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人間が一人でいるというのは、よくないことだ

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 自分は所謂「同志」に紹介せられ、パンフレットを一部買はされ、さうして上座のひどい醜い顔の青年から、マルクス経済学の講義を受けました。しかし、自分には、それはわかり切つている事のやうに思はれました。それは、さうに違ひないだらうけれども、人間の心には、もつとわけのわからない、おそろしいものがある。慾、と言つても、言ひたりない。ヴァニティ、と言つても、言ひたりない、色と慾、とかう二つ並べても、言ひたりない、何だか自分にもわからぬが、人間の世の底に、経済だけでない、へんに怪談じみたものがあるやうな気がして、その怪談におびえ切つてゐる自分には、所謂唯物論を、水の低きに流れるやうに自然に肯定しながらも、しかし、それに依つて、人間に対する恐怖から解放せられ、青葉に向つて眼をひらき、希望の喜びを感ずるといふ事は出来ないのでした。
    --太宰治『人間失格』(岩波文庫、1988年)。

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いつも若い者たちからよくいわれるのが、宇治家さんは、“同じ事しか言わない”ということです。“同じ事”しかないので、“同じ事しか言わない”わけですが……。

“同じ事”とは、以前にも書いたように、途中を端折ってファイナル・ボキャブラリーとして表現するならば、“ちゃんと生きる”しかないということだ。

しかし、この“ちゃんと生きる”ことが一番ムズカシイ。

人間とは不思議なもので、昨日できなかったが、今日頑張れた、しかし明日はがんばれないかもしれない。そうした不確定な現実のなかで、生の実存としては一人投げ出されたままである。そして実際に、動くの考えるのも、その意味ではアトム的な一個の個人しかその当体はありえない。決意しても長続きしないし、ぐだぐだが永遠に続くわけでもないのだが、一人で歩まざるを得ないが、歩みを進めるのは現実には困難な側面の方が多い。

しかし、存在としては“独り”の人間は、状況に投企された一個の究極的な実存に過ぎなかったとしても、事態としては決して“独り”ではない。

言葉があるからだ。
人間は言葉によって繋がることができる。
そして言葉によって自分自身を見直すことができる。
そして人間は、手を取り合って前に進むことが出来る。

だから思いや考えを“言葉”によって表現したい。思いや考えが、鏡に映し出されるように100%そのままに表象できないことなんてわかっている。また言葉というものが、実体と乖離した過剰としての幻想を生み出すことも重々承知だ。
だけど言葉によって表現したい。

※言葉だけでなく、音楽や造形美術もその表象のひとつだが、ここでは“言葉”に集中する。

一人の実存として“思う”ことは簡単だ。
しかし“思っている”だけでは繋がれない。
繋がれないと自己は闇に飲み込まれてしまう。
繋がることは勇気もいるし生命力が必要だ。
しかし人間は繋がりがないと生きていけないし、成長もない。

人生、一人では勝てない。成長できない。
だから友人がいる。学校がある。そして、人と人の間にいるのが「人間」だ。

文豪・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe,1749-1832)は次のように語っている。

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人間が一人でいるというのは、よくないことだ

ことに一人で仕事をするのはよくない。むしろ何事かをなしとげようと思ったら、他人の協力と刺戟が必要だ

    --エッカーマン(山下肇訳)『ゲーテとの対話』(岩波文庫、1969年)。

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一人でコツコツやることは大切だ。その労作業なくして何事も成就できない。
しかし、それだけでは、大業は成し遂げられない。人間が人間となることも不可能だ。

思うことがあれば言葉にしてみる。
そしてひとと向き合う勇気を選択する。
そしてやることをやる。

人間よ、繋がりなさい。
決して、孤立してはいけない。

孤独の世界と、共同の世界を入ったり来たりする反復運動の中で、人間は人間となることが出来るはずだ。

今日は太宰治(1909-1948)の命日だ。
ちょうど亡くなって、60年たつ。

人間の闇と弧を見つめ続けたその作品は正直言って苦手である。ここで太宰論をぶちまくつもりは毛頭ないが、太宰がそうしたように、時には限界状況(キェルケゴール)として“孤独”する部分を確認したり、闇を見つめ直すことは必要だ。

しかし、孤立だけで終わらせてはいけない。
しかし、闇だけで終わらせてはいけない。

そして、孤立や闇に飲み込まれてはいけない。

人間よ、繋がりなさい。
美しくも、愚かである人間よ、繋がりなさい。

そして……
決して、軽々しく、“死”という言葉を口にしてはいけない。

※ “しらふ”で書いていますが、感傷的ですいません。

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コメント

ゲーテの言葉、沁みました。

失敗し、傷つきながらも近づく勇気と言葉だけは手放したくないですね!

投稿: ツルハ | 2008年6月13日 (金) 19時49分

ツルハさんへ

ゲーテに“沁みて”下さい。

若いうちにしかゲーテの長編なんかもチャレンジしにくいです(会社に入ってから読むには体力と精神力が今以上に必要になるので)。

ひとと繋がる勇気を失いたくないものです。通俗的ですが、そこにしかないし、できることを当たり前じゃん!のようなシニカルさで、そのことをザレゴトとして等閑視したくないですね。

投稿: 宇治家 参去 | 2008年6月14日 (土) 00時45分

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