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地獄は克服できる

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水曜日はいつも書いているとおり、戦場のような……、そしてダンテ(Dante Alighieri,1265-1321) が『神曲』で鮮やかに描いて見せたように地獄のような市井の職場です。

市井の職場は、GMS(「ゼネラルマーチャンダイズストア(GMS)」)……。
衣食住を扱う小売業ですが、哲学者にとってはチト辛い現実との直面です。
食えないので、しょうがないのですが、仕事は仕事でめいっぱいします。
それが形而上学的な職業倫理というものですから……。

ちなみにいうならば、人間の生存と直結した衣食住を扱うが故に、人間の“むき出しの欲望”が横溢します。それをさらりと眺めながらいつも悪戦苦闘する毎日です。

さて……そうしたときに……市井の人間のむき出しの欲望の渦という地獄と対峙するとき……、いつも思い出すのが、ドイツの文豪でノーベル文学賞を受賞したヘルマン・ヘッセ(Hermann Hesse,1877-1962)の次の言葉です。
※蛇足ですが、日本ではヘッセは『車輪の下』のイメージでどこか青春小説としての文化受容ですが、ドイツではそうでなく、『デミアン』以降の深く精神を見つめ直す作品の作家として受け容れられています。

さてそのヘッセの言葉から……。

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地獄を目がけて突進しなさい。地獄は克服できるのです。
    --ヘルマン・ヘッセ(フォルカー・ミヒェルス編、岡田朝雄訳)『地獄は克服できる』(草思社、2001年)。

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どうやら、人間の世界において、人間に解決不可能な難事はまったく存在しないのです!地獄を避けるのが通例ですが、それに突進すると克服できる。真摯かつおおらかな人間宣言であり、現実の不条理を乗りこえるヘッセの言葉に励まされています。ヘッセは少年期から家族や社会や人生に“折り合い”を付けることが苦手で、たびたび挫折や苦悩を繰り返した人物です。たびたび自殺願望やうつにとらわれながらも、したたかに生き延びた人生でした。その心の苦しみからの脱出と現実への回帰をしたため言葉です。ナチの絶滅収容所を生き延びたユダヤ系心理学者・フランクル(Viktor Emil Frankl,1905-1997)に言わせれば、“それでも人生にイエスと言う”との響きでしょうか……、辛酸をなめた人物の言葉がゆえに、真摯な響きと本物の励ましを持っている。

さて、
今日は特に……“あり得ません”……でした。
ちょうど忙しい時間……、細君から電話がかかる。
こんな時に電話をといらつくのだが、話を伺うと、今日は息子様の剣術仲間のお宅へ遊び伺ったようなのだが、鍵を忘れて伺ったようで、今から宇治家参去の職場まで取りに来るとの要件だ。

「で……、今どこにいるの?」と訊ねると、
「売り場に居るとのこと」

「マジですかぁ~」

「早く持ってこい!」

今の職場に存在論的かつ目的論的な価値は全くない。
“ただ自宅から近いから(逆に言えばその分自分の時間をもてる)という意味”で就業しているわけですが、それがアダになる。

自転車で自宅から15分という近さが“アダ”となった……。

フロアでそれとなく、わが細君と息子様を目撃、他のお客様から不審な誤解をうけられないように、鍵を渡す。

で……例の如く、タイミングが悪いというかベストというか……内線のPHSが鳴り響く。
「すいません。お客様をお待たせしているので……レジお願いします」

「マジですかぁ~」

働いている宇治家参去の顔を嬉しそうに見上げる息子様へ“さらば”と告げ、レジに入る。

何人かサバクと、並んでいるのは細君と息子さんだった……。

先日、鍵を忘れて深夜に帰宅し、無辜の民の睡眠を邪魔した、“意趣返し”のひとときが始まる……。

さあ、パーティの開始だ。

細君の不気味な笑顔が、そう告げている。

他のお客様と同じ対応でスキャンする。

「ありがとうございました~。またお越し下さいませ」

金銭授受をし、次のお客様へ挨拶する。

やおら、息子さんが、私の背後にたち、「パパ、サヨウナラ!」という。

他のお客様への対応もあり、片手で商品をスキャンしつつ、もう片方の手でバイバイする。

恥ずかしさの血が駆けめぐる。

そのときのお客様曰く……

「かわいらしいお子様ね」

「ありがとうございます」

瀟洒なおばさまでした。

……やられた。
……自爆です。

細君に仕組まれた。

ある日のダサイ宇治家参去でした。

で……。

最後にヘッセの言葉にでも浸みてみましょう。

今生きているその現場にしか天国も地獄(仏教的言説なら穢土も寂光土)もありませんから……。
そこをレコンキスタするしかないですね。

トホホのホ。

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 私たちの今日の文化が貧しくみすぼらしいものであり、私たちの生活が堕落していて、私たちの精神的、および道徳的な資質がひどく貧弱なものであること、そしてたとえば中世に見られたようなはっきりとして単純な中心をもつ、信仰にもとづいた、健全な生活秩序と生活感情のほうが、私たちのものよりもはるかによく、純粋で、望ましいものであることを私は少しも疑っておりません。けれどこのように断言したところで、何の役にも立ちません。このような表明は言葉にすぎず、それどころか空しい言葉であり、したがって罪でさえあります。なぜなら、私たちは誰でも私たちの生きている時代の特定の形の中で生活しているのですから。私たちの誰もがさまざまな任務と問題の前に立っています。それらは一回限りの、はかないものですが、私たちにとっては全生涯に関わるものなのです。それは普遍的で理論的な問題ではなくて、私たちひとりひとりの、差し迫った問題なのですから。
 そしてこのような問題は、私たちが「解決する」ためにあるのではなく、耐え忍び、味わいつくすためにあるのであり、それらは私たちに課せられた苦しみであり、そして苦しみというものは、私たちが苦しみに耐え、苦しみを味わい尽くすというつらい道を通ることによってのみ、生きる力となり、よろこびとなり、人生に価値をもたらすものになるのだと私は言いたいのです。
 私はあなたに、これ以上のことを申し上げられません。一般的な言葉はすべてすぐにくだらないおしゃべりになるからです。
    --ヘルマン・ヘッセ(フォルカー・ミヒェルス編、岡田朝雄訳)『地獄は克服できる』(草思社、2001年)。

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ただし、帰宅すると、冷蔵庫に、銀河高原ビールと、サントリープレミアムモルツ<黒>が購入されていた。

なんか、“予定調和”(カルヴィニズム)されていたようで忸怩たるものですが、とりあえず、Thank you !

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4 けいちゃん 2006/05/31(水) 10:37:44 昨日新入社員の歓迎会がありました。初めからビールを飲んで他の先輩方達にも 注ぎに行って自分も結構飲んでしまってトイレとかもふらふらしてしまいました。 肘をついてご飯を食べていたらしく、チーフに廊下に呼び出され失礼だからやめなさい と注意されちゃいました(ToT) ビールの注ぎ方もよく分からず、細かく指導されました 本当に失礼ですよね・・・(ーー... [続きを読む]

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