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2008年3月

なぜ、待てないのか……

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通勤時、電車のホームで人身事故が発生した。
運悪く、渡りたい踏切が閉鎖されたままである。

すぐに救急車のサイレンが鳴り響くと共に、線路を挟んだ踏切の前後は車輌と自転車と人間で長蛇の列となる。

会社に遅れる旨の電話を一本入れ、自転車にまたがったまま、「伊右衛門 濃いめ」で一息つく。

2ー3分経過すると忙しない自転車と通行者は踏切をわたり始める。

マウンテンバイクに跨った、いらつく兄ちゃんは、遮断機のバーに何度も自転車で体当たり。

宇治家参去の観察はまだまだ続く。

5分前後で、車はすぐにUターン。
抜け道を求めて改走する。

10分もすると、ひとびとのいらだちも高まる……。

マウンテンバイクの兄ちゃんは、バーをボコボコにして踏切を渡り始めました……。
職人風の中年は、駅に方に歩き出し、「おーい、駅員!」と、喧嘩を売る始末……。
終いには職人風の中年の男性の方は、さも敵の首を採ってきたかとの如く、遮断機のバーを粉砕し始めた。

宇治家参去は、たばこに火をつける。

駅員も、負傷者も、交通整理のお巡りさんも批判したくない。
仕事に懸命だ。

なぜ、待てないの?

そのひとことが胸に突き刺さる。

職人風の男性に声をかける。

「壊してしまうと、次の人が困るよ!」

「関係ない」

……のだそうです。

はぁぁぁぁぁぁ。

その2-3分後、遮断機は開いた。

自分にしか関心のない人間は、自分自身にも関心がないのだろう。

鬼の首をとった中年の男性は、意気揚々と遮断機のバーを蹴飛ばし、“行進”する。

滑稽です。

自律と他律を考えた一コマでした。

人間は美しくも愚かしくもある。

他者に対して愚かに振る舞う人間は、自らに対しても愚かである。

すこし、“淋しい”ひとときをすごした宇治家参去でした……。

最後に一発!

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 それで意識の自由というのは、自然の法則を破って偶然的に働くから自由であるのではない、かえって自己の自然に従うが故に自由である。理由なくして働くから自由であるのではない、能(よ)く理由を知るが故に自由であるのである。我々は知識の進むと共に益々自由の人となることができる。人は他より制せられ圧せられてもこれを知るが故に、この抑圧以外に脱しているのである。更に進んでよくその已むを得ざる所以(ゆえん)を自得すれば、抑圧がかえって自己の自由となる。ソクラテースを毒殺せしアゼンス人よりも、ソクラテースの方が自由の人である。パスカルも、「人は葦の如き弱き者である、しかし人は考える葦である、全世界が彼を滅さんとするも彼は彼が死することを、自知するが故に殺す者よりも尚(たつと)し」といっている。
 意識の根抵たる理想的要素、換言すれば統一作用なる者は、かつて実在の編に論じたように、自然の産物ではなくして、かえって自然はこの統一に由りて成立するのである。こは実に実在の根本たる無限の力であって、これを数量的に限定することはできない。全然自然の必然的法則以外に存する者である。我々の意志はこの力の発現なるが故に自由である、自然的法則の支配は受けない。
    --西田幾多郎『善の研究』(岩波文庫、1979年)。
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旨いもの・酒巡礼記:善通寺編 「嘉舞茶来(かむちゃら)」

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旨いもの・酒巡礼記:善通寺編 「嘉舞茶来(かむちゃら)」

帰省した折り、必ず行かねばと思っていたのが、和風ベースの素敵なカフェ(とでもいえばいいのでしょうか)「嘉舞茶来(かむちゃら)」です。

昨年12月に高松スクーリングのとき、学生さんが教えてくれた店です。
酒とか旨い食いモノの話をしますので、「そっと」教えてくれました。答案用紙の末尾に……。

「おかまちゃんふたりで、切り盛りしている店ですけど、出される料理は本物です、先生是非行ってください!」(趣意)とのこと。

3/28(金)。
義母、細君、息子と私で訪問する。
前日、素通りで入るとすでに満員でアウト。
今回は、ランチで予約を入れてみた。
細君が「子供が居るのですけど……」というと、
マスター(?)曰く「おとなしい子供ですか?」とのこと。
細君曰く「おとなしいです」

戦々恐々で訪問する。

看板もなくしゃれた住宅のような佇まいだが、まさに“知る人ぞ知る”隠れ家。
インテリアや食器もオリエンタルで統一され、店を切り盛りするふたりの方もオリエンタル。しかもよく気が利き、本当にこの商売が好きなのだと実感させられる。

きれいに磨き抜かれ、チリ一つない店内。
予約席のテーブルに案内され、着座。子供もしっかり「おとなしく」している。

この日のランチメニューは以下の通り。
(A)海鮮卵とじ丼
(B)ウインナーとブロッコリーのカレー
共に850円。プラス150円でコーヒーがつく。

私はBを選択し、細君たちはAを選ぶ。
その間にも、ひっきりなしに客は訪れるが、空席無で出直しの客ばかり。
予約を入れて正解でした。

さて……。

出てきました!

カレーだけかとおもっていると、びっくり仰天。
お新香と芥子菜の和え物に、おから、みそ汁、サラダ、フルーツとゼリーの盆がついてくる。

みそ汁を飲む。

のぞける。

お新香を口へいれる。

のぞける。

それが繰り返される。

そして、カレー。

「辛くないですよ」とオーナーがおっしゃっていた。

一口くちにすると、

「甘い」

だけど、

「スパイシー」

アジアンカレーだけど、これも丁寧に造られている。

最後にひとこと。

「旨かった!」

そしてもう一発。

お盆の上をご覧下さい。

お猪口に季節の生花が生けられています。
どの盆も別の花。

まさに……

「もてなし」と「丁寧」と「本物」の店です。

教えてくださった学生さんありがとう。

そして、創ってくれた「嘉舞茶来」さんありがとう。

興味のある方は是非!!
今度は、ディナーにチャレンジです。

「嘉舞茶来」
香川県善通寺市善通寺町2961-6
0877-64-0255
※ディナーメニューは前日までの完全予約制

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東京へ

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10時の飛行機で東京に戻る。

14時自宅着。
自宅近くの小学校の正門前の桜が見事に咲いていた。
四国より東京の方が開花が早い。

大学からの宅急便の不在伝票が入っていた。

おそらく……
レポートだと思います。

さてこれから仕事。

ダルイですががんばりますか。

んー、んー、何か忘れていた。

香川に帰ったのに、<讃岐うどん>を食べるのを忘れていた。

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故郷の酒

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昨日、日記を書くのわすれてしまった……。
数ヶ月連続記録していたので、少し無念。

さてスローライフ中の宇治家参去です。
物見遊山にいくわけでもないので、のんびりと細君と子供と遊んでいます。

小鳥の声で、目覚め、犬の散歩。
ゆっくり朝食を茶店で頂き、ひとしきり本を読んで、昼食。
子供と少し遊び、ふたたび犬の散歩。
もう夕方です。
かるく晩酌して早めに寝る。
そんな感じです。

昨日は、子供と細君は細君の実家に残して、自分ひとりで、自分の実家に泊まり、消防士の弟と酒を飲む。

久しぶりに日本酒を飲みました。
昼間に温泉に入ったので、少量でもまわります。

地酒の「綾菊」はすっきりしています。
この味で、一升瓶1480円はないだろうと驚いています。

ただ飲めなくなりつつある自分にも驚く。

さてさて明日は、細君と子供を残して一足先に東京へ戻ります。
そのまま市井の仕事です。
それが4日つづくとそのまま入学式。

休む間もない日常が再開します。

さよならスローライフ。

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スローライフ ビジーライフ

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スローライフを堪能しています。

帰省後細君の実家で泊まっています。
街中ですが、朝起きると、ホトトギスの声が。

東京の喧騒さを忘れさせる静けさです。

こうした静寂が大嫌いで東京へ向かいましたが、どちらがエライとかすごいのでなく、両方とも人間の生活に必要な両側面だと実感しております。

岳父はいつも朝食を喫茶店のモーニングで済ませているので、同行。

おなじみの焼き物の先生と同食する。

55で教員を辞め、もともと何十年もやっていたその道へ一本化。
4月には個展を開くとのコト。

そういう生き方もあるし、企業戦士として生き抜く人生もある。

どちらがいいとかエライでもない。
そのひとの道がある。

そうしたことを実感する。

では平蔵の道とは?

とりあえず、結婚したとき植樹した彼岸桜が桜花を開いていた。

細かった幹もそれなりに成長している。

では平蔵は?

少し考えた一日でした。

夕方、書庫へ入り必要な文献を探索、倫理学関係の必要な文献をみつくろう。

現在21時……。
眠くなってきました。

スローライフ、堪能しています。

最後に一つ。
スローとビジー。ふたつのハザマで生きているのが人間という生き物かもしれません。

スローだけ、ビジーだけで生き抜くのは本当に覚悟が必要かもしれません。

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 人間というのは、まったく、奇妙な生きものだ。掘辰蔵は、浪人たちへ、
 「尿(ゆばり)をかけた無礼はゆるさぬ」
 といい、刀を抜いて闘う決意をしめした。
 何が、無礼だ。そうしたことを口にするだけの資格が辰蔵にあるのか……。
 古い煙管を見ず知らずの男に買ってくれとたのみ、ことわられたというので、いきなり、相手を斬り殺して逃げた辰蔵なのである。
 無礼といえば、これほどの無礼はあるまい。
 いまの辰蔵は、それを忘れてしまい、相手の無礼に対して、一命をかけて闘おうとしている。
 それほどならば、お上へ自首して出て、煙管師殺しの罪をいさぎよく裁いてもらうべきであろう。
 それが、理というものだ。
 けれども、人間は、理屈によって自分の悪徳を当然化したり、忘れてしまったりするのが得意な生きものなのだ。
 何も、堀辰蔵ひとりがそうなのではない。
    --池波正太郎『夜明けの星』(文春文庫、1983年)。
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もう年です

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どうも宇治家参去です。

今日は、8:30に自宅を出発。
朝が弱いワタクシには大変な難行でしたが、なんとかクリア。
東京駅で、M78(ウルトラマンショップ)で子供の新幹線内用の、新しいおもちゃをゲットして、一路新大阪へ。

新大阪から、JR線、地下鉄を乗り継ぎ、大阪港で下車。
目的の海遊館に到着するとすでに昼過ぎ。

話題のジンベエザメを鑑賞する。

港の一等地(?)につくられた総合娯楽施設という感じでした。
平日にもかかわらず、親子連れ、カップルでにぎわって、水中探検を家族で楽しんできました。

夕方……。
再び新大阪へ向かい、再び新幹線に乗り岡山を経由して、瀬戸大橋を渡り、郷土へたどり着きました。

到着すると21時すぎ。

はっきりいって……。
疲れました。

次回、実家へ帰る途中に何かイベントを挟む際は、宿泊しないと体がもたないことが判明。

これから爆睡します。

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お好み焼+α

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ガッデム!

昨日、食べようと思って加ト吉のたこ焼きを買って帰ったのですが、食卓にお好み焼が用意されていた。よってお好み焼を食べ、たこ焼きは明日に取って置いたのですが、起きると無くなっていた。

ガッデム!

本来は、職業倫理の続きをしようとおもったのですが、その気になれず、粉モノの話でもひとつ。

今、市井の職場で使っているバイト君で、関西出身の人間がいる。
ご多分に漏れず、彼も粉モノが好きである。
その彼は、たこ焼きとかお好み焼とかを食べるとき、必ず、白飯を一緒に食うそうである。
「やっぱ飯でしょ!」

もうひとりのバイト君は東京生まれの人間で、
「一緒に食う必要がない」

以上のように平行線です。

宇治家参去としては、どちらでもよいのでは?というのが実感です。
お好み焼だけで物足りないのであれば、飯を食らうのもよかろう。
お好み焼だけですむので在ればそれでよかろうと。

ただ面白いのは、その関西のバイト君に、
「それじゃア、お好み焼+飯の代わりに、お好み焼×2ならどうだ?」と聞くと、
2枚も食いたくないのだそうな。
お好み焼+飯がベストな組み合わせだそうである。

よく、ジョークで、関西の方は、たこ焼きをおかずにして飯を食うと聴くが、おなじ組み合わせなのであろう。両者が主食であり副食となっているのだと思う。それがひとつの食文化として根ざしているのである。

だから、どちらがエライ・正しいと言い始めるとキリがない。
好きなように食えばいいのだ。

それで--。
「長谷川さん、あんたはいったいお好み焼プラス何ですか?」と聴かれるので、
「ビールでしょ!」と答えておいた。

焼きたてのお好み焼をふうふういいながら、汗をかきながら、ビールをのどに流し込む醍醐味ほど素敵なものはない。

酒が全く駄目な彼は、「ありえないでしょ!」と返答してきた。

さてさて。
月曜からいよいよ前代未聞の5連休です。
今日は、木曜締切のレポート添削をなんとか終わらせ投函する。3月締切の課題はすべてすんだ。

火曜に大阪の海遊館を経由して実家へ帰ります。
一息つこうと思います……
4月の新出発を目指して。

でも休めるのかなア……実家の書庫を整理して論文の材料を集めてしまいそうです。
というわけで、何も引用しないと宇治家参去らしくないので、食の話でしめましょう。

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 むろん、この日は朝から、ほとんど何も食べなかった。天ぷらを食べるときには空腹でないといけない。
 天ぷらは揚げ物である。揚げ物ならば熱いうちに食べなくてはならぬのが自明の理というものだ。せっかくに神経をくばって油の火加減をととのえ、気をつめて揚げてくれた天ぷらを前に、ぐずぐずと酒を酌みかわしていたり、語り合ったりしていたのでは、天ぷらが泣き出して、ぐんにゃりしてしまうし、料理人は気落ちがしてしまう。これまた自明の理である。
 あるじがあらわれ、支度にかかるうち、先ず、清酒をたのむ。そこへ、いきなり生の車海老が一尾出て来る。これは、まぎれもない今日の材料のうちの〔頭領〕の鮮度を、客の舌にたしかめさせようという自信から出たものだろう。
 そのほか、季節によって、胡瓜と椎茸の和え物とか、烏賊(いか)の雲丹(うに)和えとか、蟹味噌なぞが少量ずつ出る。いずれも手造りのもので、うまい。
 そのうちに油加減がよくなり、あるじが揚げはじめ、こちらは、揚げるそばから口へ入れてゆく。
 この間に、酒は合わせて日本がよいところだろう。私には、それ以上の酒と天ぷらと飯の味を損なうことになる。
 飯と共に、豆腐を煎りぬいたふりかけが出される。
 このふりかけで、飯を四杯も食べた男がいるそうな。
 天ぷらを、飯を、
 「うまい、うまい」
 と、食べれば食べるほどに、あるじの顔が笑みくずれてゆく。
 終わって、カウンターの向こうの瀟洒(しょうしゃ)な待合の席で茶と果物。
 約一時間で、私は外へ出ることになる。
 「天ぷら屋には、長ながと腰を落ちつけるものじゃあねえ」
 と、私の亡き祖父は、よくいっていたものだ。
    --池波正太郎「室町・はやし」、『散歩のとき 何か食べたくなって』(新潮文庫、昭和五六年)。
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天ぷらが食べたくなったでしょう。
日本橋室町の目立たない通りにうえで紹介されている「はやし」はある。
店の入り口も質素で、ただの民家風な様子で、有名な店のようには全く見えません。
本物の天ぷらを揚げるそばから堪能できます。
ただ、いい値段していますが……。

Book 散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)

著者:池波 正太郎
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〔天職への〕召命〔コーリング〕

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短大で、企業倫理に関して講座をもつ先生と話をしていたときですが、いったい職業倫理とは何なのか、そして、それはどうあるべきなのか、といった話題になります。
そうしたときのひとつの参考になるのが、碩学・マックス・ヴェーバーのプロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫、1989年)における、「天職(Beruf)」概念と、「召命(calling)」概念ではないかと話をすることがあります。

この著作はいわゆる“プロ倫”と略されて呼ばれることがありますが、概要は、2009/2/19の日記『精神のない専門人、心情のない享楽人』で書いていますので、そちらを参考に。

で……。
忘れないうちにと思い、BerufとCallingについて、その関係性をヴェーバーが述べた部分があったので、したに覚え書として残しておきます。

これに対する検討は明日で、許してください。
本日も仕事がきつく、ぼちぼち寝ます。

で……。
まったく関連ありませんが、飲み過ぎて細君にも「ネクタイをひねりあげられた」ことはないのですが、かなり怒られ、体調もどこかおかしいので、飲酒倫理を作ってみました。
①極力晩酌を控える。
②外で飲んでも、生中(もしくは瓶ビール)×2,日本酒は3合まで。
※お冷やとソフトドリンクはその範疇ではない。

とりあえず、これでやっていくようにしていきます。
他者から命じられると、外発的な“他律”であり、そこには自由がない。そして受け容れることに抵抗を感じてしまう。
しかし、自分で自分にルールをかす(道徳をかす)ことは、内発的な“自律”であり、そこにこそ、人間が自由になる契機が含まれている。

そんなことを哲学者のカントが言っていました。当分これで行ってみようと思います。

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 ここでもまたトマス・アクイーナスを持ち出すのがいちばん好都合である。彼はすでに、社会における分業と職業編制の現象をなかんずく神の世界計画の直接の発現だと考えていた。しかし、人々がこの秩序(コスモス)に編入されるのは自然的な原因による(ex causis naturalibus)ものであって、偶然的(スコラ学の用語によれば >>contingent<<)なことがらだった。ルッターのばあいには、すでに見たように、客観的な歴史的秩序にしたがって、人々がさまざまな身分と職業に編制されている、そうした所与の編制が神の意志の直接の発現だとされ、したがって個々人が神のあたえ給うた地位と限界のうちに固く止まることが宗教的義務となった。ことにルッター派の敬虔意識では、一般的に「現世」との関係が終始はっきりしなかったために、それがますます顕著となっていった。パウロ的な現世への無関心から完全には抜け出ていないルッターの思想圏からは、世俗生活の構成についての倫理的原理など獲られるべくもなく、したがって、あるがままの世俗生活を認容し、そのことを宗教的義務と考えうるだけだったのだ。--この点についてもピュウリタンの見解では、私経済的利害の絡み合いに見いだされる摂理的精確は微妙な違いを示している。ピュウリタンの実用主義的解釈の図式にしたがえば、職業編制の摂理的目的が何であるかは、その結果によって識別される。この点について、バックスターは自分の見解を詳しく述べているが、アダム・スミスの有名な分業賛美論を直接に想起させる点が少なくない。職業の特化は、労働する者の熟練(skill)を可能にするため、労働の量的ならびに質的向上をもたらし、したがって公共の福祉(common best)に貢献することになるのだが、そのばあい、公共の福祉はできるかぎり多数の人々の福祉ということと同義に解されている。ここまでは純粋に功利主義的な説明であって、当時の世俗的文献にすでに広く見られた諸観点と相通ずるところが多いが、バックスターの次のような発送にはピュウリタニズム独自の特徴が明瞭に現れている。すなわち、彼は論述の冒頭で「確定した職業でないばあいは、労働は一定しない臨時労働にすぎず、人々は労働よりも怠惰に時間をついやすことが多い」と述べ、また、その末尾では「そして彼(天職である職業労働にしたがう者)は、そうでない人々がたえず乱雑で、その仕事時間も場所もはっきりしないのとはちがって、規則正しく労働をする。……だから>>certain calling<< 「確実な職業」--他の個所では>>stated calling<<「確定した職業」とある--は万人にとって最善のものなのだ」と結んでいる。普通の日雇労働者にとってはやむをえぬ一定しない労働は、しばしば避けがたいとしても、つねに好ましからぬ中間状態だ。「天職である職業をもたない者」の生活には、すでに見たように、世俗内的禁欲が要求する組織的・方法的な性格がまさに欠けている。クエイカー派の倫理のばあいも、人間の職業生活は不断の禁欲的な徳性の錬磨であって、天職としての職業に従事するさいの配慮と方法のうちに現れてくる、その良心的態度によって、自分が恩恵の地位にあることを確証せねばならない。労働そのものではなくて、合理的な職業労働こそが、まさしく神の求め給うものなのだ。ピュウリタニズムの天職理念においてつねに重点がおかれていたのは、こうした職業における禁欲の方法的な性格であって、ルッターのばあいのように、神がひとたび与え給うた運命にどこまでも満足することではなかった。したがって、いくつもの職業を兼ね営んでもよいかとの問いには--それが公共の福祉ないし自分自身の福祉に役立ち、他の誰をも害せず、兼営する職業のどれにも不誠実(>>unfaithful<<)にならないかぎり、無条件に肯定的な答えがあたえられた。そればかりではなく、職業の変更さえも決してそれ自身排斥すべきものとは考えられていなかった。ただ、それは軽率にではなしに、神にいっそうよろこばれるような天職を、つまり一般的な原因からすれば、いっそう有益な職業をえらぶものでもなければならなかった。そのばあい、何よりも重要なのは、職業の有益さの程度を、つまり神によろこばれる程度を決定するものが、もちろん第一には道徳的基準、つぎには、生産する財の「全体」に対する重要度という基準で、すぐに、第三の観点として私経済的「収益性」がつづき、しかも、実践的にはこれがもちろんいちばん重要なものだった、ということなのだ。けだし、ピュウリタンは人生のあらゆる出来事のうちに神の働きを見るのであって、そうした神が信徒の一人に利得の機会をあたえ給うたとすれば、神みずからが意図し給うたと考えるほかはない。したがって、信仰の深いキリスト者は、この機会を利用することによって、神の〔天職への〕召命〔コーリング〕に応じなければならない。「もしも神があなたがたに、自分の霊魂も他人の霊魂も害うことなく、律法にかなったやり方で、しかも、他の方法によるよりいっそう多くを利得しうるような方法を示し給うたばあい、もしそれを斥けて利得の少ない方法をえらぶとすれば、あなたがたは自分に対する召命〔コーリング〕の目的の一つに逆らい、神の管理人としてその賜物を受けとり、神の求め給うときに彼のためにそれを用いることを拒む、ということになる。もちろん肉の欲や罪のためではなくて、神のためにあなたがたが労働し、富裕になるというのはよいことなのだ」。富が危険視されるのは、ただ怠惰な休息や罪の快楽への誘惑であるばあいだけだし、富の追求が危険視されるのも、毎日煩いなく安逸に暮らすためにおこなわれるばあいだけで、むしろ、〔天職である〕職業義務の遂行として道徳上許されているだけでなく、まさに命令されているのだ。主人から預けられた貨幣を働かせて利殖することをせず、そのために負われた下僕の譬話は、このことを端的に示すものと考えられた。貧しいことを願うのは、しばしば論じられているように、病気になることを願うのと同じで、行為主義として排斥すべきことだし、神の栄光を害うものだとされた。それのみでなく、労働能力のある者が乞食をするのは、怠惰として罪悪であるばかりか、使徒の語に照らしても、隣人愛に反することがらだった。
    --マックス・ヴェーバー(大塚久雄訳)『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫、1989年)。

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「学問とは探求的な間柄」

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どうも宇治家参去です。

実は、昨日かなり飲んだので、今日は辞めとこうと思っていたのですが、市井の職場のバイト君が今日(3/22)で最終回なので、業務終了後、飲みに行ってしまった……。

二日酔いでレジを3時間ぐらい打たされていたので、今日はきつい内容でした。

さて……。
彼とはちょうど1年のつき合いです。
よくがんばりました。
頭わるいです。
だけど良いヤツです。
バンドで、そして音楽で人生を切り開こうと目指している快男児です。
だけど、ちょと訛りがきついです。
だけど、仕事は三人前の熱血漢です。
これで終わりではない。
新しい出発だと自覚する。

そうした彼と1年間、まさに同じ釜の飯を食うようなつき合いをしていたが、そのなかでいつも思うことがあった。

人間は、学校や教室や、書物との対話だけで「学」んでいるのではないのだと。
もちろん、学校や教室や書物は、そのひとに知識を授けてくれる。
しかし、知識が知識で留まる限り、それは自分自身の知恵にはならない。
知識を知恵に変換させるのは人間しかいない。
そう、感覚的ですが実感しています。

人間が人間と向かい合う。
そして人間が自然と向かい合う。
そして人間が社会と向かい合う。

その渦中で、知識を知恵に転換させる疾風怒濤が渦巻いている。

そんな実感です。

そういえば、和辻哲郎が主著『倫理学』で面白いことを書いていた。

最後にひとつ。

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 方法の問題において我々がまず顧慮しておかなくてはならないことは、総じて学問すなわち「問うこと」がすでに人間の存在に属することである。元来「学」とは「まねぶこと」「模倣すること」を意味した。すなわちすでに為し得る他の人についてその仕方を習得することである。それは第一に作用、行為であってノエーマ的な知識ではない。第二にそれは他の人との間に行われるのであって孤立人の観照ではない。学が特に知識に関する場合でも、すでにできあがった知識を単に受け取って覚え込むのは学ぶことではない。学ぶのは考え方を習得して自ら考え得るに至ることである。だからこの際ノエーマ的契機を抜き去ってノエーシス的契機にのみ即するならば、学とは人と人との間の面授面受の関係であるとも言い得られる。同様にまた「問う」とは訪(とぶら)いたずねることである。人を訪ねる、人を訪(と)う、というごとき行為的連関において、その人に安否を問うというごときことが行われる。安否を問うのはその人の存在の有りさまを問うのであり、従ってその人を問うことにほかならぬ。このような間柄の表現が問いの根源的な意味である。間柄においては相互の気分が共同の関心事であり、従って相互の間柄そのものが両者の間に置かれるのである。さらに共同の関心は間柄において見いださるるさまざまの道具に向かう。従って道具について何事かが問われる。その「こと」は問う者と問われる者との間にある。従って問いは間柄において共同に存在する。ことの意味を問うに至っても依然として同じである。かく見れば学問も問いも「人間」の行動であって孤立人の観照ではない。学問とは探求的な間柄である。探求せられる「こと」は人間の間柄に公共的に存する。すなわち問いは根本的に「人間の問い」なのである。
    --和辻哲郎『倫理学 (一)』(岩波文庫、2007年)。
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「人と人との間の面授面受」を大切にしたいです。
友が来るのを待つのでなく、こちらから「訪(とぶら)いたずねること」を大切にしたいです。

「学問とは探求的な間柄」だからだ。

そして……
「探求せられる「こと」は人間の間柄に公共的に存する」からだ。

〆張鶴はやっぱりウマイ。
旬のアスパラベーコンが最高です。

倫理学 1 (1) (岩波文庫 青 144-9) Book 倫理学 1 (1) (岩波文庫 青 144-9)

著者:和辻 哲郎
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夢のような……

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昨日は卒業式。

まず、皆さんおめでとうございます。

実は学生時代、わたしは卒業式に出ていません。
起きたら昼で、学位証だけ教室へ取りに行きました。

そういう意味では、卒業式に出るといつも自分もその学生の気分になってしまう。

通信教育部の卒業生と飲みに行く。

そして学生の気分で飲んでしまう。

後半の記憶がない。

帰宅すると細君が大激怒。

夢のような一日はおわりました。

さあ、これから仕事です。

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小声でそっと言ったらいい

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右にも左にもしっくりといかない宇治家参去です。

復古運動やラディカルな変革にもついていけないというか、生理的な恐怖を感じる宇治家参去です。

ただ、右の文献も、左の文献も比較的よく読みます。
読む中で、からだのなかに流れる右の本能を自覚し、左の説く理想に頷く部分もありますが、やはり、いごこちの悪さを感じてしまいます。

そういう意味では、保守的なのかもしれません。

さて、最近読んでいたのが、一水会を創設し、新右翼の代表的論客として知られる鈴木邦男の著作です。愛国心に関する著作なのですが、愛国心というものがそもそも国家による発明で押しつけであることを分かりやすく論じています。その末尾におもしろ一節があったので、一つ紹介まで。

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……愛国心は国民一人一人が、心の中に持っていればいい。口に出して言ったら嘘になる。また他人を批判する時の道具になるし、凶器になりやすい。だから、胸の中に秘めておくか、どうしても言う必要がある時は、小声でそっと言ったらいい。
    --鈴木邦男『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書、2006年)。
----

「どうしても言う必要がある時は、小声でそっと言ったらいい」。

愛国心に限らず、そうした方がいいことはたくさんありますね。
今日は仕事で疲れました。

愛国者は信用できるか Book 愛国者は信用できるか

著者:鈴木 邦男
販売元:講談社
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ヨーロッパの乗り超え方

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 さて人間の概念は、アントローポスとは異なり、「世の中」にして「人」という二重性格において規定された。しかるにその際我々は「世の中」「世間」と言われるものを直ちに共同存在あるいは社会に置き代えて理解した。それははたして正しかったであろうか。かく問うことによって我々は現代哲学の一つの中心問題すなわち「世の中」の意義の考察に接近する。
 ハイデッガーが人の存在を「世の中に有ること」として規定したとき、彼がその飛び台として用いたものは現象学の志向性の考えである。彼はこの構造を一方深く存在の中に移し、道具との交渉というごときものとして理解した。だから「世の中」と言われるものの主体的な意義を開示した点においては実に模範的なものである。しかし彼においては、人と人との交渉は人と道具との交渉の陰に隠れている。彼自身それを無視するのでないと力説するにもかかわらず、それが閑却せられていることは明白な事実である。そこで彼の弟子のレェヴィト(K.Löwith)がこの陰に隠されたものを表に出し、世の中をば主として人と人との交渉の側から開明しようと試みた。(Das Individuum in der Rolle des Mitmenschen,1928)ハイデッガーの研究は一般的現象学的オントロギーであるが、レェヴィトはそこから離れてアントロポギーに移るのである。しかしこのアントロポギーは個別的な「人」を取り扱うのではなくして、自他の間柄を、すなわち人の相互のかかわりを取り扱う。従って人は「ともにある人」であり、世界は「ともにある世界」すなわち世間であり、「世の中に有ること」は「互いにかかわり合うこと」である。そこでのアントロポギーは倫理問題の基礎づけとならざるを得ない。なぜなら人が相互にふるまい合う態度を取るのが生の関
係であり、そうしてこのふるまい、態度は人の根本的態度、根本的身持ち、すなわちEthosをふくむからである。だから人の相互存在の研究は倫理学になる。かかる見地から世の中を人の間柄として分析するのが彼の仕事であった。
和辻哲郎『倫理学 (一)』(岩波文庫、2007年)。

きのう、仏教学者の先輩と親しく話をするなかででてきた話題が、戦前昭和期に活躍した人文系学者の問題です。すなわち、上に引用した和辻哲郎にせよ、九鬼周三にせよ、田辺元にせよ、三木清etc……彼らに共通しているのは、ハイデガーを始めとする、当時の西欧の先端の哲学者たちに対する関心と強烈な自負の問題です。和辻の場合、主著となる『倫理学』の場合でも、『風土』や『人間の学としての倫理学』においても、かならずハイデガーの存在分析の問題が言及され、そして、強烈にそれを“乗り超えた”との自負が見受けられる。

このことはハイデガーだけには限定されない。マックス・シェーラーしかり、ヴィンデンバルトしかり、ディルタイしかり……。

本当に“乗り超えた”のだろうか。そこに最近関心を持っています。
ハイデガーに関する個別研究は膨大に存在し、和辻に関する個別研究は膨大に存在する。しかしその両者を架橋する研究は数少なく、学界においては関心の度合いも低いようである(関西学院の嶺教授が取り組んでいるようですが)。

ハイデガーの場合、存在とは何かを探求し、時代における危機意識を背景に独自の存在論を展開した。また和辻の場合、社会における人間存在と<個別化>された人間存在の問題を探求し、“学”としてのひとつの倫理学を完成させたといってよい。
存在の探求という意味では、同じかも知れないが、ハイデガーの探求した存在と、和辻の探求した存在にはズレがあるようにおもえて他ならない。影響という意味では、和辻はハイデガーの影響をうけ、独自の倫理学を構築したと思えるが、どうも“乗り超えた”ようには思えない。なぜなら、ハイデガーの関心と、和辻の関心そのものが本来別のものだからだ。

このことはハイデガーと和辻の問題だけには限定されない広がりを持っている。
当時の日本人の強烈な自己意識が、“乗り超え”として表現されている。
ちょうど1930年代の日本といえば、あらゆる学問体系において、それなにり日本人による自前の近代的学術が成立してくる時期である。そこにはヨーロッパへの対抗と、日本の自己認識の契機が孕まれている。近代的学術の成立の基盤には、東洋や日本の再発見があり、再認識がある。そしてその流れで“日本民族”の概念も成立し、40年代になると、“近代の超克”が語られてくる。

輸入の学問からはじまった近代日本の学術知が、自前の学問として成立することに異論はない。しかし、その心根においては、何かルサンチマンが見え隠れする。

すこし掘り下げてみようかな。

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倫理学 1 (1) (岩波文庫 青 144-9) Book 倫理学 1 (1) (岩波文庫 青 144-9)

著者:和辻 哲郎
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ハイデッガーと日本の哲学―和辻哲郎、九鬼周造、田辺元 (Minerva21世紀ライブラリー) Book ハイデッガーと日本の哲学―和辻哲郎、九鬼周造、田辺元 (Minerva21世紀ライブラリー)

著者:嶺 秀樹
販売元:ミネルヴァ書房
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第24回学術大会へ参加する

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東洋哲学研究所の第24回学術大会に参加する。

インド文化国際アカデミー理事長のロケッシュ・チャンドラ博士が記念講演を行う。
博士は仏教文化研究の世界的権威の一人で、サンスクリット、パーリ語など、22カ国の言語に精通、仏教に関する著作が462冊。

80歳の高齢にもかかわらず、来日。記念講演をしてくださった。

タイトルは、『地球環境と法華経』。

同時通訳で行われたが、レシーバーが故障しており、自力で生で聴くことに。

land of rising sun から、land of rising mind へ。

終了後、レセプションがあり、そのあと、先輩(日本仏教)と軽く飲みに行く。
やっぱり学問の話ができるときが一番幸せです。

仏教における超越の概念を種々話し合ったが、仏教にはそもそも超越・内在と立て分けたり、それにこだわることがないとか……。

ふむふむ。

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strenua inertia(多忙なる安逸)

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今日から一週間休みなしの宇治家参去です。
ちょうど市井の職場の休日に、ひとつは、所属の研究所の学術大会があり、もうひとつは、勤務校の卒業式があるからです。付け加えれば、今週締め切りのレポート添削も待ちかまえている。今週は忙しくなりそうです。

さて、忙しい日常ですが、とりあえず、日曜までしのげば、月曜から5連休。5日もフリーで休めるのは、ほぼ5年ぶりです。

子供とは有り難いもので、子供からみると祖父母になりますが、沖縄旅行に家族で連れて行ってくれるとのことで、なんとか休みをつくりました。

ところが、いい旅行パック(子供はちゅら海水族館へ行きたかったのですが)と時期がアンマッチで、沖縄行きは来年になりました。ただ、休みはとれたので、とりあえず、田舎に一度帰ろうということになり、帰る前に大阪の海遊館にたちより、それから帰省する流れになってしまいました。

なんとか今週をのりきり、骨休めしてきます(骨休みになるのか?)。

さて、現代人は、仕事や雑事で、実に“忙しい”。
ひとびとの喧噪とモノからでる機械音がむしろ、子守歌のように、ひとびとを取り囲んでいます。そのなかで、自分自身やるべき秩序を構築(回復)し、本来の道へ戻っていくのは困難です。ただ状況に飲み込まれ、流されてしまう部分が多々ありますが、ときには、冷静にその状況を見つめ直し、自分の秩序を組み立て直していきたいものです。

その秩序です。
秩序ということばにどこかひっかりがあったので、古い読書記録をめくって見ましたが、ラファエル・フォン・ケーベル(Raphael von Koeber)がそんなことを言っていましたので、紹介します。ケーベル博士といえば、明治中期から大正時代にかけて、東京大学で哲学を講じたドイツ系ロシア人で、「ケーベル先生」と敬愛され、夏目漱石も講義を受けている。教え子には岩波茂雄、阿部次郎、九鬼周造らがおり、大正教養主義の礎をきづいた人物です。戦前よりその著作は学生たちに広く読まれ、人生と教養を考えさせる意義深い文章が、ひとつの人格主義として機能したといってもよいだろう。

----
 寸陰をも惜しむようにと我らに注意を促してくれるものは、老齢においては自然であり、若い時代においては理性である。我らはQui trop embrass,malétreint(あまりに多くを抱かんとする者はかえって抱き損う)なる旨言(これには勿論私自身も必ずしも常に従ったというわけではなく、またそれが為に失うところが多かったのであるが)を想起して、われらの努力と仕事とに限界を付することを忘れてはならぬ。汝の個性に適し、かつ汝が充分なる熟慮と、自省とまた己が有する諸力の評価との結果、自ら選定したる目的に適うところのもののみに携われ。学問や文学における選り食い(Naschen)や、模索し廻ること(Herumtasten)や、掻き捜し(Kramen)や、また何か一定のものを求めるのでもなくして、もしくはたゞ備忘録の中へ少しでも多く書抜をしようとの目的のみをもって、歴史の隅々までも隈なく探すというようなことも、一時はたしかに面白くもありまた世人の眼には学者らしい研究ぶりとさえ見えるかもしれない、けれどもその実たいてい『研究家』に確乎たる志操と性格との甚しく欠如せることおよび彼の頭脳の中は無秩序にして住みがたいとの観を呈しせることを証示するところのかのstrenua inertia(多忙なる安逸)に過ぎない。しかるにこの無秩序ということは精神的生活においても、物質的生活におけると同様に、危険なものである。--このほどアミエルの『日記』をめくっていた際、私はこの真理があたかも殆ど全く私自身の心の底から発せられたというべき言葉をもって、非常に見事に言い表わされているのを見出した。
 『結末をつけうるということ、これ何たる大きい術(クンスト)であろう! それは即ち決断力ある、考量と確乎たる判断を下すの能ある人々の有する限りなく貴き能力である。結末を付けうるとは、自ら解くあたわざるものをばあえて切断するの勇気と大胆とがあるということである。更にまたそれは眼をたゞ本質的なるものの上にのみ注ぎ、そうしてそれに附纏える一切の余事および一切の小事と瑣末事とをば--それ自体においては恐らく興味あるようなものであっても--あたかも殻のように、本質から剥ぎ取りそうして爾後全然これを顧慮しないという意味である、けだしかくすることは、同時に多くの事に携わるも、それはついに何物をも成就せしむる所以でなく、かつまた一挙にして一切を見渡しまた探究するというようなことは到底不可能なるが故である。これを要するに、それは我らの生活と、我らの有する諸々の義務と諸々の仕事とを単純化するの術である。結末をつけうるとは、「出発」の準備を整えているということ、一切を完成し、我らの自由の障碍となるの虞(おそれ)あるものはすべて己が背後に棄ておいた、との謂である。それはつまり自由なる人として従容(しょうよう)死につくの術にほかならない。--われらの生活を検するに、いかに多くの邪魔物が我らが曳きずり廻っているかは、実に驚くべきものである。それは即ち我らが愚かにも自ら負いたる重荷や、義務とも称すべからざる義務や、習癖や、実行しがたき計画や希望や、濫りに企てられたる仕事や、立案や、またなるほどたゞ我らの妄想の中においては価値と意義とを有するも、そのじつ最大多数の場合においては我らの自由を破壊せずにはいられないような幾多の事柄の雑然たる集合などである。今日の無秩序は明日の牢獄! 秩序なるかな! 人生における、物質的、精神的、道義的生活における秩序! 何たる力、何たる支柱、何たる節約ぞや! 秩序とは自ら欲するところ、自らなすところ、自ら往くところを知るの謂である、それは慎重であり、目的活動であり、理性であり、光であり、平和であり、内面的自由であり、自己決定の能力である、それは美的ならびに道徳的美であり、「幸福」であって、--これ実に万人の求めているところの唯一のものである。--総じて依存の状態にあるは一種の不幸である。余にとっては実に堪えがたき観念である。しかるに自己の犯した罪により、不規則なる生活により、もはや取返しのつかぬ過誤により自ら依存の境地に堕するというに至っては、これまさに自ら己が自由を、己が希望を抛棄し、己が睡眠と己が幸福とを殺害する所以である。それは実に地獄である!』私がこゝに引用したのは逐語訳ではない。私はアミエルの思想をきわめて自由に再現しそうして内容から見れば類縁ある、彼の『日記』においてはしかし遠く相隔離せる三つの箇所を一括して訳出したのである。
    --ケーベル(久保勉編訳)『ケーベル博士随筆集』(岩波文庫、1957年)。
----

忙しさに酔う、strenua inertia(多忙なる安逸)を避けたいものです。
無秩序ほど危険なものはない。

「今日の無秩序は明日の牢獄! 秩序なるかな! 人生における、物質的、精神的、道義的生活における秩序!」

規則正しい生活だけが秩序ではない。
自分で生き方の「結末をつけ」うることができれば、自分の秩序が構築される。
そういう自分を見なす時間を大切にしたいものです。

わたしの場合、すべての仕事がすんだあと、銘酒をあいてに、書物の表紙をサヤサヤと紐解く時間がそのときです。

ケーベル先生随筆集ドイツ語版 ケーベル先生随筆集ドイツ語版

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肝臓をやわらかくしておく

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 自分がこの人を男にしたという誇りみたいのもあるから、酒の飲みかたからいろいろ注意してくれるんだよ。
 「あしたは土曜日だけど、あなた、どっちへいらっしゃるの?」
 と言うから、友だちとちょっと宴会があるんだと言うと、
 「たくさんおすごしになるんだったら、行く前に盛りそばの一杯もあがっていらっしゃい」
 とか、あるいは、
 「右の肋骨(あばら)の下が肝臓ですから、これを押したり放したりしながら飲むといいのよ……」
 と、教えてくれる。
 いまは洋服だからこんなことをやってるとみんな見られちゃうから、他のお客に失礼でしょう。昔は和服だからね、ふところ手をして押してればわかんないわけだよ。左手で飲むぐらいなものでさ。
 「いつ左ききになったの?」
 なんて、よく言われものっだけどさ。
 押しながらこう飲んでいれば、飲むそばから肝臓のはれが引いてっちゃうわけだから、ある程度飲んでも平気なんだよ。グーッと押して痛かったら肝臓が悪いわけだ。
 洋服でそういうことが出来ない場合だったら、たとえば六時からどこかへ言って飲まなきゃならないという場合は、行く電車の中ででもこうして肝臓をやわらかくしておくと違うわけ、グダグダに酔っぱらってもいいような、気心の知れた会ならいいけどさ、たくさん飲んでしかもちゃんとしていなきゃならないというようなときはね。
    --池波正太郎「酒」、『男の作法』(新潮文庫、昭和59年)。

7日ぶりに酒を飲みました。

7日間酒を飲んでいません。

禁酒はしていません。すなわち、酒とは日本酒です。

ビールと焼酎で我慢していましたが、どうもパンチが足りません。
久し振りに飲んでみました。

やはりウマイっす。

年々量が減ってきているのが実感できるので、少なくともなるべくウマイ酒を飲むようにしようと思っています。

さて、冒頭は、池波正太郎の酒のエピソードです。
果たして、医学的効果があるのかどうか全く不明です。

ただ宇治家参去も、オマジナイのごとく、外で飲む前にはほぐしてから出かけます。

お試しあれ!

男の作法 (新潮文庫) Book 男の作法 (新潮文庫)

著者:池波 正太郎
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Zum Sehen geboren:見るために生まれ

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 詩(文学)は生活の表現であり表出である。それは体験を表出し、生活の外面的現実を表現する。私は生活の諸相を読者の記憶の中に呼び覚ましてみようと思う。生活においてみずからの自我はその生活環境の中で自己に与えられている。自己の生存の感情、自己の周囲の人間および事物に対する態度ならびに立場、それらは自己に一種の圧力をおよぼすか、あるいは自己に力と生存の喜びをもたらし、自己に要求を差し出し、かつ自己の生存の中にある場所を占める。かようにして、どの事物もどの人間も自己の生活連関から独自の力と色合いを受け取る。出生と死亡によって局限され、現実の重圧によって制限される生存の有限性は自己の中に、永続するもの、恒常なるもの、事物の重圧から解き放たれたものに対する憧憬をよびおこす。そして仰ぎ見る星が自己にとってかような冒すべからざる永遠なる世界の象徴となる。自己はみずからを取り巻くすべてのものの中にみずからが前に経験したことを追体験する。自己は黄昏の中で己れの足許にある静かな町を見おろす。家々につぎつぎとともされる灯火は自己にとって安全な平和の生活の表現である。自己自身の自我、自己の境遇、自己の周囲と人間と事物、それらの中にある生活の内容は、それらが生活上に有する価値を形づくる。それはそれらの作用によってそれらに附せられる価値とは異なるものである。そして創作文学がまず現わそうとするものは、これ以外の何物でもない。文学の対象は、認識する精神(知性)にとって存在するような現実ではなくて、生活関係の中に現われる自己自身および事物の状態である。何が抒情詩あるいは物語によって現わされるか、--そして何がそれらにとっては存在するものでないかが、そこから説明される。ところが、生活上のもろもろの価値は、生活そのものの連関にもとづく相互関係の中に立っていて、これらの関係が人間、事物、局面、事件にそれぞれの意味を与える。そこで詩人は意味の深いものに目を向ける。ところで、追想と生活経験とそれらの思想内容とが生活と価値と意義とのこの連関を類型的なものにまで高め、出来ごとがある普遍的なものの代表となり象徴となり、目的や財宝が理想にかわれば、そのとき表現されて来るのは、創作文学のかような一般的な内容においても、現実の認識ではなくて、生活の意味におけるわれわれの生存事情の関係のもっとも生き生きした経験である。そのほかには、詩的作品のいかなる理念も、また創作文学が実現すべきいかなる美的価値も存在しない。
 これが生活と創作文学との根本的関係で、詩の歴史的な形態はいずれもこれに依存する。
  ディルタイ(柴田治三郎訳)『体験と創作 (上)』(岩波文庫、1961年)。
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冒頭はディルタイの『体験と創作』のなかより「ゲーテと詩的想像力」の一節から。
学部生時代、ドイツ文学を学んだ居た際、必修科目の「ドイツ文学史I」の先生が、この本こそ、近代ドイツ文学の優れた文学史だと勧めてくれたのがディルタイの『体験と創作』です。そのときは、ドイツ文学を、いわゆるクロニクルな教科書的な読み物と違う側面から、内在的に把握できる優れた著作という印象をうけたが、実際読み返してみても秀逸な著作です。哲学的解釈学のいわば現代的な先駆者と評してよかろう、ディルタイの、すぐれた哲学的思索が、生の体験と詩的想像力の関係を原理的に示してくれます。

さて--。
すぐれた文学作品や詩を読む(詠む)と、不思議なことに、なぜか束縛ではなく、自由を感じるのは宇治家参去ひとりではあるまい。

おそらく、すぐれた文学作品には、生活における極度の内在と超越の契機が一度に含まれているからなのだと思う。超越の契機は、ディルタイのいう“詩的想像力”といってもよいかもしれない。

現実に超越を読みとる本物の力である。そしてその生の現実とは、生々しい人間の生活世界だけではない。美術作品や自然の雄大さに人間が対峙したときにも、それはひとつの生の現実である。

その意味で、かの、聖フランチェスコが感じとったような自然の雄大さも、人間の生活経験のひとつであろう。実存する個物としてはあくまでもこの世界に内在しつつ、その世界を別の視座から聖化するのが超越という契機である。

聖フランチェスコがその両眼でみたような--内在と超越を一瞬に両眼で見た契機が言葉に凝縮されるとすぐれた創作文学が誕生し、世の東西、古今を問わず、読み手の魂を共振させるのだと思う。

両の眼を明けて、世界を眺めるとよい。
両の眼を明けて、自然を謳うとよい。
そして両の眼をあけて、配偶者をみるとよい。

ひとは、ふだんの生活の中で、内在しか見ていない。
そして、超越を同時に見ていない。

両の眼を明けて、世界を見ていないからだ。
内在と超越を味わいなさい。

では、最後にゲーテの詩でもひとつ。

Zum Sehen geboren
          J.W.v. Goethe
Zum Sehen geboren,
Zum Schauen bestellt,
Dem Turme geschworen,
Gefällt mir die Welt.
Ich blick' in die Ferne,
Ich seh' in der Näh'
Den Mond und die Sterne,
Den Wald und das Reh.
So seh' ich in allen
Die ewige Zier,
Und wie mir's gefallen,
Gefall' ich auch mir.
Ihr Glücklichen Augen,
Was je ihr gesehen,
Es sei wie es wolle,
Es war doch so schön !

見るために生まれ〔塔守リュンコイスの歌〕
        ゲーテ
見るために生まれ
見るを勤めとし
塔の守りをしておれば
この世はまことにおもしろい。
遠くを眺め
近くを見
星を見 月を見
森を見 鹿を見る。
すると万物のうちに
永遠の飾りが見え
すべてがおれの気に入るごとく
おれ自信またおれの気に入る。
さいわいなる両の眼よ
おまえが見てきたものは
それが何にせよ
じつに美しくあった!
    --生野幸吉・檜山哲彦編『ドイツ名詩選』(岩波文庫、1993年)。

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Goethe

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ominis habet sua dona dies

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すべての日がそれぞれの贈り物をもっている。
ominis habet sua dona dies.
          マルティアリス『エピグラム』第八巻78.7
    --柳沼重剛編『ギリシア・ローマ名言集』(岩波文庫、2003年)。

すべての日がそれぞれの贈り物をもっていますが、宇治家参去、忘れてしまいました。

永遠の3・14です。

細君に返すのを忘れていました。

幸いなのは、細君も忘れていたことです。

ただし、これで貸しが大きくなりそうです。

とりあえず、反省を10の60乗(ないしは72乗)回、すなわち、那由他(ないしは那由多)回して寝ます。

まいったなぁ~。

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「衣食は他人の厄介になると申しては、学問もまた無益なる哉」

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 老生事、三、四日前より子供召し連れ静岡へ参り、九能山、三保の松原、清見寺など見物致し、今夕帰宅のところに、本月四日の電信、ならびに五日のお手紙ともに拝見仕り候。近来はそこ御地にも義塾出身の人多きについては、懇親会の御催しこれ有るよし、遥に欣喜に堪えず。来諭のごとく、この人々はいずれも実業の門に入り、今後の望み空しからざるは、あえて信ずる所なり。今更申すも珍らしからず候えども、学問はただ人生行路の方便のみ。学問して学理を談じ、またはその学問を人に教えて第二の学者を作り、第二第三際限もなく学者ばかりを製造して、その学者は何を致すかと尋れば、相替らず学問を勉強して、衣食は他人の厄介になると申しては、学問もまた無益なる哉。老生かつて言えることあり。学者が学者を作りて際限なきは、養蚕家が種紙を作りて、その種紙よりまた種紙を作り、遂に生糸を作り得ざる者に異ならず。本来養蚕の目的は絹糸を得るにあり。種紙はただ方便のみ。然るにその種紙の製造に熱心して、かえって絹糸収穫の目的を忘るる者多きは遺憾なり云々と。されば慶應義塾は学者の種紙製造所なり。塾の業を卒(おえ)ればとて、決して人生の目的を達したるにあらず。然るに在神戸の旧塾生が、今まさに実業の門に入り大いになす所あらんとは、すなわち塾の種紙を糸に製する者なり。老生のよろこびの外にあるべからず。憚りながら会集の諸君へ宜しくご致意(ちい)下され、今後とも左右を顧みず、真一文字に実業に進み、先ず身を立て家を興し、いやしくも他人の厄介にならぬよう致したく、すなわちこれ文明独立の男子なり。右拝答にかねて、老生が欣喜の哀情を申し述べ炊く、余は後便に附し候。匆々頓首。
  十月七夜       諭吉
      矢田賢契 梧下
 尚以(なおもって)、会集の諸君へくれぐれも宜しくご伝声(でんせい)下されたく、態々(わざわざ)電報までお遣し下され、芳情謝す所を知らず、万々御礼申し上げ候。以上。
    --慶應義塾編『福沢諭吉の手紙』(岩波文庫、2004年)

福澤諭吉が門下の矢田賢契(明治13年入塾)に宛てて書いた手紙です(明治21年)。

この手紙に先立ち、門下の矢田が福澤へ、塾生たちの実業界での活躍を伝える手紙を受けて、その返信として書かれたもので、この私信には、福澤の信念が凝縮されている。

◇ 「学問はただ人生行路の方便のみ」
学問はたしかに大切だが、それを身につけてどうしていくのか--福澤は常にこのことを念頭において塾生たちと向き合っている。

学問馬鹿は必要ない、池波風にいえば、学問に“淫する”なとの戒めだ。

後代の論者たちは、この部分をもって、“福澤諭吉は哲学がない、功利主義者だ”“福澤の思想は浅い”“福澤拝金教”だと酷く批判している。確かにそうした批判が当たらぬともいえなくないが、正鵠を射ているとはいえないだろう。

そうした状況を稀代の政治学者丸山眞男は次のように評している。
すなわち……

----
福沢の哲学思想は明治初期の他の啓蒙思想家と無造作に一括されて、啓蒙的な合理主義だとか功利主義だとか英仏的実証主義だとか漠然たる規定で片附けられてしまったのである。
    --丸山眞男(松沢弘陽編)『福沢諭吉の哲学 他六篇』(岩波文庫2001年)。----

もとより福澤は、狭義の哲学者ではないから、そもそも彼の認識論なり存在論なりはどこにも提示していない。しかし、福澤の著作を丹念に読むと、そこに一貫した物の見方、価値観は存在する。ゆえに、そうした批判で全否定することは不可能だ。

◇ 「衣食は他人の厄介になると申しては、学問もまた無益なる哉」

福澤は空疎な迂遠な漢学や有閑的な歌学に対して、「人間普通日用に近き」実学(『学問のすゝめ』)を対置した。そこにはじめて「衣食は他人の厄介になる」ことを前提とした従来の学問から解放が宣言され、「自ら労して自ら食ふ」生活のただ中に学問が据え置かれた。この意義は極めて大きいだろう。『学問のすゝめ』は、いわば「実学」のマニフェストといってよいが、福澤学が実業学としてのみ普及していったことが、前述の誤解を招いている。

福澤の主張は、単に学問の実用性にのみ尽きるのではないし、たんなる実学の宣揚でもない。実践的関心から切り離された理論理性に対して無関心なのは東洋的学問の特色であり、思弁的観念論と切り離された「実学」を提唱する福澤の思想はその意味でも新鮮さは全くない(というか実は福澤の主張には、思弁的観念論と実学との分断を否定し、その弁証法的関連が説かれているように思われるが、それは考をまたにして、ここでは述べない)。福澤の革新性はそこには存在しない。ではどこに存在するのか。福澤の主張の革新性は、実学の提唱や学問と生活との結合ではなく、むしろ学問と生活とがどのような仕方で結びつけられるのかという点に核心が存在する。

福澤は学問に励むことを奨励するが、その一方で、「他人の厄介」になるなとも説く。そこである。福澤は当時の東洋社会の停滞性の原因を数理的認識と独立精神の欠如のうちに探り当てている。それが「独立自尊」という福澤のモットーと直結している。ひとの世話になっている人間には、真の創造も自由もない。内心の自由も、物質的環境の自由が基盤に存在しないと安定して存在することは不可能である。そのためには、いかにあるべきか……。生活者として、誰に頼ることもなく、自足自存して大地に立つ--そうした基盤がないと、学問をやっても、自分の学問ではなく、他人の学問になってしまう。そうしたところを「独立自尊」の言葉にこめており、「他人の厄介」になるなとくどくいう。

福澤には倫理学が存在しないと云われるが、つきつめていけば、彼のいう学問の日用性こそ彼の倫理学である。学問の日用性(実学)とは、単に学問が生活の中でリアルに活かされるといったものの見方ではない。物理的な世界を物理的に認識し、把握し、自己の環境を主体的に形成し行く人間像の提出である。それは、封建的秩序構成の人間の在り方とは全くことなる人間像の提示である。
「親の仇(かたき)」と唾棄されたアンシャン・レジーム人間像が、形式主義的機会主義であるとすれば、試行錯誤を通じて生活と真理の沃野を開拓する“奮闘的人間”を、ひとつの倫理として福澤は志向した。

「文明独立」の人間とは、学問に励みかつ衣食は他人の厄介にならなってはならないし、「塾の業を卒(おえ)ればとて、決して人生の目的を達したるにあらず」。

さあ、学問に取りかかろう。
生きている世界と自己が不断に対話を繰り返すこと必要だ。

Hukuza2

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人の世がまことにおもしろくなってきた

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 寛政三年の、年が明けた。
 長谷川平蔵は、三ガ日を清水門外の役宅にすごし、新年の行事をすませたのち、四日の午後になって、
 「久栄(ひさえ)。骨やすめだ」
 妻女をともない、目白台の私邸へもどった。
 私邸に暮している長男の辰蔵、次女の清、それに養女のお順などと、久し振りに家族だけの、正月の団欒(だんらん)をたのしむつもりだったのである。
 だが……。
家族そろって食事を共にしたのは、四日の夜だけのことで、翌五日は昼すぎになっても、夕暮れが来ても、平蔵は寝間から出て来なかった。
 「よく、ねむれるものですね、母上」
 と、辰蔵があきれて、
 「先刻(さっき)、のぞいて見ました。いびきをかいておられました」
 「お疲れなのですよ、父上は……あまりにもひどい、烈しい疲れが、お躰(からだ)の中へたまりにたまっておられるのですもの」
 「ははあ……」
 「昨年も一昨年(おととし)も、まるで夜も日もなしに、御役目にはたらかれて……」
 久栄の声には、切実なものがただよっている。
 ただ単に、役目をつとめているだけのものではない。平蔵は、わがいのちを張って盗賊どもを相手に休む間もなく闘いつづけてきたし、また長官(おかしら)みずからが、そうしてはたらかなくては、配下の与力・同心たちもいのちがけになってはくれぬ。
 「つくづくと、ばかばかしく思うのだよ、久栄」
 いつであったか平蔵が、妻女におもわず零(こぼ)したことがあった。
 「このように、一所懸命にはたらかなくてもよいのだ。よい加減にしておいて、他の人に交替してもらうのが、もっともよいのさ。これではおれも、とうてい長生きはできまいよ」
 「できれば、な……だが、どうもいけない」
 「なぜ、いけませぬ?」
 「この御役目が、おれの性にぴたりはまっているのだ。これはその……まことにもって、困ったことだ」
 「まあ……」
 「他のだれがやっても、自慢ではないがおれほどにできまい。なればこそやめられぬ。これはな、久栄。なにも悪党どもを征伐して諸人の難儀をふせぐ、などという偉そうな気持ちからではないのだ。つまりは、その……」
 「この御役目がお好きなので……」
 「いや、そうでない。好きではないが、やめられぬという……理屈ではわからぬことだ。つまりはその、盗賊相手にはたらく御役目へ、おれはどっぷり足をとられてしまっている。いまのおれとくらべて見て、以前に、いろいろとつとめた他の御役目なぞの味気なさをおもい出すと、ぞっとしてしまうのだ」
 「まあ、そのようなことを……」
 「そのとおりだ。いずれも堅苦しく肩肘を張っておつとめをする役目で、なんの新しさも感動もなかった。それにくらべると、いまおれがしていることは、日に日に新しい。いろいろな人間たちの、いろいろな心とふれあい、憎しみながらあわれみ、あわれみつつ闘わねばならぬ。四十をこえて長谷川平蔵、人の世がまことにおもしろくなってきて、な……」
 なのだそうである。
    --池波正太郎「礼金二百両」、『鬼平犯科帳 (六)』(文春文庫、2000年)。

 人間という生きものは不思議な物で、自分のやりたいものを選んだからといって、それで幸福になれるという保証はどこにもないし、そもそも“やりたいこと”と“得意なこと”には矛盾がある。

 よくバイト君たちと話していると、
 「自分には、もっとほかに向いている仕事があると思うんですが……」
 「今の職場に不満はないんですけど、飽きてきました……」
 こうした不満を吐露する若者は多い。しかし、文句をいうだけでは解決はどこにも存在しない。いやしかし彼らは、そのことを嘆くほど、深く考えていないのかも知れないが……。

 好きなことを追い求めることも大切だ。
ただしいたずらに追い求めるだけで、ひとは幸福を掴むことは不可能なのだろう。(探求しつつも)じぶんが投げ出されている人生の現場で、そしてそこでめぐりあった宿命と対峙し、そのなかで魅力や幸福を発見していかない限り、快楽や幸福を実現することは不可能だ。

もちろん合う・合わないという部分もあるのだろうだが、それなりに打ち込んでいくとその部分もはっきりみえてくる。ただ、それが見える前に、投げ出してしまうパターンの方が多いようなのだが……。

 『鬼平犯科帳』での長谷川平蔵の活躍をみてみると、どうも、長谷川平蔵は、自分が投げ込まれた宿命のなかに幸福を見いだす態度を貫いている。そこにこそ、幸福を獲得する最大の秘訣があるのであろう。

さて……

「そのとおりだ。いずれも堅苦しく肩肘を張っておつとめをする役目で、なんの新しさも感動もなかった。それにくらべると、いまおれがしていることは、日に日に新しい。いろいろな人間たちの、いろいろな心とふれあい、憎しみながらあわれみ、あわれみつつ闘わねばならぬ。四十をこえて長谷川平蔵、人の世がまことにおもしろくなってきて、な……」
  ……です。

家族には申し訳ないが、学問で未だ身が立たぬ宇治家参去です。浮き世の中に投げ出され、人間世界の泥水をどっぷりのまされている、教師とMgrという二重生活の現状ですが、そのおかげで、学問を学問の世界にだけ終わらせぬ、何か修行をさせられているように思うことがしばしばあります。

ストレートで大学を出てそのまま教員としてやっていったよりも(本当はその方がラクらのですが)、学問を深く考えることができているのではなかろうか(その暇がないときが実は殆どですが)、などと考えることがあります。

ま、現状に対する自画自賛かもしれませんが、回り道している分、そこで学んだ部分から、アカデミズムに照射できるちからをつければ、回り道にはならないかもしれません。

日々、驚きと発見のなかで、自分の学問を磨く日々でありたいものです。

とわいえ、そろそろ二重生活も卒業したい部分ですが……。

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ときどき“Take it easy”

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ここ半年ちかく、右の頭が痛むので、おかしいな~あ、と、れいの如く放置プレイしていたのですが、月曜ぐらいから、痛みの頻度があがったので、夕方、脳神経外科へいく。
なんというか、頭蓋骨のウラ側がずきずきするというか、頭蓋骨と脳皮の間に違和感があるというか……。

CTスキャンと頸椎のレントゲンを撮り、診断を受ける。

脳自体は全く問題がないことが判明。
母親が一度脳の手術をしていたので、ほっとする。

問題は頸椎にあるようだ。

いわゆる「ストレートネック」と呼ばれるヤツで、レントゲンを見せられるが、頸椎がぴしぃーっとまっすぐ。通常は、ゆるやかにしなっているそうですが、そうではなかった。神経等が圧迫をうけ、頭痛の原因になっているとのこと。

とりあえず、牽引して、処方箋をもらい帰宅する。

自分で自分の脳を見たのは初めてでしたが、興味深い人間の頭でした。

診察料が、「越の寒梅」1升瓶程度かかったのが、痛いところです。

さて、待合室で、久し振りに夏目漱石をぱらぱらめくる。市井の職場のバイト君が漱石を読んでいたので、15年ぶりくらいに紐解いてみた。

おもしろいですね。
漱石は、読み手を読ませる作家だと実感する。

今日はそこから一節でも。

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 「私はちょうど他流試合でもする人のようにKを注意して見ていたのです。私は、私の目、私の心、私のからだ、すべて私という名のつくものを五分(ぶ)のすきまもないように用意して、Kに向かったのです。罪のないKは穴だらけというよりむしろ明け放しと評するのが適当なくらい無用心でした。私は彼自身の手から、彼の保管している要塞の地図を受け取って、彼の目の前でゆっくりそれをながめることができたも同じでした。
 Kが理想と現実の間に彷徨してふらふらしているのを発見した私は、ただ一打ちで彼を倒すことができるだろうという点にばかり目をつけました。そうしてすぐ彼の虚につけ込んだのです。私は彼に向かって急に厳粛な改まった態度を示しだしました。むろん策略からですが、その態度に相応するくらいな緊張した気分もあったのですから、自分に滑稽だの羞恥だのを感ずる余裕はありませんでした。私はまず『精神的に向上心のないものはばかだ』と言い放ちました。これは二人で房州を旅行しているさい、Kが私に向かって使った言葉です。私は彼の使ったとおりを、彼と同じような口調で、再び彼に投げ返したのです。しかしけっして復讐ではありません。私は復讐以上に残酷な意味をもっていたということを自白します。私はその一言でKの前に横たわる恋の行手をふさごうとしたのです。
 Kは真宗寺に生まれた男でした。しかし彼の傾向は中学時代からけっして生家の宗旨に近いものではなかったのです。教義上の区別をよく知らない私が、こんな事をいう資格に乏しいのは承知していますが、私はただ男女(なんにょ)に関係した点についてのみ、そう認めていたのです。Kは昔から精進という言葉が好きでした。私はその言葉の中に、禁欲という意味もこもっているのだろうと解釈していました。しかしあとで実際を聞いてみると、それよりもまだ厳重な意味が含まれているので、私は驚きました。道のためにはすべてを犠牲にすべきものだというのが彼の第一信条なのですから、摂欲や禁欲はむろん、たとい欲を離れた恋そのものでも道の妨害(さまたげ)になるのです。Kが自活生活をしている時分に、私はよく彼から彼の主張を聞かされたものでした。そのころからお嬢さんを思っていた私は、いきおいどうしても彼に反対しなければならなかったのです。私が反対すると、彼はいつでも気の毒そうな顔をしました。そこには同情よりも侮蔑のほうがよけいに現れていました。
 こういう過去を二人のあいだに通り抜けて来ているのですから、精神的に向上心のないものはばかだという言葉は、Kにとって痛いに違いなかったのです。しかもまえに言ったとおり、私はこの一言で、彼がせっかく積み上げた過去をけ散らしたつもりではありません。かえってそれを今までどおり積み重ねてゆかせようとしたのです。それが道に達しようが、天に届こうが、私はかまいません。私はただKが急に生活の方向を転換して、私の利害と衝突するのを恐れたのです。要するに私の言葉は利己心の発現でした。
 『精神的に向上心のないものは、ばかだ』
 私は二度同じ言葉をくり返しました。そうして、その言葉がKのうえにどう影響するかを見つめていました。
 『ばかだ』とやがて、Kが答えました。『ぼくはばかだ』
 Kはぴたりとそこへ立ち留まったまま動きません。彼は地面の上を見つめています。私は思わずぎょっとしました。私にはKがその刹那に居直り強盗のごとく感ぜられたのです。しかしそれにしては彼の声がいかにも力に乏しいということに気がつきました。私は彼の目づかいを参考にしたかったのですが、彼は最後まで私の顔を見ないのです。そうして、そろそろとまた歩きだしました。
    --夏目漱石『こころ』(岩波文庫、1989年)。
----

有名なセリフです。
「精神的に向上心のないものは、ばかだ」

たしかに「精神的に向上心のないものは、ばかだ」。

ただ、これは、他者に向けて放たれる言葉ではないし、自分に向けることによって機能する言い回しである。ひとに向けないでください。

ただ四六時中、“精神的な向上心”に専念すると、病んでしまうのも事実である。

ときどき“Take it easy”がよろしいかと。

細君に言わせると、宇治家参去の場合、“Take it easy”が多すぎとか……。
とりあえず、まだ頭が痛いので、酒飲んで寝ようと思います。

蛇足ですが、『こころ』の描写で一番美しいのは冒頭での海水浴での会話ですね。

Natume1

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ママだってウルトラセブン

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やっちゃいました--。

自宅の鍵を持たずに出勤。

終業後、25時に家の前で、鍵がないことを自分を発見(今日は飲んでいませんよ!念のため)。

仕方がないので……。

携帯電話から自宅へ電話する。当然家人はとうの昔に夢の世界へ。
そこへ、その静謐をぶち壊す機械音……。

細君に扉を開けてもらう。

「すまん」

細君も闘っている。配偶者の不始末と闘っている。

ということで、反省の寝酒を飲んで寝ようと思います。

最後に……。

以前紹介した、みやにしたつや『パパはウルトラセブン みんなのおうち HOME SWEET HOME』(学習研究社、2003年)姉妹作『THANKS MAMA パパはウルトラセブン ママだってウルトラセブン』の一節でしめましょう。

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◇前書より
ママ、おかあさん、おかあちゃん。
どのひびきにも 優しさがある。
愛がある。

ママの愛は深い。
おかあさんの愛は広い。
おかあちゃんの愛は大きい。

そして、その愛はどんなものにも
けっしてまけない。

おかあちゃんありがとう。
おかあさんありがとう。
ママありがとう。

◇ママのおべんとう
ママの おべんとうは すごく きれい、
すごく おいしい そして、

ママの おべんとうは すごく はやい。
ママが おねぼうして 時間が ないときでも……

おなべも フライパンも つかわず
しっかり 3分で しあげてしまう。
ママの おべんとう?は おいしい。
ママだってウルトラセブン。

◇ママの元気
パパも わたしも 赤ちゃんも 元気が ない。
だって、

ママが びょうきだから。
ママが びょうきだと つまんない、たのしくない。

ママが びょうきだと いえの なかが 
くらーくなる。

つぎの ひ。ママの びょうきが なおった。
パパも わたしも 赤ちゃんも 大よろこび。
やっぱり みんなの げんきの もとは ママの げんき。
ママだってウルトラセブン。
    --作・絵みやにしたつや『THANKS MAMA パパはウルトラセブン ママだってウルトラセブン』(学習研究社、2001年)。

-----

さて、そんなママに心配をかけないようにと、いま、懸念事項になっているのが、卒業式後、どうするかということです。

お仲間と飲む予定なのですが、(自分で自分が嫌になるのですが)飲み出すとキリがないので、終電を逃すと、タクシーで1.5万円かかり、泥酔者を向かい入れる細君に申し訳がない。

そこで、いま、八王子のホテルに泊まろうかと考えている。
いかにすべきか。

パパはウルトラセブン・ママだってウルトラセブン Book パパはウルトラセブン・ママだってウルトラセブン

著者:みやにし たつや
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「顔見知り」の“対話”

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 市民社会の存在が、ヒンドゥー、イスラームの宗派間対立に抑止効果があることを実証的に研究しているのが、米国ミシガン大学南アジア研究センター長であるアシュトシュ・ヴァルシュネイ氏だ。ヴァルシュネイ氏によればインドの「宗教」暴動の発生には地域的ばらつきがある。アンドラ・プラデシュ、ビハール、グジャラート、マハラシュトラ、ラジャスタン、ウッタル・プラデシュの六州で暴動が頻発しているのに対して、他の州はそれほどでもない。さらに分析を加えると、「宗教」暴動は農村よりも都市で発生している。ヴァルシュネイ氏が独自に行った調査によれば、この七〇年間でインドの「宗教」暴動で亡くなった死者の数を統計的に分析していくと、死者の大半は都市の人間であり、しかも死者数の半分は、全人口の五・五パーセントに過ぎない八都市(アーメダバード、ボンベイ、バローダ、アリガル、メルート、デリー、カルカッタ、ハイデラバード)に集中している。都市で暴動が発生するのは、主に都市にイスラーム教徒が多く住み、ヒンドゥー教徒と接触し文化摩擦を起こす機会が多いからだ、という仮説がある。しかし、ラクノウは人口の三〇パーセントのイスラーム教徒であるのに、ほとんど暴動が起こっていないのはなぜか。都市のなかでも古くからある都市、市街よりも、急速に開発された都市、新興住宅地において「宗教」暴動が発生する傾向にあるのである。
 ヴァルシュネイ氏は、「ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の市民的結びつきが強いところで暴動は抑えられ、そうでないところは暴動が多発する。そして異なる宗教徒間の市民的結びつきは紛争抑止機能をもっている」と分析している。なぜ農村でなく、都市で暴動が起こるのか。
 ヴァルシュネイ氏は、当事者からの証言を集め分析したところ、「宗教」暴動には匿名性があることに気づいた。「見知らぬ」暴徒がやってきて襲われたという証言が多数存在する。一方、顔見知りにやられたという証言は少ない。つまり、お互いに相手を知っているということ、相互理解は暴力の発生を防ぐのである。二人の人間をつなぐ相互理解のネットワークは一つである。三人がそれぞれを直接知るために必要なネットワークは三つ、四人の場合は六つ必要になる。都市が大きくなればなるほどに社会の構成員がお互いを知るために必要となるネットワークの数は加速度的に増えていく。伝統的な人間関係が稀薄な都市には見知らぬ「他者」が多数存在するようになり、暴力抑止機能は低下する。
 ヴァルシュネイ氏は市民的結びつきを、「社会的関与」「日常的関与」の二種類に分類する。「社会的関与」には、商業組合、読書会、スポーツ同好会、NGOなどが含まれ、「日常的関与」には家族ぐるみのつきあいや祭祀への参加などが含まれる。どちらも暴動抑止に効果的であるが、社会的関与の方がより抑止機能が強い。政治的煽動や犯罪者、デマなどによる宗教暴動を抑えるために有効なのは、異なる宗教徒間の市民的結びつきを強化することである。ヴァルシュネイ氏は、それゆえに地域レベルで市民が行動することが重要であるという。
 「国家だけでは法と秩序を守ることはできない。国家や政党に多くを望む前に、市民がイニシャティブを取るべきである」
 そしてヴァルシュネイ氏が提唱する「社会的関与」を強化していこうという動きが、インド社会のあちこちで生まれている。私は、ヴァルシュネイ氏の市民社会論は国際社会にもあてはまると思う。市民の国際相互理解は、テロリズムや国家間の紛争に対する抑止効果をもっている。原理主義台頭を防ぐには、各国において市民社会を発展させ、市民間の国際相互理解のネットワークを増進していくことが肝要である。
    --小川忠『原理主義とは何か  アメリカ、中東から日本まで』(講談社現代新書、2003年)。
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冒頭は、9・11以降、様々な原理主義に関する文献が濫発されましたが、その中では、良心的で初学者にも読みやすく、かつ内容も充実した(と私が思っている)著作の一節です。インドで一番問題なっているのが、国内でのヒンドゥー教とイスラームの対立という深刻な宗教暴動なのですが。その部分を調査したのがうえで紹介されているミシガン大学の調査ですが、その内容を踏まえた上でのひとつの視座を提示したのがうえの引用部分です。

単純なことなんですよね。結局は。
「顔見知り」の“対話”ですかね。

人間という生きものは、大切なもの、価値あるものが身近にあるとはなかなか思えず、ともするとそれらをどこか遠方に求めてしまう。容易に手にはいるところにありながらも、そんなはずはないと思い、わざわざ貴重な時間を浪費してしまうこともある。

まさに「身近なものほど見えない」ものかもしれません。

しかし、そうした身近な人間の生活の現場を「つまらないものだ」「ありふれたものだ」「考えるに値しない」と思うとき、人間という生きものは、結局は自分自身をも「つまらないもの」にしてしまうのかもしれません。

日記でもくどくどと書いてきましたが、人と会って話す“対話”しかないのかもしれません。

一夜で事態を転変させる急激な革命や特効薬によって事態を好転させることは不可能かもしれないし、かならず副作用がでてしまう。本来的な変革はゆっくりと時間をかけ、醸造していくようにものごとを発酵させる着実な歩みを継続することにしかないのかも知れません。

インドつづきですが、ガンジーは「善いことはカタツムリの速度で進む」と語り、人々を励まし、その内発性を開花させた。

“対話”という営みは、勇気もいるし、時間もかかる。しかし、それが発酵したとき、お互いの思想や宗教が違えども、ひとは、お互いを全く異なる他者として尊敬し得るのかもしれません。

その営みは、国家や共同体によって命令された、強いられた在り方ではなく、まさに、ひとりひとりの人間が自発的に「日常的関与」と「社会的関与」を点検し、その生きている自分の地域から、そして棲んでいる生活の現場から、「顔」と「顔」を向かい合わせ、お互いの他者性を自覚し、尊重し、共に進んでいく方向でいかないとだめなのでしょう。

「共生」しろ!と「強制」されても「共生」は不可能だ。
まさに、自分自身の課題として、内発的に考え、行動しない限り、差異を自覚して、共生していくことは不可能だ。

「国家だけでは法と秩序を守ることはできない。国家や政党に多くを望む前に、市民がイニシャティブを取るべきである」(前掲書)

このことは何もプロの市民運動をやれ!ということではない。

生活のなかで身近なものごとに注目し、そして発見する。
そのことを自分で考える。
ひとと摺り合わせる。
その行為によって、人は、思索から自覚へいたる人間力を高めることが可能である。

真面目に生活者として生きながら、真面目に物事を考え、そして人々と会って話をする。そして握手でも。

賢衆の連帯が必要だ。

“サッチモ”ことルイ・アームストロングの“What a Wonderful World ”のYouTube動画はコチラをクリック

原理主義とは何か―アメリカ、中東から日本まで (講談社現代新書) Book 原理主義とは何か―アメリカ、中東から日本まで (講談社現代新書)

著者:小川 忠
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昭和は遠くなりにけり

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春っぽくいい時候になってきました。

いつも寝るのが遅く昼前に起きて活動する宇治家参去ですが、昨日は人が寝る時間に寝たので、朝起きしました。

「どうしてパパは朝寝ているの?」
今日は子供からの恐ろしいセリフをきくことなく、一日を出発。

10日が細君の誕生日なので、午前中は、子供と細君と近所のホームセンターへ行って、園芸用品をそろえる。大きくなったパキラと、花桃の木の植え替え用の鉢と土をゲットする。これだけでは済まないので、とりあえず来週また何か買うことを約して、帰宅して植え替える。

昼過ぎ……。
先月宇治家参去が誕生日だったので、眼鏡を買ってもらったのですが、それが完成したので、調整と受領にいく。
最初は今風のセルの眼鏡にでもしようかと思っていたのですが、店長にまるめこめられて年相応の眼鏡にしました。初めて見たのですが、ブルックス・ブラザーズ(Brooks Brothers)の眼鏡です。
スーツやシャツなんかは基本的にはブルックスでそろえているので、眼鏡もこれでキマリです。すこしおっさんぽい雰囲気ですが、「なかなか洒落てて上品ですよ」って言われたので、それにしてしまいました。

その後は仕事です。

さて、話が全く変わりますが、最近、若い学生さんと話していると、話が合わない部分があるというか、ギャップに驚くときがあります。

相手は18前後ですので、場合によっては平成生まれ。

良いことなのか、悪いことなのか、わかりませんが、不思議なことに、彼らは物心ついたころには、ベルリンの壁は取り除かれ、アメリカ合衆国から“悪の帝国”と酷評された“ソビエト連邦”は崩壊していた。すなわち冷戦構造を肌で感じていないのですね。

それはしょうがないのですが、宇治家参去が中高生のころは、真面目に東西熱戦の核兵器戦争が起こる可能性が結構あったのですが、そうした脅威は彼らには存在しません(もちろんイデオロギー対立に起因する冷戦構造は集結しましたが、核兵器の存在はそのままで、ある意味で言えば、冷戦が終わったと言うことで、その問題が等閑視されていることにも別の問題があるのですが)。

そこで、今日一つ本を読みながら思ったのが、「昭和」という時代は、年号としては「平成」に連続する過去になりますが、つい20年前の「昭和」がいよいよ“歴史”としての“過去”を実感させる昔になってしまったのだなアなどと思いました。

彼らにとって、既に冷戦は、教科書の中の出来事であり、ソビエト連邦の響きも過去の残滓であり、かれらにとってはロシア連邦という国なんですね。

そのことがいいことなのか・わるいことなのか……これはわかりません。
ただ実感だけですがね。

中村草田男は、かつて次のような句を詠みました。

 降る雪や 明治は遠く なりにけり

まさに……

 散る桜 昭和は遠く なりにけり

です。

歴史として対象化された“昭和”に関しては後日論じようと思いますが、実感としてつづってみました。宇治家参去も“おっさん”の仲間入りか……はア。

ということで、最後に、過去としての昭和を想起させた一文を紹介します。

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蒸気機関車が消えた

 「昭和五十年には鉄道はぜんぶ電化されて、日本から蒸気機関車が消えてしまうでしょう」
 電気機関車が牽引する特急つばめの絵の脇に、そんな文章が添えられていた。昭和三十一(一九五六)年のマンガ雑誌の特集だったと思う。この年の十一月、東海道線が全線電化された、おそらくそれがきっかけとなった企画だろう。
 東海道線電化完成記念切手は当時の少年たちを狂わせた切手収集ブームの直前に発行されたから、いまでも結構な高値がついている。翌昭和三十二年は国際観測年だった。南極越冬隊を運ぶ観測船「宗谷」を背景に、極地の蒼穹を見あげる一頭のペンギンをデザインした切手はいまも私の記憶に新しいが、いっこうに値が上がらない。六百万枚のうちの大半が四十男五十男の古い机の引出しに死蔵されているはずだ。
 私はこの記事を信じなかった。蒸気機関車が消えることではなく、昭和五十年ということばに実感がわかなかった。
 昭和は五十年まで本当につづくのだろうか。大正は十五年までしかなかった。明治は、長い長いといわれて四十五年だ。おまけに、当時私は慶応とか天保とかの年号も聞き知りはじめていた。慶応は四年、天保はよく知らないがせいぜい十何年だろうと父がいったことがある。ゆえに「昭和五十年」をあやしんで、その記事の書き手のリアリズムを疑ったのだった。
 進歩は善、進歩は必然と信じていたから、蒸気機関車が消えるという記事に悲しむところはなかった。むしろ早く消えろ、消え果てて私の住む北陸の一地方も東京なみになれ、と願っていた。
 その前年、私は母にともなわれてはじめて東京へ行った。東京は巨大な街であり、電車の街であった。省線電車や西武線を「きしゃ」と呼んで東京の子供にからかわれ、うつむいた。
 私は戦後いち早く電化された上越線に肩入れした。石炭の燃えるにおいがして、窓辺につく肘の黒く汚れる信越線を憎んでいた。東京へ向かう上越線の車中、私は列車の最後尾に母とともにいて清水トンネル内のループを目のあたりにした。蒸気だったら煙でなんにも見えない。息もできない。電気機関車だから、ほらあんなによく見える、と母はいった。まっすぐじゃ急すぎて登れないからぐるっとまわりながら登るんだよ。
 私の住む町にはかつて大きな操車場があり、蒸気機関車が並ぶ機関区があった。前後どちらでも走り出せる電気機関車には不要のターンテーブルがあり、それが回転するのを見るのは楽しみだった。
 進歩を好み旧弊を嫌う心情の底で、私は、ひそかに蒸気機関車のたくましさを愛していたようだ。中野重治のごとく、走り去るその重たくて黒い後姿に熱い手をあげたかった。洗いざらしの青い作業服を着た機関区員は、昼休みにはみんなで歌った。夕暮れには冷たい水で体を洗った。腰にさげた手拭いで顔をこすった。
 先日従姉の娘が東京に遊びにきた。もう二十いくつだ。年に何回かは新幹線に乗って原宿へ買いものにくる。彼女が私に尋ねた。新宿から吉祥寺まではどのキシャに乗ればいいの?私は笑った。なぜ笑うのかと彼女は多少気色ばんだ。少し嬉しいからだと答えて、さらに彼女の不興を買った。
    --蒸気機関車が消えた
 「昭和五十年には鉄道はぜんぶ電化されて、日本から蒸気機関車が消えてしまうでしょう」
 電気機関車が牽引する特急つばめの絵の脇に、そんな文章が添えられていた。昭和三十一(一九五六)年のマンガ雑誌の特集だったと思う。この年の十一月、東海道線が全線電化された、おそらくそれがきっかけとなった企画だろう。
 東海道線電化完成記念切手は当時の少年たちを狂わせた切手収集ブームの直前に発行されたから、いまでも結構な高値がついている。翌昭和三十二年は国際観測年だった。南極越冬隊を運ぶ観測船「宗谷」を背景に、極地の蒼穹を見あげる一頭のペンギンをデザインした切手はいまも私の記憶に新しいが、いっこうに値が上がらない。六百万枚のうちの大半が四十男五十男の古い机の引出しに死蔵されているはずだ。
 私はこの記事を信じなかった。蒸気機関車が消えることではなく、昭和五十年ということばに実感がわかなかった。
 昭和は五十年まで本当につづくのだろうか。大正は十五年までしかなかった。明治は、長い長いといわれて四十五年だ。おまけに、当時私は慶応とか天保とかの年号も聞き知りはじめていた。慶応は四年、天保はよく知らないがせいぜい十何年だろうと父がいったことがある。ゆえに「昭和五十年」をあやしんで、その記事の書き手のリアリズムを疑ったのだった。
 進歩は善、進歩は必然と信じていたから、蒸気機関車が消えるという記事に悲しむところはなかった。むしろ早く消えろ、消え果てて私の住む北陸の一地方も東京なみになれ、と願っていた。
 その前年、私は母にともなわれてはじめて東京へ行った。東京は巨大な街であり、電車の街であった。省線電車や西武線を「きしゃ」と呼んで東京の子供にからかわれ、うつむいた。
 私は戦後いち早く電化された上越線に肩入れした。石炭の燃えるにおいがして、窓辺につく肘の黒く汚れる信越線を憎んでいた。東京へ向かう上越線の車中、私は列車の最後尾に母とともにいて清水トンネル内のループを目のあたりにした。蒸気だったら煙でなんにも見えない。息もできない。電気機関車だから、ほらあんなによく見える、と母はいった。まっすぐじゃ急すぎて登れないからぐるっとまわりながら登るんだよ。
 私の住む町にはかつて大きな操車場があり、蒸気機関車が並ぶ機関区があった。前後どちらでも走り出せる電気機関車には不要のターンテーブルがあり、それが回転するのを見るのは楽しみだった。
 進歩を好み旧弊を嫌う心情の底で、私は、ひそかに蒸気機関車のたくましさを愛していたようだ。中野重治のごとく、走り去るその重たくて黒い後姿に熱い手をあげたかった。洗いざらしの青い作業服を着た機関区員は、昼休みにはみんなで歌った。夕暮れには冷たい水で体を洗った。腰にさげた手拭いで顔をこすった。
 先日従姉の娘が東京に遊びにきた。もう二十いくつだ。年に何回かは新幹線に乗って原宿へ買いものにくる。彼女が私に尋ねた。新宿から吉祥寺まではどのキシャに乗ればいいの?私は笑った。なぜ笑うのかと彼女は多少気色ばんだ。少し嬉しいからだと答えて、さらに彼女の不興を買った。
    --関川夏央『昭和時代回想』(集英社文庫、2002年)。

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【覚え書】吉野作造「夏休中の青年諸君に告ぐ」

Dscn7324 吉野作造を読んでいると面白い文章があったので、ひとつ【覚え書】として紹介します。

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夏休中の青年諸君に告ぐ
吉野作造

 ずいぶんと長い夏の休みをどうして過ごしたらいゝかとは、よく若い人々から聞く所の質問である。之に対していつも私の与ふる答えは斯うだ。夏休みにでも無ければ出来ぬ様な異(かわ)つた経験を積むことに利用せよと。
 何時(いつ)でも出来る様な事を、わざわざ夏休みにまで持ち越す程、馬鹿げたことはない。
 都会に学んで居る学生が田舎に帰省し、田舎に居る学生が一寸(ちょっと)都会に出て見る底(てい)の転換は、別に問題とする程の事ではない。避暑と称して閑地にブラブラするは無意義の甚しいものであるが、やゝ篤志なものになると、この長い期間を利用して外国語を勉強して置かうとか、又は何々の学問を研究して試(み)やうとか云ふのもある。之も誠に結構には相違ないが、併(しか)し此種の研究は、少し時間の遺繰(やりくり)を工夫すれば平常(ふだん)でも出来ぬことはない。そこで私は、平常でも出来る程のことをわざわざ夏休みにやる必要はあるまいと云ふ。夏休みの最善の利用法としては、斯(こ)んな時にでもなければ一生の中(うち)二度と経験の出来ぬやうな事をやつて見るに限ると思ふ。
 私は生来旅行が好きだ。学生時代よく山野を跋渉(ばっしょう)したものだ。其の中でも中学時代一二の友人と一ケ月足らずの徒歩旅行をしたことは、今でも楽しい思ひ出の一つである。其後段々年を取ると、色々俗用が多くなつて、かうした長期の旅行が許されなくなつた。旅行好きの生れ附きである癖に、今となつて見れば、あれが一生の中の唯一の楽しい思出かと考へると、どうして若い時分にもつと能(よ)く夏休みを利用しなかつたかと悔しくなる。
 人生は複雑だ。我々の経験を豊富ならしむべき事象は我々の周囲に山程ある。迂(う)つかりして居ると、自分の本務に縁の遠い事柄は終(つい)に全(まる)で知らずに済んで了(しま)ふ。夏休みは実に此種の異つた事柄に些(いささか)でも触(ふ)るゝ機会を我々に提供するものではないか。
 昨今学生界に登山熱が盛である。誠によろこぶべき現象だ。斯んなことも夏休みにでもなければ経験の出来ぬ事だ。閑居してゴロゴロして居るよりは遙によい事だが、併し青年に取つて夏休みの利用法は、決して之に尽きるのではない。
 近頃労働問題の攻究が盛だ。青年学生に取つても之は頗(すこぶ)る人気のある問題だが、併し机上の空論だけでは、折角(せっかく)の研究の結果も社会に活(い)きて来ない。一つ何処(どこ)かの工場に傭はれて自ら職工となつて働いて見てはどうか。夏休みは正(まさ)に斯んな事に利用すべきものである。
 否、研究の為でなくともいゝ。或は地主に雇はれて農作の手助けをやつて見たり、或は坑夫となり、或は漁師となり、又は客船のボーイとなつて遠洋に出航して見たり、いろいろ変つた経験を積む方面は幾らもある。研究などゝ云ふ目的が眼の先にブラついて居ると、却(かえつ)て普通の労働者と同じ気持になつて真剣に実際の経験を積み得ぬ恐れもあるから、私は寧ろ一つの定期的ビジネスとしてやつて見た方が善いやうにも思ふ。
兎に角、夏休みは斯んな時にでも無ければ出来ぬ様な仕事をやるに限る。平常でも出来る様な仕事を為し続けるのは馬鹿気た話だ。平常の仕事を夏休みにまで持ち越さねばならぬ様な、徒(いたず)らに忙しい憐れむべき境遇の人は別として、夏休みをどうして暮さうかと思ひ廻らす丈(だけ)の余裕のある幸福な人は、須(すべか)らく此の幸福なる境遇を極度に利用すべきである。それには呉々(くれぐれ)も云つた通り、斯んな時に限りて為し得る様な異つた仕事をするに限る。
 金のある人は金を使つて楽しく異つた経験を積むことが出来る。中にも海外の旅行などは最も他の人々をして羨(うらや)ましむるに足るものである。金のない人の此の楽みを目当にして平素収入の一部を貯へて置くもよからう。併し金がなければ変つた経験は得られないと思ふならば大なる誤である。私は寧ろ金のある人も、金を使はずに変つた経験を積んだらどうかと考へる。変つた経験もいゝが、之を享楽気分でやることは余り面白くない。
 変つた経験を、真剣に。而(そ)して之に由(よつ)て我が生活内容を豊富にする様に。一言にして約すれば、広く人生を体験する様に。是れ我々の青年諸君にすゝむる最良の夏休み利用法である。

    --吉野作造「夏休中の青年諸君に告ぐ」、「巻頭言」『中央公論』(一九二二年八月)。

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A Change Is Gonna Come

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昨日、市井の仕事が済んでから、まもなく辞めるバイト君と軽く飲みにいく。
軽くのつもりが、重くなり、気が付くとほぼ一人で、焼酎1本飲んでいた(米焼酎しろ・720ml)。

その勢いで、「カラオケ行きましょうよ~」というので、今度は、1時間だけ歌いにいく。

かえって爆睡するが、起きるとのどが痛い。
たいしたものは歌っていないが、いい気分転換になりました。

できればサム・クック(Sam Cooke)の名曲“A Change Is Gonna Come”でも雄々しく謳いあげたいものです。

There’s an old friend
That I once heard say
Something that touched my heart
And it began this way

I was born by the river
In a little tent
And just like the river
I’ve been runnin’ ever since
He said it’s been a long time comin’
But I know my change is gonna come
Oh yeah

He said it’s been too hard livin’
But I’m afraid to die
I might not be if I knew
What was up there beyond the sky
It’s been a long, a long time comin’
But I know my change has got to come
Oh yeah

I went, I went to my brother
And I asked him, "Brother
Could you help me, please?"
He said, "Good sister
I’d like to but I’m not able"
And when I, when I looked around
I was right back down
Down on my bended knees
Yes I was, oh

There’ve been times that I thought
I thought that I wouldn’t last for long
But somehow right now I believe
That I’m able, I’m able to carry on
I tell you that it’s been along
And oh it’s been an uphill journey
All the way
But I know, I know, I know
I know my change is gonna come
Sometimes I had to cry all night long
Yes I did
Sometimes I had to give up right
For what I knew was wrong
Yes it’s been an uphill journey
It’s sure’s been a long way comin’
Yes it has
It’s been real hard
Every step of the way
But I believe, I believe
This evenin’ my change is come
Yeah I tell you that
My change is come..

そういえば、過日、教え子の短大生たちが、創立者のまえで、歌を2曲謳っていました。

知っている顔もちらほら。

素晴らしい学舎で教鞭を執らせていただいている幸せを実感した瞬間でした。

Scooke

YouTubeで Sam Cooke の “A Change Is Gonna Come”を見るにはコチラから

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有限と無限の対峙、そして人の世界へ還っていく

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Siga

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 彼は石の上で二匹の蜥蜴(とかげ)が後足で立上がったり、跳ねたり、からまり合ったり、軽快な動作で遊び戯れているのを見、自らも快活な気分になった。
 彼はまたここに来て鶺鴒(せきれい)が駈けて歩く小鳥で、決して跳んでいかないのに気がついた。そういえば鳥(からす)は歩いたり、跳んだりすると思った。
 とく見ているといろいろなものがすべて面白かった。彼は阿弥陀堂の森で葉の真中に黒い小豆粒(あずきつぶ)のような実を一つづつ載せている小さな灌木を見た。掌(てのひら)に大切そうにそれを一つ載せている様子が、彼にはいかにも信心深く思われた。
 人と人との下らぬ交渉で日々を浪費して来たような自身の過去を顧み、彼はさらに広い世界が展(ひら)けたように感じた。
 彼は青空の下、高いところを悠々舞っている鳶(とび)の姿を仰ぎ、人間の考えた飛行機の醜さを思った。彼は三四年前自身の仕事に対する執着から海上を、海中を、空中を征服して行く人間の意志を賛美していたが、いつか、まるで反対な気持ちになっていた。人間が鳥のように飛び、魚のように水中を行くということは果して自然の意志であろうか。こういう無制限な人間の欲望がやがて何かの意味で人間を不幸に導くのではなかろうか。人智におもいあがっている人間はいつかそのため酷(むご)い罰を被(こうむ)ることがあるのではなかろうかと思った。
 かつてそういう人間の無制限な欲望を賛美した彼の気持ちはいつかは滅亡すべき運命を持ったこの地球から殉死させずに人類を救い出そうという無意識的な意志であると考えていた。当時の彼の眼には見るもの聞くものすべてがそういう無意識的な人間の意志の現われとして感ぜられなかった。男という男、すべてそのため焦っているとしか思えなかった。そして第一に彼自身、その仕事に対する執着から苛立ち焦る自分の気持ちをそう解するより他ならなかったのである。
 しかるに今、彼はそれが全く変わっていた。仕事に対する執着も、そのため苛立つ気分もありながら、一方遂に人類が地球とともに滅びてしまうものならば、喜んでそれも甘受出来る気持ちになっていた。彼は仏教のことは何も知らなかったが、涅槃とか寂滅為楽とかいう境地には不思議な魅力が感ぜられた。
    --志賀直哉『暗夜行路』(岩波文庫、2004年)。

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冒頭は、推敲を尽くした簡潔な文体は、「無駄のない文章」として強烈な影響を与えた小説家・志賀直哉、唯一の長編小説『暗夜行路』の末尾から。

強烈な自我を有する主人公・時任謙作が、出生の秘密や妻の不義に苦悩し、自己と外界との葛藤にいらだちながらも、やがては大自然(=宇宙)の中に心と体の平安を得るまでの心理を描いたストーリーです。

かつてゲーテの翻訳と研究で知られる山下肇東京大学名誉教授が、ゲーテの世界と日本文学の世界を対比して、日本文学を「四畳半の世界」と評し、ゲーテを始めとする世界的名著を「広々とした天空」と対比したことがあります。そういう意味だけでもありませんが、日本の近代文学を、それとなく読む中で、(専門家からは怒られそうですが)漱石と鴎外以外は、あまり読む価値なしとして、“読み捨て御免”としていました(池波正太郎は別ですが)。教養として活字を拾うだけで、味わってはいませんでした。

ま、10年ぶりくらいでしょうか……。
志賀直哉のこの本を読み直してみましたが、全肯定はできないが、まア面白い。
ゲーテとの対比ではありませんが、「四畳半の世界」も知悉しなければ、「天空」の広さも実感出来ない部分はあるナと実感です。

主人公の謙作ではありませんが、志賀直哉もどうやら、「近代的で、自然と平和と調和と静謐を愛した」「家族を愛し、来訪者を大切にした」人物などと称えられることがある一方、極端な癇癪癖でも知られ他者に対する好悪の落差が激しかった人物と伝え聞く。その調和が創作活動だったのかもしれません。

さて、謙作は、末尾で大自然の雄大な営みのなかに、人間世界の些事を超俗した平安の世界を体得しますが、そういう部分は現実にはありますね。

泥まみれ・金まみれ・怨嗟にまみれた市井の職場の中で、宇治家参去さんも、自然と対面する瞬間があります。

夕方の定刻、会社の屋上を施錠し、ひとまわりして安全確認を行う業務があるのですが、そのときどきに、自然を体感しております。

嵐の日もあれば、冷え冷えとぼたん雪の舞う日もある。かと思えば、灼熱の夏陽の照りつける日もあれば、晩秋の神々しき空気の息吹を感じる日もある。

一瞬ですが、それまでの銭や人間の汗にもまれた心と体が癒される瞬間です。
時間にしてみれば、ものの5分でしょうか……。
5分後には、もとも人間世界へ降下してゆきます。

そして、またがんばろうと。

自然や宇宙という無限が、人間という有限さを自覚させてくれる瞬間なのでしょう。
無限の接近は、有限の些事を癒してくれます。しかし、人間は、有限な世界でしか生きられない。どこまでも無限の自然のなかで永住することは不可能だ。人間は無限になった瞬間人間でなくなるのだろう。

宇治家参去も5分の無限と有限の対峙から、また有限世界へもどっていきます。しかし、5分前の有限とは同じ光景でありながら、色彩の違う世界になっています。

なぜか人に優しくなれます。

自然の無限さは偉大です。

さて、謙作はどこへいくのでしょうか……?
宇治家参去は、やっぱり、有限な人間世界が大嫌いです。だけど大好きです。

……ということで、“米焼酎”が切れたので、今日は“蕎麦焼酎”「吉兆・雲海」(雲海酒造)で一息ついて、寝ますね。

また明日も、泥と汗と銭にまみれた現実世界を雄々しく生きていかねばならぬので。

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私は考える……デカルトの人間本質論

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どうも宇治家参去です。

昼過ぎ自転車で桜並木を走り抜けると、もうつぼみが色づいていました。
季節の移り変わりとは、はやいものです。人間がその変化を自覚するのは、変わった後になってはじめてなのかもしれません。

さて--。
先日来、ヘーゲルと吉野に関してすこし言及しましたが、そのヘーゲルのなかで、「理性」ということが重点的に論じられていましたので、その「理性」についてひとつだけ補足しておきます。
理性といった場合、さしあたりは、ものごとを筋道を立てて正しく考える能力、といった具合で理解してよろしいかと思います。西洋の近代哲学においては、その人間が考える能力、を重視し、そのちからによって、人間は真理を正しく理解し、世の中全体を良い方向へスライドさせることができるという発想がありますが、その嚆矢となるのが、やはりデカルトだと思います。

そこでデカルトの「われ思うゆえにわれあり」という有名な言葉をひとつ考えてみようと思います。このデカルトの思考実験としての方法的懐疑に関しては様々論じられておりますので、割愛しますが、デカルトが、そう語ることによって、ひとつの人間本質論を提示した、そういう側面に注目してみたいと思います。

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……わたしは、それまで自分の精神のなかに入っていたすべては、夢の幻想と同じように真でないと仮定しよう、と決めた。しかしそのすぐ後で、次のことに気がついた。すなわち、このようにすべてを偽と考えようとする間も、そう考えているこのわたしは必然的に何ものかでなければならない、と。そして「わたしは考える、ゆえに私は存在する〔ワレ惟(おも)ウ、故ニワレ在リ〕というこの真理は、懐疑論者たちのどんな途方もない想定といえども揺るがしえないほど堅固で確実なのを認め、この真理を、求めていた哲学の第一原理として、ためらうことなく受け入れられる、と判断した。
    --デカルト(谷川多佳子訳)『方法序説』(岩波文庫、1997年)。
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デカルト以来、近代のヨーロッパ哲学が大きな問題としてきたテーマのひとつが「わたし」という問題である。ここでいうわたしとは、「わたしは嫌だ」「わたしは寒い」「わたしは好きだ」といったときの述語ではなく、述語をもっている主語としての「わたし」のほうである。

哲学的な術語に置き換えるならば主観あるいは主体といってもいいでしょうし、主観性という言葉で「わたし」のあり様を言うことができると思います。そしてこの「わたし」の術語としてもっともほんもので確実な在り方こそ「考える〔わたし〕」だとデカルトは発見した。

「考える」ということは特権的な在り方である。

たとえば、「わたし」は、怒ったり、笑ったり、走ったりする。
そして「わたし」は、怒ったり、笑ったり、走ったりすることについて〔考える〕ことはできる。
しかし、〔考える〕ことについて怒ったり、笑ったり、走ったりすることはできない。その意味で特権的である。

さて、デカルトは、方法的懐疑の結果手に入れた不動の第一原理としての〔考える〕ことを精神の第一の属性と定め、人間観を組み立て直すのである。すなわち、〔考える〕という属性は、精神をもっているすべての人に共通している。だから人間の本質とは〔考える〕ということに存在する--そうデカルトは考えたわけである。

デカルトが生きた時代、実は「人間」の境界は定かでなかった。どこまでが魔物の部類であり。どこまでが獣の部類であり、どこまでが天使の部類であるのか、そういったことには、はっきりとした境界がなかったのである。だから、魔女も魔男も人里離れた幽谷の深森にひっそりと棲んでいなかった。町や村落に存在したのである。

その意味で、デカルトは人間として「何が同じか」ということを「考える」(=きちんと考える能力」の有無に置き、そこに人間の人間らしさを見いだしたということができる。そのことで動物や魔物と人間を区別したのである。

『方法序説』の冒頭でも、デカルトは良識はすべての人に分かちあたえられていると力説したが、「わたし」が〔考える〕ということは、平等なものとして人間をとらえる見方のマニフェストとも言えるのである。

主観と客観の二元論の大成者にして、独我論の祖として批判をあびているデカルトですが、こう読み直してみると、まア悪くはありませんね。

ただ、どうもデカルトの肖像を見ると、ズラと付け髭のように思われて他なりません。

Deca

Houhou

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健康の“しろ”

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とりあえず、健康を考え、焼酎に切り替えてみました。

なんどか飲んでは、体に合わないなアと思っていたのですが、飲んでみると飲めなくはない。とりあえず、日本酒からの移行として、米焼酎にしてみました。

なんだかしっくり来ないですが、当分このてあいで試していこうと思います。

ちなみに画像は、高橋酒造(熊本)の『しろ』。

なんとなく、飲めなくはないですね。

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ヘーゲルと吉野作造①

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 一般的にいって、歴史の哲学とは、思考によって歴史をとらえることにほかなりません。わたしはいついかなる場合にも思考をやめることができない。人間が動物とちがうのは、思考するからです。感覚のうちにも、知識や認識のうちにも、衝動や意思のうちにも、それらが人間の活動であるかぎり、思考がはたらいています。が、このように思考がもちだされるのに不満をおぼえる人もいるかもしれない。というのも、歴史においては、あたえられた存在に思考が従属し、思考はあたえられた存在を基礎とし、それにみちびかれるのにたいして、哲学本来の思考とは、あたえられた存在にとらわれることなく、自発的に思索をうみだしていくものだとされるからです。哲学が自前の思考をたずさえて歴史におもむくと、歴史を一つの材料としてあつかい、それをそのままにしておかないで、思考によって整序し、いわば歴史を先天的(アプリオリ)に構成することになる。ところが、歴史の課題は、現在と過去の事件や行為をありのままにとらえるところにあって、あたえられた事実に執着すればするほど真理に近づくことになるはずだから、歴史のめざすところと哲学の仕事は矛盾するのではないか、というわけです。この矛盾と、この矛盾ゆえに哲学的思索にあびせかけられる非難については、ここできちんと説明し、誤解を解いておかねばなりません。とはいっても、歴史の目的や利害やとらえかたや、歴史と哲学との関係やについて、いまはやりの、そして、これからもつぎつぎとあらわれるはずの、数知れぬ、特殊な、あやしげな見解を一つ一つ訂正していくつもりはありませんが。
 哲学が歴史におもむく際にたずさえてくる唯一の思想は、単純な理性の思想、つまり、理性が世界を支配し、したがって、世界の歴史も理性的に進行する、という思想です。この確信と洞察は、歴史そのものにかんしていえば、一つの前提事項ですが、哲学にとっては前提事項ではない。理性--という表現をここでは神と関係づけることなくつかっておきますが、その理性が、実体であり、無限の力であり、みずから自然的生命および精神的生命をなりたたせる無限の素材であり、この内容を活性化させる無限の形式でもあることが、哲学的認識をつうじて証明されるのです。理性が実体だというのは、あらゆる現実が、理性によって、理性のなかに、存在し、存在しつづけるということであり、--無限の力であるというのは、理性がたんなる理想像ないし目標にとどまって、どこか現実の外に、たとえば何人かの人間の頭のなかに特殊なものとして存在するような、そんな無力なものではないということであり、--無限の内容だというのは、あらゆる実在と真理が理性であり、理性は活動の素材を自分で自分に提供するということ、いいかえれば有限の活動の場合のように、外からあたえられる材料や手段を利用して、それをみずからの活動の糧とし対象とするような、そういうものではないということです。理性はおのれを糧とし、自分自身を材料としてそれに手をくわえる。理性にとって前提となるのは理性そのものだけであり、理性の目的が絶対の究極目的である以上、理性の活動や生産は、理性の内実を外にあらわすことにほかならず、そのあらわれが、一方では自然的宇宙であり、多宝では精神的宇宙--つまり、世界史--なのです。そうした理念こそが力強い永遠の真理であり、その理念が、いや、その理念と理念の栄誉と栄光だけが、世界のうちに掲示されること--それが、すでにいったように、哲学の証明するところであり、歴史においては、証明ずみの真理として前提される事柄です。
 みなさんのなかに哲学のことをまだよく知らないという人がいたら、わたしはその人たちに、理性を信じ、理性的認識を手にいれたいとの欲求をもって、この世界史の講義に出席してくださるようおねがいしたい。もとめられているのは、いうまでもなく、理性的な洞察ないし認識であって、学問研究にむかおうとする人が主観的に手にいれたいなと思うような、知識の集積は二の次です。世界史にむかうにあたって、思考や理性的認識をいまだもちあわせない人もいらっしゃるかもしれない。が、そういう人も、世界史のうちに理性が存在すること、知と自覚的意思の世界は、偶然の手にゆだねられるのではなく、明晰な理念の光のうちに展開すること、そのことだけはしっかりとゆるぎなく信じるべきです。
    --ヘーゲル(長谷川宏訳)『歴史哲学講義(上)』(岩波文庫、1994年)。

冒頭を長い引用で始めてしまった宇治家参去です。
今さらヘーゲル?って言われそうですが、ヘーゲルの講義で始めましょう。

実は、最近、哲学や倫理学関連の文献を読む傍ら(ではまずいのですが!)、博士論文の仕上げを始めていますので、吉野作造の文献を改めて読み直しております。今日も市井の仕事の休憩中にパラパラとめくっていたのが、吉野の書いた『ヘーゲルの法律哲学の基礎』です。若き吉野作造が大学院生時代、穂積陳重の「法理学演習」の課題として選んだのがヘーゲルの法哲学で、それをまとめたものです。吉野作造にとっては初めての出版物(単著として)になります。

そういう関係で……、

ヘーゲルです。

上に紹介したとおり、人間のもつ素晴らしい力である理性をカントとは違うカタチで浮かび上がらせ、その思索の運動性を論じた哲学者と評することができようと思いますが、人間の知性に、人間の人間らしさを感じとる部分に、西欧近代知のメインストリームをゆくヘーゲルのヘーゲルらしさを見て取ることが出来ると思います。

人間の理性の力とは確かに、他の動物と人間を区別する卓越した素質であり、「理性が世界を支配し、したがって、世界の歴史も理性的に進行する」とヘーゲルは予見しましたが、20世紀の歩みを振り返ってみるとそうはならなかった。「世界の歴史も理性的に進行」した場合、アウシュヴィッツの悲劇もヒロシマ、ナガサキの惨劇も起こりえなかったのだろう。その意味で人間の歩みは、決して一様に「理性的に進行」しないのかもしれない。

 ヘーゲルは、人間の人間らしさを見いだす観点として「労働」というキーワードを提示している。ヘーゲルの主著『精神現象学』で、ヘーゲルは人類の歴史の始まりを描いている。ヘーゲルによると、歴史とは、自分を相手に認めさせようとする“承認をめぐる死を賭けた戦い”に始まり、その結果「主人と奴隷」という支配/隷属の関係がもたらされるという。奴隷という存在は「言うことを聞かねば殺す」という主人の命令におびえつつ、そのつど自己の欲望を我慢して田畑を耕作する……すなわち「労働」することを学ぶ。ひとは未来のために配慮することを学び、自分の身の回りの自然や環境を、人間自身の住みやすい世界へと造り変えていくのである。

ここにヘーゲルの人間存在に関するひとつの本質論が提示されている。

動物は未来を決して配慮しない。
動物の欲望は基本的に快不快に基づくものである。

しかし人間は違う。快不快の問題も動物としての人間にも存在するが本質ではない。人間は、生物学的快不快を考慮しつつも、同時に「価値」ある自分でありたいという強い欲望をもち、価値ある自分という存在を「他者」から常に「承認」してもらいたいと願っている。このふたつの欲望が歴史の舞台に登場したとき、“承認をめぐる死を賭けた戦い”というカタチをとる。ひとびとは「俺を認めろ」といって争い、この戦いのなかで身体の不快を絶えてプライドを貫き通した側は「主人」となる。負けた方は「奴隷」である。
そして奴隷は労働をみにつける。労働する動物は人間だけである。

この労働にヘーゲルは大きな意味を見いだしている。
人間だけが、いまここにある欲望を我慢して未来の存在のために配慮する。人間だけが「死」を自覚し、死なないように配慮して現在を生きるのである。動物は「死」を自覚しないし、死なないように配慮して現代を生きていない。これこそまさに人間的な生の特徴である……ヘーゲルはそう考えたわけである。

そして「労働」の問題。
労働は、人間が未来の目的に向けて、まさに現在なすべきことは何なのか……そう合理的に考えつつ行う実践だから、人間はしだいに「理性」的な存在になっていくのだろうと予見したのである。

しかし、人間は、その理性の力をまさに合理的に配置し、効率的なガス室を設計し、有効な破壊兵器を作り出した。

まさに理性のパラドクスかもしれない。

さて……、一般的にへーゲルという哲学者は、近代哲学の完成者にして最大の哲学者であると評価されている。「世界とは一体どのような存在であるか」という問いに対して精緻な理性的推論によって答えようとする、典型的な形而上学者であり、事実、デカルトに始まりカントを経た近代西欧哲学を完成させ、壮大な哲学大系を打ち立てた。
その意味でへーゲルは、観念論哲学、主観主義的形而上学の完成者として、近代哲学の解体を謳う現代思想の世界からは批判の対象となっている。

 しかし、「労働」に関する精緻な分析をみせたとおり、言葉と観念の世界にのみへーゲルは沈潜したわけではない。理想的な共同体のあり方とはいかなるものかーーこうした問題にも真剣な考察を残しており、いわば社会哲学者としての側面も持っている。だがそれが現代思想がへーゲルを批判する第二のポイントにもなっている。
すなわち、「国家」を「人倫」原理の担い手として個人的「自由」の上位にへーゲルは措定したがために、近代ナショナリズムの強烈な哲学的擁護者になってしまっているという部分である。ヘーゲルの共同体思想は、暴力装置としての国家(権力)の在り方を全面的に認める立場であり、国家の相対化を願う現在の横断的な世界市民的な見地からは到底受け容れられないものである、こうした批判が根強く存在している。すなわち、ヘーゲルの国家観は、国家の絶対化を許容する国家学にすぎないものである、そういう言い方です。

 このふたつのへーゲル批判の論点はそれ自体誤解ではない。第一の側面、即ち、西欧近代知のもつ独善性や暴力は見直しを迫られて当然であるし、第二のナショナリズムの害悪や暴力装置としての国家のあり方が問い直されてしかるべきである。ただし、そうした批判をふまえてもなお、ヘーゲル哲学のもっとも重要な核心を失われていないと思われる。
古来よりヘーゲルの哲学は、その人間観、共同体観から、「有機的」「有機体的」と評されることが多かった。問題があるとはいえ、その人間観は、唯一的な個別者としての「理性」的存在者としての人間と人間の関わりを有機的に論じており、共同体観でも、「個」と「全体」の有機的関係を論じられている。そこに大きな特徴がある。しかも、重要なのは、そのふたつの問題、すなわち人間観(人間本質論)と共同体観(社会理論・社会哲学)までもが、完全に有機的なカタチで結合されている点である。

これまでの哲学者たちは、人間本質論と共同体の問題を切り離して論じる傾向が強かったが、ヘーゲルにおいては、ひとつの体系としてみごとに配置されている。人間本質論がまさしく、共同体論の基礎を仕方でリンクされているのである。

そうしたヘーゲル思想の主軸は、人間とは何かといった人間論からはじまり、次に人間関係の本質が論じられ、それが縦軸として歴史論として展開され、横軸としての共同体論として提示されるという仕方で進んでいる。

まさに体系の哲学者である。
ゆえに批判の声も大きい。

ただ今一度精確に読み直す必要のある哲学者であることには間違いない。

で……吉野作造とヘーゲル。

この部分は明日の続きにします。
吉野作造は若き日、ヘーゲル哲学とその歴史観から大きく影響をうけ、やがてそれを彼なりに乗り越えるカタチで、「民本主義」への議論として結実していきます。そのあたりを丁寧に読んでいくと、ヘーゲルの意義と、その受容のしかたのひとつが理解できるかもしれません。

どうせなので、ひとつ引用し説きます。

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 へーゲルの国家本質論の基礎は個人本位にあらず国家本位にあらず。今例の弁証法をかりて説明せんか、個人本位は正措定なり国家本位は反措定なり、真理は両者の綜合措定に在りと云ふべきなり。へーゲルは固より唯理論派の流れを汲み「個人的自由」てふ思想を脱するを得ず。然れども彼の個人的自由ははルソーやカントのそれと異なること頗る遠し。若し茲に小我大我の辞を仮用せんか、ルソー等の云ふ所は小我の自由なり、へーゲルの云ふ所は大我の自由なり。小我の自由はへーゲルの認めて以てWillkürと呼びし所、彼の所謂真の自由に非ず。真の自由は小我と大我との同化に存す。而して国家は即ち大我の発現なりとせしが故に、国家は実に真の自由の実現せらるゝ所なり、個人の本性の完うせらるゝ所なりと云ふなり。蓋し吾人には二種の我あり。一は小我(偶然的自我)にして他は大我(合理的又は理性的自我)なり。人類はもと皆自我を完成すべきものなるが、此完うせらるべき自我は小我に非ずして大我のみなりとす。何となれば大我は吾人天性の全部を満足せしめんとする傾向を有するに反し、小我は部分的外部的満足を供するに過ぎざればなり。而して吾人の意思が後者に向ふときは宛(あた)かも奴隷の境遇にあるが如きの思あり、之に反して前者に向ふときは自由を感ず。自由とは自我が自我たるを得るの謂(いい)に外ならず。故に人生の要件たる自由とは、単に過去に実成し得たる総量、換言すれば現在の状態を保持するのみの意義にあらずして、吾人の真実なる自我即ち大我を発揮することの謂たらざるべからず。真我を実成することは大我より見れば権利なり自由なり、小我より見れば義務なり服従なり。不幸にして吾人は小我の勢力強く大我と同化すること極めて不完全なるものなるが故に、吾人は自由を得んが為には通常の自我(小我)を抑へて真実の自我(大我)の強制に服従せしめざるべからず。而して吾人をして此強制に服し、多少完全なる生活を営む機会を与ふるものは国家組織なり。斯の真実の自我は実に法律の本性にして国家の本体なり。国家が強力に依りて法律を維持するは、吾人の真我の主張を最も大に最も確実に成就せしむる所以に外ならず。故に法は真我の主張なり。国家の強制に服従するは束縛に非ずして自由なり。国家は自由の実現なり。然らば吾人は国家の主張に於て吾人の主張を求むべく、国家の目的によりて自家の目的を求むべし。国家にとりて善なることは各個人にとりても亦善なり、各個人の欲する所は亦国家の欲する所なりと云はざるべからず。ヘーゲルがルソー一派の学説を評するの言に曰く、国家を以て所謂Versicherungsanstaltと做(な)し、個人の財産及び自由の安全を保護するを目的とする一のMittelとなす所の個人主義的見解は正当にあらず。国家は自由意思の顕現にして其自身目的たり。併し国家は其自身目的なりといふことを誤解して為めに全く個人の権利を顧みざるものとなすこと勿れ。蓋しDas wahrhafte Allgemeineはdas Besondereに於て自己を意識するものにして、besondere Einzelの真の利害は即ちAllgemeineの利害なるを以て、国家の目的と個人の真目的とはidentischなるものなり。国家の目的は固より直接に個人的利益の保護に存せずと雖も、個人の目的は畢竟国家それ自身なりと云ふべきが故に、個人は国家の目的を其目的とすることによりて満足を得べく、国家の目的を適当に遂行するは即ち個人の幸福を来し其利益を増進する所以なり。是れ国家をsittlicher Organismと称する所以なりと。
 以上述べたるが如く、ヘーゲルは国家の目的を以て自由意思の完成にあるとせるも、其の所謂自由意思たるや、従来の考説の如く小我の自由意思を云ふにあらず、個人の本性にして宇宙の本体たる大我の自由意思を意味するが故に、彼れの国家本質論は自ら従来多数の自由意思論者の国家論と其趣を異にせざるを得ず。故にヘーゲルの説が自由意思論に基くの故を以て之を個人本位の学説なりと速了するは甚しく彼を誣(し)ゆるものなり。何となればヘーゲルの学説は個人本位的なるよりは寧ろ国家本位的なるに近ければなり。只其が純然たる国家本位論と異るは同時に国家と個人との二ケの実在を承認するの点に在り。
    --吉野作造「ヘーゲルの法律哲学の基礎」、『法理論叢 第一二篇』(有斐閣書房、一九〇五年)。
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Hegel

Yoshinosakuzou

※天津滞在時代の吉野作造

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花桃の木

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すもゝの花
今幾日(いくか) 春しなければ うぐひすも物はながめて思ふべらなり(428/巻第十)
    --佐伯梅友校注『古今和歌集』(岩波文庫、1981年)。

いよいよ三月ですね。
すもゝの花ではありませんが、花桃の木を買ってきました。まさに桃色。
家族と桃の節句を祝おうと思います。
いずれ大きくなったら庭にでも植え変えようと思います。

さて、最近頭を痛めているのが、ウチのお子様が、ピアノを習いたいと言い出したことであります。ま、親としては金がかかる部分がチト辛い要素でありますが、こちらがやらせるのじゃなく、本人がやりたいと言い出したので、その方向性はいかしてやりたいものです。

ちょうど幼稚園で、先生もうちのお子様がウルトラマン関係が大好きなのを知っていたので、たまたま楽譜があったので、ある日、演奏してくれたそうです。それがきっかけで、「自分で演奏して歌いたい」とのことだそうな。

近々、ピアノ教室の体験教室へ行くらしい。

ただ勘弁してほしいのは、「みゅーじしゃんになりたい」とかいう方向性です、どうか趣味で終わらせてください。できれば普通のサラリーマンで、ふつうに生きてほしいです(でも少し、哲学者になってももらいたいと思いますが、金とは無縁の世界なので可愛そうというか……、研究者になるなら、自然科学とか法経関係で……、でも哲学とか倫理学とか宗教学もいいのだけど、……金にならん)。

フランスの思想家レヴィナスは、<表現>において「他人に直面することになる」と語ったそうですが、存在論的な次元で、<表現>という問題を今一度考え直さないといけないなアと、思い直しました。

ま、これは明日の課題にでもしておきます。

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 もっとも平凡な社会的な経験においてわれわれが生きている〈他人〉への〈欲望〉は、根本的な運動、純粋な移送、絶対的な方向付け、意味〔方向〕である。言語についてのどのような分析においても、現代哲学は--確かに根拠があるのだが--言語の解釈学的な構造とみずからを表現する受肉した存在の文化的な努力とを強調している。だが、第三の次元、すなわちただ単に表現というわれわれの文化的な作品の協力者や隣人、あるいはわれわれの芸術的な産出の顧客ではなく、対話者--その者に対して表現が表現し、その者のために奉祝が祝い、同時に方向付けと最初の意義の項であるようなこの者--である〈他人〉に向かう方向性が忘れられはしなかっただろうか。換言すれば、表現は、存在の奉祝である以前に、まず私がその者に対して表現を表現するのである人、私の表現という文化的な身振りが産み出されるためにその現前がすでに要請されている人とのあいだの関係であるということである。私に直面している〈他人〉は、表現された存在の全体のなかには含まれてはいない。彼は、存在のすべての集摂の背後に、その者に対して私が表現するものを表現する人として、再び現れ出てくるのである。私は、再び〈他人〉に直面することになる。彼は文化的な意義でもなければ、単なる所与でもない。彼は、始原的に意味〔方向〕なのであり、というよりも彼こそが表現そのものに意味を貸与するからであり、ただ彼を通してのみ、意義のような現象が、存在のうちに、おのずから、導入されるからである。
    --エマニュエル・レヴィナス(小林康夫訳)『他者のユマニスム』(白馬書房、1990年)。

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【覚え書】池波正太郎「古いものは一切顧みない日本人」

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ここまでやらねば文章が自分の言葉・思想として立ち上がってこないかも知れません。自戒を込めて【覚え書】として紹介します。

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 昔のもの、古いものに冷淡で無関心だというのは、時代小説の世界でも同じなんだよ。時代小説を書くために勉強しているという若い人でもね、聞いてみると、昔の時代小説読まないんだよ。
 そりゃあ中には古めかしくて読むにたえないという作家もいるかも知れませんよ。だけども、やっぱり一通り読まないとね。ああ、昔のこういう人がこれだけ売れてて、大家だっていわれていろんなもの書いてたと。それで、その人はどういうふうに材料取って、それをどのように消化しているかってことをね。これは読まなきゃわかないよ。
 昔の人の書いたものを、読んで真似(まね)しろっていうんじゃない。材料の消化のしかた、だな。こういうところは本当はこうじゃないんだけども、そいういうことは無視してやっているんだな……とか、こういうところは大事にしているな……とか、いろんなことがわかるわけですよ。研究すればね。
 まあ、ぼくらの場合は、随分読んだもんだけどね、若いうちに。今の人は、あんまりやらないらしいよ。
 自分のことでいうとね、昔の時代小説はだいたい全部読んでたけど、それだけじゃ駄目なんだよ。というのは、たとえば直木賞取った時点では、文章というものが、まだ自分の思うままに行かない。つまり、思ったことを文章で書きあらわして読者に伝えるという、その文章がね。まあ、思うように書くということは今でもなかなかできないけども。結局、自分の手足になるわけでしょう、文章というのは。自由自在に動かなきゃならないわけですよ。
 だから、文章が本当の自分の手足になって動くところまで、そのところを研究しなくてはならない。何年もかかります、そうなるまで。おれの場合、六、七年、その研究の期間が必要だったな。
 直木賞取ってから六年間ぐらいは、そんなに仕事が来ないんだよ、あの当時はね。だけど、毎日、寝る時間は三時間もあればいいほう。今よりずっと忙しかった、やること、やらなければならないことがあり過ぎて。
 たとえば、そのころにどんなことをしていたかというと、日劇のレヴューなんか観(み)に行ってね。プロローグからフィナーレまでの情景を全部描写するんですよ、文章で、帰って来てから。むろん、こんなものは、発表できない。だから金にもなりません。自分のためだから、それでいいわけだよ。自分に投資しているということだから。それで、二十景あれば二十景を、全部描写する、自分の文章で。で、各景の描写が同じような表現にならないようにするんだよ。
 あるいは、日比谷公園なら日比谷公園のベンチに、三時間なら三時間坐(すわ)って、そこを通る人間とか、景色の移り変わりとか、天気の変化、時間がたつにつれてだんだん曇ってくるとか、夕暮れになってくるとかね、そういうことを全部観察して帰って、それを文章にする。
 そういうようにして鍛えて行かなきゃ駄目だ、自分の文章をね。そうでもしないと、自分の思うがままに動いてくれない、文章が。
 こんなこと、今、やってられないからね。賞取ったらワーッと来ちゃうから。おれなんかがやったような、あんなのんびりしたことは、今ではできないでしょう、やれといってもね。だから、可哀(かわい)そうな気もするね。今の若い人たちを見てると。何もかも簡単に使い捨てる時代になっちゃたんだ。役者でも、作家でも。結局、そういう世の中であれば、それなりに自分で考えて、いざというときが来るまでに自分を鍛え上げておくしかない……そう思うね。
 〔鬼平犯科帳〕なんかでもね、ずっと早くから、いずれは書くつもりでいたけど、ああいうものを書く文章がまだ駄目なんだよ、直木賞取った時点では。芝居ならいいよ、もう台本の作りかたというものが躰(からだ)に叩(たた)き込んであるから、すぐにでも書こうと思えば書けた。台詞(せりふ)でもってこういって、次にこうしてというようなもんだけど、小説はまた違うわけだからね。
 だから自分の内部で発酵させながら、ときを待っていたわけです、文章が自分の本当の手足になるまでね……。

    --池波正太郎「古いものは一切顧みない日本人」、『フランス映画旅行』(新潮文庫、昭和六十三年)。
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Ike

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