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目覚めとは他者との出会い

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最近、つくづく思うのが……自分自身の実感というレベルで論理だった哲学的議論とはほど遠く恐縮ですが……“自覚”の問題だよな、ってことです。自分自身がいまいちばん大切にしていることばです。

現実の矛盾をひとつの目で直視しながら、その現実を超克する在り方をもうひとつの目で同時に直視する……これしかないよなっていうのが実感です。

片目をつぶると、「シカタガナイ」とぼやくだけのエセレアリストになってしまう。
片目をつぶると、「革命に続けえええ!」と安全地帯から同志を恫喝する夢想的な職業革命家になってしまう。

両眼をあけて、そして“覚めて”ものごとにあたるしかない。

今日はレジを久し振り(でもないのですが)ガッツリ打つ中で、そんなことを実感する。

そして、休憩中に読んだブッダの言葉とレヴィナスの言葉にしみいる宇治家参去です。
このところまたしても、日本酒を禁忌しておりますので、今日はワインです。

1本呑んで寝ます。
そして両眼をあけ、世界と、世界の中における自己自身を自覚しながら、一歩づつ進んで参ります。

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目ざめていて、念(ねん)を落ちつけ、正気でいて、心を統一させ、喜んで、心もちが明らかに澄んでいる者は、適当な時々に正しい教えを熟考して、生まれと老い、ならびに憂いを乗りこえよ。それゆえに、つねに目ざめておれ。
    --中村元訳『ブッダの真理のことば・感興のことば』(岩波文庫、1978年)。
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 哲学とは人間が語ることがら、また思考しながら語りあうことがらについて問うことを可能にするのだ、と私なら答えるでしょう。言葉のリズムや言葉が示す一般性にうっとりと酔ったままいるのではなく、この現実というもののなかの唯一者の唯一性、つまり他者の唯一性へとみずからを開くことなのです。言い換えるなら、要するに愛へとみずからを開くことなのです。歌うようにではなく真に話すこと、目を覚ますこと、酔いから覚めること、リフレインと手を切ること、それが哲学なのです。すでに哲学者アランは、明晰とされている私たちの文明のなかで「眠りの商人」から到来するあらゆるものについて、私たちに警告していました。すでに目覚めをしるしづけていたさまざまな明白なことがらは、しかし依然として、またつねに夢になってしまっているのですが、そのような明白なことがらのなかで、哲学は不眠として、新たな目覚めとしてあるのです。

 --不眠であることが重要なのでしょうか。
 目覚めは人間に固有のものだ、と私は思います。目覚めとは、酔いからの、より深い哲学的な覚醒を目覚めた者たちが探求することなのです。それはまさしく他者との出会いです。他者が私たちを目覚めへと促すのです。また、目覚めはソクラテスとその対話者たちとの対話に由来するさまざまなテクストとの出会いでもあるのです。

 --他なるものが私たちを哲学者たらしめるのでしょうか。
 ある意味ではそうです。他なるものとの出会いは大いなる経験、あるいは大いなる出来事なのです。他者との出会いは補足的知識の獲得に還元されることはありません。私には決して他者を全体的に把握することなどできません。もちろんそうです。けれども、言語の生誕地たる、他者に対する責任、他者との社会性は認識をはみ出してしまうのです。私たちの師であるギリシャ人たちはこの天に関しては慎重ではありましたが。
    --エマニュエル・レヴィナス(合田正人・谷口博史訳)「不眠の効用について(ベルトラン・レヴィヨンとの対話)」、『歴史の不測 付論:自由と命令/超越と高さ』(法政大学出版局、1997年)。

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近頃、本当に暑いので、昼過ぎから自宅ではカーテンを閉めます。
これだけで同じ設定温度でも大きく違ってくるのが不思議です。
人間は太陽を直視すると目がやられてしまいます。

しかし、人間は人間と世界を直視すると、思いもかけない展望と真理がひろがってくるのだと思います。

読者諸氏へ。
ほんとうに、最近考察できずスンマセン。

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