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貧乏暇ナシ・考える暇ナシ

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年末で忙しく、しかも体調もよくないので、なかなか考察するとか、分析するとかできない毎日ですが、すこしで、読まないと前へ進まないので、また覚え書程度に、すこし書き残しておきます。

2 国際法の理念は、それぞれ独立して隣りあう多くの国家が分離していることを前提とする。こうした状態は、それ自体としてはすでに戦争の状態であるが(諸国家の連合的合一が、敵対行為の勃発を予防する、ということがない場合は)、しかしそれにもかかわらず、まさに、こうした状態の方が、理性の理念によるかぎり、他を制圧して世界王国を築こうとする一強大国によって諸国家が溶解してしまうよりも、ましなのである。なぜなら、法は統治範囲が拡がるとともにますます重みを失い、魂のない専制政治は、善の萌芽を根だやしにしたあげく、最後には無政府状態に陥るからである。とはいえ、これほどの国家(あるいはその元首)も望むところで、こうした仕方でできれば全世界を支配し、それによって持続する平和状態に移行しようと望んでいる。だがしかし、自然が意志することは、これとは別なのである。--自然は諸民族の混合を妨げ、かれらを分離しておくために、二つの手段を、すなわち言語のちがいと宗教のちがい(1)とを用いている。これらのちがいは、たがいに憎しみあう傾向と、戦争への口実とをともなってはいるが、それでも文化が向上し、諸原理にかんするいっそう広範囲な合致へと人間が次第に近づくことによって、平和についての同意への導くのであって、この平和は、かの専制主義のように(自由の墓地の上に)あらゆる力を弱めることによってではなく、きわめて生き生きとした競争による力の均衡によってもたらされ、確保されるのである。
(1)さまざまな宗教のちがいというのは、実に奇妙な表現である。これはあたかも、ちがったさまざまな習俗について語っているかのようである。たしかに、歴史的媒体であるさまざまな信仰方式のちがいはありうるであろう。しかしこの歴史的媒体は、宗教にではなく、宗教を促進するのに用いられるものの歴史に属し、学識の分野に属している。同様にさまざまな宗教経典(ゼンドアヴェスタ、ヴェーダ、コーランなど)のちがいもありうるであろう。だが宗教にかんしては、あらゆる人間にあらゆる時代に妥当するただ一つの宗教しかありえない。信仰方式や経典は、ただ宗教を運ぶ道具を含むだけであって、このものは偶然的であり、時代と場所のちがいに応じてさまざまでありうるのである。
    --カント(宇都宮芳明訳)『永遠平和のために』(岩波文庫、1985年)。

うえの文章は、七一歳の晩年のカントが、永遠平和の実現を念じて公表した著作『永遠平和のために』から。当時の国際情勢に対する不満が動機となって執筆され、「将来の戦争の種をひそかに保留して締結された平和条約は、決して平和条約とみなされない」とカントは吐露している。

本書では、人類が殲滅戦争に突入するのを防止するための諸条項が検討され、(自由な)国家のあり方、そしてそうした自由な諸国家の連合が提唱され、常備軍の段階的廃止が訴えられている。

さて、引用部分は、「第二捕説」と呼ばれる部分で、国家が哲学者に戦争や平和の問題にかんして自由に議論させ、参加させるべきとの提言部分になりますが、哲人王思想を説いたプラトンとはちがった関与を説いています。すなわち、権力の所有は理性による自由な判断を妨げるから、哲学者が為政者になるべきではないと。むしろ現行の政体を自由に論じ、善への向かわしめるべき存在として参加せよ、そういうかんじでしょうか。権力の魔性の自覚がそこにはあるのかもしれませんが。

で--
はなしがずれてきましたが、ちょうど引用している部分の末尾で、カントが宗教を論じていますが、こういう部分を読み直しますと、宗教多元主義の議論を彷彿とさせるものを感じてしまいます。
「神は多くの名を持つ」(ヒック)ではありませんが、宗教多元主義の主張とは、さまざまな宗教が同じ社会に存在するという事実を真摯に認め、お互いの価値を認めながら共存していこうとする宗教的態度、思想である。あたりまえといえば、あたりまえの主張ですが、こうした強靭な寛容さの流儀をひとびとが身に着けていなかったがゆえに、血なまぐさい対立が続いてきたのだと思います。宗教多元主義の議論にももちろん問題性はあるのですが、現代を撃つひとつの示唆にはなっていると思います。

こうしたカントの文章を読んでみますとそういう部分もあるのかなあと思いますが、もう出勤です。

考える暇がない、宇治家参去でした。

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