トップページ | 2007年9月 »

2007年8月

等身大の思考

01_4 02_2 

03_2

◇家族サービス
嫌いな言葉の一つが、家族サービス。人のために尽くすこと、奉仕がサービスの元意であるとすれば、主人として家族のために尽くす、奉仕するのは当たり前。現実はそんな簡単なことがうまくできないから、人間世界は大変な訳ですが……。
話をもどしますと、今日は、嫁さんと子供が実家から戻ってきてから、初めての私の休日でしたので、家族で外食しました。子供が小さいので、専門店(いわゆる国別料理のたぐい)にはいけないので、行き当たりばったりで食事メニューが丁寧に作られていると評判の近所の居酒屋へ行く。家族サービスじゃないですけど、自分も楽しみ、家族も楽しみ、がっつり食って飲んできました。
おそらく日本ならどこに出もある『庄や』。
夕方5時に入ったのですが、なかなかどうして、サラリーマンよりも、うちと同じようなファミリーの方が多かったのに驚きでした。私と同じように考えている(自分も飲んでハッピー、家族もそれなりにうまいモノ食ってハッピー)世のお父さんたちが多いのかと思いました。チェーン店ですが、『庄や』は他のチェーン店系の居酒屋さんに比べると、値段も少し高いですが、まぁそれなりにうまいモノを出してくれる店だと実感しました。
『八海山』も飲んで大満足!

◇博文約礼
いつも飲み過ぎることがよくあり、家族に迷惑をかけてしまうこともあるので、酒を飲むときは(本来的にはそれ以外のときも)、飲み過ぎないよう心がけていますが、今日は何とか収まりがつき良かったです。

まぁ今日は、自分のモットーにしている言葉を紹介します。すなわち表題通り『博文約礼』です。出典は、『論語』(巻第六 顔淵第十二・15)です(以下、引用は、金谷治訳注『論語』(岩波文庫、1999年))。

子曰、君子博學於文、約之以禮、亦可以弗畔矣夫
子(し)の曰く、博(ひろ)く文を学びて、これを約するに礼を以てせば、亦(ま)た以て畔(そむ)かざるべきか。

すなわち、博く学べ、しかし博識をもって満足せず、礼すなわち実行によって知識をまとめていくことが大切である、そういう意味合いの一節です。
孔子の言葉といえば、一部の専門家をのぞき、封建制度を支えたイデオロギーとして批判され、現在では古くさい道徳としての認識が多いと思います。また嘘くさい政治家の信条としてその文物が利用されたりするところから、誤解もあるかと思います。確かに孔子の思想は後世、体制を支えるイデオロギーとして固定化した側面・歴史的経緯はあったと思いますが、それだけで全否定されるべき考え方ではないと思います。産湯と一緒に赤子まで捨て去る必要はありません。

かつてコロンビア大学のドバリーは、「人間が世界の変革において中心的かつ創造的役割を果たしていると考える点で、儒教は人間中心の思想であった」(Wm.T.ドバリー(山口久和訳『朱子学の自由と伝統』(平凡社、1987年))と語りましたが、儒教(孔子)の発想には、形而上の領域であれ、形而下の領域であれ、常に人間を機軸にした“等身大の思考”の探求があるように思えてなりません。歴史的には皮肉にも体制イデオロギーと化してしまいますが、孔子の言葉に耳を傾けると、『論語』などはまさにそうですが、絶えず「人間」に立ち返り、「人間」の実践を通じて、その正否を検証する営みであったと実感します。

で・・・博文約礼。
なまじ学問なんかにとりつかれていると、博識に満足し、浮世離れしていく側面がなきにしもあらずです。例えば、徳川綱吉は学者としては一流でしたが、人としてはいかがなものかという側面のあった人物で、かつて池波正太郎は、その様を「学問に淫している」と表現しました。たしかに学問をやる以上、対象について余人を挟まない集中は必要ですが、その後どうするのか、改めて検証する必要があると思います。

とはいえ、博文約礼ほど、博識に至ってないヘタレ学者の戯れ言でした。

論語 (岩波文庫) Book 論語 (岩波文庫)

販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

05

| | コメント (0) | トラックバック (1)

秋刀魚と贅沢モルツ(SAPPORO)、福沢諭吉の禁酒

01

◇初物をいただく
(学問以外の)仕事を終え、家に帰ると午前1時前。それから、飯を食べるわけですが、といっても総菜だけですけど、本日は、サンマの塩焼きでした。先週あたりから、秋の味覚として、店先に並ぶようになりましたが、今年は豊漁で安くなっています。脂ののった秋の秋刀魚は最高です。焼いてから数時間たったものですけど、レンジでチンして、大根おろしと絞ったスダチで味わいましたが、やはり季節の味覚、芳情で濃厚な舌触りでした。ちなみに日本が誇る名匠小津安二郎も晩年に『秋刀魚の味』(1962松竹)という作品を撮っていますが、興味ある方は是非。ちなみに平蔵は小津安二郎大好きです。
そういう秋刀魚のお供には、やはり秋期限定ビールが似合います。秋季限定モノのビールは、レギュラーアイテムより、麦芽使用率を高め、その分アルコール度数も高くなりますが、濃厚な味わいになっています。これは、夏場は、量を飲むためのビールでしたが、秋口にかけては、量は飲めないけど、濃厚な豊潤な味わいを極めたい!という民需と供給側の思惑の一致から、そうした限定ビールが出されているそうです。本日の相棒は、SAPPORO贅沢モルツです。


◇禁酒する福沢諭吉
そういふ飯と酒の噺ばかり書いていると宇治家参去さんは、酒のみでこの日記も酒飲み日記になっているぞ、との御批評もでてくるかと思いますが、確かにそうです。
ですけど、それだけに終わらせてしまうと意味がないので、一ついい話を。
私の大尊敬する日本人の一人に福沢諭吉がいます。福沢といえば、明治日本を代表する啓蒙思想家であり、一万円札の人物として知られていますが、現実にはちまたではその業績や活動が知られていないのが実情だと思います。アカデミズムの世界でも、一般的には福沢の啓蒙思想家としての側面は評価されても、その思想性はほとんどないと評価されるのが常ですが、そうでもないよなーと思うしだいです。そう思うのは宇治家ばかりではなく、かの、戦後日本を代表する思想家・丸山真男大先生も、一定の距離をおいていますが、福沢を評価しております(丸山の福沢評価に関しては、手短なところで、丸山 真男(松沢弘陽編)『福沢諭吉の哲学』(岩波文庫、2001年)。丸山真男の福沢論に関しては、また別のところでふれようと思いますが、実は、福沢諭吉大先生は、無類の大酒のみだったんですね。

福沢の自伝にあたる『福翁自伝』にもつぎのようなくだりがあります(引用は、福沢諭吉(富田正文校訂)『福翁自伝』(岩波文庫、1978年))。

「(泥酔して巷に迷惑をかけたため福沢は禁酒します--引用者注)また私は酒のために生涯の大損をして、その損害は今日までも身に付いているというその次第は、緒方の塾に学問修業しながら、兎角(とかく)酒を飲んで宜いことは少しもない。これは済まぬことだと思い、あたかも一念ここに発起したように断然酒を止めた。スルト塾中の大評判ではない大笑いで「ヤア福沢が昨日から禁酒した。コリャ面白い、コリャ可笑しい。いつまで続くだろう。迚(とて)も十日は持てまい。三日禁酒でも明日は飲むに違いない」

ですけど、福沢は頑張って禁酒を十日、十五日と続けます。そうすると悪友が曰く、

「キミの辛抱はエライ。よくも続く。見上げてやるぞ。ところが凡(およ)そ人間の習慣は、仮令(たと)い悪いことでも頓(とみ)に禁ずることは宜しくない。到底出来ないことだから。君がいよいよ禁酒と決心したらば、酒の代わりにたばこを始めろ。何か一方に楽しみがなくては叶わぬ」

と、親切らしくいうわけです。福沢は煙草が大嫌いで、その害悪を説いて回る人物でしたが、「忌(いや)な煙を無理に吹かして、十日も十五日もそろそろ慣らしている中に、臭い辛いものが自然に臭くも辛くもなく、だんだん風味が善くなって来た」となるわけです。

しかし問題は酒です。

「凡そ一ヶ月ばかり経って本当の喫煙客(タバコノミ)になった。ところが例の酒だ。何としても忘れられない。卑怯とは知りながら、一寸(ちよい)と一盃やってみると堪らない。モウ一盃、これでおしまいと力んでも、徳利を振ってみて音がすれば我慢ができない。とうとう三合の酒をみな飲んでしまって、また翌日は五合飲む。五合三合従前(モト)の通りになって、さらば煙草の方はのまぬむかしの通りにしようとしても、これも出来ず、馬鹿々々しいとも何とも訳が分からない。迚も叶わぬ禁酒の発心、一ヶ月の大馬鹿をして酒と煙草の両刀遣いに成り果て、六十余歳の今年に至るまで、酒は自然に禁じたけれども、煙草は止みそうにもせず、衛生のために自ら作(な)せる損害と申して一言の弁解はありません」。

とのことだそうです。
福沢は自伝だけでなく、その書き物を読むと人間味あふれる人です。福沢の大酒飲みの噺は有名だそうですが、酒を禁酒しようとして結局嫌いな煙草にまで手を染め、欠かせなくなったというエピソードは、その証左だと思います。
そういえば、大学の学部生時代(慶應義塾)、大学の授業の休講などを知らせる掲示板には、教授であろうと「○○君」と記名されていました。これは、慶應義塾にとっては、先生と呼ぶべき対象は、創立者の「福沢諭吉」ただ一人で、その以外の教員は、同等に「~君」で読んでいたものの名残だと聞いたことがあります。現在においては、もちろん形骸化した部分もあると思いますが、それだけみんなから慕われていた人間・福沢を感じさせるエピソードだと思います。

新訂 福翁自伝 (岩波文庫) Book 新訂 福翁自伝 (岩波文庫)

著者:富田 正文,福沢 諭吉
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (3)

ビールVSソクラテス

05_2

◇ビール!ウフォォ!!
学問だけじゃ喰っていけないので、市井の仕事もしています。今日はそこで働くバイト君との話から・・・(一応、バイト君を使う身分)。
バイト君曰く、「ビール飲みたいッス」。勤務開始一時間後の話である。金のない二人は何とか工面しつつ、終業後、居酒屋へ。
彼が飲みたいのは暑いからだけではない。そのモチベーションは、すべての物事に〝意味〟を求め、心から納得したいから、との熱意である。詳しい話はおくが、こうした彼との対話のなかから、自分もそうであったなぁ~と思いつつ、今ではそうした環境と折り合いをつけつつ生きている自分を自覚する。

◇メメント・モリ2・ソクラテス・無知の知
(それなりに飲みましたが、まじめなことも書いておこう)

で・・・

ソクラテスとは〝覚悟の人〟である。
『ソクラテスの弁明』のなかで、彼は死について語る。
「(人々が死を恐れる理由について--引用者註)なぜならば死を恐れるのは、自ら賢ならずして賢人を気取ることに外ならないからである。しかもそれは自ら知らざることを知れりと信ずることなのである。思うに、死とは人間にとって福の最上なるものではないかどうか、何人も知っているものはない、しかるに人はそれが悪の最大なるものであることを覚知しているかのようにこれを怖れるのである。しかもこれこそまことにかの悪評高き無知、すなわち自ら知らざることを知れりと信ずることではないのか」(プラトン(久保勉役)『ソクラテスの弁明・クリトン』(岩波文庫、1964年))。
ソクラテスの有名な〝無知の知〟の概念を死に関して語った場面である。人は知らないことに恐怖する。故に知らないことを知ったかぶりするのではなく、無知を自覚すること(無知の知)が重要で、それによって生も死も当人にとってきわめて正確に理解できるのではないかとの問いかけである。

人間はすべて、自己自身であることに配慮すべきである--ソクラテス-プラトンをつなぐ重要な論点であるが--との主張は、いわばソクラテスのマニフェストである。自己自身に対する配慮(いうまでもないがそこには自分自身に深く関わる世界と他者への視点も含まれ、自己中心的な、自閉的な視座とは世界と自分との位置づけが根本的に異なる)そのこと以外、すなわち自分にとって付属物であるようなものを優先すべきではない。

ソクラテスの弟子・プラトンは言う。
「身体のもとが腐っていたら、どれだけ食物があり、飲み物があったところで、また富や権力を与えられるとしても、人生は生きるに値しない」(プラトン(藤沢令夫訳)『国家(上)』岩波文庫、1979年)。
プラトンの言う、〝身体のもと〟とは、ソクラテスの言う自己自身の〝魂〟のことである。人は、自己自身の生命を見つめ直し、それを良くすること以外に〝幸福〟へと至る道はない。
ソクラテスは、それを無知の知を分別し、真の知を愛し求めることにより人は幸福を実現できるとといた道筋なのであろう。

高校の教科書にも書かれている〝無知の知〟の自覚とは、単に、ものごととして知らないことを〝知っている〟という〝自覚〟ではなく、生き方に対する〝自覚〟である。
(と書きつつ、ビールを飲んでいる)。
国家〈上〉 (岩波文庫) Book 国家〈上〉 (岩波文庫)

著者:プラトン
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メメント・モリ

05 

まったく暑い日が続くが、昨日よりはほんの少し、風が心地よい。
臥所からおきると、びっくりしたが、飼っている金魚が一匹死んでいた。
夕方、職場の屋上でくつろいでいると、空から何かが落ちた。
飛んでいる途中に寿命が尽きたアブラゼミが足下に落ちてきたのだ。
古来より、哲学者たちは動物と人間の違いについて激しい議論を展開してきたが、ヒトにも動物にも等しく死は訪れる。

メメント・モリ(Memento mori)とは、ラテン語で「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句である。日本語では、「死を想え」「死を忘れるな」などと訳されることが多いが、いずれにせよ「自分が死すべきものである」ということを人々に思い起こさせるために使われた言葉である。

古代ローマでは、この言葉が、戦に勝利した将軍が凱旋する際のパレードで使われた言葉であると伝えられている。将軍の後ろに使用人が立ち、この使用人は、将軍は今、絶頂にあるが、明日はそうであるかわからない、ということを思い起こさせる役目をになっていたそうな。そこで、使用人は「メメント・モリ」と言うことによって、それを思い起こさせていたのである。

さて、過ぎゆく夏をどう楽しむか。

「東京で生まれ育った者の夏は、炎天の中を街へ出かけ、映画か芝居の一つでも観て、その帰りに好きな店へ立ち寄り、ビールの一本も飲んで帰って来れば、それで大満足だし、仕事もほとんどやすまない。茄子や胡瓜、白瓜にトマトなど、夏の野菜が食欲をさそい、むしろ体重が増えるほどだ」(池波正太郎『日曜日の万年筆』新潮文庫、昭和59年)

どこか遠い南国の島にだけバカンスがあるのではない。何気ない日常生活を振り返る、何か一つ工夫をすることで、人は本当の生きる楽しみを享受できると思う。
Book 日曜日の万年筆

著者:池波 正太郎
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

友愛

4
◇友愛
アリストテレスは『ニコマコス倫理学』の後半部(8-9巻)で、「友愛(フィリア)」について論じている。

「事実、もしひとびとがお互いに親愛的でさえあれば何ら正義なるものを要しないのであるか、逆に、しかし、彼らが正しき人々であるとしても、そこにやはり、なお愛(引用者註--フィリア、友愛)というものを必要とする。まことに、「正」の最高のものは「愛という性質を持った」それ(フィリコン)にほかならないと考えられる」(アリストテレス(高田三郎訳)『ニコマコス倫理学(下)』(岩波文庫、1973年))。

すなわち、人間は互いに友だちの関係(=友愛状態)であれば、もはや正義は必要ない、しかし、正義の人であっても、なお友愛が必要である、とのアリストテレスの言葉である。アリストテレスにおいて友愛こそが正義の基盤にあってそれを支ている。

今年の夏は暑かった(まだ暑い)。本当に暑い・熱い夏の間、初めての夏期スクーリング担当講師として奮戦しました。講義の4日間は、講義時間だけでなく、学生さんたちとの交流の中から、逆にこちらが学ばせていただいたひとときであった。

ある学生さんが言っていた。
「スクーリングに参加しているときは、励まし合う仲間がいて前へ進むことができるが、いざ田舎に帰って一人レポートを前にすると“孤独”を感じてしまう。が、それは自分一人ではない。ほかの仲間たちも同じである。だからこそ、こうしたスクーリングの場で会ったとき、再会したとき、一生涯つづくつながりがはぐくまれるんです。そしてお互いを励ます仲間になれるんです」。

近代以降の社会契約思想は、いわば友愛ぬきで正義を構築しようと試みるが、アリストテレスにおいて友愛とは欠かせない原理である。書物の世界の話でなく、リアルな友愛の重要性を実感した4日間であった。

拙い講義を聴いてくださり、本当にありがとうございました。
しかし、本当に暑かった・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

観照する

5

◇採点終了
本年より大学の通信教育部で共通科目『倫理学』のスクーリング担当の教員としてひとつ担当授業が増えました。通学部と違い初めての経験にとまどう部分もありましたが、暑い夏、東京の大学校舎で行われた夏期スクーリングもなんとか無事に先週終わらせ、ようやくスクーリング試験の採点も終わる。用紙のところどころに授業評価(感想)が書き込まれており、次回の講義の上でとても参考になる。学生の皆さん、ほんとうにお疲れさまでした。
さて、このところ金が乏しく、必要以外の新しい本を買うことが厳しいので、古い本をじっくり読み直しています。ようやくアリストテレス『ニコマコス倫理学』(岩波文庫)を読み終えましたので、その感想から。彼は、師匠のプラトンの考え方との対比からよく「現実主義者」と評価されますが、その点に納得する。
すなわち・・・


◇幸福をめぐるアリストテレスの議論の進め方
アリストテレスにとって、幸福が最高善であることは自明である。ただ探求の課題は、幸福の本質とは何か、また何によってそれが成り立つか、である。彼の議論は、「人間の固有の働きは何か」という問いを手がかりに進んでいく。
例えば、「良い大工」とは何か。それは大工として立派に仕事の出来る人である。たとえ彼がどんなに人で親切であろうと、うまく楽器が演奏できようとも、仕事が出来なければ良い大工とはいえない。それは大工に固有の仕事ではないからである。では、「よい人間」とは何か。それは人間という種に即して固有の働きを立派に果たす人ということになる。それでは、人間に固有の働きとは何か。自然の恵みを受け成長する働きならば草や木にもある。感覚的働きはすべての動物にも存在する。人間にとって固有の働きとは何か。それはアリストテレスにとっては、それは「理性」だ、ということになる。アリストテレスにおいて最高善は幸福であり、幸福とは理性的活動ということになる。
『ニコマコス倫理学』の最終巻は、「観照(テオリア)」という、他者の存在を必要としない、純粋に理性的な活動(認識だとか学問)を、最高の幸福として宣揚し論を結んでいる。
幸福を理性的活動、観照という側面から見ていけば、アリストテレスのような現実感覚に富んだ人でもそういってしまうのかと、感じる部分は確かにある。やっぱり哲学者は最後にはそんなことが言ってみたくなるのかと。
近代以降の倫理学は、他者との関係を中心においてから展開されるが、そうした議論と比較した場合、最終的には観照の宣揚で終わっていたとしてもアリストテレスは、幸福を一個の人間として自己の内面の問題(勇気や節制)を手がかりに、論じているの点が著しく対照的である。いわば幸福を語るということが、現在の自分の真の幸福として議論しているのである。確かに観照を自足した「見るだけの人生」、「神的な生活」とアリストテレスは表現するが、やはり現実の人間に即して教説している点は看過できない。


◇幸福な人
アリストテレスの言葉から・・・

「「観照する」ということがより多く見出されるほど、「幸福である」こともまたより著しい。付帯的にではなく、観照のはたらきそれ自体に即して--。(観照は即時的に尊貴なはたらきなのであるから)。してみれば、幸福とは何らかの観照のはたらきでなくてはならぬ。
 もとより、人間である以上は、外的な好条件をも要するであろう。われわれの本性は観照的な活動という目的のために自足的たるのではなく、肉体もやはり健康でなくてはならないし、食物やその他の世話も与えられていることを要する。ただし、外的なもろもろの善なくして至福たりえないのは事実だとしても、だからといって、幸福であるためにはいろいろ大がかりなものを必要とするであろうと考えてはならない。なぜなら、自足ということは過剰に存せず、実践もまた然りであって、たとえ水陸を併せ統べなくとも、うるわしきを行うことはきるのである。すなわち、ほどほどのものからしてもひとは徳に即して行為することができるはずであり、(このことは容易に観取されうる。よろしきことがらをなすことにおいて私人は覇者に劣らず、かえってまさっているとさえ考えられるから。)その程度のものがあれば充分である。徳に即して活動しているひとの生活はそれで充分幸福たりうるであろう。
ソロンが幸福な人を描いて、次のようなひとだとしているのも、おもうに、適切である。いわく、外的なものをほどほどに給せられ、自らもって最もうるわしきことがらとなすところを行い、節度ある仕方でその生涯を送ったひと--。実際、ほどほどのものを所有しておれば、まさになすべきところをなしうるのである。アナクサゴラスもまた、幸福なひとは富者や覇者であるとは考えなかったように思われる。彼は幸福なひとが世人の眼には何となく奇妙な人間として映ったとしても自分は驚かないだろうといっている。けだし、世人は外的なことがらにしか気づかず、そのれによってものごとを判断するものなのだからである。かくして、これらの智者の見解も、われわれの議論に一致するごとくである」(一一七七b二七~七九a一六)。
   アリストテレス(高田三郎訳)『ニコマコス倫理学(下)』(岩波文庫、1973年)

アリストテレスの幸福を考える上では、「中庸」の徳に関しても言及しなければいけないが、これから仕事(学問以外の)なので、また次回。はぁあ、仕事も現実なんですね。観照してぇえ!!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

此処だな

539717930_117_2

◇新渡戸稲造「此処だな」

『秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる』(藤原敏行朝臣)
   (佐伯梅友校注『古今和歌集』(岩波文庫、1981年)

まだまだ暑い日が続くが、空模様は秋の装い、吹く風が心地よい一日だった。

指導教官S先生より頂戴した近著、鈴木範久編『新渡戸稲造論集』を本日読み終える。新渡戸稲造といえば、『武士道』の著者または五千円札の顔になった人物として知られているが、『武士道』以外、どういう考え方の持ち主であったのかといえば、ほとんど知られていないのが実情である。多彩な側面を持つ新渡戸であるが、札幌農学校の後輩である志賀重昴が、現在の教育者が福沢ならば、未来の教育者は新渡戸であるとも評したように、教育者のそれに注目すると、新渡戸の思想の骨格が見えてくるような気がする。詳しくは同書の解説にゆずるが、同論集では、テーマを四つに分け(教育論、人生論、デモクラシー論、国際関係論)、全体に共通する思想として次の4点が指摘されている。すなわち、①人格の尊重、②人格を根拠づける「天」の観念(陽明学的な「良知」の概念を含む)、③「中道」思想と包容性、④修養(体を通して心を練り上げる方向としての修行)、がそれである。

在野の一私人として生涯を送った旧友内村鑑三とことなり、新渡戸の発言には時代の影響をうけた“ブレ”の部分はたしかに存在する。しかし、カーライルの著作に親しんでいた彼は、暴力的な革命に関しては一貫して、生理的な不快感、距離感を抱いている点には“ブレ”がない。保守派を退けつつも、直接的な革命にも距離を置いている--終始理想を語りつつ、現実にできるところから手をつける。善きにせよ悪しきにせよ、人は一点突破の全面変革への道を夢想する。それが現実にはどれだけの民衆を苦しめてきたことか--。ガンジーは「善いことはカタツムリの速度ですすむ」と言葉を残したが、新渡戸も同様に、「真の自由は漸進主義」と述べている。時代の影響をうけたところはあるにせよ、それをもってしても全否定できない輝きや未来への指針が、彼の言葉には確かにあるのである。

胸中の理想を仰ぎ見つつ、現実の世界でできるところから着手する。内村とは対照的に、ほぼ生涯を公人として過ごした彼の慎重な言葉づかいと現実の戦略(業績)はその証左である。理想を語るほら吹きではなく、地に足を据えたリアリストの姿なのである。知識の詰め込み、試験のためだけの勉強、受け身的な国家の器械のみをつくる教育に対し、知識よりも品格、理屈よりも実行、受け身的人格よりも自発的人格の育成を具体的に説く新渡戸は、まさにリアリスティック・イデアリストである。

◇ソクラテスの真似
新渡戸がソクラテスに語った文章が収録されているので、ひとつ。

「私は、ソクラテスの最も偉大なる点を以て、彼の悲劇なる死際の公明正大なのに持って行きたいと思う。ソクラテスの死は、真に死を見ること帰するが如しであった。彼が罪なくて牢獄の人となった時には勿論人を恨まなかった、弟子などが集まって来て、頻りに弁護せよ弁護せよと勧告するけれど断乎として肯わない。弟子どもは声を励まして、「先生が何の罪もなくして死なれるのが残念です」というと、ソクラテスは嫣然笑って、「さらば罪会って死ぬのは残念でないのか。死ぬる死なぬは畢竟第二義のことだ。心の鍛錬が第一義だ。」といって聞かした。そして誰も恨まず、天も地も怨みず、泰然自若として振りかかる運命を迎えたのである。
 私は、平生自分に関した不愉快な世評を聞いたり、悪口など耳にすると、この場合、ソクラテスであったら、どういう風に始末したろう、と考えてみる気になる。また事がならず、失望落胆に沈んでいる時にも、もしこれがソクラテス爺さんであったら、この一刹那を如何に処するであろう、と振返って、静かに焦立つ精神を鎮めてみると、ある雄々しい本然の心が腹の底から声を出すのである。同時に、不愉快な気分も、衰えた精神も、忽ちにして去ってしまう。
 勿論、私はソクラテスの真似をするという訳ではないが、書斎には常にこのソクラテスと、リンコルンのバストを飾っておく。これなども、立派に修養の効を積んだ人々には、かかる必要は全くないであろうが、私のごとき未練なものには、これが一番に強い刺戟になるのである」(鈴木範久編『新渡戸稲造論集』岩波文庫、2007年)。

8月22日より、秋季限定のキリン『秋味』が発売された。一年で一番心待ちにした限定ビールである。深い味わいを楽しみつつ、ソクラテスと新渡戸の言行から、己の振る舞いを反省する時間を味わっている宇治家参去でした。

新渡戸稲造論集 (岩波文庫 青 118-2) Book 新渡戸稲造論集 (岩波文庫 青 118-2)

著者:新渡戸 稲造
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

胎動する

20070414_114507

ぼちぼち始めます。てすとてすと、えー、とますあくぃなすここにあり。

| | トラックバック (0)

トップページ | 2007年9月 »