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「知識」=「教養」ではないけれども、「知識」を吸収する必要性はあるんです

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対象を対象化する際に不可避的に生じてしまう二項対立のことは承知の上でも、自分自身としては、「あれか・これか」という二元論をなんとかして避けなければならないということをモットーとしております。
ちょうど、米ソ冷戦という「目に見える」二項対立があったからかもしれません、中学・高校時代の頃は、そうした二元論的な対立構造を「許容する」側面、「シカタガナイ」と受けとめる側面が意識しているにせよ、していないにせよあったのですが、やはり、ベルリンの壁の崩壊(それはちょうど高校三年生の頃ですが)は衝撃でした。それからばたばたとつづく東側諸国の共産党政権の崩壊……このことは、世界観におけるおおきな衝撃となったのは事実です。そしてその後の、(政治的・経済的にミスリードさせている)民族とか宗教の対立という現実に直面する中で、いかに多元的な価値観を、お互いに寛容していくか……このことが大きな課題となっております。

ですから……なかなかできないんですねぇ~。
分かりやすい善悪二元論とか、そうした「あれか・これか」と迫ってくる価値観の衝突において一方に安易に組みすること、そして一方を先験的(ア・プリオリ)に批判するというありかたを選択するということに対してです。

さて、前振りがいつもながい宇治家参去です。

月曜の「哲学」の講義の際、「教養」とは何かを学生たちに議論させてみました。ジョン・デューイ(John Dewey,1859-1952)のプラグマティズムとか教育改革を論じていたこともあり、自分が講じている科目が、いわゆる「一般『教養』」に当たる科目に相当しますので、「自主的」に選択した「教養」とは何か、自由に議論させてみました。

そこで出てくるのは、やはり圧倒的に多いのが、単なる知識ではない「何か」という教養観であります。たしかに、指摘されるとおり知識=教養ではありません。おそらく日本における「教養観」の基底となっているのは「大正教養主義」でしょう。漱石・夏目金之助(1867-1916)門下の阿部次郎(1883-1959)、安倍能成(1883-1966)岩波茂雄(1881-1946,岩波書店の創業者)によって唱導された教養観といってよいでしょう。肝要としては、知識や行動が個人の人格に結びついたあり方を尊んだもので、そこにおては、知識は単なる知識ではなく、人格を形成する大きな要素として尊重された考え方です。文化も鑑賞対象ではなく、人格の涵養に大きく寄与すべきという発想です。

このことに何も異論はありません。

そしてこうした発想の根はどこにあるのでしょうか。
その一つの源流は、近代ドイツで、いわば、制度化された教養観に端を発します。ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe, 1749-1832)をその源泉におき、フィヒテ(Johann Gottlieb Fichte, 1762-1814)によって定式化された教養観です。それはドイツ語の教養を意味する言葉、Bildung(英語でいうBilding)に象徴されるように、知識や歴史、文化、そしてひとびとの行動や考え方を知のレパートリーとして受容するのではなく、自己自身の人格形成(そして踏み込んでいえば、善への向上的要素の起因として)に資するように、そうした対象と向かい合う・学ぶ・べきである、という考え方であります。

このことにも何も異論はありません。
※もちろん、指摘されるまでもなく、そうした教養観(の形骸化)がドイツにおける「排他的」な「特権的」エリート集団としての教養市民層を生み出し、ナチズムの支持母体になったことに関しては後日の論をまってくださいな!(っていつになるのですか?というつっこみはご勘弁を、そして宿題が山積していることは承知しております)。

【註】がながくなりましたが、もどります。
ですから、この教養観にも異論はありません。
小さな子供をみていると理解できるとおりなのですが、知識を身につけることによって生きている世界が拡大するのは、まさにその小さな子供にとって、「喜び」にほかならないあり方なんですね。古典名著に親しみ、そして音楽を聴き、映画を鑑賞し、生きている自然の息吹を感じることで生きる勇気や意味を見出していくのだとすれば、そうしたところに以外にどこに「幸福」を求めればよいのか……などと自問しそうなぐらい、ベストなあり方のなのだと思います。おもえば、その意味で、知識や教養といったものは、その当人を「幸福」へといざなうひとつの契機なのかもしれません。

そして、教養は生活に表象されます。
何げない日常の暮らしにも、優雅さがあり、賢明さが光っていくのでしょう。だから、「教養がない」といわれると、憤激を感じるものなのだと思います。

しかし現実は大変です。
知識が先行すると「苦痛」になるし、さりとて、知識がなければ「進めない」。
そうした二律背反な状況に実は人間は置かれているのでしょう。

「ゆとり教育」もそうしたひとつの試行錯誤の結果なのかもしれません。「ゆとり教育」の罪責に関してとやかくいうのは本論ではありませんので割愛しますが、知識が「苦痛」を生み出すことに対する反省であるとすれば、その発想自体は省みられて然るべきでありますが、形式が伴わなかったところにひとつの不幸があったのかもしれません。

しかし、知識も、「教員」としての「謂い」ですが、やはり「必要不可欠」なんですね。
知識がないことことに「安住」してもらいたくないという部分です。

よくいわれますが、ある漢字が読めなかったから、そのひとには「教養」がない……などという言い方に象徴的現れる世界観ですが、それはある意味で、教養論からすれば、まったくのナンセンスです。しかし、だからといって、その漢字が読めないからといって、「開き直ってしまう」と「困ってしまう」という部分です。

ですから、最初の「あれか・これか」と二者択一を迫る議論に戻るわけですが、漢字が読めないこと=教養がない……ことでもないし、漢字が読めないこと=教養がある……状態でもないよ、そこを感じ取って欲しいなあという……すすり泣きです。

漢字で譬えましたが、知識の欠如という状況=教養がない、ということではありません。しかし、知識が欠如しているという状況=教養がない、という状況であったとしても、知識は吸収する努力を怠ってはいけないという所です。

「知識がないことイコール教養がない人ではありませんが……ね。知識を吸収し、そして自分の財産に転換できないことは……そのことをここでは教養がある・ないという議論に限定しない意味ですが……すなわち、努力を放棄した人間の構えには、何もないのかもしれませんよ」

……またまた難渋な言葉でオチを落としてしまいました。

教養めぐる議論は、初等教育をふくめ、まさに「知識」があるか・ないかの二元論の試行錯誤というのが現実の状況なのでしょう。そうした「あれか・これか」ではなく、①「知識」がないことは「恥ずかしい」ことではないし、②「知識」がないのであれば「吸収」すればよいし、そして③それを単なる「知」のカタログ的レパートリーにおわらせなければ良いのでしょう。それが「教師」の役割なのだと思います。

漢字をしらないことが教養がないことではないと「開き直らずに」、ひとつひとつの課題をこなすなかで、自分自身の財産にしていく……そこに「教養」が「滲み出てくる」ようにしたいものであります。

日本においては、知を「ひけらかす」のが、ある種、教養があるように思われていたフシがありますが、実はそうではないのでしょう。本当に教養のある人(=知識も持ち合わせ、そして知識とか人間社会での現実の錬磨によって磨かれた「智慧の人)とは、「ひけらかす」のではなく、それが「滲み出てくる」のだと思います。いくら「学問」があったとしても、家に帰ったら“野蛮人”、そうしたところには教養は存在しないのだと思います。そしてそこに本朝(という言い方がいいですかね?)の教養観の貧しさがあるのかも知れません。

自分自身への反省を含め、そうありたいものでございます。

ひとつの漢字、英単語(仏単語でもよし!)、そしてひとつの条文、覚えることは、確かにある側面からみれば「苦痛」です。しかしその痛みを自分自身の財産へと転換しゆく、そうした日々でありたい、そして受講生にそうあってほしいと願うある日の宇治家参去です。

自分自身、矛盾に充ちた、過酷な世界に「堪えながら」現実には仕事をしております。しかし世界はそれだけではない。この世界は、悲しい世界ではない。苦しい世界でもない。喜びにあふれた素晴らしい世界なのだと思います。

教養=人格のBildung(形成)観の源泉となったゲーテの母親の言葉に次のような言葉が御座います。

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生きるために学べ、学ぶために生きよ
    --ブランデス(栗原佑訳)『ゲエテ研究』(改造社、昭和12年)。

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生きるために学ぶ、そして学ぶためい生きるあり方に幸福への方途を見出したいものです。ちょうど、今日は、市井の仕事の休憩中、日本を代表する倫理学者にして、大正教養主義の論客の一人にして、オールドリベラリストと評された和辻哲郎(1889-1960)の文章を読んでいたのですが、その「解説」に目が釘付けとなってしまいました。すなわち次の一文です。

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 『ホメロース批判』においても、『原始キリスト教の文化史的意義』においても、『ポリス的人間の倫理学』においても、『孔子』においても、成立過程を明らかにしたのち、先生(引用者註--先生とは、倫理学者・和辻哲郎のこと、前掲四著も和辻の著作)は、自分の仕事はもうこれで終わった、あとは原典を読んでもらうだけだという意味のことをのべられている。この言は一見、奇異の感を与える。ところでマックス・シェラーは、『典型と指導者』という遺稿において、古典というものは、天才の作品であって、一指をも触れることをゆるさぬほど完璧のものであるけれども、しかしそれは決して晦渋なものではなく、その偉大さ・尊さは、およそ人格たるかぎり何人の眼にも明々白々のものであるが、ただ時代の距たりや文化の相違が障害となって理解を妨げているのであるから、古典を解説するものの役目は、その実質そのものの解明にあるのではなく、障害となっているものを取り除いて、その偉大さ・尊さを余人にも見えるようにすることにのみあるという意味のことをいっているが、私は、先生の右のような言も決して無責任な投げやりではなく、そこにはシェラーと相通ずる考えがひそむかと思う。達識はつねに一致するものである。私はむしろ先生に対する敬意を禁じえないのである(ここで論ずるいとまはないが『批判』は障害を取り除いて、この叙事詩の実質を我々の見うるものとなすことに成功していると思う)。
    --金子武蔵「解説」、『和辻哲郎全集 第七巻』(岩波書店、1977年)。

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常々、思う部分で、自分自身に対しても強制的な課題としているわけですが、今の学生さんたちにやってほしいのは、本当にいい本を読んでもらいというところです。つぎの言葉で自己のヘタレさを正当化するわけではありませんが、一冊の名著との出会いは、百の教師の出会いに優ると思います。そうした活字との有機的な向かい合い、そして生活への反省のなかで、教養は自分自身の血となり肉になるのだと思います。

……とか、なんとか、教養論をながし書きしながらアレですが、今日は出勤する際、またまたご恒例ですが、自宅の鍵を持参するのを忘れしまいましてございます。深夜25時に細君を起こして扉をあけてもらいました。

教養を説きながらコレですから……。

とりあえず、タイミングよくフロプレステージュのケーキを買っ帰ってきていたので、それで許してもらいましょう

……でも、本来の教養論からすれば、「物」で「人」をつる・贖罪するのは反則ですが、ちょゐ許してもらいましょう。

それが生活に内在した教養という奴で御座いますよ(苦笑)。

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