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国家は個人の団体である。個人を離れて国家はないのである

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吉野作造(1878-1933)の信仰、そして人生の師匠にあたるのが本郷教会の牧師・海老名弾正(1856-1937)ですが、この人物がまたまた不思議な人物です。

東大の近くにあった本郷教会は、教会史家・山路愛山をして「書生の教会」と表現されたように、当時の学生・また卒業生が構成員のマジョリティという教会で、海老名の説教や考え方は、当時のキリスト教徒の知識人に広範な影響を与えたことで知られております。若き日の吉野作造もまたそうした一群の学生の一人であって、終生・海老名には感謝の意を表しております。

近代日本のプロテスタンティズムの歩みを振り返ってみると、海老名の影響力は大きく評価されてもよろしいわけなのですが、例えば、内村鑑三(1861-1930)や植村正久(1858-1925)の文献が岩波文庫に収録されているのに対し、海老名の場合はそのようではありません。

おそらく海老名に対する評価に起因していることと思いますが、海老名は俗に言われる「日本的」キリスト者という側面がそれなのだろうと思います。正統派の福音主義を代表する植村正久と異なり、ユニテリアンの自由主義神学の影響を受けた海老名の言説は、天皇制イデオロギーと結びつく部分があったりしますので、そのあたりなのだろうと思います。

海老名にとっては国家とは何かといった場合、まさに「至上の存在」なのだろうと思います。「嗚呼我が愛する日本帝国よ」「我は父母よりも爾を愛したり、又妻子よりも爾を愛す。爾の為には我が身体髪膚、否我が生命をも捧げて、毫も遺憾なきなり」との海老名の言葉は、そうした信条をストレートに語っている部分なのだろうと思います。

しかし、最初に「不思議な人物」と評したように、それだけが海老名の全体ではないということです。彼の信条は国家に直結する一方で、政治上・思想上の自由主義にも直結していたというところです。その影響をもろに受けたのが吉野作造なのだろうと思います。

海老名の場合、確かに国家至上主義者です。しかし、単なる国家至上主義者ではなく、国家を構成する人民の政治的自由を尊重することも忘れてはおりません。
例えば次のような言葉も残しております。

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 現今日本要路の人々は今尚ほ封建時代の旧思想に支配せられて、其遺物たる官僚政治を理想として居る。これらの人々には実に看過すべからざる二大誤謬がある。即ち(一)列国を恐れて(二)国民を尊敬せざることこれである。
 彼らは皇室の神聖の認めて居る、併乍ら果して国民の神聖を知つて居るか。此一を知つて二を知らざるは恐るべき罪悪である。
 忠君は皇室のみと心得て国民の如何は問はないやうな忠君が何の役に立つか。愛国といつても国家は愛するが人民はどうでもいゝといふ愛国はどこにある。国家は個人の団体である。個人を離れて国家はないのである。然るに此の信念なくして個人を軽蔑して顧みない者の如きは実に神の前に大なる不敬である。
    --海老名弾正「今は祈祷の時なり」、『新人』1905年10月号。

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このことは海老名にだけ限定される問題ではないのですが、明治時代の知識人には、国家的傾向と同時に、その構成員をきちんと見つめ直すという方向性が歴然とあることが多いです。そのことに驚きを隠し得ないわけです。対比的に見るならば戦前昭和期の国家主義者には、海老名のような発想を見いだすことはほとんど不可能なのですが、明治期の保守系の論客をみているとそういうところがちらほらと見受けられます。

それともうひとつ言えるのは、自分の思想と全く異なる者を「排除」しようとしないことであります。海老名は国家主義的・日本的キリスト教を説き、日露戦争においては積極的に聖戦論を展開しております。しかし、自分とまったく主義主張の異なる非戦論者とも、胸襟をわって向かい合っているところがあります。

海老名の本郷教会は、当代一流の知識人・宗教家を招いては講演を頻繁に開催しておりますが、例えば、日露戦争当時、海老名の論敵である非戦論者・木下尚江(1869-1937)を自分の教会に招いて演説をしてもらったりもするわけで、自己の信念は「譲らない」けれども、他者の信念をも「尊重」する……自分としても海老名の思想に共鳴することはできないけれど、そうしたそうした自由闊達な雰囲気には、拍手を送りたくなってもしまいます。

本郷教会には、クリスチャンのみならず、社会主義者、自由主義者たちの交流も見受けられ、そこからは初期の社会主義者も、リベラリストも、そして組合活動家も輩出しております。
そうした自由な空気を胸いっぱいに吸い込んで大正時代に活躍するのが吉野作造ということになると思いますが、そうした基礎的な部分を本郷教会、海老名弾正から学んでいったことだと思います。

明治時代を宣揚するつもりでは毛頭ありませんが、同じ「国家主義者」であったとしても、戦前昭和の人物像とはまったく違う在り方がそこにはあり、興味をそそられる今日このごろです。

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