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「きょうも、暑うなるぞ」

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 おそらく『東京物語』は、そのほとんどが快晴の空の下に展開される小津のモノクロームの作品系列の中でも、暑さの印象をとりわけみごとに定着しえた作品だろう。感動的なのは、その一貫した暑さなのだ。日本的な季節感からすれば、こんなときに一雨降ってくれればなどとつぶやきたくなろうというものなのに、ここでの作中人物たちは、誰ひとりとしてそんなことなど思っても見ず、ひたすら暑さと晴天とをうけ入れているかにみえる。妻を失ったばかりの笠智衆が高みから尾道の港を見おろしながら、「きょうも、暑うなるぞ」と口にするとき、彼は、まるでそのことを祝福しているかのようだ。あるいは。自分が小津的な世界を見失っていないことを実感し、ふと安堵しているようだといってもよい。『秋日和』で何度も思い出話として言及されている原節子の夫の葬儀の日のように、『東京物語』の東山千栄子の死んだ日も、その厳しい暑さ故に記憶されるだろう。『小早川家の秋』で中村鴈治郎が死ぬのも、秋とはいえ、そうした暑い一日になることだろう。老人たちは、例外もなく快晴の日に息を引きとる。『東京物語』は、その好天と高温とを白黒画面に定着しえたが故に、とりわけ重要な作品なのだ。その後の色彩映画には、もはやこの鈍く乾いた画面の輝きはない。
 だがそれにしても、仰角で空を見あげる画面が多く含まれいるわけでもないのに、この作品ほど陽光のまばゆさを残酷に実現した作品もあるまい。これをみながら、われわれは、小津が陰影の作家ではなく、白昼の鮮明さに貫かれた作家であったことに、改めて感動する。もちろん、夜がまったく描かれていないわけではないし、初期の犯罪映画には闇が生なましく息づいていることさえあるのだが、にもかかわらず、小津はあくまで白昼の作家だというべきであり、澄みきった空から、一滴の雨も落ちてこないことにこそ感動すべきなのである。小津が白昼の作家であるが故に、不意に雨が降ったり、夜の湿りけが寒さとともに迫ってくるような作品がまた感動的になるのだ。
    --蓮實重彦『監督 小津安二郎』(ちくま学芸文庫、1992年)。

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昨日は休みでしたが、家事に追われる一日に明け暮れる。
その日、東京では猛暑日を記録したといわれるが、誰に言われなくとも暑い一日であった。布団を干して洗濯機をまわし、雑事を片づけるだけで汗が出てくる。

何度も風呂に入り汗を流すわけですが、それでも疲れます。

夜は豪華に自作の回鍋肉です。

さておもえば、小津作品の登場人物ではありませんでしたが、不思議なもので、少年時代は、夏の暑さを暑いと思うことがあまりなかったようである。自分の子供をみていてもそうなのだが、確かに汗をかき、アイスを食べ、冷たい飲み物を欲しますが、どうも見ているとクーラーがなくても生きてはいけるような生きものとして存在している。

そういうのを見るにつけ、ひとはいつから暑さを暑さとして認識するようになるのか、ふと考えてしまう今日このごろです。

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ここでの作中人物たちは、誰ひとりとしてそんなことなど思っても見ず、ひたすら暑さと晴天とをうけ入れているかにみえる。妻を失ったばかりの笠智衆が高みから尾道の港を見おろしながら、「きょうも、暑うなるぞ」と口にするとき、彼は、まるでそのことを祝福しているかのようだ。

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実に、大人が「きょうも、暑うなるぞ」と口にしても、少年少女は、「まるでそのことを祝福」しているのです。現在の宇治家参去としては、暑さを祝福するほどの人間としての厚さの幅はまったく持ち合わせていませんので、「きょうも、暑うなるぞ」といわれると、「堪りません」と答えるほかない。

池波氏もどこかで、若い頃は、「夏の暑さ」は平気だったと語っているが、年を重ねるにつれ、「耐え難い」ものになってきたと吐露している。

猛暑・熱帯夜が続きますが、皆様方ご自愛専一心よりお祈り申しあげます。

で……。
昨日、ひとつ、家事を忘れていたので、今朝行う。
金魚の水槽の水替えである。
水槽を洗い、新しく、すこし冷たい水をいれてやると喜んでいるようである。

自分もこれからもう一風呂浴びてから、仕事へ向かおうかと思います。

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