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ときどき“Take it easy”

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ここ半年ちかく、右の頭が痛むので、おかしいな~あ、と、れいの如く放置プレイしていたのですが、月曜ぐらいから、痛みの頻度があがったので、夕方、脳神経外科へいく。
なんというか、頭蓋骨のウラ側がずきずきするというか、頭蓋骨と脳皮の間に違和感があるというか……。

CTスキャンと頸椎のレントゲンを撮り、診断を受ける。

脳自体は全く問題がないことが判明。
母親が一度脳の手術をしていたので、ほっとする。

問題は頸椎にあるようだ。

いわゆる「ストレートネック」と呼ばれるヤツで、レントゲンを見せられるが、頸椎がぴしぃーっとまっすぐ。通常は、ゆるやかにしなっているそうですが、そうではなかった。神経等が圧迫をうけ、頭痛の原因になっているとのこと。

とりあえず、牽引して、処方箋をもらい帰宅する。

自分で自分の脳を見たのは初めてでしたが、興味深い人間の頭でした。

診察料が、「越の寒梅」1升瓶程度かかったのが、痛いところです。

さて、待合室で、久し振りに夏目漱石をぱらぱらめくる。市井の職場のバイト君が漱石を読んでいたので、15年ぶりくらいに紐解いてみた。

おもしろいですね。
漱石は、読み手を読ませる作家だと実感する。

今日はそこから一節でも。

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 「私はちょうど他流試合でもする人のようにKを注意して見ていたのです。私は、私の目、私の心、私のからだ、すべて私という名のつくものを五分(ぶ)のすきまもないように用意して、Kに向かったのです。罪のないKは穴だらけというよりむしろ明け放しと評するのが適当なくらい無用心でした。私は彼自身の手から、彼の保管している要塞の地図を受け取って、彼の目の前でゆっくりそれをながめることができたも同じでした。
 Kが理想と現実の間に彷徨してふらふらしているのを発見した私は、ただ一打ちで彼を倒すことができるだろうという点にばかり目をつけました。そうしてすぐ彼の虚につけ込んだのです。私は彼に向かって急に厳粛な改まった態度を示しだしました。むろん策略からですが、その態度に相応するくらいな緊張した気分もあったのですから、自分に滑稽だの羞恥だのを感ずる余裕はありませんでした。私はまず『精神的に向上心のないものはばかだ』と言い放ちました。これは二人で房州を旅行しているさい、Kが私に向かって使った言葉です。私は彼の使ったとおりを、彼と同じような口調で、再び彼に投げ返したのです。しかしけっして復讐ではありません。私は復讐以上に残酷な意味をもっていたということを自白します。私はその一言でKの前に横たわる恋の行手をふさごうとしたのです。
 Kは真宗寺に生まれた男でした。しかし彼の傾向は中学時代からけっして生家の宗旨に近いものではなかったのです。教義上の区別をよく知らない私が、こんな事をいう資格に乏しいのは承知していますが、私はただ男女(なんにょ)に関係した点についてのみ、そう認めていたのです。Kは昔から精進という言葉が好きでした。私はその言葉の中に、禁欲という意味もこもっているのだろうと解釈していました。しかしあとで実際を聞いてみると、それよりもまだ厳重な意味が含まれているので、私は驚きました。道のためにはすべてを犠牲にすべきものだというのが彼の第一信条なのですから、摂欲や禁欲はむろん、たとい欲を離れた恋そのものでも道の妨害(さまたげ)になるのです。Kが自活生活をしている時分に、私はよく彼から彼の主張を聞かされたものでした。そのころからお嬢さんを思っていた私は、いきおいどうしても彼に反対しなければならなかったのです。私が反対すると、彼はいつでも気の毒そうな顔をしました。そこには同情よりも侮蔑のほうがよけいに現れていました。
 こういう過去を二人のあいだに通り抜けて来ているのですから、精神的に向上心のないものはばかだという言葉は、Kにとって痛いに違いなかったのです。しかもまえに言ったとおり、私はこの一言で、彼がせっかく積み上げた過去をけ散らしたつもりではありません。かえってそれを今までどおり積み重ねてゆかせようとしたのです。それが道に達しようが、天に届こうが、私はかまいません。私はただKが急に生活の方向を転換して、私の利害と衝突するのを恐れたのです。要するに私の言葉は利己心の発現でした。
 『精神的に向上心のないものは、ばかだ』
 私は二度同じ言葉をくり返しました。そうして、その言葉がKのうえにどう影響するかを見つめていました。
 『ばかだ』とやがて、Kが答えました。『ぼくはばかだ』
 Kはぴたりとそこへ立ち留まったまま動きません。彼は地面の上を見つめています。私は思わずぎょっとしました。私にはKがその刹那に居直り強盗のごとく感ぜられたのです。しかしそれにしては彼の声がいかにも力に乏しいということに気がつきました。私は彼の目づかいを参考にしたかったのですが、彼は最後まで私の顔を見ないのです。そうして、そろそろとまた歩きだしました。
    --夏目漱石『こころ』(岩波文庫、1989年)。
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有名なセリフです。
「精神的に向上心のないものは、ばかだ」

たしかに「精神的に向上心のないものは、ばかだ」。

ただ、これは、他者に向けて放たれる言葉ではないし、自分に向けることによって機能する言い回しである。ひとに向けないでください。

ただ四六時中、“精神的な向上心”に専念すると、病んでしまうのも事実である。

ときどき“Take it easy”がよろしいかと。

細君に言わせると、宇治家参去の場合、“Take it easy”が多すぎとか……。
とりあえず、まだ頭が痛いので、酒飲んで寝ようと思います。

蛇足ですが、『こころ』の描写で一番美しいのは冒頭での海水浴での会話ですね。

Natume1

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