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お前ら、いいかげんにシオサイ(「潮騒」by三島由紀夫)!!

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……共同体の宗教となり、イスラーム法という形に固定されるに至ったイスラームは、外面的には実にがっしりした文化構造体になりました。しかし、その代わり宗教が社会制度化し、政治の場となり、信仰の実存的なみずみずしい生命力は失われて枯渇しそうになってきたことも、また否定できない事実であります。まさに信仰の危機です。律法主義は形式主義だとよくいわれます。たしかに律法主義が極端に走れば、宗教は形式に堕し、形骸化いたします。イスラームはその律法性において完成すると同時に、精神性において死んだと主張する人々はこの点を鋭く突きます。しかしイスラームがその精神性において死んでしまったと判定するのは、いささか乱暴にすぎるのではないかと思います。なぜならば、イスラームの内部には最初期から宗教のこのような形式化に真正面から反対し、それと対決してきた精神主義の大潮流がありまして、現代もなおその生命力をいささかも失っていないからであります。それは今日お話いたしました律法主義を根柢からひっくり返してしまうような、猛烈な実存的内面主義の傾向です。もともと宗教を外側から固めていこうとする律法主義と、宗教を人間実存の内面的深みに捉えて、それによってイスラームの精神性を守っていこうとする精神主義、この二つの互いに正反対の傾向のあいだに醸しだされる矛盾的緊張があったからこそ、イスラームは独自の文化構造体にまで発展することができたのだと私は思います。
    --井筒俊彦『イスラーム文化』(岩波文庫、1991年)。

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井筒俊彦(1914-1993)の発言には、宗教における共同体(宗教組織)と個の側面(一信仰者)の問題を重要に指摘した部分がある……って今日は書こうと思って、昼から入力していて、思考も整理していたのですが、市井の仕事でがつんと疲れ果ててしまい、その後飲みにいってしまったので、また考え直します。

しかし、宗教学ないしは(カトリックより)の神学的立場から一言申しまするとすれば、律法主義(=共同体優先主義)ありきでもないし、実存的内面主義(=個の存在の優先主義)ありきでもない。そのどちらかにひらきなおると、宗教は生命を失うし、人間そのものも分断されてしまう。

「宗教を外側から固めていこうとする律法主義と、宗教を人間実存の内面的深みに捉えて、それによってイスラームの精神性を守っていこうとする精神主義、この二つの互いに正反対の傾向のあいだに醸しだされる矛盾的緊張」こそ現実には大切で、組織化と個人の内面化の両方の契機の緊張関係を欠いた場合に宗教は、形式主義にも堕するし、ちまたのスピリチュアルを保管する内面主義に耽溺してしまうのである。

緊張しながら戦うほかあるまい。
この問題は後日、トルストイ、エマソンの知見に耳を傾けながら再度考察してみようと思います(いつのことになるやら~)。

さて……。
何度も書いていますが、市井の職場は今日もありえない状況。
ある意味では、日記というかたちで相対化しているぶぶんがあるので、それは極論すれば、絶対状況としての“ありえない状況”ではないのかもしれないのですが、ここ1年で大きく体制が“しわく”変化してきたことに“とまどい”をこえ、一種の“あわれみ”こそ覚えてくる昨今であります、はい。

会社の経費として一番ネックとなってくるのは人件費の問題である。
だから昨年500人以上の管理職を早期退社させた。
結果、早く退場したほうがよい御仁もサヨナラしたわけだが、それ以上にベテランの古参兵がごっそり抜けたが故に、現場は大混乱の状況です。。

そして、不慣れな人物の昇進人事……。
加えて、バイトの新規採用も凍結です。

このことも何度も書きましたが、「自分は定年するまでこの会社にいるわけではないので」問題ではないと言えば、問題ではないのですが、どこか「忍びない」。

古来より「一宿一飯の礼」とはよくもいったものですが、そういう部分を、相対化する自分を感じつつも憂慮として感じてしまうのであります。

ゆえに……。
今日も意味不明(?)に頑張ってしまった。
結果としていえば、休憩なしの4時間レジ連続打刻。ひさしぶりに記録更新です。
会社の内規では、バイトくんたちは2時間以上のレジ連続打刻は御法度なので、そういうかたちでスケジュールを組むわけですが、やはり管理職は抜け出すことが不可能なんですね。
全社的に今月は残業ゼロと指示が出ているので、本社員でも組合員は定時に抜ける。
しかし、非組合員の管理職は抜け出せないし、組合への加入を内心の自由の立場から拒否した宇治家参去も抜け出すことが出来ない。

いろいろと学ばせてもらってあり難いものでございます。

で……。
やはりピークタイムというのはあるものなので、暇をみて一服していると、先ほどまで隣でレジを打っていた店長から呼び出しをくらう。
※ちなみに休憩の1時間の間に目下、格闘中で9/10仕上がり目標の紀要論文を5ページ程(MAX50ページ)執筆できた! わ~い、ぱちぱち、ぱち!!

「さあ。なにか?」と思い、伺うと……

「宇治家参去さんよっ、帰る前にさー、客用トイレのペンキを塗り直してくんねえか」

「まじですか」

「まじです」

「今日、明日の二日でわけてよいですか?」

「なにいってんだよ。目張り(ペンキが塗られると不味いところの養生)はオレがしておくからさ、今日やっとけよ!!」

信頼してくれるのはありがたいが……いつも自分なんですよねっ。
※ちなみに“目張り”も中途半端で結局やり直したですよ、ハイ。

で……。
とりあえず、剥げた部分だけをぬる訳ですが……

 をゐ!

塗ってみると……店長さんから渡されたペンキのスプレーの色と、塗られるべき部分の色が違うじゃん!

……とわいっても、塗らないわけにはいかないので、塗る必要がない部分まで塗らざるを得なくなってしまう。

いつもそうなのですが……。

「店長さんよぉぉ、いつも話がチガイますよ、お前ら、いいかげんにシオサイ(「潮騒」by三島由紀夫)!!」

……って感じですが、まあ、そういう理不尽さをいつも強要されていながらも、理不尽さを感じさせてくる部分がありがたいです。

宇治家参去としては、理不尽さに鈍感になってしまうことが一番危険だと思っているからです。今の世の中、戦争とか市井の殺人とかいろいろニュースが溢れています。「またかよっ」って感じで、そういう非常事態を常態として感じてしまい、反応しなくなってしまう……無関心になってしまう、それが一番怖いのです。

かつてマザー・テレサは「愛の反対語は何か」と問う中で、「無関心」と答えたそうだが、仕事は仕事で「必然」なのですが、「必然的」に「非常事態」を「非常事態」としてつきつけてくれる今の職場はある意味でアリガタイ。馴れさせてくれないんですよねえ~。

終業後……。

このところ、「華の舞」に飲みに行っていない。
なんだか“無性に”飲みに行きたくなり、飲み後輩を誘って、飲みに行くと「改装中」。

 をゐ!

しかたがなく、直訳すると、Fish People へ向かい、軽く一献する。

ぷは~。

なんといいますか……理不尽とはいえ、生活を“楽しんでいる”けれど、考察不足のある日の宇治家参去でした。

でも、これが、哲学・倫理学・神学の肥やしになるのがアリガタイです。

馴れさせてくれないんですよねえ~。

ただ……、

「吟醸 太平山」(小玉醸造株式会社/秋田県)は“辛”かった。きつけてくれる今の職場はある意味でアリガタイ。

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