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余裕のある合理主義

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 「知るを知ると為し、知らざるを知らずと為す。これ知るなり」これは『論語』の言葉です。合理主義の典型といってよい言葉です。「わかったことはわかったこととする。しかし、わからないものはわからないとする」というわけです。何でもないことですが、それをうやむやにするというのが私たちの日常にもよくあります。それは合理主義に合わないことです。『論語』ではまた、知とは何かということを聞かれた孔子が、「民の義を努め、鬼神を敬してこれを遠ざく、知と謂うべし」といった言葉があります。孔子が死とか鬼神とかいった神秘的な不可解な世界に立ち入ろうとしなかったことは有名で、それが孔子の合理主義をよく示すものだと言われています。ところが、ここで鬼神を「遠ざける」のはいいとして、その上にまた「敬して」という言葉がついております。儒教では祖先の霊をおまつりしますが、世間で祖先の霊はおっかないとするのをそのまま受けて、それを尊敬して、そっと遠ざけておく。敬遠ということですね。野球なんかでも「敬遠の四球」などと言いますが、「さわらぬ神にたたりなし」といった言葉にも近いんですね。
 本当に合理主義に徹底するなら、鬼神というような理性で確認できない曖昧なものは、否定すべきなんですね。それがヨーロッパ的な合理主義というものです。ところが儒教はそれを否定しないんですね。遠ざけるんだけれども、尊敬の態度を持ってそっとしておけ言うんです。そのうち人間の経験が積まれて、はっきりしてきた段階で否定すればいいというわけです。しかし、近づいていって、鬼神の世界を信用したりするのはもちろん合理主義ではない。孔子はそういう神秘の世界の深みに入ろうとはしなかった。『論語』の中では他にもたくさん例がありますが、死後の世界、あるいは死の問題、そういうものに孔子がふれようとはしなかったことははっきりしています。しかし、それでいて、そういう世界も大事なものとして、そこにそっとしておくという姿勢を持っていたのです。
 これは本来の合理主義としては曖昧な態度ですね。私がとくに儒家的合理主義とよぶのは、そういう曖昧さを持った合理主義だからです。そして、いわゆる合理主義ということについて、ヨーロッパとは違ったべつの基準がそこにあるのだと考えたいのです。もちろん、デカルトをピークとするヨーロッパの合理主義の有効性はそれとして尊重すべきでしょうが、それと別にこの儒家的合理主義もまたたいへんな貴重なもので、本当の合理主義はむしろこちらからも知れないとさえ思えるです。人間理性の働きが非常に現実的で、実際的だということですよね。
 形式的にAかBかと分けて、Aが正しいBが間違っている、Bは切り捨てよ、というやり方はいかにも合理主義でびしっとしています。まさに、知ることと知らないことを分けてしまって、その基準に従ってまっすぐ進む。民主主義というのもそうです。多数で決められたことが採用され、少数は消されます。多数決の原理で現在の民主主義は保たれています。確かに、多数決は守られなければなりませんが、それだけでいいのかという問題があるでしょう。よく言われていることですが、一〇〇票が四九票対五一票に分かれたとき、五一票の方が勝って、四九票は抹殺だという、それだけでは済まないものがあるでしょう。四九票を投じた人の意志が残るわけです。だから、形式的にはそうせざるを得ないから多数決に従うけれど、しかし、少数派に対する配慮を当然考えなければなりません。相手を切り捨てて、独走しちゃいかんのですよ。
 ところが、純粋民主主義というのは、切り捨てなければいけない、切り捨ててこそ進んで行くんです。だから、今日では純粋民主主義は完全には行えない、少数派のことを相当に考えていかなければならないという反省が、いま世界的に非常に強くなってきています。民主主義を守っていくというのはそういうことなんです。切り捨てばかりやっていたら、民主主義そのものが危なくなってしまうのです。その編に現代の問題があるわけです。それじゃ、民主主義はどの方向に向いて行くか。私は「儒家的合理主義」、言いかえれば現実的合理主義の考え方がもっと生かされていくべきで、そこからまた「中庸主義」というものを考えていくべきだと思っているのです。
 「中庸」というのは、あまり耳慣れない言葉かも知れません。「中道」と言った方がわかるかも知れません。文字どおりには「右でもない左でもない、真ん中の道」ということです。けれど、「中庸」の意味はそれだけではないのです。『中庸』という本には、「舜(しゅん)、問いを好み、好んで邇言(じげん)を察し……」と言って中庸を説明した言葉があります。舜というのは聖人でありますが、ひろく質問することを好んだ。そして「邇言」というのは「身近な言葉」という意味で、旬は質問をして身近な言葉についてよく考えた。そして、「其の両端を執(と)りて其の中を民に用う」と言われています。この最後の言葉が大事です。身近な言葉の中からその両端をとってきて、その中を民衆の政治に使ったと言うのです。この「両端を執る」というのは、右でもない左でもないと言って、左右の両端を切り捨てるのではなくて、右もとり左もとって、その真ん中を守ることです。真ん中には右も左も含まれていなければならないのです。いわば右でもあり左でもある、そういう「中庸」なのです。
 さて、そういう「中庸」を考えますと、単純に左右の両極端を排除せよということにはなりません。また一方に「右か左かどちらかを抹殺しろ」といったりすることも、「中庸」にはならないのです。かりに右の端が柔で左の端が二であるとします。十と二の真ん中は六だ、では六以外はダメだというようなそんな決め方はしない。アリストテレスというギリシャの哲学者も「メソテス」という言葉で「中庸」のことを言っているのですが、これも数字で説明して、中は六だけではないと言っているのです。動いていていいのです。中国の『中庸』のなかにも同じようなことが書いてあります。真ん中は揺れてもいいのです。しかし、そこに両方の意味が込められていてこそ両端の中なのです。これは難しいです。決して日和見的な折衷主義ではない。両端を見比べて自分だけ良い顔をするといったものではないのです。
    --金谷治『中国思想を考える 未来を開く伝統』中公新書、1993年。

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月曜日が宇治家参去としては、一番キツイ曜日で御座います。
前日まで市井の仕事で深夜に帰宅後、朝一番で大学へ向かい、昼から講義。
講義が済むと再び市井の仕事という……仕事スパイラルな一日なのですが、月曜のナイトタイムの職場は、自分以外の上席者がすべて休日のため、ちと責任の重い一日です。
とりあえず、本日はなにもなく無事に終了したわけです……すこしほっとしながらも肩と眼がバキバキです。

また月曜は前日までとうってかわって好天日……大学のある八王子も19度オーバーで、意気地なしだなあ~と思うのですが、季節はずれのアイスコーヒーを選択するなど、忸怩たる一日でございます。

さて、今日は市井の職場の休憩中に、合理主義の問題を考えていたわけですが、そのなかで考えることしばしばありまりました。ですので、うえのような長い引用を入力してしまった……訳でございますが……。

今日、短大の哲学の講義を日中行いましたが、久し振りに「演説」を行ってしまいました。もちろん、講義内容に関して「説明」する「解説」する必要はありますので、「語る」部分というのは教員としてあるわけですが、それだけに徹してしまうと、学生さんたちも「疲れてしまう」部分が現実に存在してします。ですから、なるべく、有機的な講義をということで、双方向の試みを入れております。それを入れながらも、お恥ずかしい話ですが、「語ってしまった」=「演説」してしまった次第でございます。

ただ思ったより、「寝ている」学生はほとんどおらず、それとなく……という方もいらっしゃいましたが、比較的聴いていてくれる学生が多かったのは幸いです。

それでは何を演説したのか……と申しますと、これは常々自分自身に対する「戒め」としている部分なのですが、人間とか、世界に対して、それは「こんなもんだよ」って捨てゼリフを吐かないように生きていこう……その部分です。人間とか、世界というものは「こんなもんだよ」ってだけじゃないんですね、現実のところでは。しかし、せせこましく生きていると、ふと「あいつはあんなやつだからサ……」とか「あのひとはあれだから、ヤなんですよね……」ってなってしまう部分はあるのですが、そういう対象化・分断を酒ながら=もとい、避けながら生きていかないとトンデモナイ目にあってしまうのも、これまた現実のひとつの側面です。

それが、対象を「これである」と一面的に定義づけして、それを固定化してしまう、悪しきデカルト的分離主義(吉満義彦)なのだと思う宇治家参去でございます。おもった以上に熱心に聞いてくださったのがありがい部分です。

あのひとや、あの対象を、「そんなものサ」と思わずに「かかわり」続ける「勇気」を選択するところに、本物の「慈悲」とか「寛容」は立ち上がってくるのだと思います。

近代の学知は、周知の通り、あれか・これかという定義づけによって、まさに「前進」してき、人間世界の沃野を機械的に拡大することに成功してきました。その恩恵は語るまでもありません。しかし、それに不可避的に伴う分断構造に目をつぶってきたのも事実です。声なき声、切り捨てられてしまう現実のあり方……まさにその部分に「目をつぶってきた」がゆえに「爆発的」な「前進」が可能になったのだと思います。

そうした状況に対する思想的反省が省みられるようになったのは19世紀後半から現在にいたる思想史的営みということになるのだろうと思いますが、それを批判するだけでも問題は解決されないのもまた事実です。矛盾を見つめながら、できることから着手し、そして生きている現場から世界とか、人間そのものにつながっていくしかない……そういう「演説」をしてしまいました。

本当は今日はサルトル(Jean-Paul Charles Aymard Sartre,1905-1980)の有名なテーゼ、すなわち「飢えた子供の前で文学は何をできるか」(1964年4月『ル・モンド』紙のインタビュー)を論じる予定だったのですが、それに向けての助走としてはよかったのかもしれません。この問題はまた後日(おゐ、それは何時よっていう誹りはお許し候)考えますのでお許しを。

で……。
あれか・これかの二項対立の問題、すなわち対象を概念化することによる暴力の問題ですが、自分自身としてはゐきている実感(という表現で恐縮ですが)には組みできないという境界線上で「佇む」ないしは「祈る」という行為しか選択できません。こちらを100%の善、対象を100%の悪として“対峙”させて……“外”に存在すると想定される対象を滅却してしまう……そういう合理主義的判断に対して眩暈を覚え、うろうろしてしまうんですね。

どうして……
自分自身が、あれか・これか……という二元論に嫌悪を懐くようになったのかは、まだ精確にはわかっておりません。ひとつにはやはり90年代初頭より続く、共産主義政権の崩壊が大きな影響を与えているのですが、結局、その問題は資本主義VS共産主義というイデオロギー対立から、別の項目に関する二項対立にかわっただけで、根本的には人間の問題が一向に解決されていない(まあ、解決とまではいいませんが)……そういう歴史の経緯をリアルタイムで眺めてきたからかもしれません。

まさに「形式的にAかBかと分けて、Aが正しいBが間違っている、Bは切り捨てよ、というやり方はいかにも合理主義でびしっとしています。まさに、知ることと知らないことを分けてしまって、その基準に従ってまっすぐ進む」ことによって、近代人は、権威の漆喰、そして俗信・迷信を含む魔術から「解放」されることによって、成功と繁栄を享受したのですが、果たしてそこに成功と繁栄はあったのだろうか……そういう胃痛をいつも感じております。

人間の世界とは「形式的にAかBかと分けて、Aが正しいBが間違っている、Bは切り捨てよ」だけじゃないんですよね。もちろん、だからといって、「目の前に存在する」あきらかな「不正」を甘受するという意味で捉えてもらって困るのですが……それがそうした佇み者=宇治家参去のジレンマですが……、それはそれとして不断に生活実践として対峙しつつも、そうした「Aが正しいBが間違っている」っていう部分は、自分自身にも内在しているという自覚がないかぎり、前衛理論的な革命に伴う不可避の暴力を招きかねないんだよな~あと思う次第でございます。

慈悲とか慈愛って画に描いた餅にすることもできるのですが、それを本物の餅にするには、不断に目の前に存在する一人に関わり続けるしかないんだような~、そこにしか漱石・夏目金之助(1867-1916)のいうような「足下を掘れ」も存在しないし、スピヴァク(1942-)のいようような「理想とほど遠い現実でも、それを直視して、行動しなければ、なにも始まらない」という部分なのだと思います。

実はこの問題は重要な問題なのですが、かなり酔っ払って書いておりますのが、申し訳ないところ。

すでに議論が破綻しているのですが……って「それはいつもでしょ」ってつっこみもご容赦いただきながら、話を続けます。

後日、しらふのときに改めますが、もうちょい、書き殴ります。

あれか・これか……をどう、現実感覚に即して超克していけばよいのか。

声なき声、文字なき声、そして呻吟をどのようにうけとめるのか、その余裕が求めてられているように思えて他なりません。

あれか・これかは確かに、前進する「爆発的」な核エネルギーのような破壊力を秘めています。しかし人間は、前進するだけでなく、後退したり、佇んだり、寄り道したり……そういう紆余曲折をしながら現実には活きております。それは「お前は怠けものだ」とかっていうような一方的な通告を、自分としては選択したくないんですね~。

人間ってそれだけの生き物じゃありませんから。

それをしている人に対して、そうじゃないよというのであれば、関わり続ける、そばに佇みつづけるなかで、共に同苦しながら、宣告じゃないやりかたで進みあいたい……そう思う宇治家参去です。

ちょうど本日、大学の勤務を終え、ダルイ市井の仕事の終盤、心配していた後輩から連絡があり、一杯飲むことになりました。飲むのは大好きなのですが、ちょゐ体調も最低でアレだったのですが、すこし心配していた部分もあり、飲み屋へ流れました。

彼は以前の日記にも何度書いている、音楽でがんばるぞーという若者です。まだまだメジャーデビューはしておりませんが、日々、苦闘しながら戦っております。

10月に始めての彼女が出来て、喜びを分かち合った次第ですが、最近、「それにはまりすぎているようで……」と相談を受ける。

彼女か音楽か……そういう二元論は選択できません。
自分で苦闘しながら、彼女も、音楽をも……その距離感を確認しながら(それは失敗もあれば成功もあるのですが)やっていくしかないよね……そういう話となる。

ともすれば、音楽(ないしは仕事)のために家族を犠牲にせよ、ないしは、音楽(ないしは仕事)を切り捨てて彼女を選択しろ……という言い方が現実は存在しますが、そんな言い方はできません。あれか・これか……ではなく、いわば「余裕をもった合理主義」を自分自身の生活感覚の中で取得するしか、ないのだと思います。

すいません、支離滅裂で……

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