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思いつき コトバ イミ チシキ

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  ◇モルツ
台風の影響で木曜(9/6)、夕方より断続的に暴風雨となる。早めに仕事を切り上げ、いつものように軽く飲む。相手はいつも通り市井の勤務先のバイト君。来週自分のバンドのライブを行うとのこと。先月一週間休んだので、他のメンバーを休ませるための振り替え出勤で六連勤。ご苦労様です。
学校が始まったとのことで、生活パターンをなおしたり、ライブに向けて一生懸命にならなきゃいかんのだそうですけど、なかなか日々流されてしまうとのこと。音楽で生きていきたいとのことだが、なかなか現実が空回りして七転八倒しているとのこと。
何かを目指す、夢を求めることは人間が生きていく上で大切なことだが、ともすると現実との乖離で、夢ばかりでなく生きてる自分自身がつぶれてしまうことがよくある。しかし、そうならないためにも、日々のハードル、眼前の課題を一つ一つこなしながら、一人で階段を上っていくしかないと実感する。宇治家参去さんは別にミュージシャンを目指しているわけではないが、やはり、目指すものがあり現実と格闘(?)しているという意味では同じなので、まずできるところからお互い手をつけ、くじけそうになったときは、励まし合おうと約して帰宅する。
店を出たのが午前1時、上陸直前の大暴風雨、チャリンコだが、当然傘をさすなんてことは不可能。びしょ濡れになりながら帰途へ。

◇デューイを読む
帰宅後、ぼちぼち、授業の仕込みをと思い、あまり手をつけていなかったところを重点的に、古典で読む。本日は、ジョン・デューイ(John Dewey, 1859年10月20日-1952年6月1日)の『哲学の改造』(岩波文庫)をぱらぱらめくる。アメリカの20世紀前半を代表する哲学者、いわゆるプラグマティズムを代表する思想家である。
市民的な思考の道具として「考える」ことを再構築したその思想は、ふつうの人間のレベルに立ってものごとを考え、発言してきたデューイの軌跡である。日常生活に生きている人間が、だれもおこなっているふつうの「経験」から出発し、最後はまた、そこへ戻ってくる--哲学を一般人から離れたところにある“崇高な学問”だななどとはデューイは考えない。デューイの思想は、世俗のあわただしい生活のなかで、その生活自身が反省的に自己自身を道理に即して理解しようとする営みである。その意味でデューイは哲学教師でなく、哲学的にものごとを考えるということの意味をしめしてくれる人間である。

併せて読んでいた鶴見和子のデューイ論に面白いことが載っていたので紹介する。

 「デューイは、現在の社会のしくみはかえられなければならない、経済は社会化されなければならない、と考えた。しかし、そのつくりかえの方法は、組織された権力に対して、民衆が自らの力を組織することによるべきではなく、民衆の間で、そして民衆と権力者の間で、どこまでも話しあいをすることにより、互のふるい考え方をなおしあってゆくことによるべきだし、そうすることが可能だと信じた。すでにかたちづくられた常識を科学によって批判し、あたらしい習慣をかたちづくり、それを民衆の常識としてしみわたらせること、この常識と科学の交流の、なかだちをするのが、哲学の役目だとデューイは主張した。常識と科学の交流は、ひととひととの話しあいをとおしてのみ可能であることを強調したデューイの哲学は、「話しあいの哲学」であった。
 自由な話しあい→科学による常識の批判→習慣のつくりかえ→社会のしくみのつくりかえ、この一つの公式がデューイの思想の重要なほねぐみをなしている。
  *
 デューイの「話しあいの哲学」は、かれがそこで人格形成の時期をおくった開拓時代の村落デモクラシーの生活体験にねざしていた。
 「こいつぁおれがおもいついたばっかしじゃしょうがねえ。いつかはひとさまにしらせなくっちゃあ。」
 眼に一丁字もないひとりのキコリがいった。このことばをデューイは、いつまでもわすれなかった。そうだ、もともと思いつきというものは、ひとりよがりで自分の心の中にあたためている間は、チシキではない。思いつきは、それをコトバにして、ひとびとにつたえ、ひとびととおなじイミを分ちあい、そしてそれが自分をふくめてひとびとの生活の中に、行動をとおして働きだしたときに、はじめてチシキとなる。(コミュニケイションは、チシキを形成する場である。)」(鶴見和子「デューイののこしたもの」、『コレクション 鶴見和子曼荼羅 I 基の巻--鶴見和子の仕事・入門』(藤原書店、1997年)

著者の鶴見和子は、2006年に亡くなるが、つくづく惜しい人をうしなった。実践と学問と道楽をひとつの生き様として華やかに貫いたその生涯に最敬礼。

で--「話しあいの哲学」。人との話し合いを大事にしたいと思う宇治家さんです。酒があるとさらによいのですが、いろんな人からも言われますが、飲み過ぎは毒です。すこし休肝日を考える飲み方にしていこうと思います。

ひとびとのなかで、自分の思いつきをコトバにして語り、ひとびととおなじイミを分かち合い、チシキへとそれを高め合う--そういう人生は素敵である。

Book 哲学の改造

著者:ジョン・デューイ
販売元:岩波書店
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コレクション 鶴見和子曼荼羅〈1〉基の巻―鶴見和子の仕事・入門 Book コレクション 鶴見和子曼荼羅〈1〉基の巻―鶴見和子の仕事・入門

著者:武者小路 公秀,鶴見 和子
販売元:藤原書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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