« 「統制された暴力機構」による安定とコカ・コーラ | トップページ | 「自分が困らなければ、それでよい」。 »

眠り杉

Dscn7636

月曜……。
大学で哲学の講義を行う。

学生さんから「先生が元気ないことにちょっと戸惑いました・だけど授業はいつもどおり面白かった」とのコメントを頂く。

すこし体調がよくなく睡眠不足だったからだと思うのですが、授業の方は、問題なく充実した内容でありましたが、そういう部分を気遣わせてしまったことに猛省する。まだまだです。

今年から哲学の講義をすこし変えてみました。
教材(といっても自分で編んだものですが)に沿った講義だけでなく、なるべく自身の哲学観を語るようにしましたが、いまのところなかなか好評です。つねに努力し続けるしかありません。

講義後、そのまま市井の仕事で、帰宅すると24時過ぎ。
がっつり呑んで寝てしまい、起きると16時。

もうこのパターンは辞めないと、生産性が低くなる。

これから授業の仕込みと論文の仕込みです。
休みといっても寝るだけで、起きていると仕事です。

息抜きにティリッヒ(Paul Johannes Tillich,1886-1965)を読む。
20世紀最高の神学者といってよいでしょう。
先週末、大学時代の後輩から、キリスト教と諸宗教に関する話をしてくれと依頼がある。最近、こちら方面の文献を読んでいなかったので、ぼちぼち整理しはじめました。

課題が山積してくれているお陰で、空虚と無意味の絶望からはほど遠い生活ですが、ただし有限な時間を大切にしないと……。

-----

 <存在的(オンティック)>な自己肯定と<精神的(スピリチュアル)>な自己肯定とは区別されなければならないけれども、分離することはできない。人間の存在は、さまざまな意味関係をもっている。それが人間的であるのは、彼の世界と彼自身の両者を含む現実をば、さまざまな意味や価値に従って理解したり形成したりする限りにおいてである。人間の存在は、最も原始的な人間存在の最も原始的な表現においてさえ、精神的である。人間が意味をこめて語る「最初の」文章においてさえ、人間の精神的生活におけるすべての豊かさが潜在的に含まれているのである。こういうわけで、人間の精神的存在に対する脅かしは、彼の存在全体に対する脅かしなのである。この事実を最もよく示すものは、空虚と無意味の絶望に耐えるよりは、自分の存在的実存を放擲してしまいたいという欲求である。
    --パウル・ティリッヒ(大木英夫訳)『生きる勇気』(平凡社、1995年)。

-----

Till02

The Courage to Be (Yale Nota Bene) Book The Courage to Be (Yale Nota Bene)

著者:Paul Tillich
販売元:Yale Univ Pr
Amazon.co.jpで詳細を確認する

|

« 「統制された暴力機構」による安定とコカ・コーラ | トップページ | 「自分が困らなければ、それでよい」。 »

告白・独白・毒吐の日々」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 眠り杉:

« 「統制された暴力機構」による安定とコカ・コーラ | トップページ | 「自分が困らなければ、それでよい」。 »