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The Man of Life Upright

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The Man of Life Upright
           Thomas Campion

The man of life upright,
  Whose guiltless heart is free
From all dishonest deeds
  Or thought of vanity:

The man whose silent days
  In harmless joys are spent,
Whom hopes cannot delude,
  Nor sorrow discontent:

That man needs neither towers
  Nor armour for defence,
Nor secret vaults to fly
From thunder's violence.

He only can behold
  With unaffrightted eyes
The horrors of the deep
  And terrors of the skies.

Thus scorning all the cares
  That fate or fortune brings,
He makes the heaven his book,
  His wisdom heavenly things,

Good thoughts his only friends,
  His wealth a well-spent age,
The earth his sober inn
  And quite pilgrimage.

誠実な人間
    トマス・キャンピオン

誠実な人間とは、
  その心が清潔で、
曲がったことをせず、
  虚栄心とは無縁な人のこと。

そういう人は、ただ黙々と、
  純粋無垢な日々をおくり、
希望にも心惑わされず、
  悲しみにも乱されはしない。

そういう人は、城壁や鎧で、
  自分の身を守る必要もなく、
晴天から降ってくる禍をさけるため
  秘密の地下室を設ける必要もない。

そういう人は、いや、そういう人だけが、
  深淵から迫ってくる恐怖も、
大空から襲ってくる脅威も、
  臆することなく見据えることができるのだ。

そして、運、不運のもたらす
  苦悩を超然と直視し、
天を仰いでそこに神意を読み、
  敬虔な思いこそわが知恵と考えるのだ。

さらにまた、善き思いをわが友とし、
  満ちたれる老齢をわが財産と見なし、
この地上の生を静かな旅の宿と見、
  自らを静かにそこに宿る旅人と考えるのだ。
    --平井正穂編『イギリス名詩選』(岩波文庫、1990年)。

昨日とおなじく、『イギリス名詩選』から紹介します。
医者であり、音楽家であり、そして詩人であった、トマス・キャンピオン(Thomas Campion)の「誠実な人間」から。
キャンピオン自身は、どちらかといえば、リュート歌曲の作詞家・作曲家として有名ですが、その音楽家ゆえか、韻律をきちんとふんだいい詩を書いています。

誠実な人間とは、「希望にも心惑わされず、悲しみにも乱されはしない」。
いきている人間の現実を「臆することなく見据える」がゆえに、「虚栄心とは無縁な人」なのだ。
だから「自分の身を守る必要もなく」、自分自身とひとびとに対して「誠実」であれるのだ。
今というこの時代、もっとも必要な価値機軸は、「誠実」ではなかろうか--成人式をえっちらおっちら、囃し立てるように報道するマスコミの画像とそこに映し出されるひとびとを見ながら、そう思い起こしました。

「誠実」とは単なる“裸の大将”ではない。
誠実の人とは、人間の黒白(善悪)をふかく洞察し、そこから立ち上がる“慈悲の勇者”にほかならない。そう思えて他なりません。

さて、詩集が二回続いたのですが、まったく、詩とはいいものですね。
途中での中断・再会が容易で(機械的な言い方で恐縮ですが)、どこでも読むことができる。そしてそのコトバに耳を傾けると、自然や人間の本来的なあり方、そして幸不幸の両方の姿を見つめ直すことができます。

やはり、コトバとして謳いあげられた詩人の魂が、読者の心に共振し、ふかく、そしてダイレクトに揺り動かすからでしょうか--。
たまには、詩集を紐解くと本当にいいものです。

そういえば、そうした詩人について、これまた詩人であるプーシキンがつぎのように謳っています。

汝は帝王ゆえに ひとり生きつつ
自由な道を自由な知恵のみちびくかたにゆけ。
その気だかき仕事の報いを求めることなく
おのがいつくしむ思いの実りをみのらしめよ。
    --プーシキン(金子幸彦訳)「詩人に」、『プーシキン詩集』(岩波文庫、1968年)。

“名をただす”ではありませんが、善い言葉は、人間を成長させてくれますね。

最後は、日常ネタで締めましょう。

必需品ですが、使い切ったことのないアイテムが、リップクリームです。

一冬に1~2本は購入するのですが、途中で紛失したり、使い切らないウチに使用期間が終了するという不思議なアイテムです。

今年から、ニベアのクリームに変えてみました。
やさしい触感がGoodです。ちなみに一緒に写っている 榮太樓飴も必需品。
こちらは、使い切ることのできるアイテムなんですが・・・。

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詩・文学・語彙」カテゴリの記事

コメント

ネタがない!

嘘だね、ネタはイッパイある。

これが偽り、ぜんぜんない。

本当は、全空間全次元に於いてネタがある。

それがやっぱり、絵空事なんだよね。ただただ、事象が起きては消えて流れているだけでそこにはただただ状況が存在するだけでネタでは無い。

ピンポーン、正解です。
今、目の前の全ての事柄は意味が無い現実。
だから、私達は意味を観るし意味を与える。
意味を欲しがっている。

物語はそうやって生まれるんだろう。
どれほど人間の心に詳しいかで、ネタの絶対量は決まるのかも知れない?

※”ネタ”の部分を、『幸福』『愛』『憎しみ』『怨嫉』『希望』や『信仰』等に置き換えながら私は仕事をしていると思います。
※自分のブログの文章を貼り付けました。
同じ思いで御座居ます、不思議なものですね。

投稿: まっと | 2008年1月15日 (火) 01時58分

世界とは存在の次元においては全く意味がないものなのかもしれません。

山はそこに“在る”だけです。

しかし、人間は、そうした世界に意味を見いだし、物語を形成し、そしてそれを消費して生きていく。

山が人間にとって“山”となる。

投稿: 宇治家 参去 | 2008年1月15日 (火) 02時37分

世界が人間を招待してくれるのは出来合いの物語ですが、人間がそこで生きていくのは、自前の物語が必要になる。

だから創造力と想像力が必要なのだと思います。

投稿: 宇治家 参去 | 2008年1月15日 (火) 02時42分

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