« ラーメン屋で読むホワイトヘッド、そして宗教学の必要性 | トップページ | 来れ、昼と昼との間に横たわれる幸いなる境界、 »

「ばかも休み休みいえ」

00_img_0401

-----

 平蔵の、やることなすことが物凄い。
 お上へ人足寄場のことなどを建言して、いやに人情ぶかいところを見せるかとおもえば、
 「煮ても焼いても食えぬやつ」
 と断定したが最後、寸分の容赦もなく荒々しい処置をおこなう。
 〔火付盗賊改メ〕という役目は、戦国のころの軍政の名残をとどめるもので、無宿無頼の徒を相手に、面倒な規則やてつづきにとらわれず刑事にはたらくことを、特別にゆるされているそうな。
 「それにしても、長谷川はやりすぎる」
 という評判もある。
 これは主として町奉行など正規の役所から発せられる非難であるが、いまのところ、奉行所などは問題にならぬほど、〔警察〕としての活躍を盗賊改方がしてのけていることに対するねたみも、多分にふくまれていることはいうをまたない。
 だが、はせがわはびくともせぬ。
 「長谷川だとて、むかし若きころは無頼の群れへ入って、悪事をはたらいたというではないか。それがいま、ろくな取調べもせず、みずから刃をふるって賊を斬って捨てるという。どうもおだやかでない。お上のなすべきことではない」
 しきりにいいたれる声も耳へ入る。
 しかし平蔵、そのような不条理は百も承知の上であった。
 人間と、それを取り巻く社会の仕組みのいっさいが不条理の反復、交錯であることを、平蔵はしっかりとわきまえていた。
 「おれの仕様(しよう)がいかぬとあれば、どうなとしたらよい。お上が、おれのすることを失敗と断じて腹を切れというなら、いつでも切ろう。世の中の仕組みが、おれに荒っぽい仕業(しわざ)をさせぬようになれば、いつでも引き下ろう。だが、いまのところ、一の悪のために十の善がほろびることは見のがせぬ。むかしのおれがことをいいたてるというのか……あは、はは……ばかも休み休みいえ。悪を知らぬものが悪を取りしまれるか」
    --池波正太郎「蛇の眼」、『鬼平犯科帳 2』文春文庫、2000年。

-----

久し振りに、「ばかも休み休みいえ」と言いそうになった・宇治家参去で御座います。例の如くですが、市井の仕事がまたまたトンデモナイ状況で、今日もそれの繰り返し……。口先だけの管理職、機嫌を取るだけの中間管理職、使役され滅私奉公を強要される宇治家参去とその郎党たち……。

詳細は措きますが、久し振りに、「アタマに来た」ものですから、壁にパンチをくりだそうかなどと思いましたが、パンチをすると手も痛いのでよして、目下の業務に集中することでなんとか堪え凌いだ次第でございます。

泥飲して一人バックドロップをするという手もあるのですが、今日は静かに、「鬼平」と対峙しながら、アタマを冷やしていこうと思います。

自分自身としては、見た感じとしては、あまり「熱い」雰囲気の人間、アタマに血が上りやすい人間ではないと自己認識しており、どちらかといえば、まさに「吹けば飛ぶような」デラシネ(dracin)を気取っている?ところもあるのですが、現実の不条理さが、地から足を捉えて離してくれないものですから、ときおり……ねぇ。

書物の世界から人間の世界へ降りて七転八倒している状況です。

アタマのなかでは、「人間と、それを取り巻く社会の仕組みのいっさいが不条理の反復、交錯であること」はハナから分かり切ったことなのです。自分自身としても「むかし若きころは無頼の群れへ入って、悪事をはたらいたという」訳ではありませんが、学問に関わる人間としてはどちらかというと、アウトローといいますか、「寄り道」の多い人間でしたから、そのことは重々承知しております。

しかしながら、生活のなかでそうした状況に対面してみると、そのことを理解しているはずなのに、実際には「腑に落ちない」まだまだ若造で低脳未熟な宇治家参去です。

こうしたサラリーマンの、いわば真似事のような生活を数年続けておりますが、ホンマ、世の中の勤め人のひとびとは、通俗的な表現しかできませんが、「凄いなあ」と思います。

辛抱しながら、現実をたゆみなくレコンキスタしていくところに本物の「凄さ」があるのだろうと思います。

とわいえ、「人間と、それを取り巻く社会の仕組みのいっさいが不条理の反復、交錯であることを」今日は改めて“学ぶ”ことができたのは幸せかもしれません。そのことを理解するだけでなく「しっかりとわきまえ」る覚悟が必要なのだろうと思います、今の自分には。

感傷的ですいません。

だからなのでしょう……、またまた予約していたボジョレー・ヌーヴォーを持って帰るのを忘れてしまいまして御座います。
たい焼きのように世の中は甘くはないですね。

01_img_0465

03_oni

Book 鬼平犯科帳〈2〉 (文春文庫)

著者:池波 正太郎
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

|

« ラーメン屋で読むホワイトヘッド、そして宗教学の必要性 | トップページ | 来れ、昼と昼との間に横たわれる幸いなる境界、 »

告白・独白・毒吐の日々」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「ばかも休み休みいえ」:

« ラーメン屋で読むホワイトヘッド、そして宗教学の必要性 | トップページ | 来れ、昼と昼との間に横たわれる幸いなる境界、 »