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2008年10月

個体と液体の芋の狭間で悩む平和を説く倫理学者の懊悩

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……われわれは非暴力行動を、戦争からの解放と、愛と正義の解放をもたらす真理と力の世界的勝利に導く、恐れを知らない「武器」と見なさなければならない。
 もしアシジの聖フランシスコや彼のあとに続く人びとを単に平和主義者と呼ぶなら、それは彼らの霊性に対する不当な判断にはならない。なぜなら、平和主義は政治から無為への逃避でもありうるからである。
 フランシスコやガンジーやマーチン・ルーサー・キングの精神に生きる男女は戦争に対する行動的な反対者である。彼らは力を込めて暴力による非道と不正に詰め寄り、創造的に愛、正義、和解と平和のために献身する。彼らはまた、平和と、自由を与える真理と正義を真剣に受け取らず、そういうことのために何の犠牲をも払おうとしない人びとを恥じ入らせる。
 マハトマ・ガンジーのサチャグラハ(Satyagraha 「非暴力」は不完全な訳語)は、解放する真理に対してなされる、愛と正義による徹底的献身である。これは、愛こそは実在の核心であり、神はすべての人を真理に向けて、愛のうちに造り、人びとに真理を愛し認める能力を与えた、という信仰を前提としている。サチャグラハは本質上、創造的である。それは人間の内的な力を動員することができ、その際、何の犠牲をもいとわない。アチァリャ・ヴィノバ・バベ(Acharya Vinoba Bhave)はこれについて、「サチャグラハによる生活とは機会に応じての犠牲のみならず、絶え間なく犠牲の用意ができていること、だが、喜びと献身をも意味するものである」と言っている。キリスト者にとって、平和と正義のための非暴力の行動に対する創造的行動は、世界の救い主に向かう信仰の最も強い表現の一つなのである。この救い主は平和の君であり、彼は人を自由にする愛と真理の力を十字架上での自分の死に至るまで啓示し、しかもなお、自分を十字架に掛けた者たちも救いにあずかることができるということを疑わなかったのだ。
 サチャグラハは人間を「敵・見方」の思考形式からも、恐れと脅威の悪循環からも解放する。この解放する真理と愛の力によって生きる人びとは、自分たちに敵対したり、自分たちが正義のために反対せざるを得ない相手たちを、やっつけてしまおうとはせず、むしろ、心を変えていくことを志すのである。彼らは、反対者たちに、お互い友になれること、平和路線に入ることによって損をするどころか、かえって得をすることを悟らせる。サチャグラハが効果的にゆきわたる所では、すべての人が祝勝の宴会に連なることができる。サチャグラハの団結力のもとに、敵対という死をもたらす方式は破たんし、敵に対する憎悪に燃えて闘う者が打ち勝つとか、はなはだしい格差のある一階級が他の階級を滅ぼして勝利するという考えは、結局空しい妄想として魔力を奪われてしまう。それは、キリストの歴史における、またそれによる政治の大きな変革であり、真新の変容なのである。
 暴力に走る思想、言論、行動からの創造的解放は、すべての人にとって強烈な挑戦である。これは、われわれが自分自身とわれわれの文化をうまずたゆまず、所有欲と支配欲、またそれらと結び付いている快楽から解放することを前提としている。意図的に、暴力による解決、他の人びとの安全に対する身体的・精神的損傷、うそ、ひきょうな沈黙、人間操作を誤謬として排斥する人、「イエズスのように、武器を帯びずして不正に立ち向かう人、ほおを打たれて他の側のほおをも敵に向ける人は、抵抗を働き、解放するのである--その抵抗と解放は具体的・計画的・組織的であり、しかも新しいレベルにおいて行われる」。
    --ベルンハルト・ヘーリング(田渕文男訳)『政治倫理と地上の平和』(中央出版社、昭和61年)。

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そりゃそうなんです。
悪なるものに対峙する善の連帯をちょこちょこ発言しておきながら、そして、講義のなかでも、戦争と平和の問題、そして、暴力と非暴力、生命尊厳を話題にしながら、自分のうちなる悪性の自覚を!などと説きながら、うえに引用した、暴力を巡るカトリック神学の言説にうなづきならが、自分の性を呪うばかりです。

すなわち、昔からそうなのですが、どうも、その暴力の道具を見てしまうと、なにか「かっこええ」などと思ってしまう心根です。

もちろん、戦争に行くのも厭だし、現実の戦争や暴力を肯定することは100%できません。

しかし、しかし、ながら、その「造形美」に感嘆してしまうんですよね。

古い時代からいくと、いわゆる銘刀からはじまり、現代の先端技術でいくと……それは通常兵器という限界における議論ですが……、小火器(Personal Defense Weapon)から航空機や主力戦車、そうしたものに、何か「美」を感じてしまうんです。

現実の戦争を否定し、人間自身に内在する暴力を自覚しながらも、なにか相反する部分が自分のなかにのこってしまう。おそらく宇治家参去ひとりではないと思うのですが、そうした「ひそやかな」光悦があるのではないだろうか……と思ってしまいます。

本日、無駄な出費をしてしまったのは、食玩の戦車(「MOTOR TANK COLLECTION 第2弾 WWIIドイツソビエト編」(エフトイズ)ですが、これがまたよくできているんですよ。
WWII(第二次世界大戦)のロシア戦線ものをモデライズしたやつなんですが、なんとボタン電池で動くわけ御座います。ラインナップは①タイガーI(ドイツ)、②ヤークトパンター(ドイツ)、③T-34/85(ソビエト)で、それぞれ二種類の塗装と、あとひとつシークレットモデルがあるようです。

何が入っているかお楽しみですが、とりあえっず、タイガーIの1944年ラトビア戦線モデルです。

男とは不思議な生きもので、こういうものに目がないんですね(自分だけか?)。

とりあえず、本日、これまた年に一度のお楽しみという本格芋焼酎「赤霧島」(霧島酒造)も、なんとかゲットです(昨年は惜しくも買いそびれ……といいますか近所は凡て売り切れ)。

タイガーIで、限定「赤霧島」を狙い撃ちで御座います。

で……帰宅して驚いたのですが、息子殿が本日幼稚園の芋掘りで入手したサツマイモは、天ぷらにはなっていたのですが、「スイートポテト」にもなっていた!

おそらく、あれは、「となりのトトロ」の造形なのでしょう。

金が無いので、日常生活に注目「せざるを得ない」のですが、すこし工夫するだけで、それなりに、日常生活は彩り豊な世界になるものなんだなあ、と「赤霧島」を飲みながら思っております。

でも、この酒、まるで「芋」で作った「ワイン」のような、甘~い、濃厚な味わいですね。「お一人様一本まで」としないと、流通しない理由がなんとなく理解できます。

とわいえ……最初に戻りますが、どうして、男という生きものは、武器とかに惹かれるのでしょうかねえ……、やはり世界平和は女性が生き生きと活躍するほかないのでしょうか?

平和主義者?としては「悩む」ばかりでございます。

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Book 政治倫理と地上の平和 (キリストの自由)

著者:ベルンハルト ヘーリング
販売元:中央出版社
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なぜ、芋を掘るのか

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 子供の私が、祖母に、
 「何だえ、お前さんは。秋刀魚のワタを残してもったいないじゃあないか」
 などと叱られるころ、夏からこのときまで、氷水で商売をしていた店が本来の焼芋屋に変わる。
 「それっ」
 というので、私たちは駆けつけるわけだが、大カマドのようなものへ、サツマイモをびっしりとならべ、塩を振って大きなふたをするのを、唾をのみこみながら見まもっていたものだ。
 芋を焚火で焼くのもよいが、どうしても専門の焼芋屋にはかなわない。
 子供のころ、一時、谷中(やなか)の伯父の家へ預けられていたことがあって、私が小学校から帰って来ると、女中のかねちゃんが、
 「正ちゃん。たのみますから、ヤキイモ買って来て」
 私にたのみ、伯父夫婦の留守をさいわい、かねちゃんは湯殿で焼芋を食べていた。むろん、私にも半分くれた。
 新聞紙の紙に入った焼芋を買って帰る秋の夕暮れの道を歩みながら、
 (もう直(じ)きに、お正月が来る……)
 子供ごころに、しみじみと、そうおもった。
 そして、無花果(いちじく)や石榴(ざくろ)の実も秋のものだが、今の子供たちは、こうした秋の果実を口にすることもないようだ。
    --池波正太郎『味と映画の歳時記』(新潮文庫、昭和六十一年)。

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息子殿が幼稚園の行事で、サツマイモを沢山持って帰ってこられました。
いわゆる、「芋掘り」というやつ。

こちらは、何故「芋」を“掘る”のだろうか……などと思案してしまう部分が殆どであります。

が、それはそれで、息子殿にしてみると「秋の風物詩」となってい、そこに「季節」を<感じる>ことができればよいのかもしれない……などと納得もしてしまう、ある日の宇治家参去です。

しかし、持ち帰った量は、三人の家族で食するには少し多いのではなかろうか……。

何に調理されるのだろうか--。
仕事から帰ってきての楽しみにしておきましょう。

機械も焚火もないので、焼芋ということはなかろうが、スィートポテトとかさういう洒落たものにも変身しないのだろうが、ひとつのたのしみにでもしておきます。

とわいえ、

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 新聞紙の紙に入った焼芋を買って帰る秋の夕暮れの道を歩みながら、
 (もう直(じ)きに、お正月が来る……)

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お正月までもう2ヶ月でございます。
時間が御座いませんが、さっ、仕事に戻りましょうか。

ちなみに栗は「いただきもの」。

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Book 味と映画の歳時記 (新潮文庫)

著者:池波 正太郎
販売元:新潮社
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それはたんなる特殊性を純粋性とみまちがへてゐはしないか

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現代のあらゆる禍根は--個人主義も、階級闘争の世界観も、国家主義も--所詮は近代の発想そのもののうちにあり、ルネサンスを、さらには宗教改革をも、近代人の原罪とみなさざるえをえないといふのである。個人主義は個人の純粋性といふものを擁護せんとするが、それはたんなる特殊性を純粋性とみまちがへてゐはしないか。その純粋なる自我にしてもし神に従属しないとするならば--それならば神から独立した純粋自我とはいつたいいかなる内容をもつものなのか。それはなにかあると思ひこんでゐるだけで、結局は社会の合理化によつて、あるいは物質の満足によつてけりのつくものではないのか。
    --福田恆存「近代の宿命」、『日本を思ふ』文藝春秋、1995年。

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先週末のスクーリング試験の採点を済ませ、本日何とか返送する。
少し失敗したなあ、というのが、スクーリング講義直前に送付されてきたレポート(10/24到着)ですが、そのなかに、今回の受講生さんのレポートがあったという部分です。前日に来たので、スクーリングが済んでからと思って、月曜日に見てみると1名2通分がふくまれていたわけです。

もちろんタイミング的に難なんですが、年頭大阪でスクーリングをした折り、すでにレポートを提出して手元に戻ってきた方がいらっしゃったわけですが、採点者がコメント欄で「宇治家参去先生という若い先生が今度大阪に行きます」って書いていてくれたようで、その方は、スクーリングを楽しみにしていました(趣意)とおっしゃっておりました。そのように参加して戴き、ひとことを頂くとこちらも嬉しくなって参ります(単純ですから)。

現実問題として、「通信」制という「通学」制とは異なる制度になるのですが、そういう有機的なやり取りというものの存在は、その隔差を埋める刺激になるのではなろうか--などと思ってしまいます(もちろん、night lecture?もそうですが)。

さて試験の方ですが、ガチガチの試験……例えば、「カントの道徳的幸福論について説明せよ」とか「ヴォルテールにおける宗教的寛容論をその時代背景を踏まえて説明せよ」……をやるわけではありませんので、答案の一番下なんかに授業の感想を書いていてくださり、読んでいるとコチラが励まされる部分があったり、今度はこうしようなどと思う部分が多々あります。

ただ……、
一番多いのは……酒をネタにしておりますので、「飲み過ぎにはご注意を!」というのが多いですね(苦笑)。

さて、今回そうしたコメントを読んでいて、これいいなってものがありました。

すなわち趣意ですが次の通り。

「五年前に定年退職し、これからのより善い人生を生きる為に、そして、世の中のことを少しでも学び続けるために、そして単に教養趣味の為だけでなく生活に活かす目的で、通信教育部の法学部に入学しました。ですけど、自分だけ学ぶのはもったいないと思い、学んだ講義内容……といっても、キーワードとか概念になりますが、それをPCで入力して地域の方に時折紹介しております。これは『論語』の冒頭の言葉に当てはまる実践なんだと思います」。

論語の冒頭の言葉とはすなわち「学びて時にこれを習う、また説(よろこ)ばしからずや。朋あり、遠方より来たる、また楽しからずや。人知らずして慍(うら)みず、また君子ならずや」という言葉です。常に自ら学習を心がけ、友好の輪を広げていく。この努力のなかにこそ人格形成の道、そして学問の王道が存在するのだろうと思います。

もうひとつは、励ましの部分ですが、常々書いておりますが、倫理学とか哲学とか、神学なるものに首を突っ込んでいると、ふとその「無力感」にさい悩まされることが屢々あります。現実には株価を予想できるわけでもないし、移動距離を短縮するようなイノベーションに直接貢献できるわけでもない。単なる観念の遊戯ではなかろうか……などと自嘲気味に思うことも屢々あるわけですが、そうだからといって捨て去るべきあり方でもない……そうしたところで日々葛藤が続くわけなんですが、次のコメントもありがたい一言で御座いました。

「今回の授業をうけて、漠然とではありますが、将来の方向に対し、根気よくあきらめないで挑戦をつづけていこうという気持ちになりました。倫理学はパワーのある分野です」。

宇治家参去自身に力があるわけではないことは重々承知しております。が、倫理学とか哲学そのものの見直しが迫られる中で、それでも、そうした根源学としての倫理学そのものに対する励ましは本当にありがたいものです。

本年度も、残るところ、対面授業(スクーリング)は残すところ2回戦。
ぽしゃらないことを祈るばかりです。
そして、学生さんとの訪(とぶ)らいあうなかで、「学」を紡ぎだしていければ……などと思っております。

で、冒頭の引用に戻るわけですが、宇治家参去には珍しく?保守派の福田恆存(1912-1994)の言葉から。戦後の進歩派知識人の平和論に冷や水を浴びせた人物としてつとに有名ですが、福田の言葉を読んでいると、ときおりふと思うのが、保守派という福田に対する評価は、保守・革新という二項対立によってつけられた評価であって、本人そのものは、保守も革新も根源から撃つ人物だったのではなかっただろうか……などと思います。もちろん、現実には、その言葉は保守派の典拠となっている部分もリアルにあるのですが、その冷ややかな視線は実は熱く、人間へのリアルな接近をそこに読みとってしまうものです。

さて、うえの部分では、近代批判の箇所になるわけですが、そのなかで、ひとつだけ注目したいのは、「個人主義は個人の純粋性といふものを擁護せんとするが、それはたんなる特殊性を純粋性とみまちがへてゐはしないか」という点でございます。

たしかに云われてみるとその通りで、個人は個人として「代換不可能な存在」として存在するのは、その「純粋性」に根拠を置くわけではなく、その個別の「特殊性」に根拠が存在します。そこがいつの間にか純粋さに置くようになったところに、近代の人間論をめぐる陥穽が存在するのではなかろうかと思います。

作業仮説に過ぎない抽象的な人間概念を対象として扱う人間論は、人間のもつリアルな特殊性を磨きすぎて、空虚なコンテンツを失った純粋性を導き出したのかも知れません。

「それはなにかあると思ひこんでゐるだけで、結局は社会の合理化によつて、あるいは物質の満足によつてけりのつくものではないのか」

純粋さに接近すればするほど、ごつごつしていたり、ぼこぼこしていたり、そしてときには美しく、そして時には醜いはずの「特殊性」の凸凹が磨かれ、平面になっていく。そのなかで、人間自身の消滅が招かれてしまったのが、近代の問題なのかもしれません。

実にその意味では、この人間と世界を対象とする学問を講じながら学生さんたちと一期一会していく機会といふのは、非常に有難いもので、常に特殊性と向かい合いながら、人間全体に関わる問題を考えさせてくれますので、なにか直下をぐんぐんと掘り進みながらも、水平方向へこれまたぐんぐん広がっていくような感覚で、探究と連帯を考えさせてくれます。

とわいえ、市井の仕事をネタにしているのに問題があるのかもしれませんが、

「先生のレジ打ち姿見てみたかったです」。

といわれても、あまり見せたくはない宇治家参去です。

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全体のなかで、個人的に飲むコーヒーの味わい

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 わたしは正確さを追い求めるという急性の病にかかっていた。理解したいという物狂おしい欲求の極限を目ざし、みずからのうちに、注意の臨界点を探しまわっていた。
    --P.ヴァレリー(粟津則雄訳)『テスト氏』福武書店、1990年。

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哲学を講じていると、いつも気にかかるのが、独我論に如何陥らないようにすべきかというところです。たしかに哲学は「人間とは何か」を問うわけですが、それと同時に「世界とは何か」も問います。前者が問いを発する個別の人間の問題であるとすれば、後者はそうした人間が複数存在する世界に対する問いだと思います。そしてこの問いは、ひとつものの裏表であって、決して関連性を欠如した別個の問題ではないという点です。

しかしながら、スタートとして考え始める立脚点は、どうしても私自身の思考となります。そこで、陥りやすいのが、恣意的な独我論という傾向です。でも考えてみるならば、思考が対象とするのは、そうした世界において生きてる個別の存在者としての私自身ということですから、どうしても他者と自己が問題にならなければならないはずなのに、世界と孤立した恣意的な自己自身への集中へ傾きやすい嫌いがあって、いつも、そうした分裂に頭を悩まされております。

開かれた世界を考察の対象としながらも、独りで考えるという「作業」は独我論に陥りやすいのかもしれません。だから、確かに、独りで考える「作業」であったとしても、その「作業」は、「独りで考える」だけでおわらせてはならないのでしょう。

過去の哲学の歴史を振り返ってみるならば、殆どの場合、必ずといってよいほど、同じ問題系の先人とそれとの対峙・批判・対話という形で議論が積み重なれてきました(それがテクニカルな問題としては哲学書をさらに難解にさせる一因になっていますが)。その意味では、哲学者の作業とは、全体のなかでの自己の作業というスタイルをとっているのではないだろうかと思います。それを現実の世界のなかでどう展開させていくのか、そしてそれをどのように学(=教える)として成立させていくのか、それが教師としての目下の課題かなと思っています。

過去2000年の哲学の歴史は独我論に過ぎないという現代哲学の批判ももちろん承知しておりますが、そうした批判や現代世界の実像との応答関係、そして生きている人間と相対するなかで、紡ぎ出していくしかないのでしょうが、例の如く、なかなか時間がありません。

ただ、短大で哲学を講じる中で、「結局はひとそれぞれなんでしょ」というリアクションで、比較的前者の意見が多かったのですが、ここ1-2年、「全体のなかで、個別の自己として応答しながら考える」という意見に比重がうつりつつあることに、なんとなく、うまく変化させていけているのかなあなどとは思っております。

いずれにしましても、孤立した独我論も、人間存在を射程に入れない他者論も、両極から両極へきわめて簡単に推移してしますいのではという危惧がありますので、そのバランスをといいますか、平衡感覚といいますか、調和がどこかに必要なのだろうとは思います。

徹底的に考え抜くなかでも、なにか自己と他なるものへの連関を放棄してはならないのだろうと思います。

さて、昨日。
いつもは、大学へ向かう直前に、コーヒーハウスで一服してから行くのですが、乗り継ぎがわるく、そのまま向かいましたので、授業前の一服を丁寧にと思い、「スターバックス  ダブルショット エスプレッソドッピオ」(Suntory)を購入しました。
ご存じのとおり、スターバックスは店内で喫煙不可のため、喫煙するには外でやるしかないのですが、授業前に、その缶コーヒーで一服をとワクワクしていたところ、授業で使うPCトラブルで思った以上に準備に時間がかかり、終了までお預けとなってしまった。

たった1本のタバコを吸う、そしてたった1缶の缶コーヒーを飲む、きわめて主観的個人的個別的な行為であったとしても、それが実は全体の中での一コマにすぎないのだなあとなどとしみじみと実感したひとときでありました。他者との連関、すなわち責任関係のなかで、自己の存在がじつはあるのでしょうね。そこを踏みにじって、また身代わりになるべき責任を放棄してまで、タバコを吸い、コーヒーを飲もうとは思えないのも人間の実情でしょう。

さて、「スターバックス  ダブルショット エスプレッソドッピオ」(Suntory)。
140ml缶で、コンビニで170円程度です。通常の缶コーヒーの倍の価格です。

これを高いと捉えるのか、それとも安いと捉えるのか……。
缶コーヒーを目の前にしながら、熟慮、逡巡、葛藤する、少し微妙な宇治家参去です。

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 他人への自己の開け、それは何らかの始原によって自己を条件づけ、自己を基礎づけること--定住的な住人にしろ、住む者が有する固定性--ではなく、場所の占拠、建てること、安住することとはまったく異なる関係である。--それは呼吸でえあり、呼吸とは幽閉からの解放としての超越である。呼吸がその意味を余すところなく証すのは、他者との関係において、隣人の近さにおいてであり、この近さが隣人に対する責任、隣人の身代わりになることなのだ。とはいえ、このような気息(プヌーマテイスム)は存在しないことではない。この気息は内存在性の我執からの超脱であり、存在すること、存在と存在しないこと双方から排除された第三項なのである。
 けれども、呼気と呼気いずれにも属さない瞬間によって分離された、呼気と呼気の隔時性は獣性ではなかろうか。では、獣性が存在することの彼方への開けなのだろうか。そのためには、獣性はあまりにも短い魂の息たることをやめなければならない。また、人間の呼吸、この呼吸の日々の規則正しさのうちに、<存在すること>を凍えさせる呼気の息切れを聞くのでなければならない。他人によって息を吸い込まれることで、この息切れは<存在すること>を突き破る。息を吹き込まれることはすでにして息を吐き出すことであり、「魂をささげて死にうること」なのだ! ありうるかぎりもっとも長い息、それが息吹きとしての精神である。人間とは中断することなく息を吸い込み、一方的に息を吐き出す、もっとも息の長い動物ではなかろうか。自己を超越すること、わが家から脱出し、ついには自己から脱出するに至ること、それは他人の身代わりになることである。自己を超越することは自分自身を担いつつ巧みに自己を導くことではない。それは、自分自身を担いつつも、唯一無二の存在としての私の唯一性によって、他人に対して贖うことである。世界も場所も有せざる自己の開けとしての空間の開けは非場所であり、何ものにも取り囲まれないことである。このような空間の開けは、最後まで息を吸い込んで、ついにはこの呼気が呼気に転じることである。かかる開けないし呼気、それが<他者>の近さであり、この近さは、他者に対する責任、すなわち他者の身代わりになることとしてのみ可能である。
    --E.レヴィナス(合田正人訳)『存在の彼方へ』(講談社学術文庫、1999年)。

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存在の彼方へ (講談社学術文庫) Book 存在の彼方へ (講談社学術文庫)

著者:E. レヴィナス
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学を伝達することの困難

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……自己を伝達すること、それはたしかに自己を開くことである。だが、このような開口も、相手に承認されることを待ち望む場合には、全面的な開口ではない。他人の「光景」ないし他人による承認へと自己を開くことによってではなく、他人に対する責任と化すことによって、開口は全面的な開口となる。開口のこのような誇張、それは身代わりに行き着く、他人に対する責任であり、身代わりにおいては、他人への開示ないし顕出としての対他が、責任としての「他人のために」〔他人の変わりに〕に一変する。
    --E.レヴィナス(合田正人訳)『存在の彼方へ』講談社学術文庫、1999年。

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昨日、無事に通信教育部の秋期スクーリングの担当講座「倫理学」無事終了する。
履修された皆様方、ありがとうございました。

いつも、講座を担当して講義がすべて終了してから思うのが「これでよかったのか」という部分です。内心忸怩たらざることを得ない宇治家参去です。

ただ「倫理学」という学問そのものが、なにかできあがった体系を初手から学ぶという学問ではなく、先哲の言葉に耳を傾けながら、今・生きている・この世界のただ中で自分自身が省察し、そしてひとびとと語り合う学問であるとするならば、そのひとつの導きになったのであれば、ひとつは成功なのでしょう。

この自分自身で省察するということは決して恣意的に孤立的に探究するというであっては欲しくない。そのために、「自己を開く」「開口」「他人に対する責任」という契機が必要なのでしょう。これは制度として教える側、すなわち宇治家参去自身に関してもひどく適用される部分なのだと思います。

そこにおいて、「自己を開く」「開口」「他人に対する責任」としての「構え」のような部分を欠如してしまった場合、倫理学とか哲学といった根源的な諸学は、そのひとにとって、無味乾燥な、できあがった体系になってしまうのかもしれません。そこにおいては、有機的・創造的な関係は喪失し、学問自体と学習者自体の関係のみならず、教師-学生の関係においては、殺伐とした荒涼たる世界が現出するだけなのだろうと思います。

しかし、今回は、ヘビーな質問(内面的な質問)は少なかったのですが、根源的な質問も多く、かえってこちらが学ぶ機会になってしまった。また学問のこと以外でも、大学のあり方(大学論)に関しても学生さんとつっこんで話し合うことができたのは収穫でしょう。

皆様、本当にありがとうございました。

さて、ヘロヘロになって帰宅すると、国産松茸が用意されておりました。
焼き松茸とビールでひといきつき、早い時間に寝てしまった。
布団と一体化すること9時間あまりです。朝、健やかに?起きてしまった。

さあ、これから短大での講義です(おわると市井の仕事ですが)。

しかし、一番ご苦労をお掛けしたのは、手話通訳の方々かもしれません。今回受講された方で聾の方がいらっしゃったのですが、連日3名体制で補助してくださりました。馴れた流ちょうな教員なら苦労されることはなかったと思いますが、ワタシの場合、きわめてメンタルなナイーブな独特な語りをしてしまいますので、ご苦労をお掛けしたと思います。

本当にありがとうございました。

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存在の彼方へ (講談社学術文庫) Book 存在の彼方へ (講談社学術文庫)

著者:E. レヴィナス
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night and day ……

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Where the jungle shadows fall
Like the tick tick tick of the eye of the clock
You're standing up against the wall
Like the drip drip drip of the rain drops
When the sun shines through
So a voice within me
Keeps revealing you...you

Night and day
You are the one
Only you beneath the moon
And under the sun
Whether near to me or far
It's no matter, baby, where you are
I think of you
Night and day

Day and night
Why is it so
That this longing for you follows wherever I go
In the roaring traffic gloom
In the silence of my lonely room
I think of you
Night and day

Night and day
Under the hide of me
Though such a hungry yearning
Burning inside of me
This torment won't be through
'til you let me spend my life making love to you
Day and night
Night and day

Night and day
Under the hide of me
Oh, such a hungry yearning
Burning, burning inside of me
This torment won't be through
'til you let me spend my life making love to you
Day and night
Night and day

Night and day
Night and day
Night and day
Night, night, night and day
Night and day
Night, night and day
Night and day

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Jazzのスタンダードナンバーに「night and day」というナンバーがあります。
自分の好きな、Jazzの一曲です。

今日--もとい、昨日土曜日より、自分の担当する秋期スクーリングが開始、今日で終わります。
細かい話をするならば、初日は教材でいうところの序論が終了。
本日、二日目(最終日)はおそらく第1章で終了かなという感じです。

で……、受講された方、教室でもお話ししましたが、まずもって、倫理学なる世間に疎い学問をまずもって履修して戴きまして、ありがとうございます。

感謝の念に絶えません。

秋期スクーリングは実は今回が初めてです。
受講者数およそ70余名。この数も初めてです。
自分としては頑張ったつもりですが、それでもどこか忸怩たる長谷川平蔵です。

dayの皆様、ありがとうございました。これから数時間後の授業も全力投球です。

そして終了後、三々五々と集い合う、夜の講義?
はっきりいって、なにも、大切な学的議論は何もしておりません。
しかしながら、つまらない話であっても、それを真剣に?請け合うというのも、人間世界の大切な局面かもしれません。

nightの皆様、ありがとうございました。
また、御一献宜しくお願い申しあげます。

ホンマ、自分でアル中ぢゃないかと思うほど、飲んでいる現実にほとほと辟易としますが、それも人間世界の現実なのでしょう。

その中で、倫理学とはいかなる意味を持ち合わせるのか、種々、ひとびととのかたらいのなかで、再考して参ろうと思います。

最近、考察ができずもうしわけございません(ってもともと考察していないじゃんって見解もありますが)。

現実の生活世界のなかで、今後も事象を精確に考察して参ろうと思います。

……ということで、月の雫で、結構飲んだ(おそらく生×5?+冷酒×3~4合)のですが、少し物足りないので、今から、もう少し飲んで寝ます。

ですが、明日の授業も最高の授業をするぞ!

……ホンマですよ。

でもすこし喘息が気懸かり。

それはゆるしてちょんまげです。

http://jp.youtube.com/watch?v=mDfyqYodL7A&feature=related

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大正時代瞥見(1)

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大正時代瞥見(1)

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 人間の凡ての活動の中で芸術上の活動ほど特殊性に依頼する活動はないと云っていい。芸術上の製作は全然芸術家の特殊な性惰と修練とが生み出す者であらねばならぬ。芸術家が自己の性惰と修練とに疑惑を生じ、破綻を見出し、欠陥を感ずるが最後、その人の製作はその瞬間から向下して価値を失って行く。それは信仰を生命とする人が信仰の対象を見失った時と全く同じ結果に陥る。そこには最早生命の燃焼がなく、その人も死に、神も亦死ぬ。
 如何なる芸術家も如上の一事を念頭から離れさしてはならぬ。又離れさすことが出来ない。彼等は、若し僅かな自覚だにあれば、自分の生命がどんな釘に垂れ下げられねばならぬかを知っている。自分の生命、即ちその制作を、自分の特殊な性惰と修練との結合点に見出さねばならぬと云うことを知っている。
    有島武郎「大なる健全性へ」、『惜しみなく愛は奪う --有島武郎評論集-- 』(新潮文庫、平成12年)。

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「生まれ変われるとしたらどの時代に生まれ変わりたいか」などと聞かれた場合は、たいてい日本に於けるそれの場合は、「平安時代」か「大正時代」と答えることにしております。もちろん、現実はエアコンのない時代ですので「生まれ変わり」たくは全くありませんが、思考実験としては、そのどちからの時代に心惹かれる部分があります。戦間期への憧憬とでもいえばいいのでしょうか。

さて吉野作造(1878-1933)が活躍したのも大正時代であり、周知の通り「大正デモクラシー」の旗手として華々しく活動したのもその折りです。日露戦争集結に伴うポーツマス講和条約締結に対する反対運動が爆発した日比谷焼討事件に、実は「大正デモクラシー」の潮流は開始されますので、時代としては先行スタートしておりますが、日露戦争を経て、「世界の一等国」の意識のもとで、デモクラシー以外にも、様々な思想潮流が一挙に溢れ出してくるのが、まさに大正時代であります。

※もっとも各論者が指摘するとおり、「内にデモクラシー、外に帝国主義」という大正デモクラシーの限界を指摘するのはたやすいのですが、その時代におけるコンテクストをふまえた場合、そうも言い切れない部分は厳然と存在すると宇治家参去は思っております。

さて……、
明治がおわり、大正にはいると社会が比較的安定していくなかで、政治としてはデモクラシーの発想が一大潮流となってくる。そして、日比谷焼き討ち事件や米騒動、そして普通選挙の高まりと、護憲運動……。明治に比べると、はるかに自由な雰囲気が生み出された時代になったきたわけですが、そのなかで、「個人の自覚と教養を高め、近代的な自己を確立すること」がひとびとの大きな関心になってきます。
漱石・夏目金之助の小説をひもとくまでもなく、まさに「自我」(個人の自覚)とは何か、そしてそれを高めるにはどのようにすればよいのか、そういう課題がひとびとの間で大きな問題となった時代であると思えます。そこで探究された問題とは何か。これも大ざっぱな言い方をするならば、「自我の解放はどのようにして可能になるのか(外なる制度としての封建的なシステムに対して、自由な自己を確立するにはどのようにすればよいのか)」という問題です。おもえば、明治後半、藤村操という旧制一高の学生が、「萬有の真相は唯だ一言にして悉す、曰く『不可解』」との言葉を残して、華厳滝で入水自殺を行いましたが、まさに「自我」とか「個人」の「煩悶」を象徴する出来事だったのでしょう。
※当時はこれがマスコミ知識人の間で哲学的議論の対象となったのですが、実のところは失恋が原因のようですが、それはそれでまさに、「個人の問題」が哲学的な考察の対象となったという意味では、まさに事件なのだと思います。

話がそれましたが、そうした時代意識のなかで、大きなムーブメントとなってくるのが、「大正教養主義」とよばれる一大思潮です。キーワードとしてピックアップするならば、「生命」主義、「人格」主義、そして生命や人格を薫育するものとしての「修養」主義と「教養」主義という発想です。

自己の当体である「生命」を向上させる教養、そして(宗教的な)修養、このふたつのアプローチが特徴的なのですが、両者に共通しているところは、やはり「実践的」という点なのではないかと思います。

ベルグソン(Henri-Louis Bergson,1859-1941)やウィリアム・ジェームズ(William James,1842-1910)から影響を受け、西田幾多郎(1970-1945)は日本で最初の哲学書と呼ばれる『善の研究』を著しますが、自己の人格の実現を最高の善として、その実現に宗教的な体験とか修養が必要であるという立場が貫かれておりますが、そうした発想もそのひとつなのでしょう。西田の場合、自身の参禅経験がヒントになっております。また国際派で知られるキリスト者新渡戸稲造(1862-1933)も朝晩の修養を大切にしたといわれております。

冒頭に引用した白樺派の有島武郎(1878-1923)や武者小路実篤(1885-1976)らの「新しき村」の運動も生命主義・人格主義の立場や、民衆に根差そうとするトルストイ(Lev Nikorajevich Tolstoj,1828-1910)の影響から、それを単なる理論におわらせるのではなく、理想的な共同体をこの地上に実現させよう……そうした善意の実践運動だったわけで、その成否はともかく、さまざまな理想や理念、発想をどう着陸させていくのか、ひとびとは思想と実践のなかで、まさに種々思考し実践していた時代だったのだろうと思います。

その意味で、大正時代の思想界・文学界にはいわば、新しい可能性が含まれていた時代の空気があったのではなかろうかと思います。そこに惹かれる部分があるわけですが。

もちろん、そうした時代の空気は、関東大震災を境にして、社会的な不均衡の増大、そして内外の時局の不安定化というながれのまえに、なし崩し的に霧散していきますが、その実験は確認してみる必要が厳然とあると思います。

……って、概論的な教科書的な叙述になってすいません。
明日から授業なので。
それがおわれば、もうすこし、個別の問題(例えば、生命主義、人格主義、教養主義の問題)にはいって行ければと思います。

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寿司とか、大学とか。

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週刊『東洋経済』(東洋経済新報社)が、この時期になると「本当に強い大学ランキング」を出しますので、推移をいつも気にしております。

この強さというのは、財務や就職率、補助金などの獲得データを基に出されたポイントですので、少子化などに対応できる強さという意味でのランキングで、教育・研究、学生の水準という意味ではありませんが、何かの参考になるかと思います。

http://www.toyokeizai.net/business/industrial_info/detail/AC/df3e627f1ad7956b170131f33362b6f3/page/4/

http://www.toyokeizai.net/public/image/2008102000144942-5.pdf

興味のある方は是非。

で……。
昨日は、無性に寿司が食いたくなり、近所の回る寿司屋さんですが、比較的丁寧に拵えるところがあるので家族と出かける。細君も少し凹むところがあったので、善い気晴らしになったのではなかろうかと思います。

寿司は不思議なものですが、あとになって気が付くと、結構「米」を食べているというところです。

季節物ですが、鱒のすじこは美味でした。

最後は、目の前でさばいていただいた、「しまあじ」で〆。
にぎったしまあじは醤油で頂くのではなく、岩塩をすり下ろしていただくという食べ方でしたが、これがまた絶妙です。

瓶ビール×2,一の蔵、澤乃井、越の寒中梅、結構飲みましたね。

さ、今日からまたがんばるぞ。

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今日の無知は必ずしも明日の無知ではない

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 私が現下の日本に於て、偏狭なる民間の思想的宣伝が官憲の干渉と迎合して国民の思想的自由を蹂躙する甚だしきものあるを憎むと共に、之に反抗する物が又只単に反抗そのものゝ為に官憲取締の非を唱ふるに止まり、自分自ら亦偏狭なる態度に執して一種の宣伝に浮身をやつすものあるを不快とする。思想自由の積極的意義がもつと国民の間に、はつきりせんことを冀望してやまない。
 さればと云つて私は自由主義い反対するものではない。私も熱心なる自由主義者だ。たゞ私の自由主義は人生に対する無限の信頼から来るのである。
 私は人の性能は無限に発達するものなるを信ずる。今日の無知は必ずしも明日の無知ではない。故に我々は現在の無知に失望することなく、将来啓かるべき聡明に期待する所なければならない。而して彼の性能は本来日に日に発達して熄まざるものなるが故に、我々の最も心して努むべきは、現に正しとする所を操持することよりも、常に正しきを求むる向上的態度を持する事でなければならぬ。斯の如き倫理的態度を社会上政治上の活動に応用すると、民衆は現在の無知を自覚して指導を聡明なる先覚者に托さなければならぬといふことになる、所謂代議制否認論は、民衆が自ら其現状に於て聡明謬る所なしと僭称するに異らない。
 選挙とは将来に期待せらるべき自己の発達せる姿態を他の人格の中に求むることである。他人の人格の内容にヨリよき己れを見出すことである。選挙権が人格の自由といふことに根拠して文化開発の上に一の重大な役目をつとむる所以は、主としてこの為である。
 人性の発達に対する無限の信頼といふことを外にして、自由主義の寄るべき基礎はない。
    --吉野作造「思想は思想を以て」、『古川餘影』川原次吉郎編、1933年。

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ぼちぼち、まとめにはいらなければならないので、改めて吉野作造(1878-1933)の文章をこのところずんやりと読みすすめておりますが、ひどく実感するのは、吉野作造の人間に対する「無限の信頼」ということです。
どのような文献を読んでも吉野作造は、現実の人間に対して温かい眼差しと励ましをわすれることなく言葉を発しており、それが吉野の政治論の底流にも一貫して流れている事に驚きます。

もちろんこの問題は数々の識者の指摘するとおり、吉野作造の信仰(プロテスタンティズム)と密接に関連した問題なのです。しかし吉野の信仰を見てみると、内村鑑三(1861-1930)とか植村正久(1858-1925)といった有名な日本のプロテスタンティズムの信仰とはまた違った側面を見せてくれる部分が多々あります。
内村の場合、高潔な人格と警世家の側面がつよく峻厳なクリスチャニティを見せてくれますし、植村の場合、まったくキリスト教に縁のなかった日本において教会の橋頭堡を守るべく福音主義を説き、神と人間の、ある意味では峻別した断絶を説いた側面を見出すことができるのですが、そうしたキリスト教のあり方とはまた違う側面がそこにあるようです。類型化の誹りを承知でまとめてしまうならば、神から人間に対する救いという問題に関して、内村、植村の場合、その断絶(原罪)を踏まえた上での、それという側面が強く、よって議論として、人間の罪責性が強調されるきらいがあるのですが(しかしながら罪があるからこそ救いの約束もあるわけですが)、そこから現実の人間を相対化し、神の全能性・救いが説かれるというスタイルがあります。

しかし吉野の場合、「絶望-救済」の宗教としてキリスト教というよりも、「救済-改善」の宗教としてキリスト教という側面が強いように思われます。もちろん吉野自身も自己の信仰に関してはまとまった見解をまとめておりませんので、それ以上推し量ることはできませんが、絶望からの救済という方向性よりも、救済の約束のうえに、改善・発展の必然性という方向性の示唆があるようです。そこから憲政論も普通選挙論も説かれており、決してパワーゲームとしての政治学に終始していない点が、吉野作造の吉野作造たる所以では無かろうかと思います。

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兎に角、自分としては基督教によつてすべての人を同胞同類と見るの、気分に深く沁み込まれて居ることを満足に思ふものである。自分は世上多くの問題について慷慨もすれば悲憤もする。けれども結局に於て自分は人類社会の前途に光明を望み、従つてまた常に歓喜の情に溢るゝものである。
    --吉野作造「斯く行ひ斯く考へ斯く信ず」、前掲書。

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盟友・内ヶ崎作三郎(1877-1947)が吉野の葬儀の折り、吉野を評して“無限の親切の人”だったと言っておりますが、現実の人間にも温かい視座を失わず、そしてそこから人類(四海同胞)へと繋がり行こうとした姿には、一種の美しい人間のあり方を学ばせて頂く部分が多々あります。

吉野の議論は、基本的に社会と対決するのではなく、社会との緊張関係に立ち続け発言(=改善)していくスタイルです。そのため結果としては、吉野の政治批判・国家批判は、既存の制度や指導体制に対する直接攻撃にはならなかったし、また、同胞たる日本人への指針としては、善性薫発の勧告という物足りない論調に終わってしまったのも事実ですが、それをもってして、吉野の活動を、大正デモクラシーのあだ花的現象と片づけることは早計でしょう。

人間を手段とせず、目的と捉え、根気強く語り続けた歴史的意義を全否定することはできないと思います。

 こうした吉野のキリスト教信仰を踏まえ、相反する福音主義神学に立つ人間理解と対比しなが、どう位置づけるかは重要な問題なのですが、これについては後日検討していく中で明らかにしたいと思います。

しかし、マア、選挙(制度)の問題も、自由主義の問題も、人性とか、人格の自由によって基礎づけようとする論者は現今においては皆無でしょう。もちろん、現実の政治(学)はパワーゲームという側面はれっきとしてあるのですが、それを浄めるような吉野が取ったような視座が失われてしまうと、単なる数合わせとか、堂々巡りの繰り返しになってしまうのじゃないのかな?なんて思う宇治家参去は古臭い人間なのかも知れません。

昨晩、新しいリキュール?(その他の雑酒)である「ジンジャードラフト<生>」(Asahi)なるものを呑んでみましたが、ちと、ジンジャー臭いです。

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【ご案内】10/25-26:秋期スクーリング,『倫理学』

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 一七 人間は心から喜んで善を欲し、また子供は心から喜んで善に耳傾けるものではあるが、併しそれは教師よ、汝のためでもなく、教育者よ、汝のためでもなくて、のだ。汝が子供を導く目標である善は、汝の気まぐれや発作的の思ひつきを許すものではなくて、事柄の性質上それ自身善でなければならないし、また子供に善として解つてゐなくてはならない。子供は善を欲する前に、自己自身の身辺の事情なり自己の必要なりから汝の意志の必然性をしみじみと感じてゐなければならない。
    --ペスタロッチー(長田新訳)『隠者の夕暮 シュタンツだより』(岩波文庫、1943年)。

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週末には、宇治家参去の担当する、通信教育部の『倫理学』の秋期スクーリングがあるので、仕込みを念入りにやっておかないといけないのですが、遅々としてすすまず。
市井の仕事と短大での講義、それから自分自身の研究で一杯一杯なのですが、それはそれで、自己自身の問題でありますので、そうした部分で「できなかった……」などと言い訳もしたくないので、とりあえずは、講義に望む“心意気”?を鼓舞すべく、初等教育の大家にして、教育実践家であったヨハン・ハインリッヒ・ペスタロッチ(Johann Heinrich Pestalozzi,1746-1827)でも繙きます。
※本来は夏期スクーリングが終わった時点で次の為の準備を念入りにやっておけばよかったのですが、例の如く直前になって大童という奴です。

さて倫理学とか哲学の一番といってもよいでしょう……その一番大きなテーマとはやはり、「善」とは何かという問題です。悪を為すよりは善をなしたほうがよいことは誰人も周知の事実であります。しかしなかなかそれが実践できないのも周知の事実であります。ゆえに「人間は心から喜んで善を欲」するのだけれども、それが「教育者よ、汝のため」にやってしまうと、それは崩壊してしまうのでしょう。

なぜなら、「善を為せ」などと言われなくてもひとには「自己自身のために欲」する側面があるからです。そして、まさに「我知らず」自然と「善を為し」してしまうから、人間は「美しい」のかもしれません。

ともあれ、「善を為せ」という訓戒を垂れる前に、自分自身が「善を為」しているのかどうか確認しながら、善の議論を考えていこうと思います。


……というような、内面のプロセスはさておき、ご案内。

すこし告知が直前ですが……。

今週末の土日(10/25-26)、秋期スクーリングにて、倫理学を講じます。
受講される学生さん方がいらっしゃいましたら、どうぞ宜しくお願いします。

で……。
例の如く定型文のような内容ですが……

できれば……といいますか、学生さん方へのお願いです。

これまでの経験実績から察するに、教科書に目を通した上で受講される方が、全体の2-4割前後です。
忙しいとは思いますが、目を通さずに、授業に望まれてしまうと、これはきわめて“MOTTAINAI”状態です。ワンガリ・マータイ博士(Wangari Muta Maathai,1940-)も、まじでぶち切れる?と思います。


さて……
こちらは、読んでいない学生さんの存在を前提に講義をすすめますが、できれば、全編を読んできて!とは申しませんので、序章から1章だけで結構です。ザァーっと目を通してきて頂くと、うれしいです。




さて今回は、履修予定者70有余名。
本当にありがとうございます。

日本を代表する哲学者・西田幾多郎(1870-1945)が、若き日、第四高等学校(現在の金沢大学)で、『倫理学』を講じたとき、友人に「自分は若くて人生経験も少なく、倫理学なんて講じるのは恥ずかしいばかりだ」というようなことを吐露しておりますが、宇治家参去も同じく、ヘタレのチキン野郎で、西田同様に忸怩たる部分はあるのですが、全力で取り組んで参りますのでどうぞ宜しくお願いします。


で……
夜の講義?
あるといいですね(謎)。


とりあえず、今日は仕事、仕事でヘロヘロなので、薬(akadama sweet waine red)呑んで寝ます。

これは酒ではなく、“薬”です。
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Book 隠者の夕暮・シュタンツだより (岩波文庫)

著者:長田 新,ペスタロッチー
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「人間は万物の尺度」だけでもないだろう

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 一 真理とは何か--真理とは何か、といふことは長年の間研究されたことであり、又それはすべての人類が実際探究し又はするやうな振りをすることであるから、真理が如何なる点に存するかを注意深く吟味し、心が如何にして真理を誤謬と区別するかを認める位に真理の性質を知ることは我々の為し甲斐のあることであるに違ない。
 二 符号、即ち観念又は言葉の正しい結合或は分離--さて真理とは、その言葉の本来の意味に於ては、符号によつて指示される物が相互に一致し又は一致しないに従つて、その符号を結合し、又は分離することを意味するに他ならない、と私には思はれるのである。此処で意味する符号の結合又は分離とは、我々が命題といふ別の名前で呼ぶことである。であるから真理は本来命題にのみ属する、これに二種、即ち心の命題と言葉の命題のあること、通常用ひられる二種の符号、即ち観念と言葉があるが如くである。
 三 これによって、心の又は言葉の命題が生ずる--真理の明白な観念を作るためには、思考の真理と言葉の真理とを相互に明確に区別して考へることが非常に必要である、しかもこれ等を別々に取扱ふことは非常に難しい。何故なれば心の命題を取扱ふ場合に言葉を用ふることを避けることは出来ない、さうすれば心の命題に就いて与へられる例は直ちに単に心的ではなく言葉の命題となるからである。
    --ジョン・ロック(加藤卯一郎訳)『人間悟性論 下巻』(岩波文庫、1940年)。

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ちょうどソフィストとソクラテスの問題を講義で論じていたので、相対性と普遍性に関して少し悩んでみる。

ソフィストの代表的人物のひとり・プロタゴラス(Πρωταγόρας,B.C.500?-430?)の有名な格言に「人間は万物の尺度である」という言葉があります。すなわち、物事には絶対的な基準などない、すべてひとによって、その立場によって、ものごとの基準はさまざまに解釈されるだけだという発想です。
※プロタゴラス自身はそのような意味でこの言葉を吐いたようではないのですが、「通俗的な」ソフィスト的発想としては、そのように解釈するのがわかりやすいかと。類型化の暴論であることは承知の介ですが。

確かに「人間は万物の尺度」なのでしょう。
何によって判断するかはさておき、確かに判断を下し、価値評価を行う人間は「万物の尺度」なのでしょう。しかし、それだけでもないよね……というのが現実的な生活感覚です。

こうした発想をつきつめていくとどうなるのか。
ある意味では相対主義の絶対化とでも表現できる立場だと思われますが、つきつめてしまうと、その人自身の立場そのものの絶対化という現象を招来してしまい、他者を尊重する寛容性が喪失してしまいます。

そしてもうひとつは、わたしにも、そして、あなたにも関わりのある問題を拒絶してしまい、自閉的空間内だけでの独白という状態を導き出してしまうと思います。もちろん、これは自ら進んで、そう行った結果というわけなのですが、不毛な空間が到来することには間違いありません。議論のテーブルにつかず、自ら退場してしまうとでもいえばいいでしょうか。

さて、独白しかないならば、そこには言葉が交差する会話とか対話という、お互いが向き合う契機は全く存在しないことになります。だからこそソクラテス(Σωκράτης,B.C469頃-399)は、真理を導き出すにあたって、あくまでも対話にこだわったのではないだろうか……などとも想像してしまいます。

人間の発想・判断・実践には出発点としては、どうしても個人的な関心からスタートせざるを得ません。それが先入見の自覚という問題にはなるのですがそれはひとまずおき、そうした出発点としての個人的な背景から誰もが出発するわけですが、そこにのみこだわってしまうと、相手の存在を認めないソフィスト的発想になってしまうのだろう思います。それに対してソクラテスの場合、わたしにもあなたにも共通するような、そして共感するような何かがあるのじゃないだろうか……ないしは、そう考えざるを得ないよなって思う力強い考え方があるはずだ……そういう発想があったのだろうと思います。

「それが何かは分からないが、普遍的な(=誰もがそう思わざるをえない)なにがしかはあるはずだ」

それがソクラテスの出発点にあったと思います。
少し先走れば、「そのなにがし」かをソクラテスは語る前に刑死してしまいますので、弟子のプラトン(Πλάτων,B.C.427-347)は「そのなにがし」かを語る必要があったわけです、そこで出てくるのが、宇治家参去の苦手なイデア論というわけですが。

話を戻します。

そして、そのだれにでも当てはまるような、そしてそう考えざるを得ないようなものがあるはずだということで、対話に明け暮れたのがソクラテスの生涯だったわけですが、そいう生き方を見つめ直してみますと、人間と人間が向かい合いながら、何かを紡ぎ出していく、そして共通了解をしていく、そしてお互いの尊厳性を尊重しながら、寛容を確保する……そういう方向性への示唆が見えてくるように思えて他なりません。

自分自身としても、まだ普遍とはどの位置に定位するのか実のところ全く見えておりません。
そして、相対性も尊重しなければならないのも理解しておりますので、どのあたりの距離感が適当なのか、模索をしております。最終的には適切な答えなるものが出てくるような気もしませんが、この生活世界のなかで、ひとつひとつ、お互いに確認しながら、ちょうどよい距離感を見いだし、そして共通に関わる問題を問題としてともに検討していくなかで、実は「カラダで覚える」のが実情なのかなあなどと今は感じております。

本当はもう少し書きたいのですが、ぼちぼち市井の仕事の休憩がおわりますので、また次回?ということで。

しかし相対と絶対、普遍と個別、そしてその中央に位置する真理の問題は哲学者にとっては永遠のテーマ(永遠に答えが出ない?が、探求を怠ってはいけないテーマ)のひとつなのでしょう。

冒頭に引用したジョン・ロック(John Locke,1632-1704)もそのへんの微妙さを語っているなあなどと思ってしまいます。

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 三 これによって、心の又は言葉の命題が生ずる--真理の明白な観念を作るためには、思考の真理と言葉の真理とを相互に明確に区別して考へることが非常に必要である、しかもこれ等を別々に取扱ふことは非常に難しい。何故なれば心の命題を取扱ふ場合に言葉を用ふることを避けることは出来ない、さうすれば心の命題に就いて与へられる例は直ちに単に心的ではなく言葉の命題となるからである。

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さっ、仕事にもどろ。

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人間悟性論 (名著/古典籍文庫―岩波文庫復刻版) Book 人間悟性論 (名著/古典籍文庫―岩波文庫復刻版)

著者:加藤 卯一郎,ジョン・ロック
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How much to them I owe,

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学者
    ロバート・サウジー
私は多くの故人に囲まれて毎日の生活をおくっている。
あたりを何気なしに見まわしただけで、
忽ち彼らの姿が目につく。
いずれも昔の偉大な先達で、
親しい、信頼のおける人たちばかりだ。
私は毎日彼らと話を交わしながら暮らしている。

嬉しい時には、彼らと喜びを分かち合い、
悲しい時には、彼らに慰めてもらえる。
この人たちにどれほど自分が、
お世話になっていることか、としみじみ思うにつけ、
深い感謝の念が胸にこみ上げてきて、
いつのまにか、頬に涙が流れてくることもしばしばだ。

私はこれらの故人と思いをともにし、
長い間一緒に暮らして今日に及んでいる。
私は彼らの美徳を愛し、彼らの弱さを不憫に思い、
その希望や不安をわが事のように感じ、
それらの教訓から、人生いかに生くべきかについて、
敬虔な思いをこめて学んでいる。

私はこれらの故人と希望をともにしている、そして、
もうすぐ近いうちに、彼らの仲間になれると思う。
そしたら、一緒に長い旅に出て、あの
永遠の未来へと行けそうな気がしている。
だが、たとえ私が墓の下の土と化しても、
神に嘉(よみ)される一つの名前を後に残せたら、と思っている。

The Scholar
               Robert Southey
My days among the Dead are passed;
Around me I behold,
Where'er these casual eyes are cast,
The mighty minds of old:
My never-failing friends are they,
With whom I converse day by day,

With them I take delight in weal
And seek relief in woe;
And whiele i understand and feel
How much to them I owe,
My cheeks have often been beldew'd
With tears of thoughtful gratitude.

My thoughts are with the Dead; with them
I live in long-past years,
Their virtues love, their faults condemn,
Partake their hopes and fears,
And from their lessons seek and find
Instruction with an humble mind.

My hopes are with the Dead; anon
My place with them will be,
And I with them shall travel on
Through all Futurity;
Yet leaving here a name I trust,
That will not perish in the dust.

    --平井正穂編『イギリス名詩選』(岩波文庫、1990年)。

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ときどきといいますか、いつもそうなのですが、哲学とか倫理学とか、神学なんて“古臭い”と断じられる学問に従事しておりますと、“古臭い”とののしられるがごとく、古い文献と一日中対峙することが、まさに作業としてはあるのですが……例えば、昨日紹介したトマス・アクィナスなる中世の神学者の文献とかその研究書などを紐解くという作業……、そうしたことをまさに一日中やっていると、ふと自分は、今の時代の人間なのだろうか?とか、これに何か意味があるのだろうか?などと思う局面がしばしばあります。

人文科学の場合、現代の最先端といっても、それが実は古代や中世に密接にリンクした状況であったりするのが現実なのですが、そうした作業をしていると、ときおり、上に引用した詩ではありませんが、過去の賢者の言葉と向かい合っているとき、実はそうした過去の賢者たちと“対話”しているのではないだろうか……などと思うときがあります。

そうしたとき、実は彼らの言葉が現代世界に生きている自分自身にダイレクトに響いてきたりするものです。

そうした“やりとり”のなかで……それはそれで、「おい、プラトンさんよ、それはチトおかしくねえか?」とか「やっぱ、カントさんには脱帽です」とか「モンテーニュさん、その問題に関してはもう少し踏み込んでくださいませんか」って“やりとり”ですが……、そういう“対話”のなかで、なにか過去の賢者の言葉を現代に蘇らせるとまではいいませんが、何か意味をくみ取ろうとしているときに、実はすごく喜びを感じることが現実にあるわけですが、それが探求者のサガかもしれません。

ときおり、細君からそうしたあり方をおちょくられることはあるのですが、時代を超えてやはり伝わり続けていく古典には、本物の力があるのでしょう……数百年前の言葉にも拘わらず、そして、現代とはまったく状況が異なるにもかかわらず、慰められたり、励まされたりするものですが、不思議です。

現実の人間の世界は、そのような甘い言葉では片づけられない殺伐とした荒涼として空間であるのは百も承知ですが、それだけが人間の世界ではありません。人間とはお互いに慰めたり、励ましたりする、素晴らしい側面をも持っている、そしてそのちからは時代を超えてもなお発揮しつづけるということを決して忘れてはいけないのでしょう。

「私はこれらの故人と思いをともにし、
長い間一緒に暮らして今日に及んでいる」

その営みのなかから、何か資するものを紡ぎ出したいと思う毎日です。

と……思いたいのですが、今日も例の如く市井の職場はアリエナイ状況でしたので、リアルハーフを再度再現しようと思い、今日はエビス+ドラフトギネスの組み合わせでなく、一番搾り+麒麟一番搾り STOUTでやってみる。

しかし……うまくいきませんね。単なる「ハーフ アンド ハーフ」になってしまいました。
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英知の探求はより完全、より高貴、より有益であって、より大いなる喜びを与えるものである

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……トマス自身はあくまで神学者として哲学したのであり、彼の学的営みの全体が神学である。しかし、同時にその全体を哲学と考えることも可能である。なぜなら、哲学が現実を全体的・具体的に捉えようとする試みであるかぎり、およそ実在に関する報知であるならば、いかなるものも排除することはできないのであるが、かれの場合、そのような報知のうち最も重要なものは啓示であった。したがって、かれの神学は啓示にたいして自らを開きつつ、現実の全体的・具体的な把握をめざしたものと見ることができ、そのかぎりでは真の哲学にほかならないといえる。
 われわれとしては、トマスにおける学的営みの全体を指す言葉として「英知の探求」(studium sapientiae)を用いたいと考える。トマス自身が英知の探求についていかに考えていたかは、つぎのテキストにおいて簡潔に表現されている。
 「あらゆる人間的営為のなかにあって、英知の探求はより完全、より高貴、より有益であって、より大いなる喜びを与えるものである。
 それがより完全であるのは、ひとが英知の探求に専念するかぎりにおいて、ここ地上の生において真の至福をなにほどか実現するからである。このゆえに賢者は「英知のうちにとどまる者は幸いなり」(集一四・二二)とのべている。
 それがより高貴であるのは、この探求を通じて人は、「万物を英知をもて創つた」(詩一〇三・二四)神への類似にとくに近づくからである。ところで、類似は愛を呼びおこすものなるがゆえに、英知の探求はとくに人間を神へと、友愛の絆をもって結びつけるものである。このゆえに英知について「それは人々にとって限りない財産であり、それを善用する者は神の友となる」(智七・一四)といわれている。
 それがより有益であるのは、英知の道を経てわれわれは永生の王国に行きつくからである。けだし「英知への望みは終わりなき王国へ導く」(智六・二一)といわれているごとくである。
 それがより大いなる喜びを与えるものであるというのは、「(英知との)対話は苦さをふくまず、また英知との交わりはいささかの倦怠も生ぜず、ただ喜びと歓喜を与える(智七・一六)ものだからである」
 このテキストにおいて注目すべきことは、英知の探求は人間の或る特殊な活動としてではなく、むしろかれの究極的な目的あるいは運命にかかわるところの生き方として捉えられているということである。いいかえると、トマスにおいて神学ないし哲学は、人間をはなれて構築され、完成されるがごとき知識体系あるいは作品ではありえず、むしろ人間の自己完成もしくは自己実現への絶えざる歩みそのものにほかならなかった。それはかれがべつのところで観照的生活(vita contemplativa)と呼んでいるものにほかならない。
    --稲垣良典『トマス・アクィナス哲学の研究』(創文社、1970年)。

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冒頭の引用は、スコラ哲学、とくにその大成者と目されるトマス・アクィナス(Thomas Aquinas,1225頃-1274)研究の本朝での第一人者である稲垣氏の研究の一節から。

どうしてひとは、何かを学ぼうとするのか。
そして、学ぶことがとてつもなく楽しい営みであるのだろうか。
そういうことをふと思いながら、トマス・アクィナス研究を読んでいると出会った一節です。

中世のスコラ学(Scolaticus)といえば、例えば、天使に重さがあるのかどうかといった議論に代表されるように、教科書的には形式主義に堕した煩瑣な古臭い議論・学問であるという評価がなされ、キリスト教(会)に従属した不自由なそれであるというものの見方があります。

しかし実際にはどうなのだろうか。
確かにそうした形式主義的な側面を否定することはできませんが、それがすべてを代表しているわけではないようです。このことは中世という時代認識に対する評価と同じで、中世とは教会の権威によってガチガチに支配されたスタティックな固定的な暗黒世界であったという一般的な評価自体が、ひとつのかたよった時代認識なのでしょう。中世とは静態的な時代どころか、むしろ脈動的なドラマチックな時代であったのが実像のようであります。そしてそことはどの時代にも限定されるものではなく、今生きている時代をふくめて、あらゆる時が脈動的な営みなんだと思います。

さて、そうしたものの見方は、ルネサンス期に活躍した人文主義者がそうしたものの見方を形づくったわけですが、この認識に近現代のひとびとはまだまだ囚われているのかも知れません。ルネサンス以降の人間の歩みが“光”であるとすれば、それ以前の中世は“闇”というわけで、闇からの復活という意味での、まさに文芸復興(ルネサンス)ということなのでしょう。おなじように中世とは、英語で「Middle Ages」と表現されますが、まさに生き生きと人間が生きていたとされる、キリスト教以前のギリシア・ローマの古代社会と、そうした伝統が復興されたルネサンス以降の時代に“挟まれた”MiddleなAgeだという認識からそうした表現がとられているのでしょう。

ですから、実際にトマスの著作なり、評伝、そしておびただしい研究書を紐解いてみると、いかに現代人が中世という時代やその文化を一面的にしか見ていないのかということに気づくことができます。

前置きが長くなりましたが、何かを学ぶということ、すなわち「英知の探求」に戻りましょう。

学的営みの全体を指す言葉として「英知の探求」(studium sapientiae)に注目しようと思うのですが、トマスの言葉に注目するならば、それにはひとつ「喜び」という人間体験があるのだと思います。

「あらゆる人間的営為のなかにあって、英知の探求はより完全、より高貴、より有益であって、より大いなる喜びを与えるものである」。

ひとが何かを学ぶ・探求するということは、どのような関心からそれをはじめるにせよ、そのことによって、人間の生きている世界を拡大し、そしてその営みの中で喜び、そして悲しみを感じているからそうするのだろうかなとふと思います。

小さな子供は、言葉をひとつひとつ覚えることによって生きる世界を拡大し、対象を対象として認識し、その連関のなかで、生きるということを“学ぶ”のでしょう。そのことは小さな子供に限られたことではありません。大人であっても、何かの必要上、例えば資格を取得するために学ぶ場合であったとしても、そこには、発見と喜びが存在するものです。たとえその努力が苦労であったとしても挑戦する姿を見ているとそういう部分を実感します。

人間とはまさに「学ぶ」生きものなのでしょう。
だからこそ、「学ぶ」あり方を欠如ないしは否定しまった場合、そこに不幸が生ずるのかもしれません。

よくいわれるように、戦争とか悲劇の繰り返しの歴史を概観しながら「人間はそこから何も学んでいないから、繰り返すんだ」という議論がありますが、額面だけうけとるならば、まさにそうなのでしょう。しかし、宇治家参去自身としては、だからこそ「今から学べばよい」と言い換えたいと思います。これまでの時代がたとえそうであったとしても、自分自身から変えていくことは可能なのではないだろうか……つくづくそう思えて他ならない部分を最近実感しております。

「(英知との)対話は苦さをふくまず、また英知との交わりはいささかの倦怠も生ぜず、ただ喜びと歓喜を与える(智七・一六)ものだからである」

ようやく、紀要論文の再稿の手入れがほぼ終了。
なかなか納得はいかないのですが、「納得」いかないから、またより最善をめざそうとできるのかもしれません。その意味で、その作業は「苦さをふくまず、また英知との交わりはいささかの倦怠も生ぜず、ただ喜びと歓喜を与える」のだと思います。

そういうあり方でもって、人間と世界と歴史から広く「学び」ながら、「人間の自己完成もしくは自己実現への絶えざる歩みそのもの」を放棄しないようにしたいものです。

スクーリングに挑戦中のみなさま、そしてレポートに挑戦中のみなさま、がんばってください。

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Book トマス・アクィナス哲学の研究

著者:稲垣 良典
販売元:創文社
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秋の夜長に「リアルハーフ」

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 「やあ、これはこれは……よく、お目にかかりますな。さよう。この店をおぼえたら、たまったものではない。安くて、酒がうまい。店の亭主も、はたらいている若い者も、みんないい奴でしてな。さよう、大分に、あたたかくなりましたなあ。これからは外を歩くのも苦にならぬ。いえ何、別に、これといって用事があるわけではないのですが、どうも、家に引きこっていても仕方がないものだから……。
 いやあ、とんでもない、浪人ですよ。だから暇をもてあましている。さよう、困ったもので……いや、もう仕官なぞということはあきらめていますよ。この世知辛い世の中にとんでもないことで。どこの大名家でも金づまりで悲鳴をあげ、人減(ひとべ)らしのことばかり考えているそうですから。
 や……これはどうも。拙者に馳走して下さるので? いや、恐れいる。では遠慮なしに頂戴しよう。よい酒ですな、ここの酒は……亭主が、あまり儲けようとはしないらしい。そこがうれしい。だからこうして、客が押しかけて来る、ということになれば結句(けっく)、儲かるということになる。あは、はは……ここの亭主は、やっぱり商売がうまい。酒もうまい、肴もうまい」
 と、すっかり調子が出てきた盗賊改方同心の木村忠吾が、上機嫌で、一人の男を前にしゃべりまくっている。
 ここは、湯島天満宮裏門に近い〔治郎八〕という煮売り酒屋であった。
 煮売り酒屋といっても、場所柄、小ぎれいな造りで、腰板のついた太い格子戸を開けると十坪ほどの土間で、通路をはさんだ両側が入れ込みとなってい、ぎっしりと詰まった客が刺身や豆腐で、たのしげに酒をのんでいる。
 入り口の傍(わき)に石造りの竃(かまど)を置き、二人の若い者が酒の燗に大童(おおわらわ)だ。
 いまの木村忠吾が受け持ちの市中巡回区域は、浅草の一部と下谷の三ノ輪・金杉、根岸から上野山下一体であって、毎日というわけにはまいらぬが六日か七日に一度は、巡回が終わった後、湯島天神へ詣(もう)で、裏門から出て〔治郎八〕へ立ち寄るのが、忠吾のたのしみになってしまった。
 〔治郎八〕は、昨年の夏ごろに店を開いたばかりだが、たちまちに客がつき、女をひとりもおかず、若い者が五人ほどで店を切ってまわし、そのきびきびとはたらくさまを見ていると、一日はたらいて疲れ切った客が、
 「なんだか、こっちも活気が出て来る……」
 ような、おもいがするそうな。
 亭主は四十前後の、おだやかそうな男で、これは帳場にすわって、あれこれと気をつかい、若い者を指図している。
 ところで、いま……。
 浪人姿に変装している木村忠吾と、さし向かいで酒をのんでいる五十男は、めったに見られぬ顔貌をしていた。
 中肉中背の姿にも、尋常な目鼻立ちにも異常はないのだが、眉だけが普通でない。
 濃い眉と眉の間にも、もじゃもじゃと毛が生えているのだ。つまり、眉毛と眉毛がつながっている。二つの眉毛が一すじになって見える。
 忠吾は、
 「一本眉の客」
 と、ひそかによんでいた。
    --池波正太郎「一本眉」、『鬼平犯科帳 (十三)』(文春文庫、2000年)。

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本来は、その<4>へ行こうと原稿も用意していたのですが、エビスとギネスを買ったら、『鬼平犯科帳』が無性に読みたくなり、読んでいると、酒も進むので、今日は閑話で、ビールの話でも。

気の置けない仲間たちと、わいわいがやがや呑むのも、確かに「乙」なわけですが、ひとりで、ぷらっと飲み屋に入って気ままにのむのも、そして、家でしんしんとした深夜に一人で気ままに呑むのも、実は「乙」なものです。

毎日、そうした時間を大切にはしているわけですけれども、ちょうど、仕事が終わって、帰る前に、エビスとギネスを見ていると、セット販売として「リアルハーフ」なるものが謳われておりましたので、買ってみました。

両者とも販売はサッポロビールですので、その戦略にまんまとのったわけですが、このところ「がんばれ!サッポロビール」というかんじで応援をしているので、よしとしましょう。

普通のビールと黒ビールをブレンドした、いわゆる「ハーフ アンド ハーフ」はビヤホールを中心に比較的よく目にするのですが、「リアルハーフ」なるのもははじめてです。
注意書きにしたがって作成すると、

①先ず、専用グラスにエビスを注ぎ、泡が落ちつくのを待つ
②グラス上部にリアルハーフメーカなるものを置き、「ドラフトギネス」を注ぐ。

そして完成です。

「ハーフ アンド ハーフ」の場合は、まさに、黒白のブレンドという状態ですが、「リアルハーフ」の場合は、白と黒がくっきりわけられます。

味もブレンドではなく、ひとつのグラスで二つの味わいという状態で、もちろん最後の部分は微妙なブレンド状態で、濃厚なギネスと芳醇なエビスが絶妙な味わいを醸し出しております。

贅沢な秋の夜長のひとときです。

『鬼平犯科帳』をもう一冊読んでからねましょう。
それまでに、3缶づつ、リアルハーフとなって消えていきそうです。

Book 鬼平犯科帳〈13〉 (文春文庫)

著者:池波 正太郎
販売元:文藝春秋
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対象を概念化するパラドクス その<3>

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 人間性の中には、二つの原理が支配する。
 自愛は促し、理性は抑へる。
 一は善で、他は悪だと我らは言はない。
 それぞれに或は動かし、或は治める目的がある。
 寧ろその正しい働きにすべての善を、正しくない働きにすべての悪を帰さう。
 運動の発条(ばね)である自愛は魂を動かし、
 理性の調節器はすべてを律する。
 自愛がなければ人間に行動が伴はず、
 理性がなければ動いても目的を達しない。
 草木みたいに一定の場所に釘づけになつて、
 養分を吸ひ、繁殖し、腐つてしまふか、
 流星みたいに空間をでたらめに燃えて、
 他のものを滅ぼすばかりか、自分までも滅ぼしてしまふ。
 動く原理は最も力を必要とする。
 その仕事は活発で、促し、かりたて、勢づける。
 比較の原理は静かに、落着いて、
 抑制し、熟慮し、忠告するのが役目だ。
 自愛はその対象が身近かにあるからさらに強く、
 理性の対象は遠く離れて、見透かせるだけだ。
 自愛は現在の意識で当面の利益を見、
 理性は未来と結果とを考へる。
 誘惑は論証よりも隙間なく殺到するから、
 理性が警戒の眼を光らせても、自愛の強さに及ばない。
 その強いものの働きを抑へるために、
 常にかへりみれば習慣となり、経験となつて、
 ともに理性を強め、自愛を抑へる。
 これらの友達同士を啀み合せたいなら、
 難しい理屈の好きなスコラ哲学者がよい先生だ。
 結びつけるよりも、引離すのに大骨を折り、
 恩寵と美徳、感覚と理性の仲をひきさいて、
 恐いもの知らずの才智の妙をつくしてゐる。
 智慧者たちは馬鹿みたいに名目論をやるが、
 まるで意味がないか、同じことを争つてゐる場合が多いのだ。
 自愛も理性も目指す目的は同じことで、
 苦痛を嫌ひ、快楽を望む。
 自愛は貪欲で、目的の骨までしゃぶるが、
 理性は蜜を吸つて、花を傷つけない。
 快楽は正しくも悪くもその解釈次第で、
 我らの最大の悪とも、最大の善ともなる。
    --ポウプ(上田勤訳)『人間論』(岩波文庫、1950年)。

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市井の仕事と学問の仕事(というよりも学問は仕事というよりも自分自身にとっては、それこそが存在根拠なわけですが)の往還関係は確かに、学問が市井の仕事に示唆を与え、市井の仕事が学問を深化させるひとつの契機にはなっているのですが、その関係のみに終始してしまうと、ほとほと息が切れてくるので、そういうときは、青いものでも買ってみます。

盆栽ですが、今日は「ツルウメモドキ」を購入する。
盆栽という世界は、確かに箱庭世界です。
しかしながら、箱庭という限定された有限環境をうち破る宇宙への直結とでも申せばよいのでしょうか……そうした超越的内在を見せてくれる側面があります。

現実の生活は確かに、どこにも逃げ場のないいわば内在一元論なのですが、生活のなかで、家に例えるならば、1階建ての平屋ではなく、2階やロフトがあったり、はたまた地下室や離れがあったりするような、どこか内在を批判する契機を有限世界のなかに見出しておくと、それなりに、どうしようもないような現実を“あきらめる”のではなく、ふと、冷静に見つめ直し、「さあ、もう一度取り組んでいこう」という気概を起こさせてくれるのではないだろうか……などと思う宇治家参去です。

……といわけでその<3>。

その<2>では、極論するならば、あらゆる人道的「関わり」には、決して(価値)中立的な立場などなく、何かに「関わる」ということ自体が、何かの「決断」になってしまうことであり、不可避的に排除のジレンマを避けては通れないという状況を見てきたと思います。

正義の主張とは、裏を返すならば、正義に適っていない側を必然的に「生み出してしまう」ことであり、すなわち「悪」の側に対する排除等の関わりを必然的にもたらしてしまうのものであるのかもしれません。

その意味では、イラクやアフガニスタンに「正義」と「民主主義」をもたらすというブッシュ大統領の決断は、何もブッシュさんだけの専売特許ではなく、自分自身の日常生活のなかにおいても、善悪の分断およびとか、なんらかの不可避的な決断という形で、避けて通れないジレンマとなって現れてくる現象なのだと思います。
※ただし、避けて通れないジレンマだからこそ、それは中立的な神の視座だとか、高見の立場からの善とか悪の措定ではない、まさに人間の「決断」ということになるのだと思います(しかしそれはガチガチのなんでも自己決定という決断とはレベルが違うのかも知れません)。ですので、ひとはなんらかのアクションを起こす際、その関わり方・選択とは、それが自己自身の「決断」であって、プラトンが考えたような形で、どこか別の世界に、善なるものが存在して、その範型をながめながら、善なるものをやってしまおうとする発想ではないのだと思います。イデア論的に発想してしまうと、イデア論で示された善とか悪とはまた一種違うものに現実態はなってしまうのではなかろうかと思います。だからこそ、一見すると逆説的ですが、たえず「人間とは何か」「善とは何か」「悪とは何か」という不断の永遠の探求を欠いてしまった場合、それはどのような心根であったとしても、排除の暴力と化するのでしょう。

さて、今日は<善い>と<悪しき>の対峙を確認してみようかと思います。

周知の通り「人間」の「本性」などといった「本来あるべき姿」というものを最初に設定してしまう考え方は、必然的に「本来あるべき姿」から逸脱してしまう対象を一方に措定することになります。これまで、そうした立場から、「現実に」大きく逸脱「している」対象に対して制裁を加える、そうした現象を退治することが、人間「全体」の幸福に資すると信じられていた部分は歴史的にはあったと思います。そして今なお顕著にその傾向は存在すると思います。
たしかに現実世界を振り返ってみるならば、まさに人間自身が自ら「人間」という概念を踏み出していくような現象とか問題に、めまいすら覚えることに事欠かないのが今の世界だと思います。だからこそ、その意味では、そうした人間主義の原則(人間なるものを非人間化させる現象とか対象)に対して、戦う・ないしは制裁を加えることは、人間自身のためにと思ってみるならば、ある程度「シカタガナイ」などと思ってしまう部分も現実にはあります。それが実際の現実感覚だろうと思います。

まさに、目の前で、誘拐されそうになっている幼児・そして幼児を無理矢理つれさろうとしている人間を見た場合、(何かアクションを起こすかどうかという議論は横に置いておいたとしても)「それ違うんじゃねえの?」とか思うのが現実感覚だと思います。またテレビをつけて流れるニュースを見ながら、民族とか人種、その信仰ゆえに、それを排除しようとして物理的強制力を発動させようとしているような報道なんかをみても、それは「人道」に反するのではなかろうか……無性にそう思うことがあるかと思います。

そうした現実の状況をふまえてみるならば、宇治家参去自身も「日常的な感覚」としては、それがたとえ「百点満点」の悪なるものを排除する構造・義挙であった場合なんかには、ある程度はそういうものだろう・そう「せざる得ない」ものなのではないかと感じます。しかしだからといって、盲目的に人間主義のもつ不可避的な排除の構造を是認することも一方ではできません。

では、そうした発想の負の側面をふまえ、それを条件付きで認めるとしても、では、その「守るべき」「人類」なるものの「全体」の「幸福」とは何かという疑問も浮かんできてしまいます。

「人間」の「人間らしさ」とは何なのだろうか。
それがすべての人にとって明らかであるとすれば、それを害するものは、まさに「害虫」であり、人類という共同体とか、日本的にいうならば「世間」から抹殺されてたりしてしかるべきであると、ほとんどのひとは思ってしまうのでしょうが、その「人間」の「人間らしさ」を決めるというのが実は大問題であって、それを無理に決めようとすると、ナチスの人間主義といった極端な事例を生み出してしまうのでしょう。

どのような主義主張であれ、人間らしさを現実には固定化させて発想すること自体に無理があるのかも知れません。所与の真理として「人間らしさ」を決定した途端に、それは排除の構造となってしまう。現代思想(特にデリダ)の指摘するところの「二項対立」という事態であり、デリダはそれを「脱構築」しようと考えた。なんで脱構築する必要があるのか。それは、排除の悪循環は一度きりではなく、概念化・対象化した時点ですでに、そこからあふれだしてしまう存在を永遠に生み出してしまうからである。

しかし、結局の所、対象が何であれ(それが例えヒトラーであれスターリンであれ、凶悪犯罪者であれ)、二項対立をひとは避けては通れない、そこの事実は厳然として踏まえる必要があると思います。そのうえで、どう動くか……ということですが、先走れば、やはり固定化をさけながら、その概念化・対象化を不断にまさに「脱構築」していくしかないのだろうかとはおぼろげながら思います。

それがいわばアウシュヴィッツ後の人間に課せられた使命なのでしょう。

善にせよ、悪にせよ、荷担する痛みと責任の自覚がないかぎり、それは対象化された概念の遊戯にほかならないのかもしれません。

……ということで、<2>の再論のようになりましたが、燃料切れなので、そのうちのその<4>へ続くということで、お休みなさい。

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対象を概念化するパラドクス その<2>

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 人間の生活や風習について、例へば(わがベイコン卿の言葉を借りるならば)人々の関心や胸そこに深く訴へるやうな文章をものさうと思ひたつて、私はまづ人間を抽象的に、彼の性質、状態について考察することから始めるのを最も適当だと考へた。蓋し道徳的な義務を明らかにし、道徳的な教訓を説き、なににもせよ一個の被造物の完全、不完全を検討するためには、それがいかなる状態との関係の中に置かれ、それが存在する本来の目的は何であるかを知ることが、第一に必要であるからである。
 人間性に関する学問は、他のすべての学問がさうであるやうに、明白な少数の点に帰着する。確実な真理はこの世界にそれほど数多いものではない。従つて精神を分析する場合には、肉体を分析する場合と同じやうに、大きな、開かれた、知覚し得る部分に注意をあつめる方が、あまりにも繊細な神経や管を研究するよりも、人間にとつて利するところが多いやうである。蓋し神経や管の構造、用途は常に我々の観察を逃れやすいからである。然るに世上の論議は専らこの最後の問題に集中されてゐるために、大層な言ひ方かも知れないが、折角の論議も人間の才能を磨くよりは、人間同志を感情的に対立させ、道徳に関する理論の進歩を促すよりも、むしろその実践を鈍らせてゐるやうである。私自身の口から言ふのも妙なものであるが、もし私の論文になにがしかの長所があるとすれば、それは一見対立する極端な学説の中間に棹さし、意味の補足に苦しむ言葉を避け、穏便にして矛盾のない、簡にして要を得た倫理体系をつくりあげる点にあると思ふ。(中略)
 ここに公にするものは人間についての一般論であると承知していただきたい。単に人間の大きな問題についての範囲、限度、関係などを取扱ひ、細目については後の機会にもつと詳しく辿ることにした。従つてこれらの書簡は(もし私に書きつづけるだけの健康と時間とが許されるならば)あとになるほど味も出てき、詩的な装飾も添ふことになるであらう。当面の私の仕事は泉をひらき、水路の障碍を除くことである。河をあとづけ、流れを辿り、その末の成り行きをみとどけることは、もつと愉快な仕事となるであらうと思ふ。
    --ポウプ(上田勤訳)『人間論』(岩波文庫、1950年)。

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月末のスクーリング講義で市井の仕事を休むので、久しぶりに火曜日に振替出勤すると、たまにしか合わない職場の方とかと出会います。
話題はノーベル賞。

「宇治家参去さんもノーベル賞とれないのですか?」

「あり得ない?でしょう」

宇治家参去が学問に関わっていることは存知ですから、そうしたやりとりがありました。
「あり得なくはないと思いますが、ジャンルでいくと文学賞とか、そのあたりですか?」
文学部周辺でうろうろしておりますので、文学賞という流れなのですが、作家ではありませんので「あり得ませんよ、トホホのホ」ということで、逆に「平和賞ですよ、ガハハ」と受け流す。

何故、平和賞かと言えば、
「専門が宗教(神学)になりますので、現今の宗教対立を融和させるような働きでもできれば、そうなるんじゃないですか?」
「大変そうですね……」

大変そうです。
ま、現実にはノーベル賞などあり得ないのですが、たまにはそうした冗談のやりとりも、一服の清涼剤となるのが人間世界の現実なのでしょう。
例の如く、頭にくることの方が多い市井の職場なのですが、こうしたオバチャンたちとのやりとりも発想を柔軟にしてくれる部分であって、実に本当にありがたいと思います。

とわいえ、話半分ではなく、6割ぐらいは「期待」していたところが、「オバチャン」パワーの恐るべきところです。

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 そもそも宗教は、それを信ずる人にとっては最高の価値を意味している。したがって信仰者にとっては自分の信ずる宗教が最も善いものである。その場合の〝最も善い〟=最高・絶対性とは、二番、三番があっての一番ではなく、端的に〝それしかない〟という独占的な一番である。他と比べてそれなりによいものだとか、それに対する信仰はほどほどでよかろうというものではない。それは当然であり、それで良い。そうした絶対性がなくなると宗教は自己崩壊してしまう。しかし同時に自分と異なる信仰を持つ人もそう思っていることを知らねばならない。他者の存在を無視し、その存在を認めないのは独善である。そうではなく、異なる他の諸宗教の存在をそれぞれの固有性において真に尊重することが必要なのではないだろうか。宗教多元主義の考え方は、そうした宗教間対話を神学的・哲学的に基礎づける視座を提示してくれている。
    --拙論「明治キリスト教と宗教多元主義の諸問題――事例としてのユニテリアン派の活動から(1)」、『東洋哲学研究所紀要』(第22号、2006年)。

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……ということで、その<2>。

ナチズムの暴挙が「ヒューマニズム」だったという言い方で終わったかと思いますが、もちろん、そういう言い方に対しては、「なんじゃそりゃー」という異論が出てくるのは重々承知しております。例えば、「人種」に対して「人類」はより包括的な概念だから、ナチズムの説く“偏った”ヒューマニズムは、ヒューマニズムではない、との抗弁なんかはその代表だと思います。
「人類」に依拠するヒューマニズム……それこそ本当の人間主義である、という発想が人道主義者を自認する人々にとっては、それは自明の理なのでしょうが、しかし、ここで考えなければならないのは、「人類」とは誰なのかという部分です。人類についてはこれまで何度か議論したことがあるので、そうした議論の関連で今回は取り扱わずに、別の観点から確認してみようかと思います。
※人類に関する議論に関しては以下の日記にも記載。
http://thomas-aquinas.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_0fcd.html

すなわち、「特定」と「すべて」という枠組みの違いです。
ナチズムの暴挙が「人間性」の健全な発展を図るために「実行」されたわけですが、その依拠する理論は「特定」の人間なるものを対象としたものです。それに対して、いわゆる人道主義者が依拠する人間主義は、「特定」の人間を対象にするものではなく、人類という「すべての人間」を、いわば「大事にする」思想だという主張です。

しかしながら、この場合の「すべて」という部分が、実はやっかいな問題であり、日常生活で思われているほど根は単純ではないということです。

例えば、国際紛争・民族対立などを眺めてみると、それに対してどのような態度をとるのがよいのかという問題があります。すなわちどういう関わり方が「人道的」かという議論で、これは常に難しい問題です。

ある地域で、例えばイラクでもチベットでもどこでもいいですが、その紛争地域に対して、そしてそういう問題に際して、その関わり方が軍事的であろうが非軍事的であろうが、どちらかの「味方」をしてしまうと、結果としては、人類とか人道というお題目の視点から、もう一方の勢力を切り捨ててしまうことになってしまいます。

もちろん全く関与しないという方法もありますが、そうした「関わり方」だと、ひとが「無意味」に死んでいく事態も「しょうがねえ」と諦めてしまうことを意味するものとなってしまいます。そうした曖昧な態度は問題だろう--たしかに問題なのですが、それではどのように向かいあうのか--そこを真摯に探究する必要はあると思います(曖昧な日本的な態度を批判すると同時に「関わる」ことの重大性を自覚するということですが)。

さて、そうした関わりが「人類」に依拠する「普遍的な正義」であったとしても、それを実現すべく、あえて火中に飛び込む(=関わる)ことは、状況説明的にそれをみるならば、一見、ヒューマニスティックな好意に見えてしまいます。自分はブッシュ大統領のようなやり方はとらないけれど、不正なフセイン政権を打倒し、イラクの民衆を救うんだ!というような発想などはその典型なのでしょう。またチベットに対する不正な中国の人権弾圧に断固反対し、おれは中国政府の「不正」を(人類の立場から)糾弾し、正義を樹立するぞ!などという「もの謂い」も同じだと思います。一見、その善意は確かにヒューマンな発想に見えますが、それは裏を返すならば、「正義」に該当しない立場--俗っぽく言えば「悪」の立場を、「人類」全体の「正義」ためには「排除」するのも「やむを得ない」という決断をしなければならないということになってしまいます。
その意味では、極論かもしれませんが、すべての「人道的介入」なるものは、人類の善なる部分と悪なる部分を物理的に区別して、善とか正義のためには、悪なる勢力を駆逐・排除してしも「しょうがない」(むしろ称賛されてしかるべきだ)というジレンマを必然的に伴ってしまうのが事実なのでしょう。蛇足ですが「むしろ称賛されてしかるべきだ」などというもの謂いになってしまうと、そこにはジレンマは伴われないのでしょうが。

このような「善or悪」、「正義or不正」という二元論を基準にして人間を分断・対置する発想は、ナチスのような「人種」基準に基づく発想よりも、はるかに「マシ」なのかもしれませんが、結局は「人類」なる「すべての人間」を「大切」することが出来ない点では、厳しい言い方ですが、五十歩百歩なのだろうと思います。

善悪の問題、正義不正の問題は、優先されるべき立場にとっての普遍的価値を追求する、ないしは立場を外在化するかぎり、必然的に「人間(善)/非人間(悪)」という排除の構造を避けては通れないということをまずは把握しておくことが必要なのだと思います。

それで、どうよ--ってことですが、ということで……その<2>終わりで、その<3>へ、ということで寝ます。

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対象を概念化するパラドクス その<1>

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(一)
従つて汝自身を知るがよい。神の謎を解くなどと思ひあがるな。
人間の正しい研究題目は人間である。
この中間状態という狭い地域に置かれた、
先は見えないながら賢く、荒削りながらも偉大な存在。
懐疑家の側に立つには知識がありすぎ、
禁欲家の誇りを持つには弱すぎ、
中間に逡巡して、挙措進退に自信が持てない。
神にもなれず、獣とも思へず、
精神と肉体との選択もつきかね、
生まれては死に、判断は誤謬ばかり。
乏しい彼の理性では、考への多少を問はず、
無智であることに変りはない。
思想と感情とが混沌として乖離を極め、
いつも自ら欺いたり、悟つたり、
半ばは上を目指し、半ばは下を見、
万物の霊長でありながら、万物の餌食となり、
真理を裁く唯一の存在でありながら、絶えず誤謬に投げこまれる。
まことに世界の壮観で、お笑い草で、おまけに謎でもある!
不思議な生物!ひとつ科学の導くところに上つてみるがよい。
地球をはかり、空をはかり、汐の状態を述べ、
惑星にどの軌道を走るかを教へ、
昔の暦を改めて、太陽を規定してみるがよい。
ひとつ、プラトンとともに最高の淨界に翔けあがり、
真、善、美の世界をつきとめ、
あるひは彼の弟子達が歩んだ迷路を辿つて、
思惟をすてることが、神を模倣することだと言つてみるがよい、
太陽を模倣するためにぐるぐる走り廻つて、
気が変になる東洋の僧侶たちのやうに。
ひとつ「永遠の叡智」に支配の方法を教へてみたらよいだらう--
それから急に我にかへつて、馬鹿になるがよい。
人間よりもすぐれた存在は、つい近ごろ、
一人の人間が自然の法則を解いたのをみて、
地上の者にしては偉い智慧を持つてゐると感心して、
ニュートンを担ぎあげた、我が猿を見世物にするみたいに。
矢のやうな彗星を規律で律する者が、心の動きをただの一つでも捉へて、述べ得るだらうか。
彗星の光がここに起り、彼処に落ちるのを見た者が、
彼自身の始め、終りを説明し得るだらうか。
ああ、なんという不思議なことだ!人間のすぐれた部分は、
自由に起ちあがつて、学芸の峰から峰を踏破するだらうが、
彼の偉大な仕事が漸く緒についたばかりの時に、
理性の織つたものを、感情が破壊してしまふとは!
科学のあとに従ふ時は、謙譲こそよき案内者だ。
まずその豪奢な装飾を剥ぎとり、
虚栄や衣装、学問の贅沢や安逸、
或ひは頭脳の放れ業を衒ふからくりや、
単に物好きな快楽や、手のこんだ苦痛を引去り、
我らの悪徳が学芸にしたてた一切のものから、
全体を抹殺するか、不要な部分を切りとつて、
さてその上で、過去に役だち、将来にも役だつものが、
いかに残り少ないかを見るがよい。
    --ポウプ(上田勤訳)『人間論』(岩波文庫、1950年)。

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最近思うところなのですが、学知は対象を概念化することによって発展してきたことは疑いようのない事実なのですが、対象の概念化とは必然的に分断構造を生み出してしまうというパラドクスを秘めているのでは無かろうか……そう思われて他ならない今日この頃です。

例の困ったチャン再々(?)再度来店され、弁護士に依頼したというのだが、一向に弁護士さん現れず。本人の言説も再三転変する。

人間とは不可思議な生き物です。

ということで(?)、概念化のパラドクスについて、人間主義に即してその問題を何度かにわけて考えてみようと思います。

でわ~

現代思想の中心的なテーマのひとつに人間「中心」主義批判というのがある。
この「中心」という部分の是非はともかくとしても、人間主義に対する「批判」というものに対しては、常識的な発想からすれば「おいおい」ってなってしまう話題であります。まさに「人間を大切にしない」状況が秒単位で世界的にも身近な環境においてでも進行する現在社会ですから、いい歳をした大人が「どうして人間が大切なのだろうか?」などとのたまったりするならば「あのひと大丈夫か」とか「人デナシ」と思われてしまうのが現実だと思います。
哲学とは、どのような命題でも「自明の理」としては受け取らず、たえず根元的に批判する(=疑う)ところにその哲学の哲学たる所以があったわけです(そこが神学と違うところかもしれませんが、両者は相互補完的な関係だとは思っています)。しかしながら、その哲学の世界においてすらも、「人間」の価値を疑うことは伝統的に忌諱されてきたものであります。

そうした忌諱を破るきっかけになったのは何だったのだろうか……。
人間(中心)主義に対する批判は、人間主義の主張がなされたとたんでてきた主張であった古い歴史をもっている。まさに光と闇がひとつものの裏表のように誕生を同じくしている。しかしながら、現在批判されているような文脈での批判は皆無であったといってもよいでしょう。それでは近代・現代における人間(中心)主義の陥穽とは何なのだろうか……。
ネオトミズム(Neo-thomism)の立場から言うならば、それは「無神論」ということになるのでしょうが、近代・現代における人間(中心)主義の問題とは、概括するならば、その問題が「圧倒的な力」をもっているということへの驚嘆なのでしょう。

その分かりやすい事例は、第二次世界大戦の記憶であると思います。
ナチス・ドイツのユダヤ人政策とか、解き放たれた原子の炎がそれだと思います。
前者の場合を注目するとすれば、ナチス・ドイツがユダヤ人問題を「最終解決」するために、六百万もの虐殺をしたことは、世界に衝撃を与えました。
その衝撃とは、センセーショナルな情緒的感情を粉砕するまさに「人間性の限界」という世界の体験だったと思います。虐殺の現場は「人間性の限界」をうち破る体験だったと思いますが、よりおおきな問題なのは、大量虐殺という客観的な事実そのものよりも、それが特定の「人間観」からの導き出された帰結だったという哲学的・思想史的な側面のほうなのではなかろうかと思います。すなわち絵に描いたような“極悪非道な非人間”が暴挙をやったわけではなく、特定の人間観をもとに、普通の人々が、まさにデスクワークをこなすようにその暴挙なるものを遂行したところに衝撃があるのだと思います。

周知の通りナチス・ドイツの「人間観」とは、アーリア人を最も優秀な人種として規定するそれであります。最も優秀な人種であるがゆえに、ゲルマン民族こそ最も「人間らしい」人間なのであり、そうした序列から人間を規定する人間観がそれであります。そして、その序列の最下層に位置するのがいうまでもなくユダヤ人ということであって、ユダヤ人とは「人類に害をなす害虫」として規定され、対象化されていったのがその歩みです。

こうした世界観・人間観に従うと、従ってユダヤ人を駆逐=絶滅することは「人類」の発展、ないしは「人間性(humanity)」の伸展を図ることに他ならないわけであります。ナチス・ドイツはそうした「世界史的使命」を背負い、自ら構築した人間観・世界観に対してきわめて忠実にそれを履行し、「最終計画」を発動したにすぎないという構造です。

その意味では、自らが信じる(ないしは規定する)「人間」なるもの、「人類」なるもの、そして「人間性」なるものの伸展を図るために事象に関わることを「人間「中心」主義(ヒューマニズム)」と呼ぶとすれば、ナチズムも間違いなく「ヒューマニズム」の実践・実験だったと思想史的には規定できる……そうした流れになってしまいます。

もちろん、言うまでもないことなのですが、こうした言い方とか議論の整理をしてしまうと、「人類」なるものの総括的概念に、「人種」理論のような優劣概念を持ち込むのは、議論として「ヒューマニズム」にあたらない、などという素朴な反論が出てくるのも当然です。しかし、すこし冷静になって考えてみると、そうした反論を企てる「ヒューマニスト」=「人道主義者」に共通しているのは、人種のような“特定”の人間に依拠するのではなく、“人類”のような「すべての人間」に依拠する・そしてそれを大切にする思想だという主張である。そのことはよく分かるし、その心根を無下に退けようとも思わない。

しかし……
その場合の、“人類”という言葉に代表される「すべて」というのは、通俗的な議論でつかわれる「すべて」と思われているほど単純な問題ではないのも一面の事実なのではなかろうか。

包摂する概念をもってしても分断が生まれてしまうのが対象の概念化なのかもしれません。それが暴力と呼ばれようとも、消し去ることは不可能です。
だからこそその自覚が必要なのでしょう。

ということで……その<1>終わり。

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「神」も「人間」も死ぬ道理がない

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 自分が神を殺したのだと告示するのは、そうやって自らの言語(ランガージュ)、自らの思考、自らの笑いを既に死んだ神の空間におきつつ、また神を殺し、自らの実存がこの虐殺の自由と決定を包んでいる、そのようなものとして自らを示す、最後の人間なのではあるまいか。こうして、最後の人間は、神の死よりも古いと同時に若いものとなる。彼は神を殺したのだから、自らの有限性の責任をとらねばならぬのは彼自身であろう。しかし、彼が話し思考し実存するのは神の死の中においてであるから、その虐殺そのものも死ぬことを余儀なくされる。新しい神々、同じ神々が、既に未来の大洋をふくらませている。人間は消滅しようとしているのだ。神の死以上に--というよりはむしろ、その死の澪の中でその死との深い相関関係において--ニーチェの思考が告示するもの、それは、その虐殺者の終焉である。
    --M・フーコー(渡辺一民・佐々木明訳)『言葉と物』(新潮社、2000年)。
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神に死を宣告したのがニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche,1844-1900)だが、死を宣告した人間の終焉、ないしは神なきあとの自意識のどん詰まりを指摘したのが、フーコー(Michel Foucault,1926-1984)なのでしょう。
神といういわば自己自身を相対化させてくれる姿見を失った言語が、自分の姿を確認するという奇妙で空虚な凍結した時間の停止がそこにある。自意識のどん詰まりがそれである。「神の死」は必然的に「人間の死」をもたらすことなのだと思います。

さて、こうしたフーコーに代表されるフランス現代思想の流行ですが(今は流行っていないのかも?)、確かに西洋形而上学の終焉を宣告する、近代人の自意識のどんづまりを指摘するという部分での受容としては、この国では広く受け入れられているふしはあるのだと思うのですが、その流行の風潮には一種のまやかしを痛感するのも事実であります。このことは本朝の明治以降の学芸の受容の罪責性と深く関わった部分なので、フランス現代思想の受容に限られた現象ではないのですが、とくに西洋モノの人文科学の世界ではどうしてもそういう部分が感じられてほかなりません。もちろん優れた成果や知見もあるのですが、やはりどうしてもごく僅かなように思われます。
それがおそらく中江兆民がとき、福澤諭吉が指摘した「考える」習慣のない知的風土の問題なのでしょう。

で、戻りますが、「神の死」を得意げに吹聴し、物知り顔で「人間の死」を宣告する知的遊戯のあり方には、「神」について、そしてそれを死に至らしめるまでに熟慮した素晴らしくも愚かである「人間」という存在を自ら凝視した経験がかつてあるのかどうか……ということでしょう。

もちろんアカデミズムの作業としては、テクストに対する徹底的な厳正な態度で向き合えばすむ「作業」なのですが、その「作業」に向かい合う人間としての自己自身の真摯な探究が欠落してしまった場合、その作業は工場で生産された規格品しか生み出さないのではないだろうかという思われて他なりません。いうまでもなくナーバスになりすぎて、作業が発狂寸前の絶句状態になるようであれば、本家のニーチェのようになってしまいますので、そうしろというわけではありませんが、なんらかの内的営みを欠如したそれであるならば、「神」を論じていてもそれは作業架設上の「神」であり、「人間」を議論していてもおなじことなのだと思います。

考えたこともない「神」が死ねる道理もなければ、見つめ直したことのない「人間」が消滅する道理はありません。

その死を宣告するよりも、神とは何か、そして人間とは何か、をもう一度真剣に考え直す必要があると思います。

「最後の人間は、神の死よりも古いと同時に若いものとなる。彼は神を殺したのだから、自らの有限性の責任をとらねばならぬのは彼自身であろう」

有限性をどこかで超越性と交差させないかぎり、責任はひきとれないのではなかろうか……などと発想する時点ですでに神学の籠絡に嵌っているのかもしれませんが、ふとぼやきです。

というわけで自分のあたまのなかも有限性のなかでループし始めましたので、すこしタバコを吸ってきます。

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「年をとらないという不文律」からの逸脱

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(引用者註……時代小説『御宿かわせみ』は)原則として一話読切りの短篇小説を目指してた。
 途中から様子が変り出したのは私自身、計算もしなかったことであった。月刊誌の連載であった。その場合、私は雑誌の発売される季節に合せて作品の季節を描く。江戸と呼ばれていた時代の日本の四季の移り変わり、風俗習慣、年中行事などもドラマの背景として書きたいと心がけてもいた。読書は「御宿かわせみ」に登場する人々と共に四季に暮し、一年が過ぎて行くことになる。それでも主要人物の東吾とるいが独身の中はよかった。こうした連作小説の場合、主人公は年をとらないという不文律があった故である。私の誤算は二人の主人公を結婚させ、やがて二人の間に子供が生まれたと書き進めたことであった。
 厳密にいうと読書の中にはもう少し前から数えていた方々がいた。主人公の親友で一回目から常連として登場していた人物が主人公より一足先に妻を迎え、そこに源太郎という名前をつけられた嫡男を誕生させた。連載が続いている翌年に或る読者の方から、源太郎ちゃんはもうすぐ満一歳のお誕生日が来ますね、江戸時代ですから数えで二歳ということでしょうが、元気で成長なさっていることと思います、とお手紙を頂いた。
 慌てふためいたのは、畝(うね)家に生まれた子供の存在を殆(ほと)んど忘れたような感じで毎月の原稿を書いていたからである。私の頭の中で赤ん坊は愛らしい一切の幼児となって再認識された。あと一年書くとこの子は二歳になる。従って主人公夫婦に娘が誕生した時、私の覚悟は決まっていた。子供と共に親も年をとるということであった。「御宿かわせみ」の暦は時代と共に進みはじめた。
    --平岩弓枝「私の履歴書27」、『日本経済新聞』(2008(平成20)年07月28日(月))付。

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文筆家・池波正太郎(1923-1990)が師と仰いだのが劇作家・長谷川伸(1884-1963)ですが、その池波と同門の弟子に小説家・平岩弓枝女史(1932-)がいますが、彼女の時代小説も比較的よく読むといいますか、ほとんど読んでいます。
御宿かわせみシリーズ、はやぶさ新八御用帳シリーズあたりが代表作ですが、この夏、『日本経済新聞』紙上で、「私の履歴書」を載せておりましたので、改めて、御宿かわせみシリーズを読み直しております。

どちらのシリーズも連作短篇の「捕り物」ものがたりなのですが、新聞のなかで彼女が告白しているとおり、この小説の愁眉はやはりなんといっても“登場人物”が“成長”することでしょう。連載を重ねるごとに、主人公とそれを取りまく人々が年をとりながら、おおきく成長する。そしてそれと同時に時代情勢も大きく揺り動いていく。
季節感たっぷりの江戸情緒のなかで、変わらぬひとがひとを思う情(こころ)が美しく描かれてい、読むたびに感動ひとしおである。

平岩弓枝の著作に触れるまで、池波一辺倒でしたが、母親がたまたま読んでいたので、借りてよんでみると、「とんでもないほど“面白い”」。
時代小説のワクを拡げてくれた一冊です。

サザエさんやドラえもんが、まさに「年をとらないという不文律」を律儀に守ることで、閉塞したループする空間での再現性にこだわる作品で、その真骨頂をみせてくれる。しかし連作ドラマは、何もその不文律に拘らなくてもよいのでしょう。

平岩の描く『御宿かわせみ』とか池波正太郎の描く『剣客商売』なんかは、連作ですが、作中の人物が成長するだけでなく、年を取り、衰えていく様も美しく描かれているので、読んでいて、楽しいだけでなく、哀しみも同時に味わうことができる。そこがたまらなくよいのである。

さて、本日。
昨日の疲れがひどく、予定した外出をキャンセルし、日中は月末のスクーリング書類(事務書類とか配布物などの申請物)の準備をすませ、少しレポートに目を通してから、ぶらりと外出する。
曇ってはおりましたが、汗ばむこともなく、虫の声が心地よい、中秋をひとしきり味わい、公園で、『御宿かわせみ』を肴にカールスバーグで渇きを癒す。
ベンチのとなりを見てみると、初夏から夏にかけて鮮やかな姿を見せてくれた紫陽花がまだ咲いていたが、すこしもの悲しい風情。しかし、そうした営みに耳を傾けると、不思議なことに、これが明日へのの活力となっていきます。

「子供と共に親も年をとる」。
たしかにそのことを実感する昨今です。
どのように年をとっていくのか、今更ながら改めて考え直す必要がありそうです。

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喜劇的なものは悲劇的なもの

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 他人へと接近しつつ、<自我>の帝国主義たる存在への固執のエゴイズムを破る限りで、<自己>は存在のうちに意味を導入する。存在によって測ることのできない意味が存在内に存在することはありえない。それゆえ、<自我>がその実存およびその運命に対して抱こうとするどんな気遣いも、死ぬということによって無意味でばかげたものたらしめられる。この気遣いは出口なき世界での逃走でしかなく、かかる逃走はつねに滑稽なものである。必ずや破壊される実存に対して存在が抱く気遣い以上に喜劇的なものはおそらく何もない。たとえばトルストイのある短篇においては、丈夫で長持ちする長靴を注文した者が、長靴を注文したその夜に死んでしまう。何らかの行動をおこすために星々に問いかけ、星々から決定的な採決を聞こうとすることも、たしかにこれと同じくらいばかげている。けれども、こうした例を通じて理解されるのは、喜劇的なものは悲劇的なものでもあり、同じ一人の人間が悲劇の登場人物でもあれば喜劇の登場人物でもあるということ、これである。
    --E.レヴィナス(合田正人訳)『存在の彼方へ』(講談社学術文庫、1999年)。

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思った通り進まないのが人生でありますが、日々の生活そのものもまた思った通りいかないのが現実かもしれません。レヴィナスのいう「トルストイのある短篇」とは「人は何で生きるか」で描かれる地上に落ちた天使のエピソードで、金持ちの男は丈夫で長持ちする長靴を注文したが、手に取る前に死んでしまう。

まさに「喜劇的なものは悲劇的なものでもあり、同じ一人の人間が悲劇の登場人物でもあれば喜劇の登場人物でもあるということ」は日常生活でも散見されることで、決して特異な例外的な事象ではないのかもしれません。ひとはそのことにただ気がついていないだけでしょう。

他者と向かい合うなかで、自分の生存そのものが無意味であるという了解をどこかにもっていない限り、<自己>はその存在のなかに本当の意味を持つことは不可能なのでしょう。
今日は、息子さんの幼稚園の運動会。
昨日もがつんと飲んで睡眠不足でしたが、朝早くから場所とり。
昨年より10分早く向かったので、今年は比較的良好な位置をゲットする。
ただし、午前中は断続的な雨降りで、競技が思うように運ばれない。
早めの昼食を挟んで、午後から天候が回復し、園児たちも父母もご満悦のようでした。
自分としては疲れ果てるのみでございましたが。

さて、仕事が山積し、なかなか処理できる時間がないので、合間を見て、仕事に手を入れていると細君からにらまれる。

こちらは夜も仕事で、種々締め切りまで時間がないのですが……。

そこで、「運動会」なるものについて説明する。

「運動会とはだな、近代の国民国家(Nation-State)が、その擬似的な国民意識を持たせる祝祭空間として機能しているんだぞ。国民意識以前のパトリオティズムを中心とする諸々の郷土への感情が、国民国家を中心とする価値観へ収斂されていくのに大いにその力を発揮した。心と体が、愛郷心から愛国心へ転換されていく馴育の場なんだ」

「だから?」

「疲れた」

世のお父さん、お母さん方は、偉大だと思います。

自分にはそのまねがなかなかできませんでございます。

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必要なのは「或る程度の軽薄」さ

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 或る深さを持つ人間にとっては、人生に堪えるのには、一般に一つの可能性しかない。即ち、或る程度の軽薄ということである。もし対立して調和し難い衝動、義務、努力、憧憬、それら一切を深く考え抜いたとしたら、また、これらの本性と彼の本性とが真に要求するままに、底の底まで絶対的に感じて行ったとしたら--彼は飛散し、狂気に陥り、生命を捨てざるを得ないからである。或る深さの限界を超えると、存在と意欲と当為との線が強く烈しく衝突して、私たちを引き裂かずにはいないであろう。これらの線を限界の下まで来ないようにしておきさえすれば、生命は可能な程度に、これらを引き離しておくことが出来る。これは、一元論的オプティミズムの説く、対立物の調和に到達するには何処までも深く対立物を追求して行けばよい、というのと正反対である。それとも、この見方は、対立物の内容的な客観的な意味では正しいが、その主観的に体験された意味にとっては話が別だというのか。
    --ジンメル(清水幾太郎訳)『愛の断想・日々の断想』(岩波文庫、1980年)。

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今でこそ「社会学」は市民権を得て、既存の学問体系の一翼を担う学として成立しておりますが、黎明期であった19世紀後半から20世紀初頭のアカデミズムの世界において、「社会学」なる学問は、やはり怪しい学問--社会という言葉の響きから社会主義と関連づけて論じられて眺められてしまう--と見受けられていたようで、先人たちはとかく苦労したようです。

うえの言葉を綴ったゲオルク・ジンメル(Georg Simmel,1858-1918)もそのひとりで、学位をとってからもなかなか私講師以上のポストに恵まれず、亡くなる4年前にして、ようやくストラスブール大学教授の地位を得たそうです。キリスト教徒でしたがユダヤ人であったことが影響したのかも知れません。現在では形式社会学の祖にして、生の哲学者として揺るぎない評価を得ておりますが、当時の葛藤は強烈なものがあったのだろうと察せられます。ただ、彼の厳しく澄んだ言葉を読んでおりますと、眉間にしわを寄せるような悲壮感は漂っておらず、むしろ鮮烈にさっぱりした楽観主義的なものを感じ取ってしまいます。

考えすぎて負のスパイラルに陥こんでしまうと、「飛散し、狂気に陥り、生命を捨てざるを得ない」。もちろんどこかで考える・悩む部分は必要なのですが、堪えられる範囲での熟慮をこえた場合、当人の破滅を招く事例には事欠かないのは事実です。

だからこそ「或る深さを持つ人間にとっては、人生に堪えるのには、一般に一つの可能性しかない。即ち、或る程度の軽薄ということである」ことが必要なのでしょう。

それは、「対立物の調和に到達するには何処までも深く対立物を追求して行けばよい」とする根拠のない「一元論的オプティミズム」の対極にある「多元論的オプティミズム」なのだと思います。

週末、子供の幼稚園の運動会、そして勤務校の大学祭と行事が続くため、数ヶ月まえから市井の職場で休みをとり、前後に振替出勤を組んでいたのですが、自分が出勤しないと、土曜日だけはどうしてもまわらないとか……。

「運動会とバッティングで申し訳ないんだけどサ、済んでからでいいから出てくんねえか」

運動会そのものに関しては、現実には「疲れる」ので“嬉しく”はないのですが、疲れたあと、そのまま、過酷な市井の職場へ出勤するのもタマリマセン。

とわいえ、出ないとまずいのでひとまず了承する。

了承できるということは、ある意味で、まだ「堪えられない」ほどの状況になっていないということでしょう。むしろ、その状況をある意味で「楽しんでいる」のかもしれません。

状況に引くのではなく、生命に対する“素敵”な“刺激”として“楽しんで”いこうかと思います。

ホンマ、誰も休ませてくれないですね。

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条件つき了解

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 解釈学(Hermeneutik)はもと文学の地盤から生じた。(文学という言い現わしを自分はPhilologieに当てて用いる。それは文の学であって文芸ではない)ところでその文学とは何であるか。それはいかなる意味において解釈学を産んだのであるか。
 ベェク(August Boeckh)によれば、文学とは、人間の精神によって生産せられたものを、すなわち認識せられたものを、さらに再認識する。この点において、原始的に認識する哲学と異なっている。文学は再認識としてまた歴史的認識である。しかし一般に認識するということなしには認識せられたものを認識することはできず、また他人の認識を知ることなしには認識に直ちに達することもできない。従って文学と哲学とは相互に制約し合う。伝承せられて哲学は現象の本質に向かうことができる。が、また逆に文学も、哲学的認識を持たずしては、過去の認識を再生産することができない。歴史的に構成する文学が最後の目標とするところは、歴史的なるものの内に概念が現われることである。かく文学と哲学とは互いに相待つのみならず、特に「歴史の哲学」及び「哲学の歴史」において合致してしまう。歴史哲学は再認識を事とする文学がついに哲学に化したもの、哲学史は原始認識を事とする哲学がついに文学に化したものである。
 文学が右のごときものであるとすれば、それは常に人間精神の表現を取り扱い、その表現の理解によって再認識を行うのである。「解釈」の問題はこの表現の理解に関して起こって来た。理解には解釈(Hermeneutik)と批判(Kritik)との二つの契機がある。前者は対象をそれ自身において理解し、後者は多くの対象の間の関係を理解する。両者は互いに他を前提としつつ、しかもおのおの異なった働きである。しからばその解釈とは何であるか。元来Hermeneutikの名は、神の名Hermesと根源を同じくするhermeneiaから出ている。ヘルメースは神々と人間との間の仲介であり、神の思想を人間にあらわにする。すなわち無限なるものを有限なるものに、神的なる精神を感覚的なる現象に、翻訳する。だから彼は「分かること」(Scheidung Besonderung)の原理を意味し、従ってまた「分からせること」(hermeneia Verständigung)に属する一切のもの、特に言語と文学の発明者とされる。言語文字は思想に形を与える、すなわち人の内の神的なもの無限なものを有限な形態にもたらす。それによって内なるものが分からせられるのである。これがhermeneiaの本質に他ならぬ。
     --和辻哲郎『人間の学としての倫理学』(岩波文庫、2007年)。

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 さきほどメールをひらくと、紀要論文の査読結果が届いていた。
 ひょっとすると「掲載不適当」となるのかと思っていたのですが、なんとか「条件つき了解」ということで、2、3注文があるのみで、とりあえず安堵する。

 前日にすべてリライトしてしまうという暴挙になったのは、実は、読めば読むほど、50枚に収まり切らぬ部分が出てきたと言うことでした。
 内容としては、戦前のカトリック思想家・吉満義彦(1941-1945)の近代批判と人間中心主義の克服への視座の解明を目的として執筆しようとしたのですが--もちろんエントリ時もそれで出したわけですが--まとめていくうちに、そうした吉満の議論そのものを支える、彼自身の背景や、近代日本におけるキリスト教史におけるその位置づけ、そして「近代の超克」論における、彼と他の論者を訣かつ視点など、主題を論じる前の議論をきちんとしておかないと、彼の中心的な議論が議論として成立しない、薄っぺらいものになってしまうなア~ということで、それまで積み重ねてきたものをすべてぶちこわして、おおもとの議論から作り直すということをしてしまいました。

 よって、議論としては、「問題の所在と人となり」にて今回分はクローズという形になってしまいましたので、①冒頭に書いた全体の見通しをもう少し詳しく、②(プラス)冒頭でもう少し吉満の特異性の輪郭描写を--という当然といえば、当然の手直しをしてくださいという内容でした。

 うえの2点は、提出後、「たぶん指摘されるだろうなあ~」と思っていたので、前もってやっておくか、と思ってはいたのですが、例のごとくずるずると手をつけずにいたので、これから最終手直しです。

 日本ではともすれば、近代批判が、単なる西洋批判(アメリカニズム批判とそれの裏返しとしての古典的な東洋礼賛)に終始してしまう側面がきわめて強烈にあるのですが、吉満の近代批判は、洋の東西にかかわりなく、近代に生きる人間の問題として近代を批判している点が特徴的であり、その核心を「無神論」(信仰の喪失)に見ている。もちろんキリスト教的文脈からの発言ですが、信仰を見失った近代人がどのように信仰を取り戻すのかという吉満の関心にはどうしても惹かれる部分があります。

 さて全貌ですが、こないだ何度も書き直すうちにちらほら見えては来たのですが、全体で300枚程度以上にはなりそうです。いつものごとく直前でじたばたするのことをもうそろそろ卒業したいので、またちょこちょこ書きためていこうと思います。

 しかし--
 いつの間にやら「冬」物語とか「白」麒麟の出る季節になっていた。

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著者:和辻 哲郎
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できるだけ多数が自由でなければならぬ

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 自由の理念から、多数決原理が導き出さるべきものであって--多く起こりがちであるような--平等の理念からではない。人間の意思が相互に平等であるということは、多数決原理の前提とはなりうるだろう。しかし、この平等であるということは単なる比喩であって、人間の意思や人格を有効に測量し、計算しうるということを意味するものではない。多数票が少数票より大きい全重量をもっているという理由で多数決原理を弁護することは不可能であろう。ある者が他の者よりも値打ちがない、という純粋に否定的な推定からは、多数の意思が妥当せねばならぬということをいまだ積極的に推論することができるものではない。もし多数決原理を平等の理念からだけ導き出そうとするならば、それは独裁主義の立場から避難するように、事実上あの純機械的な、しかのみならず無意味な性格をもつことになる。多数者が少数者より強いということは、間に合わせに構成せられた経験上の表現にすぎないであろう。そして「力は正義に勝つ」という格言は、それ自らを法規に高める限りにおいてのみ克服せられるのであろう。ただ--たといすべてでなくとも--できるだけ多数の人間が自由である、すなわちできるだけ少数の人間が、彼らの意思とともに、社会秩序の普遍的意思と矛盾に陥らねばならぬ、という考えだけが、多数決原理への合理的途上に導くものである。その際平等が当然にデモクラシーの基本仮定として前提せられることは、この者とかの者との値打ちが同じだから、この者とかの者とが自由でなければならぬという点にあるのではなく、できるだけ多数が自由でなければならぬ、という点にまさに表明される。そこで国家意思の変更を導き出すために、より少ない他人の個人意思と合致することが必要であればあるほど、個々の意思と国家意思との一致符号はますます容易となる。絶対的多数はここにおいて事実上最高の限界を明示する。国家意思がその創造の瞬間において、より多くの個人意思と一致するようは矛盾する、おいう可能性はより少なくなるであろうし、少数が国家意思を--その変更を妨げることによって--多数に反対して決定しうる可能性は、より多くなるであろう。
 個人が国家的支配より自由になる、という観念から、個人が国家的支配に参与するという観念へと移ってゆく自由概念の転化は、同時に、民主主義の自由主義からの解放を意味する、国家的秩序に服従する者が、この秩序の創造に参与する程度に応じて、デモクラシーの要求が実現せられるとみなされる一方、デモクラシーの理想は、国家的秩序が--これを創造する--個人を把握する範囲から独立する、すなわち、国家秩序が個人の「自由」を侵害する程度から独立するようになる。
    --ケルゼン(西島芳二訳)『デモクラシーの本質と価値』(岩波文庫、1966年)。

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20世紀においてもっとも卓越した法学者の一人にして、法実証主義を厳密に追求したのが、うえに引用したハンス・ケルゼン(Hans Kelsen,1881-1973)であります。国法学に関しては吉野作造とのからみでチラチラと眺める程度なので、法理論としては詳しくは存じません。学部の頃は、一般教養の単位取得の必然性から「憲法」と「政治学」を履修した程度ですから、法学なんかをきちんとやられている方には、以下の議論は〝入門〟以前の稚拙なエッセーと思われてしまいますが、読んでいて実に痛快な一冊でありました。さて、ケルゼンですが、このデモクラシー論はワイマール末期に筆がとられた作品で、ナチス政権後は、ケルゼンは亡命生活を余儀なくされたようであります。

難しいのかなと思いながら、ぱらぱらめくっておりましたが、どうやそれは杞憂のようで、大変読みやすい一冊です。

たしかにいわれればいわれるとおりで、民主主義の多数決原理を考えた場合、どうやら通常その原理を導き出す源泉として、平等の観念から多数決原理の理論を構築しようと思いがちです。宇治家参去もご多分にもれず、そうだよな~と思っておりましたが、実はそうではないようでして……。
多数決原理を平等原理からのみ説明しようとした場合、まさに平等原理の陥穽ともいうべき、多数者の少数者の圧迫という現象を説明できなくなるのですが、平等の観念にも気を配りながら、自由の観念から基礎づけていくという方向をとるならば、議論はすっきりするということに活眼されます。
※蛇足ですが、ここでいわれる自由とは、国家という制度や権力というハードなものに対する「自由」であって、個人主義の主張としての自由とは趣がことなるものなのでしょう。

いうまでもありませんが、ヒトラーも政権奪取に関しては、現実的には強引な手法もありましたが、手続きとしては多数決原理を利用しておりますので、そのことから一慨に多数決原理を否定して、開発独裁のようなかたちのリーダーシップへの転換の主張も、にわかに色めきだつような雰囲気がありますが、決してそうではないということを再確認させて戴きました。思うに暴論かも知れませんが、三権が違いに規制し合うように、本来相容れないフランス革命の理想である「自由」「平等」「博愛」という概念も、同一線上の価値観ではなく、互いに牽制し合う価値観として現実の中で試し合うことで、よりよきあり方というのが構築されていくのかもしれません。

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ただ--たといすべてでなくとも--できるだけ多数の人間が自由である、すなわちできるだけ少数の人間が、彼らの意思とともに、社会秩序の普遍的意思と矛盾に陥らねばならぬ、という考えだけが、多数決原理への合理的途上に導くものである。その際平等が当然にデモクラシーの基本仮定として前提せられることは、この者とかの者との値打ちが同じだから、この者とかの者とが自由でなければならぬという点にあるのではなく、できるだけ多数が自由でなければならぬ、という点にまさに表明される。
    --ケルゼン、前掲書。
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平等の観念とか多数決原理とは、「この者とかの者との値打ちが同じだから、この者とかの者とが自由でなければならぬという点」にあるように推定した場合、数あわせの数の暴力として機能してしまうのでしょう。

そうではなく「できるだけ多数が自由でなければならぬ、という点」を忘れてはいけないのだと思います。

そして、これは制度としての国家やシステムとしての民主主義の問題に限られた事象ではないのだと思います。自分自身の関係する生活圏における生き方の問題とも大きく重なってくる部分が実は大きくあるのでは?……などと思ってみたりもします。

などと優雅に考えたいものですが、市井の仕事は本日もありえない状況で、連続レジ打ち打刻時間の記録更新なるかと思いきや……という状況で、朝礼もできず、指示出しもできず、ようやく抜け出せたところで簡単に指示を出して、一服しながら、ケルゼンのうえのくだりを真読する。

ぷかぷかタバコを吸いながら読んでいると、管理担当の庶務の方から引き継ぎ事項の連絡が。

先だって、物品を預かっていないにも拘わらず、預かっていると強引な申し立てを行いました困ったチャンがまた来店されたとのこと。
※ 先日の「困ったチャン」の話題に関しては以下のURL
http://thomas-aquinas.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-9fe3.html

「おお、本格的に裁判でござんすか?」
と伺うとそうでもないようでした。
先ずは「見ておいてください」とのことで、以下の書類を見せて戴く。

昨日の未明、再度来店し、店長宛ということで……以下の書類を残していったようであります。
①薄汚れ、黄ばんでくしゃくしゃになった弁護士さんの名刺
②1枚の自筆書面(広告の裏面にボールペンにて記載)
 ○○店
 ○○万円にて許す。
 連絡先等。

「なんですか?コレ」
「そのようですよ」
「弁護士事務所からの内容証明とかじゃないんですか?」
「そのようですよ」
「これって、弁護士さんが起票したものじゃないですよね?」
「受けとった担当Mgrから聞くと、目の前で書き始めたそうですよ」
「はあ~」
「いちおう、店長には連動しておりますので」
「で……。この紙に書いてある連絡先ですが、電話番号ヒト桁たりませんよね?」
「そのようですよ」

自由・平等・博愛……もう一度考えてみます。

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【覚え書】「ひと イラク帰還兵 パトリシア・マッカーン(Patricia McCann)さん(25)」、『毎日新聞』2008年10月07日(火)付。

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かつて連合軍東南アジア副司令官を努めた将軍・A・C・ウェデマイヤー(Albert C. Wedemeyer,1897-1989)は従軍した第二次世界大戦を回顧して「勝者なし」と語ったというが、戦争には勝者は存在しない。いわゆる勝者と呼ばれる側も敗者と呼ばれる側もともに「敗者」となってしまうのが、愚かな戦争である。ひとはいつそのことを学ぶことができるのであろうか。

戦争に代表される暴力は、人間存在を直視することができない人間の愚挙である。この愚挙は戦争だけに限定される問題ではなく、人間存在を直視することができない現象は、この人間世界のあらゆる局面に存在している。

しかしながら、そうした「人の人間性を奪う」人間の暴力を超克する視座もひとりの人間と向かい合うことで癒され、回復されるものなのでしょう。

アメリカという社会は、不思議な社会で、金融危機に象徴されるように、億万の富を一瞬にして築いたり失ったりする人々が存在する一方で、産業がまったく何も育っていないような地域の人々も存在している。おもえばサブプライム・ローンもそうした人々をターゲットにした投資だったのでしょう。
しかし、大学へ行きたくても資金がないひとびとも存在する。
そこで重要な源泉になっているのが、軍の存在である。
紹介するパトリシアさんだけではないのでしょう。
軍がそうした就職先として存在し、魅力ある奨学金が提示されている。

なにかやるせなさを感じてしまうのは、宇治家参去だけではないでしょう。

ほんとうに、すべてが敗者となってしまうのが、戦争という暴力だと思うのですが。

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ひと イラク帰還兵 パトリシア・マッカーン(Patricia McCann)さん(25)
イリノイ大学シカゴ校3年。戦争に反対するイラク帰還兵の会(IVAW)会員。

 エメラルドのような瞳で見つめ、穏やかに話していたのに、一瞬みけんにしわを刻み、険しい表情になる。「軍にとって大事なのは、人の人間性を奪うことです」。軍での体験を振り返る富城だ。
 高校3年生の17歳で米イリノイ州兵に志願。農業と大学が〝主産業〟の町で、進学資金を稼ぐには選択肢が限られていた。
 03年5月にイラク戦線へ送られる直前、「怖ければ撃ち殺せ。妊婦は腹に、男も民族衣装の中に爆弾を隠している。ガキはおとりだ。殺せ、殺せ、殺せ」と教え込まれた。バグダッド郊外の基地で兵たん業務に就いた。上官が女性の部下に性的関係を強要し、男たちは「強姦」をよく話題にした。正当な理由もなく、隊は結婚披露宴に砲弾を撃ち込んだ。
 翌年5月に帰国。見知らぬ人と街でけんかし、酒量を抑えられない自分がいた。貫かれていた「蔑視」は、感情を壊す軍の手段だったと思う。今も苦しむ。
 06年に除隊した。帰還兵の会に入り、集会で体験を話す。入隊で悩む若者の相談にも乗る。共感した人々に抱きしめられたり、相談者に優しく接することで癒される。
 今夏は京都、東京、川崎などで証言。寺院の静寂や庭園の緑に平和を感じた。大学で高校教諭を目指している。生徒たちに「命を、特にあなた自身のを大切にして」と伝えたい。
  文と写真・花岡洋二
    --『毎日新聞』2008年10月07日(火)付。

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【関連URL】

http://ivaw.org/
http://jp.youtube.com/watch?v=pTdUEBmJu1s

http://jp.youtube.com/watch?v=8P46fk_jUHo

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他者との連関において存在するということ

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 我々は間柄を形成する個々の人を突き留めようとして、それが結局共同性のうちに消え去るのを見た。個々の人はそれ自身においては存しないのである。しかるに今やその共同的なるもの全体的なるものを突き留めようとして、逆にそれが個人の独立性の否定にほかならぬことを見いだした。全体者もまたそれ自身においては存しないのである。しかも全体者が個人の独立性の否定において成り立つというとき、そこには否定し制限せられる個人の独立性が認められている。従って個々の人は全体性との連関においては存しているのである。同様に個人の独立性が共同性の否定において成り立つというとき、そこには否定し背反せられる全体性が認められている。従って全体者もまた個人の独立性との連関においては存していると見られねばならぬ。そうすれば個人と全体者とは、いずれもそれ自身において存せず、ただ他者との連関においてのみ存するのである。
 ところでこの他者との連関は、いずれも否定的関係であった。個人の独立性は全体者に背くところにあり、全体者の全体性は個人の独立を否定するところにある。従って個人とは、全体者が成り立つためにその個別性を否定せらるべきものにほかならず、全体者とは個人が成り立つためにそこかあら背るべき地盤である。他者との連関において存在するということは、他者を否定するとともに他者から否定せられることにおいて存在するということにほかならない。
    --和辻哲郎『倫理学(一)』(岩波文庫、2007年)。

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たしかに、「人それぞれ」でいいのだと思います。
人によって、趣味や思考や嗜好は違う。そのことを何かの鋳型にいれて金太郎飴のように、おなじものを製造しようなどとは思わない。

人はたしかに「人それぞれ」なのでしょう。
しかし、自分が「人それぞれ」として尊重して“戴く”ためには、他のひとをも「人それぞれ」として尊重“しなければならない”そうした尊重して“戴く”ことと尊重“しなければならない”両者が存在してはじめて、“人それぞれ”が成立する。

個の独立性と全体の全体性との連関も同じなのでしょう。
個の存在性は全き「他者」を否定する契機でありながら、「他者」から否定せられることにおいて成立する。この緊張関係のなかにこそ、個の独立性と全体の全体性という否定の弁証法的関係ともいうべき間柄的関係が存在するのでしょう。

そのあたりが、議論としては納得するのだが、現実に適応した問題として考えていくとなかなか難しい。
個の独立性が圧倒的な勢いをもって迫ってくる。
また全体の全体性が所与の不動のできあがったものとして圧倒的な勢いをもって迫ってくる。
発想としてはその二者択一がいつわざる現状なのでしょう。

ちょうど本日、短大の哲学の授業で、哲学における二つの契機をもってして第一章をしめくくる。哲学とは徹底的な個々人の探究の営みに他ならないが、それは世界や他者と孤立した独断的な思考となってはいけないのがルールである。

そのために何が必要なのだろうか。

それが対話である。

ものごとを根源的に探究する試みである人間学としての哲学においては、いわば①徹底的な探究、②対話による相互吟味・批判、この二つは車輪の両輪である。

徹底的に探究すればよい。
そしてそのことを対話によって世界へ、そして他者へ開いていかなければならない。
探究と対話によって個の確立と公共世界の創出が哲学的思考の主軸なのだと思います。

個ありきでもなく、全体ありきでもない、生きた人間に即した徹底的探究と他者理解が今こそ必要なのでしょう。そのあたりで今日はしめくくる。

どうも傾向とか体質として、いまの若い人々はどちらかというと、他者から切り離された「ひとそれぞれ」を選択するような傾向が顕著に強いと思われます。他者から「切り離された」内向的な「ひとそれぞれ」の場合どうしても、ある日突然、コロっと、その正反対の「公共ありき」に地滑りのように転換してしまう場合が多いと思う部分があるので、そのこところは念を押しておいた。

徹底的に「ひとそれぞれ」であって下さい。
しかし、その「ひとそれぞれ」は全く孤立した孤独人としての「ひとそれぞれ」ではなく、他者へ開かれた「ひとそれぞれ」であってほしい。そしてそういう契機を創出する対話を決して忘れて欲しくない。
そう思うある日の宇治家参去です。

帰宅すると、ようやく秋期スクーリングの開講依頼書類一式が届いてた。
先週末、事務局の手違いで別の担当者へ出講要請を届けていたようで、どうやら宇治家参去のもとへ届くのが遅くなったようであります。

とりあえず、“不開講”は免れ、ほっとしております。

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倫理学 1 (1) (岩波文庫 青 144-9) Book 倫理学 1 (1) (岩波文庫 青 144-9)

著者:和辻 哲郎
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【覚え書】西田幾多郎「自覚について」

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自覚の問題をひもとくために、西田の文章を読んでおりますが、晩年の西田の文章は、比較的表現としては『善の研究』時代なんかと比べると、平易になってきているなと思う反面、内実は深化し難解の度合いを深めております。

すこし自分に対する覚え書として、残しておきます。

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 デカルトは天も地も精神も物体も何物もないと考えて見た。それでは私というものもないのであろうか。しかしこういうように考えるならば、この考える私というものがなければならない。何者かが私を欺くのであっても、欺かれる私がなければならない。如何に欺くとしても、私が或ものであると私が考えるかぎり、私を無とすることはできない。彼は色々に考えた結果、「私がある、私が存在する」sum,existoという命題は、「それを何時(いつ)言っても、何時考えても」(quoties a me profertur,vel mente concipitur)必然的に真でえあるという結論に到達した。これが彼の有名なコギト・エルゴ・スムである。これを疑わんとしても、疑うのが自己である。知るものと知られるものと一である。直証的である。
 右の如く、我々が自己があると考えねばならない、我々の自覚の形式とは如何なるものであるか。物があるということは、それについて主語的に多くのことがいわれることでなければならない。多が一であるということである。主語となって述語とならないものが実体と考えられた。多が一であるというには、いろいろの形式があるであろう。例えばいろいろの性質が一つの物の性質であるとか、種々の変化が一つの物の変化であるとかいう如きである。しかしかかる形式を以てしては、自己が自己を考えるということができない。性質は物となることはできない、働きの結果は働くものとなることはできない。物と性質との関係においては、多が一に結合せられる、一が多くの結合天となる。物と働きとの関係においては、働きは何時も時の形式において考えられる如く、一々の働きが独立性を有(も)っている、多が独立性を有っている。一々の瞬間が独立的でありながら、一つの時の瞬間が独立性を失えば、もはや時ではなくなる。しかしかかる時の形式を以てしても、自己が自己を考えるということは成立せない。考えられたものが考えるものとなることはできない、過去が未来となることはできない。自己が自己自身を考える、考えるものと考えられるものとが一であるという自覚の形式においては、考えられるものと考えるものとが、何処(どこ)までも対立せなければならない、同列的でなければならない。時の形式によっていえば、一々の瞬間が何処までも独立的でなければならない。絶対の非連続の連続でなければならない。故にそれはもはやいわゆる時の形式というものではない、一面に何処までも空間的でなければならない。私はこれを絶対現在の自己限定の形式という。多と一との相互関係において、個物的多の一々が何処までも独立的でなければならない、個物的でなければならない。自覚の形式においては、一々の点が基体的でなければならない、否何処までも働くものでなければならない。しかもこれに反し、全体的一の方向においては、何処までも一が一である、単なる多は何物でもない。我々は如何にしても自己というものがあると考えざるを得ない、これを疑うならば、疑うものが自己であるという意味において、自己があるということは、右の如き多と一との関係においてでなければならない、即ち多と一との矛盾的自己同一の形式においてでなければならない。
    --西田幾多郎「自覚について」、(上田閑照編)『西田幾多郎哲学論集III 自覚について他四篇』(岩波文庫、1989年)。

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銘々、人は自分の人柄にしたがっている

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 引越しが近づくと、やがて別れるこの壁にさよならを告げる。家具はまだ運び出されていないのに、もう新住居が好ましく思われる。古い住居は忘れられてしまう。すべてのことが、やがて忘れられてしまう。現在には力と若さがある、どんな時も。だから人は、たしかな足どりで現在に順応して行く。だれでも経験していることだが、だれ一人それを信じていない。習慣は偶像(イドラ)のようなもので、イドラが力をもつのは、われわれがそれに服従しているからだ。ここではわれわれを欺いているのは思考の方だ。なぜなら、考えることのできないことは、また行うこともできないように見えるから。人間の世界が想像力によって牛耳られているのは、想像力はわれわれの習慣から自由になれないからだ。だから、想像力は創り出すものではないと言わねばならない。創り出すのは行動である。
 ぼくの祖父は七十歳の頃、固形の食物が嫌いになって、少なくとも五年間牛乳で生きていた。人はこれを異常な習慣(マニア)だと言った。その通りだった。ある日、家族そろっての昼食で、祖父が突然鶏のモモ肉を食べ始めるのを見た。そして祖父は、われわれと同じ食事で、あと六、七年生きながらえた。勇気のある行為だった、たしかに。しかし、何に対して彼は挑んだのか。臆見に、否むしろ、自分がもっていた臆見の臆見に。また自分のもっていた自己についての臆見に。何としあわせな性質というかもしれない。とんでもない。だれもみんな、そうなのだ。ただ、それを知らない。そして銘々、人は自分の人柄にしたがっているのである。     一九一一年八月二十四日
    --アラン(神谷幹夫訳)「絶望しないこと」、『幸福論』(岩波文庫、1998年)。

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アランはやはり喩えの名手だなと、いつも読みながら実感する。
固形の食物を忌諱していた老人がある日突然鶏肉を食べ始める。

行動と思考は別個に存在する二項対立などではなく、人間が意識しているにせよ意識していないにせよ、相互に密接する内在的な連関なのかもしれない。そして精神と肉体にも有機的な連関を持っているのでしょう。

臆見、イドラ、習慣の束縛を創造的に切断する勇気を持ちたいものです。
ただ、それを知らない。
そして銘々、人は自分の人柄にしたがっているのでしょう。

じっくり考える時間がなくスイマセン。

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著者:アラン
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「弁護士呼んで、裁判してやる!」

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 ところで、各人は、私が『方法序説』のなかに入れておいた道徳の三規則に関する三つのことがらをただ守りさえすれば、他を待つことなく自らを満足したものにすることができると思われます。
 第一は、生のあらゆる場面で、何をなすべきかあるいはなすべきでないかを知るために、常に自分の精神をできるだけよく使うことです。
 第二は、理性が勧めることを、情念や欲望に妨げられることなく遂行するという固く変わらぬ決心をもつことです。徳とすべきだと思われるのはこの決心の固さです。もっとも徳をそのように説明した人はだれもいないことを承知しています。むしろ、人は徳を多くの種類に分割し、それが及ぶさまざまな対象にしたがって、違った名前を与えたのです。
 第三は、できるかぎり理性にしたがって自分を導きながら、自分の所有していない善はどれも全く自分の力の外にあるものと考え、こうしてそれを決して欲しがらないように習慣づけることです。というのは、欲望、後悔ない悔恨ほど、われわれを満足させないようにし得るものはないからです。しかし、常に理性の教えるところをすべてなすならば、たとえそのあとで、さまざまな出来事がわれわれが誤ることを示していても、悔恨すべきいかなる理由もありません。それはわれわれの欠陥によるのではないからです。そして、たとえばもっと腕や舌がほしいとは思わないが、もっと健康や富が欲しいと思うのは、ただこれらのことは、われわれの行為によって得ることができるかもしれない、あるいはそれはわれわれの本質によるものであって他のものとは違う、と想像するからであります。そうした意見から脱するには、次のように考えればよいのです。すなわち、われわれは常に理性の勧めにしたがってきたのだから、われわれの力のうちにあるものは何も見落とさなかった、そしてまた病気や不運は繁栄や健康に劣らず人間に自然なものである、と。
    --山田弘明訳『デカルト=エリザベト往復書簡』(講談社学術文庫、2001年)。

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 最近よく実感するといいますか、経験するという部分ですが、ほとほと理性を使用しないスチュエーションが多いのではなかろうかというところです、生活の中でですが。

 昨日、市井の仕事で、例の如く、困つたチャンが来店する。
 簡単な経緯を説明すると、前日、買い物中に財布をわすれたことに気が付いて、買い物途中の商品をサービスカウンターへ預けて店を後にしました。その後、サービスカウンターの受付終了時間をすぎてもなかなか戻ってこないので、担当者はリストを出しておいてから商品を戻したようです。それが通常の運用ルールですので。

 で……深夜に来店。商品を取りにもどってきたようなのですが、当初と様子が少しヘン。まず、①買い物途中のはずなのに⇒買い物後預けた、②うちの店で“買った”ものを預けただけでなく、他のお店で買った商品も一緒に預かったもらった……という認識でした。当然、両方どちらの認識に関しても、事実としては誤りがあるので、そのとき応対したものが説明したのですが、逆キレで、「調べておけ」って帰られました。

 翌日、電話があって、夜にもう一度いくから調べておけ……って流れなのですが、預かってないものはないし……という状況です。サービスカウンターには、防犯上監視カメラが俯瞰するように設置されているので、内容を確認したり、保留したレシートの打刻記録で最初に来店された時間を確認したりしましたが、まったく不備無で、まさに「いいがかり」状況です。本部の担当主管部とも連動して検討し、来店を待つ。

 その方……再度来店されましたが、またまた話が変わっていた。①に関しては、買い物途中という正しい認識に訂正、②に関しては、他の店で買った商品から重要な書類に変更されていた。チンプンカンプンです。

 たいせつなものなら、まさに預けないはずですし、防犯カメラの記録からも、何も預かっている状況が確認できている(その話はしませんでしたが)。事実問題としては、まさに何も預かっていない。

 で……3分後、「弁護士呼んで、裁判してやる!」叫んで、退店です。
 どうぞ、弁護士呼んで、裁判してください。
 白黒がはっきりすると思われますので……。

 この方の場合、「弁護士呼んで、裁判してやる」ことが、理性を使用した結果なのだと思いますが、そこへ到るプロセスにおいては一切、理性が使用されていない。

 理性的なシステムによって、非理性的な部分の改善を図ろうとしているのでしょうが、出発点そのものが臆見からスタートしているが故に、根本的に破綻しております。

 近代哲学の出発点は、デカルトの「我思う故に我あり」との宣言に始まる、理性に最大の根拠をおいた哲学の歩みであったといっても過言ではありません。しかし、カントが指摘したように、理性は万能ではないし、有限なあり方であります。しかし、デカルトの発想が、デカルト“主義”になっていくように、理性への信頼が、理性への“信仰”となったとき、ひとつの悲劇的な事態を招来する結果になったと思います。それが、革命と暴力の20世紀の歩みだったのだろうと思います。
 そうした反省を踏まえ、現代の哲学の世界では、理性万能なあり方、理性偏重主義への批判は強まっているが、そこでの批判も理性そのものの全面廃棄を促すそれではありません。理性だけでなく、たとえば、全体との相関関係のなかでものごとを捉え直してみる、また感情の部分にも視線を向けてみる、また動物としての人間という側面にも注目してみよう、様々なアプローチが取られていると思います。

 しかし、ときとして、デカルトがデカルト主義になったように、理性への信頼が理性への信仰となったように、理性批判が理性退治になってしまうような言説も散見できるのがすこしさびしいところです。

 思想史のながれとしては、デカルト以降、理性偏重になったという部分は厳然として存在しますが、では自分自身の実生活のなかにおいて、どれほど、理性を使っているのかと考え直してみた場合、理性“偏重”とか理性“第一主義”とか理性への“信仰”と批判されるほど使っているのだろうかという部分が現実ではないでしょうか。

 人間は理性的な生ものなのに、どうして~っていうぼやきがよく聴かれますが、理性的というほど、理性をしようしていないので、そういう事態が招来されるのでしょう。

 そもそも人間は理性的な動物なのしょうが、それだけでもありません。動物のような部分もあれば、動物以下の部分もある。そして感情的な部分もあれば、理性的な部分もある。しかし、この理性的な部分というのは、ある程度“意識的”に使用していかないかぎり、自分の手や足のようにパッパッとは動いてくれないのかも知れません。

うえの引用は、近代を代表する哲学者・ルネ.デカルト(R.Descartes,1596-1650)とボヘミア王女エリザベト(La Princesse Elisabeth,1618-1680)との往復書簡の一節から。

1.常に自分の精神をできるだけよく使うこと
2.固く変わらぬ決心をもつこと(徳とすべきだと思われるのはこの決心の固さ)
このふたつを心がけながら、「すなわち、われわれは常に理性の勧めにしたがってきたのだから、われわれの力のうちにあるものは何も見落とさなかった、そしてまた病気や不運は繁栄や健康に劣らず人間に自然なものである」として、理不尽さや不運、病気を乗り越える、不屈のしなやかさをもあちあわせたいものです。

そうでないと、「弁護士呼んで、裁判してやる!」ってなっちゃいますから……。

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地面と植物が発散させるあの秋の香り

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 わたしたちが帰路につくためにふたたび俥の中に腰を下ろすころには、もう地平線の上には黄ばんだ太陽の最後の一端が残っているばかり。
 黄昏の中を、わたしたちは今朝と同じ道を反対の方向にとって返す。小さな谷々の同じ迷路の中を、わたしたちの視野を仕切る小さな丘陵の同じ連なりのあいだにある、あの同じいくつもの稲田を縫って。
 空はヴェールのように落ちてくる大きな雲のためにそっくり蔽われてしまう。そして驟雨がわたしたちの上を通り過ぎる。あたりの黄ばんだ葉を濡らしながら、地面と植物が発散させるあの十一月の香りを強めながら。
 いまは日本で豊富に熟れるあの唯一の果物、即ち、蜜柑をこころもち長くしたような、けれども、もっともっと美しい色をした、ちょうど褐色の金の球のようにすべっこくてぴかぴか光、あのカキの季節である。途々到るところで、わたしたちはそれを枝もたわわにつけている樹木に出あう。
 この日本の田野では、じつにたくさんのものが、わがフランスの秋を想い出させる。あちらこちらに、垂れさがっている葡萄の紅い枝、裸にされた枝々。それからいまにも枯れしぼみそうな高い雑草の中の紫の花々。--ここでは、わがフランスと同じようにそれらの花々はほとんどみな紫の色をした晩秋(おそあき)の花々である。茎の先に花をつけている紫の矢車草、まつむし草、釣鐘草、--さらにまた、色合は同じであるが、道の種類のほかの花々。
    --ピエール・ロチ(村上菊一郎・吉永清訳)『日本の秋』(角川書店、昭和28年)。

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なんどか書いているかもしれませんが、自分が一番好きな季節が、日本の秋です。ちょうど10月から11月にかけての、どこまでも透明な秋の空気と匂いがここちよい時期が一番いいです。

秋は実りの秋と呼ばれるますが、これまではきのこ類には見向きもしませんでしたが、これも二十歳を超えると、その旨さを感じるようになってきました。

シンプルにホイル蒸しとかで素材をそのまま楽しむのが秋の快味です。

さて、昨日。
ちょうど、市井の職場を、今年の春先と初夏に辞めたバイトくんの慶事(?)があり、仕事を終えてから一献、宴席を行う。

くだらない話や大切な話をしながら、きのこずくしで旬を味わう。

慶事といっても、それは「はじめて彼女ができました!」っていうだけの、いわば“どこにでも転がっている”ような些事にすぎません。が、それを“転がっているような”話としてどこか遠くへ起きたくはないと常々思っておりますので、気の置けない連中を呼んで健闘をたたえ合う……という理由で集まった。ただ呑みたいだけという話ですが、理由があって呑むのはウマイので、理由を造るわけですが。

生まれて初めて告白したそうですが、結果としては「案ずるより産むが安し」のようで、言葉に出してみれば、「こんなものか」という感じのようでしたが、その一言を紡ぎ出す“勇気”が問題であったとのこと。

告白だけではありませんが、何も為す前から、自分自身の徹底的な思索とアクションへの想像で、ひとはものごとに躊躇してしまう部分が現実には多々ありますが、ことをなしてしまうと、「こんなものだったのか」……っていうところが正味のところかもしれません。その境界線を超える勇気を学ばせて戴いたようです。

とはいえ、呑みながら実感するのは、ますます酒に弱くなってきたということです。
年をとることで飲めなくなるのは不可避的な自然現象ですのでかまいませんが、頭と心だけは硬直化させたくないものです。

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10月1日 都民の日

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 十月一日
 ヨハネによる福音書一二の二七・三五・三六、詩篇八九の二〇-五二
 ひとは、かなり内的に進んだ生活においてさえ、しばしば、突然たましいの悲しみにおちいるときがある。しかも、ほかの時ならほとんど気にもかけないような明白な原因のために。それでも、そういう時には、まるでわれわれの内から光が消え失せたように思われたり、あるいは、まるでわれわれがある見知らぬ敵の力にゆだねられでもしたように感じられる。多分、こんな場合には、われわれの理解できないような何かが起こるのかもしれない。こういう時期には、できるだけ口かずを少なくし、ひたすら神に次のように祈りつづけるのが最もよい仕方である、「わたしたちの抵抗力がつきはてぬうちに、この時をすみやかに過ぎゆかせて下さい」と。
    --ヒルティ(草間平作・大和邦太郎訳)『眠られぬ夜のために 第二部』(岩波文庫、1973年

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不思議なものですが、努力をつくさないとどうしようもない部分が人生のほとんどですが、たとえそれが絶望的な部分であったとしても、「なるようになる」部分が現実には存在します。
たとえはへんですが、結果として難事が過ぎ去った後に、深い祈りが現実を実は大きく揺りうごかしてしまった……ようなそういう感覚の部分です。


今日で10月1日、今年ものこすところ2ヶ月になってしまいました。
やることはやりながら、あきらめなければ自然に道は切り拓かれゆくものなのでしょう。
今年ももうひとやまがんばりましょう。

今日起きると子供がいた。

なんでも都民の日。

幼稚園が休みだったようです。
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