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【覚え書】ダブルバインド

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◇誰が倫理を保証するのか

 「フーコーとドゥルーズは、自分たちの理論(の問題点)を棚上げすることで、ダブルバインド(矛盾した心理的拘束による葛藤)を回避しました。だから、彼らの議論は現実の構造に組み込まれ得ないのです」
 スピヴァク氏の分析は難解だが、大づかみに言えばこうだ。フーコーらは資本主義下での抑圧構造を分析し、抑圧される側が社会変革の主体であるかのように説いた。しかしその理論は、経済発展を遂げた先進国でしか妥当しないという。しかも、先進国の住民は金持ちも貧乏人も、第三世界の経済的犠牲の上にいる「勝ち組」だ。ところが2人は、第三世界の被抑圧者を無視するか、先進国のそれとまるで同列で扱う。こうして、現実の世界の複雑な問題から目を背けている。
 さらに、インドの女性を例にして、フーコーらに表れた西欧の視点の問題性を示す。ヒンズー教的な文化の抑圧下にいる貧しい女性たちは、背景が西欧とは違いすぎる。だから、そのまま西欧人の理解できる文脈に即して自らを語ったり、社会変革の主体になったりはできない。むしろ、この女性たちの主体は西欧の文脈からこぼれ落ちるところにあるという。
 なのに西欧の側は、インドの女性のような立場を自分たちの社会的文脈に無理やり当てはめて理解する。たとえば「ヒンズー教の犠牲者を西欧文明の力で救い出す」というように。こうして彼女たちは、やはり自分自身の声を奪われ続けるという。
 もちろん、西欧人の理解できる表現で語れないからといって、弱者が抑圧されたままで良いわけがない。
 「グラムシは『サバルタン(引用者註--サバルタン=「多様な被抑圧下層民)が自ら語れるようになるために、知識人が法的、教育的なインフラを構築すべきだ』と主張しました」。そこでスピヴァク氏は、彼女たち下層民のただ中に入りながら、教育者として振る舞う。故郷のもっとも貧しい地域に、教師養成の学校を開いている。ただし、その現場にべったり張り付いているわけではない。
 「一方、私はニューヨークで博士課程の学生に教えています。両極を行き来しながら、グラムシの言う有機的な知識人について考えています」
 最下層の人々と触れ合うインドの女性知識人が、最下層の犠牲で成り立つ資本主義の中心で、最先端の研究と教育に携わる。この矛盾に居続けることこそが大切なのだ。有機的知識人とは「専門バカ」の対極にある、常に人々とかかわり、説得し続けるような存在だという。
 彼女のような世界的知識人ではなくとも、あらゆる人はダブルバインドの中で生きている。たとえば、インドでの教育活動の協力者は、教師養成学校の開校日に漏らした。
 「この学校は、(建設に協力した)政治組織の腐敗した構造を利用しなければ実現できなかった」と。
 「生きることはダブルバインドそのもの。しかし生きて何かをするというゲームから降りることはできません」
 理想とほど遠い現実でも、それを直視して、行動しなければ、なにも始まらない。この思いこそが、スピヴァク氏を支えているようだ。(「ポストコロニアル批評 スピヴァク・米コロンビア大教授に聞く/第三世界の知識人の役割とは」(『毎日新聞』2007年07月23日付))

モノゴトを、アレかコレか一方的かつ一元的に分類するのではなく、矛盾に満ちたダブルバインドという現状をそのまま直視し、できるところから動いていく、変えていく、覚めたしたたかな人間の一人一人がそれを担っていくことになるのだろうと思う。
人間はたしかに生きている。しかし、「生きて何かをするというゲームから降りることはできません」。

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