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【覚え書】「いや、実に人間の心は広い、あまり広すぎるくらいだ」、『カラマーゾフの兄弟』より

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寝酒の肴にドストエフスキー(Фёдор Михайлович Достоевский,1821-1881)が良くないことは知っているのだが、読み出すと止まらなくなってしまった。これで8回目。

金が無いので新訳で読めず、古いので読んでいます。

いつ読んでも新鮮です。

ひとつ気になったところを発想のネタとして【覚え書】として記しておきます。

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 俺はつまりこの虫けらなんだ、これは特別に俺のことをいったものなんだよ。我々カラマーゾフ一統はみんなこういう人間だ。お前のような天使の中にもこの虫けらが巣食うていて、お前の血の中に嵐を引き起こすんだ。全くこれは嵐だ。実際、情慾は嵐だ。否、あらし以上だ! 美--美という奴は恐ろしい怕(おつ)かないもんだよ! つまり、杓子定規に決めることが出来ないから、それで恐ろしいのだ、なぜって、神様は人間に謎ばかりかけていらっしゃるもんなあ。美の中では両方の岸が一つに出合って、すべての矛盾が一しょに住んでいるのだ。俺は無教育だけれど、このことはずいぶん考え抜いたものだ。実に神秘は無限だなあ! この地球上では、ずいぶんたくさんの謎が人間を苦しめているよ。この謎が解けたら、それは濡れずに水の中から出て来るようなものだ。ああ美か! その上俺がどうしても我慢できないのは、美しい心と優れた理性を持った立派な人間までが、往々聖母(マドンナ)の理想を抱いて踏み出しながら、結局悪行(ソドム)の理想をもって終わるということなんだ。いや、まだまだ恐ろしいことがある。つまり悪行(ソドム)の理想を心に懐いている人間が、同時に聖母(マドンナ)の理想をも否定しないで、まるで純潔な青年時代のように、真底から美しい理想の憧憬に心を燃やしているのだ。いや、実に人間の心は広い、あまり広すぎるくらいだ。俺は出来ることなら少し縮めてみたいよ。ええ畜生、何がなんだかわかりゃしない、ほんとうに! 理性の目で汚辱と見えるものが、感情の目には立派な美と見えるんだからなあ。一たい悪行(ソドム)の中に美があるのかしらん? ところで、お前は信じないだろうが、大多数の人間にとっては、全く悪行(ソドム)の中に美が潜んでいるのだ、--お前はこの秘密を知ってたかい? 美は恐ろしいばかりでなく神秘なのだ。これが俺には怕かない。いわば悪魔と神の戦いだ、そしてその戦場が人間の心なのだ。しかし、人間て奴は自分の痛いところばかり話したがるものだよ。いいかい、今度こそほんとうに用談に取りかかるぜ。
    --ドストエーフスキイ(米川正夫訳)『カラマーゾフの兄弟 第一巻』(岩波文庫、1957年)。

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