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What's Going On

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「9・11」より6年過ぎましたね。
当日、宇治家参去さんは、挙式を2ヶ月後に控え、嫁さんの実家で挙式準備(式次第の作成)をしている最中でした。TVを流しながら、打ち合わせをしていた自分の姿が昨日のように思えます。

で・・・
今日は自分の意味不明の語りはよしましょう。
以下、ノーム・チョムスキーのインタビューから。
Marvin Gayeの“ What's Going On”じゃないですけど、世界はどこに行くのでしょうか……。

で・・・
なくて自分で決めて生きていくのでしょうかね。

YouTubeで、Marvin Gaye "What's Going On はこちらから

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◎「「9・11」から6年 「テロとの戦い」逆効果 チョムスキー氏に聞く」、『毎日新聞』(2007(H19)年9月11日(火)付)

 世界で最も影響力がある社会批評家の一人、米マサチューセッツ工科大のノーム・チョムスキー教授(78)が、米同時多発テロ(01年9月11日)から6年になるのを前に毎日新聞のインタビューに応じた。同教授は9・11後のブッシュ米政権の対応がむしろ、テロの脅威を増大させていると指摘した。【ケンブリッジ(米マサチューセッツ州)で小倉孝保、写真も】
--同時多発テロが世界に与えた影響は。
◆9・11の直後から予測されたことだが、いろいろな国が「テロからの保護」を口実に市民の管理を強めた。そして最も大きなインパクトを与えたのが(米軍による)イラク侵攻だった。これによりテロの脅威は明らかに増大した。
 いろいろなテロ専門家がそれを具体的に報告している。米中央情報局(CIA)の専門家だった一人は、ブッシュ(大統領)は(同時多発テロの首謀者とされる)ウサマ・ビンラディン(容疑者)の盟友だとまで言った。イラク侵攻によりビンラディンは、イスラム社会に自分を正当化できるようになったのだから。
--ブッシュ米政権は「テロとの戦い」と主張している。
◆米国が「テロとの戦い」を宣言したのは初めてではない。レーガン政権も「テロとの戦い」を口実に中米、南部アフリカ、中東を軍事攻撃した。不幸なことに、これは強国がプロパガンダとしてよく取る手法であり、ブッシュ政権も同様だ。イラク侵攻は戦争犯罪であり、日本やドイツの指導者が(第二次大戦で)裁かれたのと同じものだ。
 アフガン侵攻も戦争犯罪だ。(アフガンを実効支配した)タリバンは米国に、9・11とビンラディンとの関係を示す証拠を出せと要求したが、米国はこれを拒否した。ビンラディンの引き渡しを求める場合は祥子を示さねばならない。タリバン政権転覆のため米国が爆撃したことこそ国際テロの見本だ。
--9・11とビンラディン容疑者の関係を示す証拠が十分でないと。
◆事件から8ヶ月を経て米連邦捜査局(FBI)は9・11は誰が実効したか分からないと報告した。何も証拠はなかったのだ。
--米国はどう対処すべきだったのか。
◆テロ攻撃は犯罪であり、警察による捜査手続きが行われるべきだった。最近、ドイツがした(テロ容疑者を逮捕)ように捜査を行い、そして、もしそれが国際的な問題だったなら国連のような機関で対応しなければならない。ビンラディンのような人物を暴力で攻撃すると、怒りを増大させるだけに終わる。証拠を積み上げ警察的な手法で解決するしかない。
--米政府はテロに対応するためには、警察的な手法では無理と考えたのでは。
◆イラク侵攻でテロの脅威は増大した。テロの脅威を減らすには、警察的なやり方しかない。なのになぜ米国はイラクに侵攻したのか。それは、米国の政策決定者にとって、テロへの対応が最重要の政策課題ではないからだ。テロリストが国内に入るのを避けるため、カナダとの国境警備を強化すべきだとの声を無視し、ブッシュ政権が国境監視員を減らしたことでも分かる。今では誰でも、核爆弾の入ったスーツケースを持ってカナダ国境を越えられる。
--9・11と米外交政策に関連は。
◆関連は当然、ある。長年の米国の中東政策がアラブ人に反米感情を植え付け、9・11へとつながった。第二次世界大戦以降、米国にとって石油資源の支配が重要な課題になり、それに即した政策を米国は取った。自国が石油を使用するためではなく、石油を支配することで日本のような産業国への拒否権を確保しようとしたのだ。
--日本では、アフガンでの米軍支援についての議論が盛んだ。
◆アフガンに必要なのは戦争ではなく、開発と復興だ。アフガン人が麻薬の栽培を必要としないための支援をすべきだ。
〔解説〕米は「加害者」の過去も問え
チョムスキー教授はインタビューの最後、秘書が「そろそろ次の予定が」と催促するのを無視して「これだけは言っておきたい」と切り出した。「01年は2度目の『9・11』です。最初の『9・11』は73年に米国の支援を受けたチリの郡部が民主政権を転覆させた事件です」
 教授が指摘するのは、ピノチェト氏率いる軍が、民主的に選ばれたアジェンデ社会主義政権を打倒したチリのクーデターのことだ。ピノチェト氏は翌年、大統領に就任して左派勢力を弾圧。約3000人が死亡・行方不明となり、約3万人が拷問などの被害を受けたとされる。
 チョムスキー教授は「これによって中南米では、反対派を暗殺して独裁政権を打ち立てる歴史が始まった」と語り、後世に与えた影響として「最初の9・11の方が、2度目よりはるかに大きな悪影響を世界に与えた」と主張した。
 ブッシュ政権は、9・11後、民主主義、自由を世界に拡大するためイラクでフセイン政権を倒したと説明した。しかし歴史をみれば、チリだけでなく、イランでは53年、民主的に選ばれたモサデク政権を米国はCIAを使って転覆させパーレビ独裁体制を敷かせた。現在でも、米政府はアラブの独裁国家を強力に支持している。チョムスキー教授はこうした米国の外交政策が、間接的に「9・11」へとつながっていると考えている。
 同教授の話は、米国人には耳の痛いものだ。しかし政府を厳しく批判する知識人を自国に抱えておくのもまた、米国の強さの源泉だと思う。
 被害者として「9・11」を考える時、加害者としてもう一つの「9・11」に思いをはせるべきだ。それなくしてテロの恐怖は消えない。教授が伝えたかったのは、そういうことではないか。【小倉孝保】
◆ノーム・チョムスキー氏 略歴
(Noam Chomsky)1928年12月7日、米東部ペンシルベニア州フィラデルフィア生まれ。父はウクライナ、母はベラルーシの出身でともにユダヤ人。51年にハーバード大特別研究員、61年からマサチューセッツ工科大教授。57年に変形生成文法と呼ばれる理論を提唱し、言語学の世界に革命をもたらした。
 65年に米軍が北ベトナム空爆を開始すると反戦運動に立ち上がり、以来、米国の外交政策を厳しく批判。米同時多発テロ直後に出版されたインタビュー集「9・11」では、「米国に報復する資格はない」と主張した。その後、米軍によるアフガン攻撃やイラク侵攻のほか、米国主導のグローバリズムを強く批判し続け、ロックバンドU2のボーカル、ボノは「あくなき反抗者」とたたえた。
 しかし、徹底した政府批判に対し米保守系メディアを中心に、「あまりにばかげている」との反応もあり、最近は、国内メディアでは疎んじられる傾向もある。

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でも浜岡賢次『浦安鉄筋家族』(秋田書店・写真は『元祖!浦安鉄筋家族』)は面白い。こんな風景が日本のどこにもあれば、銃声は聞こえない。

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