« たまには | トップページ | きわめて日本的でした…… »

酔っぱらうと要求できない

Dsc00165

Russell

どうも宇治家参去です。

そういえば、2-3日まえ、市井の職場(GMS)に“へんなおじさん”が来ました。

購入した商品が不良で、本当は、交換してもらいに来たのだが、既に酔っぱらっており、「交換してくれ」の一言がでない……。

「一体、どういうことだ!」の連発で、すなわち、要求ができないので、こちらも誠心誠意謝るほか手がない。

そのうち、「交換しますので……」、「ご返金の対応でよろしいですか?」と声をかけるも、「そうじゃないんだ!」と大声でわめき散らすありさまです。

あまりにも大声をだすので、他のお客様もびっくり(+「いったいどうしたんだ?」と興味津々も若干あり)。

しまいには、そのへんなおじさんの横を通る、ほかのお客様に対してまで、「なんだおメェ、文句あんのか」というような始末で……トホホな人でした。

結局、1時間ぐらい、お話を伺い、商品交換で案件はクローズ。

そのへんなおじさんは、“ゴネ得”を狙った常習的な、「理不尽な要求をも辞さない請求者」ではない。

おそらく、今日、買ったこの商品では利用できないから、間違いのない同じ奴と交換してくれ!の一言で済む予定だったんでしょうが、なにぶん、酔っぱらっており、頭の中で考えている思いが、言葉にならない。そのもどかしさを抱えながら、同じ言葉がループする。そして、こちらが補足すると頭にきてしまう……。

そんなおじさんでした。

往々にして人は不利益を被ると、感情的になりやすい。感情的になってしまうと、本来の目的を見失いお互いに不利益を蒙ってしまう。

とりあえず、酔っぱらって来ない方がいいと思いますよ。

そのおじさんだけではありませんが、気をつけないとね。

動物は、健康で、食べる物が十分にあるかぎり幸福である。人間も当然そうだと思われるのだが、現代世界ではそうではない。少なくとも、大多数の場合そうではない。もしも、あなた自身が不幸であれば、不幸なのは自分だけではないことを、たぶん、進んで認めるだろう。もしも、あなたが幸福であれば、はたして何人の友人が幸福だろうか、と自問してみるとよい。そして、友人たちの点検を終えたならば、人の顔つきを読む技術を自分に教えるとよい。ふだんの生活の中で出会う人びとの気分を汲みとれるようにするのだ。
    --ラッセル(安藤貞雄訳)『ラッセル 幸福論』(岩波文庫、1991年)。

「自己欺瞞に基づく満足は、決して堅実なものではない。そこで、真実がどんなに不愉快なものであっても、きっぱりとそれに直面し、それに慣れ、それに従ってあなたの生活を築きあげるようにしたほうがいい」(前掲書)生活をおくりたいものですね、ホントに。

ラッセル幸福論 (岩波文庫) Book ラッセル幸福論 (岩波文庫)

著者:B. ラッセル
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

|

« たまには | トップページ | きわめて日本的でした…… »

哲学・倫理学(現代)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 酔っぱらうと要求できない:

« たまには | トップページ | きわめて日本的でした…… »