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純粋に、決然と、普く妥当するように

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連日暑い日が続くのですが、火曜は、以前から子供に約束させられていた『ウルトラマン・フェスティバル2008』(池袋、サンシャインシティ)へ行って来る。
朝一で参加したので、比較的混雑してなかったが、ひととおり、鑑賞すると、家族ずれであふれかえっていた。

世の中にウルトラファンの多いことに改めて時間する。

ライブステージも鑑賞し、お土産も購入し、昼食を取って一息つく。

子供に一番何がよかったかと尋ねると……

「玩具!」

と答えていた。現金なものである。細君も少し甘いところがあるので、かなり大量に購入していたようである。

さて、昼食を挟み、サンシャイン国際水族館へ移動する。
暑いので屋外のショーは鑑賞せず、水槽の世界で住ませるが、都心のビルのなか(というか屋上)によくも、こうコンパクトに水族館をうまく作ったものだと、訪問するたびに実感する。大きな水族館には大きな水族館の魅力があるわけですが、小さな水族館にも小さな水族館の魅力があるのかもしれません。距離の近さとでもいえばいいのでしょうか……。

こちらもひとしきり鑑賞すると、夏休みだからなのでしょう……、「崖の上のポニョ」とタイアップした水族館企画もあったので、ぐるっと少しのぞいている。子供も楽しそうであった。

水族館の後は、サンシャインの展望台へ。
自分が今日一番楽しみにしていたのが、これである。
「世界の缶ビール祭」という企画があり、BECKS(ドイツ)、HINANO(フランス領ポリネシア)を頂戴する。両者とも苦みのちょいと効いたすっきりしたビールで、一日の疲れが吹き飛んだ。

さて、先週末の盆踊り、学校見学、そして今日のウルトラマンフェスティバル関連で、一連の「夏休みにおける父親業」が終了する。来週には細君も子供も帰省するので、自分自身にようやくうちこめる夏の到来です。

まずは、成績を早くつけてから、すこし、読んでいない文献に眼を通していかなければと思います。来月中旬には、スクーリングの集中講義もあるので、それように再度組み立て直しも必要です。

ま、いずれにしても今日は父母ともに“疲れた”一日でした。
しかし、子供さんは全く疲れていなかった。
まさにゲーテが「自己と世界を自覚していかなる生活環境にあっても自己を守りとおす無比なる力を持しつつ、世界と対立している」ように、全エネルギーを傾けて、詩ではなく、ウルトラマンと関わっているようである。

そうした無尽蔵な人間力をどこか大人はセーブしてしまうのかもしれません。

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 ゲーテは、自己と世界を自覚していかなる生活環境にあっても自己を守りとおす無比なる力を持しつつ、世界と対立している。彼自身全エネルギーをもって一瞬を生きると同じく、彼の詩は体験に発している。彼の全感情内容を強く生き生きと感じ取る無限に敏感な或る性情に或る事象が作用して喚起するもののすべてを、ゲーテは体験しており、そしてそれを詩に提示する。純粋に、決然と、普く妥当するように。あらゆる情勢の感情内容がそのようにして汲みつくされるので、彼の抒情詩の測りがたいゆたかさの中に、人間の一典型の世界に対する関係がことごとく映し出されているように見える。そのような詩こそ、世界のあらゆる感情的価値に彼と同じく、すなおに心を傾けつつ、しかもそのために己を忘却することのない力が無尽蔵に湧きでる源である。というのは、いかに悲痛な詩においても、われわれは、詩人がいつかはあらゆる苦悩を克服するであろう、新たな大陽がかがやくであろう、その力で詩人は新事態に立ち向ってゆくであろうということを感じさせられるのである。
    --ディルタイ(小牧健夫・柴田治三郎訳)『体験と創作 (下)』(岩波文庫、1961年)。

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Dilthey

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