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やさしさに包まれたなら 

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小さい頃は 神様がいて
不思議に夢を かなえてくれた
やさしい気持ちで 目覚めた朝は
大人になっても 奇蹟は起こるよ

カーテンを開いて 静かな木漏れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目に写る全てのことは メッセージ

小さい頃は 神様がいて
毎日愛を 届けてくれた
心の奥に しまい忘れた
大切な箱 開くときは今

雨上がりの庭で くちなしの香りの
やさしさに包まれたなら きっと
目に写る全てのことは メッセージ

カーテンを開いて 静かな木漏れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目に写る全てのことは メッセージ
    --松任谷由実(荒井由美)「やさしさに包まれたなら」(1974年)。

木曜日。
市井の仕事をおえると、若いバイト君たちと、軽く飲みにゆき、その足で、1時間だけカラオケへ。カラオケへいくのも久し振りで、唄うのも久し振り。

唄うっていうことは、ただ声をだすことではなく、全身全霊で想念を言葉に変換させ、メロディーを奏でる全体運動だと実感。思えば、ひとが文字(書き言葉)と出会う以前、唄にのせた言葉が代々受け継がれ、神話や伝承、そして教典を後世に伝えてきたものである。唄うとはなんと神聖な人間にしかできない“行い”であると実感する。
たった1時間でしたが、ここちよい疲労が精神を快活にさせる。日常のストレスも少しは緩和されたようです。

30代オーバーの人には、ひょっとすると、自分の1曲を持っているだろうと思われるのが、ユーミン(松任谷由実/荒井由美)の唄だろうと思います。
久し振りに歌ってきました。おっさんのユーミンでは、ユーミンに失礼かもしれませんが、ユーミンの唄には、今の歌にはない新鮮な響きと言葉の重みが存在することを実感します。

さて、「目に写る全てのことは メッセージ」です。
人間は両眼を見ひらいて、正確な視覚を手に入れる。片目をつぶってしまえば、距離感が失われ、対象へ手を伸ばすことも不正確となってしまう。しかし、「目に写る全てのことは」必ずしも「美しいもの」ばかりではない。不正や虚偽、悪徳や醜悪も目に写るのがこの世の中だ。目をつぶろうと思えば瞑ることは可能である。しかし、それでは、「全てのこと」を「メッセージ」として受け取ることは不可能だ。

なんども日記で書いてきたが、「人間という生きものは、悪いことをしながら善(い)いこともするし、人にきらわれることをしながら、いつもいつも人に好かれたいと思っている……」(池波正太郎「谷中いろは茶屋」、『鬼平犯科帳 (2)』(文春文庫、2000年))矛盾した生きものである。しかし、その矛盾を直視したとき、「やさしに包まれ」「目に写る全てのことは メッセージ」になるのではなかろうか。シャウトしながらそう考えたわけです。

このことは、人間の心根の部分にだけ限られた問題ではない。思考に関しても同様である。飛躍のようだが一つ引用しよう。

 こんにちの心の哲学がほかならぬ心の存在の問題で行きづまっているのは、簡単にいえば、心のための「場所」をみつけることができないからである。すべて存在するものはどこかに存在するはずであるから、心あるいは精神についても、それが存在することを明確に理解し、説明することができるためには、それが存在する「場所」についてのはっきりした理解が必要とされる。ところで、心がそこに存在する場所とは、目で見たり、手で触れたりすることのできるものが「そこに」存在するといわれる場所--我々が通常「場所」という言葉で考えているもの--と同一ではありえない。だから、そのような「場所」についてのはっきりした理解に到達するためにはとくべつの思考訓練がどうしても必要である。いいかえると、心のような目に見えないものが「そこに」存在するといわれる場所について正しく考えるためには、目に見えるものについて考えたり、語ったりする場合とは違った「心の習慣」を身につける必要がある、といえるであろう。
    --稲垣良典『天使論序説』(講談社学術文庫、1996年)。

近代合理主義と啓蒙思想は、まさに「理性」と「経験」という「オッカムの剃刀」で、すべての場所を整理し、効率よく稼動する社会、機械、制度を樹立し、その試験液の審査にもれた存在を闇へと追いやった。しかし、その光も闇も人間自身に巣くうものである。
洋の東西を問わず、古来、心は、物体的な肉体的器官に還元されることなく、ひとびとの生活とともに存在してきたが、近代以降、そうした陰の部分は、切り落とされ、新たな存在場所が模索されたが、いまだにその場所を措定することは難しい。
宇治家さんは、別にそうした営みを揶揄したり、そうした知的営みを排撃したりするのが目的ではない。十分に研究が進むのであれば、すすめばよい。ただ、非物質にも還元できないし、物質にも還元できない中間項が人間には存在するのではないのか、またそれに見合った思考方法があるのではないのか、そう思わざるを得ないのである。そしてそれは、最新の現代的な学知と併存できるものではないのか--ただそう思うのである。なぜなら、その両者とも人間の営みにほかならないからだ。明晰さと曖昧さ--この両者を兼ね備えているからだ。それが知的・精神的営みとしては、信仰と学問、科学と宗教というカタチで、存在しているだろうと思われる。信仰と学問、科学と宗教は極端な対立項ではなく、相互補完的な人間の真実である。

飲みながら書くと依然として飛びまくってるなアー、と思いつつ、論文と違ってこう流し書きできるのもひとつの「思考訓練」と思ってご容赦くださいな。

Youtubeでの「やさしさに包まれたなら ~ ユーミン 」はこちらから

Youtubeでの「植村花菜 - やさしさに包まれたなら」はこちらから

Amazonでの『天使論序説』の詳細はこちらから

Tennsironn

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現代批評」カテゴリの記事

コメント

宇治家さん、こんにちは。
B1、B2期含め3週連続スクーリングを終え、今週入っている仕事も済み ”さて、”と思うと車のヘッドライトが不具合で明日、部品が入るとかという 日常を過ごしております。
 引用の言葉の中の―”思考訓練の必要さ” ”心の習慣”―――
 ブログでの偉人の言葉をはじめ、「倫理」を学習させていただけることに感謝です。  

投稿: サマンサjp | 2008年2月15日 (金) 08時58分

サマンサjpさん、こんにちは。

3連チャンの授業、お疲れ様です。
宇治家も、今日は休日なのでぼーっとしています。本当は、論文に手をつけたいのですが、夜にまわしています。

さて……。

上に書いた“思考訓練”“心の習慣”。

最近、よく考えるのが、(既成の)宗教(団体含む)には全く関心はないが、宗教的なるもの、とか、精神世界(スピリチュアル)に関心がある人が増加しているという問題です。関心を持たれるのは結構だとは思いますが、現状として、そこにつけ込む・つけ込まれる場合がたくさんあり、かなしい事件も発生しております。

こういうのを眼につけるに、本当に、“心”を語る“思考訓練”(実際のリアルな人とのふれあいや宗教的修行も含め)、“心の習慣”がいやまして必要不可欠なのではないかと思っていましたので。

本物の宗教にはそれだけのチカラがあるとは思いますが、そうした思考訓練や心の習慣を身につけていない、科学的世界像に住まう現代人の場合、わからずにいってしまう、ひかれてしまう……そうしたところがあるのではないかと、危惧しています。

その風潮をあおるように、公共の電波を使って、例えば、霊媒師やスピリチュアルカウンセラーなどと、霊性に、そして冷静に考えれば考えるほどあやしいひとびとが、さもほんとうのことのように語っている。そこが恐ろしいです。

 たしかに、この国には思想信条の自由も表現の自由もあるわけで、江原某が「オーラ」だの「守護霊」だのと口走ることも、誰かがそれを信奉することも自由だし、関心のある人間が彼らの著作に手を伸ばすのも文句は言いません。
 ただしテレビが、第三者に検証しようのないそれらの事柄を、あたかも事実であるかのように権威づける演出構成をして放送することは、放送法に抵触しかねない……。

こうした現状に直面すると、いかにメディアがそうした情況をあおり、演出しようとも、振り回されないためにも、心の習慣、思考訓練が必要なのではないだろうかと……。

長くて脈絡もありませんが、そんなこんなことを思ったりもしたり、という感じです。


で……。

日々の駄文。

いつも、読んだことや考えたことを忘れないように、備忘録のように書いていますが、何か参考になる部分があれば幸いです。

酒飲み日記との風評もありますが(笑)

投稿: 宇治家 参去 | 2008年2月15日 (金) 16時59分

大変お忙しい中での即答を、本当に有難うございました。   《なるほど‥‥》スクーリングでのテーマディスカッションでの「人間は考えることが出来る」---素晴らしいですね。--ー

 ”目にうつるものはすべてメッセージ”
   (私は、30代以上 a.チャンさんよりは年下です(笑)
 (昨日はゴディバのチョコをダーリンに贈りました)    
/

投稿: サマンサjp | 2008年2月15日 (金) 21時29分

サマンサjpさんへ

ただ恐ろしいのは、その、思いをカタチに変えたホワイトデーなるXDayです。

細君やるきまんまんです。

ゴディバの弔い合戦大勝利をお祈りしつつ……

合掌。

投稿: 宇治家 参去 | 2008年2月16日 (土) 01時58分

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