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千のレコード、万のCDよりも一つの生の歌声

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 踏み切りに近づくと、ちょうど列車がさしかかったところだった。間に合った、先頭の機関車から最後尾の車掌車まで、全部見られる--。ユリシーズは機関士に手を振ったが、機関士は手を振り返してくれなかった。五人のただ乗りの男たちにも手を振ったが、応えてくれてもよさそうなのに、やはり誰もが知らん顔である。やがて、屋根のない貨車から身を乗り出す黒人の男の姿が近付いてきた。列車の轟音を越えて、男の歌う歌が聞こえた。

 ああわが君、しのびたまえ。
 いざ歌わん、別れの節を
 さらばケンタッキーの家よ。 (津川圭一訳詞)

 ユリシーズは歌声の主にも手を振った。すると、予期しなかった不思議なことが起きた。ほかのただ乗り男たちはユリシーズを無視したのに、彼らとは肌の色の違うこの浮浪者が、手を振り返してくれたのだ。「坊や、俺は家に帰るんだよ、故郷(くに)に帰るんだ!」と叫びながら。
 少年と黒人の男は、見えなくなるまで手を振り合った。
    --ウイリアム・サローヤン(関汀子訳)『ヒューマン・コメディ』(ちくま文庫、1993年)。

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日曜日の夜--。
市井の職場の仕事があるのだが、実は本日、大切なソロ・ライブが控えていた。
大親友というか--親友というには年の差がありすぎるので--大後輩といったほうがよいか、Nさんのソロ・ライブの日である。もともと自分の職場で働いていたバイト君なのだが、3月に専門学校を卒業し、自分の道を歩んでいる。

基本的には、バンド活動(?)になるのだが、本日は本人ひとりでのソロ・ライブだ。どうしても休みがとれず当日となったが、課長に相談し、早退させてもらおうかと思い話したのだが、店長との飲み会があるため困難とのこと--ガクッ。

行かないわけにはいかない--ので、自分の休憩中に、「外食してきます」との理由で、中抜けさせてもらい、一瞬だが、かけつけ参加・鑑賞させてもらう。

ライブハウスというよりも、20名も入れば満席といったふうなジャズバーといった呼び名が正しいような、ライブカフェ。扉をくぐると、ちょうど一部が終了した時点でのintermission。ソロの当人N君の御母堂も来られていたようで、挨拶される。

懐かしい顔の面々(彼らも既に退職したバイト君たち)を発見し、しばし懇談。

「宇治家さん! 仕事中ですよねえ、飲んだらだめですよ」
「オレが飲むの期待してんだろ~」
「図星です」
※あるこーるは全く飲みませんでした。蛇の生殺しです!

とか、やっていると、2部がスタートする。
1部を見ていないのでわからないが、2部は、ソロの弾き語りといよりも、バンド編成でのソウルフルな熱唱(ベースとドラムの女の子はマスターが今日のライブのために手配してくれたようです)。前から聞いていましたが、今日はオリジナルよりも、名曲に絞ったような選曲。なので、聞いていても乗ってくる。

1曲だけ聴いて、タイムアウト。
職場に戻らねばならないので、そおっーと抜け出す。
彼のお母さんが挨拶に来る。

さて実感。

まずいえることは、巧かろうが下手であろうが、千のレコード、万のCDよりも、生演奏がいいってこと。もちろん趣味の問題もあるが、迫力と熱と汗が伝わってくる。

そして高評(?)。

以前に一度、当人の弾き語りを聞いたことがあるのだが、歌唱力・技術力では、正直、まだまだなところがある。それは一番本人が理解している。それは当人が奮闘修行するその分野である。しかし、今回発見したのは、そういったテクニカルな問題ではない。

すなわち--
①歌っている本人が、“どうしようもないほどに”音楽が大好きだ!ってこと。
②(そして)歌っている自分に酔うのではなく、歌っている自分も音楽を楽しみながら、そしてお客様にも楽しんでもらうっていう無作為なあり方(聞き手に媚をうるとかそういうのではなく、一緒に音楽楽しもうぜ!っていうのがびんびん伝わってきました)。

そこが彼の音楽の彼の音楽性というか等身大の人間性ということなのだろう。1曲しか聴くことはできなかったが、いいひと時であった。

そして--。

終了後、隣に座っていて、聞いていた知り合いからメールがはいる。

「宇治家参去さん、いつの間にいなくなったんですか? 仕事へ戻るのは分かっていましたが--」

彼の音楽の強さがそこにある。

それとなく自分としては抜け出したつもりなのだが、それに気づかないほど、聴衆は、熱心に聴いていたことだろう。

課題は沢山あることだと思う。
だけど、それをこなして奮闘してほしい。
宇治家参去には、音楽の道では使命はない。
だけど、自分の道を着実歩んでいく営みを無益だとせず、大地のうえで、開かれたあり方として、その歩みを続けいくのが大切だと実感した。

ライブ・カフェを後にして、職場に速攻で戻る。
席を外して、ものの30分でしたが、クレームなどなにも問題事なく一安心(その日の“大人”が自分しかいなかったもので)。

うえには、サローヤン(William Saroyan,1908-1981、※ちなみに宇治家参去が最初に通しで英文(原文)で読んだ小説がこの「ヒューマン・コメディです!)の『ヒューマン・コメディ』を引用しましたが、まさにヒューマン・コメディのような30分でした。

手を振れば、振り替えす--そうした人間の“あいたい(相対)する”起爆力が生の音楽にはあるのかもしれません。

いうまでもないことですが、

ガンバレ!

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