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『暗黒日記』を読む

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◇四月三〇日(金)
 一、朝のラジオは、毎日毎日、低級にして愚劣なるものが多い。否、それだけの連続だ。昨朝は、筧〔克彦〕博士というのが、のりとのようなことをやった。最初にのりとを読んで、最後に「いやさか、いやさか」と三称してやめた。ファナチックが指導しているのだ。
 精神主義の限界はある。精神に徹せよ、といっても、徹した後にいかにするかの具体的方法がなくては何にもならぬ。それで今行きつまった。

ラジオをテレビに入れ替えると現今のメディア環境そのままである。
上の日記は、戦前の自主独立の評論家・文筆家清沢洌の『暗黒日記』(ちくま学芸文庫)から。この日記は、戦後に外交史を書くための資料とするために書かれたもので、戦時下の政治や社会に対する冷徹な観察と批判の記録である。敗戦を見ることなく、三ヶ月前の五月に清沢は亡くなったから、生前には刊行されていない。
清沢が批判したのは目に見える軍部政治・軍国主義ではない。日本人のもつ官僚主義、形式主義、あきらめ主義、島国根性……等々である。ただその批判はたんなる冷笑ではなく、日本の再生を熱烈に希求した人物のことばであるだけに、現代人にとってもなおなまなましく迫る自己批評の記録といえよう。

◇三月二三日(火)
 『毎日新聞』に某という陸軍中将が思想戦を論ず。彼等が用兵作戦のことを論ずるは可なり。彼等の専門なればなり。しかし彼等に「思想」を論ずる資格何処にありや。現時、思想の低調さはその指導者の故なり。

 指導者がこないだ交代した。前よりはよくなりそうだが、彼等に「思想」を論ずる資格はない。選ばれた人ではなく、選ぶ人間がまともにものごとを考え、少しづつ世の中をいい方向へ動かしていける時代へしたい、またそういう一人でありたいと思う。それが道理に従った生活ではないかと思います。

『暗黒日記』の「序に代えて わが児に与う」にいい言葉があったので最後にひとつ。

 お前が大きくなって、どういう思想を持とうとも、おまえのお父さんは決して干渉もせねば、悔いもせぬ。赤でも白でも、それは全然お前の智的傾向のゆくままだ。
 しかしお前にただ一つの希望がある。それはお前が対手の立場に対して寛大であろうことだ。そして一つの学理なり、思想なりを入れる場合に、決して頭から断定してしまわない心構えを持つことだ。(中略)
 お前は一生の事業として真理と道理の見方になってくれ。道理と感情が衝突した場合には、躊躇なく道理につくことの気持ちを養ってくれ。これは個人の場合にもそうだし、国家の場合でもそうだ。日本が国を立って以来道理の国として、立っている以上は、道理に服することが日本に忠実でないというようなことがあるものか。
 西洋の誰かは『私は自分が生まれた時より、自分の死ぬ時の方が、少し世の中をよくしたと信ずることが願いだ』といった。お前は世の中を救うの何のという夢のような考えを持たないでいい。一生道理のあるところに従った……そういう確信を持ったようになれば、それでお前のお父さんの願いはたりるのだ。
    --清沢洌(橋爪文三編)『暗黒日記 I』(ちくま学芸文庫、2002年)

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