「宇治家教授様」
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六月二十二日
立派に人生を生きぬき、とくに、平凡にただ生活を維持するだけでなく、より偉大な人生の目的を見失わないためには、どうしてある種の感激が必要である。実際、人生を空しいものにすまいと思うならば、ぜひとも人生をそのような偉大な目的にささげなければならない。
けれども、このような感激には、なお健全で冷静な良識の相当量が結び付いていなければならない。この両者の混和・強力から、世に役立つような人間の性格がうまれるのである。
--ヒルティ(草間平作・大和邦太郎訳)『眠られぬ夜のために 第一部』(岩波文庫、1973年)。
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大学の授業とはいえ、基本的な知識というか共通了解というか基礎体力というか、そうしたところも話さないといけない。しかし、それを踏まえた上での、展開というか、血肉化させる部分というか、そうしたところも突っ込んで議論しなければならない。そのバランスが実に難しい。単純に外国語をひたすら輪読するとか、何かを覚えさせるのであれば葛藤は少しは少ないかもしれないが、実体のないような学問である哲学とか倫理学などを話す場合、そのあたりが非常に難しくなってくる。
先週も授業終了後、帰り始めた学生さんに「授業の内容は難しいか?」と確認したところ、「難しいのは当たり前だと思います。ただ、みんなおそらく、先生の話が聞きたくてきているので、多少難しかったとしても、きちんと聴いているのだ思います」とのこと。
ことしの受講生は、人数は少し減ったが意識が極めて高い。そうした意志と意志のやりとりのなかで、教室の中で語られる言説としての学問を“健全で冷静な良識”に変換していかなくてはと実感する。
さて、メールを確認していると、今日の授業で教材のプレゼンテーションをお願いしていた学生さんからメールが来ていた。パワー・ポイントのファイルでも早速送付してくれたのかと思い、確認してみるとたいへんなことに。
複数名で一つの発表を依頼してるのですが、段取りがうまくできず、またパートナー同士の意志疎通がうまくいかず、頓挫したとのこと。
きちんと時間に集まらない。
分担個所をやってこない……。
「私は真剣に取り組んだ課題だったので、あの発表には悔しさを感じてなりません」
胃の腑をぎゅっとつかまれたようです。
ただ、うれしいことは、これでおわらせず、再度チャレンジさせてくださいとのことだ。
授業の組み立ては少し工夫すればしのげるので、お互いにパートナーと話し合うなかで、価値的な取り組みができるように助言しよう。終わったことを責め合ってもしょうがない。おたがいに傷つくだけだ。しかしそのことを忘れてもいけない。そのことを踏まえた上で、次の歩みを踏み出さない限り、価値など創造できないからだ。
……と、書いているといい時間ですね。早く寝ないと明日も早いので。
おやすみなさい、お月様。
で……。蛇足ついでに。
メールの宛名が「宇治家教授様」になっていた。
教授ではありませんが、すこし嬉しさを感じたダサイ宇治家参去でした。
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