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ゆっくりと着実に

Gajyo

King

風邪がすこし落ち着き始めた宇治家参去です。
前夜は40度近くあったまま出勤、死にかけて帰宅、薬を飲んで、ガンガンにふとんを積み上げ、そして、加湿器をつけっ放しで寝ました。
加湿器がよかったのでしょうか--。すこし熱は収まり、鼻とノドの通事もよくなり、出勤後、今に至るわけです。
気をよくしながら、キリン・ザ・ゴールドを飲んでいますが、ひょっとするとこれが再度悪化させるかもしれませんが、今晩も同じようにして寝ましょう。

さてさて--。
通信教育部で、教鞭を取るようになって(といってもスクーリングの担当のみですが)、はや半年。

通学制の授業と違い、二日程度で半期分の内容を一気にカッツリ授業を行うものですから、こちらも真剣であるのは当然ですが、聞いている学生さんも真剣かつ、真摯に学ばれている姿に、色々と考えさせられた日々でした。

そんななかで嬉しいのが、たった二日のお付き合い--まさに一期一会--でしたが、そうした学生さんから届けられた賀状。

数名の受講者から年賀状が届いていました。

近況と今後の展望。
自分もがんばらねばと思い改めた新年でした。

では、最後にひとつ(脈絡のない恒例ですね)。

マハトマ・ガンジーは、彼の哲学に帰依した人間を百人以上もったことは決してなかった。だが、彼は、彼につきしたがうこうした少数の献身的な人々とともに全インドに電流を通じ、壮大な非暴力の饗宴によって大英帝国の権力に挑戦し、インド人のために自由を獲得したのだ。
 こうした非暴力の方法は、決して一夜のうちに奇蹟を行ったりはせぬだろう。人間というものは、習慣になった考え方や、偏見をふきこまれた非合理的な感情からは容易に解放されるものではない。特権を奪われた人々が自由を要求するときには、特権をあたえられた人々はまずはげしい抵抗をもってこれにこたえるものだ。こうした要求が非暴力的な言葉につつまれていても、最初の反応は全く同じなのだ。ネルーはかつて、イギリス人は、インド人が非暴力をもって彼らに抵抗したときほど憤慨したことはいまだかつてなかったといい、彼が先に鉄をつけた木の杖で頬をなぐられたときいま一方の頬をむけたイギリスの兵士の目ほど憎悪にみちた目を見たことはかつてなかったといった。だが非暴力的抵抗は、たとえイギリス人の目にはみえなくても、少なくとインド人の精神と心情とをすっかりかえてしまったのだ。ネルーは、いった。「われわれは恐怖をすてさった」と。そして結局イギリスは、たんにインドに自由をあたえたばかりでなく、インド人にたいする新しい尊敬をいだくことになったのだ。今日、大英共和国内部のこれら二つの国民の間には完全な平等にもとづく相互の友情が成立している。
    --M・L・キング(雪山慶正訳)『自由への大いなる歩み--非暴力で闘った黒人たち--』(岩波新書、1959年)。

ガンジーは、「善いことはカタツムリの速度で進む」といい、キングは「本来的な勝利には忍耐が必要」と語ったそうな。
人間とはともすれば、短絡的に、一朝一夕でものごとを、ズバリ“革命”しようと夢想する。しかし、本物の革命を一朝一夕で成し遂げることは不可能だ。
鉄の忍耐(ゲーテ)、不屈の前進で、日々を生きていくのみです。

Jiyuu

『自由への大いなる歩み』のAMAZONでの紹介はこちら

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