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ふたつの始源

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最近、体調不良の宇治家さんです。

さて、月曜、短大にて哲学の第参回目の講義、無事終了する。

「けだし、驚異することによって人間は、今日でもそうであるが、あの最初の場合にもあのように、知恵を愛求し(哲学し)始めたのである」
    --アリストテレス(出隆訳)『形而上学』(岩波文庫、1961年)。

 哲学は驚きから始まる--アリストテレスの言葉をたよりに、人が哲学し始める契機を驚きとそれに対する問いかけから始まった事情を紹介しながら、問いの分析、問いを発する人間存在の状況(他者論)を確認した上で、一応の哲学の定義づけを行った。次回哲学の存在意義を確認する予定である。
 学生さん達にとっては、哲学とは遠いどこかの遙か彼方の世界に存在する、堅苦しい難しい学問というイメージが大半であるが、そうではなく、人間存在の根本に関わる、身近な人間学であることを理解させるのが序盤での哲学教師の役割である。本年で、4年目となるが、この序盤が一番ムズカシイ。
 自分の言葉は自分で理解出来るのはともかく、学生さん達にも分かる言葉と喩えで、学を語るというのは、専門用語を駆使した論文作成よりもなお一層の労力が必要だが、その難行を繰りかえす中で、自分の哲学力が試され、強化されていくのもよくわかる。

 授業終了後、市井の職場でそのまま仕事。業界○位のGMSのナイトMgrやっていますが、近く地殻変動が起こりそうな気配です。
一生やる訳じゃないので気楽ですが、残るも地獄・去るも地獄の状況へ変貌しそうです。
 溜息が多くなりそうですね。とはいえ、力を一番入れるのは本業ですが。今月は、博士論文指導が数回入っているので、期日までに課題をこなしていかないと大変です。

 では最後にレヴィナスの言葉から。脈絡ありませんけど(少しだけ有るかも)。

 「ほんとうの生活が欠けている」。それなのに私たちは世界内に存在している。形而上学が生まれ育まれるのは、このような不在を証明するものとしてである。だから形而上学は、「べつのところ」「べつのしかた」「他なるもの」へと向かっていることになる。思考の歴史をつうじて形而上学が身にまとうことになった、もっとも一般的なかたちのもとでは、形而上学はじっさい--どのような未知の大地がその世界の縁を囲っていようと、またその世界がなお未知の大地を隠していようとも--私たちになじみ深い世界から旅だち、私たちが住まっている「わが家」をはなれて、見知らぬ自己の外部、向こう側へとおもむく運動としてあらわれるのである。
    --レヴィナス(熊野純彦訳)『全体性と無限』(岩波文庫、2005年)。

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