« 英知の探求はより完全、より高貴、より有益であって、より大いなる喜びを与えるものである | トップページ | 「人間は万物の尺度」だけでもないだろう »

How much to them I owe,

01_000

-----

学者
    ロバート・サウジー
私は多くの故人に囲まれて毎日の生活をおくっている。
あたりを何気なしに見まわしただけで、
忽ち彼らの姿が目につく。
いずれも昔の偉大な先達で、
親しい、信頼のおける人たちばかりだ。
私は毎日彼らと話を交わしながら暮らしている。

嬉しい時には、彼らと喜びを分かち合い、
悲しい時には、彼らに慰めてもらえる。
この人たちにどれほど自分が、
お世話になっていることか、としみじみ思うにつけ、
深い感謝の念が胸にこみ上げてきて、
いつのまにか、頬に涙が流れてくることもしばしばだ。

私はこれらの故人と思いをともにし、
長い間一緒に暮らして今日に及んでいる。
私は彼らの美徳を愛し、彼らの弱さを不憫に思い、
その希望や不安をわが事のように感じ、
それらの教訓から、人生いかに生くべきかについて、
敬虔な思いをこめて学んでいる。

私はこれらの故人と希望をともにしている、そして、
もうすぐ近いうちに、彼らの仲間になれると思う。
そしたら、一緒に長い旅に出て、あの
永遠の未来へと行けそうな気がしている。
だが、たとえ私が墓の下の土と化しても、
神に嘉(よみ)される一つの名前を後に残せたら、と思っている。

The Scholar
               Robert Southey
My days among the Dead are passed;
Around me I behold,
Where'er these casual eyes are cast,
The mighty minds of old:
My never-failing friends are they,
With whom I converse day by day,

With them I take delight in weal
And seek relief in woe;
And whiele i understand and feel
How much to them I owe,
My cheeks have often been beldew'd
With tears of thoughtful gratitude.

My thoughts are with the Dead; with them
I live in long-past years,
Their virtues love, their faults condemn,
Partake their hopes and fears,
And from their lessons seek and find
Instruction with an humble mind.

My hopes are with the Dead; anon
My place with them will be,
And I with them shall travel on
Through all Futurity;
Yet leaving here a name I trust,
That will not perish in the dust.

    --平井正穂編『イギリス名詩選』(岩波文庫、1990年)。

-----

ときどきといいますか、いつもそうなのですが、哲学とか倫理学とか、神学なんて“古臭い”と断じられる学問に従事しておりますと、“古臭い”とののしられるがごとく、古い文献と一日中対峙することが、まさに作業としてはあるのですが……例えば、昨日紹介したトマス・アクィナスなる中世の神学者の文献とかその研究書などを紐解くという作業……、そうしたことをまさに一日中やっていると、ふと自分は、今の時代の人間なのだろうか?とか、これに何か意味があるのだろうか?などと思う局面がしばしばあります。

人文科学の場合、現代の最先端といっても、それが実は古代や中世に密接にリンクした状況であったりするのが現実なのですが、そうした作業をしていると、ときおり、上に引用した詩ではありませんが、過去の賢者の言葉と向かい合っているとき、実はそうした過去の賢者たちと“対話”しているのではないだろうか……などと思うときがあります。

そうしたとき、実は彼らの言葉が現代世界に生きている自分自身にダイレクトに響いてきたりするものです。

そうした“やりとり”のなかで……それはそれで、「おい、プラトンさんよ、それはチトおかしくねえか?」とか「やっぱ、カントさんには脱帽です」とか「モンテーニュさん、その問題に関してはもう少し踏み込んでくださいませんか」って“やりとり”ですが……、そういう“対話”のなかで、なにか過去の賢者の言葉を現代に蘇らせるとまではいいませんが、何か意味をくみ取ろうとしているときに、実はすごく喜びを感じることが現実にあるわけですが、それが探求者のサガかもしれません。

ときおり、細君からそうしたあり方をおちょくられることはあるのですが、時代を超えてやはり伝わり続けていく古典には、本物の力があるのでしょう……数百年前の言葉にも拘わらず、そして、現代とはまったく状況が異なるにもかかわらず、慰められたり、励まされたりするものですが、不思議です。

現実の人間の世界は、そのような甘い言葉では片づけられない殺伐とした荒涼として空間であるのは百も承知ですが、それだけが人間の世界ではありません。人間とはお互いに慰めたり、励ましたりする、素晴らしい側面をも持っている、そしてそのちからは時代を超えてもなお発揮しつづけるということを決して忘れてはいけないのでしょう。

「私はこれらの故人と思いをともにし、
長い間一緒に暮らして今日に及んでいる」

その営みのなかから、何か資するものを紡ぎ出したいと思う毎日です。

と……思いたいのですが、今日も例の如く市井の職場はアリエナイ状況でしたので、リアルハーフを再度再現しようと思い、今日はエビス+ドラフトギネスの組み合わせでなく、一番搾り+麒麟一番搾り STOUTでやってみる。

しかし……うまくいきませんね。単なる「ハーフ アンド ハーフ」になってしまいました。
02_img_0060 03john_constable_hay_wain

|

« 英知の探求はより完全、より高貴、より有益であって、より大いなる喜びを与えるものである | トップページ | 「人間は万物の尺度」だけでもないだろう »

詩・文学・語彙」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: How much to them I owe,:

« 英知の探求はより完全、より高貴、より有益であって、より大いなる喜びを与えるものである | トップページ | 「人間は万物の尺度」だけでもないだろう »