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「よだかの星」を見たことがありますか

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悲しさに美しさを見いだすのはどうしてだろうか?

最近そのことをよく考えます。

ここでいう悲しさとは、作られた(操作された)悲しさのことではない。
作られた(操作された)悲しさとは、例えば、“死の美学”という言葉に象徴されるような、忠君愛国とか、忠義の烈士とか、そういう文脈での、作業仮説上の概念における、物語のことです。悲しさに限らず、作られた、どこか操作された物語の胡散臭さはいうまでもない。

ではそれ以前の、感情としての“悲しさ”はどこにあるのだろうか。

以前、孟子の言葉(巻第一 梁恵王章句上)「吾その觳觫若(こくそくじょ)として罪無くして死地に就くに忍びざるなり」にみられる、供犠の牛の悲しい瞳を目の当たりにした王が、“思わず心を動かされた”エピソードや、童謡「ドナドナ」を材料に論じたこともあるが、そういう、ところではないだろうか--というのが実感です。

いわく--

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他者(の不幸)に対面したとき発現する忍びざる感情は、いかなる勘定からも生じない。いかな反省の対象でもなく、その反応が、いわば「自然になされる」ところにその特徴がある。計算づくの行動ではなく、「思わずなされた」行動である。その意味では、陳腐な言い方だが、偶然対峙した相手に対して、個人的な関心を乗り超え、人間は思わず「公正無私」な行いが出来るのである。自己を通り越して、自己に背いてまでも他者のために動く存在者が現出する瞬間である。

その瞬間こそ、倫理(学)が「自然」と立ち上がる瞬間なのだと思われる。
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そうした思わず感情がたちあがるときの、悲しさの感情は、なぜか美しい。

宮沢賢治(1896-1933)の作品を読むと、迸るような筆致で、そうした感情が色鮮やかに描かれている。裕福な出自と、郷土の寒村との対比が生んだ贖罪意識と自己犠牲の精神が、仏教信仰によって洗練された独自の発想、そして旺盛な自然との交感力が圧倒的な魅力である。

正直なところ、学生時代には、読んでもあまりピンとこなかったのですが、自分自身も親になったり、いろいろと生きていく中で、最近になってしっくりくるようになった作家の一人です。

さて、話を戻しますが、その悲しさの美しい物語のひとつに、賢治の「よだかの星」()という作品があります。

あらすじは……
醜さゆえに鳥の仲間から嫌われ、鷹からも改名を強要されるよだか(夜だか)という鳥が主人公。
よだかはついに生きることに絶望し、太陽や星にその願いを叶えてもらおうとするが、相手にされない。
それでもただ夜空を飛び続けた彼はひとつの星になる……。
そういう物語です。
通俗的ですが、この「存在」への罪悪感から最期には体を燃やして星へと転生するよだかの姿は、宮沢賢治自身の姿といわれています。自己犠牲の物語ですが、単なる自己犠牲ではなく、そこには、まさに根源的な暴力と生命の問題が論じられているように思えて他なりません。

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 夜だかは、どこまでも、どこまでも、まっすぐに空へのぼって行きました。もう山焼けの火はたばこの吸殻のくらゐにしか見えません。よだかはのぼってのぼって行きました。
 寒さにいきはむねに白く凍りました。空気がうすくなった為に、はねをそれはそれはせわしくうごかさなければなりませんでした。
 それだのに、ほしの大きさは、さっきと少しも変わりません。つくいきはふいごのやうです。寒さや霜がまるで剣のやうによだかを刺しました。よだかははねがすっかりしびれてしまひました。そしてなみだぐんだ目をあげてもう一ぺんそらを見ました。さうです。これがよだかの最後でした。もうよだかは落ちてゐるのか、のぼってゐるのか、さかさになってゐるのか、上を向いてゐるのかも、わかりませんでした。たゞこゝろもちはやすらかに、その血のついた大きなくちばしは、横にまがっては居ましたが、たしかに少しわらって居りました。
 それからしばらくたってよだかははっきりまなこをひらきました。そして自分のからだがいま燐(りん)の火のやうな青い美しい光になって、しづかに燃えてゐるのを見ました。
 すぐとなりは、カシオピア座でした。天の川の青じろいひかりが、すぐうしろになってゐました。
 そしてよだかの星は燃えつゞけました。いつまでもいつまでも燃えつゞけました。
 今でもまだ燃えてゐます。
--宮沢賢治「よだかの星」、『宮沢賢治全集 5』(ちくま文庫、1986年)。

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そろそろ、この物語を子供に読み聞かせてあげようと思います。

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