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朋あり遠方より来る

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学びて時にこれを習う。また説(よろこ)ばしからずや。朋あり遠方より来る、また楽しからずや。人知らずして慍(うら)みず、また君子ならずや。
    --金谷治校注『論語』(岩波文庫、1999年)。

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人間は学ぶ喜びを知っている。
ひとは、何かを知りたいと思い学ぶ。
そして、そのことを復習しながら、自分の財産へと転換する。

そしてそのことを友と胸襟をわって話しあう喜びは何ものにも代え難い財産である。そうした友の訪問を待つのではなく、友のところへ出かけてその語らいをしたいものである。

そして、自分の努力を無意味とは思ってはいけない。
賞讃する人間がだれもいないとして、気にかけてはならない。その歩みの中に人間の歩みが存在する。

……そうしたことを実感したスクーリング2-3日目の宇治家参去です。

2日目夕刻。
名前しか知らなかった学生さんたちと、盃を交わす。
リアルな顔(レヴィナス)と眼差しで対峙しながら、友誼をあたためる。
いつも、飲み始めると、“壊れる”まで“飲んでしまう”のですが、今日は初めての方もいらっしゃいましたので、“壊れる”わけにはいかず極めてセーブする。

“壊れる”ことを期待した皆様、申し訳御座いませんでした。
実は、自分は、きわめてシャイでナーバスなチキン野郎ですので、結構、人見知りする人物です。酒の力を今回は借りずに、大人しく飲みまして、本性を現さず申し訳御座いませんでした……とはいえ、淡々と言葉を紡ぎ出し、味わうように飲む宇治家参去の姿も、またそのひとつの実像です。

悠々と電車で帰宅すると、田舎から戻ってきた息子さんと対峙する。
あらかじめ買って置いたウルトラ怪獣セットにご満悦。
その演説の長いこと、長いこと。感謝のあらわれなので、よしとしましょう。

ただし、酒をあまり飲まなかったのここから弔い合戦が開始する。
思った以上に痛飲したため、翌日(土曜日)がキツかった。

朝一番で大学へ出講する。
今日も全力で講義。
今日の八王子の涼しいこと、涼しいこと。
文系棟の電光表示の温度計をみると、18度。秋の訪れを実感する。ぼちぼち出始める「秋味」(Kirin)に舌鼓を打ちたいところです。

本日は、当初学生さんとの予定があったのだが、予定日変更になる予測になりそうだったので、とりあえず、見込んで家族との予定をいれたが、どちらもぽしゃる。

さあ、今日は大人しく帰ろうかとおもったのだが、授業終了後、わざわざ、茨城から学生さんが宇治家参去を尋ねてきて登場する。15時から19時まで大学でお話を交わす。
※学生さんゑ、ちょい自分眠かったので、機嫌がわるそうに思われましたらごめんなさい。

茨城からかけつけてくださった学生さんの大学にかける思い、そして実践、そしてこれまでの人生経験や思い出を語り合ううちに、時間が過ぎてゆく。とても40うん歳には見えません。生涯現役、そして生涯青春の歩みに感動する。
そして最後に、「先生、はやく専任になって下さい」との激励に感涙する。
学生さんに激励される例の如くの宇治家参去です。

しかし実感します。
こうした本当に、師への誓いと理想を抱き、大学建設に手弁当で関わろうとする真摯な学生さんが存在する大学とは幸福な大学である。教員は決してそのことに安住しては為らない。ダ・ヴィンチではないが、まさに、自分自身が「完成の未完成」「未完成の完成」を目指してたゆみなく前進するほかあるまいと決意させられる。

で……。
途中から合流した一学生の立場として参加された自然科学者(某国立大准教授)さんと、八王子の夜へ繰り出す。
真摯で紳士な素敵な自然科学者と、破天荒で荒野を彷徨うフリーの神学者との対談になる。

原子物理論から、生物論。
そして、人間論から、存在論まで幅広く、何ものにも、学説にも囚われない、自由な対談となる。

人間とは何か。
概念化の孕む暴力。
実験用マウスに見る生命の問題。
生命とは何か。
真空状態とはなにか(理論家のものの見方と実験屋のものの見方の差異)。

昨日も自然科学者さんとは飲んだのですが、自分は今回、この自然科学者さんと出会い、思ったことはひとつ。

科学者と神学者の世界と人間をめぐる共著を出版したいなと実感した部分です。
いうならば、世界と人間の存在をめぐってアインシュタインと視線と、トマス・アクィナスの視線で、対話をしたものを記録として残したいなって思った部分です。一学生の立場として参加された自然科学者(某国立大准教授)さんからすると、「やだぜボケ」っていわれそうですが、いつか実現したいです。

とわいえ……ふたりで酩酊です。

そこになにか大きな“人間”を見出すことができました。

悩みのない人間なんて存在しない。悩みがあるからこそ成長がある。

その現実の「ただ中」で格闘するしかない……そんな実感です。

「ただ中」から降りてしまうことは、自分自身の存在を空虚にしてしまう行為に他ならない。

気が付くと良い時間になっていた。今日は携帯電話を自宅に忘れていたのですが、一応細君に連絡を一本入れておく。

「学生さんの質問を聞いていると、遅くなったのだけど、どうやら中央線が人身事故で不通のようなので、帰るまでにもうちょい時間かかりそうだから、先に寝ていていいよ」

あやしさ全開……が不味かった。
はっきり言った方がベターだった。

無言で電話が切電されてしまい慟哭するある日の宇治家参去です。

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