間であり、読者は手に汗握って立ち会うこととなる。この比喩が不当でないことは、一昨年亡くなった高峰秀子と黒澤明・木下惠介・成瀬巳喜男ら監督との関係を、『思想』と和辻哲郎・谷川徹三・林達夫ら編集人との関係に置きかえて想像すれば、おわかりいただけるのではないか。むろん『思想』は元気であり、お亡くなりになってはいないので、誤解なきよう。

 まずは、米谷匡史、佐藤卓己、苅部直の3氏が創刊から敗戦までを論じた。和辻・谷川・林が編集人だった時代、戦時下の政治社会と『思想』の緊張関係はいかなるものだったのか。この絶対はずせない問いに、出版の基礎構造から論じたのが佐藤氏であり、『中央公論』や『改造』など時局を扱う雑誌が新聞紙法によって取締まられていたのに対し、『思想』は学術雑誌を対象とする出版法によっていたこと、統制が本格化すると返品がなくなるので版元としては利益があったことなど、興味ぶかい事実が明らかにされた。
 意外にも平穏だった戦時下の『思想』の実像を認めつつも苅部氏は、統制が強化されるなかでの『思想』のがんばりの部分も強調しておきたいとして、37年4月号にのった矢内原忠雄の論文をとりあげている。「民族と伝統」と題した矢内原論文は、議会制度こそが日本の伝統なのだと説き、35年以来続けられていた天皇機関説排撃のための国体明徴運動に対して痛烈な批判をおこなっていた。また、戦後に批判もされた和辻の戦時中の国家論について、別の読み方を提示する。国家が国民に従軍義務を課せるのは、政府がきちんと「人倫の道」を実現している限りにおいてであり、この条件なしには国家の行為は正当化しえない、との主張が和辻の論の深奥にあるとした。これは、大岡昇平が『レイテ戦記』で述べていたこと、すなわち、徴集兵に戦いを続けさせる条件を国家が維持できなくなった時、軍は降伏を命じなければならなかった、と同じものだ。ただ、和辻の真意に気づけた人間は当時どれだけいたか。この雑誌が旧制高校的連帯の内側で閉じていたといわれるゆえんだろう。
 続いて、酒井哲哉、間宮陽介、中島岳志の3氏が敗戦からの20年を語る。同時代の『思想の科学』との比較も視野にいれた酒井氏による思想状況の整理は傑出したもので、この部分を読むためだけでも本書を買う価値がある。例を挙げれば、政治意識を研究対象とした政治学者・京極純一氏の問題意識は何であったのかと問い、次のようにまとめる。それは、「意味」への関心だったろう、と。国体論をはじめとする「言霊(ことだま)の舞う戦時下」で青年期を過ごした者にとって、1960年代末に全共闘が発した「自己否定」という言葉は、「意味」を希求しようとする心性という点で、戦時下に目にしたものと同じに見えたはずだ、と。1930年代の統制経済と国体論の組合せと、60年代の高度成長と自己否定の組合せを、同じ位相で眺める視角が提示されている。

 岸信介などの革新官僚によって進められた高度国防国家構想には、戦時下ゆえ可能な変革の契機があり、それは天皇制すら無化しうる「モダニズム」の側面があった。経済の一大変革期であった60年代に、「意味」への関心が再び頭をもたげてくるのは、ある意味必然だったと読み解かれる。『思想』の軌跡を追った本書は、同時に、思想とは何かを考えさせ、今の時代を生きるための思考とは何かのヒントを与えてくれる本ともなっている。離れ業というほかはない。
    --「今週の本棚:加藤陽子・評 『「思想」の軌跡 1921?2011』=『思想』編集部・編」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120520ddm015070007000c.html


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懐疑が悪いこととして否定されなければならない場合はいつでも、第一にその懐疑が徹底していないとき、第二にその懐疑の動機が正しくないときである

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懐疑が悪いこととして否定されなければならない場合はいつでも、第一にその懐疑が徹底していないとき、第二にその懐疑の動機が正しくないときである。
三木清『語られざる哲学』講談社学術文庫、1977年、15頁。

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よく、学生さんから「せんせいは、疑い深いひとですねー」と言われますが、「疑う」ことは悪いものなのでしょうか。

こういう指摘を頂くにつれ、日本ではとにかく、「疑うこと」は「良くない」というイメージが定着しているのじゃないの! って印象を抱きます。

何も、疑うために疑っている訳ではありません(苦笑。

ある意味では確実性を探究するために疑っているのであり、「本当のそれはどうなんだろう?」っていう好奇心から疑うわけで、その意味では、学問を探究する人間は、既存の前提に対して大いに疑問を持ち、「常識」と称されるものの薄皮の一枚、一枚を剥いでいくことは必要だと思います。

しかし、注意がけた方がいいことも存在します。
うえに、三木清の文章の一節を紹介しましたが、「第一にその懐疑が徹底していないとき」、「第二にその懐疑の動機が正しくないとき」の二つがそれに当たるかと思います。

そもそも本気で探究しようなどとは思っていない人間には徹底的な探究など不可能でしょう。

そして、人間はどうして探究するのでしょうか。
それはまさに自分自身が心から納得したいから「なぜ?」と疑問を抱き、探究を遂行していきます。その意味では、そうした本源的な「知への愛」が立ち上がっていないとき、探究は本末転倒になってしまうかと思います。

このあたりは、気に掛けておくべきなのではないかと思います。

それから余談ですが、例えばtwitterやfacebookをはじめとするSNSなんかで、本来探究であったはずの「やりとり」が不毛な結果に陥ることがよくありますが、この場合もほとんどがここに起因するのではないかと思います。本気で探究しようと思っていないから、言葉に真摯になれず、ただやりこめる議論に惑溺してしまう。だから、言及を曲解したり、悪い事例だと、捏造/歪曲してまで勝他することに専念する。こういうのは避けたいものではあります。

追伸:5月21日(月曜)の朝は、金環日食でしたが、寝不足の二日酔いながらも、300円の日食観賞用メガネ越しに、ふらふらしながら、一眼レフが電池切れにて、コンデジで撮影を試みましたが、無惨な結果(涙

準備しておくものですね。

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覚え書:「今週の本棚・新刊:『生者と死者をつなぐ』=森岡正博・著」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『生者と死者をつなぐ』=森岡正博・著
 (春秋社・1680円)
 生命倫理やジェンダーについて発言を続ける哲学者が、東日本大震災や脳死移植から音楽や現代美術まで、幅広くつづったエッセイ集だ。
 60編に通底するのは生命にまつわる思索であり、読み進めると「死ななければならないのに、なぜ人は生きるのか」という問いに行きつく。
 人は死を宿命づけられているが、普段はそのことを直視せずに生活している。ところが思いがけない不幸に見舞われたり、幸せを実感できなくなった時、「なぜ生きなくてはならないのか」と自問する。
 その答えとして提示されるのが「誕生肯定」という考え方だ。<生きている人たちや、亡くなった人たちや、自然の中でうごめくいろいろないのちを内部に取り込むことによって、私は生きているのである。>
 そうした認識を著者は「哲学的アニミズムの生命観」と呼ぶ。そこに立脚し「生まれてきて本当に良かった」という誕生肯定を広めることを哲学者の責務と自任しているのだ。 大震災、東京電力福島第1原発事故という危機に直面しながら、哲学は社会に対して何ができるのか。その問いに答えようとする真摯(しんし)な姿勢が伝わってくる。(さ)    --「今週の本棚・新刊:『生者と死者をつなぐ』=森岡正博・著」、『毎日新聞』2012年05月20日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120520ddm015070039000c.html


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この宗教は暴力的で、あの宗教は平和的か??? 戯れ言も程々にしろよ。

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 元来宗教は動(やや)もすると「一種の党派」になり、「いくら自分では公平なつもりでも識らず/\に自分の宗旨に肩をもち」たがるものである(大庭氏訳一六七頁)。併し少しく聡明を開いて考へて見れば、斉しく是れ一人の神の光の反映ではないか。修道院の長老が聖廟騎士に皇帝暗殺の密計を授けんとした時、騎士は「自然がたとひ一筋でもわしの顔をあなた(皇帝ザラディンを指す)の弟様に肖せて作つて呉れたとすれば、魂もそれに対応(かな)ふやうなものが少しだつてないでせうか」と答へて、既に人類的性惰の民族的宗派的超越を暗示して居る。然るに基督教徒は自分が基督教徒だと誇り、人間だといふことを誇らうとしない。而して「基督といふ名前です--基督教徒が諸方へ拡めたがつてゐるものは。あらゆる傑(すぐ)れた人間の名前をその名前で辱しめ、そして併呑しようといふので」あつて「創造主が性[生ママ]ある総べてのものにお賦与(さず)けなすつた愛をば」忘れてゐる(大庭氏訳六二-六三頁)。是れ豈指輪の真贋を争ふ三人の兄弟の姿その儘ではないか。真贋の争をやめて謙(へりくだ)りて神の命に聴け。神の賦与せる愛に眼醒めよ。そこに何んの宗派の別があるか。第四幕第七駒に元と馬丁であつた修道僧とナータンとがレヒヤヤーを送り届けられた際の昔話がある。ナータンがレヒヤーを育てやうと決心するに至つた物語に感動して修道僧は「ナータンさん! ナータンさん! あなたこそ基督教徒です! 神様にかけて、あなたこそ基督教徒です! こんな立派な基督教徒はかつてなかつた!」といへば、ナータンはまた「お互いに恵まれてゐる! あなたから見てわしを基督教徒とする所以(もの)が、わしの眼にもあなたを猶太教徒に見せますから」といつて居る(大庭氏訳二〇四頁参照)。是に至つて宗派は或る団体の専有物ではない。之に値する何人にも恵まるべきものである。丁度神様はすべての人類の神様である様に。

 五
 愛と聡明とに依て理想世界を建設せんとするが蓋しレッシングの大本願であらう。不幸にして吾人は宗派に捉へられ、民族に捉へられ、本来しかあるべき人格を作り上げて居ない。「本来の人格といふものは此世界で余儀なくされてゐる人格と何時(いつ)も一致してゐる」とは云へぬ(大庭氏訳二二二頁参照)。余技なくされて居る人格から本来の人格に向上する様に吾々を覚醒することがレッシングの『賢者ナータン』を書いた目的の一つであり、而して是れ実にまた世界平和の理想に燃えて居るすべての人の不断の努力であつた。この精神は現代の日本に必要がないだらうか。
    --吉野作造「賢者ナータン」、『文化生活』一九二一年九月。

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旧約聖書に関する論考を読みつつ、確かに、旧約の時代……例えばヨシュア記や士師記など……とは、殺戮の歴史であったことはよく分かる。それは事実であろう。

しかし、ここからユダヤ=キリスト教が「暴力的な宗教」と短絡的にレッテルを貼って満足することは早計だろうと思う。

宗教における乱暴な東西対比論などに目をむければ、そうした経緯からユダヤ=キリスト教……そして経典の民だからイスラームまでひっくるめて……を「暴力的な宗教」と設定して、佛教や東洋的なアニミズムのようなものを「平和志向の宗教」と位置づける暴論をよく目にする。
※まあ例えば梅原某とか山折云々とか……うわなにをするやめrくぁwせdrftgyふじこlp

さて戻りますが、確かにユダヤ=キリスト教、そしてイスラームにしても、そのかかわりで、暴力的な歴史や事件があったことは事実だ。しかし、典型的な類型論で「平和志向」とされる佛教やらアニミズムという有象無象に関してはそうした事例が皆無だったのかと誰何した場合、同じぐらいに事例に事欠くことはないだろう。

結局、うえの議論はナンセンスなことこのうえない。

そもそも、宗教を受容する人間そのものへ注目してみればその消息はよく分かる。暴力を、そして平和を志向するのも一人の人間であろう。宗教は人間の歴史であるとすれば、暴力とは切っても切り離すことができない関係だ、そして平和に関してもしかりである。だとすれば、人間の獣性とどう向き合うかという課題が出てくるだけだ。

これは暴力的なそれ、あれは平和的なそれ、と措定すること自体が、暴力と聖性を内包する人間としての私を直視しない、人間としての自覚を欠いたまやかしの議論なのだろう。そこから、排他的な暴力へ転ずるのは容易なことだ。
※勿論、眼前の問題をスルーする議論という意味ではありませんが。

キリスト教で暴力的な人間は存在するし、同じくらい平和を目指す人間も存在する。これはどの宗教でも同じって話ですよ。

もちろん、歴史と教義により特色があることは事実だ。しかし一点だけを拡大して、暴力的、平和的と分類することは、宗教そのものだけでなく人間そのものをバカにした議論に他ならないと思う。

それが現在の争乱の原因だろう。宗教に起因するというよりも、宗教を利用する人間に起因するというのが精確だろうと思う。

アマルティア・センは「人間のアイデンティティを『単眼的』に矮小化することは甚大な影響を及ぼす」と言っている。

だれかと友達である、だれかと友達になる……っていうことにおいて、大事なのはその人自身だろう。

誰かと友達になろうと思った時、出自や信条を理由にしてやめておこう(その逆も)という判断を下すようになると終わりだ。

彼は○○だから関係を絶とうというのも同じ。人に即さないとマズイと思う。

「ワカリヤスイ」議論ほど、トンデモであることなんだよ、ホント。

宗教でも文化でも何でも同じだと思いますよ。


※twitterの纏めの加筆でスイマセン。最近、忙しいんです(涙

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覚え書:「そこが聞きたい ダヴィンチ展の意義 カルロ・ペドレッティ氏」、『毎日新聞』2012年5月14日(月)付。

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そこが聞きたい ダヴィンチ展の意義 カルロ・ペドレッティ氏

万能の人の原点に触れて

 「レオナルド・ダ・ヴィンチ美の理想」展が東京・渋谷で開かれている。500年前の巨匠が、なぜ今も世界中で注目され続けているのか。カリフォルニア大学ロサンゼルス校アーマンド・ハマー・レオナルド・ダ・ヴィンチ研究所所長のカルロ・ペドレッティ氏(84)に魅力を聞いた。【ロサンゼルス堀山明子、写真も】

ダヴィンチ展の意義
--万能陣として異名を持つほど多方面で活躍した巨匠ですが、世界的な研究の潮流は?
◆知的探究が施された分野について、美術だけでなく建築、科学、哲学などすべてを総合的に分析し、欧米社会における文化遺産の基盤を締めそうというのが今の流れです。彼は理想世界に生まれたと思っていたので、「自然美」と「伝統」が核心的な関心分野でした。世界観を理解するには、彼が何から影響を受けたのか、死後500年にわたって世界にどう影響を与えたのか、生前と死後のインパクトを多角的に学ぶ必要があります。
--具体的な研究は?
◆私はドイツ、イギリス、フランスなど欧州各国の関連機関やメディアと連携して、今日の社会にどんな影響をもたらしたかを分析する大掛かりなプロジェクトを進めています。死後の影響は時代ごとに変わります。宇宙科学や解剖学、工学、映画の技法でも文化遺産は引き継がれていますが、体系的にはまとまっていません。欧州連合(EU)が実現した今、彼はイタリアだけでなく、欧州の文化統合の象徴です。国境を超えて研究する意味は大きいと思います。
--ルネサンス芸術は中国の水墨画の影響を受けたと言われます。アジアとの関係は?
◆中国の著名なレオナルド研究者によると、レオナルドが水墨画に言及した著述はないそうです。水墨画の技法を取り入れたという証拠はありません。ただ、彼が生きた当時のフィレンツェは中国との貿易が盛んだったので、刺激を受けた可能性はあると思います。プロジェクトにはアジア各国の研究者にもぜひ加わってもらいたいですね。
--開催中の展示には名誉監修者としてかかわったそうですね。どこが見どころですか。
◆レオナルドの「美の概念」を正面から主題にした展示は、第二次世界大戦後初めてでしょう。理論的著述を含めて展示しようという試みは、今日的な研究の流れとも合致し、意義のあるアプローチだと思います。展覧会を訪れた日本の方々が知的刺激を受け、もっとレオナルドを多角的に知りたいと思う契機になるのではと期待します。
--約9割が日本初公開ですが、最も注目すべき作品は?
◆東京展から加わった「ほつれ髪の女」(1506~08年ごろの作品)です。彼の美の概念を表現した最高作の一つで、大好きな作品です。イタリア国内で展示されただけで、海外にはほとんど出ていません。焦点となる顔の中央部分だけ明るく、表情豊かに描き、ほつれ髪の部分は色あせて、少しずつ暗い背景と一体化していく。写実的な世界を超越したマジックのような絵です。このイメージは目で見るのではなく、心で映し出す必要があります。

人々励ます美の力
--概念的な追究の変遷が分かる作品はありますか。
◆1980年代に存在が確認された「岩窟の聖母」(1495~97年ごろの作品)です。この絵はルーブル美術館蔵の原形と、ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵の修正版があります。東京展で展示されるのは、この二つの作品の間に描かれたのではないかというのが1990年以降の研究で指摘されています。修正版はいずれも聖母マリアに後光が描かれていますが、これは後に弟子が加筆したものだと考えます。こうした分析は最近の研究で注目されている分野の一つです。
--なぜ後光は弟子が加筆したと分かるのですか。
◆後光は、当時の宗教的な絵画では慣習的に描かれていました。しかし、レオナルドは後光のような不必要な装飾をやめてシンプルに描こうとしていました。作品はすでに宗教的な構図なので、シンボルを加える必要がないからです。聖母は子供の頭に手をかざし守護する仕草をしており、それだけで十分にメッセージは分かります。そうした細かなこだわりを知ることも「美の概念」を理解する手助けになるでしょう。
--東日本大震災後、海外の有名美術館が日本への名作貸与に慎重になる中、イタリアの関係者は展示に協力しました。大変な決断だったと思いますか?
◆日本の国民が悲劇に直面した今だからこそ、「美の概念」というレオナルドの原点となるテーマの展示が必要だと、イタリアの関係者はすぐに感じたのだと思います。美は、レオナルド芸術のパワーの源です。自然美は真実だけでなく、秩序を超えた世界の美と調和を表現しています。物理的にも知覚的にも秩序が崩れた今の時代こそ、レオナルドの作品は人々を励ましてくれるのだと思います。

レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519年) 14~16世紀に欧州で盛り上がったルネサンス芸術の最盛期を支え、ラファエロ、ミケランジェロと並ぶ3大巨匠の一人。イタリア・トスカーナ地方に生まれフィレンツェを中心に活躍。美術、建築、土木、科学など幅広い分野を探究した。

カルロ・ペドレッティ氏(84) Carlo Pedretti 1928年、イタリア北部のボローニャ生まれ。50冊以上のレオナルド研究の著作を持つ。米国とイタリアの両国で活躍し、イタリアのウルビーノ大学でも教べんを執る。米国の現研究所所長には85年の開所と同時に着任した。
    --「そこが聞きたい ダヴィンチ展の意義 カルロ・ペドレッティ氏」、『毎日新聞』2012年5月14日(月)付。

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「レオナルド・ダ・ヴィンチ美の理想」展
2012年3月31日~6月10日

http://davinci2012.jp/

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書評:ケネス・ルオフ(木村剛久訳)『紀元二千六百年 消費と観光のナショナリズム』朝日新聞出版、2010年。

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官民が渾然一体となって仕掛けた「ディスカバー・ジャパン」としての『紀元二千六百年』

ケネス・ルオフ(木村剛久訳)『紀元二千六百年 消費と観光のナショナリズム』朝日新聞出版、2010年。

本書を読んで驚いたのは、“国威発揚”のイベントというものは、何かしらの当局がその思惑のもとに総動員を下すのではなく、いわば官と対極にある民がそこにすり寄って、補完・補強していくという構造だろう。

オリンピックを想像すればそのことは用意だ。東京オリンピックといえば1960年のそれを『三丁目の夕陽』的に思い出せばそのメカニズムを容易に把握することが可能であろう。しかし、開催中止となった1940年にも東京オリンピックは開催の手はずだった。日中戦争の激化で開催を返上したと言われるが、その1940年こそ、“国威発揚”の節目となる『紀元二千六百年』でもあった。

本書を読むと恐ろしいほどにその時代の空気を感じることができ、それが遠い世界でないことにも驚く。そして、1940年の空気には、翌年末に突入する太平洋戦争の息吹は全く感じることができない。

いうまでもなく総力戦へむけての体制の準備は着々として進んでいる。しかし、庶民の生活はそれとは程遠い現実でもあったようだ。明るい側面や活気が見えるからだ。

本書の副題は、「消費と観光のナショナリズム」。

戦後の高度成長期に日本は「明治百年」を迎える。そこでブームになるものと、1940年のそれが同じ光景……すなわち、「消費と観光のナショナリズム」であったことはこれまた驚いてしまう。すなわち、国史ブーム、大衆参加と大量消費、朝鮮満洲観光。まさに1940年の日本は戦争など予期できないイベントと金儲けの時代であったということだ。そしてその「消費と観光のナショナリズム」が日本という国家を大衆レベルで実感・共有させていく翠点となっていく。決して過去とは思えぬ筋道なのである。

さて、冒頭で言及した通り、百貨店、新聞社、出版社、レコード会社、鉄道会社などが盛んに記念行事を煽ったことは忘れてはいけないだろう。一体感を演出する記念イベントはビジネスチャンスであったということだ。広告と消費、そしてマスメディアと戦争の関りは丁寧に探究されるべき。過去を知ることが現在を映しだす。

このところ喧しいのが官か民かという二元論だが、結局のところ、「儲け」の前に、経済性に軸を置く「民」の正常性は担保されないのは現実なのかもしれない。

紀元2600年つーうのは、要するに官民が渾然一体となって仕掛けた「ディスカバー・ジャパン」なんだよね(´Д` )


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理性によって導かれる人間の究極の目的、いいかえれば最高の欲望は--彼はこの欲望にもとづいて、それ以外のあらゆる欲望を統御しようとする--こと

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 かくて人生でもっとも有益なものは、知性あるいは理性をできるだけ完成させることである。そしてこの点にのみ人間の最高の幸福あるいは至福がある。もちろん至福は、神の直観的な認識から生じる心の安らぎ以外の何ものでもない。他方、知性を完成させるとは、神と神の属性、さらに神の本性の必然性そのものから帰結される諸活動を認識することである。それゆえ、理性によって導かれる人間の究極の目的、いいかえれば最高の欲望は--彼はこの欲望にもとづいて、それ以外のあらゆる欲望を統御しようとする--、彼自身と彼の知的認識の対象となるすべてのものを、十全に把握するように彼をかりたてる欲望である。
    --スピノザ(工藤喜作訳)「エチカ」、『世界の名著 スピノザ・ライプニッツ』中央公論社、1969年。

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本日の講義にて、西洋哲学史の流れは、ひとまず完了。めちゃくちゃな駆け足でやってきたのですが、西洋哲学の一つの伝統とは自己完成を目指していくという方向性がれっきとして存在することを見落としてはならないと思います。

「行」的な自己完成を目指す伝統はどちらかといえば、東洋的な伝統に濃厚に見受けられますが、それは東洋的な伝統の専売特許ではありません。

生活世界のなかで、有限存在としての自覚から出発し、どこまで自分が自分の「主(あるじ)」として振る舞っていけるかどうか。そして自分に対し、世界に対し、そして他者に対して、その認識からどのようにかかわっていくのかどうか、哲学を学ぶ意義というのは、いくつかあるでしょうが、この自己完成、主としての認識……くどいですがこれは“オゴリ”としてのソレではありませんよ……を手にすることができるかどうかというのは大事なポイントだと思います。

ですから、逐語的に、名前と概念を「暗記」するのではなく、過去の賢者たちの思索をたよりに、他律から自律へ……この流儀を学ぶことを心がけて欲しいかなと思います。

ちょうど授業も1/3が終了。このあとは、個別のテーマに従って、哲学的知見を紹介しながら、皆様と思索を深めていければと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

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一壺の紅の酒、一巻の歌さえあれば、

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一壺の紅の酒、一巻の歌さえあれば、
それにただ命をつなぐ糧さえあれば、
君とともにたとえ荒屋に住まおうとも、
心は王侯(スルタン)の栄華にまさるたのしさ!
    --オマル・ハイヤーム(小川亮作訳)『ルバイヤート』岩波文庫、1979年、78頁。

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水曜日は、千葉の大学で倫理学の講義をしてから、夕方の早い時間から盃を交わしてしまいました。

ずーっとツイッターでやりとりをされている人生の大先輩が、東京へ所用があるということで、お互いに所用をすませてから、初めてお会いし、一献……というかげふんげふんとなるぐらいお酒を飲み交わしてしまいました\(^o^)/

身近な生活から文化や文明、そして宗教等々さまざまな問題に関して闊達な意見を交わすことができ、自分自身も、また生きて頑張ろうというひとつのきっかけになったかと思います。

Mさん、ありがとうございました。

しかし、つくづく実感するのは、ツィッターの「人と人を結びつける」善なる側面のすごさ。もちろん、ヘイトスピーチや嘘やデマを垂れ流す負の側面もあるのは承知ですが、1ポストがたった140字の短さですが、そこにやはり人間性というものは醸し出てくるというもの。

間違いない、素晴らしいーと思った人はやはり会ってみると、想像以上ということが殆どでした。

それから付け加えるならばツイッターのすごさは、身分や社会的地位にかかわらず、水平に向き合うことができるということ。日頃の生活世界では、やはりポジションによって遠慮してしまうところがあるのですが、わりときちんと話ができるというところでしょうか。
※もちろん、粘着してきたり誤読の上揶揄してくるような人もいるのは事実ですが。

しかし、たった2時間弱の語らいでしたが、ホント、いい時間を過ごすことができました。

重ね重ねですが、Mさん、本当にありがとうございました。


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書評:粕谷一希『内藤湖南への旅』藤原書店、2011年。

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京大東洋史学の泰斗、内藤湖南膨大な業績から、我々は何を学ぶことができるのか?

粕谷一希『内藤湖南への旅』藤原書店、2011年。

私事ですが吉野作造研究に従事する身として吉野の中国論を読む上でスルーできないのが内藤湖南。日本東洋学における富士の如く霊峰にして泰斗ながら忘れ去れた思想家として定位しているのが実状だろう。

吉野研究の絡みで、本書を手に取ったが、読んでみて面白かった。

本書は、内藤の人生と学問、そして彼の生きた時代の精神と、関連する人物や後継といった群像を温かい敬意をもって精緻に描いた一冊。

内藤湖南の魅力とは何か。

「古代から清朝衰亡までの全体を実感をもって押さえただけでなく、有史以来の歴史意識の発生と発展の過程を丹念に辿るという壮挙を成し遂げた歴史家」。

定番ですがこういうのもあります。

山根幸夫「日本人の中国観 : 内藤湖南と吉野作造の場合」、『東京女子大學論集』(19,1968)。

http://ci.nii.ac.jp/naid/110005053293


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覚え書:「今週の本棚:小西聖子・評 『理系の子--高校生科学オリンピックの青春』=ジュディ・ダットン著」、『毎日新聞』2012年05月13日(日)付。

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今週の本棚:小西聖子・評 『理系の子--高校生科学オリンピックの青春』=ジュディ・ダットン著
 (文藝春秋・1785円)


 ◇創造を信じる子と親と社会のファンタジー
 高校生の数学オリンピックは日本でも有名になったが、理科の分野でも同じような行事がある。アメリカではサイエンス・フェアと言われていて、郡や州単位のものから、国際的なレベルのものまで毎年盛んに行われているらしい。まるでスポーツ大会のように、中高生がそれぞれの科学研究を発表して、競い合う。ここで地元大学進学の奨学金を得ることもできる。
 このサイエンス・フェアの最高峰がインテル国際学生科学フェア(ISEF)である。毎年五〇か国以上の国々から、一五〇〇人以上の高校生が集まり、世界から予選を勝ち抜いた理科の自由研究を発表する。賞金や各地の大学奨学金は総額四百万ドルを超え、熾烈(しれつ)な戦いが五日間繰り広げられる。本書はインテルのフェアに参加した子どもたちの記録である。
 そういえば中学校の夏休みの自由研究で、友達の理科工作が東京都とかの賞をもらっていたなあ、とぼんやり思い出すが、現在の国際学生科学サイエンス・フェアの内容の高さは夏休みの宿題とは隔絶したレベルにある。
 ナノテクノロジーの研究で、すでに五つの特許を取って会社を経営する高校生や、核融合炉を作る高校生。いとこの自閉症の子のために言語教育プログラムを開発した高校生など、サイエンス・フェアで発表される研究は、大学や博士課程の研究を上回るものが多い、という。少なくとも創造性については、はるかに上を行くこと間違いなしである。
 この本の良さは、一つには、著者の言うとおり、子どもたちの才能と真っ直(す)ぐな努力が伝わってくることである。著者のジュディ・ダットンはこう書いている。
 「子供のような彼らとその能力について抱いていたわたしの考えは根本から覆され、八歳だろうが八十歳だろうが、全身全霊で打ち込めば、どのようなことも乗りきれると思い知らされたのだった。」
 国際比較の学力テストなどではアメリカの科学教育のレベルは高くない。将来の凋落(ちょうらく)をオバマ大統領も憂慮しているというが、ダットンは明るい希望を見たと言う。
 でもそれだけではない。優秀な科学エリートたちだけの物語ではないところに、むしろこの本の感動がある。そういう突出した子を見守る人たちがいること、社会に受け入れる鷹揚(おうよう)さがあることにも胸打たれるものがある。
今週の本棚:小西聖子・評 『理系の子?高校生科学オリンピックの青春』=ジュディ・ダットン著
毎日新聞 2012年05月13日 東京朝刊


 インタビューされた子どもたちは、社会的経済的に恵まれた天才秀才ばかりではない。障害のある子、変り者の子、極貧のネイティブアメリカンの子も、矯正施設にいる子どもたちも、サイエンス・フェアに出場している。高校に行かずに家庭で教育を受けている子もいる。
 サイエンス・フェアに参加するためには、確かに子どもに才能は必要である。でも最初から子どもが輝いているわけではないし、能力のバランスが良いわけでもない。子どもの突飛な発想を後押しし、励まし、指導し、称賛し、一緒に楽しむ大人の存在は大きい。しかも徹底して良いところだけ見てサポーティブに評価する。自分の子どもが、核融合の実験を自宅で始めても、見守っていられる親は多いとは思えない。子どもが自閉症児の教育法を作っても、本気で試す人は多いと思えない。特に日本人にはなかなかできない技だ。
 人を信じることの大切さが伝わってくる、ファンタジーみたいに気分の良い本なのである。(横山啓明訳)
    --「今週の本棚:小西聖子・評 『理系の子?高校生科学オリンピックの青春』=ジュディ・ダットン著」、『毎日新聞』2012年05月13日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120513ddm015070015000c.html


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書評:アントニオ・ネグリ(杉村昌昭訳)『さらば、“近代民主主義”―政治概念のポスト近代革命』作品社、2007年。

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アントニオ・ネグリ(杉村昌昭訳)『さらば、“近代民主主義”―政治概念のポスト近代革命』作品社、2007年。


思想哲学の分野に限らず、現代の特徴とは、伝統的な概念が、もはやうまく機能しなくなってきているという問題だろう。発想にせよシステムにせよ、それに変わるものごとの構築を迫られている。本書は、ここ10数年、多数の著作が紹介されるようになったネグリが政治哲学について正面から論じた一冊だ。

ネグリは伝統的な思想が力を失った原因を3つ、本書で指摘している。一つは「非物質的な労働」の登場である。これにより、伝統的なマルクス主義の労働概念と人間概念は木っ端みじんに崩壊した。

次は、「主権の生政治的定着」とよばれる現象である。社会の生政治形態は全体化しているのはまぎれもない事実だろう。この現象により社会における主権という概念が決定的な重要性を喪失した。

そして最後は、「グローバリゼーション」である。従来の様々な統治形態は……例えば、君主制によせ貴族制にせよ、そして民主制にせよ……、一者に主権をすべて集中するところにその特徴がある。しかしグローバリゼーションの到来は、その無効を宣告した。

そしてそれに挑戦するポスト近代の政治思想を取り上げ批判する。しかしネグリによれば、どのアプローチも有効に機能していない(第一は「近代の存在論に対する哲学的な反動」、第二は「弱い思想」、そして第三は「無力な契約主義」である)。

さてネグリ自身は概念更新についてどのように考えているのだろうか。冒頭で次のように言及している。

「概念の構築の作業は、常に人類学的なプロセスをたどり、協働的な流れ、未来に開かれた装置となっていく。これが移行期における思考の特徴であり、また逆に、この思考の生成は移行期によって強化されていく」。

そう、ここで登場するのが氏の持論である。従来の植民地化か脱植民地化かというポスト近代の思想を退けながら、「特異性の総体」としてのマルチチュードの登場である。グローバリゼーションのもと、マルチチュードの内部では、主体性(主観的権利)は、単に個人的利益を擁護しようとするのではなく、むしろ協働して機能する。

ネグリは言う。

「問題は否定的なものを排除することではなくて、それと並行して肯定的なものを建設することなのである。なぜなら、この二つの線は、実際は、恒久的に交差するものだからである」。

決定するとは、何かひとつを排他的に選び取るものではないのかもしれない。それが民主主義の「生産」になるという。

さて思い出すのは「対案を出せ」という弾呵。
このワンフレーズがさらなる機能不全を招来することはいうまでもないだろう。 


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覚え書:「今週の本棚:伊東光晴・評 『ティーパーティ運動の研究』=久保文明ほか編著」、『毎日新聞』2012年05月13日(日)付。

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今週の本棚:伊東光晴・評 『ティーパーティ運動の研究』=久保文明ほか編著
 (NTT出版・2940円)

 ◇アメリカ「草の根保守」の実態に迫る
 共和党の予備選挙下、右派を支える草の根地域運動であるティーパーティについてのすぐれた実証的な研究が、この本である。執筆者は編者を含めて十一人、みなアメリカ現代史の専門家である。
 第一章では、世論調査を使ってこの運動に共通しているものが「小さな政府」を求めるものであることを明らかにしている。政府の弱者支援に反対であり、自らの生活は自らの努力の上に築くべきで、政府に依存してはならないという考えである。ロンドン大学のドーア教授によれば、過去に共同体を持ったヨーロッパの人たちが、福祉社会を志向しようとするのと対照的であるという。
 小さな政府の主張は、経済的保守主義、市場原理主義、反福祉政策に通じている。
 このティーパーティ運動の発端は、二〇〇九年九月の「サンテリの叫び」だという。住宅差し押さえに窮した人に、オバマ政権が救済措置をとることを知り、こんなことに国の金を投じてよいのかと、怒りをぶつけたサンテリ(ケーブルテレビの金融レポーター)が、“オバマ反対、独立記念日にミシガン湖に集まれ! 私がシカゴ・ティーパーティ運動を組織する”とテレビで言ったことにはじまる、という。
 アメリカ独立戦争の発端にちなんで名づけられたティーパーティは、こうして、指導者はなく、統一した綱領もなく、強い衝動にもとづく異議申し立てとして、二〇〇九年十二月の「納税者ワシントン行進」となっていったのである。
 著者たちは、ティーパーティの影響は、共和党の予備選挙までであるとしているが、共和党の予備選挙の進行をみると、この予想は正しく、大統領選挙に影響することはなかった。この運動は大きな話題を集めたが、ニューディール以後の新しい行政ニーズ、経済問題、政治問題に対処できないと書かれているが、その通りである。
 注意しなければならないのは、ティーパーティの中には、少数派ながら異端のいくつかの流れがあることだという。その最たるものが「コーク財団」の動きであろう。
 コーク兄弟は、石油精製事業をおこした父から、富と強烈な反共主義を受けつぎ、世界長者番付十八位の所得を手に、右派支援の活動を展開しており、オバマをマルクス主義に通ずるものがあると批判するなど、極右支援の動きとティーパーティ運動とを、ともに展開しているという。その動きは、現代のマッカーシズムを思わせる。
 他のひとつはロン・ポール下院議員とかれを支持する草の根運動であり、かれらはティーパーティ運動の元祖は自分たちだと自負している。かれらは、個人の自由を最大限に尊重しなければならないとするリバタリアンであるが、同時に、制定時の合衆国憲法に忠実でなければならないとする「憲法保守」である。
 ポールの批判は民主党政権だけでなく、二〇〇八年「不良資産救済プログラム」を認めた共和党主流にも加えられる。この時「自由への行進」に使われた旗や服装が、ティーパーティに使われていく。
 初期憲法に忠実ゆえ、イラク戦争、米軍の海外駐在に反対であり、社会問題ではリベラル派に近い主張をしている。
 共和党の大統領候補は中道のロムニー前マサチューセッツ州知事におちついた。大金持で、正に共和党の候補にふさわしい。この本は、ティーパーティについての、わが国でのはじめての本格的研究書であり、その実態を私たちに教えてくれる。
    --「今週の本棚:伊東光晴・評 『ティーパーティ運動の研究』=久保文明ほか編著」、『毎日新聞』2012年05月13日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120513ddm015070005000c.html

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比喩や象徴などを理解する方法。それらを解釈しようとくわだてないこと

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 比喩や象徴などを理解する方法。それらを解釈しようとくわだてないこと。光が溢れ出てくるまで、じっと見つめつづけること。
 一般的に、知性を訓練する方法は、見つめることである。
 実在するものと幻想上のものとを見分けるために、この方法を用いること。感覚による認識の場合に、自分の見ているものに確信がもてないならば、目を離さずに自分の場所をかえてみると、実在があらわれてくる。内面的生活においては、時間が空間のかわりをする。時間がたつにつれて、人は変化するが、さまざまと変化する中にも、同じ一つのものにじっと目を向けつづけているならば、ついには、幻想は消え去り、実在があらわれてくる。その条件としては、注意が執着になってはならず、ただ見つめるということでなくてはならない。
    --シモーヌ・ヴェイユ(田辺保訳)『重力と恩寵』ちくま学芸文庫、1995年、199頁。

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細君が所用にて外出のため、月曜の夜は、子供と一緒に過ごしていたのですが、そこで気づいたことが少しありました。

一緒に過ごしたといっても、別に何か一緒に遊んだわけじゃないのですが、まあ、要するに、同じ部屋で、ふたりでそれぞれのことをやりながら、「留守番」をしていたと表現した方が精確なのですが、本を読んだり、おもちゃで遊んでいる姿を観察すると、対象について、それをそのまま受容している様子に驚いた次第。

本を読むにしても、牽強付会のような都合のいい解釈をするわけでもなく、実在物としてのおもちゃで遊ぶにしても、遊び手が恣意的に対象をコントロールしているわけでもありません。

その意味では、対象に対して「集中する」「注意を注ぐ」ことに真剣であり、それは大人以上のものがあるのじゃないか。そう実感した次第です。

小学3年生ですけどネ。

驚くばかりです。

ただ、日本の国語教育は「感想主義」がそのメインストリームにあるから、恐らく今後そうした洗礼を浴びてしまい、対象に即さない「独白」になってしまうのかッ!!!

……っていう恐怖もあるのですが、「集中する」「注意を注ぐ」という流儀はどこかで大切に持ち合わせ続けさせたいとは思う次第です。

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覚え書:「今週の本棚・新刊:『李鴻章 東アジアの近代』=岡本隆司・著」、『毎日新聞』2012年05月13日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『李鴻章 東アジアの近代』=岡本隆司・著
 (岩波新書・798円)

 李鴻章(1823-1901)といえば、われわれは19世紀半ばの洋務運動の指導者、日清戦争における清朝の全権使節ということを想起する。しかし、その存在は、実はもっと大きく、実務官僚の第一人者として、19世紀半ばから末にかけて、清の勢威が次第に衰え、中国を中心とする東アジアの国際秩序が解体していく時代を生き、その時代を作り上げた中心人物の一人だった。
 李鴻章は清がアヘン戦争で英国に敗北した直後の1847年に科挙官僚となり、清朝存亡の危機に際し淮(わい)軍を指揮して太平天国の乱の平定に功績を挙げ、洋務の総帥となり、海防を主導し、日本をはじめとする外国列強とわたりあうなかで、その生涯を終えた。
 本書はこの李鴻章の生と重ね合わせるかたちで19世紀後半の清=中国の変貌を物語る。特に、李鴻章が「属国自主」の概念によって朝鮮、ベトナムに対する清の宗主権をいかに守ろうとしたか、なぜ、また、いかにして、その試みが日清戦争と下関条約で失敗に終わったか、この時代の中国と東アジア国際秩序の変容を理解する上で、学ぶところが多い。好書である。(隆)
    --「今週の本棚・新刊:『李鴻章 東アジアの近代』=岡本隆司・著」、『毎日新聞』2012年05月13日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120513ddm015070023000c.html


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«書評:中村綾乃『東京のハーケンクロイツ 東アジアに生きたドイツ人の軌跡』白水社、2010年。