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ビールはご自分でお注ぎになったほうがうまいと思います

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火曜は休みだったので、仕事を早めに切り上げ、夕方から家族で外へでる。
最初はファミリー・レストランか何かで済まそうと思ったのだが、あいにく改装中。
そこで、“仕方なく……”(?)飲み屋へ行ってしまう。

ビールの旨い季節になりました。
自宅で風呂上がりの一杯、また仕事を終えての一杯も捨てがたいが、やはり外で飲むのが一番旨い。できれば一風呂浴びてから外で飲むのが最高だ。
何しろ片づけをしなくていいし、ほしいものがどんどんくる(財布との相談にはなるが)。

さて、ビールにはやはり揚げ物が似合う。
旬の鰹の唐揚げでビールを飲む。

夏の暑さは大嫌いだが、暑ければ暑い程、ビールは旨い。

今年は炎夏との予想。
ビールが旨い夏になりそうだ。

最後にお土産……ビールの旨い飲み方でもひとつ。

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 ビールというのはね、料理屋の仲居でもそうだけど、本当の料理屋でない限り、まだ残っているうちに注ぎ足してしまう。これは愚の骨頂で、一番ビールをまずくする飲みかたなんだよ。
 ビールというのは成分がある程度飛んじゃうわけですよ、時間がたつと。そこへ新しい成分を入れるでしょう。せっかくの新しいあれがまずくなっちゃうんだよ。
 それに、ちょっと飲んだのを置いておくと、冷えてたのがある程度温かくなってきちゃうわけだ。そこへ冷えたのを入れても、本当に冷えた感じにはならないでしょう。中和されちゃうから。
 だから、ビールの本当の飲みかたというのは、まずお酌で一杯飲むのはしようがないね。それでグーッと飲んだからビールをまず自分のところへ置いとくんですよ。そして自分の手でやらなきゃビールというのはうまくないんだ。
 コップになみなみ注がないで、三分の一くらい注いで、それを飲みほしては入れ、飲みほしては入れして飲むのがビールの本当のうまい飲みかたなんですよ。
 欲を言えば、栓を抜くだろう、抜いた栓も上に乗っけてきてくれると一番いい。一杯注いじゃこうして栓をしておけば、気が抜けないだろう。
 なみなみと注いでグーッと一気にやるときのうまさはむろんあるけど、何回も何回もビールばかり一気に飲めないでしょう。だから、そういうときは、コップに三分の一ぐらい注いで、そのたびに一気に飲むようにしなきゃうまくないんだよ。
 それなのに、ちょっと飲むとすぐ仲居や何かが注ぐでしょう。接待のときもそれをやるからいけないんです。悪循環で全部飲めないからコップに半分残るでしょう。そうするとそのまま放っておくと何が気がつかないみたいでね、怠慢のように思われやしないかということになる。
 だからそういうときは、たとえば客を接待したとき、まず、
 「ありがとうございました……」
 と挨拶して、みんなと乾杯して飲んだら、新しいビールを客のそばに置いて、
 「ビールはご自分でお注ぎになったほうがうまいと思いますので、ここへ置かせて頂きます……」
 と、言えばいい。まあ、ばかにされた、沽券にかかわると思う客もいるかもわからないけどね。
 ちゃんとした一流の店で出すビールのコップは小さくて細いでしょう、だいたい。小さいコップでシューッとなっている、あれはビールの本当の飲みかたを考えているから小さいわけですよ。別にお体裁ぶって小さいわけじゃないんだよ。合理的なんだ、そのほうが。
    --池波正太郎『男の作法』(新潮文庫、昭和59年)。

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コメント

先日この話を上司(女性)にしましたら、
「そうなんよ!最初の一杯がおいしいんよ!」
と大絶賛でした。大ジョッキなんてもってのほかだそうですw
おいしいものを、いちばんおいしいように飲む。それは適量をたしなむってことで、それこそが一番のツウなんだなと感心しました。
私はお酒は習慣的には飲みませんが、どんなものでも自分にとって一番よい形でつきあっていく姿勢は、みにつけたいと思いました。

投稿: このは | 2008年6月20日 (金) 00時48分

このはさんへ

ご無沙汰しております。
学業はいかがですか?
宇治家参去は、月末に高松へスクーリングへ入ってきます。

さて……。

その上司の方、心得ていますね。
酒にせよ、砂糖にせよ、塩にせよ……ちょうどいい塩梅というのがあるのでしょうね。大ジョッキは愚の骨頂です。

どんなものでも自分にとって一番善いあり方、ないしは生きる流儀を、生活の中で見つけ出し、大切にしていきたいものですね。


投稿: 宇治家 参去 | 2008年6月20日 (金) 01時58分

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