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夢の教室、そして、現実の教室

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本日、勤務校・通信教育部の夏期スクーリング(集中講義)が終了する。
1限目が、最終講義。2限目が試験となる。

今回は、じっくりとやったので、一番進行速度の遅い講義となったが、自分としては真剣に全力で講義できたのではないかと思われる。ただしそこに安住してはいけない。
より素晴らしき講義を目指し、日々の生活の“ただ中”で、ひとの顔を見つめながら、学問と向かい合わなければならない。

授業でも紹介したスピヴァク(Gayatri Chakravorty Spivak,1942-)が言っている。

 「生きることはダブルバインドそのもの。しかし生きて何かをするというゲームから降りることはできません」

人間とはそういう生きものである。

授業をしめくくるにあたり次のような言葉を学生さんたちに贈った。

「この教室での4日間の授業は、“夢”の世界です。そして“机上”の世界です。“夢”の世界の4日間の教室です。授業は今日で終わりです。終わった瞬間から、その人自身の日常生活が再開します。仕事、家事、学業……すべての日常生活が再開します。“現実”の世界です。では現実の教室はどこにあるのか。今からはじまる“現実”の世界こそが、倫理学の教室です。時には涙することもあるし、笑うこともある。挫けることもあれば、意気軒昂と前進できるときもある。その“現実”の世界の“ただ中”という教室で、身近なものに注目し、発見し、考えてもらいたい。この“夢”の世界を出た瞬間の、“現実”の世界という教室から倫理学の学習ははじまります!」

本当に受講された皆様、ありがとうございました。
倫理学などを語るのは、本来、熟練した教員が語るべき科目なのかもしれません。
しかし、人間のできていない、常に悩みの現場で格闘しているヘタレ教員の授業を眠りもせずに、聞き続けてくださいまして、ほんとうにありがとうございました。

皆様本当にありがとうございました。

そしてもうひとつ。

こうした教鞭を取る機会を与えてくださった、人生の師匠、本当にありがとうございました。この感動を忘れず、報恩できる一歩一歩の歩みを続けて参らねばと、再び決意する。

で……。

答案をぱらぱらみていたのですが……最後にちょっとしたコメント(授業の感想)なんかが書いてあるのですが、次のようなものを発見する。

すなわち……

「先生はとても「しかしながら」の接続語が好きなようです。今日の9:15~9:45の30分の間で、5回使用しました。先生が学問道一筋で食べていけるよう祈ってます!奥様、お子さまを大切に」

「No!」

自分では意識していないのですが、そうした身近なところに注目し、発見し、そして自分で考え、その内容を思索から自覚へ高め、そして絶えず社会と歴史に学ぶのが倫理学であるとすれば、このコメントを書いた学生さんは既に倫理学を始めだしたことになるのであろう。

教室以外でも出会い、語らった皆様、本当にありがとうございました。

で……。
この4日間、基本的に寝不足でしたので(理由は聞くまでもない)、今から少し飲んで寝ます。肴が何もないので、庭で育ったゴーヤでも眺めながら……。

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告白・独白・毒吐の日々」カテゴリの記事

コメント

 宇治家参去先生、こんにちは!

「現実の世界が、倫理学の教室」という言葉に納得と感動です。

夏期スクーリング2期の参加と、学光祭(19日開催)の学光オーケストラの メンバーとなる機会が有り、授業と練習でとても忙しくも充実した5日間となれました。  (聖教新聞20付1面に横顔をほんの小さく写っており)  創立者に感謝の思いで、地元の方達はじめ、近隣の方に、S大学夏期スクーリングを紹介することができました。

四国方面、7月6日(日)「瀬戸大橋開通20周年記念 ”杜の賑わい IN 四国 2008” 」アルファあなぶきホール(大ホール)へ 日帰りで家族で行き、とても感動しました。

秋期スクーリング3期E群参加に向け、取り組んでいきます。 頑張ります!

ありがとうございました。

投稿: サマンサ | 2008年8月30日 (土) 16時32分

サマンサさんゑ

いつも拙論を読んでくださりありがとうございます。

また夏期スクーリングお疲れ様でした。学光オーケストラの出演および報道おめでとうございます! 本当に良い機会になったと思います。
自分はその日は、学生さんと会うために八王子まで出かけていたのですが、夕方より所用があり学光祭は欠席させて頂きました。是非、来年は伺ってみようと思いますので、サマンサさんの勇姿を今から期待しておきます。

さて、本当に実感するのは、「現実の世界が教室」という部分です。このことは倫理学だけに限られた問題ではないのだと思います。つくづくこのブログでも書いていますが、そうした概念化された言葉の奧に、どのようにリアルな「顔」「人間像」を思い浮かべることができるのかどうか、そのことが試されているんだなと最近実感しております。
たしかに、現実の教室って、大変なんですが、そこにしかリアルな生活は存在しない。それを照射するのが、夢の教室です。その両者があってこそ、人間は理想と現実をつなぎとめながら、雄々しく歩みをすすめることが出来るのでは……などと思ってしまいます。

とわいえ、本当にこの夏はいい思い出がつくれたようで何よりです。自分も自己自身の生涯に欠かすことの出来ぬ思い出を気づけたような気がします。

秋スクも参加されるとのこと。
自分の授業は1期B群(秋スクは実は今回が初めてです!)で期は違いますが、是非お声がけ頂ければと思います。

投稿: 宇治家 参去 | 2008年8月31日 (日) 03時07分

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