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無事に生きる、平和に生きることそれ自体に、限りなく深い意味がある

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 本来、生きるということには、それ自体で価値がある。生きるという目的のためにさまざまな手段が考えられる。こういう生命の価値の特別なありかたを否定して、すべての価値は何かの手段となることであると想定すると、生きることは何の手段になるのかという形の問いが生まれる。生命を目的と手段という文脈におくと、「命を賭ける」(目的のために手段が死ぬ)という関係が代表的なものとなる。しかし、これは目的と手段に関する非常に例外的な関係である。
 われわれの日常生活では、目的が手段で、手段が目的になっている状態を幸福と呼ぶことがが多い。私はふだん自分の妻を快楽や生活の便宜を達成する手段としているが、しかし、病気の妻の看病をすることになったとき、看病は私自身の生き甲斐になるだろう。理屈で考えれば、妻は自分の快楽の手段である、妻の健康を回復しようとすることは、自分の利益になると言う目的と手段のつながりが成り立っていることになる。目的と手段が一致していることが最高の幸福なので、目的のために手段が犠牲にされることは例外的な、それ自体不幸な場合である。
 無事に生きる、平和に生きることそれ自体に、限りなく深い意味がある。それを支えるためには、外交、経済、国防、生活環境をささえる努力が必要である。その努力自体が、個人の生き甲斐となりうる。
 永久に戦争を廃止するという確実な軌道の上に人類の歩みがのる見込みについて、環境問題に関心をもつ人の多くは戦争の文化が過去のものとなるという予測を抱いている。
「戦争は本質的に持続可能な開発の破壊者である(Warfare is inherently destructive of sustainable development)」(リオデジャネイロ宣言の二四原則)
 人類の文化のなかで、戦争を適当に制限しつつ維持していくことの方が現実的だと考える人は、地球の環境がもはや戦争に堪えられないことを忘れている。戦争という賭は、勝利者にとっても重大な損失を意味する。
 環境という共同の運命を担った人類は、平和という条件のなかでしか生きられない。平和の必要が、平和を産み出す母になることを信じてよいと思う。
    --加藤尚武『戦争倫理学』(ちくま新書、2003年)。

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著者は著名で精力的に活動を展開しておられる生命倫理学者・加藤尚武氏。
本書は、9.11以降、世界中の世論が戦争へ向かって走り出したとき、その状態がいかに狂っているのか、そして自分自身の位置をしっかりと測定し、落ちついて考え始めるきっかけをどこにもとめればよいのか、たいへん分かりやすく纏めた一冊です。
すこし古い著作ですが、いろいろと示唆に富んでおります。

ひとつは手段と目的の問題。古来より目的のために手段が犠牲にされ、手段のために目的が犠牲にされ、ひとびとの生命を奪う暴力が発動した。その最たるものは戦争であるといえよう。

“善き”ものを目指すはずの行いが“善き”ものを圧倒する。その悲劇の連鎖を卒業する必要はたしかにに存在する。人間の生命そのものが手段になる場合、生命には目的がないということになる。「何のために生きるのか」を人は自分に向けてよい。しかし「何のために死ぬか」ということを人は人に向けるべきではないのだろう。

「無事に生きる、平和に生きることそれ自体に、限りなく深い意味がある」。

ハッとさせられる一文です。
ともすれば、ひとは他者の生そのものばかりか、自分自身の生そのものを軽んじてしまうことがある。そういうあり方は謙虚に見つめ直すが必要かも知れません。

「無事に生きる、平和に生きることそれ自体に、限りなく深い意味がある」のだとすれば、その生きること自体を尊厳たらしめる努力と営みが必要だ。

そのひとそのひとの現場の生活の中での取り組みと発見と驚きと喜びのなかから学ぶしかない。人間は一見すると愚かな生きものかもしれないが、なかなか捨てたもんじゃないと思うときもある。

これまでの歩みとはいわば“戦争の文化”しかなかった歩みかも知れない。
しかし同じように“平和の文化”を立ち上げて歩んでいくことも可能なのであろう。

面白いことに、人は戦争の状態を想像することはたやすくできる。戦場を想起するのは簡単なことだ。しかし、平和の状態を想像することはどうやら難しい。だからこそ平和の文化(Culture of Peace)を創造する必要があるのかも知れない。

以下のURLに、『平和の文化に関する宣言』(1997年11月20日国連総会決議52/13採択)の日本語の全文があります。興味のある方はどうぞ。

http://www.unesco.jp/meguro/unesco/peace.htm

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