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「私の自由を任命し、正当化するように呼びかけられた師」の帰還

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 <他者>との関係は、分離を無効にするものではない。その関係が浮かび上がるのは全体性のただなかにおいてではなく、その関係によって全体性が創出されて、<<私>>と<他者>がそこに統合されるわけでもない。対面というむすびあいにあっても、主観性がそこに九州される普遍的真理、それを観想するだけで<<私>>と<他者>が合一の関係に参入するのに充分な真理が現実に存在することが、前提されるわけではなおさらない。最後の論点については、反対のテーゼを主張しなければならないのである。<<私>>と<他者>のあいだの関係は、たがいに対して超越しているふたつの項の不等性からはじまる。その不等性にあって他性は、たんに形式的に他方を規定するのではない。Aに対するBの他性はただ、Aの同一性とは区別されたBの同一性から帰結するのではない。<他者>の他性は、ここではその同一性から帰結するのではなく、逆に<他者>の同一性を、すなわち<他なるもの>とは<他者>であるという同一性をかたちづくる。他者としての他者は高さと低さ--ただし栄光に充ちた低さ--の次元に位置している。他者は貧しい人、異邦人、寡婦、孤児の側面を有している。と同時に他者は、私の自由を任命し、正当化するように呼びかけられた師という側面も有しているのである。ここで問題の不等性は、私たちを数としてかぞえる第三者にはあらわれるおとがない。不等性が意味しているのは、私と<他者>とを包括しうる第三者が不在であるということにほかならない。
    --エマニュエル・レヴィナス(熊野純彦訳)『全体性と無限 (下)』(岩波文庫、2006年)。

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宇治家参去にとってのきままな独身ライフも本日で終了です。
宇治家参去にとって永遠の<他者>である細君が本日、東京へ戻ってくるためです。
ある意味でアリガタイ(財布の中身は31円也)のですが、ある意味で叱責されるのもわかっているので、どうそれを受け流すのかが本日の課題です。
今日は早めに起きて、洗濯と掃除は必須のようですね。

ただ、例の如く、飲み始めてしまったので……お昼過ぎまで爆睡しそうでチトそこが難点です。帰ってきたときまで寝ていたら、大激怒だと思うので。

昨年のこの時期は、まだ帰ってこず、帰宅は十日あまり先でしたので、スクーリングも思う存分楽しめたのですが、今回は細君の目があるので、ご自愛専一です。

なにしろ、永遠の他者なのですが、「私の自由を任命し、正当化するように呼びかけられた師という側面も有している」ので……。

世のご主人諸氏よ。
細君は大切にした方がいいですよ。

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