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ヨーロッパの乗り超え方

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 さて人間の概念は、アントローポスとは異なり、「世の中」にして「人」という二重性格において規定された。しかるにその際我々は「世の中」「世間」と言われるものを直ちに共同存在あるいは社会に置き代えて理解した。それははたして正しかったであろうか。かく問うことによって我々は現代哲学の一つの中心問題すなわち「世の中」の意義の考察に接近する。
 ハイデッガーが人の存在を「世の中に有ること」として規定したとき、彼がその飛び台として用いたものは現象学の志向性の考えである。彼はこの構造を一方深く存在の中に移し、道具との交渉というごときものとして理解した。だから「世の中」と言われるものの主体的な意義を開示した点においては実に模範的なものである。しかし彼においては、人と人との交渉は人と道具との交渉の陰に隠れている。彼自身それを無視するのでないと力説するにもかかわらず、それが閑却せられていることは明白な事実である。そこで彼の弟子のレェヴィト(K.Löwith)がこの陰に隠されたものを表に出し、世の中をば主として人と人との交渉の側から開明しようと試みた。(Das Individuum in der Rolle des Mitmenschen,1928)ハイデッガーの研究は一般的現象学的オントロギーであるが、レェヴィトはそこから離れてアントロポギーに移るのである。しかしこのアントロポギーは個別的な「人」を取り扱うのではなくして、自他の間柄を、すなわち人の相互のかかわりを取り扱う。従って人は「ともにある人」であり、世界は「ともにある世界」すなわち世間であり、「世の中に有ること」は「互いにかかわり合うこと」である。そこでのアントロポギーは倫理問題の基礎づけとならざるを得ない。なぜなら人が相互にふるまい合う態度を取るのが生の関
係であり、そうしてこのふるまい、態度は人の根本的態度、根本的身持ち、すなわちEthosをふくむからである。だから人の相互存在の研究は倫理学になる。かかる見地から世の中を人の間柄として分析するのが彼の仕事であった。
和辻哲郎『倫理学 (一)』(岩波文庫、2007年)。

きのう、仏教学者の先輩と親しく話をするなかででてきた話題が、戦前昭和期に活躍した人文系学者の問題です。すなわち、上に引用した和辻哲郎にせよ、九鬼周三にせよ、田辺元にせよ、三木清etc……彼らに共通しているのは、ハイデガーを始めとする、当時の西欧の先端の哲学者たちに対する関心と強烈な自負の問題です。和辻の場合、主著となる『倫理学』の場合でも、『風土』や『人間の学としての倫理学』においても、かならずハイデガーの存在分析の問題が言及され、そして、強烈にそれを“乗り超えた”との自負が見受けられる。

このことはハイデガーだけには限定されない。マックス・シェーラーしかり、ヴィンデンバルトしかり、ディルタイしかり……。

本当に“乗り超えた”のだろうか。そこに最近関心を持っています。
ハイデガーに関する個別研究は膨大に存在し、和辻に関する個別研究は膨大に存在する。しかしその両者を架橋する研究は数少なく、学界においては関心の度合いも低いようである(関西学院の嶺教授が取り組んでいるようですが)。

ハイデガーの場合、存在とは何かを探求し、時代における危機意識を背景に独自の存在論を展開した。また和辻の場合、社会における人間存在と<個別化>された人間存在の問題を探求し、“学”としてのひとつの倫理学を完成させたといってよい。
存在の探求という意味では、同じかも知れないが、ハイデガーの探求した存在と、和辻の探求した存在にはズレがあるようにおもえて他ならない。影響という意味では、和辻はハイデガーの影響をうけ、独自の倫理学を構築したと思えるが、どうも“乗り超えた”ようには思えない。なぜなら、ハイデガーの関心と、和辻の関心そのものが本来別のものだからだ。

このことはハイデガーと和辻の問題だけには限定されない広がりを持っている。
当時の日本人の強烈な自己意識が、“乗り超え”として表現されている。
ちょうど1930年代の日本といえば、あらゆる学問体系において、それなにり日本人による自前の近代的学術が成立してくる時期である。そこにはヨーロッパへの対抗と、日本の自己認識の契機が孕まれている。近代的学術の成立の基盤には、東洋や日本の再発見があり、再認識がある。そしてその流れで“日本民族”の概念も成立し、40年代になると、“近代の超克”が語られてくる。

輸入の学問からはじまった近代日本の学術知が、自前の学問として成立することに異論はない。しかし、その心根においては、何かルサンチマンが見え隠れする。

すこし掘り下げてみようかな。

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