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真面目で熱心な帝国陸軍憲兵隊長は、最もタチの良くない人

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……親が阿呆でも、子は育つ。
 英国でこの子が生まれた時に、
 「よりよい位置を求めて、終わりなき席取りゲームを繰り返すような生活を子供にさせても、しかたなかんべ」
 と妻と語り合った。
 妻と語り合わなかった部分では、
 「どんなにむずがり泣き叫んでいようが、茶碗の音がすれば泣きやみ、煮炊きの音が聞こえれば微笑み、取り柄といえば、しっかりとしたクソをする」
 そういう子供に育てよう、とわたしは密かに念じていた。
 わたしの育児目標はまったく外れてしまい、おそろしくセンシティブで、他人の痛みがわかる優しい子に息子は育ってしまった。
 わが家での、わたしの分担であった育児の部は、はたして成功したのか、失敗したのか? 個的な経験のみから得た仮説をここに書かせていただくなら、親の思い入れなどとは無関係なところで、子は育っていくものではなかろうか。
 わたしは、「いい加減」な人間である。そしてそれは一時的な失態などではなくて、過去三十数年間持続した、しかも矜持(きょうじ)をもった失態だった。誰がなんと言おうと、わたしは、この一点においては首尾一貫していた。
 そしてわたしは、この「いい加減」さとか「不真面目」さだとかを、必ずしも負の要素として捉えていない。
 それは、
 --真面目で熱心な帝国陸軍憲兵隊長は、最もタチの良くない人、
 という認識に根差していた。
 ゲーテも言っているように、
 --努力をするから間違いが起こる。
 できるだけ、楽しいことをしていよう、そうすれば、間違いはない、というなんとも楽チンで、しかもなんとも無責任な信条をある時期から唯一の生活の支えとしてわたしは生きてきた者だ。
 遊んでいれさえすれば、間違わない。真面目で努力する人たちは、間違える。
    --森巣博『無境界家族』(集英社文庫、2002年)。

 冒頭は、オーストラリアを拠点として、世界各地の賭場を攻める“国際的博奕打ち”森須博氏のエッセーからの一節です。森須氏は、雑誌記者を経て、博奕で凌ぐ様になった快男児。妻は、世界を代表する経済史・思想史家のテッサ・モーリス・スズキ。近代日本のシステムや思想に関する研究も多い。不思議な夫婦である。

 さて、博奕を打ってしのぎをけずるほど、破天荒な人生を宇治家参去も歩んでいるわけではありませんが、ある意味「いい加減」な人間です。
 矜持をもった首尾一貫した「いい加減」ではないところがいささか淋しい部分もありますが、人間という生きものに関しては、どこか、ある部分では、「いい加減」なところが必要だと考える一人です。

 「いい加減」にしましょう!
 努力をするな!
 --と訓戒を垂れる意味で、「いい加減」を宣揚するつもりは毛頭ありません。

 努力したり、学んだり、ときにはツライ思いをすることも大切だと思います。
 ただそれと同時に、ある部分では少し「いい加減」なところをもったほうが、人間は、「楽チン」に生きていけるのだと思います。
 それは体系的な思想とか形而上的な道徳学の立場からのそれではなく、感覚とこれまで生きてきた経験からですが……。

 どう表現すればいいのでしょうか……。
 我ながら語彙の貧弱さをなげくばかりですが、ともあれ、努力するところはしっかり努力しつつも、24H努力し続ける必要はないといえばいいのでしょうか……まさに、ある部分では、息抜きととらえてもよいかもしれませんし、ガス抜きととらえてもよいかもしれませんし、ともあれ、一生涯、ゴチゴチの努力主義者を貫き通すのではなく、努力しつつも、時折は、「いい加減」であるべきでは……そう実感する部分です。

 深刻なときは深刻になればよい。
 深刻に疲れたときは、疲れを取ればよい。
 疲れたまま深刻を貫き通しても、さらに疲れるだけだということです。
 ただそれだけです。

 張り詰めるときは張り詰めればよい。
 張り詰めすぎて疲れても、張り詰めすぎるとチトきつい。
 疲れたまま、張り詰めすぎると、ある日、ポキンと折れちゃうよ。
 ただそれだけです。

 篤志で熱心に物事を探求したり、仕事を精一杯やっている人間がある日、ポキンと折れてしまうように……。

 もちろん、折れないような強靭な人格を作れ!
 折れるようでは、人間ができていない!
 様々な道徳的命法は山のようにでてきそうですが、そのようなことができるのは万に一つの人格ぐらい。凡俗には超える難き霊峰のごとくそびえ立つ方向性ではないでしょうか。

 その意味で、登頂しつつも、時折、「いい加減」に立ち止まり、深呼吸したり、水筒に手を伸ばしたり、あたりの光景を見回してみるのもよろしくないでしょうか?

 つまり、「いい加減」とは「余裕をもって」ということかもしれません。

 余裕ある人は、寛容です。
 「真面目で熱心な帝国陸軍憲兵隊長」は、余裕のない人かもしれません。

 余裕がないから、真面目で熱心なエリートさんは、ノーパンしゃぶしゃぶに出かけたり、インサイダー取引に手を染めるのかもしれません。

 “チョイ駄目親父”ぐらいがいいのかも?

 すこし脱線。

 さあ、「いい加減」に生きていきましょう!

 でも、人から「いい加減」って言われない方が無難かもしれません。
 人から「いい加減」って指摘される人物は、自分が「いい加減」に生きていることが自覚できていないからです。だから、“良(い)い加減”になっていない。
 「いい加減」を自覚できている人物は、“良(い)い加減”なんだと思います。

 では、おぬしは?
 「ハイ、細君から、“いい加減”人間との誹りを受けております」。

 だから今日は、グロールシュ・プレミアム・ラガービール(オランダ産)で、“いい加減”になろうと思います。レトロな牛乳瓶のような造形が、“いい塩梅”です。

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著者:森巣 博
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