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10月1日 都民の日

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 十月一日
 ヨハネによる福音書一二の二七・三五・三六、詩篇八九の二〇-五二
 ひとは、かなり内的に進んだ生活においてさえ、しばしば、突然たましいの悲しみにおちいるときがある。しかも、ほかの時ならほとんど気にもかけないような明白な原因のために。それでも、そういう時には、まるでわれわれの内から光が消え失せたように思われたり、あるいは、まるでわれわれがある見知らぬ敵の力にゆだねられでもしたように感じられる。多分、こんな場合には、われわれの理解できないような何かが起こるのかもしれない。こういう時期には、できるだけ口かずを少なくし、ひたすら神に次のように祈りつづけるのが最もよい仕方である、「わたしたちの抵抗力がつきはてぬうちに、この時をすみやかに過ぎゆかせて下さい」と。
    --ヒルティ(草間平作・大和邦太郎訳)『眠られぬ夜のために 第二部』(岩波文庫、1973年

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不思議なものですが、努力をつくさないとどうしようもない部分が人生のほとんどですが、たとえそれが絶望的な部分であったとしても、「なるようになる」部分が現実には存在します。
たとえはへんですが、結果として難事が過ぎ去った後に、深い祈りが現実を実は大きく揺りうごかしてしまった……ようなそういう感覚の部分です。


今日で10月1日、今年ものこすところ2ヶ月になってしまいました。
やることはやりながら、あきらめなければ自然に道は切り拓かれゆくものなのでしょう。
今年ももうひとやまがんばりましょう。

今日起きると子供がいた。

なんでも都民の日。

幼稚園が休みだったようです。
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