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2008年7月

遅筆の原因

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ようやく家族奉公からも解き放たれ……自己自身に集中できる状況になったにもかかわらず、今日からまた市井の仕事が再開し、痛風の足が痛み出す。猛暑がそれに追い打ちをかけるように、五躰を蝕むわけですが、蝕まれておわりにすることもできないわけなので、日中にレポート添削を終え発送し、仕事の休憩中に、紀要論文の資料を再度読み直す。

今日はあまりにもからだが熱っぽいので仕事の休憩中には、今季初のアイスを食ってしまった……。宇治家参去が敬愛してやまない『鬼平犯科帳』の主人公・長谷川平蔵も甘党だからよいとしますか……。

本来、学術論文は、ある意味で「作業」なので、それまでに渉猟した資料やデータをまとめ上げる“作業”に徹していけば“カタチ”にはなるので、それはそれでよいのだが、特定の概念研究とか思想史の振り返りの(報告)ではなく、特定の個人における思想史を相手にするとなると、なかなか、“作業”だけにおわらすことができず、いつものように遅筆となる。そのひとと一体化してしまうのが難点です。

今月中に推敲しようと、ほぼほぼ完成状態(といいますか、基本的な骨格の入力は済んでいるのですが)なのですが、その前に、細かく再度、そうした個々人の文献を読んでいくと、「このままでいいのか」とあたまのなかで別の宇治家参去の声がこだまする。

いまあつかっている人物は、博論では、吉野作造(1873-1933)となるが、平行した個別研究としては、人間主義概念の変遷を追跡している。人間主義とは、概念的には近代以降、思想として整備されてくる発想だが、現代世界においては評判のあまり芳しくない発想形態のひとつである。

なぜなら、人間主義が人間中心主義として機能したのが人類の歩みであるわけですが、その結果としてもたらされた問題は、人間自身が招いた環境問題を傍証するまでもなく、周囲を顧みれば宇治家参去ならずとも、剥き出しの利己主義が正面衝突を繰り返す非倫理の人間世界を見ればなんとなく理解できる部分ではなかろうかと思います。

そうした問題群は確かに杞憂すべき事態である。
しかし、そうだとしても、「人間とは何か」という人間という生きものの、いわば“自覚”の問題とその歩みを、産湯を流すついでに赤子まで一緒に流し去るというわけにもいかない。そういう地団駄を踏むなかで、人間自身を見つめ直す作業をもう一度繰り返しながら、「人間とは何か」という部分を自分自身のなかで再度、構築し、そしてその概念を不断に更新していかねばらない……そう思いながら生活し、古今の先哲のことばに耳を傾ける宇治家参去です。

そうしてしまうと、どうしても概念を固定化できず、それをひとつのカタチとしてまとめ上げることがなかなかできないのが現実である。

学生時代から十数年、新聞というメディアで記事を書く修行を行ってきたので、速記ものや解説ものなら手早く処理することは出来るのだが、人間や書物との不断の対話となるとなると、どうしても内容の更新・更新となってなかなか前へ進まない。

いま、人間主義の問題でひとつ取り組んでいるのが、吉満義彦(1904-1945)という近代日本のカトリック思想家の文献である。吉満はもともと学生時代には内村鑑三(1861-1930)の無教会主義に心酔し、その膝下に足繁くかよったものだが、プロテスタンティズムの信仰における絶対的個人還元主義(「私の信仰は……」という告白の強要)に対する違和感と、有限性の自覚(形而上学的意味合いだけでなく、どこにうまれた誰という有限性)の軋轢から、カトリックへ改宗した人物です(但し内村への敬意は終生は失わなかったという)。

こうしたいわば“微妙な人物”と向かいあうと、どうしても筆が進まない。
内在的に「理解」しようと「自分自身が苦悩する」のからかもしれません。
おもえば、自分が哲学の師とあおぐレヴィナスの文献に関してもそうであります。
10数年来読んできていますが、未だ1本と発表はできていません。

さて吉満の場合。
本人の書き方もある意味で、詩的であり、難解な部分もあるのだが、おのれがストレートにいいたい部分をあえてかたらず、“アナロギア”ですませてしまう部分がまさにパズルのような内容で、遅々として研究も進まない(先行研究も含め)人物なのですが、妙に親近感のわく人物の一人です。

「忘れられた思想家」(半澤孝麿)のひとりではあるわけですが、忘れずにはいられない人物の一人です。

勿論カトリックの思想家になりますので、神という絶対者の自覚という部分がその人間論の通底にはあるわけですが、その意味では、プロテスタンティズムともある意味で同じである。しかし、プロテスタンティズムには飽き足らない、自然・文化としての人間の営みの有限性と無限性の考察にはどうも惹かれてしまうのですよね。

通俗的ですが、神と人間との絶対的対峙を強調するプロテスタンティズムにおいては、自然・文化という問題も相対化されてしまうのですが、自然や文化に神の栄光(=恩寵)を読みとるカトリシズムの幅の広さとでもいえばいいのでしょうか……。

まだ思索としては洗練されておりませんが、そういうところをつくづくと感じてしまいます。

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凡そ古今東西を問はず真の偉大な人間的思想においては文学と哲学と、心理と思想とは分離して考へられるものではなく、文学にしても哲学にしても、心理描写にしてもモラル考察にしてもそこに如何に人間性の真理が把握されてゐるかと言ふ事だけが結局は問題なのではないのか。
(中略)
……確かにジードは小説の純粋性と言ふのはつまり思想でも政治でも詩でも何でも入り得ると言ふやうな言はば徹底的非純粋性にあると言つてゐたと思ふが、要するに我々の人間的条件とでも言ふべきものの反映がそこにある訳である。文学することが即ち思想である如き文学者が、今日でもモラリストだと言ふことにもならう。勿論対象は人間の倫理的存在性そのものである。
    --吉満義彦「モラリストの立場」、『詩と愛と実存』(河出書房、昭和十五年)。

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プロテスタンティズムを批判するつもりは毛頭ありませんが、(本来のプロテスタンティズムがそうした概念類型を跳躍する脈動性をもっていたにもかかわらず)本来の姿とはかけ離れて流通してしまったそれが、いわばデーモンな仮称と化してしまったのが近代のプロテスタンティズムの問題なのでは無かろうかと思っています(内村はそれを実は批判していたわけですが)。そうした近代主義を中世的観点から異議申し立てをする吉満のことばにはなぜかひかれてしまいます。
吉満は、通俗的な歴史観をしりぞけ、中世と近代(ないしは近世)の連続性を説きます。
中世で問題提示がなされ、実は、その解決が模索されたのが近代ではなかろうか。
そこを分断としてしてしまう人間の盲点をついているのではなかろうか……そうおもわれてほかなりません。

どちらしても、やはり、多様な存在である、人間自身を見つめ直さずにはいられません。記述不可能な対象を記述しようとするのがたとえ“愚かな営み”であったとしても、それに対してなにか言及したいのも人間の事実であろう。

と……家にかえってから、楽しみにして買ってきたKIRINの「PREMIUM無濾過WhiteBeer」で一息つく。
コピーに「豊かでやわらかな味わい、フルーティーで爽やかな余韻。キリンのシーズンプレミアム」と書いてある。

たしかに「なんじぁこりぁああ」という味である。良い意味ですが。

むかし、A新聞でバイトしていたとき、外報部の記者に連れて行かれたのが、日本橋のビール専門パブ。そこには数百種類のビールが用意されていたのですが、そこではじめて飲んだフルーティーなビールを思い起こしました。

ビールとフルーティーはある意味で合います。
ただし量はのめません。

こんなことをしながら、文献読んで、レポートとして入力しているのがよくないのかしら?

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純粋に、決然と、普く妥当するように

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連日暑い日が続くのですが、火曜は、以前から子供に約束させられていた『ウルトラマン・フェスティバル2008』(池袋、サンシャインシティ)へ行って来る。
朝一で参加したので、比較的混雑してなかったが、ひととおり、鑑賞すると、家族ずれであふれかえっていた。

世の中にウルトラファンの多いことに改めて時間する。

ライブステージも鑑賞し、お土産も購入し、昼食を取って一息つく。

子供に一番何がよかったかと尋ねると……

「玩具!」

と答えていた。現金なものである。細君も少し甘いところがあるので、かなり大量に購入していたようである。

さて、昼食を挟み、サンシャイン国際水族館へ移動する。
暑いので屋外のショーは鑑賞せず、水槽の世界で住ませるが、都心のビルのなか(というか屋上)によくも、こうコンパクトに水族館をうまく作ったものだと、訪問するたびに実感する。大きな水族館には大きな水族館の魅力があるわけですが、小さな水族館にも小さな水族館の魅力があるのかもしれません。距離の近さとでもいえばいいのでしょうか……。

こちらもひとしきり鑑賞すると、夏休みだからなのでしょう……、「崖の上のポニョ」とタイアップした水族館企画もあったので、ぐるっと少しのぞいている。子供も楽しそうであった。

水族館の後は、サンシャインの展望台へ。
自分が今日一番楽しみにしていたのが、これである。
「世界の缶ビール祭」という企画があり、BECKS(ドイツ)、HINANO(フランス領ポリネシア)を頂戴する。両者とも苦みのちょいと効いたすっきりしたビールで、一日の疲れが吹き飛んだ。

さて、先週末の盆踊り、学校見学、そして今日のウルトラマンフェスティバル関連で、一連の「夏休みにおける父親業」が終了する。来週には細君も子供も帰省するので、自分自身にようやくうちこめる夏の到来です。

まずは、成績を早くつけてから、すこし、読んでいない文献に眼を通していかなければと思います。来月中旬には、スクーリングの集中講義もあるので、それように再度組み立て直しも必要です。

ま、いずれにしても今日は父母ともに“疲れた”一日でした。
しかし、子供さんは全く疲れていなかった。
まさにゲーテが「自己と世界を自覚していかなる生活環境にあっても自己を守りとおす無比なる力を持しつつ、世界と対立している」ように、全エネルギーを傾けて、詩ではなく、ウルトラマンと関わっているようである。

そうした無尽蔵な人間力をどこか大人はセーブしてしまうのかもしれません。

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 ゲーテは、自己と世界を自覚していかなる生活環境にあっても自己を守りとおす無比なる力を持しつつ、世界と対立している。彼自身全エネルギーをもって一瞬を生きると同じく、彼の詩は体験に発している。彼の全感情内容を強く生き生きと感じ取る無限に敏感な或る性情に或る事象が作用して喚起するもののすべてを、ゲーテは体験しており、そしてそれを詩に提示する。純粋に、決然と、普く妥当するように。あらゆる情勢の感情内容がそのようにして汲みつくされるので、彼の抒情詩の測りがたいゆたかさの中に、人間の一典型の世界に対する関係がことごとく映し出されているように見える。そのような詩こそ、世界のあらゆる感情的価値に彼と同じく、すなおに心を傾けつつ、しかもそのために己を忘却することのない力が無尽蔵に湧きでる源である。というのは、いかに悲痛な詩においても、われわれは、詩人がいつかはあらゆる苦悩を克服するであろう、新たな大陽がかがやくであろう、その力で詩人は新事態に立ち向ってゆくであろうということを感じさせられるのである。
    --ディルタイ(小牧健夫・柴田治三郎訳)『体験と創作 (下)』(岩波文庫、1961年)。

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Dilthey

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“砂金”(太宰治)を残せたのか?

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 ところで仮りに私が、--自分としてはこの「プロレゴメナ」が、おそらく批判の領域における研究を活発にし、また思弁的方面で栄養を欠くやに思われる一般の哲学的精神に、新らしいきわめて有望な対象を提供して大方を楽しませるであろうということを期待していると言おうものなら、さきに「批判」において、私の案内で荊棘の道を通ってきた読者は、これまでの難路に嫌気がさし、腹立ちまぎれに私をこう問いつめるだろう、--読者がこういう質問を発するであろうということを、私はじゅうぶん予想できる、--「貴方は本書に期待すると言われるが、それはどういう根拠にもとづくのか」と。そこで私はこれに答えてこう言おう、--「それは〔止むにやまれぬ〕必然性の法則--このあらがいがたい法則にもとづくものである」と。
 人間の精神は、形而上学の研究をいつかはまったく廃するだろうということが期待できないのは、--我々は汚れた空気をいつも吸っているよりは、いっそうのこと呼吸をまったく止めるだろうということを、人間に期待できないのと同じである。それだから世界には、いつの時代でも形而上学が存在するだろう、そればかりか何びとも--とりわけ思索を好む人なら、--形而上学をもつであろう。しかし今のところ形而上学は、公認された標準尺を欠いているから、各自が自分流に裁断し、仕立てることになるだろう。ところでこれまで形而上学と称してきたものでは、吟味を重んじる学者を満足させることはできない、さりとてこの学をまったく断念することは、これまたできない相談である。するとけっきょく純粋理性そのもの批判が試みられるが、或いはまた--もしかかる批判がすでに存在するというのなら、--研究されて、これに全面的な吟味が施されねばならない。そうするよりほかには、単なる知識以上であるところのこの切実な要求を充たす手立ては、まったく見出せないからである。
    --カント(篠田英雄訳)『プロレゴメナ』(岩波文庫、1977年)

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人間にはもともと形而上学の諸問題(例えば自由、心の不死、来世や神の存在)に対して、深い関心を持っている。そう感じ取ったカントは、汚れた空気を吸うのはよくないとしても呼吸をまったくやめることを人間に期待できないのと、同じように形而上学的関心、すなわち世界や人間に対して哲学する行為を辞めることはできないと考えた。

すなわち、人間という生きものは「この学に向かおうとする自然的素質」を持っているのである。

狭義の形而上学(=哲学)とはすなわち存在論(とその存在に対する認識論)の問題となるが、広く考えるならば、人間が理性を使ってものごとを深く洞察し、「それは何か」と真実を探求する営みをそれととらえてもよいであろう。それが学として洗練されたものが存在論であり、存在に関する認識論ということになる。その意味では、ひとは世界や物事、そして人間自身に対して、それが一体どうなのか--自覚的であるにせよ非自覚的であるにせ--ふと追求しようとする瞬間が自然に存在する。その瞬間に人間は、哲学し始めたことになるのであろう。

本日、「哲学」の試験を持って無事に前期の講座が修了する。
まずは、履修して頂いた皆様方ありがとうございました。

哲学とは、もちろん専門的な学のあり方としては、たしかに専門的に追求する煩瑣な側面は確かに存在するのですが、それが哲学の全てではない。

うえに書いたように、“ふと”考え始める局面が生活の中には確かに存在する。
その瞬間を大切にしてもらいたい。
用語や哲学者の名前を覚えるのことは哲学とは全く異なる在り方だ。学問としての哲学の本質とはそうした作業を遙かにこえた地平に存在する。

「自分の知性を用いる勇気を持て!」とカントは叫んだが、そこにおそらく哲学的営みの翠点が存在する。

考えることを無益に思わないでほしい。
そして考えたことがただちにカタチにならなかったからといって、投げ捨てないでほしい。

そして、常に、世界と他者に開かれた自分であり、自己自身の存在の有限性と無限性を常に自覚したあり方であったほしい。

そう切に念願してやみません。

(言い方が古く道学者的で恐縮ですが)“まじめに考える”ことを“どこかせせら笑う”風潮が現実の生活空間には充満しているような部分があったり、“自前で考える”ことの知的風土が極めて貧困な経過をたどったこの地の影響を多分にうけている部分があったりもするなかで、ともすると、“まじめに考える”行為から“降りてしまおう”とするのもわからなくはないのだが、それでも敢えて言うならば、“まじめに考える”行為に唾吐くようなことはしてほしくない。唾を吐いても“天唾”で自分自身に戻ってくるだけだ。

そのことをどこかこころの片隅においてほしいのである。
ただ、最終講義でも言いましたが、24H考え続けると頭がオカシクなってしまうのも事実である。リフレッシュや息抜きも忘れてはならない。

その両者があってこそ人間の全人性は保証されるのだから。

短い期間でしたが、皆様、本当にありがとうございました。
今年度は宇治家参去自身としても初の試みとして、哲学を解説するのではなく、哲学をすることのひとつの例を自分自身の思考と実践を通して皆様に見てもらいました(=自分が哲学することを語る)。

やはり難解だという反応が見られましたが、それでも、種々、励ましの声が寄せられた部分を見てみると、その試みは成功したのではないかと思います。

「宇治家先生、哲学者としての信念に忠実な所を尊敬しております。よくいるエセ学者みたいにははならずに、どうかいつまでも模索し続ける先生でいて下さい」

レオナルド・ダヴィンチのごとく、「完成」に甘んじない姿を死ぬまで継続するほかありません。「完成の未完成」「未完成の完成」を苦闘し、模索するなかに自己自身の真実がうかびあがってくるのではあるまいか……。
短い間でしたが、短大生と学問のなかで交流する中でそう実感する。

心のどこかに“砂金”が残せたのであれば、教師として望外の喜びであります。

このなかから「哲学博士」なんかが輩出してくるとすごい時代になるような気もするのですが……哲学は「一文の銭にもならねえ」部分があるのでお薦めすることには忸怩たる部分があります。

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、「打ちつづき考えている」事象へのひとつの間欠泉的な刺激

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どうも宇治家参去です。

土曜に開催された息子さんの盆踊り大会への臨席で躰が結構疲れていたのですが、本日は、子供さんが再来年入学を目指している私立の小学校の学校説明会(午前の部)へ参加を強要される。
先月だったと思うのですが、学校見学会があったので、それにも参加するように細君から求めてられていたのですが、その折りは生憎の体調不良でしたので、二人で行かせましたが、今日は参加してきました。

武蔵野の新緑美しいキャンパスへ--直線自転車距離ならものの20分なのですが--公共交通機関を使って出発する。細君からきちんとスーツを着ていけ!(=上着を脱ぐな!)との支持がでていたので、暑いながらも同伴する。

駅から、校舎まで暫し歩くが--「東京にこんなところがあったのか!」と驚くばかりの玉川上水の側道を抜けると目指す目的地が。到着すると汗みどろ。

説明会まで時間があるので、近代カトリシズムの文献を紐解きながら、時間を待つ。
ただし、細君の視線がイタイ。その傍らで息子さんは、自由帳に「わいあーるせいじん」を書いている。

細君は「お前が受験(うけ)るのか!」っていわんばかりに真剣に聞き入っていた。
息子さんは相変わらず、「めとろんせいじん」を書いていたが、受験に関する諸注意の説明にはいった段階で、子供さん方は教室へ誘われ、ドラえもん鑑賞。その間に大人の両親への細かい説明が続く。
自分は熱中症じゃないかと思うぐらい、体調がダウンし、それどころでは無かったのですが--。

説明会自体は一時間弱で終了し、会場を後にする。
説明会では、宇治家参去が大学一年のときに、当時四年生の方で一番お世話になったU田さんと久し振りに邂逅した。U田さんのご子息は今年受験だとのこと。頑張って欲しい。

もと着た道を辿りつつ駅へ向かうが、息子さんがだっこを強要する。上着を脱ぐな!と恫喝されているのでそのまま息子さんをだっこし、駅へ向かう。

そして--
その側道で、またしても知己と遭遇する。
宇治家参去と同じく、大学生を五年間努めてくれたM倉くんとの再会である。
聞けば、地域の合唱団の責任者をやっているそうなのだが、夏休み企画で、このへんへ散策へきたのだとか。
M倉くんは、宇治家参去ひとりが五年目を“戦う”のを憐れみ、一緒に五年目を“戦って”くれた人物であり、奥さんは、自分の細君の短大の同級生である。

ま、しかしながら--いや~あ。
疲れました。

軽く昼食を取り、息子さんに今日の出来事をヒアリングする。
「小学校へ入って何を勉強するの?」
「ぜんぶ~」

--例の如くじゃん!

仮眠を取って市井の職場へ出勤する。
が--体調がよくない。軽い熱中症のような症状だ。
ひさしぶりにフル・スーツ装備(重武装)で釦もとらず、炎天下の中進軍を続けたのが効いたようだ。何となく熱っぽいのだが、仕事は何とか終わらせ帰宅する。

ダルイのですが、熱を冷まさないといけないのでエビスを飲む。
エビスが染みわたると躰が回復し始めるので--不思議です。

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おなじ物を長くみつめていると、目が鈍くなって、もう何も見えなくなる。それとおなじように、知性もおなじ事柄を打ちつづき考えていると、それについてもう何も発見したり理解したりすることができなくなる。あまり長い間ひとつの物を見つめていると、輪郭がぼやけて、何もかもかすんでくるように、ひとつの事柄を長く考えつめているときにも、すべてがこんぐらがってくる。こういう場合には、いったんそれから眼を離さなくてはならない。そしてそのあとで再びそこへ立ち帰ってみると、こんどはそれがはっきりした輪郭で鮮やかに現れてくる。だから、プラトンが『饗宴』の中で、ソクラテスは何か思いついたことを考えつめて一日中身じろぎもせず、彫像のようにつっ立っていたと語っているが、こういう話を聞いたら、「まさか」と言うだけでなく、「まずいことをしたものだ」と付け加えなくてはならない。
 知性がこのように休息を必要とするということから説明のつくことであるが、いくらか長休みをしたあとで、この世界のありふれた成りゆきを何か新鮮で物珍しいもののように眺めて、ここではじめて本当にとらわれない新しい眼で世界を目撃すると、その脈絡と異議とがわれわれにきわめて純粋にかつ明晰に知られるものである。そうなると、われわれには手にとるように見えてくる物事が、刻々その中で動きまわっている皆の人々にはどうして気づかれないのか、どうしても理解できなくなるほどである。このように澄み切った瞬間は、だから、狂気の人が時折本心に立ちもどる「冴えた束の間」になぞらえることができる。
    --ショーペンハウエル(細谷貞雄訳)『知性について 他四篇』(岩波文庫、1961年)。

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こういうヘビーな経験を、「打ちつづき考えている」事象へのひとつの間欠泉的な刺激としながら、自己の仕事に打ち込んでいくしかないですね。
このところ、近代日本のカトリシズムとプロテスタンティズムの文献ばかり渉猟しております。そのなかで、つくづく実感するのが、前者は不変の共同体を要しているようだが、それを要するために必要なのは当事者の責任感と決断の問題。そして後者においては、厳格な個人還元主義となるがゆえの「正統」と「異端」の問題です。

両者の在り方に耳を傾けざるを現実には得ないわけですが、宗教における二重の契機は、共同体(教団組織)と個人(個々の信仰者)の弁証法的な関係です。これを開き直ってしまい、教団優先、ないしは個人優先となってしまった場合、そこには、不毛な、荒涼とした大地しかのこらないのではあるまいか--最近、古い文献を読みながらそう実感しております。宗教社会学の見地は、フィールドワークや類型論ないしはコミュニティへの内在的関与を実践しながらさまざまなデータを蓄積してきましたが、何か読んでいると不毛(とまでも言いませんが)一面的な理解しかできていないと実感する。しかし、傑出した個人の信仰告白やその歩みを振り返ってみると、還元できない何かが存在する。

自由への衝動は、エマソンやトルストイ、ないしは内村鑑三のような傑出した人格にしか理想的飛躍は可能ではない。人間は、やはりどこかで協同・共同がないとムズカシイのでは--そう実感する。特にカトリシズムの伝統に耳を傾けると--。

素描にも為らない青描写ですが、そのうち、宗教学ないしはキリスト教史における、個人と共同体の問題にでも言及してみようと、いま思索中です。

といういつも予告で終わらせてすんません。

ほんとうに、調子がわるいので--ですが、明朝から勤務校の定期試験があり、そのまま市井の仕事で、翌朝は朝一で、夏恒例の『ウルトラマン・フェスティバル』(サンシャインシティ@池袋)も待ちかまえており、考察する時間が全くありません。

ですが、それがを「打ちつづき考えている」事象へ棹さす、ひとつの多角的な見方の提示として受容するほかありませんが--。

とっとと寝ます。

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兵児帯で花結びにしてダラーン

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  (デパートの和服売り場の若い男の店員なんか、営業上和服を着たりしていますが、見るとみんなオカマみたいな感じになっちゃって[笑]……)
 それは、一つには姿勢の問題なんだよ。着慣れない人が和服を着ると相当苦しいだろうと思う。本当は躰は楽なんだよ、和服のほうが。だけど、それには姿勢を正しくしていないといけない。なぜかというと、姿勢を正しくしていないと襟もとがくずれるんだ。そうなると本人も気持ちが悪いし、見た目もよくない。だから、和服を着るときだけは、洋服を着るときより姿勢を正しくしてないとだめなの。健康にはいいんじゃないか。

(中略)

 浴衣を着た場合に、兵児帯というのはぼくなんかはだめなんだ。兵児帯というのは滅多に締めたことがない。子どものころは別として。兵児帯というのは、結局、明治維新後に日本にひろまったものだから。つまり薩摩だの長州の連中がね。あれ以後、兵児帯というのが普及したわけなんだけど、浴衣に兵児帯で花結びにしてダラーンと下げているほどみっともないものはないんだ。子どもならいいけどさ。大の大人が尻のところへ……よくあるだろう。あれほどみっともないものはないよ。
 浴衣というのはもともと湯上がりに着るものだから、それを着て人さまのところへ行ったりしてはいけないわけですから、帯自体も簡略なものでいいんだ。だからぼくは、こういうものを自分でつくるんだよ。これは一応、三尺といわれるものの変形だけどね。
    --池波正太郎『男の作法』(新潮文庫、昭和59年)。

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夕方まで寝てしまったが、土曜は息子さんの幼稚園の盆踊り大会があるので、起きて風呂に入り、久し振りに和服に袖を通し、幼稚園に向かう。

市井の職場のバイト君で、俳優志望の人物がいたが、その人物が、
「特技は何?」
って聞くと、
「甲冑を自分一人で装着できることです」
と言っていたことがある。端役からそうした修行がはじまるわけですが、どうしてもまずは、時代劇関係の大河ドラマの合戦シーンの足軽役からスタートするので、ひとりで甲冑を装着できるようになったとのこと。
甲冑ではありませんが、お茶と剣術を少しやっていたので、宇治家参去も、和服を一人で着用することができます。

「浴衣というのはもともと湯上がりに着るものだから、それを着て人さまのところへ行ったりしてはいけないわけ」なので、襦袢のうえに薄目の夏物の着物の着流しでいきましたが、本来は、久留米絣に袴、腰に手ぬぐいという明治の書生風のいでたちで行きたかったのですが、「変わったことをするな!」と細君にいわれてしまうので袴ははけなかった……。

先に二人を行かせて、後から合流し、何をするわけでもないので、見るだけです。
が……やはり暑い。
二時間ちかく、人混みのなかで、様子をうかがっているだけですが、アチイ。
ビールを飲みながら……というわけにもいかないので(幼稚園の行事なので)、お茶で濁しながら、息子さんの盆踊り、そして花火を鑑賞する。
本人も喜んでいたようである。いつも母親と二人での行動が多いので、三人でなにかできるとうれしいのであろう。

ちなみに……
「浴衣に兵児帯で花結びにしてダラーンと下げているほどみっともないものはないんだ。子どもならいいけどさ」
たしかに、子供は兵児帯で花結びにしても全く問題なかった。

無事、付き添いだけですが、行事が終了し帰宅する。
冷蔵庫でキンキンに冷やしていたアイルランドのビール・キルケニー(KILKENNY)でフランクフルトを頂く。深い赤とクリーミーな泡が滑らかに染みわたります。
この一杯のために一日が存在したという短い一日がビールによって終止符が打たれました。

今朝は早く起床。
これから、子供さんの小学校説明会。
それが済むと市井の仕事。
明日は大学で学期末試験。

さ、仕事に戻りましょうか。

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栩栩然胡蝶也

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昔者、荘周、夢為胡蝶、栩栩然胡蝶也、自喩適志與、不知周也、俄然覚、則蘧蘧然周也、不知、周之夢為胡蝶與、周與胡蝶 則必有分矣、此之謂物化、

昔者(むかし) 荘周(そうしゅう)、夢に胡蝶と為る。栩栩然(くくぜん)として胡蝶なり。自ら喩(たのし・愉)みて心に適うか、周なることを知らざるなり。俄然として覚むれば、則蘧蘧然(きょきょぜん)として周なり。知らず、周の夢に胡蝶と為るのか、胡蝶の夢に周と為るか。周と胡蝶とは、即ち必ず分あらん。此れをこれ物化と謂う。

むかし、荘周は自分が蝶になった夢をみた。楽しく飛び回る蝶になりきって、のびのびと快適であったからであろう。自分が荘周であることを自覚しなかった。ところが、ふと目がさめてみると、まぎれもなく荘周である。いったい荘周が蝶となった夢を見たのだろうか、それとも蝶が荘周になった夢を見ているのだろうか。荘周と蝶とは、きっと区別があるだろう、こうした移行を物化(ぶっか・すなわち万物の変化)と名づけるのだ。
    --「斉物論篇 第二・一三」、(金谷治訳注)『荘子 第一冊[内篇]』(岩波文庫、1971年)。

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ひさしぶりにやってしまった。
……10時間睡眠。

昨日の市井の仕事もあり得ないほど、忙しいというかキツイ一日であった。
終了後、まえから約束をしていたので、若者と軽く飲みに行く。
いわゆるミュージシャンを目指している人物だが、端的に言えば、現実と理念の「緊張関係」が大切だなと語り合う。すなわち、音楽でも絵画でも文学でも、ある意味でそれで“喰っていく”ためには、その経済性(売れるという側面)も必要だが、その音楽なり絵画なりを次につなげていくための自己自身のこだわり(それをそのひとの音楽性とか範型としての理念といってもよかろう)も同時に必要だな……そういう話をひとしきり、音楽の現場から報告してくれた。

たしかにそうなんですよね。
たしかに、喰っていくためには売れる側面にも注意を払う必要がおおきくあるけど、それだけでもない。そしてその逆に、いくら理念が高くても、“喰って”いけなければ意味がない。そうした緊張関係に立ち続けることで、ひとは創造的開花を不断に繰り返していけるのではないだろうか……と実感する。

来月、バンドではなく、JAZZバーのようなライブハウスというかカフェーというかそういうところで弾き語りをするそうなので、見に行こうと思う。

さて軽く飲んでから帰宅すると、ハンフリー・ボガード出演の『サハラ戦車隊』(1943、アメリカ)のDVDが届いていたので、ちびちび飲みながら鑑賞する。基本的には『カサブランカ』と同じように、対ファシズム戦争の戦意高揚映画なのだが、よくつくられていて面白い。プロパガンダにも娯楽性を決して失わせないのがアメリカの文化の面白いところである(また逆にプロパガンダがそれと見抜けず見てしまうという盲点もあるのだが)。

さて……
気が付くと明け方である。
重い体をふとんへ引きずり、眠り始めると蝶になってしまった。
起きると夕方である。

たまにはこんな日があるのですが、お許しを。

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目覚めとは他者との出会い

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最近、つくづく思うのが……自分自身の実感というレベルで論理だった哲学的議論とはほど遠く恐縮ですが……“自覚”の問題だよな、ってことです。自分自身がいまいちばん大切にしていることばです。

現実の矛盾をひとつの目で直視しながら、その現実を超克する在り方をもうひとつの目で同時に直視する……これしかないよなっていうのが実感です。

片目をつぶると、「シカタガナイ」とぼやくだけのエセレアリストになってしまう。
片目をつぶると、「革命に続けえええ!」と安全地帯から同志を恫喝する夢想的な職業革命家になってしまう。

両眼をあけて、そして“覚めて”ものごとにあたるしかない。

今日はレジを久し振り(でもないのですが)ガッツリ打つ中で、そんなことを実感する。

そして、休憩中に読んだブッダの言葉とレヴィナスの言葉にしみいる宇治家参去です。
このところまたしても、日本酒を禁忌しておりますので、今日はワインです。

1本呑んで寝ます。
そして両眼をあけ、世界と、世界の中における自己自身を自覚しながら、一歩づつ進んで参ります。

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目ざめていて、念(ねん)を落ちつけ、正気でいて、心を統一させ、喜んで、心もちが明らかに澄んでいる者は、適当な時々に正しい教えを熟考して、生まれと老い、ならびに憂いを乗りこえよ。それゆえに、つねに目ざめておれ。
    --中村元訳『ブッダの真理のことば・感興のことば』(岩波文庫、1978年)。
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 哲学とは人間が語ることがら、また思考しながら語りあうことがらについて問うことを可能にするのだ、と私なら答えるでしょう。言葉のリズムや言葉が示す一般性にうっとりと酔ったままいるのではなく、この現実というもののなかの唯一者の唯一性、つまり他者の唯一性へとみずからを開くことなのです。言い換えるなら、要するに愛へとみずからを開くことなのです。歌うようにではなく真に話すこと、目を覚ますこと、酔いから覚めること、リフレインと手を切ること、それが哲学なのです。すでに哲学者アランは、明晰とされている私たちの文明のなかで「眠りの商人」から到来するあらゆるものについて、私たちに警告していました。すでに目覚めをしるしづけていたさまざまな明白なことがらは、しかし依然として、またつねに夢になってしまっているのですが、そのような明白なことがらのなかで、哲学は不眠として、新たな目覚めとしてあるのです。

 --不眠であることが重要なのでしょうか。
 目覚めは人間に固有のものだ、と私は思います。目覚めとは、酔いからの、より深い哲学的な覚醒を目覚めた者たちが探求することなのです。それはまさしく他者との出会いです。他者が私たちを目覚めへと促すのです。また、目覚めはソクラテスとその対話者たちとの対話に由来するさまざまなテクストとの出会いでもあるのです。

 --他なるものが私たちを哲学者たらしめるのでしょうか。
 ある意味ではそうです。他なるものとの出会いは大いなる経験、あるいは大いなる出来事なのです。他者との出会いは補足的知識の獲得に還元されることはありません。私には決して他者を全体的に把握することなどできません。もちろんそうです。けれども、言語の生誕地たる、他者に対する責任、他者との社会性は認識をはみ出してしまうのです。私たちの師であるギリシャ人たちはこの天に関しては慎重ではありましたが。
    --エマニュエル・レヴィナス(合田正人・谷口博史訳)「不眠の効用について(ベルトラン・レヴィヨンとの対話)」、『歴史の不測 付論:自由と命令/超越と高さ』(法政大学出版局、1997年)。

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近頃、本当に暑いので、昼過ぎから自宅ではカーテンを閉めます。
これだけで同じ設定温度でも大きく違ってくるのが不思議です。
人間は太陽を直視すると目がやられてしまいます。

しかし、人間は人間と世界を直視すると、思いもかけない展望と真理がひろがってくるのだと思います。

読者諸氏へ。
ほんとうに、最近考察できずスンマセン。

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「殿 Tono はいかがなされた。」

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日本における精神風土の特徴として寛容性を評価するむきがある。たしかに日本の文化は、比較的外来のそれの摂取において貪婪であったことは確かである。しかし、思想・宗教に関しては、果たしてそうだったのかと考えてみた場合、寛容であると即断するのは甚だ困難である。
豊臣秀吉および徳川幕府のキリスト教禁制の取り組みはその消息を物語っている。

精神性よりも、「お上」がエライ。
自分で考えるよりも、所与の「権威」に従うべきである。
政治的統合の優先の前には、寛容が顔見せることはない。
統合の優先とは、統合からはずれるものたちの排除の構図である。

和とは、すべてものが金太郎飴のように同じ顔になることではなかろう。

しかし、ここにおいては金太郎飴にならなければならないのである。

何かが違う。

さて……小難しい話はまたそのうちに……。

安土桃山時代に渡来したイエズス会の宣教師がルイス・フロイス(Luis Frois,1532-97)である。かの織田信長とも会見した人物である。フロイスは三十五年もの長きにわたり当時の日本でキリスト教の宣教に努めた人物で、長崎でその生涯を終えた。その間、当時の日本の社会を詳細に観察し、ヨーロッパ世界のそれと比較・対照して記録したのが『ヨーロッパ文化と日本文化』という小著である。
読んでいると実に面白い。

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われわれの間では誰も自分の欲する以上に酒を飲まず、人からしつこくすすめられることもない。日本では非常にしつこくすすめ合うので、あるものは嘔吐し、また他のものは酔払う。

われわれの間では酒を飲んで前後不覚に陥ることは大きな恥辱であり、不名誉である。日本ではそれを誇りとして語り、「殿 Tono はいかがなされた。」と尋ねると、「酔払ったのだ。」と答える。
    --ルイス・フロイス(岡田章雄訳注)『ヨーロッパ文化と日本文化』(岩波文庫、1991年)。

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ときどき噴き出しそうになるのだが、あり得なさそうだが、ありえる話で実に笑ってしまう。

「殿はいかがなされた」
「酔払ったのだ」

うちでもかく表現されたいものである。
ただ、宇治家参去の場合、人からしつこくすすめられなくても、すすめられたとしても、自分で自分が欲する以上に飲んでしまうのがいけないのであろう。

今日は黒ビールで締めて寝ます。
すこし湿度が低く過ごしやすいです。

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たまには濃いめの味付けで

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生活というものは早晩、落ち着くところへ落ちつくものなのだ。どんな衝撃を受けても、人はその日のうちか、たかだか翌日には--失礼な言い方で恐縮だが--もう飯を食う、そしてそれがまた初の気休めともなるものなのである。
    --ツルゲーネフ(中村融訳)『ルーヂン』(岩波文庫、1961年)。

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ツルゲーネフ(Ivan Sergeyevich Turgenev,1818-1883)もうまいことをいうもんだ。

池波正太郎が常々いうように、「(さまざまな矛盾や葛藤に直面し、人生が嫌になったとしても)それでいて人間の躰は、たとえ、一椀の味噌汁を味わっただけで生き甲斐をおぼえるようにできている」

何と、ありがたいことだろう。
それが生命力かもしれません。

その生命そのものに有象無象のさまざまな万象が内在している。それをひとつひとつ自覚しながら、自分自身の課題と向かい合い、一歩一歩前進するしかあるまい。

さて……、
そんなこんなで(?)で、今日は一日中、吉野作造(1878-1933)と格闘する。最新の研究成果にも目を通しながら、吉野の文章を読み直しながら、博論の1章部分の中核を為す、吉野の人間論に手を入れる。

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 まず吉野も海老名(引用者註……海老名弾正、本郷教会牧師、吉野の信仰の師)と同様にすべての人間のうちに神性を認め、それゆえに人間に対する信頼があつい。吉野が谷崎潤一郎の小説「或る調書の一節」に寄せた読後感はその消息を物語っている。谷崎の短編小説は、前科八犯でさらに二件の殺人および強姦殺人を重ね法廷に立つ犯罪者を主人公として、平素は主人公に虐待されている妻が主人公から犯罪の事実をうち明けられ、主人公の魂に挑戦し、これを動かしていく過程を描写した作品である。

 小説の表面には女房は痛々しく弱々しく描かれている。併し彼女の魂の前には凶暴な主人公も結局頭は上がらなかつた。外面でこそいじめさいなんでは居るが、内部では無限の信頼を寄せ又無限の同情を求めたのであつた。あんな凶悪なる男から頼まれ縋られる魂は、一体神の外にあり得るものだらうか。而も女房は平凡な無知の一匹婦である「神様や仏様なんてものは本当にあるのかしら」などゝふだんは云つてゐる。普通平凡な人間の裡にも相手に依ては斯んな神々しい聖熱が起こるといふ所に人生のおもしろさを観るべきではないか。……私は斯くの如き魂を我々人間の裡に与へ給ふた神に感謝する共に、又谷崎氏にも満腔の敬意を表するものである(吉野作造「魂の共感‐‐谷崎潤一郎氏作の〈或る調書の一節〉読後感」、『文化生活』一九二二年一月、三月)。

 吉野はこの読後感を谷崎に送ったが、谷崎は次のような返書を吉野に送っている。

 私は決して貴方の尊敬に値するほど爾く徹底した人生観を得ても居なければ、又あの女房の人格を徹して輝くところの神の愛に対して、まだ心から信仰を捧げることが出来ずに居るのです。私はあの作品の主人公Bと同じやうな悪い人間です。……あなたはあの作品の中に人生の明るい方面を認めて下さいました。しかし私は中々明るい気持にはなれません。遠くの方にほんの少しの光明が見えながら、それが決して自分には掴めるものではないのを知るだけに、却つて尚更くらい重苦しい気分になるばかりなのです。これは私の書き方が足りないからでもありませうが、寧ろそれよりあなたと私との態度の相違から来るのだと思ひます。あなたは善人の側に立つて、私は悪人の側に立つて一つ物を看てゐるのぢやないかと思ひます(吉野作造「魂の共感‐‐谷崎潤一郎氏作の〈或る調書の一節〉読後感」、『文化生活』一九二二年一月、三月)。

谷崎の返信は谷崎自身の立場を語ると共に、吉野の立場も語っている。民本主義理論の確立もこうした吉野の人間観、すなわち「人はすべて神の子である。生れ乍らにして神の心を体得して居るものである」(吉野作造「社会主義と基督教」、『新人』一九〇五年九月)という確信が前提となっている。
 人格に関しても、「人格中心主義」(吉野作造「人格中心主義」、『基督教世界』一九一三年一二月一一日)では、世界的精神であるキリスト教精神が社会の人間関係においては、「人格」として発現するとして、「人格は一切万事の根本である。中心生命である」と吉野は説く。「人格」とは修養を積み、教養と品格をもち、他者に寛容な態度で接し、正義の心をもった人間性だと定義する。さらに海老名は「予が人格観」(海老名弾正「予が人格観」、『新人』一九〇三年一一月)において、政治活動をする人間は、理性的道徳的に優れたものでなければならないと説いたが、吉野も同様に、政治に関わる人間には「人格相互の信認」(吉野作造「政党進化論」、『新人』一九〇四年四月)が必要であり、政治の指導者は「人格者」であるべきだと主張した。
 更に人格は静的状態で留まることなく無限に発展向上する。
    --拙論「吉野作造の人間観  --海老名弾正の神子観の受容をめぐって」、『東洋哲学研究所紀要』(第20号、2004年)。

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谷崎は人間の闇の部分に注目し、吉野は人間の光の部分に注目したと即断することは可能だが、それだけではないような気もしなくはない。論点の強弱は両者にあったとしても、その両面が照らし出す相対する部分をみていたがゆえに、強弱したのではなかろうかという部分である。(谷崎に関しては深く読んだことがないので言及しづらいが)吉野の場合には、そうしたところが多分に見受けられる。吉野は常々「人生に逆境はない」と語っているが、それは自分自身が逆境の辛酸をなめ尽くしたからであると思われる。おもえば、吉野は早い結婚をしている。それに輪をかけ、帝大で勉学へ研鑽し始める前後から家業が没落し、家族の面倒も見なければならない。そして弟を大学まで進学させる面倒をひとりで背負ってたつ。そうした辛酸(本人は辛酸と表現しない!)をしっているがゆえに、光の部分に注目するのではないかと思われる。

こうした吉野の人間観・人生観は一般的には「楽天的」な人間観・人生観ないしは、「楽観的な」人生観と結論づけられるところが多いし、たしかに一見するとそうである。しかし、“楽天的”(楽観的という意味合いは世俗社会における「脳天気」という意味合いとは違ういみが実は本来的にあると思われるが、表現された言説としては「楽天的」と同様に扱われるところが本朝の問題点)におさまりきらない何かが存在する。

それがやはり「人はすべて神の子である。生れ乍らにして神の心を体得して居るものである」という信仰の問題では無かろうかと思わざる得ない。信仰による確信によって基礎づけられた雄々しい楽観主義なのである。

そのことをうまく表現できない語彙の貧弱さが、自己自身に対して納得できないある日の宇治家参去です。

拙論は素描というか、学習報告にすぎない部分があるので、これを丹念に丁寧に叙述していく作業をしているわけですが、朝早くからやっていると、細君がダウンする。

例の偏頭痛である。
これになると、(ツルゲーネフの謂いにしたがうと)「失礼な言い方で恐縮だが」となるわけですが、電池の切れた人形のごとく一切の活動が不可能となる。

息子さんは今日、昼から御学友様のお宅で遊んでいるのだが、そのサルベージが必要となる。折角髭も剃らずに自己自身に集中していたわけですが、迎えに行かざるをえない。おまけに冷蔵庫を見ると空っぽ。出来合いでもよいので夜のタツキが必要となる。

その両方の任務を背負って、暑い日射しの夕方……。
息子様をお迎えに参上(するために風呂に入って髭を剃ってネクタイまで締めた!)し、そのあと、和のファーストフードで、どんぶりを買って帰る。

買って帰ると細君もほどほど復活していた。

三人で「すき家」のどんぶりをほおばる。
この手の和のファーストフードは、連日になると辟易となるものだが、たまにくうと濃いめの味付けが妙に旨い。

遊び疲れた子供は満足して寝てしまい、細君も三度寝の闘いへ入ってしまった。

ある意味でアリガタイ。

一章部分の、基礎文献をもう一度読み直すことができたからだ。

明日からまた怒濤の三連勤。
土曜の出勤と金曜の休みを今回はチェンジさせてもらった。土曜日に、息子さんが通う幼稚園の夏祭があるからだ。

いまのうちに仕込みをしておかないと土曜日が無益な家族デーになってしまうので、もうすこし文献に目を通しておこうと思います。

とわいえ、自分の場合、いかなる二日酔いになろうとも基本、放置プレーされてしまうのですが、細君がこうなった場合、放置できない構造であるということは、やはり……“母は強し”ということでしょうか~。

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(中庸とは)白刃をも踏むべきなり

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月曜日は海の日で休日でしたが、授業回数の調整の都合上、授業があり短大での前期最終講義となる。哲学とは自分の生活から遠くかけ離れた、何かできあがったような体系ではない。体系というならば、古今の聖賢の言葉に耳を傾ける際のひとつの見取り図がそれにあたるのであろうし、アリストテレスが思慮し、ヘーゲルが苦悩の末に構築した体系も、苦悩の思索のはてに到達したひとつの形であるにすぎない。

重要なことは自分自身が、そうした思索を生活の中のどこかで心がけることである。人間は、「これでいいのか」とか「今日はこうだった、明日はこうしよう」自分と対話するかたちでもって思索を続けている。そうした瞬間を無駄と思ってはいけない。

さて……。
講義終了後、通信教育部の「倫理学」の討議およびレポート評価の件で、文学研究科長のI先生の研究室を訪問する。

近況を報告後、レポート評価に関する意見を聞く。その後、スクーリング授業での注意点を再度確認してもらい、少人数の場合、大教室での場合、夏期スクーリングでの講義の場合、対象者への配慮……種々基本事項が確認できた。やはり餅は餅屋です。

授業とレポートに関する討議のあと、先生も哲学(広くいえば人文学)が専門ですので、宇治家参去自身がつねづね疑問に思っていた点というか、ひっかかっていた点の意見を伺った。

1つ目が、人間主義という概念を考える場合における、契機としての無限と有限という問題です。

人間は確かに無限の可能性を持っている存在である。このことだけは精緻な哲学的な議論の問題というよりも、生活実感のなかでそのことが理解できる。確かに存在としては一面無限大な広がりを所有している。しかし、やがて人間はほかの動物とおなじように死んでいくという意味では有限な存在である。だからこそプラトンは「哲学とは死のリハーサル」と呼んだが、存在者としては、有限と無限という二重の存在規定をなされているということである。このことは以前にも論じたが、これまで人間の規定は、特に西洋の社会においては、第一にキリスト教(ないしは教会)が、それを基礎づけ、尊厳の根拠の原因となった。人間は「神の似姿」をもって造られたが故に、ほかの動物とは違う、特別な存在であるとされてきたが、その一方で、絶対的な存在者である神からは常に相対化されるという契機(それとともに贖罪という循環構造)をもっていた。まさしく絶対の側面もありながら、たえず有限の自覚をもたらされる存在として取り扱われてきた。

しかし、宗教改革・ルネサンス以降、人間主義という考え方が思想的に整備されてくるなかで、キリスト教(ないしは教会)の権威が失墜するなかで、人間が人間に即して基礎づけられるようになる流れ(そのことは別段無意味で愚かなことではなく歓迎されてしかるべきひとつの方向である)の末に、行き着いたのが、人間における絶対の側面の一方的な強調ないしは勝利であり、相対化させる契機の後退ないしは廃棄であった。

その結果どうなったのか。本朝において顧みれば、そうした思想的産物のひとつが、中古天台における天台本覚思想の系譜である。通俗化して述べるならば、人間はもともと仏性を内在した卓越した存在であるとするならば、仏になるための修行なんて必要ないじゃんとの発想である。

しかしなあ~という実感です。
こうした違和感に対する、いわば近代・人間主義批判は、19世紀末から現在に至るまで連綿と続いている。上では、日本における、結果としてのそのひとつの思考パターンを紹介したが西洋文化圏においても事情はほぼ同じである。西洋における人間主義批判の要点は、すなわち“人間中心主義”への批判である。人間がまさに無限の存在として「神化」されるあまり、人間は環境に対しても、そして西洋の文脈でいえば、人間である西洋文化圏のひとびとが、非人間であるその他の地域の文化圏のひとびとを「文明化」していくという錦の御旗のもとに、帝国主義的施策が合理化され、その権勢を爆発的に加速させたという側面である。

“人間中心主義”とは、人間の無制約な「自己肯定」の立場であり、それゆえ基本的に自分以上のものを認めない“閉じた”立場である。哲学の営みは本来、“開かれた”対話によって自己批判を繰り替えし、真理の高みへ昇っていく営みであり、“開かれた”対話・討究による錬磨によって近代ヒューマニズムの胎動もはじまった。しかし、人間は偉大なものをもとめる心を失ったとき、自分自身を狭隘な地位へ閉じこめることになり、ついには自分自身の低下・弱体化・危機をもたらすのである。人間のためのヒューマニズムが、実際には人間自身のためにならいものだとすれば、そうしたヒューマニズムは否定されてしかるべきである。そういう発想である。

たしかに時間軸で見てみるならば、未来へ投企していく現存在としての自己自身の歩みはある意味で無限大に広がっている。しかし、その無限大への広がりは、存在としての無限大を意味しているのでは無かろう。制約をうけないという意味では無限大であるが、個別の現存在としての自己自身は、ある意味でどこまでも有限な存在者である。このことの自覚が必要なのでは……。

そのことを哲学的な議論でいうならば、有限と無限の問題であり、宗教の言説でいうならば、それが内在と超越という契機の問題になるのだと思われる。有限-無限の緊張関係、ないしは内在と超越の緊張関係がまったく存在しないところに人間の成長は存在しない。
無限・超越への開き直りは、単なる居直り宣言にすぎないし、有限・内在への集中は、共同存在としての人間自身という在り方から自ら退場してしまう危険性を孕んでいる。極端をはいしながら、両者の緊張関係をどこかにもたなければならないのではなかろうか……。

こんな話をしたわけですが、そのなかで、でてきたのが、思想軸としての有限・無限、ないしは内在・超越……理屈としては両者の一方だけに組みしないで生きていく選択が議論として必要なのはわかるし、人間主義限らず近代批判の成果も発想もよく理解できる。

ただし、このことは難しく考える前に「日々、人間が生活の中で日々実践していることではありませんか」……そう先生は示唆してくださった。

「といいますと?」
「たとえば、人間は日々反省しながら生きている。今日はこうだった。明日はこうしよう。今日の講義は前回よりも良くなかった。次はこうしてみよう。彼と会うのは苦手だ。だけど合わなければならない。であるとすれば、今日はこういう感じで接してみよう……日々反省して生きていますよね。もちろん四六時中反省しているわけでもないし、反省した結果がストレートに結果にうつされるわけでもないのが実情です。しかし、どこかに自己自身を相対化させる、反省する瞬間がありますよね。それが実は有限と無限、そして内在と超越が邂逅する緊張的な瞬間ではありませんか? 現実の存在者としての有限ないし内在を反省し自覚することによって、無限・超越への“開いていく”……そうしたことができる生きものは人間しかいかせんよね。そして、もうひとつ付け加えるならば、人間/非人間の弁別に関しても、例えば、西洋の植民地支配を肯定・加速させた思想の側面として人間/非人間の問題への言及があったかと思いますが、それはひとつの具体例として理解できますが、理論・理念として人間/非人間といった場合、個別の生活実態に即した議論でもないかぎり、具体的な人間とか、非人間とは何なのかといった存在を思い浮かべることもできませんよね」

「その意味で、哲学にしても、倫理学にしても、もちろん先哲の声に不断に耳を傾けながら、またそれを批判したり取り込みながら思索していく側面が重要な意味をもっていますが、ただし重要なことは、やはり、生きている人間自身として、生活の中で悩みながら、反省しながら、思索していかない限り、哲学を論じたことにも、人間を論じたことにもならないんですよ」

「だから……哲学とか倫理学とはできあがった人間(道学者)が講壇を垂れるというよりも、苦悩に立つできていない人間が論じるぐらいがちょうどいいのですよ。がんばってください」

「ただし、論文はあくまで作業ですので、あまり苦悩を引きずりながら書かない方がいいですよ」

「中庸が大切なんですが、中庸が一番むずかしいんですよ」

なるほど。

こ1時間ばかりそのほかにさまざま意見を伺ったが(宮沢賢治の法華思想と童話作品の問題/ルターの奴隷意志論と内村鑑三の人間論etc)、非常に示唆に富んだ1時間であった。I先生、お忙しい中ありがとうございました。やはり偉大な人文学者であった。

さて、研究室を退室した後、学生から声をかけられる。

「先生! 覚えていませんか?」
「?」
「昨年、先生の哲学履っていたんですよ」
(声と顔に覚えはあるのだが、名前が出てこない……)
「名前がわかんないんでしょ?」
「スンマセン」

名前を忘れているようでは、人間を議論していながら、人間を見ていない自己自身を自覚する一瞬であった。トホホ。

話を伺うと、既に就職が内定し、来春から地元へもどって働くのだそうな。
ただし、夢は別のところにあるようで、簿記が好きだから、税理士とかそのへんを目指したいとのことである。是非がんばってほしい。
現状の有限存在から無限への契機をひとつ見せてもらったようです。
Oさん、ありがとう。

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 まず、「中庸」という概念ですが、中庸については「偏らざるをこれ中(なか)といい、易(か)わらざるをこれ庸(よう)という(不偏之謂中、不易之謂庸)」(『中庸』宋朱熹章句)といわれています。つまり、一方にかたよることがなく、多すぎも少なすぎもせず、適正さ(ちょうどよいこと)を貫くのが中庸というのです。この中庸について、『論語』では「中庸の徳たるや、其れ至れるかな(中庸之為徳也、其至矣乎)」(雍也第六)と述べています。いろいろな徳のなかでも最高の徳であるのが、中庸の徳であるというのです。
 儒教では、直情径行(相手のおもわくや事情など気にせずに、自分の思ったとおり行動すること)を夷狄の風(野蛮な様子)として嫌い、深い思慮や省察をともなったありかたを尊重したのですが、まさに中庸は、そうした洗練されたありかたを意味したのです。また、同時に、そうしたありかたは、特別な状態というものでもなく、むしろ日常のなかにあるありかたでもある。特定の優れた人のみに許されるというようなものではなく、誰でもが到達できるありかた、つまり万人のものとして説かれたということが注目されます。
 このことについて、中国哲学者の宇野哲人は簡略にこう解説しております。
 「中庸とは、その場、その時に最も適切妥当なことである。だから本当の意味での中庸は、生易しいことではなく、つねに中陽を得ることができるのは聖人だ、と言われる。けれども一面、中庸の庸は、普通のこと、当たり前のこと、という意味もあって、平凡な、当たり前のことの中にこそ、中庸はあると考えられているから、どんな人でも中庸を得ることができる」(宇野哲人訳注『中庸』序文、講談社学術文庫)
 西洋で、こうした漢語の「中庸」にあたるものを探していきますと、アリストテレスの倫理学で重要な概念とされる「メソテース(mesotes)」という概念が、それに相当する言葉とみられます。メソテースとは、正しい中間を選び取ることであり、これは深い経験や知見を必要とする倫理的な徳(優れていること)のことです。たとえば「勇気」は、怯懦(臆病で意志が弱いこと)と粗暴との正しい中間であり、「節制」は快楽と禁欲との正しい中間だといわれます。しかも「勇気」や「節制」はともに、怯懦・粗暴・快楽・禁欲という直情径行ではなく、倫理的に徳へと高まったものです。
 アリストテレスは<事物における中>と<私たちに対する中>とを区別しています。<事物における中>とは「両端から等しく隔たっているもののこと」であり、<私たちに対する中>とは「多すぎもせず不足もしないもののこと」であるとし、したがって「それは一つではなく、すべての人に同一のものでもない」と述べています(ここに、関係的な見かたからの調和が示されています)。
 つまり、「中(meson)」とは、たんなる中間というよりも、もっともふさわしい(最適な)状態のことを意味します。いいかえれば、二と六の中間が四であるというような、足して二で割る算術的な中間ではなく、現実的、経験的な智慧にもとづいた「中」である(この点、漢語において、もっとも適当なありかたになることを「中(あた)る」といい、まさにぴったりあたっています)。
 アリストテレスは、「あるべき時に、あるべきことにもとづいて、あるべき人々に対して、あるべきものをめざして、あるべき仕方で」なされるということが、このメテソースであるといいます。彼によれば、この倫理的徳を自分のものにするためには、年少のときから習慣づけられることが必要であるとも述べています。
 このようにメテソースは、漢語の「中庸」とその意味がほぼ一致するといってよいでしょう。
    --石神豊『調和と生命尊厳の社会へ』(第三文明社、2008年)。

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 西田幾多郎 自覚の哲学 西田幾多郎 自覚の哲学
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でもそういうお前の顔だって相当おかしいぜ

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 思うのだけれど、アメリカという国では「概念」というものが一度確立されると、それがどんどん大きく強くなっていって、理想主義的(and/or)、排他的になる傾向があるようだ。よく「自然が芸術を模倣する」と言われるが、ここでは「人間が概念を模倣する」ケースが多いみたいな気がする。この概念をイエス・ノオ、イエス・ノオでどこまでも熱心にシリアスに追求していくと、たとえば動物愛護を唱える人が食肉工場を襲撃して営業妨害したり、堕胎反対論者が堕胎手術をする医者を銃で撃ったりするような、まともな頭で考えるとちょっと信じられないようなファナティックなことがおこる。本人は至極真面目なんだろうけど。
 おそらく人種的にも宗教的にもいろんなオリジンの人が集まってできた国なので、共通概念というものが共通言語と同じような大きな価値を持っているからではないかと僕は想像する。それが樽をまとめるたがのような役割を果たしているのだろう。でも正直に言って、ときどき話していて退屈することがある。高校のときのホームルームでまじめな学級委員の女の子に「ムラカミくんの考え方はちょっとおかしいです」と追及されているような気分になる。そういうことを言われると、「しょーがねえだろう、生まれつきおかしいんだから。でもそういうお前の顔だって相当おかしいぜ」と開き直りたくなってくる。そんなこともちろん言わないけれど。
    --村上春樹「元気な女の人たちについての考察」、『やがて哀しき外国語』(講談社文庫、1997年)。

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村上春樹はエッセー集『やがて悲しき外国語』のなかで90年代アメリカ東海岸での生活をおもしろおかしく振り返っているが、そのなかのひとつが「元気な女の人たちについての考察」である。元気な女の人たち……すなわち、フェミニズムの主張とその生活における実際を報告しているわけだが、フェミニズムの主張はそもそもこれまでの男性中心主義型の社会・文化(構造)に対する異議申し立ての言説として充分に耳を傾けざるを得ない内容であり、批判である。しかしその言説が現実の生活感覚から乖離した理念のための理念となったときの違和感を絶妙の筆致でえがいている。このことはフェミニズムの主張に限られた問題ではない。勘違いされると困るのだが、村上の言説はフェミニズムの主張を揶揄しようとか批判しようとしているのではない。その戦略的な在り方への違和感の表明である。宇治家参去も同じような違和感を感じている。だからその問題はフェミニズムの主張に対してだけ限定された問題ではないということである。アンチ・フェミニズムの言説も同じ瑕疵を免れることは不可能である。

村上春樹はエッセー集『やがて悲しき外国語』のなかで90年代アメリカ東海岸での生活をおもしろおかしく振り返っているが、そのなかのひとつが「元気な女の人たちについての考察」である。元気な女の人たち……すなわち、フェミニズムの主張とその生活における実際を報告しているわけだが、フェミニズムの主張はそもそもこれまでの男性中心主義型の社会・文化(構造)に対する異議申し立ての言説として充分に耳を傾けざるを得ない内容であり、批判である。しかしその言説が現実の生活感覚から乖離した理念のための理念となったときの違和感を絶妙の筆致でえがいている。このことはフェミニズムの主張に限られた問題ではない。勘違いされると困るのだが、村上の言説はフェミニズムの主張を揶揄しようとか批判しようとしているのではない。その戦略的な在り方への違和感の表明である。長谷川平蔵も同じような違和感を感じている。だからその問題はフェミニズムの主張に対してだけ限定された問題ではないということである。アンチ・フェミニズムの言説も同じ瑕疵を免れることは不可能である。

村上は、堕胎反対論者が銃を撃つことに言及しているが、この問題は、フェミニズムの問題以上にアメリカ社会に大きな影を落としている。堕胎を認める立場はプロ・チョイス、堕胎を否定する立場はプロ・ライフと呼ばれている。

まさにチョイスとライフの違いである。チョイスを肯定するがゆえに、堕胎は場合によっては認めてもよいと考えるひとびとであり、ライフを肯定するがゆえに、あらゆる胎児の殺人を否定するとの立場である。後者の思想的伝統としては、聖書の字句を一字一句正しいものとして扱う聖書無謬説に従う保守的キリスト教思想にひとつの根をもつが、原理的になればなるほど原理からはずれていくという不思議な状況を提示している。ライフを尊重するのであれば、銃をとるはずはないのだが、そのあたりが、理念の奴隷と化した人間の現実を語っているようである。

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 ただ僕は思うのだけれども、ものごとの正しいモーメントというのは、本来的に根本的に疑いの念を含んでいるものではないだろうか。というか、本来正当なモーメントというものは、あくまで素朴な自然に疑いに端を発したものであるはずだ。そのような疑いの中から「いちおうこういうことになっているけれど、実はこうではないか?」「いや、実はこうではないか?」という仮説が次々に生まれでてきて、そのさまざまな仮説の集積によってひとつの重要な可変的モーメントが生じるのではないか。しかしある時点でそのような仮説のひとつひとつが固定化され定着されて本来の可変性を失い、誰にでも留まったテーゼとなってしまうと、そこにはあの宿命的なスターリニズムが生じることになる。文学世界においていえば、学問的下級霊がここを千途と必死にしがみつく「蜘蛛の糸」になってしまう恐れもある。僕が心配に思うのはそういうスターリニズム的細部固定化傾向についてであって、決してフェミニズム文学批評全体についてではない。
    --村上、前掲書。

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本来、人間は、生きている現実に対して何か疑問をいだき、「実はこうではないのか」とか「こう考えたほうがよいのでは」とか「こういうスタイルの方が快適ではないのか」とか考える中で、ある意味で固定化した現実(の仕組み)をスライドさせてきたのだと思う。しかし、その現実をスライドさせる批判的な営みがひとつの固定化した理念なり概念になりに定着し、固定化してしまった瞬間、それがひとつの、いわば、また手を変えた形ではあるけれども、人間そのものを抑圧してしまう仕組みになってしまう。いわば、そういう固定化と可変可能性とのせめぎ合いが人間世界の現実化も知れません。

どのような問題でも、現実世界に対する異議申し立てとしての発想は、それなりに意味のある、また耳を傾けざるを得ない主張である。しかし、その敵か味方かとの攻防戦のなかで、ほんらいもっていた新鮮な発想が形骸化していく。そして、異議申し立てが現実化してしまったあと、同じように棄却されてしまった既存の権威とおなじように、異議申し立てを企てた人々が権威になってしまう。そうした循環をどこかで自覚しながら、そうならないように、取り組むしかない。それがまさに理念の可変可能性の自覚である。

たしかに人間にはある意味で範型としての理念は必要である。
それをもつことによって人間は、現状と違う在り方を選択することが可能である。しかし、その理念そのものを権威かさせてはならないのであろう。現実の中で不断に、その理念が議論の対象としてさらされ、さらによりよい在り方へと検討される必要が不断に存在するのである。

そのことを考えておかないといけないのであろう。

さて……
今日は、市井の職場のまわりで祭礼があった。
ま、そういうときなので、店長さんも、その神社の神札を買ってきたわけですが、事務所に帰って来るや否や、責任職のMgrを全員集合させた。そこで、「商売繁盛・無事故」祈念がはじまったわけですが……。

とりあえず、終了後店長宛にメールを送る。

「(キリスト教神学者としての立場から)今回の件に関して……。
(要点だけ言うと)日本ではかつて、国家神道の立場から、キリスト教を含むすべての宗教を、国家神道の立場へ従属させ、宮城遙拝、伊勢神宮参拝を“強制”させて来た歴史がある。それを踏まえて、戦後の憲法では信教の自由が高らかに主張され、内心の自由が確保されたはずである。しかるに、今日の一見は、各個人の内面の問題を顧慮せず、ひとつの号令で、神札に対して礼を迫る在り方というのはいかがなものでしょうか。かつて不敬罪を怖れず抵抗し、死んでいったキリスト者は多数存在します。地上の被造物の神格化というデーモンな行為の強要には一言もうしたいところです」

明日出勤すると、「また哲学者のアレですか?」と揶揄されそうである。

と……書きつつ、そういう「ポリティカリィー・コレクト・トークン」を発する宇治家参去もまた理念の瑕疵にはまっているのでは?

でも……

「しょーがねえだろう、生まれつきおかしいんだから。でもそういうお前の顔だって相当おかしいぜ」

と思っても、開き直らないのが大切ですね。

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ともあれ定期試験が、大学生活の最大の「怪物」である。

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今日は勤務校の通信教育部の7月試験です。
皆さんがんばってください。
短大の試験は、来週からです。これも皆さんがんばってください。

宇治家参去自身も、長い間、すなわち都合16年間、大学の学生をしておりましたが、この季節になると憂鬱なものでした。機械的な試験で、当人の○○力をはかれるはずはない!と叫んでおりましたが、制度としての大学には、やはり機械的な試験が必要不可欠となってくる。その両者の相関関係をきちんと自覚しないと、単なる作業になってしまいます。いずれにせよ、教員も学生もその自覚が必要です。

そういえば、かのヘレン・ケラーも学生時代の、試験の思い出を語っている一文がありますので、マアひとつ紹介しておきます。

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 今年は、最高に幸せな年だ。本当に興味ある科目ばかりを履修できたからだ--経済学、エリザベス朝の文学、ジョージ・L。キットリッジ教授のシェークスピア、ジョサイア・ロイス教授担当の哲学者である。以前は、なじみがなく意味不明だった、遠い昔の伝統や異質な思想も、哲学を通せば、理解と共感をもって接することができるのだ。
 けれども大学は、私が思い描いていた、古代ギリシアのアテネのような学問の場ではない。大学では、アテネにように偉人や賢人と直接会うことはない。生きているしるしを感じることもない。偉人、賢人がいることは事実だ。しかし彼らは、ミイラのようにひからびてしまっている。ひび割れた学問の壁から、引き出し、切り裂き、分析してはじめて、これは詩人ミルトンだ、預言者イザヤだ、巧妙なにせものでないと判断できるありさまだ。学者の多くが忘れているように思えることがある。偉大な文学を鑑賞するには、理解よりも深い共感が必要だということだ。残念ながら、学者が苦労して考え出した説明は、ほとんど記憶に残らない。熟しすぎた果実が、枝から落ちてしまうように、過剰な説明を頭から抜け落ちてしまうのだ。花も根も茎も、生長の過程もすべて知っているのに、天国の露にぬれた、みずみずしい花の美しさがわからない--。こんなことが起こりうるのだ。私は、何度も何度も、いらいらしながら自分に問いかける。「いったい、こんな説明と仮説が何の役に立つのだろう?」目の見えない鳥が、むなしく羽ばたくように、学者の説明も私の頭の中をいたずらに飛びまわるだけで、何の役にも立たないのだ。なにも、偉大な文学作品を隅々まで知ることに反対しているわけではない。果てしのない解説と難解な批評ばかりの現状を残念に思っているだけだ。こうした批判に耳を貸しても、結局「人間の数と同じだけ意見がある」ということを確認するだけなのだ。しかし、キットリッジ教授のような一流の学者となるとまるで違う。教授は文学作品を鮮やかに解釈する。まるで目の見えない人の目を開かせるよう。教授の話を聞くと、シェークスピアがよみがえってくるのだ。
 そうはいっても、勉強しなくてはならないことの半分を捨ててしまいたいと思うこともある。頭脳を酷使すると、せっかく苦労して集めた宝を楽しむことができないからだ。わずか一日で、異なった言語で書かれ、テーマも全く違う本を、四、五冊読めという。それで読書の目的を見失わないようにするなんて不可能だ。試験のために、いらいらして本を読み飛ばすと、頭は、上質だが役に立たない骨董品でいっぱいになる。いまも、私の頭は雑多な知識ではちきれそうになっていて、きちんと整理なんてできそうもない。自分の頭の中で、かつては知性の中心だったはずの場所をのぞいて見る。すると、あの「瀬戸物屋で暴れる牛」のように、何もかもぶち壊してしまいたい気分になるのだ。無数の知識のがらくたが、まるで雹(ひょう)がふってくるように、私の頭に襲いかかる。逃げようとすると、「小論文の小鬼」だの「大学の妖精」だのがぞろぞろ追いかけてくるのだ。私は、思わず心の中で叫んでしまう--いままで崇めていたのだが間違っていました。どうか、知識の偶像を叩き壊させてください、と。ああ、こんな邪悪な願いをする私をお許しあれ!
 ともあれ定期試験が、大学生活の最大の「怪物」である。もちろん、何度も対決し、投げ飛ばしてやっつけてやった。だが、また立ち上がり、青白い顔で私を脅迫するのだ。しまいには、シェリダンの劇の、臆病なボブ・エーカーズのように、立ち向かう勇気も消えてしまいそうになる。試験という試練がはじまる前の数日間は、神秘的な数学の公式や消化不能な年号を頭に詰め込まなければならない。まるでまずい食事を無理やり口に入れるようなものだ。ついには、本も学問も自分も深海に沈んで消えてしまえばいい、と願っている自分に気づく。
 いよいよ恐怖の試験本番だ。もしも準備万端、記憶したことを、いつでも自由に思い出せるというのなら、あなたはよほど運がいい人だ。進撃ラッパを鳴らし、突撃という時になって、思い通りにならないのが試験というものだ。記憶も判断力も、まさに必要な時に、羽が生えてどこかへ飛んでいってしまう。実に腹立たしい。あれほど、苦労して暗記したことが、いざという時に、いつも出てこないのである。
 「フスとその業績について、簡潔に説明せよ」フスだって? いいたいどんな人で、何をしたのだっけ? この名前には聞き覚えがあるけど……。急いで、頭の中の、歴史事実が詰まった袋をかき回す。しかし、簡単にはいかない。ぼろが詰まった袋の中から、一切れの絹を探すようなものだから。たしか、頭のてっぺんあたりにあったはず。そう、このあいだ「宗教改革」のはじまりを調べていた時に、見たんだっけ。でもいまはどこに? 革命、教会の分裂、虐殺、政治制度……。あらゆる知識のがらくたを取り出してみる。でもフスは? 一体どこ? この時、試験に出題されていないことなら何でも知っている自分に驚く。そしてやけになって袋をつかみ、中味をすべて放り出す。すると、隅にいるではないか。探していた男が。静かに物思いに耽り、自分のせいで大騒ぎになっていることなど気づいていない様子だ。
 ちょうどその時、「それまで!」という試験官の声が響く。胸がむかむかして、ひと山のがらくたを頭の隅に蹴飛ばし、家路に着く。そして、「そもそも教授が、学生に断りもせずに問題を出すのがいけないんだ。あの神聖な権利を、なんとか廃止できないだろうか」と、革命的な考えを思いめぐらせるのだ。
 どうも、先ほどは、あとで笑い種(ぐさ)にされそうなたとえを使ってしまったようだ。「瀬戸物屋で暴れる牛」だの「雹に襲われた」だの「青白い顔をした怪物」だの、混乱した比喩を使いすぎたかもしれない。しかし、笑いたければ、笑わせておこう。このたとえは、知識を詰め込みすぎて混乱している、現在の私の頭の中を的確に表現しているからだ。だから今回だけは、何をいわれても目をつぶり、「大学に対する私の考えは変わったのだ」と伝えることにしよう。
 大学生活に憧れていた時、それはロマンチックで美化されたものだった。だが、いまは現実があるのみだ。しかし、このロマンチックな幻想が、現実に変わる時に、実際に経験しなければわからない、数多くことを学んだ。たとえば「忍耐」という貴重な経験からはこういうことを学んだ--教育とは、田園を散歩するように、ゆったりと学び、あらゆる印象に心を開きじっくり味わうべきものである。そのようなやり方で知識を得れば、目に見えない魂の中に、深まる思考が、静かな津波のように押し寄せてくるはずだ。「知識は力なり」という。しかし私は、知識とは幸福だと思う。深く、広い知識を手に入れれば、正しい目的と誤った目的を区別でき、崇高なことと低俗なことを識別できるからだ。人類を進歩させた思想や行いを知ることは、何世紀にもわたる人類の偉大な「心臓の鼓動」を感じることでもある。そしてこの「鼓動」の中には、天へと向かう人類の苦闘が感じられるはずだ。もしも何も感じないというのなら、その人はきっと、人生が奏でるハーモニーに耳を貸そうとしない人なのだろう。
    --ヘレン・ケラー(小倉慶郎訳)『軌跡の人 ヘレン・ケラー自伝』(新潮文庫、平成十六年)。

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ヘレン・ケラーが述懐しているとおり、「定期試験が、大学生活の最大の「怪物」である」。しかし、その山場を単なる知識とか情報の集積で終わらせるのか、それとも「知識とは幸福だ」だと深めていくことも、そのどちらも人間は選択できます。

皆さん、大変だとは思いますが、頑張ってください。

ちょうど市井の職場でも大学生のアルバイトさんを使っていますが、この季節になると「試験で休ませてください~」ってのが頻発し、運営が大変になってきます。日頃頑張ってくれていますので、休ませますが、今日はひどく疲れた一日でした。

たこ焼き+スーパードライで今日は疲れを癒してそろそろ寝ます。

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「物事に期待をせず、自分の仕事の質をみがいて行く」

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 私たちが応召解除となったのは、八月の二十一日で、同時に私は二等兵曹に進級した。
 何という愚かな、見えすいたまねをするのだろうかと、あきれ果てたものだ。
 つい数日前までは下の兵たちに君臨し、威張り散らしていた下士官たちが海辺へ引きずり出され、兵たちから袋叩きになったとか、将校が自動車に食料を乗せて逃げ出したとか、いろいろなうわさが耳に入ってきたが、私は、所属している信号長ほか数人と共に、出発を一日遅らせ、これまで世話になった農家(佐々木家)が招いてくれた別れの宴に出た。
 月のよい夜で、私は仲よしの中村一等水兵と共に境港の古道具屋へ行き、中国の古い大きな菓子鉢を求めてきて、お礼のしるしに佐々木家へ贈った。
 翌日。
 私たちは佐々木家の人びとに見送られ、東京へ向かった。
 どの駅にも兵隊があふれていて、米子駅からは乗車できず、出雲大社まで逆行し、そこから大阪行の列車に乗り込んだ。
 日照りつづきの町や村に、防空壕が黒い口を開けているのを、車窓から見るのは悲しかった。
 それでも山陰地方を列車が走っているうちは、人家も見え、町も村も存在していたのだが、一面の焦土と化した大阪へ着いたときの絶望は、形容の仕様がなかった。
 その崩れ落ちた大阪駅頭を歩んでいる大阪の娘たちの顔は、ふしぎなほどに、いずれも生き生きと明るく、
 「女は強いですねえ」
 と、中村一水が、つくづくといった声を、いまも覚えている。
 東京へ着き、地下鉄で稲荷町まで来て、母の勤め先の女学校へ行くと、
 「帰って来た、帰って来た」
 と、母も元気だった。
 いざとなったときの女の強さ、すぶとさは大変なものだ。
 私などは、それから約半年、何もできなかった。こうしたときの男の虚脱状態は、なかなか女にはわかってもらえない。
 一日も早く、はたらかなくてはならぬことはよくわかっていたし、早くも闇商売が横行して金儲けをすることなど、私がやろうとおもえば、わけもなかった。
 だが、それだけでは、男がはたらくということにはならない。
 私は二十三歳だった。
 はたらくなら、生涯の目的を立てて、はたらきたかった。
 ともかくも、私を虚脱させたのは、昨日に変る新聞やラジオの論調だった。
 よくも、わずか十日か半月の間に、
 (これだけ変身できるものだ)
 と、おもった。
 悪質で愚かな軍人や、一部の政治家に騙され、悲惨で愚劣な戦争を、正しいものと信じ込まされていた悔しさはさておき、その片棒を担いでいたジャーナリズムが恥も外聞もなく、旧体制を罵倒し、自由主義に酔いしれているありさまは、実に奇怪だった。
 終戦を境いにした、この昭和二十年の夏に、私の心身へ植えつけられた不信感は、いまもってぬぐいきれない。
 私事はさておき、それからの三十余年、時代が変わるたびに、私は悪い方へ悪い方へと物事を考えるようになってしまっている。
 結局、終戦の翌年、私は劇作家として立とうという目的を定め、それからは迷うことなく歩みつづけ、昭和二十六年の夏には新橋演舞場で、大劇場の作家としてデビューすることができた。
 その後、恩師・長谷川伸のすすめによって小説を書きはじめ、九年後の昭和三十五年夏には、直木賞を得たのである。
 この二つは私にとって幸運だったが、不運、失敗の夏は数えきれない。このように、私の身に何かが起こるのは、きまって夏の季節なのだ。いずれにせよ、私は私なりに努力もし、はたらきつづけてきたわけだが、この間、つとめて心がけたのは、何につけても、
 「物事に期待をせず、自分の仕事の質をみがいて行く」
 と、いうことだった。
 行手への期待も希望もなく、何で努力ができるものかといわれればそれまでだが、それがもう、私の体質になってしまった。作家としての仕事と、自分の身辺をととのえて行く事と、そうした自分の生活が周囲の人びとへ悪い影響をもたらさぬようにと願う事ぐらいしか、私にはできない。
 戦後の十数年は、私のみではなく、世界中の人びとが米ソの原水爆戦争におびやかされた。落ちついて仕事に打ち込めぬ時期があったのだ。
 核戦争が始まったら、仕事も生活もあったものではない。黒沢明監督が、そのテーマを映画にしたのも、そのころだったろう。
 そうした私の苦悩に対して、師の長谷川伸が、
 「戦争が始まりそうだとおもうなら、それを防止する線を君の暮らしの中で不自然ではなく強めて行けばいい。また、戦争がないとおもうなら、その考えを強調する暮らしをすればいいのだ」
 と、はげまして下さった。
 この言葉によって、私は激しい不安を乗り越え、何とか、はたらきつづけて来たわけだが、いまもって、物事を悪いほうに解釈する性質は以前のままだ。
    --池波正太郎「私の夏(下)」、『日曜日の万年筆』(新潮文庫、昭和五十九年)。

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金曜、東京では、バケツをひっくり返したような豪雨が日中続く。
夕方から所用があり外出するのが億劫だったが、どうにか夕方には晴れ間がのぞき始める。

昨日は痛飲してしまったため、寝ている自分の腹のうえで、子供がダンスを踊るものですから起きる前から疲れ果ててしまうが、そうもいかないので、昨日Amazonから届いた文献に眼をとおしながら、通信教育の添削用レポートの一束も送られてきたので、開封し、これにも眼を通す。大学の通信教育はどの大学でも夏のスクーリングがひとつの山場となるので、それを目指してのことか、七月になってから、送られてくるレポートの量が、前月比の1.5倍~2倍となる。時間を有効につかわないと他の仕事にも手が回らなくなってしまいますね。

さて所用をすませ帰宅すると、息子さんと細君が『となりのトトロ』を観ていた。
宇治家参去としては、トトロよりも山芋とろろのほうがいいのだが、土曜日が土用の丑なので、遅い夕食となるが、鰻を頂く。

ふたりは、トトロに熱中するが、その傍らで、池波正太郎を読みながら、鰻を食う。
暑気払いとしての鰻の効用には現実的には疑問も残る部分も多々あるが、季節のものを季節にくうのが一番うまい。風呂上がりで頂きましたので、ビールも少し頂戴する。

さて、読んでいる最中に細君が、また絡んでくる。
宇治家参去が、外出している間、小学校受験の面接トレーニングをふたりでやったそうだが、まったく話にならなかったとのこと。

「どうしてこの学校を選んだのですか」
「ウルトラマンになりたいから」
「将来の夢は何ですか」
「ウルトラマン」
「お父さんのいいところは?」
「ウルトラマンの玩具を買ってくれるところ」
「本学の創立者をご存じですか」
「ウルトラマン」

……をゐ!

全く話にならなかったそうである。

将来の夢に関しては、細君が少し誘導尋問し、「ウルトラマン」から「大学の先生」へとズラさせたようだが、「なんで?」と聞くと、「パパがそれにいまなりたいようなので……」というすこしサブイ解答を提示したようである。

職に貴賤の上下はないというが、何に取り組みにしても「はたらくなら、生涯の目的を立てて」働いて欲しいものである。

そして、ちょうど、池波正太郎を読みながら、トトロの映像が遮りながら、細君が話しかけてきながら、鰻をつついていたわけですが……池波正太郎がいうがごとく、ひととか世界とかを宛てにしない生き方を身につけて欲しいと宇治家参去は思った次第です。

「物事に期待をせず、自分の仕事の質をみがいて行く」

ここにしか、自分の開ける翠点はありませんから。

ついでに付け足せば……

「戦争が始まりそうだとおもうなら、それを防止する線を君の暮らしの中で不自然ではなく強めて行けばいい。また、戦争がないとおもうなら、その考えを強調する暮らしをすればいいのだ」

というライフスタイルを自然と構築できるとよりよい。

思っていることを独白で終わらせず、自分の生活として馴染ませる努力を行う。こうすることにより、地上の理想を実現できるはずだと思われる。

ですけど、本当に暑くてたまりません。
このところ日本酒を定番からハズし、ウィスキーに切り替えましたが、いつもロックだとノウがないので、今日は、一緒についていたレシピをもとに、ハイボール+生オレンジでやってみる。

甘いがなかなか旨かった。
ウィスキーはロックに限る!って思っていましたが、そういう先入見を逸脱させてくれた味わいでした。

世界はさまざまな色をもっています。
特定の色に拘ることも大切ですが、他の色合いにも気をくばると、もっと世界が素敵になるのでは無かろうかと再度確認。

そして、さらに池波正太郎の文章が酔いとともに染みわたる。

でもなんですな……池波氏は、この短い一文(一部)に、敗戦の思い出、女の活力と男の無力、そしてメディアの問題、さらには理想を地にはる生きる流儀の提示まで凝縮させるとは、ほんとうに脱帽です。

だから読み手を唸らせる、観念させてしまう“迫力”をもっているのだと思います。自分自身も生活と考え方を再度再点検しながら、その迫力ある言辞をもちたいものです。

ケド……あちい。

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著者:池波 正太郎
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ケド……あちい。

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「打解け易いこと、愛想のよいこと、慇懃なこと、鄭重にもてなすこと、温和なこと」

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 道徳的に完全に相互に交際し合い(officium commercii,sociabilitas 交際の義務、交際上手)、孤立する(separatistam agere)ようなことがないのは、自己自身に対する義務であると等しく他人に対する義務でもある。もとより自己自身をば自己の原則の不動の中心点となすのではあるが、併しこの自己を中心とした仲間をば、世界公民的な信条を抱ける一切を包括する仲間の部分を構成せる一つの仲間と見做すこと、世界全体の福祉を目的として促進せしめるのではなくして、ただ、間接にそれに導く手段を、即ち世界に於ける快適、融和、交互の愛と尊敬と(慇懃なことと礼儀正しいこと humanitas sesthetica et decorum)を陶冶し、かくして徳に優美を伴わせるようにする、このようなことを実行することはそれ自体徳の義務である。
 このようなことは実際、徳にまがう美しい仮象を与える補助物乃至は附属物(parega)であるにすぎず、その仮象たるや何人もこれを何と解せねばならぬかを知っているから、たしかに欺くことはしない。それは成程小銭にすぎないのではあるが、併しこの仮象を出来るだけ真理に近づけようとする努力によって、打解け易いこと、愛想のよいこと、慇懃なこと、鄭重にもてなすこと、温和なことに於いて(反対意見を述べるにしても何ら争うことなく)、総じていえば、親切の念を顕わにし、それによって同時に他人を親切ならざるを得ないようにさせる単なる交際の仕方として--このような交際の仕方は徳を少なくとも好ましいものたらしめるが故に確に道徳的心情を牽き起さしめるものである--徳の感情そのものを促進せしめるのである。
 ところがここに問題がある、人は不品行の者とも交際を結んでよいものであるかどうか、と。彼等と会うことを避けることは出来ない、そうでなければ世界外に行くより仕方がなかろう、そして彼等に関するわれわれの判断でさえ権威あるものではない。--併しながらその悪徳が不正事件であり、即ち厳粛な義務の法則を軽蔑する公然たる実例であり、従って、又不名誉を伴っている場合には、たとい国法がそれを罰しないにしても、その時までなし来たった交際は断絶せられ、もしくは出来るだけ避けられるのでなくてはならない。蓋し交際を更に続けてゆくことは、徳からあらゆる名誉を奪い去り、そして徳を、苟も贅沢に飽かしめて食客を買収するに足る程の富あるならば、何人にでも売品に出すことなのであるから。
    --カント(白井成允・小倉貞秀訳)『道徳哲学』(岩波文庫、1954年)。
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カントは徳の義務と法の義務を厳しく峻別する。
前者は、ただ自由な自己強制にのみ基づく義務であるのに対して、後者は人を強いて義務を行わしめる義務である。徳の義務も法の義務も、他者の権利(facultas iuridica)に関わるものだが、いわば自律と他律という大きな違いが存在する。
人間は自然世界の法則から自由でない。その限りで人間は不自由な存在である。同じように、他者からの命令に従うだけの在り方であるとすれば人間は、自然界の法則から自由でないように、自由な存在ではない。それが他律である。
しかし、自分自身が“そうする”と決めて自己自身に対してそれをうち立て、内面の声の命令に従うならば、その在り方がカントにおいては自由である。それが自律である。
こう聞くと……やはりカントの道徳哲学はガシガシの義務論のように聞こえるし、実際、義務を厳密に論じておりますので、道徳的厳格主義者としてのカント像がつきまといますものですから、どうしても近寄りがたいイメージがあるとされる。
しかし、丁寧にカントの著作を読んでみるとどうやらそうでもなさそうだ。
カントは貧しい市民の子として生まれ、謹厳実直な職人の父親と信仰心の厚い敬虔な母親のもとで育ったという。カントは貧しさをなんら恥じることなく、終生、両親への感謝の念を忘れなかったといい、カントが両親のことを述懐するたびに、あふれんばかりの敬慕の念がそのひとつひとつの言葉からほとばしったという。少年時代のカントを育んだ考えたとは「自とは道徳的であってこそ幸福にある(幸福に値する)」というものであろう。であるとすれば、その道徳的な事柄とは無理難題な強烈な道徳主義の主張ではなく、人間のあるべき生き方への深い洞察とその具体的実践の問題、そしてそれを実践する中で人間が人間へと成長する(=幸福)という庶民のドラマが刻まれているのだと思われる。
さて……
確かに義務といえば義務だが、まず発想としては、そのことによって人は自由な自律的な存在として立ち上がれることをまず踏まえておかなければならない。そのうえで、カントが説いている実践を確認すると、24時間義務を背負って戦えという訓戒とは無縁であることが理解できる。自己を滅私奉公して他者への全的な献身をカントはひとつも説いてはいない。
人間は一個の存在としては、特殊で個別な存在である。
しかしそれはその当事者ひとりの事態では決してない。
おなじような存在者がひとつの共同体を形成しているのである。
だからこそそこに倫理が問題となる。
自己自身も快適に自律したいし、他者自身も快適に自律させるべきだ。
そのためにはどう手を打つか……そこである。
カントのいうところの「自己自身に対する義務であると等しく他人に対する義務」である。それが交際の在り方である。交際とは人間と人間がむかいあう瞬間であり、一時的なむかいあいだけでなく、継続的なむかいあいも意味している。
そこで必要な在り方とはなにか。
すなわち……
「打解け易いこと、愛想のよいこと、慇懃なこと、鄭重にもてなすこと、温和なこと」
それだけである。
ここでいう世界とは、weltとしての世界だけでなく、人間という共同存在の場としての世界として理解してもよいだろう。
お互いが「打解け」合い、「愛想」のよく向き合い、そして「慇懃」さと「鄭重」なもてなす心をわすれず、温和にふるまえば、自己も他者も世界の中でお互いの尊敬を忘れずに快適に生活することが可能である。
そう読むと……何も小難しい理論的な思想的談義とはまったく異なった趣を読みとることが可能である。しかし、このことがムズカシイ。
このこととは、すなわち上述した在り方とは「人間自身の振る舞い」の問題だからである。学があるとか無いとかではない……人間の振る舞いの問題。これこそが人間を人間たらしめ、それをもって他者が他者を理解するひとつの大きな契機となっている。この自覚がないとすれば、いかに高邁な理論を構築しようとも一切が無に帰してしまう。
そう思われて他なりません。
そういえば、市井の職場も、経費カットで、さまざまな省エネ(って言い方が古い!)活動による節約を展開しておりますが、そのなかのひとつが休憩室のエアコン管理です。ときどき、だれもいないのに付けっぱなしになっているので、店長が激怒り、エアコンの設定温度およびエアコン使用時間を定め、スイッチ部分に「鍵」を付けてしまった。
「宇治家さんが、最後の管理者だから、時間になったらエアコン消して鍵かけといてね♪」
ちょうどカントを読んでいた訳ですが、何かが違うんだよななア~。
いつも何かに違和感を感じている自己自身を自覚する中で長谷川平蔵そのものを形成するある日の長谷川平蔵です。
本日も暑く苦しい一日でした。久し振りに今日はエーデルピルス(Edelpils/SAPPORO)を発見したので、軽く晩酌して寝ましょう。
昨日が息子さんの幼稚園の終業式。
ということは……今日は朝から息子さんが家にいる。
早く起きないとろくなことがないので。
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憤怒の素人叔父さん世にはばかる

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 大胆な言い方になりますが、日本の近代思想史の中で「利益の追求」は、正当な思想的価値として認められていない。自分の利益はうしろめたいもの、うさんくさいものとして受け取られるカルチャーがあります。だから「滅私奉公」になりやすい。自分の利益を捨てることこそ立派な行為であり美徳である、となります。
 しかし、公共性は私的な利益の確立を原点にしないと、つねに危険なものにすりかえられる。「国家の利益」や「全体の利益」という形で「国民の利益」や「個人の利益」が無視される。「公共の利益」が「個人の利益」から離れてそれ自体としてとらえる考え方、「公共の利益」を実体としてとらえる考え方が、日本の近代思想史には強い。だけど、これは非常に危ない考え方です。
 公共の利益は個人の利益の一つのあり方で、私的な利益の特定の状況が公共の利益になる。つまり、他人の私的な利益や権利を侵さない限りにおいて、個人の利益や権利は自由に主張できる。これが公共性を持つということです。「個人の利益」がデモクラシー、近代思想の出発点だということを何とか説得的に展開できないか、という思いが私の心の底にはつねにあるのです。
 戦後デモクラシーは、結局、私的な利益の物取り主義になってしまいました。戦後デモクラシーは私的な利益を解放させたわけです。しかし、その場合、どうすればそれが公共性を持ち、社会正義として実現可能なものになるのかという論理が成長しないで、強い者の私的利益だけが実現されることになってしまいました。つまり、弱肉強食的な私的利益の追求が戦後デモクラシーの実体です。多くの票を持っている集団や大企業や強者の利益だけが、戦後デモクラシーの構造的体質になっています。
 戦後のデモクラシー論の中で公共性の問題が取り上げられていますが、そこには普遍的正義という観念が前提にあって、それと結びつかないと公共性にならない、という発想が強くあるように思います。私の考えはそうではなくて、足元の一人一人の利益をつなぎ合わせたら公共性になる。それを横に拡大していくと正義論にもつながる。いわばそういう公共性の構造、問題意識こそが必要だと思えてなりません。
    --松本三之介「50年目の『吉野作造』」、『論座』(朝日新聞社、2008年6月)。

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丸山眞男に師事し、その講座後継者となった政治学者・松本三之介の吉野作造に関する人物論が年頭に出版された。ぼちぼちAmazonで注文したその本果届くので、少し古くなったが『論座』(朝日新聞社)のインタビュー記事を読み直す。丸山の近世政治思想史研究を受け継ぎ、単なる法制史の概述だけでなく、その思想における内在的意味連関の解明をめざすその言葉にはいつも学ぶところがある。

さて……。
松本が指摘しているとおり、日本の近代思想史のなかでは、利益の追求をうまく位置づけることが出来なかったがゆえに、権力との関係に置いて個人の利益が等閑視されたのが戦前の状況であり、戦後は居直り強盗の如く個人の利益の“物取り主義”が跋扈した。

個人も存在しなければ、公共性も存在しない……それが厳しい言い方だが現状であろう。

「権利」という言葉は、英語で言うとright(仏;Droit,独;Recht)の訳語であるがもともと日本には存在しない概念である。明治の啓蒙思想家のひとり西周(1829-97)が、仏教用語を参考に訳しだしたものだが、どうもうまく訳しだされてはいない言葉の一つである。フランス革命を初めとする西洋社会における市民革命がそれを獲得する際に流れた血糊の匂いも、それにともなう崇高な義務の概念も感じさせない日本語である。それは権利ということばをひっくり返せばよく理解できる。

 権・利
  ↓
 利・権

 ……である。

単純化の嫌いもあるが、誹りを承知で踏み込めば、個人の権利(利権)が制限され、国民国家に限定された“オオヤケ”への奉公が大切にされたのが戦前であるとすれば、その無制限な肥大化の追求が目されたのが戦後の日本社会である。そこには権利意識とそれに随伴する義務概念は全く存在しない。それがゆえに、戦前では制限され、戦後では解放された概念である。なにしろ“利権”であるから。

利の価値は何も悪い価値ではない。個人における利の価値を全く滅却してしまうならば、それは潤いのない空虚な管理社会となってしまう。またその逆に無制限な肥大化を許してしまうと、野生の動物さながらの、生きるか死ぬかの過酷なサバイバルレースとなってしまう。その辺を調停するのが、人間の共同存在の在り方としての政治であり、自己の他者に対する認識の問題(他者論)につながることになる。

今日は市井の職場へ出勤前へ、クリーニング店に立ち寄る。
先日出した洗濯物を引き取り、新しい依頼物をだすためである。
ところがなかなか手続きへすすめない。なぜなら、明らかなクレーマーが前途を塞いでいるからである。

半年前にもこの御仁に塞がれた記憶があるのでよく覚えている。
差し障りのない範囲で記すならば、高級品と本人が自称するYシャツの仕上げが甘いとのこと。何をもって高級品かと議論するとそれはそれでまるまる一日の議論となるが、話を聞いていると、パリコレに出品されるようなブランドではなく、日本人が手軽に購入できる、ごくありふれたブランドのシャツであり、いうまでもないが、レディメイドのシャツである。宇治家参去の感覚からすれば、その一品を高級品と言って憚らないその矜持にあきれるほかないが、当の御仁が指摘するその難点も聞いていると、アイロン皺ではなく、単なる畳み皺のようである。それならば、仕上げを畳みにしなくてもよいものなのに……。

議論と言うより一方的な恫喝が続く。
いうまでもないが、当の御仁は別にその筋の人間ではない。どこにでもいる40代の叔父さんである。

10分もまくし立てる様子が続くと、恐怖を通り越して、そして滑稽さを通り越して、むしろ憐れみさえ込み上げてくる。ハンナ・アレント(Hannah Arendt,1906-1975)にいわせるならば、「悪の凡庸さ」ってボソっといわれそうです。

結局は、言いたいことだけ言って、鬼の首でもとったかのようにその御仁は問答無用で去っていきました(もう一度クリーニング仕直しとけ!って意味なのでしょうが)。

おかげで、次に並んだ自分の手続きになるまで、無益な時間を過ごすことになるが、ここで権利と利権の現代的問題を考えさせてくれましたので、まあ、よしとします。

クレームとは恫喝ではない。異議申し立てである。
要件が済めば終わりで、次に続きそれを両者が対話・検討すれば済むハズである。
しかし近頃はそうはいかないようである。

何か不毛な恫喝と怯えが支配しているのが現状のようである。

おかしいと思うことに声をあげることにはやぶさかではない。むしろきちんと理路整然とその非を追求してしかるべきである。それが現状としては、どうやら“大きい声を出した者が勝ち”、“ついでにもらえるものはもらっとけ”という風潮なのでしょうか。

自動ドアをその御仁が抜け去るとき、ぼそっとひとりごと。

「やっぱ迷惑料とかほしいのかなあ?」

聞こえるレベルで一応放言しておいた。
憤怒の夜叉のような眼で睨まないでくださいな。

アリストテレスは、羞恥は、徳(アレテー)の一つではないにも関わらず、その情に敏感であることには全く不都合ではない、と述べているが、見ているとどうしても、「羞恥を感じないのだろうか」と思うのは宇治家参去ひとりではあるまい。

こんなことは書きたくもないが、一応、日記として記しておく。
頼むから静かにしてくれ(レイモンド・カーヴァー)。
とっとと1週間ぶりに日本酒飲んで寝ます。

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 羞恥を一つの徳(アレテー)として取り扱うことは適切でない。これは「状態」であるよりもむしろ一つの情念(パトス)であるように思われるからである。現に、だから、羞恥は「不面目に対する一種の恐怖」と定義されているし、またそれは、恐ろしいことがらに対する恐怖と相通ずるところのものを結果する。というのは、恥じたひとびとは赤面するが、死を恐れるひとびとは蒼白となるのだからである。両者は、それゆえ、いずれも何らかの意味において肉体的であると見られるのであり、このことは、しかるに、「状態」よりもむしろ「情念」に属すると考えられる。
 この情念はあらゆる年齢にふさわしくはなく、若年者にのみふさわしい。けだし、この年齢のひとびとは情念によって生きているため多くの過ちを犯すのであるが、羞恥によってそれが妨げられているのだからして、彼らは羞恥的であることを必要とすると思われる。で、われわれは若年の羞恥的なひとびとを賞讃するわけではあるが、しかし、年輩のひとが恥じ入るたちのひとだからといって、何びともこれを賞讃しないに相違ない。けだし後者は恥辱の生ずるごとき行為をそもそもなすべきではないと思われるからである。すなわち羞恥は、あしき行為について生ずるものである以上、よきひとに属するものとはいえない。すなわちわれわれはそういう行為をなしてはならないのである。たとえ、ほんとうにみにくい行為と、世人の臆見によるそれとの別があるにしても、このことに全く変わりはない。われわれはそのいずれをもなしてはならないのであって、つまり恥じ入るなどということが生じてはならないのである。何らかのみにくい行為をなすようなそういうひとであるということは、あしきひとに属している。「何らかみにくい行為をなしたなら恥じ入る」というようなそういった「状態」にあって、このことゆえに、自分はだからよきひとなのだと考えるのはおかしい。けだし、羞恥は自己の随意的な行為について生ずるのであり、よきひとは然るに決してすすんであしき行為をなさないだろうからである。羞恥は仮言的にはよきものであるかもしれない。というのは、羞恥的なひととは、もしそういう行為をなしたならば恥じ入るであろうようなたちのひとなのだから--。この前件が、しかしながら、徳に関しては許されないのである。たとえ無恥はあしくあり、みにくい行為に羞恥を感じないということはあしくあるとしても、だからといって、「そのような行為をなしてそれを恥じ入る」ことがいいのではない。
 「抑制」も徳(アレテー)ではなくして、混合的なものである。これに関しては後に示されるであろう。
    --アリストテレス(高田三郎訳)『ニコマコス倫理学 (上)』(岩波文庫、1971年)。

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為すべきと思ひしことも為し得ぬこと多く

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為すべきと思ひしことも為し得ぬこと多く 為すべからずと信ぜしこともいつかはこれを為すに至ることしばしばなり 大食を禁ぜんと思ひながら 御馳走をつきつけられては箸をとらざる訳には行かず 悪口はよくないと知りながら いやな奴だと思へばその悪事や欠点をわざわざ他人に吹聴することを好む
    --正岡子規(粟津則雄編)『筆まかせ 抄』(岩波文庫、1985年)。

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火曜は仕事が休みですのでゆっくりと自分の仕事をする。
午前中にレポートを仕上げ、昼から論文の仕込みと整理。
面倒だったので、朝から食事をとらずそのまま夕方となる。

息抜きに正岡子規(1867-1902)を読む。
正岡子規といえば、漱石・夏目金之助の親友にして、明治日本を代表する文学者、俳人である。近現代の詩句文学の方向性を基礎づけたその俳諧・和歌で有名ですが、こうしたエッセーも面白い。もちろん、淡々とした描写で人生を綴った『病床六尺』もいいが、この『筆まかせ』も面白い。東京の街並みを描写したところでは、本を片手に歩き出したくなるし、人物描写も絶妙だ。

ちょうど、月曜の哲学の講義では、人間主義を扱ったが(詳細は後日)、そのなかで、学生たちに、人間主義を考える上で、そもそも人間とは何かを議論させた。さまざまな意見が飛び出すが、やはり若い学生だからかもしれないが、人間の闇の部分の話題になると、雰囲気も暗くなる。しかし、人間には天使のような側面もあれば、野獣のような側面もある。その両面を踏まえていかないと身動きがとれないのでは?と示唆をかけておく。

そうした人間の“禁じ得ず”自然とうごいてしまう心根を、子規の文章は絶妙に描いている。

「大食を禁ぜんと……」

ちょうど朝から何も食べていなかったので、外へ中華でも食べに行くか……ということになり、家族で外出する。言い出しっぺなので、宇治家参去の自腹となる。

ひさしぶりに少飲・大食する。
そういえば、一番搾り(麒麟ビール)の6缶パックのパッケージに“中華には一番搾り”のようなことが書いてあったので、一番搾りでもと思ったが、SAPPORO黒ラベルの生ビールと、スーパードライの瓶ビールしか選択肢がなかったので、黒ラベルを飲む。

久し振りにSAPPOROのビールを味わうが、全体的に味がやさしくて心地よい。

帰宅すると案の定、大爆睡。
おかげで、起床すると、午前3時。
そのまま起きて仕事をする。

早朝、六月に植えた朝顔をみると、花開いていた。
さあ、仕事を続けよう。

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人間は後悔するように出来ておる

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 「矢田作之丞どのに話を聞いた。道場の若い者の中ではもっとも筋がいいそうだな。はげめ」
 助左衛門がそう言ったとき、一枚だけ襖をあけはなしてある部屋の入り口に、さっきの武士が姿を現した。
 「牧助左衛門、それまでだ」
 と男が声をかけて来た。助左衛門は振りむくようにして男に一礼すると、文四郎を見て微笑した。眼がうす暗い光に馴れて、文四郎には乳の笑顔がはっきりと見えた。
 「登世をたのむぞ」
 助左衛門はそう言うと、いさぎよく膝を起こした。文四郎は何か言おうとしたが言葉が出ず、入り口に歩み去る父親にむかって深々と一礼しただけだった。
 兄の市左衛門と一緒に仏殿を出た文四郎を、真夏の光が照らし、耳にわんとひびくほどの蝉の声がもどって来た。
 門を出ると、小和田逸平が待っていた。
 「知人か」
 逸平が市左衛門にも会釈を送って来たのでそれと気づいたらしく、市左衛門は足をとめて文四郎を振りむいた。
 「漆原町の小和田逸平です。道場と居駒塾の同門で、いまは小姓組に勤めています」
 「話したいか」
 「はい」
 市左衛門は思案するようにうつむいて沈黙したが、顔を上げるとよかろうと言った。
 「叔母御には、わしから無事対面が終わったと伝えよう。おまえが取りみださなかったことも言っておく」
 「ご足労をかけます」
 「いや、わしも顔を出さずに帰るわけにはいかん」
 「……」
 「ただし、あまり遅くならぬようにいたせ」
 市左衛門はそう言うと、逸平の方に軽い会釈を残して先に帰って行った。
 すぐに逸平がそばに寄って来た。袴をはいてきちんと両刀を帯び、麻の羽織を着た逸平は、背丈があるので大人びて見えた。
 「対面が許されたそうだな」
 「うん」
 「会ったか」
 会ってきたと文四郎は言った。二人はそのまま口をつぐんで、龍興寺の土塀に沿って、寺の横手の方に歩いて行った。
(中略)
 「おやじどのの様子はどうだった?」
 と逸平が聞いたのは、寺の塀が尽き、足軽屋敷の生け垣も尽きるころになってからである。百人町はその名が示すようにはじめ足軽百人を収容する長屋を置いたことから出来た町で、城下の北東の隅にあっていまも辺鄙な感じがする町だった。実際には町の中に田畑があり、農家がある。
 足軽屋敷が尽きる先の方に、畑とそばにある雑木林が見えて来た。
 「いつもと変わりなかった」
 と文四郎は言った。
 「二人だけで会えたんだな」
 「そうだ」
 「何か話したか」
 「いや」
 と文四郎は言った。小さく首を振った。
 「何が起きたのか、聞きたいと言ったのだが……」
 言いたいのはそんなことではなかったと思ったとき、文四郎の胸に、不意に父に言いたかった言葉が溢れて来た。
 ここまで育ててくれて、ありがとうと言うべきだったのだ。母よりも父が好きだったと、言えばよかったのだ。あなたを尊敬していた、とどうして率直に言えなかったのだろう。そして父に言われるまでもなく、母のことは心配いらないと自分から言うべきだったのだ。父はおれを十六にしては未熟だと思わなかっただろうか。
 「泣きたいのか」
 と逸平が言った。二人は、歩いて来た道と交叉する畑に沿う道に曲がり、幹の太い欅の下に立ちどまっていた。旧街道の跡だというその道は、欅や松の並木がすずしい影をつくり、そこにも蝉が鳴いていた。
 「泣きたかったら存分に泣け。おれはかまわんぞ」
 「もっとほかに言うことがあったんだ」
 文四郎は涙が頬を伝い流れるのを感じたが、声は顫(ふる)えていないと思った。
 「だが、おやじに会っている間は思いつかなかったな」
 「そういうものだ。人間は後悔するように出来ておる」
 「おやじを尊敬していると言えばよかったんだ」
 「そうか」
 と逸平が言った。文四郎は欅の樹皮に額を押しつけた。固い樹皮に額をつけていると、快く涙が流れ出た。そしてそあとにさっぱりとした、幾分空虚な気分がやって来た。
 「少しみっともなかったな」
 「そんなことはないさ。男だって木石じゃない。時には泣かねばならんこともある」
 文四郎はあたりを見回した。景色がさっきと変わっているような気がしたのだが、気がつくといつの間にか日が翳っていた。
 「ひと雨来そうだな。もどるか」
    --藤沢周平『蝉しぐれ』(文春文庫、1991年)。

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昨日は大学で講義。

出勤するために、定時に起床しますが、時計をみるとまだ余裕があるのであと10分と思いもう一度寝る。そうしてはっ!と起きて、時計をみると同じ時間で止まったままだった。

ヤバっ!

寝るときはいつも腕時計をはめたまま寝ますが、日曜の深夜は、手巻き時計のねじをまくのを忘れていたので止まっていたのであった。

いつもより1本遅いバスになるので、八王子駅から大学までタクシーで向かう。時間的には全く問題なかったが、正門前の温度計をみると、32度……。

蝉の声はまだ聞こえませんが、ありえない暑さです。
地面がゆらゆらと萌え立つというか……宇治家参去は暑さが苦手なので、過酷な夏の到来に今から悲鳴です。

さて……。
藤沢周平の『蝉しぐれ』(文春文庫)を再読する。
舞台は藤沢の故郷・山形県鶴岡市にあった庄内藩をモチーフとする架空の藩「海坂藩」を舞台にした長編時代小説である。

政変に巻きこまれて父を失い、家禄を没収された少年牧文四郎の成長が描かれている。淡い恋、友情、そして悲運と忍苦……容赦なく照りつける真夏の日射しと、それを後押しする蝉の声を背に受けて成長していく牧文四郎と親友たちとの交流がとても美しく描かれており、電車の中で読むことが難しい作品である。

ちょうど引用個所は政変に巻き込まれ捕らえられた父と息・文四郎の対面の一情景です。涙なくして読み進めないワンシーンです。

「人間は後悔するように出来ておる」

しかし、後悔があるからこそ、成長できる。
そして、努力するのである。
後悔しなくなると、それは現状に対する傲慢な居直りになってしまう。
そうなると、悲しいかな……ただ堕ちるだけしかない。
後悔はたしかに疲れるし、悲しいし、自分がいやになるひとつの契機である。
しかし、そのことによって人間という世界がひとつづつ豊かな彩りを増してくるのも事実である。

人間なんて……っていうようなシニカルな雰囲気が、哲学とか思想という分野だけでなく、なんとなくこの世の中全体を包み込もうとしているような雰囲気をひしひしと感じるのですが、藤沢や池波の小説を読んでいると、「人間なんて……ちっぽけな存在にすぎない、考えるに値しない」といわれても、やはり「それでもなお……」というかたちで、「人間とは何か」を考え出したくなります。

その歩みが無益で生産性が低いといかに揶揄されようとも、文四郎の如く「蟻のごとく」背に蝉の声を受けながら、歩み続けることしかないことを実感する。

そうした泣き出しそうな、そして難しい顔をして、電車の中で本を読んでいるものですから、とりわけヘンな人間として周囲の人間からは認知されたのではなかろうかと思うのですが、まあいいか。

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私を直視するものをみつめること

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タスポが東京でも導入されたわけですが、うちの市井の職場でも煙草の自動販売機を4台設置しております。週に一度集金および決算しますが、導入後2週連続で売り上げが1/5となる。そのぶん、まさに対機械販売ではなく、対面販売での需要が伸びていますが、両者のトータルの売り上げを比べてみても、導入前/後では、総体として、煙草の販売数量が減少しております。

おそらく……これを機会に、「購入するのも面倒だな」って感じで自然と煙草を辞める人がふえたのではなかろうかと思います。

さて今日も市井の職場でがっつりとレジを打つ。
打っているとタスポではありませんが、やはり前月とくらべると、煙草を単品もしくはカートン買いするお客様が増加している。手元になかったり、一時保管場所になかったりする銘柄だと、倉庫まで取りに行かねばならないわけですが(それでもない場合はありますが)、対面販売では結構売れているというのを実感する。

そこでビミョウなのが……
自分が吸っている銘柄とか、メジャーな銘柄だとすぐにわかるのですが、たまにマイナーな品種を要望される場合がある。

日本たばこで言えばマイルドセブン系とか、洋煙でいえばマルボロとかならすぐでてくるし、近くに保管してあるのですが、ピーススーパライトとか、バージニア・スリム・ノアール・メンソールとかになると、ない場合が多々ある。

だから倉庫まで猛ダッシュする必要があるわけで……。
今日はいい汗をかきました。

で……。
例の如くレジをうちながら、よくあるパターンが再来する。
高齢者のお婆様に多いのですが……宇治家参去の名字に注目する御仁……の到来である。
名札はひらがな・ローマ字表記なのですが、うじけ(UJIKE)となる。読みが珍しいのでしょう。

そのお客様の後にもがっつりレジには並んでいるわけですが……、
「UJIKEさんって、珍しいお名前ですね、このあたりではお見受けしませんわ。お公家様か何かの出ですか、漢字で書くとどうなるのですか?」

……ってなるわけです。

お婆様は興味津々なので、眼がうるうる。
こちらは、はやく裁いて、次のお客様と応対しなければならない。

無限の倫理的要求が現出する瞬間である。
うそをつくことも出来ないので……、

次並んでいるお客様の視線も痛いけど、現在対峙しているお客様を無下にすることもできない。

「UJIKEです。……世が、世ならばですね……そうした在り方もありなんでしょうが……、ごほっ……、えっ~~、お会計1998円で御座います」

「あ、ら、ら……ごめんなさい、これで」

(よかった……。スルーできた)。

そして次のお客様……。

「大変お待たせ致しました……」

好奇心旺盛な年輩の御婦人も、その後並んだすこし苛つく中年のおばさまも、無限の倫理的要求をつきつけてくる。

後者は、バージニア・スリム・デュオ・メンソールを1カートンと所望する。収納ケースを振り返るが在庫がない。

「少々お待ち下さい……」

……って売り場を走り抜ける。

「お待たせいたしました……」

ぶっちゃけ、大嫌いな職場ですが、人間という存在の意味を、これほどまでに赤裸々に対峙してくれるのはほんとうにアリガタイ。そのなかで善悪含め人間という生き物を学ばせてくれるからだ。それを利点とした、哲学とか倫理学とか神学を学の世界で構想したいものである。それが宇治家参去自身の強みになるのだとおもうのだから……。

そしてヘロヘロになって……痛風の足を押しながら、「ドナドナ、ド~ナ、ド~ナ」って鼻歌を歌いながら帰宅する。

そうすると、用意されていたのは……

ポテトサラダ、ニガウリサラダ、そしてオクラ納豆……。
これを見て飲まずにいられるか!

がっつり飲むわけですが、明朝は短大講義があるので、“いち早く”がっつり飲んで寝ます。

顔をみないことにはわからないからなあ~。

最初の御婦人は興味津々でしたが、次のおばさんは、「はやくしろ、ボケ」って感じでした。顔と瞳の突きつける無限要求に、しばしたじろぐある日の宇治家参去でした。

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 対話という平凡な事実が、ある経路を抜けて、暴力の秩序からのがれる。この平凡な事実こそが驚異中の驚異なのである。
 語るとは、それは他者を知ると同時に自らを他者に知らしめることである。他者は単に知られるだけでなく、挨拶される。他者は単に名ざされるだけでなく、その助力を求めて呼び寄せられる。文法用語を用いて言えば、他者は名格においてではなく呼格において出現する。私は単に他者が私にとって何であるかだけでなく、それと同時に、いやそれよりも以前に、私が他者にとって何であるのかを思惟する。他者にある概念を当てはめたり、他者をあれこれの名称で名ざすとき、私はすでに他者を呼び求めているのである。私は単に知るだけではなく、関係する。語りかけ(parole)が必然の前提とするこの交易(commerce)はまさしく暴力なき関係である。公益者は、その活動のさなかにおいてさえ、他者の応答を待機するなかで、他者の活動に身をさらしている。語りかけることと聴くことはあわせて一つの挙措であり、いずれが先ということは言えない。語りかけるとはこうして対等という道徳的関係をうちたて、その結果、正義とは何かを知るに至る。ひとはたとえ奴隷に向かって話しかけているときでさえ、対等の者に向かって話しかけているのである。語られたこと、伝達された内容は、他者が知られるより先に対話者としてすでに座を占めているこの顔と顔とを向き合わせた関係を介してしか語られることも伝達されること不可能である。私は私をみつめるまなざしをみつめ返す。まなざしみつめ返すこと、それは自らを放棄せぬもの、身を委ねぬもの、私を直視するものをみつめることである。顔(visage)を見るとはこのことをいう。
 顔とは鼻や額や眼の集合体ではない。たしかにそういった要素からなってはいるが、ある存在を知覚するとき、顔が開く新しい次元を通じて、顔は新しい意味を帯びる。顔によって存在はその形式のなかに閉じ込められ、物のように扱われるばかりでなく、自らを開き、深みのうちへ身を置き、この開かれ(ouverture)において、ある種の個人的な仕方で自らを顕現する。顔は存在がその自己同一性(identité)において自らを顕現することのできる還元不能の一モードである。物とは決して個人的に自らを還元しないもの、すなわち自己同一性をもたぬものをいう。物に対して暴力は揮われる。暴力は物を自分の思うように扱い、物をつかまえる。物にはつかまえる手掛かりがあり、顔を示すことはないからである。物とは顔のない存在である。芸術が探究しているのはおそらく物に顔を与えることなのであろう。そしてそこに芸術の偉大さと虚構とが存在している。

エマニュエル・レヴィナス(内田樹訳)『困難な自由 --ユダヤ教についての試論-- 』(国文社、1985年)。

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発酵するまでに時間のかかる一節①

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いわば、読むことが仕事の大部をしめるので、基本的には何でも読みますが、ときどき書物をよんでいると、ずとーんっ……というような平手打ちといいますか、地雷の爆発といいますか、なにか「ここだな!」ってひらめく瞬間があります。それをそのまま解釈といいますか自分と内在的関係性をそこからくみ取ることが瞬時にできるものもあれば、発酵するまでにまた厖大な時間を必要とする一節も存在します。

今日は市井の仕事の休憩中、近代ロシヤ(ロシアではなくロシヤ!)の作家・文芸評論家ベリンスキー(Vissarion Grigorievich Belinskii,1811-1848)を繙く。市井の仕事をしているときの休憩に読む本は、あまり自分の専門と関係のない文献を読むよう心がけているわけですが(そうできないときもママありますが)、ベリンスキーの著作もそのひとつ。むか~し、たぶん学生時代だと思いますが、大学の教養課程に在学していたとき、履修ミス(マークシートの塗り誤り)で、第一外国語がロシア語(第二が英語)というとんでもない事態になってしまったため、ロシアと向かいあうようになりましたが、その過程でおそらく先生か友達に勧められて買うだけ買った一冊だと思います。まったく繙いていませんでしたが、読んでみると面白い。表題通り『ロシヤ文学評論集II』ですので、19世紀中盤のロシア文壇の報告という一冊ですが、報告という形をとりながら、ベリンスキー自身の見解が溢れ出しており、時間をわすれるように食い入った。「純粋の、切り離された、無条件的な、もしくは哲学者たちがいうがごとく、絶対的な芸術はいかなる時、いかなる場所にも存在しなかった」(『ロシヤ文学評論集II』)というベリンスキーの主張は、後のロシヤの人民解放運動へのきっかけとなったといわれていますが、その力強さと発想の奥深さ(奥深いというロシヤの精神性を深く見つめ直しながらも、その限定されたロシヤ性を超克する世界へ!という視座の同居)に驚かされる。

そのなかで、出会ったのが以下に引用する一節です。これは「発酵するまでにまた厖大な時間を必要とする一節」ですので、コメントのしようがないのですが、深いロシヤの精神性に驚愕すると共に、課題としてのヒューマニズムを考えるひとつのヒントになりそうです。

とりあえず、今日で、禁日本酒一週間たちました。
その間、基本的にはウィスキーか焼酎を飲んでいましたが、スコッチが切れたので今日からバーボンです。金がないので安い「EARLY TIMES」です。Jazzギターの名手ルー・メッカ(Lou Mecca)の小気味よいサウンドと安バーボンに酔いしれつつ、もういちど考えながら酩酊の世界へ瞑想飛行しようと思います。

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……ことばそのもの(引用者註……ドイツ人がヒューマニティー(Humanität)と名付けるもの)については、ドイツ人はそれを人間的をいみするラテンのことばhumanusからつくったのであることをいっておこう。人間が他の人々にたいして、本性からかんがえて兄弟であるところの自分の隣人たちにたいして人間として行動すべきであるごとくに、行動するとき、かれはヒューマンに行動する。反對の場合にはかれは動物にふさわしいように行動する。ヒューマニティーは人間愛であるが、しかし自覚と教育によってはったつさせられたそれである。勘定づくでなく、自慢のためでなく、善をなそうという願望によってあわれな孤兒を養育する人間、--かれをうみの息子のように養育し、それとともにその孤兒に自分はかれの恩人である、自分はかれのために散在しているのである等々のことをかんぜしめる人間、かかる人間は善良な、道徳的な、人間愛的な人間という名にあたいするが、しかしけっしてヒューマンな人間という名にはあたいしない。かれのもとにはおおくの感情、愛があるが、しかしそれらはかれにおいて自覚によってはったつさせられていず、粗野な殻でおおわれている。かれの粗野な知力は、人間の本性には繊細で柔軟な琴線があり、人間をあらゆる外面的な幸福の條件にかかわらず不幸なものとならしめないためには、それにたいするもっとヒューマンな取扱にさいしては相當なものとなりうるはずの人間を粗野にし低俗にしないためには、その琴線をようじんぶかくとりあつかわなければならないのだということを夢にもおもわない。ところがこの世のなかには自分の善行がそれにそそがれるところの人々を、なんらのわるい意圖なしに、ときには熱烈にかれらを愛し、ちゅうしんからかれらにあらゆる善をのぞみつつ、くるしめ、ときにはほろぼしもしており、--そしてあとで、執着および尊敬のかわりにかれらが冷淡さ、無關心、忘恩、はなはだしくは懀悪および敵意をもってむくいたということに、もしくは自分はかれらにもっとも道徳的な教育をあたえたのに、自分のそだてた子が惡黨になったということに氣心よくおどろいているような恩人たちがどれだけいるであろうか。ほんとうに自己流に子供たちを愛しているが、しかしかれらにむかって、かれらは生命においても、衣服においても、教育においても兩親におうているのだということを間斷なくくりかえすことを神聖な義務とかんがえている父や母がどれだけいることであろうか! これらの不幸な人人は、自分が自分から子供たちをうばい、それを自分が慈善の感情からもらったところの養子のごときものに、孤兒にかえているのであることに氣づきもしないのである。かれらは、子供たちは自分の兩親を愛さなければならないという道徳的規則のうえにしずかにまどろんでおり、そしてのちに老境に入ると、子供たちからは忘恩のほかはなにものも期待できないといういい古された文句を溜息とともにくりかえすのである。このおそろしい経験さえもかれらの硬化した頭脳からあつい氷結した表皮をとりさりはしない、そしてかれらをしてついに、人間のこころは自分自身の法則によってはらいて、なんらの他の法則もみとめることを欲せず、またみとめえないのだということ、義務により任務による愛は人間の本性に背馳するところの、超自然的な、空想的な、不可能な、あったためしのない感情だということ、愛は愛にのみあたえられるのだということ、愛は権利によってわれわれにあたえられるべきなにものかとして要求してはならないので、あらゆる愛は、だれからであろうともおなじに--われわれよりたかいものからであっても、ひくいものからであっても、子が父からであっても、父が子からであっても、獲得しなければならず、かちとらなければならないのだということを理解せしめることができないのである。子供たちをみよ、--母が子供を自分の乳でやしなっていても、子供が彼女をきわめて無關心にながめ、眼がさめてただちに、かれが自分のそばにはなれずに見ることになれているうばを見ないときは、おそろしいなきごえをあげるということはしばしばおこるのである。かんがえてもみよ、--子供は--自然のこの無缼にして完全な表現は、かれに自分の愛を本當に証拠だて、かれのためにあらゆる満足を拒否し、あたかも鐵のくさりによってのように自分をかれのあわれでよわい存在にしばりつけた人に自分の愛をあたえるのである。
 ヒューマニティーはたかき社会的地位および官位への尊敬とすこしも矛盾しない。しかしそれは惡黨と卑怯者以外のだれにたいしてでもの軽蔑とはだんぜん矛盾する。それはひとびとの社会的首位をこのんでみとめるが、しかしただそれを外面からのみではなく、より多くの内面からながめるのである。ヒューマニティーは粗野な態度、習慣をもつひくい身分の人間に彼にとって習慣的でない叮重さをまきかけることを義務づけないのみならず、またそれを禁止しさえもする。なぜならそのようなとりあつかいはかれをきまずい状態におとしいれ、そのなかに嘲笑またはわるいもくろみがあるのではないかとおもわしめるであろうからである。ヒューマンな人間は自分よりひくい、粗野にはったつした人間にたいしては、その人に奇妙なもの、あるいは不慣れなものとおもわれえないような叮重さをもってたいするであろう。しかしかれはその人にかれのまえで自分の人間的尊厳を卑下せしめないであろう、--その人に足まで頭をさげて禮をせしめないであろう、かれをヴァーニカまたはヴァニュー〔いずれも人名イヴァンの卑稱〕およびそれに類する、犬の名に似た名前でよばれないであろう、その人にたいする自分のめぐみぶかい氣分のしるしとしてすこしばかりかれのあごひげをつかまえてゆする、その人をしていやしくうす笑いをしながら、卑屈さをもって「なんのためにしなさるんだ?……」といわしめるようにしむけはしないであろう。ヒューマニティーの感情は、人間が他の人々において人間的尊厳をそんちょうしないとき、ぶじょくをかんずる、そして人間がみずから自分のなかで自分の尊厳をそんちょうしないとき、いっそう多くぶじょくをかんじ、苦悩するのである。
 このヒューマニティーの感情がイスカンデルの諸作品のいわば魂をなしたてている。かれはそれの説教者であり、弁護士である。かれによって無数にみちびきだされる諸人物は意地わるでなく、大部分善良でさえある人々で、かれらはわるい計算をもってするよりも、よりしばしばよい計算をもって、悪意によってよりも、より多くの無知によって、自分自身および他の人々をくるしめ、追窮する。かれの諸人物のうち感情の低劣さおよび行動のいとわしさによって人を自分からつきのける人々でさえも、作者によって、かれらのわるい本性のぎせいとしてよりも、より多く、かれらの無知およびかれらがそのなかに生活する環境の犠牲として示されている。
     --ベリンスキー(除村吉太郎訳)「一八四七年のロシヤ文学の概観」、『ロシヤ文学評論集 II』(岩波文庫、1951年)。

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軽薄な事柄を真面目に、真面目な事柄を快活にやらせておくがよい

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 もし世界に、社交的気質、開かれた心、生の楽しみ、よき趣味、自分の思想を伝える容易さを具えた国民、生き生きとして気持ちのよい、ときには軽率で、しばしば無遠慮であるが、それとともに、勇気、寛大さ、率直さ、一定度の名誉心をもった国民があるなら、その徳性をさまたげないためには、法律によって生活様式を疎害しようとつとめるようなことがあってはならないであろう。一般に性格が善良であるならば、そこに見出される若干の欠点のなにが問題になるだろうか。
 ここで、女性を抑制し、彼女らの習俗を端正するために法律をつくり、彼女らの奢侈(しゃし)を制限することもできるであろう。しかし、それによって、この国民の富の源泉となっているある種の良き趣味、この国に外国人を惹きつけている慇懃さがうしなわれることにならないかどうか誰が知りえようか。
 国民の精神が政治の諸原則に反していないとき、それに従うべきなのは立法者の方である。なぜなら、われわれは、自由に、しかもわれわれの生来の天分に従って作り上げたもの以上によいものを作り出すことはないからである。
 本性的に快活な国民に衒学的精神を与えても、国家は内に対しても外に対しても何物も得るところはないであろう。こうした国民には、軽薄な事柄を真面目に、真面目な事柄を快活にやらせておくがよい。
    --モンテスキュー(野田良之他訳)『法の精神 (中)』(岩波文庫、1989年)。

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「何のため」……。
実は大切な言葉である。
もちろん「何のため」に拘るばかりに神経衰弱に陥ってしまうのが、現代社会という荒涼とした現実が一方にはあるが、ときどき「何のため」と振り返るのは無益ではなかろう。

こんなことを書き始めると、「19世紀の哲学者は21世紀の世界からは退場してください」と現代思想の批判理論家からは煙たがられそうですが、どの分野においても、自己認識のレベルにおいて……それを突き放そうが、ないしは、内在的に関わろうとしようが……人間はある意味では、「何のため」という現実を照射する契機がないと、現実という内在にうもれたまま、根無し草のような生き方に終始するほかないのだろう。

「何のため」が照射するのは、人間という生きもののもつ本源的問いである。
そして現実という世界を相対化させ、個々人が自分自身に対しての「あるべき」姿をひそかに提示し、葛藤し、それを勝ち取りゆく、ある意味で生のダイナミズムの一つの在り方である。

厳しい道徳主義的に「何のため」を追求するとときどき息苦しくなってしまう。だから、まさに「ときどき」でいい。
しかし、そうした「ときどき」の反省の契機を欠いてしまうと、人間は策におぼれるか、ぐだぐだの永遠の日常を再放送するしかないようだ。

このところ、生命倫理を考え直すために、関連した法学関係の文献を少し読み直す。
読む中で、一つ実感するのが、あまりにもテクニカルな議論に終始する嫌いが強くて辟易としてしまった。生命という対象を扱うわけだから、ある意味でテクニカルにならざるを得ない部分ももちろん承知だが、議論を進める中で、議論に酔ってしまい本末転倒しているのではなかろうか……そうした実感をどうしても突きつけられてしまう。

倫理の問題は、古代社会においては、法の問題と同一視され、倫理は法とおなじものとして理解され、そして実際そのようなものとして機能してきた。これが、近代社会を経て現代社会へ至るなかで、倫理と法の問題が区別されてくるのが人間の来歴である。

その傾向は確かに歓迎してしかるべきである。
ただし、分離の過程で、大切な論点が等閑視されてきたのも事実ではあるまいか。

先日法曹家と話す機会があった。
真面目で熱心な若手弁護士である。
法の運用と、そしてその法の形而上的な由来もきちんと把握しており、今後有望な法曹家として活躍していくことだろう。

だけど……その議論を自室にもどって反芻してみると、どこか心にぽっかり……スエット……といいますか、……何か物足りない。

テクネーとしての法の議論はできているのだが、法を作成し、法に制限されるべき、“人間”がどこか浮かび上がってこないのだ。

そういうときは“原点”(=原点)に帰るべきであろう。
絶対君主制的な権力の発動モデルから、市民社会における共同支配(および共同の被支配)の論理の礎を築いたのはモンテスキューの法理論だと思われるが、実際にモンテスキューの著作を紐解くと、不思議なことに温かい。

そこには、現実に苦悩する民衆の姿を思い浮かべながらあるべき法理論の在り方を追求しているからなのであろう。

こうした側面……たとえばヘーゲルの法哲学なんかをも含めて……基礎理論といいますか、根源的探求といいますか、……そうしたところをフォローしていかないと、ほんとうに、実業としての法曹人だけが存在し、根源的理解をもった法曹人が現出しないのでは……とどうでもいいことをふと疑念に抱きながら、腹が減ったので、ケンミンの焼ビーフン(冷凍食品)で晩酌をする、ある日の宇治家参去でした。

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世界を語るもう一つの力が解放される

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……詩的言語も現実について語る。しかしそれは、科学的言語がそうするのとは別のレヴェルで語るのである。それは、すでにそこにある世界を、記述的あるいは教育的言語がするように、われわれに示すわけではない。われわれが見てきたように、実際、詩的言述の自然な戦略によって、言語の通常の指示は廃棄されるのである。しかし、まさに、この第一段階の指示が廃棄されるのに応じて、現実のもう一つのレヴェルにおいてではあるが、世界を語るもう一つの力が解放されるのである。このレヴェルはフッサールの現象学が生活世界(Lebenswelt)と名づけたものであり、ハイデガーが「世界内存在(being-in-the-world)」と呼んだものである。それは客観的で操作可能な世界を遮り、生の世界、操作することのできない、世界内存在の世界を照らし出すことである。そして、それが詩的言語の基本的な存在論的な意義であるように、私には思えるのである。
    --ポール・リクール(久米博・佐々木啓訳)『リクール聖書解釈学』(ヨルダン社、1995年)。

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子供がそろそろひらがな・かたかなの読み書きができるようになってきたので、最近は、絵本を読んで書き写すという練習をしています。
これができるようになれば、おそらく自分自身で考えたこと、思っていることを、言語として対象化できるようになるのだと思います。

時間的には短い時間ですが、なかなか悪戦苦闘しているようです。

最初に一節を音読して、それから書き写すのですが、私たちがおこなうようにはいきません。ただ、その音読を聞いていると、絵本という絵の世界に添えられた記号としての言葉は、読むことを前提に作られているのだと思いますが、詩のように一定のリズムや韻律のようなものが意識して作られた言葉だと思われますので、聞いているとここちよいというか、さそわれるようなリズムがあります。

古来、人間が文字というものを発明して以降も、なお、語る言葉、言説、パロール(parole)というものの力や魅力は失われていないから、いまだに文字化されたものだけですまさない人間の生活という在り方があるのでしょうか。

話し言葉(とそれを言葉として記録すること)を優位なものとみなす哲学的伝統は西洋においてはソクラテス以来の伝統です。『パイドロス』でソクラテスがエクリチュール(écriture,書かれた言葉)を批判し、パロールの圧倒的優位を優雅に示して見せたように、連綿としてつづく哲学の歴史がまさにそれである。

ジャック・デリダ(Jacques Derrida,1930-2004)は『声と現象』のなかで、「形而上学の歴史は絶対的な<自分が話すのを聞きたい>である」として、西洋哲学の歴史を多義的な差異を同一性に収斂させていく暴力に他ならないと断じたが、話し言葉のもつ力が差異を無視したものになってしまうのであれば、それはチトサビシイものである。

批判精神に富んだデリダは、まさにそうした問題への批判理論を練り上げていくのですが、そうした問題をもっていたとしても哲学の資産を一挙に解体する、廃棄するのもすこしサビシイ。だからこそ、レヴィナスのような倫理としての他者論が展開されるのかもしれません。

さて……息子さんは、そうしたパロールをエクリチュールするという西洋哲学の伝統を実践しておりますが、それを横で聞く宇治家参去自身は、その伝統をどう活かし、次へつなげていくのか……倫理としての形而上学を構想しているとでも表現しておけばよろしいでしょうかね(苦笑)。

同一性の“暴力”は確かに問題だが、批判理論の“差異の王国”もなにかしっくりとこない。そうすると、やはり存在論としての倫理の問題、“自覚”になってくるのか……そのへんをよく考えています(がまとまってはいません)。

さて話がずれましたが詩の持つリズムや力は、おそらく<自分が話すのを聞きたい>という哲学者の独白ではないがゆえに、自他を繋ぐ本源的な力をもっているがゆえに、この技術時代の現代でも、書かれ、読み継がれているのかと思います。

思うに、詩は魂の発露であり、信念の美的表現なのだろう。
だから詩は、読み手の精神を高みへと引き上げ、一切の束縛から解放する。そして読み手の魂を高揚させる。その言葉は、宇宙のリズムや巧まざる自然の営みへの驚きであれ、あるいは圧政への抵抗の叫びであれ、謳い上げられた詩人の心が、読み手の心に触れて、共振を起こさせるから、“感動”するのだと思います。

思想哲学となるとなかなか言葉に“感銘”しても“感動”することがないのがすこし残念なところですが、それはそれで思想哲学の味かも知れませんが。

さて冒頭では、フランスの解釈学者・神学者リクール(Paul Ricoeur,1913-2005)の一節を紹介しましたが、リクールもなかなか詩人ですね。フッサールの現象学の世界やハイデガーの存在論を、こうも美しく位置づけ直すとは脱帽です。

写真は、カミキリムシ。
息子さんが欲しいということで、6月末にスクーリングで高松へ行った際、細君の実家へたちより、捕まえてもらっていたものを持ち帰ったもの。巧まざる自然ではありませんが、すぐ死ぬだろうとおもっていたのに、元気に生きています。知らなかったのですが、カミキリムシとは害虫だったようですね。どうりで、東京でも郊外の近所ではお目にかかれなかったわけだなと思いましたが、こうした生き物や、絵本を読む息子、そしてそれを怒鳴りつける細君と暮らしている宇治家参去は、やはりどこか世間とずれていきそうですが、それを味にしておきます。

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他者に対して責任を負う「私は」の根源的目覚め

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「人を大切に」「物を大切に」とはよくできたことばである。
人間という生きものが、長い年月を経る中で練りに練りつめられた言葉であると思われる。北海道洞爺湖サミットも始まったが、テクニカルな議論や駆け引きだけでなく、生きている人間自身を、そしてその当人の当人自身を深く見つめて欲しいものである。

さて……
例の如く、ドライな市場経済の最前線で、「マルクスくん、お仕事ごくろう」と子供に揶揄される宇治家参去ですが、今日は出勤するなり、いきなり店長から「宇治家さん、ひとがいないから、駐車場の草刈り手伝ってくんねえか」って呼び出される。

100台ちかくの収容する駐車場のため、当然一人では出来ない。
行かざるを得ないので、「お仕事、お仕事」です。

いや~あ、いい汗かきました。
こんな暑い日にやるべき仕事ではないのですが、先延ばしにもできないので店長とふたり、ぶつぶついいながら、草刈りを仕事を行う。
店長はもともと衣料品の出なので、草むしりをしながら、男もののアパレルに関してひとしきり話をする。

店長は若い頃、『ウォール街』(Wall Street,1987)のチャーリー・シーンが、映画の中で、BrooksBrothersのスーツにこだわっていたことに感銘を受け、Brooksにこだわるようになったとか。宇治家参去も基本的にはBrooksを愛用しますので、話がはずむこと、はずむこと。

無茶な要求を連日強いてきますが、話してみないと分からない。
話してみると、実はつながりが出てくる、そうしたことを実感したひとときでした。

で……。
「今日はBrooksなの?」と聞くので、
「作業着なので、ユニクロですよ」って返すと、
「ガクッ」
「で、店長は?」
「作業着なので、うちの店で買った奴さ」
二人が、「ガクッ」

さて……
最初の話に戻りますが、つねづね実感するのが、我利我利亡者であろうとすれば、するほど、我利我利亡者であることができなくなってくるのが人間世界の不思議なところ。細君からも「貴方は自分自身が一番大切な人間だ!」といつも恫喝されており、「自分が一番可愛い存在」を自他共に任ずる宇治家参去ですが、「自分自身」を大切(=実現)しようとすればするほど、自分自身に関与できなくなってしまう、そういう不思議な部分を実感しております。市井の職場は、(失礼な言い方を承知で踏み込めば)バイトさんで使っている方々で一番多いひとびとが、いわば“おばちゃん”たちです(今風に美熟女とでも言えばいいのでしょうか)。

おばちゃんたちを使って仕事をするのは実はかなり大変です。
しかしうまくつきあっていかないと自分自身も痛い目を見るし、仕事が完了しない。
意識しているわけではないのですが、時には彼女たちの仕事をこちらでフォローというか、その分まで自然とこちらで仕事をこなしてしまう。そういう市井の職場の日常で、本来は自分自身が大切なはずなのに、「物を大切に」「人を大切に」というノリで、本音とは別に、体と心の動きとしては、現実には「おばちゃんを大切に」と自然に動いてしまう。

そういう日常ですが……。
その中で、今日うれしいプレゼントが。
「宇治家参去さん、実は前から好きでした……」
「ぽっ」
……という話ではなく、(この時点でガクッですかね)。

「いつもお世話になっているので……どうぞ」
“百年の孤独”(12,800)という焼酎を頂く。

ガブリエル・ガルシア=マルケス(Gabriel José García Márquez, 1928-)の『百年の孤独』(Cien Años de Soledad)ではありませんよ。
黒木本店(宮崎県)より発売されている高級焼酎ではありませんか。

「焼酎はあまり飲まないと聞いていますが、洋酒のような上品なお酒ですよ」
「ありがとうございます」

たしかに飲んでみると「焼酎臭くない」「洋酒」のような上品なお酒です。

これは、しかし、「百年の孤独が欲しい!」って仕事をすれば、手に入ったものではなく、(言い過ぎかも知れませんが)「他者のため」って励んだ結果、手に入れた副産物なのですよね。それが不思議なところです。

最後にちょうど、例の如くレヴィナスを読んでいたのでひとつ。

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 --「ヨーロッパとは聖書とギリシャ人だ」と、あなたはおっしゃったことがあります。しかも、ある意味でこの公式はなたの知的な歩みの全体に適用できるのではないかと思われます。というのも、この歩みのなかで、古代ギリシャの遺産に由来する哲学はユダヤ-キリスト教的伝統と対決することになるからです。まず最初に、この文章でのなかで「聖書」とは何を表しているのか教えていただけませんか。

 明らかにそこでは、大ざっぱな方向を単に示そうとしたのであって、歴史の総体を正確に指し示そうとしたのではありません。聖書、あるいはこう言ったほうがよければ、私たちの文化のユダヤ-キリスト教的源泉とは、「他者のための」責任というもっとも重要な絆を断言することに存しています。したがって。一見逆説的な仕方ではありますが、他者についての配慮は自己への配慮に先行することができるのです。これこそ倫理の根源的な出来事であり、それはまた最初の神学となるでしょう。このように倫理はもやは、有徳者を規定するさまざまな規則から成る単なる道徳主義ではありません。それは他者に対して責任を負う「私は」の根源的目覚めであり、他者のための責任へ召喚され選ばれた「私は」という唯一性を私の人格が獲得することなのです。人間の「私は」は、原子の唯一性のような、自己のうえに閉じた統一体ではなくて、開口なのです。それは責任の開口であり、それこそ、人間の真の始まりであり、精神性なのです。他者の顔が私に向ける呼びかけのなかで、ただちに私は愛による恩寵を捉えるのです。これこそ、精神性であり、本来的な人間性の体験なのです。

 --あなたの描く態度は聖潔を思い起こさせます。少なくともこう言えるのではないでしょうか、人間たちのほとんど全員がそういったものから随分と遠ざかってしまったと……

 そうは言っても、聖潔とは究極の完成です。すべての人間が聖人であるなどと私は言っているのではありません! けれども、ときには、聖人がいたということ、またとりわけ、聖潔からもっともかけ離れている人々でさえ、聖潔をつねに賞讃しているということ、それだけで十分なのです。自己より他者を優先させる、このような聖潔は人間性において可能になります。そして、自分自身について考えるよりも先に他者について考えることを可能にする、そうした人間的なものの出現のなかにこそ、神的なものが存在します。したがって、人間性と共に、聖潔は自然の存在を変化させ、先ほど話したあの開口を築き上げるのです。これこそ、非常に概略的ではありますが、私たちの出発点となった表現のなかで、「聖書」が示していたことがらなのです。
    --エマニュエル・レヴィナス(合田正人・谷口博史訳)「ロジェ=ポル・ドロワとの対話」、『歴史の不測 付論:自由と命令/超越と高さ』(法政大学出版局、1997年)。

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ともあれ、ありがとうございました。

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イタチ デカルト バタピー

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しかし、いま必然的に有る私、その私がいつたい何であるかは、私は未だ十分に理解しないのである。そこで次に、恐らく何か他のものを不用意に私と思ひ違ひしないような、かくてまたこのすべてのうち最も確実で最も明証的であると私の主張する認識においてさへ踏み迷ふことがないやうに、注意しなければならない。かるが故にいま、この思索に入つた以前、嘗て私はいつたい何ものであると私が信じたのか、改めて省察しよう。このものから次に何であれ右に示した根拠によつて極めて僅かなりとも薄弱にせられ得るものは引き去り、かくて遂にまさしく確実で揺がし得ないもののみが残るやうにしよう。
 そこで以前、私はいつたい何であるのかと考へたのか。言ふまでもなく、人間と考へたのであつた。しかしながら人間とは何か。理性的動物と私は言ふでもあらうか。否。なぜといふに、さすれば後に、動物とはいつたい何か、また理性的とは何か、と問はねばならないであらうし、そしてかやうにして私は一個の問題から多数の、しかも一層困難な問題へ落ち込むであらうから。またいま私はこのやうな煩瑣な問題で空費しようと欲するほど多くの閑暇を有しないのである。むしろ私はここで、私は何であるかと私が考察したたび毎に、何が以前の私の思想に、おのづと、私の本性に導かれて、現はれたか、に注目しよう。
    --デカルト(三木清訳)『省察』(岩波文庫、1949年)。

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今日も仕事を終えビールを飲んでいたのですが、切れたので買い出しのためコンビニへペダルを漕ぐ。

するとおどろきの瞬間が到来する。

コンビニへ誘う自転車道を“イタチ(鼬)”が横切るのである。
東京へ住んでもう20年が来ようとしているが、生のイタチをこの地で目撃するのは初めてである。
別に都心に住んでいるわけではない。
郊外とはいえ、奥多摩からほど遠く、どちらかといえば機能都市への住居供給都市としての位置づけの当地に住んで数年だが、イタチに出くわそうとは思わなかった。

イタチさん、ありがとうございます。

デカルトさんは、明証性を探求するなかで、すべての事物の存在を疑いましたが、いまある状況(形式と内実)を仮象とみなしていなかった長谷川平蔵自身の臆見(ドクサ)をうち破ってくださいまして、ありがとうございます。デカルト主義は大嫌いですが、デカルトの発想は大いに尊敬するところがあります。そうした微妙な違いを“自覚”させてくださったイタチさん万歳です。

今ある、ここ、自分自身を、再点検せずして、明証性も未来性もまったくその当人とっては別世界の在り方にすぎないわけで、「東京にイタチは存在しない」という“臆見(ドクサ)”を身を持って示してくださったイタチさんには感謝このうえない。

そろそろ寝ようかと思っていたのですが、イタチを契機としてインスピレーションが充満する。

そういえば、うちの子供さんが、ウルトラマンの絵があったというだけで買った季節限定「でん六 ウルトラマンアソート」を食べていた。

「でん六」といえば、でん六豆、バタピーで有名だが、こうした営業努力を行っていることの創造力に触発される(ちなみにバタピーはやっぱりでん六製が一番旨い)。

ウルトラマンの瞳:バタピー
ゴモラの爪せんべい:柿の種
バルタン星人の爪:ピスタチオ
シーボーズ豆:塩黒大豆
ピグモンせんべい:花小丸

なかなかやってくれます。

普段なにげなくみすごしてしまう……、そして見過ごしてしまったことを固定化させ、自分自身の存在を固定化させてしまう発想の狭さ自身が自分の生きる生活世界を狭めてしまうことを改めて実感させてくれましたデカルトとイタチとでん六に感謝しつつ……、再度もう一杯飲んで寝ます。

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【覚え書】カミュ「絶望に暮れる男への手紙」

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人間とその人間の住まう世の中は、確かに不条理で不合理な世界である。
そもそも人間という生きもの自体が矛盾した存在であるからそうならざるを得ない。
しかし、その世界から人間は降りることができない。
だとすれば、絶望せずに、どのように向かい合って生きていくべきか……。そこが人間の課題であり、葛藤で悩みとなってくる。

アルジェリアの大地を照射する白い太陽の光のように、不条理の世界を鮮やかに描き出したのがフランスを代表する作家・アルベール・カミュ(Albert Camus,1913-1960)である。一筋縄でいかぬ現実を描き出したが、現実の世界も一筋縄ではいかない。

しかしカミュは全く絶望しなかった。

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君にはなすべきことがある、それを疑ってはいけない。それぞれの人間には、多かれ少なかれ影響を及ぼしうる領分があるものだ。各人はそうした影響力を、長所と同様短所にも負っているのだ。だがそんなことは問題ではない。影響力があれば、それをすぐにも活用することだ。

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第二次世界大戦直後、迫り来るドイツ軍の進撃を前に、絶望に暮れる男への手紙でそうカミュは語っている。

当人にしかできない課題や取組はあるはずなのに、どこか違うところにひとはそれを求めがちであるが、事態は決してそうではなさそうである。

カミュが手紙を書いたとおりに歴史は展開しなかったが、その認識の甘さを追求しても意味はない。それよりも生きる人間へのカミュの眼差しを学ぶほうが賢明であろう。
このところそういうところを考えながら、生活しています。
ともすれば、哲学や思想の無力さを痛感することが多く、そうした発想の持つ暴力性に対してもつねに警戒をといてはいけないが、それだけで廃棄されるものでもなさそうです。

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 絶望に暮れる男への手紙。
 この戦争は私を押し潰してしまう、死ぬことはかまわない、だがこの世界全体をおおう愚劣さや、血ぬられた卑劣さや、人間の問題を血を流すことで解決できるといまだに信じている罪深い愚直さには耐えられない、と君は手紙に書いている。
 ぼくはそれを読み、君の言うことがよくわかる。とりわけ、喜んで死のうという善意と、他人の死を見るには忍びないという相反する気持ちのあいだに立たされて、あれかこれかと思い惑う気持ちがよくわかるのだ。そうした気持こそ人間のしるしと言えよう。それこそその人間を、ともに語りうる仲間の一人とするものだ。実際、どうしたら絶望しないですむのだろうか? 非常にしばしば、われわれが愛する人びとの運命は脅かされてきた。病、死、そして狂気と。けれどもわれわれや、われわれが信じたものは残されている。非常にしばしば、いわばわれわれ自身の人生にほかならなかった価値は、危うく危機にさらされてきた。かかる運命やかかる諸価値は、全体では、また同時には、決して脅かされたことはなかったのだ。われわれは決して全的に絶望の危機にさらされたことはなかったのだ。
 ぼくには君の言うことがよくわかる。しかし、君がこの絶望から人生のある規範をこしらえようとし、すべては空しいと判断して、あるやりきれなさの背後にかくれてしまおうとするとき、ぼくはもはや君に承服できない。なぜなら、絶望は気持ちの問題で、一つの状態とは言えぬからだ。君はそれにとどまっていることはできない。それに気持ちというものは、事態の明確な見通しには席を譲らねばならぬからだ。
 君はこう言っている。<<だがそれ以上に言ったなにをしたらいいだろう? そして私になにができるだろう?>>しかし問題は、はじめはそんなふうには提起されていないのだ。君はまだ個人を信じている。それは確かだ。というのは、君は、君を取りまく人びとや、君自身のなかにある快いものをちゃんと感じているからだ。けれどもこうした個人はなにもできぬし、君は社会に絶望している。しかし気をつけたまえ。君は、破局の訪れる前にすでに社会を見捨ててしまっているのだ。また、君とぼくは、この社会の終局が戦争であることを知っていた。それに君とぼくは、そのことを予告していたし、結局ぼくたちと社会のあいだにはなんのつながりも感じられなかったのだ。こうした社会はこんにちだって同じことだ。それはあたりまえの結末に到達しただけだ。そして事実、事態を冷静に観察するならば、一九二八年当時以上に絶望しなければならぬ理由はないのだ。そうだ。君にはまさにあの頃と同じくらいの絶望しかないのだ。
 それから、よく考えてみると、一九一四年に戦った連中には、いまよりもっと絶望する理由があった。というのは、彼らは事態をあまりよく理解していなかったからだ。すると君は、たとえ一九二八年は一九三九年と同じくらい絶望的だったということを知っても、それは私にはなんの役にも立たぬ、と言うだろう。だがそれは、うわべのことでしかない。なぜなら君は、一九二八年にはまだ全部が全部に絶望していたわけではない。だがいまでは、君にはすべてが空しく見えるからだ。だから、もし事態が変らなかったとしたら、君の判断こそ間違っているのだ。それは、とある真実が論理的に把握されるかわりにいきなり直感されると、そのたびごとに判断を誤ってしまうようなものだ。君は戦争を予見した。そしてそれを妨げようと考えた。それこそ君が全的に絶望するのをとどめるものなのだ。こんにち君は、もはやなにも妨げることはできないと考えている。そこにこそ議論の糸口がある。
 しかしその前に君にききたいのは、この戦争を防ぐに必要なことを、君がちゃんとしたかということだ。もししたのだったら、この戦争はそれこそ君には宿命的なものと思えるのだろうし、もはやなすべきことはなにもないと判断するだろう。しかしぼくは、それに必要なすべてのことを君がしなかった、われわれ以上にしたわけでは決してなかったと確信している。君は防ぎえなかったのだろうか? いやそれは間違っている。この戦争は、君も知っているように宿命的なものではない。ヴェルサイユ条約をそれまでに再検討すればじゅうぶんだったのだ。だが、それはされなかった。それがすべてのいきさつだ。そして君には、それが別な進展をたどることもありうるのだということがわかるだろう。しかしこの条約は、あるいは他のどんな原因でも、いま再検討することだって可能なのだ。ヒットラーのああした言明にしたところで、その正当性を無効にすることだってまだ可能なのだ。これらの不正行為は、つぎつぎに別の不正行為をよびおこしたが、いまでもそれらを拒絶することだってできるし、彼らの返答を無効にするよう要求することだって、可能なのだ。やらねばならぬ効果的なつとめはまだ一つある。君は、君の個人的役割は実際には皆無だと思っているだろう。しかしここで、これまでのぼくの議論を逆にさかのぼってみよう。そしてぼくは、その役割は一九二八年当時より大きくもなければ小さくもないと言うだろう。それにぼくは、君にしたところで、無益だという考えにそうあぐらをかいているわけでもないことを知っているのだ。なぜならぼくは、君が、良心の申し立てる異議にほとんど耳をかさぬとしても、それは勇気を欠いているからでもなければ、感嘆する心を欠いているからでもない。そうではなくて、それにはいかなる効果もないと君が判断しているからだ。だから君は、いまではもう、ある種の効果という考えをいだいたわけだ。とすれば君は、これからするぼくの議論についてこなければならぬはずだ。
 君にはなすべきことがある、それを疑ってはいけない。それぞれの人間には、多かれ少なかれ影響を及ぼしうる領分があるものだ。各人はそうした影響力を、長所と同様短所にも負っているのだ。だがそんなことは問題ではない。影響力があれば、それをすぐにも活用することだ。なんぴとをも反抗におもむかせてはいけない。流血を避けなければいけないし、他人の自由は大切にしなければいけない。けれども君には、「この戦争は宿命的なものではなかったし、現にない。それを防ぐ手段は、いままでは試みられていないがいくらでも試みることはできる。だから、それが可能なときにはそのことを言い、あるいは書き、必要とあらば叫ばなければならない」と、十人、二十人、いや三十人の人間に説得することはできるはずだ。その十人あるいは三十人が今度はほかの十人にそのことを言うだろう。そしてその十人がまたそれをだれかに伝えるのだ。もし面倒くささから彼らがそれをやめてしまったら、またほかの人たちに向かってやりはじめるのだ。そして君が、君の領分や君の地域でやらねばならぬことをやってしまったら、そのときこそ説得をやめ、あとは随意に絶望したまえ。だが、つぎのことをわかってほしい。だれでもごく「一般的な」人生の意味には絶望できる、だが人生の個人的な形にではない。その実存には絶望することができる。なぜなら、ひとはそれにたいしては力が及ばないからだ。だが、個人がすべてをなしうる歴史にではない。こんにちわれわれを死にかりたてているのはある数人の個人だ。だとすれば、なぜある数人の個人が世界に平和を与えられないことがあるだろう? 大きな目標などは考えず、ただはじめさえすればいいのだ。だから人びとが戦争をしているのは、それを望んでいる人びとの熱意によるのと同じぐらい、全身全霊でそれを拒む人の絶望によっているのだということをどうかわかってくれたまえ。
     --カミュ(高畠正明訳)『太陽の賛歌 カミュの手帖1』(新潮文庫、昭和四十九年)。

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出講依頼到着す

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大学から書類が届いていた。

夏期スクーリングの実施要項一式である。

よかった~、不開講でなくて……。

夏期スクーリングは不開講になることはないだろうと思うのだが、出講依頼が到着するまで不安なものである。

ひとまずよかった。

倫理学って面白い学問だと思うのだが……。

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環境とはつねに更新するジレンマ

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生は、まず何よりも、われわれがそうでありうるもの、つまり、可能なる生であるが、同時にまた、しかも可能なる生であるがゆえに、もろもろの可能性の中から実際にわれわれがそれになろうとするものを選択決断することでもある。環境と決断、この二つが生を構成している基本的な要素である。環境--もろもろの可能性--は、われわれの生のうちで所与のものであり課せられたものである。そしてこうした所与のものが、われわれが世界と呼ぶものを構成している。生は自己の世界を選ぶことはできない。生きるということは、一つの特定の交換不可能な世界、つまり現在のこの世界の中に自己を見出すことである。われわれの世界は、われわれの生を構成する宿命の拡がりなのである。しかし、この生の宿命は、機械的なそれとは異なったものである。われわれは、軌道があらかじめ完全に決定されている鉄砲玉のように、存在の世界に撃ち出されたのではない。われわれがこの世界--世界はつねにこの世界、現在のこの世界である--に落ち込むことによってはまり込む宿命というものは、まさにその逆である。われわれは一つの軌道を課せられるかわりに、いくつもの軌道を与えられ、したがって、選択することを余儀なくされているのである。われわれの生の状況とは、なんと驚くべき状況であろうか。生きるとは、この世界においてわれわれがかくあらんとする姿を自由に決定するよう、うむをいわさず強制されている自分を自覚することである。われわれの決断には、一瞬たりとも休むことが許されていない。したがって、われわれが絶望のあまり、ただなるがままにまかせる時でさえ、われわれは決断しないことを決断したといえるのである。
 したがって、人生においては「環境が決定する」というのは誤りである。事実はまったく逆で、環境とはつねに更新するジレンマであり、それを前にしてわれわれが決断しなくてはならないのである。しかし、決定を下すのは、実はわれわれの性格である。
    --オルテガ・イ・ガゼット(神吉敬三訳)『大衆の反逆』(ちくま学芸文庫、1995年)。

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時間もあまりないので、考察できませんが、最近つくづくと実感するのが、理念と現実の二律背反といいますか、対立といいますか、そうした部分をひどく突きつけられることが多くあります。例えば、人間とは何か、社会とは何か、また経済活動とは何か--そうした問いをひとが発したとき、過去の叡智を参考にしながら、まさに、人間とはこうである、また社会とはこうである、そして経済活動とはこうである、ないしは、「こうあるべし」という理念を形成し、そこから現実の活動を照射するという方式が一般的だと思いますが、理念が高ければ高い程、そして現実が低ければ低い程、その開きに、いわば絶望する、ないしは、「もういいや」って感じで、開き直ってしまう、そういう思考パターンが多いのでは?と思うことがあります。

そこにはいわば、理念と現実活動における内在的な連関といいますか、緊張関係がかけているがために、両者を自己の左右へならべ、別個の対象としてとり扱ってしまう落とし穴に自ら陥っているためではなかろうか--という実感です。

様々な理念にしても、現在の自分自身がそれに対峙した場合、まさに高邁なイデアールなものとして、頭上に見上げる完成物として見てしまいがちですが、理念が理念として形成されるには、そこにさまざまなプロセスがあったわけで、もとから完成したものとして、そしてできあがったものとして、はるか遠くに存在していたものではないのだろう--そういう部分です。

であるとするならば、そうした理念なり理想的な在り方なりを、見上げながらも現実活動のなかで自分自身で解体し再構築していく、また咀嚼していく、そういう循環的・内在連関的、そして両者を不動の対立物として捉えない緊張関係をたえず、保ちながら、不断の逡巡、熟慮、葛藤が必要なのではあるまいか--そう考えています。

なかなか自分自身のなかでもうまいコトバにならないのですが、人間は、ある程度、理念的な範型をもたないと、現実一元論で行き詰まってしまうし、ぐだぐだになってしまう。また理念的な範型が強すぎると、生きること自体がキツくもなってしまう。そうした両端をうまく避けながら、理念を現実活動のなかでみずからの理念へとしていく--そうした賢明な闘いというものを自ら選択しないとナー、ということですかね。

そうすることによって、おそらくカントなんかがいう、天空の星の輝きと、人間の内なる道徳律の卓越さに、驚きと敬意を表しながら、個別の現実活動を行いながら、何か普遍への連帯が可能になるのかなどとふと思っています。

自分のなかでもなかなかまとまりませんが、覚え書きとして残しておきます。

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Book 大衆の反逆 (ちくま学芸文庫)

著者:オルテガ・イ ガセット
販売元:筑摩書房
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文章ではなくって字引 からの 逸脱

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 大抵のイズムとか主義とかいうものは無数の事実を几帳面な男が束にして頭の抽出(ひきだし)へ入れやすいように拵えてくれたものである。一纏めにきちりと片付いている代わりには、出すのが億劫になったり、解(ほど)くのに手数がかかったりするので、いざという場合には間に合わない事が多い。大抵のイズムはこの点において、実生活上の行為を直接に支配するために作られた指南車というよりは、吾人は知識欲を満たすための統一函である。文章ではなくって字引である。
 同時に多くのイズムは、零砕の類例が、比較的緻密な頭脳に濾過されて凝結した時に取る一種の形である。形といわんよりはむしろ輪郭である。中味(なかみ)のないものである。中味を捨てて輪郭だけを畳み込むのは、天保銭を背負う代りに紙幣を懐にすると同じく小さな人間として軽便だからである。
 この意味においてイズムは会社の決算報告に比較すべきものである。更に生徒の学年成績に匹敵すべきものである。僅一行の数字の裏面(りめん)に、僅か二位の得点の背景に殆どありのままには繰返しがたき、多くの時と事と人間と、その人間の努力と悲喜と成敗とが潜んでいる。
 従ってイズムは既に経過せる事実を土台として成立するものである。過去を総束するものである。経験の歴史を簡略にするものである。与えられたる事実の輪郭である。型である。この型を以て未来に望むのは、天の展開する未来の内容を、人の頭で拵えた器に盛終(もりおお)せようと、あらかじめ待ち設けると一般である。器械的な自然界の現象のうち、尤も単調な重複を厭(いと)わざるものには、すぐこの型を応用して実生活の便宜を計る事が出来るかも知れない。科学者の研究が未来に反射するというのはこのためである。しかし人間精神上の生活において、吾人がもし一イズムに支配されんとするとき、吾人は直に与えられたる輪郭のために生存するの苦痛を感ずるものである。単に与えられたる輪郭の方便として生存するのは、形骸のために器械の用をなすと一般だからである。その時わが精神の発展が自個天然の法則に遵(したが)って、自己に真実なる輪郭を、自らと自らに付与し得ざる屈辱を憤る事さえある。
 精神がこの屈辱を感ずるとき、吾人はこれを過去の輪郭がまさに崩れんとする前兆と見る。未来に引き延ばしがたきものを引き延ばして無理にあるいは盲目的に利用せんとしたる罪過と見る。
 過去はこれらのイズムに因って支配せられたるが故に、これからもまたこのイズムに支配せられざるべからずと臆断して、一短期の過程より得たる輪郭を胸に蔵して、凡てを断ぜんとするものは、升を抱いて高さを計り、かねて長さを量(はか)らんとするが如き暴挙である。
    --夏目漱石(三好行雄編)「イズムの功過」、『漱石文明論集』(岩波文庫、1986年)。

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東京は真剣に暑くなってきました。
この夏初めて自宅のエアコンを18度の設定で“急冷”にした宇治家参去です。
今日は久し振りの休みですが、休みが休みでない荒野を彷徨っておりますので、朝から起きて、先月末のスクーリングの後始末(採点・旅費精算etc)、そしてレポートの添削(ってやっていると次の束が送付されてきた! 夏季スクーリング前なので多いのかも)、そして、来週の講義内容の仕込み……。

気が付くと16時過ぎ……。息子さんがこれから英語の塾へ行くところであった。
軽くウルトラの挨拶を交わして送り出し、送迎から帰ってきた細君へ、

「今日はどこか外へでますか?」と誰何する。

本人も期待していたようなので、息子さんの授業が終了後、彼をサルベージしてそのまま外食(という名の宇治家参去にとっては酒飲み大会)という流れになる。

うちの家では恒例ですが、出張後は、基本的に家族と外へ出ることにしています。
出張中、いわば、宇治家参去自身が当地で美食を堪能しているわけですので、そのお裾分けといいますか、埋め合わせといいますか、配慮が必要だと自分自身で実感していますので(といういいわけを作りながら自分も楽しんでいるわけですが)、気晴らしをします。
今日は比較的、総菜の旨い居酒屋で一献する。
細君はまったく飲めない人なので、酒は呑みませんが、この飲み屋が比較的気に入っている。チェーン店ですが、個店ごとに比較的工夫をしており、少々値ははりますが、それなりにうまいものをだしてくれるので、母子ともにご満悦です。

今日のクリティカル・ヒットは、山芋・明太子の餅・チーズ鉄板焼き(薬味の葱多め)と季節モノですが、鰹のたたきでしょうか。

前者の混じり合うウマミと、後者の旬が宇治家参去とその郎党を圧倒する。

この行事(?)はある意味で恒例の、ルーティン化された行事なのですが、その形式と内実を今回はサプライズさせる。細君には花束を、息子さんには例の如くですが、ウルトラ怪獣のプレゼント。金はないけど出せる範囲で工夫をしてみた。二人とも大いに喜んでくれて幸いである。その喜びそのものが自分自身の喜びとなるのが人間という世の中の不思議な部分である。

へんな話ですが、形式と内実は、それぞれが別個に存在するモノではなく有機的関連しあった間柄的な関係(和辻哲郎)にあると思っています。ですので生活の中で、ときどき、その両者を点検する必要があるとおもっている宇治家参去です。

些細な日常を、「ふと……」点検してしまうと、恐ろしいことに、それまでの日常とはまったく違う日常が展開してしまいます。

それが形式に縛られない内実を創造する、イズムと訣別した日常だと思います……って早く寝よう。

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漱石文明論集 (岩波文庫) Book 漱石文明論集 (岩波文庫)

著者:夏目 漱石
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教養には、自分自身に対する節度と距離をわきまえる普遍的な感覚がある

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芸術作品という他者、あるいは過去という異質なものを受け入れる用意ができていないのであれば、伝承をどれほど正確に観察し、徹底して研究しても、十分とはいえない。他者に対し、また、自分とは異なった普遍的な視点に対して開かれていることこそ、ヘーゲルにならって、われわれが教養の普遍的特徴として挙げたところである。教養には、自分自身に対する節度と距離をわきまえる普遍的な感覚がある。それゆえ、自分を越えて普遍性へと高められるのである。自分自身や自分の私的な諸目的を、距離を保って熟視するということは、実のところ、他人の目で見ることを意味する。こうした普遍性は、たしかに、概念あるいは悟性の普遍性といったものとは違う。普遍性から個別が規定されるのでもなく、例外のない整合的論証がなされるのでもない。教養人が開かれた態度でのぞむ普遍的な視点は、妥当性のある固定した尺度のようなものではなく、他人ならばもつかもしれぬ視点として想定されるのである。その限りでは、教養人の意識は、実際のところ、多分に感覚のような性格をもっている。感覚はいずれも普遍的である。例えば視覚は、自分の全世界を包摂していながらも自己をあるひとつの視野へと向けることにより、そこで眼前に開けたものの内部で対象の差異を捉えるのである。だが、教養人の意識が五感を越えているのは、五感はそれぞれ特定の領域に機能を限られているからである。教養意識そのものは、あらゆる方面に働く。それは普遍的感覚(allgemeiner Sinn)なのである。
    --ハンス=ゲオルク・ガダマー(轡田収ほか訳)『真理と方法 I』(法政大学出版局、1986年)。

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やはりこういうのを読んでいるヨーロッパにおける教養のあり方とは、図書館の目録をすべて暗記しているというか、何か、教養必読リストを読破したのだとか……そういうありかたとは違うallgemine Bildungとでもいえばいいのでしょうか……人間を根底から土台から形成させていくもの、すなわち人格形成の要に教養が位置しているのだと思わざるをえません。

今日も市井の仕事は、“例の如く”の以上にきつかったが、休憩時間、和菓子をほおばりつつ、ガダマー(Hans-Georg Gadamer,1900-2002、※百歳越えというのも偉大です!!)を読んでいましたが、その甘さが五臓六腑に染みわたるように、ガダマーのコトバが脳内インスピレーションを刺激する。
ぶっちゃけ、“おとといきやがれぇぇ”と啖呵を切って辞めたい職場ですが、逆の観点からみると、生きている生の実存と対峙されるなかで、学ぶ意味とか学問の本来性を考えさせてくれるきっかけを与えてくれているという意味では、ありがたい職場なのかも。
ちなみにごまだれが一番旨かった。

さて……
特殊な一個的な個別の存在者が普遍へ開かれるためにはいかにすべきか。

「自分自身や自分の私的な諸目的を、距離を保って熟視するということは、実のところ、他人の目で見ることを意味する」。

自分自身を見つめ直すことで、自己のうちにおいて“他人を学ぶ”。その契機になるのが教養であり、教養体験とは“他者のリハーサル”なのだろう。

「教養には、自分自身に対する節度と距離をわきまえる普遍的な感覚がある」。

人間はその当人の五感という有限な通路しか持ち合わせていないが、その通路から世界へ開いていく意識、普遍的感覚は発現可能であるらしい。。

知の細分化、そして先鋭化する専門化とその一方での理論知の遊戯による一種のシラケムード。人が何かを学ぶということはそんなちっぽけなことではいのだろう。子供さんの学習を見ているとつくづくそう思う。たしかに、文字を覚え、文字を書き、数字を覚え、計算する。そしてその教材を閉じ、自分の時間に戻ったとき、子供さんは、自分の学びを始めだす。絵本を音読し、リンゴを数え、空のビール瓶と詰まったビール瓶を区別する。そして、たどたどしい文字ながらも、そのことをなにやら、当人における実存的な意味のコトバを書き留め始める。

作業としての学習はたしかに、きつそうだ。
しかし、その作業を終え、自己の作業(=学習)に没頭したとき、何か至福を感じているようだ。そうした往復関係のなかで、教養を知のレパートリーではなく、人格形成のひとつの契機とできれば、豊かな人間になれるのであろう。その意味でも、学ぶ機会やチャンスを減らしてはならず、楽しい生き生きとした時間にしていかなくてはならない。

さあ、仕事に帰ろ。

……って思ったけど、今日はスーパードライを飲んで寝ます。
これだけ蒸し暑いと、ドライの破壊力がしみこむ、しむこむ。

明日早く起きて仕事しよ。

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平凡さに驚愕しなくてはなりません

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個々人の剥き出しの欲望と対峙する販売職という市井の職場で仕事をしていると、ときどきその個々人の持つ、遠慮のない・無制限な個別性に振り回されることがあり、人間というイキモノに疲れさせられてしまうことが多々あります。

またそうし個々人の個々人たる所以である個別特殊性を払拭した、がっちりと固められた、大文字の言葉で、公共性とか共同体を優先させよう!という主張が口角泡を飛ばす勢いでメガホンから流れてくると、それにも疲れ果ててしまうことが多々あります。

おそらく、その両者にとっては、現実に生きている人間そのもの、そして、還元不可能な顔を持ったひとりひとりの人間から本来形成される社会そのものに、どこか人間の顔を見ていない発想があるのだろう。
人間を人間としてあるがままに扱わないがゆえに、人間そのものを疲れさせるエネルギーとして発動しているのではあるまいか。

人間を手段として扱わず目的として扱えと説いたのはイマヌエル・カントである。
そして、目的と手段は分断した在り方ではなく、実は相互に有機的に関係しているが故に、目的のためには手段を選ぶなという発想を唾棄したのはマハトマ・ガンジーである。

世の中は忙しい。
忙しさのなかで、どことなく操作されたニュースに流されてしまう。
忙しいとは、“心を亡くす”ことだそうだ。

心を亡くしてしまうと、人間に対峙しながら人間をみてしまわない結果になってしまうのであろう。だから、冷静になって考えれば、人間に本来向けるべきではない無礼な言葉も出てくれば、人間という存在を無視した集合としての共同体ありきというモノ言いも出てくるのであろう。その当人自身がその罠に陥っているにもかかわらず……。

そして……他者を手段として扱うことは自分を手段として扱ってもよいとの朱印状を自ら他者へ売り渡すことであるにも他ならないにもかかわらず……。

最近、そうしたことを常々実感する宇治家参去です。
ある意味で、形式主義的で強制(=矯正)的かもしれませんが、どこかで人間は、人間を人間としてあるがままに扱う訓練というか練習が必要なのかも知れません。

スターリンが説いたねじの論理なんて不可能だ。
ねじの論理とは、機械の部品のねじのように、人間は原理的には等価・交換可能な部品のひとつにすぎないという論理である。歴史を振り返ってみれば、その論理が破綻をきたしているにもかかわらず、合理化と生産性という名目の元に、手を変え品を変え、その手の在り方はいまだ実行力をうしなっていない。

何か空寒い在り方である。

一個の人間は誰に還元できない独自の特殊個別の存在だ。
そして自己自身が直接的にせよ、間接的にせよ、向かい合う自分以外の人間も、自分がそうであるように、誰にも還元できない独自の特殊個別の存在だ。

どこかで人間は、人間を人間としてあるがままに扱う訓練をしないといけない。
それが“他者の練習”である。
他者を学ぶことで、自己を学ぶ。自己を振り返ることで、他者の差異を讃える勇気を選択する。そうした生きる流儀が顧みられなくなって久しい。

小さな所から気をつけるしかない。
できるところから手をつけるしかない。
ファイナル・アンサーは自己自身の生活の中にしか存在しない。
生きた人間を凝視(dé-visager)しない特殊個別も普遍全体ももう沢山だ。

だから、宇治家参去は、我が子を決して呼び捨てにはしない。
我が子との交流の中で他者を学び、そこからその他の他者とも学ぶ流儀を確認するしかない。

さあ、敬称で相手に呼びかけながら、雄々しく生きていこうではないか、宇治家参去よ。
人間なんて……っていう言い方を避けながら……
そして、世の中なんて……っていう言い方をも避けながら……。

で--。
そういえば、久し振りにハイネケンの瓶ビールを発見する。
ハイネケンといえば、ワーズワース好きの気のけない友がいたが(今でも)、日本製だとサッポロビールしか飲まず、海外だとハイネケンが一番大好きだといってはばからない友人がいた。彼とよく、夏になると伊東へ繰り出し、浜辺でハイネケンを瓶のままやった思い出が懐かしい。
そのI氏が教えてくれた“生きる流儀”が“せせら笑うな”ということ。ときには、論点をめぐりぶん殴りの激論もかわしたし、映画を一緒に見て泣いたこともあった。そのなかで、I氏が大切にしていたことは愚かさも賢さも含めて人間を“せせら笑うな”ということであった。

今日は少しノスタルジアにでもひたりつつ、ハイネケンで軽くやって寝ましょうか。

なんと今日は、レポート添削10通/1日という自己ベストを更新しましたので、そのご褒美に。

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ポワリエ あなたは他者の顔との関係は、はじめから倫理的なものであるとおっしゃっておられますが、なにゆえそうなのでしょうか?

レヴィナス 倫理、それはあなたにとって異邦人であり、あなたに関係ない他者が、あなたの利害にかかわる秩序にもあなたの感情にかかわる秩序にも属さない他者が、それにもかかわらずなお、あなたに関係する場合の身の処し方をいうのです。他者の他者性があなたにかかわるのです。それは対象が知によって聖人されるような認識の秩序(それは諸存在者との関係の唯一の様態とみなされていますが)とは別の秩序に属する関係です。純粋な認識の一対象に還元されることなしに、私たちは一個の自我にとって存在しうるでしょうか? 倫理的関係のうちに置かれたとき、他の人間は他のものにとどまります。そこにおいては、他者とあなたを倫理的に結びつけるのは、まさしく他人の違和感であり、こう言ってよければその「異邦人性」(étrangereté)なのです。これは平凡なことです。けれどもこの平凡さに驚愕しなくてはなりません。超越という観念が立ち上がってくるのは、おそらくここにおいてであるからです。
    --エマニュエル.レヴィナス・フランソワ.ポワリエ(内田樹訳)『暴力と聖性 --レヴィナスは語る--』(国文社、1991年)。

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一人一人が自分の思想を持つ時に、偉大な思想を、本当に偉大な思想として理解する

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火曜は休みなので、本当は早く起きて、紀要の論文に手を入れ、来週の授業の準備を済ませる予定でしたが、出張中および昨日まで連日がっつり飲んでおり、その疲れが出たのか、久し振りに爆睡してしまいました。

さて……
昼頃起きたことを悔やんでもしょうがないので、気を取り直して、顔を洗うと、息子さんが家にいる。風邪を引いたことだとのことで幼稚園を休んだらしい。

ひとまず、あさって〆切のレポートの添削にとりかかり、大学へ返送する。
本当は家で仕事をしたいのだが、何をたのまれるのかわかったものではないので、荷物を発送することを口実に外出する。

宅急便センターへ荷物を預け、自転車で赴くままに野趣あふれる武蔵野の夏を堪能する。
途中、古本屋や喫茶店によったりしながら、気ままに時間を過ごしましたが、いいリフレッシュになる。帰宅すると18時を過ぎていた。

夕食後……
細君がこれから用事で外出とのことで、息子さんと二人っきりになってしまうが、軽くウルトラ怪獣ごっこを行い、関連DVDを一緒に見ていると、知らない間に寝てしまっていた。

細君が帰宅すると、息子さんは、
「パパ、ねんねしてしまったよお~」
「だめねぇ~」

そのやりとりで目が覚める。

たまにはこんな休日があってもいいでしょう。働かない宇治家参去の一日でしたが、お許しを。

入浴後、仕事をする気にもなれないので、ビールを飲みながら、フランス文学者・森有正(1911-1976)のエッセーを再読する。大日本国憲法発布式典の当日暗殺された、初代の文部大臣、明治の六大教育家の一人である森有礼(1847-1889)の孫が森有正である。きちんとした日本語で、自覚の問題としてのモラルを語るその文章は、モンテーニュやパスカルのそれを思い浮かばせる。
読み耽りながら実感するわけですが、思想や哲学の問題は、どこか自分自身の生活やその職業的実践と全くかけ離れたところに存在するのではないのだと思われて他ならない。思想や哲学の問題を日常的な実践と切り離してしまったところに、今日の不幸が存在するのであろう。常々思うところですが、その言葉を洗練させ、存在とか認識とかそういう問題に関して集中していったひとびとの歩みが哲学者のそれであり、人間の営みを言葉として洗練させ集中していったのが文学者たちの歩みであり、市井の人々は“語り”という営みを通じて、その言葉を紡ぎ出しているのであろう。蛇足ながらもちろんその両者が素敵な握手をする瞬間に、その人にとっての究極的な関心事としての宗教の問題が立ち上がるのでしょう。

「自分のある内的な促しが吹き出してまいりまして、そこから経験というものがだんだん結晶化していく。それがさらに言葉を生んで社会と結びつき、さらにそれが一つの思想体系となって普遍的なものになっていく」

ひとりひとりの生活の現場という極めて特殊個別的なローカルな部分を大切にせずして、グローバルな普遍的な在り方といものは立ち上がらないのであろう。そう実感せざるを得ません。

自己の仕事に打ち込む。その労苦の中で、経験を結晶化させ、普遍的なものへとつながりゆく言葉と己自身を磨き上げたいものです。

明日からまた頑張ろうと思うので、今日はおやすみなさい。

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 私はだいたい経験という場合に次のことを考えています。
 まず私どもの内側にある促しということです。これは今日説明する時間がありませんから、一言だけ申し上げます。
 私どもは必ず内側に促しを持っている。それに応じて私どもには経験というものが提示されてくる。それに名前をつけるために言葉というものが出て来る。さらにその言葉自体が一つの体系を成してくるとそこに思想というものが生まれてくる。思想になった時に初めて、私どもが自分の内側に促しとして持っていたものが、だれもがそれに参与することができるものになるということですね。自分だけが持っていたものが、万人が参与することのできる思想というものになる。これが私は人間の一生というもので、彫刻家であろうと芸術家であろうと、あるいは聖人であろうと、なんであろうと究極の人生で生きる意味はそれしかない。自分が自分の内面の促しとして、自分が一番心の底で思っているあるものが、私どもの経験の中核となる。その経験というものは、さらに言葉を呼ぶ、その言葉というものはさらに組織されて、一つの思想となる。その時の思想は本当に私の思想となる。けれども私の思想は、実は思想である以上、先祖以来の言葉によって作られた思想である以上、すべての人、すべての日本人がそれを読むことができる。すべての日本人がそれに参与することができる。
 ですから思想というものは、決してある思想家だけの、たとえば西田幾多郎だけの思想ではない。一人一人が思想を持っている。一人一人が自分の思想を持つ時に、偉大な思想を、本当に偉大な思想として理解することができるわけです。
 人生のなかにいろいろな仕事があり、何千何万という職業があっても、結局人間が生きていくという意味はそれしかないと思います。一人の、ほとんど動物のような赤ちゃんとして生まれ、その中に、自分のある内的な促しが吹き出してまいりまして、そこから経験というものがだんだん結晶化していく。それがさらに言葉を生んで社会と結びつき、さらにそれが一つの思想体系となって普遍的なものになっていく。
 彫刻家は石だとか金属だとか、そういうものを使って同じようなことをやっているわけです。絵かきは絵の具を使って同じようなことをやっている。音楽家は音を使って同じようなことをやっている。それから、事務をとる人は、事務というひとつの仕事の体系を通じて同じことをやっている。学校の先生も同じことをやっている。学校の先生は学問しているから偉いのではなく、学校の先生だから偉いのです。子供を教育するということについても同じだけの過程を分で思想に至ることができます。
 そこにはいかなる職業でも、上もなければ下もない。ただ思想というものを、西田の思想だとかカントの思想とか、特別な人が持つように思っているから間違えるのです。
 たとえばバッハの音楽は偉大です。けれども私ども一人一人が詩を歌うことができるでしょう。あるいはルオー、ゴッホは偉大な絵かきだ、しかし私どもでもいろいろなデッサンをしたりしてお互いに喜ぶことができます。
 ですから、すべての人が結局同じ道を歩いているのです。その中にまた優れた普遍性の高い人が出て、すべての人がその周りに集まって、それに感嘆することができるわけです。
 こういう一番大切な道を捨てて、ほかのものをやることはすべて時間の浪費であると私は考えます。
    --森有正「経験について」、『思索と経験をめぐって』(講談社学術文庫、1976年)。

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知恵は老年医学である必要はない

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 完璧にバランスのとれた釣合いのよい判断力は、ひょっとすると、若者が部分への情熱や偉大な野望を強引に禁じてしまうかもしれない。そういう追究を通してこそ、青年は強烈な経験や偉大な成功へと導かれるのであるが。たとえ年をとってバランスを保っている人でもいつもアリストテレス的な中庸にとどまっている必要はない。ありあまる情熱でこちらの方に進むが、やがてその埋め合わせのように、別の熱情で反対の方に進む、という風に曲折した道をたどるかもしれない。この人のバランスは中心となる傾向の方向性の中に示されるかもしれない。またさらに本道からの逸脱はそんなに大きくも長い間でもなく永続する悪い結果を残すこともないという事実によっても示されるだろう。すぐに自分自身を正しく復元する能力は時間のバランスの上にも引続き繰り返される型をあたえるが、それでも、ある意味では、それは若い時期のロマンスや情熱的な行き過ぎのあるものを許しまたあらわしもする。知恵は老年医学である必要はない。
    --ロバート・ノージック(井上章子訳)『生のなかの螺旋 自己と人生のダイアローグ』(青土社、1993年)。

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通俗的な人生論レベルの話題で恐縮ですが、知識も必要だが、知識を使いこなす知恵(ないしは智慧)も必要なのが生の現実である。その知恵を最終局面において押しい出すのが、実は宗教とか信仰とかで語られるレベルでの生の飛躍(ベルクソン)ではなかろうかと思われるのだが、その部分は、宇治家参去自身も纏まっていないのでひとまず置く。

このところノージックの著作をずんやりと読んでいるわけですが、結局のところ、全体というなかでの自己という極点が、全体をふまえてなにかしら歩み出せねばならぬものなのが人生なのかなあと実感する昨今ですが、そのことを授業しながら、そして市井の仕事をしながら身にしみる宇治家参去です。

知識/智慧といった二元論にも勿論問題があるわけですが、伝統的な議論に従えば、知識は学ぶことはできても、智慧は学ぶことができない。いわば知識を身につけた自分自身が古今東西の叡智に耳を傾けながら、その沃野を切り開く中で試行錯誤するなかでしか身につけることは出来ないのであろう。そのことを強く実感する。

アリストテレスの説く中庸とか、大乗仏教で説かれる中道思想的な、いわば“なにものにも左右されない人間としての根本的在り方”を身につけることは、ひとがより幸福に生き抜く為には必要な在り方ではあるが、それは何かできあがったものではなく、失敗したり、成功したりするなかで、自分自身の知として獲得する労作業なくしては獲得不可能な在り方なのではなかろうかと思っている。そのことをノージックの言葉はうまく説明している。

六月一杯で、市井の職場を退職するのがバイトのN君だ。
月曜が最終出勤日。彼は大学生で、なかなかふつうのバイト君よりも仕事も出来、頭も切れる逸物だが、勤務パターンが今の生活にあわないことと、めざすべき方向性と比較的合致した新しい仕事も見つかったとのことでこのたび退職となる。

嬉しいことである(仕事的にはきつくなるが)。

業務の終了後、慰労会となる。
3月にいち早く退職したM君も駆けつける。もうじき辞める予定のS君も休日なのに参加してくれる。

嬉しいことである。

乾杯。
飲み始めると止まらない。体調は良くないが結果論としては宇治家参去が一番飲んでいた。彼らはこれからカラオケへ流れる。宇治家参去は仕事もたまっているので帰宅する。

「知恵は老年医学である必要はない」

いまの努力や薫陶がそのまま未来の自己自身へ直結するわけではない。
しかし、その努力や薫陶は全く無意味なものではないはずだ。
自己自身を見つめ直し、努力する青年ほど美しい姿はない。

その試行錯誤のなかで、ひとはようやく“中庸”を手にするのであろう。

N君がんばれ、M君頑張れ、そしてS君頑張れ、そしてをつづけるならば宇治家参去も頑張れ!!

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