« 「ひとみな誰もが、おのがいちぢくと葡萄の木陰にいる」世界 | トップページ | 「地球は甘かった……」 »

〔勘ばたらき〕を養う

Dscn7132

Hyappongui_01

 その日。長谷川平蔵が〔さなだや〕へ寄ったとき、先客がひとりいた。
 店の片隅で、窓から見える大川の川面(かわも)を凝(じつ)と見入りながら酒を飲んでいたその客には別だん気にもとめず、平蔵は、はこばれてきた酒をのみはじめたのであるが……。
 ふと、気づくと、その客が亭主に勘定をして「おつりはいりませんよ」といい、土間へ下り立つところであった。
 平蔵は、その客と亭主が土間にならんで立ったのを見やって微笑をうかべた。
 なるほど、のちにきいた蚤(のみ)の風そのままに、大女の女房にくらべて亭主の庄兵衛は五尺に足らぬ小男なのだが、その客も同様、才槌頭(さいづちあたま)の小男で年齢は四十がらみ。実直そうな風体の、どこか大店(おおだな)の番頭でもあろうか……とにかく、ちいさな躰(からだ)を寄せ合うようにして立った二人に、平蔵はなんとなく微笑をさそわれただけのことである。
 と……。
 その客も平蔵の視線を感じたらしい。
 ちらと、横眼に平蔵を見やった。
 その、自分を見た瞬間の相手の眼の色が、平蔵には気に入らなかった。
(こいつ、おれを知っているな。だが、おれはこの男を知らぬ)
 であった。
 その客の両眼は、たちまち、瞼(まぶた)の中へ押しこめられたように細く細く、見るからに人がらの善さそうな笑顔の一点景と変わってしまったが、一瞬前の、白く光った相手の眼に、平蔵は、自分に向けられた〔憎悪〕を垣間見たような気がした。
「お先へ、ごめん下さいまし」
 その客が、ごく自然に平蔵へ声をかけ、外へ出て行った。
 その客のことを、平蔵はわすれることにし、はこばれて来た貝柱の〔かき揚げ〕を浮かせたそばをやりはじめ、
(む……うまい)
 否応(いやおう)なしに舌へ来る味覚と同時に、またも、
(あの男、どうも、くさい……)
 箸を置き、連子窓(れんじまど)の隙間から、源兵衛橋を南へわたって行く、いまの客の後姿を注視した。
 彼は、夕闇のたちこめる源兵衛橋の中央で、こちらを振り返った。これも平蔵の気にいらなかった。
 さらに彼は、橋の向こうからとぼとぼやって来る乞食の老婆を呼びとめ、ほどこしをしたものである。
 そのことが層倍に、平蔵は気に入らなかった。
 どこがどう「気に入らぬ」なのか……強いていえば平蔵の勘が〔あやしい奴〕と見たまでである。
 長谷川平蔵は、火付盗賊改方をつとめるうち、さまざまな挿話をのこしているけれども、中にはつぎのようなのがある。
 あるとき、浅草の某家に放火した者があり、これを調査に出かけた平蔵が、焼け跡に群れあつまっている人びとにまじり、立派な法衣をまとった僧と武家が立ちばなしをしているのを見るや、すぐさま部下に命じ、この二人を捕えさせた。別に彼らの立ちばなしを聞いたわけではない。かなりはなれたところから見て〔あやしい奴〕と感じたまでなのだが、捕えて調べて見ると、二人とも名の通った大泥棒であったそうな。
 また、いつも単独の市中巡回で、外神田の或る商家の普請場に立ち、何か工事の相談でもしているらしい屋根職人と雇主(やといぬし)を、通りがかりの編笠(あみがさ)の中(うち)からながめ、
(二人とも、あやしい)
と感じ、この二人を捕え、役宅へ直行してしらべたところ、これも名うての大盗賊一味であったという。
 こうした場合、ほとんど捕り外したことがないとつらえられる長谷川平蔵だけに、この〔さなだや〕の客の場合も、同様な勘ばたらきがあったのであろう。
    --池波正太郎「蛇の眼」、『鬼平犯科帳 (2)』(文春文庫、2002年)。

どうも長谷川平蔵とまったく異なる……宇治家参去です。
ようやく熱も下がり、四股の痛みもとれはじめましたが、呼吸器系がまだまだしびれているようで、回復まであと一息です。仕事を無事終えて、ひといきついていますが、当然ながら酒も旨くなくあまり飲めない。

さて、さきに紹介した〔さなだや〕で〔あやしい奴〕を見定めた長谷川平蔵の活躍シーンですが、これが有名な、急ぎ盗(ばたらき)の凶賊・蛇(くちなわ)の平十郎との最初の出会いの場面です。

長谷川平蔵ではありませんが、大地と人間の間に流れる微妙な気配を読みとり、直感から〔ほんものの確信〕へと転換する〔勘ばたらき〕を常に養いたい昨今です。

おそらくそれは、歴劫修行の果て到達する人跡未踏の境地ではないだろう。

無意識であろうが、自分の心と体を外界から断ち切ることなく、耳傾け、そして耳を澄まし、こころで斟酌する……そうした、すべてから何かを学ぶという<志向>性をもった人間であれば到達できる境地であるように思われる。

それは、試験の<ヤマカン>の〔勘ばたらき〕とか、安直なオカルティズムやスピリチュアルとは全く異なる、<人間力>としての〔勘ばたらき〕なのだろうと思う。

絶えず、自己を外界から遮断することなく、努めて耳を、そして心を傾けながら、人間力を養いたいと思う、宇治家参去でした。

そして……。
そばとは<食う>ではなく<やる>ものですね。

旨いそばをやりたくなってしまった。
深夜なのにどうしよう。

Book 鬼平犯科帳〈2〉 (文春文庫)

著者:池波 正太郎
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

|

« 「ひとみな誰もが、おのがいちぢくと葡萄の木陰にいる」世界 | トップページ | 「地球は甘かった……」 »

詩・文学・語彙」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 〔勘ばたらき〕を養う:

« 「ひとみな誰もが、おのがいちぢくと葡萄の木陰にいる」世界 | トップページ | 「地球は甘かった……」 »