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「夜の学校」

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「人間という生きものは、苦悩・悲嘆・絶望の最中(さなか)にあっても、そこへ、熱い味噌汁が出て来て一口すすりこみ、
(あ、うまい)
と、感じるとき、われ知らず微笑が浮かび、生き甲斐をおぼえるようにできている。
 大事なのは、人間の躰にそなわった、その感覚を存続させて行くことだと私は思う」
    --池波正太郎「私の正月」、『日曜日の万年筆』(新潮文庫、昭和59年)。

池波先生の言葉に耳を傾けると、人生の悲哀を冷徹に見つめながらも、そこからまた再び歩き出そうとする一条の光・勇気を感じる宇治家です。

「人間の躰にそなわった、その感覚」を存続させていくためにも、自然のリズム、季節の移り変わりに敏感であるべきと思う。生活の中で風の音や匂いを気にかけながら、季節には季節の「旬」を味わうべきと心がけています。それは決して贅沢ではない。
自然の運行に敏感になるだけでなく、ひとの世界にも敏感であろうと心がけています。ひとの世界とはすなわち相対(あいたい)の世界である。いいヤツばかりの世の中ではない。であるにもかかわらず、そこから何かを学び、自分の生きる流儀を学んでいく。
何をやるわけじゃありませんが、少しだけ世界に敏感になることで、今より少しだけ素敵な人生を楽しむことが出来ると思います。

昨日も終業後、軽く飲みに行く、いつもの若い衆と。
そういえば、こないだの休肝日がいつだったか思い出せない--ほど飲んで喰っている宇治家さんです。
飲みつ飲まれつ、語らいながら、悩みは若者の特権--を実感しつつも、悩みを乗り越えて自己を打ち立てていく力をもっているのが青年。若さはすばらしい。波濤を乗り越え、人生を切り拓いていってほしいと切に祈る。

「旬」といえば、秋刀魚は食べ過ぎているので、「戻り鰹」をたたきのように少し炙ったのをカルパッチョ風にあしらった肴で一献傾けました。ほのかに薫る炭火と脂ののった濃厚な味わいに舌鼓(携帯フォトのため画像悪くすいません)。

季節から酒の話に脱線しましたが、季節ついてで、フランスの哲学者アラン(本名はエミール=オーギュスト・シャルティエ)の季節をめぐるエッセーがあるので一つ紹介します。アランといえば、日本では『幸福論』(岩波文庫)が有名ですが、『四季をめぐる51のプロポ』(岩波文庫)も面白い。リセの哲学教師で、過去の偉大な哲学者たちの思想と、アラン自身の思想を絶妙に絡ませた彼の哲学講義は、当時の学生たちの絶大な支持を受け、教え子の中からは、シモーヌ・ヴェイユをはじめ数多くの哲学者たちが輩出しております。

では、ひとつ。
「 語源的には、「きのう」は「夕方」と同族関係にあり、「あす」は「朝」とも言われる。それはよく考えてみると驚くべきことだが、すぐに理解される。人が時のことを考えるのは一日の真ん中ではない。すべてを行動に傾けている。時間にすっかりとらわれて、時のことを考える暇などない。時のことを考えるのは朝であり夕方である。夕方はやり終えた畑を考え、朝はやるべき畑を想う。休憩と疲労がこれらの考えと一致する。夕方は〔事実を〕認める。朝はつくり出す。したがって、夕方のイマージュは過去の観念と結びつき、朝のイマージュは未来の観念と結びついている、。同じ傾向が季節においても見られる。一年は一日のようである。
そうしたことすべてに、人間は抗う。ランプを灯して、本を読み、考える。考えすぎることもある。眠りが十分でないこともある。秋の教えているところを無視しすぎることもある。しかし、すべての進歩はこの反抗とかかわりがある。われわれはマーモットでありたくない。したがって、まさにこの時期に、小さな子らが本の詰まったサックを引きずっているのはいいことだ。学校に明かりが灯るのはいいことだ。もうミツバチをたたえている時ではない。ミツバチが眠っている時、その時こそわれわれは、意志によって眼をさまさなければならない。夜の学校は人間のものである。一九〇九年十月六日」
    --アラン(神谷幹夫訳)「秋--年の暮れ」、『四季をめぐる51のプロポ』(岩波文庫、2002年)。

秋の夜長を散漫に過ごすことなく「意志のよって眼をさま」して、自分の「夜の学校」を充実したものにさせたいと思います。

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