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行け。勇んで。小さき者よ。

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「それは理由になっていないだろう」
8月は確かに“飲み過ぎた”……わけですが、それもひとつの“学び”の場であり“啓発”の場であるとすれば、遊んでいるわけではない(というのも屁理屈ですが)。

しかし、細君には申し訳ないと思っていたので、先月は焼き鳥に連れて行ったが、その“申し訳のなさ”の子供さんに対する還元を受けとっていないとのことで、どこかへ連れて行ってくれと強要されてしまう。

「金がないので……」
「カード使えばいい」
「カードってワタシのですか?」
「カードも現金も、貴方のオゴリでしょ?」
「確かに……」

いずれにせよ……「それは理由になっていないだろう」
今日は特に何も予定がないし、これから忙しくなるのは目に見えているので、ちょうどいいのだそうな。
昼から資料に目をとおし一段落したところで、30通のレポートを仕上げ、さあ、夜から読んだ資料を整理して、論文を組み立て直そうとしていたのですが、「それは理由になっていないだろう」企画で外へ出る。

1週間ほどまえ、そこへいったときは、改装中だった店で、今週からオープンした『さかなや道場』へ向かう。ちょうど時間的には早い時間だったので、入れ込みのテーブル席で自由にやり始める。

どうやらマグロがウリのようなので、マグロ中心にセレクトし、久しぶりに、にぎりや刺身、そして豆腐などを頂く。

ビールではじめ、日本酒で締めるいつものパターンですが、はじめて見る辛口吟醸酒があったので頂戴する。

花の舞酒造(静岡)の限定酒『超辛口 純米吟醸 日本刀(かたな)』という一品です。
“超辛口”というふれこみですが、飲むと“超”というほど“超”ではありませんが、キレのよいさっぱりとした味わいの一品で、酒と云えば日本海側だよなという通年を打破してくれる一品でした。やはりこのお店は“花の舞”等のチムニーグループなので、花の舞酒造なのでしょうか。詳しくは存じておりません。

さて、三人で堪能し、外へでると既に真っ暗。
秋の夜はつるべ落としです。

……というところでおわると“らしく”ないので、ひとつ。

今日は仕事の合間に久し振りに有島武郎(1878-1923)を読んでいたのですが、ご存じの通り、有島は札幌農学校時代に、キリスト教の洗礼を受けた日本の作家です。志賀直哉や武者小路実篤らとともに同人「白樺」に参加し、白樺派を代表する文筆家といっていいでしょう。厳格なピューリタン的なプロテスタンティズムな自己自身への“しばり”と自由を渇望する自己自身という二つの相剋に悩みながら、やがては棄教してしまう人物です。
内村鑑三もこの有島武郎に期待をしていたようで、有島が棄教し、最後には自殺してしまう在り方に大層落胆したようです。

さて、この有島に代表される白樺派。大正デモクラシーなど自由主義の空気を土壌に、人間の生命を高らかに歌い、理想主義・人道主義・個人主義的な作品を制作したグループです。この理想主義・人道主義・個人主義的な発想から、後に“大正生命主義”と呼ばれる思潮も誕生してくるわけですが、理想を仰ぎ見つつ、個々の存在者としての人間を肯定していこうとする眼差しは、文学としての実践だけでなく、作家をしてさまざまな社会運動へ関わらせる嚆矢となったようです。そのひとつが実験農場とか実験共同体とよばれる、あらゆる搾取のない原始共産主義的な共同体の立ち上げでした。有島がはじめた「有島農場」、そして武者小路がはじめた「新しき村」などがその代表でしょう。

結果としてはどちらの運動も、“夢想的”なきらいがあり頓挫してしまいます。

しかし、そういう取り組みを始めた、理想と現実を繋ごうとした試みは、無駄だったと早計することはできないのではないのだろうかとも思います。

ただ、よく言われるように、白樺派の作家たちは、ほとんど学習院出身の上流階級に属するひとびとで、現実感覚といった場合には、疑わしい部分もあるので、そうした矛盾をまえにして、ひとびとは、大正末期から力を得てくる、無産主義の運動へ引かれていったようです。

さて……。
いずれにしましても、読むのは読むのですが、例のごとく、有島武郎の作品も苦手な宇治家参去です。白樺派に対してはどこか近親憎悪に似たリアリティーを実感する部分も拍車をかけており、なかなか入ってこないところがあったのですが、ここ数年、なんどか読み返していくうちに、「悪くはないな」というところにまではきたようです。

ただし、“偏った”宇治家参去からしてみれば、やはり、ダンテの葛藤、ドストエフスキーの深奧、ゲーテの天空ほどの“深さ”“広大さ”を白樺派に望むことはできないなとは思いますけれども、やはり限界を有した日本人の発想としては、理想と現実の対峙・相剋という部分では、ひとつの見本を良くも悪くも見せてくれたのではなかろうかと思えるようにはなってきました。

有島の有名な作品に「小さき者へ」というものがあります。三人の子供を授かったのち、若くしてなくなった妻、そして残された有島と三人の子供たち。その母の死を経験した子供たちへ有島が言葉をかけるというスタイルをとった体験にもとづく小文ですが、読むとなかなか味わいぶかい。その冒頭とラストより一節づつ。

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 お前たちが大きくなって、一人前の人間に育ち上がった時、--その時までお前たちのパパは生きているかいないか、それは分らない事だが--父の書き残したものを繰り広げて見る機会があるだろうと思う。その時この小さな書き物もお前たちの眼の前に現れれ出るだろう。時はどんどん移って行く。お前たちの父なる私がその時お前たちにどう映るか、それは想像もできない事だ。恐らく私が今ここで、過ぎ去ろうとする時代を嗤(わら)い憐れむのかも知れない。私はお前たちの為にそうあらんことを祈っている。お前たちは遠慮なく私を踏台にして、高い遠い所に私を乗り越えて進まなければ間違っているのだ。然しながらお前たちをどんなに深く愛したものがこの世にいるか、或いはいたかという事実は、永久にお前たちに必要なものだと私は思うのだ。お前たちがこの書き物を読んで、私の思想の未熟で頑固なのを嗤う間にも、私たちの愛はお前たちを暖め、慰め、励まし、人生の可能性をお前たちの心に味覚させずにおかないと私は思っている。
    --有島武郎「小さき者へ」、『小さき者へ・生まれ出づる悩み』(新潮文庫、昭和五十五年)。

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 深夜の沈黙は私を厳粛にする。私の前には机を隔ててお前たちの母上が坐っているようにさえ思う。その母上の愛は遺書にあるようにお前たちを護らずにはいないだろう。よく眠れ。不可思議な時というものの作用にお前たちを打任してよく眠れ。そうして明日は昨日よりも大きく賢くなって、寝床の中から跳り出して来い。私は私の役目をなし遂げる事に全力を尽すだろう。私の一生が如何に失敗であろうとも、又私が如何なる誘惑に打負けようとも、お前たちは私の足跡に不純な何物をも見出し得ないだけの事はする。きっとする。お前たちは私の斃れた所から新しく歩み出さねばならないのだ。然しどちらの方向にどう歩まねばならぬかは、かすかながらにもお前達は私の足跡から探し出す事が出来るだろう。
 小さき者よ。不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅に登れ。前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。
  行け。勇んで。小さき者よ。
    --有島武郎、前掲書。

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あれだけ、白樺派への忸怩たる思いをくどくどと述べたわけですが、読んでみると、いいものでしょ?

さて、今日は子供さんに「もうしわけない」を形にせよと強要されたわけで、結果としては自分も堪能したわけですが、常々そういう子供と向かい合うなかで実感するのが次の部分です。すなわち、子供に対する親の感情は、内容としては特別な感情でありながら、その在り方は普遍的な形式をもつものだろうということです。この感情を、我が子にだけ向けるのではなく、自分とかかわりあう人間達へその眼差しをむけることができれば、少しだけ世の中はよくなるのではなかろうか、そしてそこに希望が存在するのではなかろうか……などと思ってみたりもします。

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