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あぶらげ丼

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◇あぶらげ丼
市井の勤務先のバイトのS君は、俗に言う苦学生。ただし学校は卒業し、一度つとめた後のフリーターなので、正確には苦フリーター。CGムービーなどの美術作家(とでもいえばいいのでしょうか)で一本立ちするのが夢だが、生活はバイトでまかなっている。若干夢への食い付きが甘いところはあるが、誰にも頼らず一人でまかなっているところには敬意を表しています。
その彼、いうまでもなく、やはり金が無いのであまりいいもの喰っていませんので、いつも何を喰っているのかよく聞くのですが、昨日実家から米とか送ってもらったとのことで、昨日のバイト後、白飯を炊き、“あぶらげ丼”なるものをつくってたべるそうです。『24』を見ながら。

“あぶらげ丼”?
彼の言う“あぶらげ丼”とは、要するに、親子丼で、肉の代わりに油揚げをいれたどんぶりで、彼の創作料理の中では、ベストファイブに数えられる、絶品の料理だそうです。

油揚げをそのように使う発想に、まずは驚愕するところです。興味のある方はどうぞ。

さて、今週来週は、仕事のシフトが若干変則的でかつ、学問系のアポイントメントやら大学の同窓会なんかも予定されており、なかなかタイトな毎日です。

◇哲学者と哲学・学者
学生さん達の質問への回答を準備してメールで送信しなければいけないので、今日明日はまとめないときついです。毎回、同じような質問もありますが、たまにハッとしたり、?と感じる質問もありますが、自分も18-19歳ぐらいのころは、そんな感じだったのかなとも思います。

「哲学書を著す人というのは、哲学をどのように受け止めているのか知りたいです。知識として受けとめているのか?書いていることそれを本当の哲学として受けとめているのか?」

こういう質問には驚きます。解説科目の一つとしての「哲学」の存在意義に対する根本的疑問といえるかと思います。知識としてうけとめ、教授するなら、「哲学・学者」のそれであり、書いている・講義している内容を自身のものとしてうけとめて発信しているとすれば、それは「哲学者」のそれであると思います。
哲学などという一見、銭にも薬にもならないような学問を講じていると、常にこの両方のジレンマといいますか、哲学者であろうとしながらも、知らないうちに哲学・学者になってしまったりする場合がありますが、常に自戒しつつ、哲学者として生きていきたいと思う者です。しかし銭にならない学問です。

カントは50代になってやっと大学の正規の教員のポストを得たといわれていますが、カントまでは待てないので、力強く生きながら人生を切り開いていくしかない昨今です。
ただ、私は“あぶらげ丼”は遠慮しておきます。

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