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2008年12月

瞑想するときに明晰さと順序とをもってすることである

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 §五二 反省を容易にするのに最もよい方法は、考えようとしている観念の対象自体を感官の前に持ってくることだということを、幾何学は我々に教えてくれる。なぜならば、このようにすればその観念についての意識は最も生き生きとしたものになるからである。もっとも、あらゆる学問においてこういうやり方ができるというわけではない。どんな学問においてもうまう使えるやり方というのは、瞑想するときに明晰さと順序とをもってすることである。明晰さが必要だというのは、記号が明晰であればあるほどそれが意味するところの観念について十分な意識を持つことができるからであり、同じことだが、それらの意味をとらえ損なうことが少なくなるからである。精密さが必要だというのは、あまり苦労をしなくても注意が分散されずに固定されるようになるために、である。順序が必要だというのは、自分が最もよく知っている身近な観念を最初に立て、それに続くべき次の観念に向けて注意が準備されるようになるために、である。
    --コンディヤック(古茂田宏訳)『人間認識起源論』岩波文庫、1994年。

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2008年も今日にて終わりのようです。

明年をさらに充実したものへと転換するために、本年の反省が必要かも知れません。
反省という行為において、着想としては、感情・想念という契機は必要かもしれませんが、いざ反省という段になると、「瞑想するときに明晰さと順序とをもってすること」が大切なのでしょう。

反省すべき対象に明晰にし順序よく処理していかないと、「ああこうだった」「こうすればよかった」という感情でおわってしまうのかも知れません。

とわいえ、人間という生き物は、理性的な部分だけではありませんから、本能的な要素、感情的な要素の複合体ですから、なかなかそれがうまくできません。

そして何より苦手なのが「自分自身と向き合う」ことなのですが、ときには、感情から出発しながらも、対象を理性的に明晰に順序よく、組み立てていくことが大切かも知れません。

少し振り返ってみます。

一昨年と比べた場合、今年は、通信教育部のレポートを担当するようになったのがひとつの展開だと思います。2月から添削するようになり昨日までにおよそ800通あまりを見てきました。この部分は前進でしょう。

しかし課題として見た場合、まだまだ学問で食っていけないという根本的な命題が退治されておりませんので、ここを突破していく取り組みを明年はなんとかしていかないとなとマズイわな……。

それと関わってくるのが自分自身の研究になってくるのですが、博士論文はなんとか固まってきたのですが、ちょゐトラブルなんかもあり、出すのが1期ずれそうですが、こちらは目星がつき始めておりますので、もうすこし納得のいく形で、気を抜かず手を抜かず「仕上げていく」必要がありそうです。

そして研究自体の取り組みとしては、本年もなんとか論文を1本書き上げることができました。ここ5年間、毎年1本は出しているのですが、来年度はすこし生産性とピッチをあげ、2本は発表したいと考えております。ただし、これまでどれも神学、キリスト教思想史のものばかりでしたが、本年は神学-哲学を架橋する分野で1本出せたのは進展かも知れません。明年は、本年書き上げた論文のつづきを1本と、倫理学に関する論文を発表していくつもりで、これからすこし時間を見て纏めていこうかと決意しております。
※毎年1-2本程度というのも問題なのですがね(苦笑)。

また研究と付随するところでいえば、その基礎体力たる語学力の衰え・錆付きがめだつところがありますので、そのあたりを根本的に復興させる日々の取り組みを継続していくことを来年度も継続というところでしょうか。近代言語だけでなく古典語ももう一度手を入れていこうとこれまた決意しております。

そして生活人として見た場合、問題は、最初に提示した「学問で食っていけないという根本的な命題」と密接にリンクしてくる所ですが、なんとか「貧乏」を脱出することです。
「貧しいことは恥ではない。だが、貧しさに安住することは恥である」というペリクレス(Pericles,B.C.495?-429)の言葉を忘れてはならないでしょう。ともかく、本年は無事故でまあ安穏な一年でしたが、根本課題を忘れて現状に「安住」してはならず、そこを深く祈るなかで、活路を見出していく一年にしていきたいところです、。

そして、ちょゐ酒をヘラサナイとまずいところです。2008年は休肝日2日間のみなので。

まだまだ検討事項はありますが、精密さと順序を間違えずに、少し自己自身の点検を行い、新年を迎えたいところです。

さて……お約束ですが。
皆様、本年はお世話になりました。
くだらぬ雑文に付き合って下さった皆様、本当に有り難うございました。
明年もナーヴァスにナイーヴに、冷静に、そして時には感情的に歩いていこうと思います。

その営みの中で必ず捲土重来していこうと思います。
どうぞよろしくお願いします。

皆様の御健康とご多幸を心よりお祈り致します。

以上。

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Book 人間認識起源論 (上) (岩波文庫)

著者:古茂田 宏,コンディヤック
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from the “Clash of Civilizations” to the“Dialogue among Civilizations”

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『文明の衝突』で知られる米国の政治学者、サミュエル・ハンチントン(Samuel Phillips Huntington,1927-2008)が12月24日、81歳で亡くなったそうです。

謹んで心より哀悼の意をひょうします。

1993年の米外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』に掲載された「文明の衝突」論では、冷戦後の世界における対立の構図を、イデオロギーではなく宗教とか文化といった文明の違いから生まれると主張し、ハンチントンの文明衝突論は大きな議論を呼んだことで有名です。

現実を説明する議論としてはひと頃、かなりの説得力をもった議論が「文明の衝突」(Clash of Civilizations)だったのでしょうが、選択すべきは、「文明間の対話」(Dialogue among Civilizations)なのでしょう。

文明の衝突に替わる概念として提示されたのが、「文明間の対話」というあり方です。

2001年の国連・文明間の対話年にあたってコフィ・アナン事務総長(当時)が招聘した「賢人会議」に儒教の代表として出席したのがハーバードのトゥ・ウェイミン(杜維明,Tu Weiming,1940-)教授ですが、彼は、違いを認め合い相互理解を育む「文明」の創出(=「対話的文明」)を説いております。

衝突から対話へ。
そして、相互理解を育む文明の創出へ。

来年はそうした船出の一年としたいものであります。

闇が深ければ深いほど、その暁は近いのだと思います。

文明の衝突という議論を持ち出したのもアメリカであり、テロの撲滅戦争を提起したのもアメリカです。しかし、「文明間の対話」という議論を持ち出したのもアメリカであるとすれば(発想としては儒教的ヒューマニズムかもしれませんが、それが再度脚光をあびることになったのがアメリカの大地であるとすれば)、まだまだ豊かな議論の土壌が残っているのではなどと考えるところもあります。

単なるイデオロギーの衝突とか、敵か味方かというポリティカルな戦略論を乗り越える、顔を見ながら話合う、語らいの場を大切にするしかないのかもしれません。

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December 28, 2008
Samuel Huntington, Political Scientist, Dies at 81
By THE ASSOCIATED PRESS
BOSTON (AP) — Samuel P. Huntington, a political scientist best known for his views on the clash of civilizations, died Wednesday on Martha’s Vineyard. He was 81.

His death was announced Saturday by Harvard University, where he taught for 58 years before retiring from active teaching in 2007. His research and teaching focused on American government, democratization, military politics, strategy and civil-military relations.

Mr. Huntington argued that in a post-cold-war world, violent conflict would come not from ideological friction between nations, but from cultural and religious differences among the world’s major civilizations.

He identified those civilizations as Western (including the United States and Europe), Latin American, Islamic, African, Orthodox (with Russia as a core state), Hindu, Japanese and “Sinic” (including China, Korea and Vietnam).

He made the argument in a 1993 article in the journal Foreign Affairs and then expanded the thesis into a book, “The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order,” published in 1996. The book has been translated into 39 languages.

Mr. Huntington wrote 17 books, including “The Soldier and the State: The Theory and Politics of Civil-Military Relations,” published in 1957 and inspired by President Harry S. Truman’s firing of Gen. Douglas MacArthur, and “Political Power: USA/USSR,” a study of cold war dynamics, which he wrote in 1964 with Zbigniew Brzezinski.

His 1969 book “Political Order in Changing Societies” analyzed political and economic development in the third world.

Mr. Huntington was born on April 18, 1927, in New York City. He received a bachelor’s degree from Yale in 1946, served in the Army, earned a master’s from the University of Chicago in 1948 and received a doctorate from Harvard in 1951.

http://www.nytimes.com/2008/12/28/us/28huntington.html?scp=1&sq=Samuel%E3%80%80Huntington&st=cse

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Samuel Huntington, auteur du "Choc des civilisations", est mort
LEMONDE.FR avec AFP | 27.12.08 | 18h55  •  Mis à jour le 27.12.08 | 19h22

e politologue américain Samuel Huntington, auteur de l'essai retentissant Le Choc des civilisations, est mort le 24 décembre à l'âge de 81 ans, à Martha's Vineyard, dans le Massachusetts, a annoncé samedi l'université Harvard sur son site Internet.

Samuel Phillips Huntington était né le 18 avril 1927 à New York. Diplômé de la prestigieuse université Yale à 18 ans, il a commencé à enseigner à Harvard à 23 ans. Il ne cessera ses cours qu'en 2007, après 58 ans de bons et loyaux services. Il était l'auteur, co-auteur ou éditeur de 17 ouvrages et 90 articles scientifiques, sur la politique américaine, la démocratisation, la politique militaire, la stratégie, ou encore la politique de développement, précise l'université dans le message posté sur son site.

Il est surtout connu à l'étranger pour sa vision du monde de l'après-guerre froide marqué par un choc de civilisations, d'abord dans un article publié en 1993 par la revue Foreign Affairs, puis dans un livre paru en français sous le titre Le Choc des civilisations (Odile Jacob, 1997).

Pour lui, "dans ce monde nouveau, la source fondamentale et première de conflit ne sera ni idéologique ni économique. Les grandes divisions au sein de l'humanité et la source principale de conflit sont culturelles. Les Etats-nations resteront les acteurs les plus puissants sur la scène internationale, mais les conflits centraux de la politique globale opposeront des nations et des groupes relevant de civilisations différentes. Le choc des civilisations dominera la politique à l'échelle planétaire. Les lignes de fracture entre civilisations seront les lignes de front des batailles du futur". Et pour Samuel Huntington, les civilisations se définissent par rapport à leur religion de référence, le christianisme, l'islam, le bouddhisme, etc.

"CHOC DES CIVILISATIONS" CONTRE "FIN DE L'HISTOIRE"

Cette théorie constituait une sorte de réponse à l'un de ses anciens élèves, Francis Fukuyama, qui, quelques années plus tôt, publiait un livre intitulé La Fin de l'histoire et le Dernier Homme (Flammarion, 1992). Fukuyama y développait la thèse selon laquelle, après la chute du communisme, le seul espoir de l'humanité se situait dans la démocratie libérale et l'économie de marché et que cette évolution vers la modernité était "inexorable".

The Clash of Civilizations, traduit en 39 langues, a fait l'objet de nombreuses controverses. Les uns ont reproché à son auteur de peindre un Occident assiégé par des civilisations hostiles, sans tenir compte de la "stupéfiante interdépendance de notre époque", comme l'écrivait l'intellectuel palestinien vivant aux Etats-Unis Edward Said, dans un point de vue publié par Le Monde, sous le titre "Le choc de l'ignorance". D'autres, au contraire, se sont appuyés sur "le retour des religions" pour justifier la position d'Huntington, qui, dans le dernier chapitre de son livre, imagine les islamistes en possession de l'arme nucléaire. Les "huntingtoniens" se sont sentis confirmés dans leur crainte par les attentats du 11 septembre 2001 contre le World Trade Center et le Pentagone.

Huntington lui-même commentait avec modestie : "Les événements donnent une certaine validité à mes théories. Je préférerais qu'il en aille autrement."

http://www.lemonde.fr/archives/article/2008/12/27/samuel-huntington-auteur-du-choc-des-civilisations-est-mort_1135885_0.html

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【覚え書】「視点 未曾有08 田母神事件  容認する政界の風潮こそ問題 論説委員 岸本正人」、『毎日新聞』2008年12月28日(日)付。

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 <言論><暴力>を対立する概念と規定するところから、文弱の思想が生まれ、戦後擬制の民主主義の迷妄は発する。言論は暴力であり、武闘と文闘は権力を撃つ双つの矛(つるぎ)であるという認識を私たちは持たなくてはならない。さもないと、天下大乱に先立つ言論統制は、再びなべての反体制的言辞を容易に圧殺してしまうであろう。
    --竹中労『決定版 ルポライター事始』ちくま文庫、1999年。

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20代の頃、およそ10年あまり専門紙(機関紙)の編集に従事した経験から、自分自身もものを書く……フランス現代思想風にいえば、<表象する>とでも言えばいいでしょうか……生活を経験してきましたが、<表象する>とこととは、ひとつの暴力的な行為だと思っております。暴力と表現すると「聞こえが悪い」ですが、広くいえば、良かれ悪しかれ、何らかの影響を与えてしまう行為ということです。

何らかの影響を与えてしまう行為とは、<表象する>という行為に限定されませんが、文章というメディアに顕著な特徴的とは、その営みが必ず記録として残されてしまうということでしょう。

そうした経験の所為か、そのことを書き手は把握しておく必要があるよな……っていつも思う宇治家参去です。

言論の自由とか、表現の自由という表現は存在します。

しかし、書き手は自分自身の営みに対しては「自由」ではありません。

そこを錯覚してしまうと、最終的には自分自身で自分自身の首を絞める結果になってしまうのでしょう。

文筆業との関わりから、私淑するようになったのが上に引用したルポライター・竹中労(1930-1991)の数々の言葉です。

さて……。
「よろず喧嘩、売ります買います」……。

「えんぴつ無頼」を自称し、まさにえんぴつ一本を武器に文闘の生涯をおくった「ルポライター」が上に引用した竹中労(1930-1991)ですが、今朝、新聞を読んでいると、たまげた記事が1本あったので、【覚え書】として残しておきます。

おそらく竹中労であったならば、ラリアットをかましたかも知れません。

何がって?

「表現の自由」と自己の表現の担保として「元首相2人の名前を挙げて「私の考えは支持されている」」という言い方は両立しないのではなかろうか……と。

08年秋口より、話題になっているのが、例の田母神論文事件ですが、論旨よりも興味深いのが、実は、その周辺のポリティカル・エンヴァイロメントなんですが、そのあたりを手際よくまとめた記事がありましたので、ひとつ。

ちなみの蛇足ですが、フランスのクォリティ・ペーパー『le monde』で名前の検索をかけたところ1本もひっかりませんでした。

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 イージス艦の漁船衝突事故に始まり、田母神(たもがみ)俊雄航空幕僚長(更迭・定年退職)の論文問題に暮れた今年も、防衛省にとって不祥事の1年だった。特に、田母神氏の問題は、文民統制(シビリアンコントロール)の機能不全を象徴する事件だった。
 田母神論文は、閣議決定された、戦前の植民地支配と侵略を謝罪する「村山談話」を否定し、集団的自衛権の行使などで政府方針に異を唱えた。制服組最高幹部が政府見解・方針に真っ向から反する内容を公然と主張する行動は前代未聞だった。
 田母神氏は「表現の自由」を根拠に論文発表を正当化する。しかし、表現の自由も、公務員の政治的行為を制約する法的規制の対象となる場合があるほか、厳しい規律を持った実力組織・自衛隊は、文民統制の制約を受ける。政府見解・方針への見解表明には、これらの制約がもたらす限界がある。田母神氏の特異な歴史認識だけでなく、この「表現の自由」をはき違えた言動にも強い違和感がある。
 そして、誰もが衝撃を受けたのは、田母神氏のような人物が実力組織のトップに上り詰めることができる「現実」だった。
 田母神氏の過去の言動をチェックできなかった人事権者・防衛相ら政治の側に責任があるのは間違いない。また、制服組の人事案がOBら内輪の意向で事実上決まり、内局(背広組)や防衛相はこれを追認するだけという構造上の問題もある。
 しかし、同時に、田母神氏の主張を許容・支持する政治潮流の存在を指摘せざるを得ない。
 実際、田母神氏は論文の発覚直後、辞職を迫る防衛省幹部に対し、元首相2人の名前を挙げて「私の考えは支持されている」と辞表提出を拒否したという。
 歴史認識をめぐっては、過去、閣僚が侵略や植民地支配を正当化する発言をし、辞任する自体が繰り返されてきた。田母神氏の空幕長就任を閣議で了承したのは安部内閣だったが、その安部晋三元首相は、首相就任後に村山談話を踏襲する考えを表明したものの、就任前は日本の戦争責任への明言を避けていた。その落差と本音の建前の使い分けと見られていた。そして、集団的自衛権の行使を可能にするため、政府の憲法解釈を見直す目的で有識者懇談会を発足させたのも阿部首相だった。論文と同じ内容の言論を隊内で繰り返していた田母神氏が、そうした「政治の風」を背中に受けていたのは間違いないだろう。
 政治家は、今回の問題で、統制する側である自らの「文民としての資質」こそが問われたことを自覚しなければならない。
    --「視点 未曾有08 田母神事件  容認する政界の風潮こそ問題 論説委員 岸本正人」、『毎日新聞』2008年12月28日(日)付。

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酒中の微弱なる甘味をさえ甘露の如く愛好する酒徒の舌は……

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酒中の微弱なる甘味をさえ甘露の如く愛好する酒徒の舌は、その甘味を感受する性能においては、甘味に馴れた甘党の舌よりもむしろ敏感であり、酒味よりも強度の甘味を受け容るる性能と用意とは十分持っている。
    --青木正児『華国風味』岩波文庫、1984年。

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趣味的・衒学的要素の強い中国の文物、そして食文化を学術レベルで研究した数少ない研究者のひとりが京都支那学派の泰斗・青木正児(1887-1964)です。

「食いしんぼうと上戸には堪えられない」エッセー集『華国風味』を残しておりますが、読んでいると唸ってしまいました。

いわれてみるとその通りで、「酒中の微弱なる甘味をさえ甘露の如く愛好する酒徒の舌は、その甘味を感受する性能においては、甘味に馴れた甘党の舌よりもむしろ敏感」なのでしょう。

自分自身も自他共に任ずる「酒徒の舌」の一員ですが、ときおり、甘味を所望いたします。チョコレートを常食したり、甘い飲料を常飲することは全くなく、むしろ日頃はまったく摂取しない方ですが、「にもかかわらず」ときおり甘味を所望します。

そのときおりの甘味が、これまた堪えられないぐらい甘く、五臓六腑に酒が染みわたるが如く、染みこんで参りますが、まさにその絶妙を優雅な筆致で、青木先生は表現しているなあ……と。

まさに……、
「酒味よりも強度の甘味を受け容るる性能と用意とは十分持っている」のでしょう。

細君からも「酒飲み、しかも酒は辛口党なのに、どうして、時々団子やケーキを食べたくなるの?」いわれますが、その理由はわかりません。

しかし、連日ではなく「時折」戴きたくなるのは、まさに「酒味よりも強度の甘味を受け容るる性能と用意とは十分持っている」からなのかもしれません。

さて……。

クリスマスプレゼントで、細君から酒を戴きました。

12月は沖縄、中国との出張で、前者は「泡盛」オンリー、そして後者ではビール中心と、すっきりした「日本酒」でしたので、何故か、味の濃いめの東北の酒が無性に飲みたくなり、「できれば、東北の純米酒で」とお願いしていたところ、山形県の地酒メーカー「出羽桜酒造株式会社」の純米吟醸酒「出羽燦々誕生記念  (本生)」を買ってきてくれていました。

クリスマス前後は市井の仕事と大学の仕事でてんてこ舞いでしたので、ようやく本日封をきったところです。

一口口にすると、「旨い」。

基本的には「辛口」(+5)にカテゴライズされる一品ですが、その「芳醇」さに圧倒されました。
辛口といえば、一番よくでてくるのが「淡麗」で、そのさわやかな「切れ」が辛口日本酒の醍醐味ですが、「芳醇」な味わいもなかなかよろしい状況です。

なんといえばいいのでしょうか……。

ひとくち口にすると、「淡麗」ですと、例えば、通俗的な代表格の「八海山(本醸造)」なんかは、シュッと口のなかで味が引き締まり、さわやかな余韻を残すのに対して、この「燦々誕生記念  (本生)」の場合、「口のなかでぱっと味と香りが拡がる」ような、そしてまさに“出羽桜”というように「口のなかで桜が開く」ような味わいが拡がっていきます。

キャッチコピーに「『出羽燦々』は山形県が11年の歳月をかけ開発した酒造好適米。すべての原料が山形オリジナル。やわらかくて幅のある味わいと香り」とありますが、量を飲んで酩酊するために飲む酒ではなく、久し振りに、ゆっくりと「味わう」日本酒に出会ったような感じです。

決して高価で目を剥くような酒ではありませんが、しばれるような寒さの一日をそっと“解き放つ一品”ではないかと思います。

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はたして単なるヒューマニズムが、こうした考えを徹底的に克服出来るかどうか。

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 社会とか人類とかいったって、つきつめて行けば具体的感覚的な人間の集まりなので、その具体的人間以上の超越的価値を認めない立場からは、エゴイズムを徹底的に否定する事は困難である。言語に絶する窮乏と迫害をくぐりながら、その苦しみが同時代の人によって全く評価されず、一生を革命の捨石として無名のうちに終わらなければならぬというような場合、一切の安易な道をふりきって、それに飛び込むような精神というものは、決して単なる科学精神や歴史的必然性の意識ではなく、もはや「絶対」に直面した精神であり、その意味で当人が意識すると否とを問わず、それ自体レリジャスな精神だと思います。よく昔、社会運動をやろうとする息子に対して親父が、「なにもお前がやらなくてもいいだろう」といったものですが、はたして単なるヒューマニズムが、こうした考えを徹底的に克服出来るかどうか。マテリアリズムが科学的な方法論を越えて、全人間的価値を包括する世界観たる事を要求するとき、やはりここに問題があると思うのです。
    --丸山眞男ほか、座談会「新学問論」、『潮流』吉田書房、昭和22年1月。

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昨日、論文指導を受けに行く電車のなかで、古い丸山眞男(1914-1996)の文章を読んでいたのですが、丸山眞男=戦後民主主義の高揚者、近代主義の亜流などと片づけることはできないなあ~とふと思い、急いで入力したのが上の文章です。

ちょうど敗戦後間もない昭和22年、「新学問論」と題された座談会において、大塚久雄(1907-1996)とか川島武宣(1909-1992)といった人びとと語り合うなかで出てきた丸山の言葉です。

顔ぶれとか論者の関心、そして開催時期が示すとおり、話題は西欧中心主義的、啓蒙的な色彩を帯びつつ進行します。特に、「近代科学、宗教、人類愛」という箇所では、マックス・ヴェーバー(大塚はヴェーバーが専門)的な問題意識で、プロテスタンティズムの「効用」を評価する発言が相次ぐのですが、それまで沈黙していた丸山は、その雰囲気をうち破るかのように、うえのような言葉を吐き出します。

この座談会では、丸山のうえの発言は、“重く受けとめられる”ことはなく、それ以上議論が発展することはありませんでしたが、丸山のこの問いかけを一笑に付すことはできないなあというのが実感です。

人は、理想に燃えて現実を改むべく、その「志」を掲げるとき、現実には丸山の指摘するような「言語に絶する窮乏と迫害をくぐりながら、その苦しみが同時代の人によって全く評価されず、一生を革命の捨石として無名のうちに終わらなければならぬというような場合」はほとんどありません。

しかしながら、どのような程度であったとしても、理想の成就は決してはなから保証されたものでもありません。そして、現実はどちらかといえば、かなず理想と乖離している以上、はじめにたてた「志」は、時の経過にともなって鈍磨していくのが世の常です。そのなかで、「何とかしないと……」という焦燥と、「自分がやっていることは無駄では……」という懐疑の狭間にうちおかれてしまうのがその殆どです。

その焦燥と絶望の悪循環が、ひとに何をもたらすのでしょうか。
そもそも焦燥と絶望は、現実に関わりがあるからこそ、これを変革せしめんとする「志」からの必然として生ずるものです。そのなかでその状態でに疲れ切った精神が、現実から身を引くというパターンも通例で、そこに至り現実を変革せしめんとする志は内崩してしまいます。要するに、「一切の安易な道をふりきって」「飛び込む」どころか、「なにもお前がやらなくてもいいだろう」というようなかたちで、“何も自分がやらなくてもいいだろう”という無気力、無関心にまで陥ってしまう。

ニヒリズムに傾いた魂を鼓舞するにはどのようなあり方がひとつの可能性としてあるのでしょうか。

確かに、目指すべき「理想」として、ふむべき「道」を示すことは大切です。しかし、それだけではひとは挫折してしまうと、立ち上がれない。必要とされるのは、その「道」を歩みうる力、すなわち、何事にも揺るがない「希望」がそれなのかもしれません。

「はたして単なるヒューマニズムが、こうした考えを徹底的に克服出来るかどうか」
おそらく、単なる概念とか理念としての「人類のために」とか「世界平和」のためにと声をかける「単なるヒューマニズム」では徹底的にそれを克服することはできないのかもしれません。

「単なる科学精神や歴史的必然性の意識」では絶望の覆いを取り除くことはできないのかもしれません。

その本源的な力、希望、そして、「生きる勇気」(ティリッヒ)のようなものを、丸山は、「『絶対』に直面した精神」とよび、「それ自体レリジャスな精神」と表現しているような気がします。

現状は唾棄されるべき構造で、例えば、科学的に精緻な歴史的必然性の法則から、それを革命していかない……と熱く頑張った革命家たちの「熱を冷ます」だけの力を現実の焦燥と絶望は確かに持っております。そうした屍を乗り換えた力が自分にあるのかどうか……別に革命をするつもりではありませんが、せいかつのなかで、「諦めずに、それでもなお……」とすすんでいける何かがあるのかどうか、丸山眞男に問われているような気がします。

「具体的感覚的」なちからは容赦がありません。
しかし、それをなんとかするのも「具体的感覚的」なちからなのでしょう。

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「課程」から「論文」への切替

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人生色々あるべし……。

年末最後の休日ですが、日中、ひさしぶりに恩師(指導教官)のところへ赴き、論文指導をうけてきました。2章の骨格を固めると共に、今後のスケジュール調整、他の章との調整をしてきました。

で……当初は、「課程博士」で「博士論文」を1月に提出予定で薦めていたのです。

が……。日程・学則などをもう一度しらべてみると……。

「課程博士」のエントリ基準としての「提出資格」がすでに「修了」しておりやした。

「課程博士」での論文提出が不可となったので、「論文博士」への切替調整もしてきましたが……提出資格の「読み間違え」に当惑するとともに、自分の浅はかさに脱帽です。

ま、浅はかさに脱帽するのはいつもの通りなのですが、そこだけですませると問題ありありなので、外堀から埋め立て直し、捲土重来するほかありません。

別に新しく書き直すわけではありませんが、いうまでもありませんが「課程博士」よりも「論文博士」の方が、選考基準のハードルが高くなりますし、外語諮問も含まれますので、有る程度の組み立て直しと、語学関係の基礎的な充足が必要になってくるなあ~という感じで、年明けてから、在籍大学へもう一度確認にいってから、足下を固めてきます。

と……同時に、来年1~2月に、研究対象の吉野作造の記念館に行って来ることにします。
まだいっていないの?

といわれましたが、なにしろ先立つものに余裕がなかったので、のびのびになっていたのですが、一度、ちょっくら出かけてきて、吉野作造が使っていた「聖書」とか、手記あたりを見てこようと思います。

はぁぁぁ~、いい年末になりました。

論文関係のつめが1時間。

その後、キリスト教思想史関連の懇談が1時間弱。

やはり勉強になりました。

そして、やはり鈴木先生は偉大な先生でありました。
今やポーランド、韓国、米国からも、論文指導を受けに来るという大家なのですが、こんなヘタレな末期の弟子に対しても温かく指導してくださる姿に脱帽です。

その偉大な師匠の財産を自分自身が継承していかなくては……と決意するある日の宇治家参去です。

が……。

帰ってくると、細君との忘年会?の約束が。
お世話になっているお隣のご夫婦と軽く?一献。
お好み焼き屋でしたが、牛スジ肉煮込み・ポン酢シメは旨く、ひさしぶりのもんじゃもうまかったです。

明日から頑張ります。

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どうでもいいけど、たぶん、どうでもよくない

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……個人はすべて、少しだけなら自分の環境を変えることができる--この点は、誰もが認めると思う。みなさんにも、そのような経験が少なくとも数回はあるはずだ。そこからもう一歩進んで認識すべきなのは、とても小さな努力の積み重ねが突如として大きな結果を生むことがあり、それがさらに重なれば重大な変化をもたらしうるということだ。言いかえれば、日本を変えるための小さな貢献が的を射たものであれば、しかも他の人びとの小さな貢献とうまく結びつけば、かなり有意義な結果が得られるかもしれないのだ。
 だが、そのためには、まず基本的かつ重大な一歩を踏みださなくてはならない。その最初の一歩については、すでに第一部で述べた。つまり、日本で最も頻繁に使われる「しかたがない」という政治的な言葉を、あなたの辞書から追放することである。これからは、決して「しかたがない」と思ってはいけないのだ。
 どうしようもないことが世にあるのは、私も充分にわかっている。まったく手のほどこしようのないこともあるものだ。だが、「しかたがない」という破滅につながる言葉を使っていると、何をしても無駄だと安易に結論づけるようになる。だからこそ、使わないようにすべきなのだ。「しかたがない」と思っていると、何か新しいことをやってみようという気が失せてしまう。
 「しかたがない」と思ったりすることは、市民としての立場を弱めることになる。市民とは何かについては第一部で述べたが、もう一度要約しておこう。まず、あなたは人間である。人間であるのは、意識した結果ではなく、人間に生まれたからだ。また、あなたは国民であり、その証拠に役人から国名を記したパスポートの発行を受けられる。これは市民であることと同じだと思う人が多いが、そうではない。市民になるためには、市民であるとはどういうことかを理解したうえで、市民として行動しなくてはならない。そうしないかぎり市民とは言えないと認識することが重要だ。
    --カレル・ヴァン・ウォルフレン(鈴木主税訳)『人間を幸福にしない日本というシステム』新潮社、2000年。

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『日本/権力構造の謎』(1898年)をもって日本という地域社会のもつ病的な権力構造を暴いたのが、オランダ人ジャーナリスト(現在、アムステルダム大学教授)のカレル・ヴァン・ウォルフレン(Karel van Wolferen,1941-)です。かれの議論に恣意的なところや牽強付会な部分がないわけではないし、18世紀的な啓蒙主義の聡明な光に眩暈を感じなくもないのですが、煩瑣な議論は退けるとしても、全体としてはその批判は正鵠を得ているのだろうと思います。

ウォルフレンの象徴的に指摘する言葉「しかたがない」というあり方は、数百年を経て形成された、ものごとに対する、いわばあまりこのましくない精神的態度なのでしょう。

「しかたがない」と言うとき、それはどのように流通しているのでしょうか。

ひとつは、いま自分が問題にしている点を改めようとする試みが、やるまえから「すべては失敗におわる」と言っているに等しい言い方というところです。

そしてふたつめにして痛恨なことは、それが自分自身にむけられるだけでなく、変革をもたらそうとする試みは一切成功しないと考えるように、やんわりと落ちついて「他の人々」にも薦めているということだと思います。

まわりの状況は正しくない。
しかし、そうは思いながらも、現状を「受け入れざるを得ない」と無理に納得させているのがこの「しかたがない」という言葉です。

いちいち騒ぎ立てないのが大人の態度であり、成熟した人間の自尊心という気風もありますが、それはそれで大切なのですが、いちいち指摘をしないといけない局面も同時に存在します。そこで「騒ぐ」のではなく、「異議申し立て」をできるようになれるかどうか--。ウォルフレンの指摘は、90年代中葉の議論かも知れませんが、そのあたりを試されているのでは--などと思う昨今です。

「権威への盲従」「現状容認」そして「独立心の欠如」を象徴するのがまさに「しかたがない」という精神的な態度なのだと思います。

経済的な問題が大津波となって社会を席巻する一方で、ますます、そうした経済的問題、社会的問題、そしてそれを統括する(現状では統括できておりませんが)政治の問題にますます、ひとびとが無関心になる状況で、そうしたひとびとは、「権威・権力にも関係ないや」とか「現状に三行半をつけたから、勝手にやっていくさ」、そして「無関心であることこそが独立心の象徴なのだ」という誤解が流通しているように思われて他なりませんが、気が付いたときには手遅れになっていないでほしいものです。

とくに、職場なんかでも、バイトくんをつかいますが、「とりあえず、食べていければいいや」って感じで、社会的(公共的)なるものへ目をふさぎ、趣味的な自分の世界だけは大切するというかたちで、40過ぎても「非正規雇用」になんの痛痒も感じないひとびとがときおりいます。

いまはそれでいいのでしょうが……、大丈夫だろうか……などと思うことが時々あります。もちろん、「正規雇用」がいいのかどうか、「非正規雇用」の問題をどう考えていくのか、様々な議論があり、様々なアプローチがあることは理解しております。そして政治の側の言語も存在し、それを指摘する市民の論理も存在することは理解しております。ただしかし、そうした言語が生成される問題の現場で一緒にやっていると、ときどき、そういうことを「ふと、思う」ことがあります。

そしてこの問題は、「政治的な領域」にだけ限定された問題ではありません。
日常生活のなかで、意識しているにせよ、していないにせよ、様々な局面でそれとなく出てくる「しかたがない」というものの言い方のひとつひとつを丁寧に点検する必要があります。

「そのコーヒー、もう冷めているわ」
「しかたがない」

これぐらいは許されるのでしょうかね?

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思考の幼年時代をどこにでも見出すこと

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……思考は、おそらく、人が一八歳のときよりも三五歳のときのほうが、そして学校の課程の内よりは外でのほうが、より大きな幼年時代を手に入れることができる。教育的思考の新しい努めは以下のようなものだ。思考の幼年時代をどこにでも見出すこと、実際の幼年時代の外にさえも。
    --J・F・リオタール(管啓次郎訳)『こどもたちに語るポストモダン』ちくま学芸文庫、1998年。

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今日は年末に僅かに残された貴重な休日の一日で、朝から、「さあ、仕事をしよう」と思っていたのですが、「仕事をするまえに、掃除だよな」ってところで、自室の資料を整理して、机の上を片づけていると、『八甲田山』(東宝・シナノ企画,1977年)のDVDが出てきたので、「見ながら掃除だよな」って掃除をしておりますと、見いってしまい、掃除はおわりましたが、仕事をすることなく一日が終了してしまいました。

青森歩兵第5連隊・神田大尉のせりふ「天は我々を見放した」は渋かったです。

ただし古今東西の賢者が予見したごとく、凡人が「何かをしながら何かやる」というのはあまりよくないことだなと学習させていただいた次第です。

「何やってんだか」と反省する暇はあったのですが、せっかくのクリスマスイブでしたが、夫婦ふたりでは、ケーキを買っても食べきれないと思い買っておりませんでしたので、夕方からちょい外出し、近所の喫茶店にてささやかにケーキを戴きました。

で……。
この店、基本的には、カップはウェッジウッド。
宇治家参去としては、ウェッジウッドよりも、マイセンかアラビアのほうが品があってよいよな……といつも思うのですが、使いこなれたウェッジウッドの柄もなかなかよいものだなと、ウェッジウッドの美を再確認です。

この手の陶器は使わないと「栄(は)える」色彩なのですが、使い込んでいけばいくほど「馴染む」という部分があるのではと思います。

……と、とやかくやっていると、もう夜で……。
仕事は明日、頑張ります。

今日は、思考を解き放つ幼年時代の休日ということで。

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「そのままにしておいて。」

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 それ自身が健康で、しかも幼児期に単純かつ自然な導き方をされてきたこの年代の少年は、どこにおいても、決して、障害や困難を回避したり、迂回したりはしない、いやそれどころか、かれは、進んでそれを求め、進んでそれを克服さえするのである。「そのままにしておいて。」と、健康な少年は、かれが通らなければならない道から、一本の木を、自分のために、転がしのけてくれようとしている父親に呼びかける。そのままにしておいて。きっとそれをのり越えてゆくから。」と。少年は、なるほど、はじめは、骨を折って、やっとのことで、それをのり越える。しかし、ともかく、かれは、自分の力で、それを越えたのである。かれのなかに、力と勇気が成長してきたのである。かれは、引返して、また新たにこの障害を越える。こうして、かれは、やがて道になにも横たわっていないかのように、軽々と、それを越えてゆくようになる。かつてはたんに活動することが、幼児を悦ばせたが、いまや一定の目的を持った行為が、少年の喜びを作る、ないし創造する。ここから、少年時代の大胆な、冒険を好む、力のもろもろの現われが、生じてくる。すなわち、洞窟や峡谷にはいりこむとか、樹木や山によじ登るとか、高い所や深い所を探るとか、森や野を彷徨うとかなどである。最も困難なことでも、容易であり、もっとも大胆なことでも、安全である。というのは、そういう行為を促す要求が、かれの心の奥底から、心情から、意志から、出てくるからである。しかし、少年を、すでにこの年代に、高いところや深い所に、また遠いところや広いところに、駆り立てるのは、たんに自分の力を計ったり、調べたり、試したり、測定したり、することだけではない。この時期に発達するところの内面的な生命の特性や要求、すなわち多様なものを一見で見渡そうとしたり、個々のものをひとつの全体のなかで見ようとしたり、特に遠くのものをてもとに近づけようとしたり、遠くにあるたくさんのものを、およびその全体を、自分のなかに取込もうとしたりする、この特性や要求が少年を駆り立てるのである。
    --フレーベル(荒井武訳)『人間の教育 (上)』岩波文庫、1964年。

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幼児教育の祖とよばれるフリードリヒ・ヴィルヘルム・アウグスト・フレーベル(Friedrich Wilhelm August Fröbel,1782-1852)の著作なんかを最近目に通しておりますが、もっとはやく、現物を手に取るべきだったと反省する日々です。

フレーベルの名前は、一般教養か選択科目のような「教育学概論」とか「西洋教育史II」のような科目で名前と概要だけは聞きかじった覚えがあるのですが、これまで実際にその著作に目を通すことはありませんでした。ただフレーベルに影響を与えたヨハン・ハインリッヒ・ペスタロッチ(Johann Heinrich Pestalozzi,1746-1827)に関しては、やや読んでおりましたが、フレーベルそのものはこの年になって初めてです。

この問題はフレーベルだけに限られた問題ではなく、あらゆる問題がそうなのかもしれません。教材とか教科書、そして理論書で触れられるそうした先人たちの名前や考え方、概念、聞きかじりとか耳学問のレベルももちろん大切なのではありますが、実際に手に取ってみないとそのコンテンツまでには至らないことを実感します。

フレーベル自身、苦労した幼年時代、そして青年時代をへるなかで初等教育に従事していくわけですが、いわば、ペスタロッチによって発想された考え方が、フレーベルによって深化・展開されたような構造で、今面白く読んでいるところです。

世界で初めて「幼稚園」(Kindergarten)を創立したのも、その園庭に、花壇や菜園を設置したのも彼の業績です。

さて、フレーベル自身は、子供の本質を、“神的なるもの”と捉えます。

人間観の問題としては、十全に賛同できるわけでもありませんが、子供の心の中にある神的なるものをどのようにのばしていけばよいのか……そこを腐心し、あれこれと悩み抜いた末に、たとえばひとつの思想、そして方法論が議論されているところには、惹かれて読んでしまいます。

もっとはやいうちに読んでおけば、子供と交流する中でのひとつのヒントになったのでは?と悔やまれますが、悔やんでもはじまらないので、これからいかしていける部分があれば、そう心がけるようにしていこうと思います。

で……。
幼稚園も終わったようで、うちのお子さん、今日は義母が東京まで迎えに来てくれましたので、彼からすると祖母とふたりで、細君の実家へ帰っていきました。
今年は、細君が年末年始忙しいので東京で年越し、帰省しません。ですが、祖父母からすると、孫だけでも一緒に過ごしたいのでしょう……わざわざサルベージしてくれました。
本人にとっては、これから一週間強、父母と離れた生活です。
泣かずに、そこで何か発見し、「決して、障害や困難を回避したり、迂回したりはしない、いやそれどころか、かれは、進んでそれを求め、進んでそれを克服さえする」道を歩んで欲しいと思います。

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【覚え書】和辻哲郎『孔子』岩波書店。人類の教師の教師たる所以

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今から15年前の8月24日に読了したと奥付に書いてある本を再読していると、そのときに味わえなかった部分が、今になってしみこんでくるところがあったので、覚え書として残しておきます。

日本を代表する倫理学者・和辻哲郎(1889-1960)の孔子論ですが、解説にもあるとおり「全篇一貫する広い視野、随所にあらわれる知性の天才的なひらめき、達意の美しい文章から、あたかも第一級の推理小説を読む如き高度の代転びと楽しみが与えられる」一冊です。

美しいだけではなく、もはや解説の必要もないほど、丁寧に書かれた文章で、したの部分は、ちょうど、冒頭で孔子を論ずるにあたり、人類の教師としての孔子という問題を、他の人類の教師(四聖;孔子、ソクラテス、釈迦、イエス)の共通点として論じている部分ですが、種々考えさせられるものです。

論点を列挙することもできますが、それよりは、どうぞまず、ご一読を。

ちょい、年末で忙しく、全く考えることができない毎日ですが、何かのヒントになると思われます。

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 我々はここに人類の教師という言葉を用いるが、それによって「人類」という一つの統一的な社会を容認しているのではない。現代のように世界交通の活発となった時代においてさえ、地上の人々がことごとく一つの統一に結びついているというごとき状態からはるかに遠い。いわんや如上(じょじょう)の四聖が出現した時代にあっては、彼らの眼中にある人々は地上の人々全体のうちのほんの一部分であった。孔子が教化しようとしたのは黄河下流の、日本の半分ほどの地域の人々であり、釈迦が法を説いて聞かせたのもガンジス河中流の狭い地域の人々に過ぎぬ。ソクラテスに至ってはアテナイ市民のみが相手であり、イエスの活動範囲のごときは縦四十里横二十里の小地方である。が、それにもかかわらず我々は彼らを人類の教師と呼ぶ。その場合の人類は、地上に住む人々全体を意味するものでもなければ、また人という生物の一類をさすのでもない。さらにまた「閉じた社会」としての人倫社会に対立させられた意味での「開いた社会」をさすのでもない。それぞれの小さい人倫的組織を内容とせずには人類の生活はあり得ないのである。実際においても人類の教師の説くところは主として人倫の道や法であって、人倫社会外なる境地の消息ではなかった。彼らが人類の教師であるのは、いついかなる社会の人々であっても、
彼らから教えを受けることができるからである。事実上彼らの教えた人々が狭く限局せられているにかかわらず、可能的にはあらゆる人に教え得るというところに、人類の教師としての資格が見いだされる。従ってこの場合の「人類」は事実上の何かをさすのではなくして、地方的歴史的に可能なるあらゆる人々をさすにほかならない。だから人類は事実ではなくして「理念」だと言われるのである。
 人類の教師の持つ右のごとき普遍性は、その教師の人格や智慧にもとづく、と通例は考えられる。もしそうであるならば、これらの教師の活動を目前に見た人々の内には、直ちにそれを人類の教師として洞察し得る人もあってしかるべきである。だからこれらの教師の伝記を語る人々は、これらの教師が周囲から認められず、迫害や侮蔑を受けている最中にも、すでにこれらを人類の教師として承認している少数者を描くのである。しかし少数者のみがそれを真の教師として認め、大衆がそれを認めない時に、果たしてその教師は人類の教師であり得るであろうか。いついかなる社会にも、少数の狂信者に取り巻かれた教師というものは存在するのである。目前の我々の社会においてもその例は数多くあげることができるであろう。それらは世界の歴史においては幾千幾万となく現われ、そうして泡沫(ほうまつ)のごとく消えて行った。だから少数者の洞察などというものも、当てにならない方が多いのである。
 では大衆が直ちに目前の教師の人格や智慧を礼讃し始めた時はどうであるか。その場合には生前からしてすでに人類の教師となるはずではないか。しかるに事実はそうではないのである。大衆は必ずしも優れたもののみを礼讃しはしない。天才と呼ばれている人々が生前に大衆の歓迎を受けたという例はむしろまれである。いわんや人類の教師とも言われべき人々がその時代の大衆に認められたなどという例は、全然ない。人類の教師たり得るような智慧の深さや人格の偉大さは、大衆の眼につきやすいものではないのである。大衆の礼讃によって生前からその偉大さを確立した人々は、人類の教師ではなくして、むしろ「英雄」と呼ばるべきものであろう。もちろんこの場合にも大衆の礼讃した人々がことごとく英雄となるのではない。大衆はしばしば案山子(かかし)をも礼讃する。しかし生前すでに大衆の礼讃を獲得し得なかったような英雄もまた存しないのである。この点において人類の教師と英雄とは明白に相違する。人類の教師であると否とは同時代の大衆の承認によって定まるのではない。
 では人類の教師が人類の教師として認められるに至るのはいかなる経路によるのであろうか。言いかえれば、人類の教師はいかにしてその普遍性を獲得したのであろうか。
 通例伝記記者の語るところによれば、人類の教師は皆よき弟子を持った。その中には十哲とか、十大弟子とか、十二使徒とかと呼ばれるような優れた人物があった。そうしてそれらの弟子は、その師が真に道の体現者であり、仁者であり、覚者であることを信じ切っていた。同時代の大衆がいかにその師を迫害し侮蔑しようとも、この信頼は決して揺るがなかった。が、これだけならば前に言ったような狂信者に取り巻かれた教師と異なるところがない。大切なのはこれから先である。師が毒杯とか十字架とかによって死刑に処せられた後に、あるいは生涯用いられることなく親しい二、三の弟子の手に死ぬことに満足した(『論語』子罕一二)後に、弟子たちはその師の道や真理を宣伝することに努力した。この努力がたちまちに開花し結実したのはソクラテスの場合である。弟子プラトンと孫弟子アリストテレスとは、師の仕事を迅速に完成して西洋思想の源流を作った。これらの偉大な弟子の仕事が人々に承認せられれば、その弟子の仕事の中にその魂として生きているソクラテスが、一層偉大な教師として承認せられないはずはないのである。他の場合には弟子たちの努力は一世代や二世代では尽きなかった。現在残っている最古の資料は、いずれも孫弟子の手になったものと考えられる。釈迦については阿含経典の最も古い層がそうである。イエスについてはパウロの書簡も福音書もそうである。孔子に関しても同様のことが言えるであろう。『論語』は孫弟子の記録よりも古いものを含んではいない。そうした孫弟子たちは皆更にその弟子たちを教えるためにこれらの記録を作ったのである。だから最古の記録によってこれらの教師に接しようとするものでも、曾孫(ひまご)弟子の立場より先に出ることはできない。このことは教師たちの人格とか思想とが、時の試練に堪え、幾世代をも通じて働き続けたことを意味するのである。しかも彼らは働き続けるほどますます感化力を増大した。たといその生前にわずかの人々をしか感化することができなかったとしても、時のたつにつれてその感化を受ける人々の数はふえて行く。従って同時代の大衆を動かし得なかった教師たちも、歴史的にははるかに広汎な大衆を動かすことになるのである。かくして彼らは偉大な教師として動くことのない承認を得て来た。
    --和辻哲郎『孔子』岩波文庫、1988年。

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ビール瓶で額を割られたんですよ!! がはははは

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すでに体調は本調子ですが……、小咄をひとつ。

昨日、なんとなく微熱で出勤のため、念のため肩の血行部分と額に冷えピタを添付して仕事をしておりましたが、冷えぴたをそのまんま張ったままでやっちゃいますと接客業ですから、様々な不信感を抱かれてしまいますので、いつもの通り?包帯を巻いて仕事を行います。

そうすると……。

「宇治家参去さん、どうしたんですか?」
と年期の入った雀はさえずりますので、

「いゃ~あ、昨日、飲みに行って、色々あって、若い兄ちゃんと喧嘩して、ビール瓶で額を割られたんですよ!! がはははは」

……とやっちゃいますと、

「大丈夫ですか」

「いやいや、まだまだ若い者には負けませんよ。ぐうの音もでないぐらい、かましてやりましたですよ」

……と興に乗っちゃうと、本気にされるところが恐ろしいです。
※一昨日飲みには行っていますが、喧嘩なんかはいうまでもありませんがしておりませんが。

自分としては、知識関係の業種をやっているという感覚もないわけではなく、どちらかというと武闘派とは程遠いカテゴリーの人間だろうと自覚はしているのですが、そうやって話をすると、武人?理解されているところが、世の中の面白いところです。

自分が思い描いているようなオリジナルな自己とか、純粋な無垢な自己とか、そして自己だけでなく、思い描く文化とか文明というものは、所与のできあがったものとして実は存在しないのでは? などとふと思うことがあります。

あらゆる影響世界の関係との交流のなかで、関係的概念・対他的概念として構築されていくのが、自己とか……広く見た場合……文化とか文明という問題になると思うのですが、それがいったん、ある形として構築されてしまいますと、構築してくれた他と遮断してしまう方向に傾いてしまう傾向があるのが、人間世界の、そして歴史の常なのかな?などと感じてしまいます。

そうすると……いささか、不幸なんですよね。

対他関係なくして自存できるのは、作業架設上の概念としての「神」しかアリエナイはずなのですが、どこかでかんちがいしてしまい……、他者を遮断してしまう。

世の中に対する精神態度としては、吉川英治のいう「我以外皆我師」というあり方ではなく、むしろ「我以外皆我弟子」という態度で当たってしまうとでもいえばいいのでしょうか……。

そうしたところ、最近、生活のなかでも、そして生活と実は密接にリンクした世界の問題に関しても感じます。

その意味では、「知的な人」を一方的に自己主張するよりも、「武闘派」と見られる自己との対話のなかで、多様な自己自身を作り上げていく方が賢明なのかも知れません。

で……。
まだまだ、考える暇がないので、考えるヒントをひとつ。

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イランを読む③ イデオロギーと現実 西洋化疎外は「害」 元テヘラン市長 ゴラムホセイン・カルバスチ氏(55)

 --市長時代、至る所の壁に書かれた「米国に死を」のスローガンを消し、緑化を進めてミスター・フラワーと呼ばれました。
 ◆イラン・イラク戦争終結(88年)間もないころで、爆撃で破壊された年を再生し、市民に「生」の感覚を取り戻して欲しかった。メディアは改革派の私の「政治的意図」を深読みしたが、あらゆる落書きを消した。
 --今も旧米国大使館の壁など一部に「米国に死を」のスローガンは残っています。
 ◆体制が象徴的に残している。革命(79年)直後、「反米」は国民感情としてわき上がった国民的スローガンだった。米国は(53年のCIAによるモサデク政権転覆事件など)長くイランに政治介入してきたからだ。だが今は、他国に介入して独裁者を育てるような強引なやり方はしていない。だから国民の間には以前のような反米感情はない。
 --あなたは民主化を志向していますが、西欧型民主主義はイスラムの秩序を壊す可能性があります。
 ◆西洋には道徳的腐敗などさまざまな問題がある。一方、イランのように宗教の名の下で統治している国家は、権力の本質として独善的になりがちだ。改革派は「イスラム」からの逸脱を回避しつつ、可能な限り西欧型民主主義に近い社会の実現を目指している。
 --西洋による「文化侵略」という概念があります。
 ◆西洋文明は境位だから流入を阻止すべきだという主張と、西洋文明を受け入れて免疫力をつけるべきだという考え方がある。我々が選択すべきは、西洋文明の弊害を認識した上でそれを受け入れ、弊害をできるだけ少なくするしかない。西洋文明の流入を無理やり阻止する方が「害」は大きい。

 元テヘラン市長 ゴラムホセイン・カルバスチ氏(55) ニュース週刊誌シャフルバンデ・エルムズ(11月に発禁)社主。英ニューカッスル大で博士号(都市計画)。イスファハン州知事を経て90~99年、テヘラン市長。現職の98年、保革の政治闘争のなか、横領容疑で逮捕。

どう防ぐ「文化感染」

 革命直後、ネクタイ姿は西洋文化の象徴とされた。「西洋かぶれ」とみなされ、過激派の襲撃の対象にさえなった。テヘランの街角で今もネクタイ姿はまず見かけないが、ネクタイを締めて歩いても、警官にとがめられることはない。
 ネクタイは服飾店のショーウインドーには飾られていないが、店内では販売されている。冠婚葬祭で男性の身だしなみとして必携なのだ。30本のネクタイを持つ地神は「ネクタイから政治的意味合いはすっかり薄れた」と証言する。
 保守強硬派が「文化侵略」の阻止を目指すのに対し、改革派や一部保守穏健派は、西洋文明の良質の部分は取り入れ、理想のイスラム社会構築に活かすべきだと主張する。その根拠になっているのが、カルバスチ氏が指摘した「免疫論」だ。
 改革派のハタミ前大統領は「今の世界で思想や文化の伝播を制御することは不可能であり、阻止すること自体が無意味だ。国民は免疫力をつけて文化侵略に対する内面の抵抗力を鍛えるしかない」と強調した。ここでの外来文化は保守強硬派が言う「堕落した文化」を指すのだろう。
 ネクタイの例が示すように、時代は改革派が志向する方向に流れている。だが、一般庶民が「堕落した文化」にさらされた場合、免疫をつけるどころか、感染する可能性がある。「文化侵略」を巡るせめぎ合いは、体制の存続にもかかわる永遠のジレンマだろう。【テヘラン春日孝之、写真も】
    --『毎日新聞』2008年12月20日(土)付。

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お魚ぴくぴく 頭もぴくぴく 財布もぴくぴく

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心の山頂にさらされて
          リルケ

心の山頂にさらされて。見よ、あんなに小さくあそこに、
見よ、言葉の最後の村落が。そしてもっと高いあたりに、
やはりごく小さな姿で、感情の
最後の農家が見える。君に見分けがつくだろうか?
心の山頂にさらされて。手の下には
石だらけの山肌だ。ここでもまだ萌え出るものが
いくつかある。無言の崖から
ひともとの無知の草が歌いつつ延びる。
けれど知る者は? 知りそめた人間は、ああ、
そして今、心の山頂にさらされて、今沈黙する者は。
ここでもなお、あまたの守られた山のけものが
すこやかな意識をもってゆきかい、
出没し、またとどまる。そして大きな庇護された鳥は
いただきの純粋拒絶をめぐって輪をえがく。--しかし
守るものはなく、この心の山頂にさらされて……

Ausgesetzt auf den Bergen des Herzens
                    R.M.Rilke

Ausgesetzt auf den Bergen Herzens.Siehe,wie
                                     klein dort,
siehe:die letzte Ortschaft der Worte, und höher,
aber wie klein auch,noch ein letztes
Gehöft von Gefühl.Erkennst du's ?
Ausgesetzt auf den Bergen des Herzens. Hier blüht wohl
einiges auf; aus stummenm Absturz
blüht ein unwissendes kraut singend hervor.
Aber der Wissende ?  Ach, der zu wissen begann
und schweigt nun,ausgesetzt auf den Bergen des Her-
Da geht wohl,heilen Bewußtseins,       [zens.
manches umher,manches gesicherte Bergtier,
wechselt und weilt. Und der groß geborgene Vogel
Kreist um der Gipfel reine Verweigerung.--Aber
ungeborgen,hier auf den Bergen des Herzens....

    --生野幸吉・檜山哲彦編『ドイツ名詩選』岩波文庫、1993年。

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昨夕なんとか、38度を下がったので、約束通り? 出張時のお礼参りといいますか、還元セールといいますか、家族を外食へ誘いましたです。

近所だと、だいたいいくところは限られてきますので、息子さんに何処に行きたいか?と聞いたところ……

「お魚ぴくぴく」

……というので、チェーン店ですが、水槽があって、鰺とか鮃でしたら、いけづくりをやってくる所へ出かけてきました。

いつもの通り、鰺のいけづくりを頼むわけですが、身を剥がされた鰺は「ぴくぴく」反応しているわけで、それが興味の対象となるわけです。

死んではいるのでしょうが、「ぴくぴく」している為、食べることができない!というジレンマです。

結局、小用に立たせている間に、食べて、提げてもらうというパターンです。

今日は、瓶ビール1本(モルツ)と、冷酒1合のみ。
冷酒は、司牡丹ですが、なかなか深いところまで味わうことはできませんでしたが、コクと切れはなんとかわかるまでに快復で、食欲もあまりありませんので、山芋の鉄板焼きに九条葱をまぶし、白子を添えた一品のみで満足です。

自分自身があまり頼んで、会計はいつもより3割安く済み、ひと安堵です。

帰宅後、物足りなかったので、メルシャンですが、クリスマス用に買っていたスパークリングワインを1本飲んでから早めに睡眠。

今朝は快調にスタートです。
とわいえ、まだまだ、だるい部分もあるのですが、今日から仕事ですけれども、あまり無理をしないように、適当?に流していこうと思います。

とわいえ、仕事1日挟んだ貴重な年末の2日間の休みを無駄にしてしまった宇治家参去です。

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絶対的に自己責任をもつ哲学

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やはり、病み上がりで仕事へいくとキツク、昨日は休憩中に、現象学の祖として知られるエトムント・グスタフ・アルブレヒト・フッサール(Edmund Gustav Albrecht Husserl,1859-1938)の著作をぱらぱらめくってはいたのですが、まったく頭にはいってこず。

それもそのはずで、病み上がりだと思っていたのが失敗で、上がっていなかったという点です。先ほどまで寝ていました。

休日をまた例の如く無為に消化してしまうある日の宇治家参去です。

フッサールは、もともと数学の研究者でしたので、強烈な基礎づけ主義の発想があるのでは?などと思っていましたが。読んでみるとその基礎付けとは、学が学として成立するためには、どのような発想が必要なのという探究だったのではないだろうか……などと思ってします。

フッサールの生きた時代、いわゆる「客観性」ということが問題となってくる時期なのですが、フッサールの議論は、「客観」ありきというスタイルではなく、どのようにして「客観」を多くの人々と分かち合っていくのか……そういう方向性のように素人ながら思えてしまいます。改宗ユダヤ人(ユダヤ教からキリスト教への改宗者)ですが、辛酸をなめたフッサールの、西洋形而上学の伝統への再構築のマニフェストなのでしょう。

で……。

一番最後に引用しているのあ、フッサールの著作の序文からですが、現代の哲学が、(日本における翻訳の問題以前のア・プリオリな問題として)分裂状態にあり、いわば、使い物にならない学問となってしまった事実に対する、フッサールなりの反旗の狼煙です。

哲学とか倫理学の講義をしていてもつくづく思うのですが、特に人文科学の場合、個人プレーという側面がつよく、まあ、それも考える「自己」が中心になって発想するわけでやもうえない部分もあるのですが、それだけでは、ほかのひとびとと「分かち合う」というところが出てこないんだよ! 考え抜いた人々の「協同作業」が必要不可欠なんだ! 従来の近代哲学の伝統には全くない……しかし、哲学が原初に誕生したときにはあった溌剌さを見る思いです。

それが、哲学とか思想の「責任」なのでしょう。

さて……。
起きると、オレンジケーキが届いておりました。
学生さんが送って下さったようなのですが、恐縮です。

細君と味わわせて戴きました。
ぼちぼち、「味が分かる」ようになってきましたので、

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 現代の哲学は分裂状態にあり、途方に暮れてせかせか動き回っているということについて、考えてみなければならない。前世紀の半ばから、それ以前の時代に比べると、哲学の衰退は紛れもない事実である。近代の初頭、宗教的な進行がますます活気のない慣習という皮相なものになってしまった時、知識人達は、自律的な哲学と科学に対する新たな大きな信頼によって、意気揚々としていた。人間の文化全体が科学的な洞察によって導かれ照らし出され、それによって新たな自律的な文化へと改革されるはずだった。
 しかしそのうちに、この新たな信頼もまたにせものとなり、衰えていった。それも理由のないことではなかった。今日私たちが持っているのは、統一をもった生き生きした哲学ではなく、際限なく広がり、ほとんど連関のなくなってしまった哲学文献の山である。私たちが目にしているのは、相反する理論が真剣に対決しながら、それでもこの対立においてそれらの内的な連関が示され、根本的確信のうちに共通性が示され、真の哲学への惑わされることのない信頼が現れる、という事態ではない。真剣にともに哲学し、互いのために哲学するのではなく、見せかけの報告と見せかけの批判の応酬でしかない。そこには、真剣な協働作業と客観的に通用する成果を目指すという精神をもった、責任感のある相互的な研究というものがまったく見られない。客観的に通用するとは、相互批判によって精錬され、どんな批判にも耐えられるような成果のことにほかならない。しかしながら、このように哲学者の数だけ多くの哲学があるなかで、本当の研究、本当の協働作業はどのようにして可能であろうか。なるほど、今でも多くの哲学の会議が開催されている。そこには哲学者達は集まるが、残念ながら哲学は集まらない。彼らには、それぞれが互いのためにあり、互いに働きかけあうことができるような、精神的な空間の統一が欠けている。個々の「学派」や「潮流」の内部では、事態はまだましなのかも知れないが、彼らの孤立したあり方や、哲学の全体的状況に関しては、本質的には、私がいま特徴づけたような状態にとどまっているのだ。
 このような現状のなかで私たちは、かつてデカルトが青年時代に出会ったのと同じような状況にいるのではないか。いまや、彼が哲学を始める者として持っていた根本から変革する姿勢を甦らせ、それゆえ、偉大な伝統と真剣な開始と流行の文学的活気(これは印象に訴えるとしても、それ以上に研究することは期待できないものだ)とが入り交じって氾濫している哲学の文献をすべて、デカルト的な転覆の中に投げ込み、新たな「第一哲学についての省察(メデイタチオーネス・デー・プリマ・フィロソフィア)」を始める時ではないか。結局のところ、現代の哲学の絶望的な状況は、あの省察から発した原動力が、そのもともと持っていた活気を失ってしまい、しかも、哲学的な自己責任という、根本から始める姿勢のもつ精神が失われたがために活気を失ってしまったことに、その原因を帰すべきではないか。窮極的で考えられる限りの無前提性を目指す哲学、あるいは、自ら生み出される窮極的な明証から本当の自律のうちで形成され、それに基づいて絶対的に自己責任をもつ哲学、という法外なものと考えられがちな要求はむしろ、真の哲学の根本的な意味に属しているのではないか。
    --E.フッサール(浜渦辰二訳)『デカルト的省察』岩波文庫、2001年。

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人間にとっての唯一の問題は時間との闘争です

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病み上がりで、朝風呂に入っていると、「ぴんぽ~ん」。
あいにく、細君は外出中、「ぴんぽんダッシュ」のほうが、有難かったのですが……。
宅急便の来訪のようで、急いで、下着だけは着て配送物をうけとると、注文していた、メモ帳カバーと、来年度の手帳が到着です。

ここ一〇年、フランクリン・コヴィー(Franklin Covey)のプランナーを使っておりましたが、綿密には記入できるもののいかんせんかさばるのと、「予定を消化する」というよりも、「予定を記入する」ことに励んでしまうという陥穽から、昨年よりスマートフォンでの管理にしておりました。

電話はいわゆるウィンドウズ・モバイルの搭載されたソフトバンクのX02HTというストレートタイプの携帯電話で、Outlookと同期できるのですが、同期させず、ただ確定した予定、アポイントメントのみ入力し、その他のToDoとか課題は、RODIAのメモ帳でこなし、おわると捨てる……そういう流れで管理しておりました。

世界を駆けめぐるビジネスマンでもないので、フランクリンを使う必要もないのですが(リファイルだけでウン千円)、記入できるところが多く、重宝しておりましたが、携帯電話での管理に切り替えてから、すぱっとさっぱりと予定をこなしていく……というのもなかなか新鮮で、自分としては携帯の日程管理+メモ帳もなかなかいいなあ~などと思っていたわけです。

で……。
今月から、同じスマートフォンですが、NokiaのX01NKに機種変更したのですが、この機械はウィンドウズではなく、独自のSymbian OS。使い勝手は、ウィンドウズ電話より使いやすく、ワードやエクセルの編集もできるので、なかなかいいなあ~と思ってはいたのですが、スケジューラーがやや使いにくい……。

ということで、来年度より、再度、アナログ手帳に復活ということで、手帳は、シンプルなものをチョイス。

フランクリン以前につかっていたやつですが、リファイル方式ではなく1年で完結する、MOLESKINE(モレスキン)のPOKET WEEKLY DIARYに戻してみました。

サイズは能率手帳のベーシックと同じやつですが、確定した予定のみボールペンで記入して、不安定な部分はシャープペンという、昔やっていたやりかたで来年度は管理してみようかと思います。

ただし、万能メモ帳のRODIAは、使い続けているのでこちらは、カバーだけを新調。イタリ・オイルレザーで渋めのレッド、RODIAのオレンジを挟み込んで、こちらは万年筆で殴り書き……というスタイルは継続です。

手帳ネタは、年末恒例のネタ?(この日記では初めてですが世間一般的にはという意味で)ですが、時間は誰人にとってもそして動物にも草木にも自然に等しく、そして永遠にすぎゆく概念なのですが、人間だけが、今日はこれやるぞ、こないだはここに失敗した・だから今度はこうするぞ、明日はこれだ!……などと過去・現在・未来という時間軸を意識して生活している生き物のようです。

そのひとつの象徴が手帳なのでしょう。

学生時代から、忙しいといえば忙しい生活を送っていたので、予定のない日、アポイントメントのない日、タスクのない日……というのにはどこか一抹の寂しさを感じていたことは事実としてありましたが、昨年より、スパッと予定は予定としてだけ管理するようになると、その予定をどう予定として活かしていくのか……予定表に書き込まれていない部分に集中するようになったような気がします(といっても、まだまだ不十分ですが)。

ですから、方式としては来年度よりアナログ管理にはなりますが、確定したものとして記入された予定を時間軸のなかで、どう自己自身の時間として「創造」していけばいいのか、一つの課題として、どこか念頭に置きながら挑戦したいものです。

通俗的ですが……
そのまま、ほっといても時間は等しく流れていきます。野獣に対しても、アリストテレス(Aristotle,384 BC-322,『政治学』参照)のいう神にたいしても、そして共同存在としての人間にたいしても等しく同じあり方でそれは永遠なのでしょう。
そして、そのまま予定を消化しているだけでも、「消化」しているだけで、
時間をどのように自分自身の時間へ転換していくのか。
まさに、人間の人間たる所以である、過去-現在-未来という時間軸のなかで、自分の時間を創造していくのか、考えないとまずいですね。

カント(Immanuel Kant, 1724-1804)のいうような自律-他律論でアナロジカルに云えば、時間概念への隷属状態としては、人間も動物も草木も等しく「他律」の状態なのでしょう。しかし、そこに自己自身で意味を与え、内在的な関与ができるようになったと時間からの「真の自由」になる(=自律)のかもしれません。

とわいえ、仕事にでかける時間は、「他律」的に設定されているわけですが、ヴェイユ(Simone Weil,1909-1943)のいうとおり、「時間を過ぎさるがままにするか(たとえば、糸巻きで遊ぶ子供)、あるいは、時間を<<埋めよう>>とつとめ、<<そうすることによって過ぎ去る時間に永遠的な価値をあたえようとする>>か」、ひとつひとつ確認しながら、「人間の無力さと人間のもつ力」を把握して進むしかないのかも知れません。

その意味では、「人間にとっての唯一の問題は時間との闘争」なのでしょう。

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<時間>
 <<はじめに>> 時間は、人間存在にとっての気がかりのなかでもっとも深刻でもっとも悲劇的なものです。あるいは唯一の悲劇的なものだと言えるかもしれません。私たちに想像できる悲劇はすべて、結局のところ<<時間の経過という唯一無二の悲劇>>に帰着することになります。時間はまた<<あらゆる隷属をうみだす源泉>>でもあります。
 パスカルが深く感じとったように、<<時間は存在が無であるという感情をうみだす源泉>>です。人間に考えることをこれほどまでに恐れさせているのは、時間が逃れさるものだという事実です。「気ばらし」は時間の流れを忘れさせることを目的としています。人は自分の背後に事物を残すことによってみずからを不滅にしようとこころみますが、不滅になるのは事物だけなのです。
 <<人間には不滅性へと向かうやみがたい傾向がある>>と言えるでしょう。
 時間を対象とすることがまったくできない(科学における法則)人間の思考と人間の生活とのあいだには、解決できぬ矛盾があります。<<美しいものはすべて永遠性という性格を持っています。>>人間存在の抱く純粋な感情としては、愛、友情、情愛(ロドリークのシメーヌにたいする、ポリュクトのポリーヌにたいする、ダンテのベアトリーチェにたいする感情)があります。こうした感情はみずからを永遠のものと見なすばかりではなく、その対象をも永遠のものと見なします。<<したがって、私たちのなかには時間の流れにたいして異議を唱えないものは何もなく、ともかくも私たちのなかのすべてが時間に服従しているのです。>>

<<第一部 時間への隷属>>
(1)<<現在>> 私たちの思考のなかから未来と過去に関係ある思考をすべて排除するとしたら、あとに何が残るでしょうか? 何も残らないでしょう。ですから私たちの所有している現在は、ただちに過ぎさり、過去の状態としてしか意識の到達することのない無にほかなりません。
 したがって、<<時間の法則に即していえば、私たちはどのような現実的な存在も持っていないのです>>。
 時間の持っている逃れさるという性格は、人生はひとつの夢にすぎぬとか、外なる世界は存在しないとかいう感情を生みだす原因となっているのです。
(2)<<過去>> 人は過去のことを、自分の背後のどこかに存在するものとしてしか考えません。「去年(こぞ)の雪、いまは何処(いずこ)?」<<過去はまったく存在しないものなのです。>>過去はとりかえしのつかぬものであり、その限りにおいて<<宿命的>>です。私たちが過去から引きだす観念は、宿命という観念です(メーヌ・ド・ビラン〔一七六六-一八二四。唯心論の立場にたつフランスの哲学者〕の「私は修正された」ということばを参照)。
(3)<<未来>> それは偶然として、したがってまた何か盲目的なものとしてあらわれます。
 こうして、<<私たちの無力さは完全なものとなります>>。私たちは現在にたいしては、それが存在しているがゆえに(現在である以上ひとつの事実です)何もなしえず、過去にたいしては、それがもはや存在していないがゆえに何もなしえず、未来にたいしては、それがまだ存在していないがゆえに何もなしえないのです。
 人は、非行によるめまい、飲酒による酩酊など(いやしい理由からであれりっぱな理由からであれ、自己放棄にちがいありません)の気ばらしを使って、この無力さの感情を逃れようとこころみるのです。

<<第二部 (反論)>>
(1)<<時間は現実的なもの、唯一の現実的な事物です。>>というのは、たとえ私たちが世界はひとつの夢にすぎぬと考えるとしても、その夢はつねに時間の流れに服従しているからです。したがって、<<時間はあらゆる真実を生みだす源泉でなければなりません>>。
 カントのことば。「時間は先験的(ア・プリオリ)なものであり、したがって普遍的なものである。」
 ここでは、ベルクソンのある種の逆説、時間と持続(形態と質料)とのあいだの対立という逆接を克服することが問題となります。時間は抽象的であり持続は具体的です。しかしベルクソンは形態と質料とを混同しています。時間はただひとつの真に普遍的な事物です。時間は<<先験的(ア・プリオリ)>>な認識を生みだす源泉にほかなりません。(以前にあったものは以後にありつづけることはできません。時間は不可逆的なものです。二つの時間のあいだには、無限の瞬間が介在しています。)私たちに連続という観念を最初にもたらしてくれるのは時間です。
(2)<<時間は永続性を含みます。>>
 過去と未来との関係は永遠につづく関係です。時間の経過自体、永遠につづきます。
(3)<<秩序という抽象的な形態に還元された時間は、あらゆる永遠の真実を生みだす源泉となります。>>
(4)時間という観念自体、未来についてのある種の把握を含んでいます。たとえば倫理において大きな重要性をもつ<<因果という観念>>などがそれです。

<<第三部 人間の無力さと人間のもつ力。体系的な行動は時間のなかに永遠性を持ちこむこと>>
 それが可能になるためにあ次の二つの態度が考えられます。
 つまり、時間を過ぎさるがままにするか(たとえば、糸巻きで遊ぶ子供)、あるいは、時間を<<埋めよう>>とつとめ、<<そうすることによって過ぎ去る時間に永遠的な価値をあたえようとする>>か、そのどちらかです。
 かりに死を永遠性への移行と考えるとすると、必然的に人生にも何か永遠的なものが存在したと考えなければならなくなります。マラルメのことば。「永遠が ついにその人本来に 彼の姿を変えるが如き。」
 したがって、人間にとっての唯一の問題は時間との闘争です。
    --シモーヌ・ヴェイユ(渡辺一民・川村孝則訳)『ヴェーユの哲学講義』ちくま学芸文庫、1996年。

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「柚子だけは贅沢をさせてくれ」

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 冬が来て、一年が終わろうとするころ、日本の味覚のゆたかさは、まさにクライマックスを迎えることになる。
 魚では鮪、河豚、蟹、鰤、鮟鱇、寒鮒、鱈、鮃。
 野菜も、白菜、大根、人参、小松菜、それに上方ではエビ芋が出まわってくる。
 鮨屋も料理屋も活気がみなぎってくるし、家庭でも、この季節に、
 「今晩のオカズ、何にしようかかしら?」
 などという主婦は、落第ということになる。
 寒くなってきて、魚介の保存もきくようになり、したがって家庭料理の種目も増える。
 鮪の刺身が残ったとき、これを山葵醤油に一晩漬けておき、翌朝(といっても、私の第一食は昼ごろになる)の食卓に焜炉の網で焙りながら、熱い飯といっしょに食べるのは私のたのしみだ。
 このために、わざと鮪を残しておく。山葵醤油の山葵も、このときは、むしろ粉山葵をたっぷりと使ったほうがよい。
 濃くいれた煎茶へ塩をひとつまみ落し、吸物がわりにする。
 これに大根の漬物をきざみ、柚子をかけまわしたものであれば文句はない。
 柚子も秋の青柚が熟し切って黄色くなり、その酸味と芳香は私にとって欠かせないものとなる。
 いまは柚子も高くなってしまったが、
 「柚子だけは贅沢をさせてくれ」
 と、たのんでおき、毎食、魚介や漬物にかけてはたのしむ。
    --池波正太郎『味と映画の歳時記』新潮文庫、昭和六十一年。

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どうやら、昨日より風邪を引いたようで、熱がさがらず、今日は一日中ふとんの住人になってしまいました。半月ぶりの家族での食卓ということで、鍋を仕立ててくれたものの、柚子の味しかわかりません。

豆腐のあつさはおぼえているのですが……。

もういちど、寝ます。

みなさまも風邪には気をつけなさりますように。

仕事なんかで、バイト君なんかが、「今日は風邪で休ませてください」などと連絡をもらうと、「風邪ぐらいで休むなよ!」って思うのですが、これはなったものにしかわかりませんが、相手からは軽くあしらわれてしまうものですね。

不思議なところです。

夕凪の瀬戸のように微睡んでおりますが、一杯飲んで温めてから寝ます。
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Book 味と映画の歳時記 (新潮文庫)

著者:池波 正太郎
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旨いもの・酒巡礼記:岡山編 「串えもん」

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先週の金曜日、すなわち、授業日の前日立ち寄ったのが、この「串えもん」です。
その日、デジカメを列車に忘れ、ちとショックで、岡山駅の忘れ物センターへ登録後、ひとまずホテルへ向かい、一息ついていると、忘れ物センターから連絡が。

どうも自分のデジカメのようで……、今から確認にきますか?とのことで、市電で岡山駅へ再び向かい、無事再開を果たしました。

その足で、どこかへよろうと思っておりましたが、例の如く全く調べておらず、とりあえず駅の名店案内を参考に行ってみました。

店のウリは、なんといっても、岡山ならではの「桃太郎」の名を冠した桃太郎鶏。

おしながき曰く

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岡山県鏡野町の温暖な気候のもと飼育され低カロリーでコクのあるおいしさを実現。豊富な運動量と特別調整された飼料で赤身の肉質は、ほどよくしまり、適度な歯ごたえ・コクと風味をかもしだします。

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串、串揚げをちょいちょいセレクトして戴いてきましたが、どれも、「ほどよくしまり、適度な歯ごたえ、コクと風味」を醸し出しております。

【串】
お薦めなのは、「桃太郎地鶏鶏皮ぽん酢」で、鶏皮をおろしねぎぽん酢であっさりと仕上げた串焼きです。
「皮」といえば、昔は苦手な一品でしたが、最近その旨さがわかるようになってきました。その意味では自分としては焼き鳥の「皮」なるものは、実は大人の味では無かろうか……などと思う部分もありますが、脂ののった皮をさっぱりとぽん酢で戴くこの一品はまさに至極の大人メニューだと思います。

【串揚げ】
串揚げですが、油がよいのでしょう……どれの串もくどくありませんが、注目したいのはタレのほうです。串揚げといえば、普通、特製ソースでいただくのが定番ですが、ここは、「醤油のタレ」で戴きます。岡山県備前市香隈にある「鷹取醤油」の特製ダレで、ソースとはまたちがう、串揚げを堪能することができます。

【お薦め品】
そして、串と串揚げを堪能したあと、いただいたのが、「ひき肉のレタス包み」。数種類のスパイスや穀類と味付けした桃太郎地鶏のひき肉(といってもミンチというよりもかなり粒が大きい!)を新鮮なレタスでつつんで、お口にポン。絶妙な地鶏ワールドが展開します。

最後の〆は、なんといっても雑炊でしょう。
「桃太郎地鶏ともみじたまごのお雑炊」。地鶏のだしが出て最後までおいしい一品で、久し振りに最後の一滴まで戴いてしまいました。

ビールはモルツプレミアム。酒は地酒の「喜平」(平喜酒造)で戴きましたが、この「喜平」あっさりしているのに、味が深くなかなか鶏にあう日本酒です。

名店案内でさらりと紹介されていた店ですが、そういう案内で出ているので、観光客向けの地場料理屋かと思いきや、ほとんどのお客様は地元の方ばかりの様子で、値段も観光客向けにすこし高く設定されているわけでもございません。

その日の会計は、生ビール×3、日本酒2合、串関係12本、その他で、5000円程度。

旅の途中にぶらりと立ち寄ると、素敵なひとときが過ごせることは間違いないと思います。

■ 岡山県産桃太郎地鶏 料理と串の店『串えもん』
岡山県岡山市本町6-36セントラルビルB2F
086-224-9998
営業時間 18:00~24:00
定休日無(不定休)

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問うことはいずれも一つの探究である

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 問うことはいずれも一つの探究である。あらゆる探究は、探究されているもののほうから先行的にその方向を定められている。問うことは、存在者が存在している事実と存在している状態において、その存在者を認識しつつ探究することである。認識しつつ探究することとは「根本的に探究すること」になりうるが、この根本的探究とは、その問いが向けられている当のものから邪魔物を取り払いつつ、その当ののものを規定することにほかならない。問うことは何かを問いたずねることであるのだから、その問いにおいて問われているものをもっているわけである。何かを問いたずねることはすべて、なんらかの仕方で、何かを手掛かりに問い合わせることである。問うことには、問われているもののほか、問いかけられているものが属している。根本的に探究する問い、言いかえれば、とくに理論的な問いにおいては、問われているものは規定されて概念へともたらされるべきである。そうだとすれば、問われているもののうちには本来的に志向されるものとして問いたしかめられるものがひそんでいて、このものに達したときに、問うことはその目的を果たすわけである。問うこと自身は、或る存在者が、つまり問う者がとる態度として、存在の或る固有の性格をもっている。問うということは、「ただ漫然と問うだけ」というふうに遂行されることもあれば、明示的な問題設定として遂行されることもある。この明示的な問題設定に特有なことは、問うことが問い自身の前述の構成的な諸性格すべてにわたってあらかじめ見通しがきくものになっている、この点にある。
    --ハイデガー(原祐・渡邊二郎訳)『存在と時間』中央公論新社、2003年。

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採点も済み、ようやく本年度の通信教育部のスクーリング全て終了です。
2007年の5月末からスタートし、今回で12回目のスクーリングで、ようやく1年生から進級できたという心境です。

倫理学を学ぶなかで、つくづく実感するのが、どの倫理学書にも「答え」は書きこまれていないということです。通俗的な見取り図になりますが、隣接する「道徳(学)」と対比した場合、道徳(学)の教材には、「~するなかれ」「~すべし」というかたちで、いわば「答え」が示されておりますが、倫理学の教材では、「どうして~するなかれなのか」を探究する、「どうして~すべしなのか」を探究するための、いわば「問い」の「材料」しか記されておりません。

模範解答一覧のようなものがあったとしても、それを自分で導き出すことが大切なのでしょう。その営みを通して、ひとは自己自身の中に倫理(学)を構築するのができるのでは?などと思ってしまいます。

ちょうど、最終コマの試験のちょい前。

「となりの教室では、電卓とかガチガチにつかってすぱんと答え導いていく試験のようですが、僕らの学んだ倫理学って、試験を較べてみただけでもまるっきり正反対の性質ですよね。徒手空拳とまではいいませんが、比較でいえば、電卓から創って、公式を内面に当てはめ(=自律)、自分の言葉で答案をつくっていかないといけないじゃないですか。面白いといえば面白いのですが、考えに言葉を与えるっていうのは結構面倒ですね……。でもそれが醍醐味なんですよね」

学生さん、面白い喩えをするなあと思いました。

答えは提示しないけれども(むしろできないけれども)、そっと背中を押す……それが倫理学の教員の役割かも知れません。

そして学問とは、「問い」を明確にして探究を精確に実現させる一つの在り方なのかなというところも最近つくづく実感します。うえには、ハイデガーの『存在と時間』の冒頭より引用しましたが、ハイデガーは「存在とは何か」を探究する中で、世間一般で広く流通している誤謬をしてきしたあと、この問いがこれまで「問い方」をきちんと煮詰めてこなかったがゆえに、探究が失敗したと指摘し、「問い」のスタイルを徹底的に問い直します。

哲学と倫理学では、存在論と他者論のちがいといったような形で「性質」の違いは厳然と存在しましたが、「問い」のスタイルを徹底的に問い直す、いわば観点の提示は冒頭に行いますので、現実の教室の中で、ひとりひとりがその「問い」を精確に「探究」していってもらえればと思います。

学問の問いとは懐疑のための懐疑ではありません。
むしろ、懐疑をはらすための懐疑なのでしょう。

そういう示唆を少しでも与えることができたのであれば成功かもしれません。
しかし、いつも言うとおり、ナイーブでシャイなチキン野郎でございますから、ああすればよかった・こうすればよかったと反省ばかりが先だちます。倫理学なんて、本当は円熟した完成した大家がやるべきなのでしょうが、若造の私には荷が大きい部分が現実にはあります。しかし、その忸怩たる感情があるから、何かできあがったものを知識として教えるのではなく、共に問いに立ち、考えることができ、学生さんたちとの交流から、実は自分自身の「倫理学」が深まっていくところも実感しておりますので、その意味では実にありがたいものです。

さて……
試験終了後、岡山の指導員の方としばしば懇談。
はじめてお会いしましたが、この方も有名な方のようで、古本屋を回っては、例えば、ホイットマンの『草の葉』の初版本(邦訳ではありませんよ)とか、ユゴーの書簡なんかを発掘されては、本学の発展のために寄贈してくださっている方です。その努力に、頭が下がりました。

「先生、倫理だか、論理だかですよね。こんなものですけど、帰りの電車の中ででも、読んでみてくださいな」

3冊も古本を送呈してくださいました。

ありがたいことです。ちょうど、戦前の修身の教科書は研究の一環ですこし必要だったのでびっくりしました。

ありがとうございました。その志に応えられるような一歩一歩でありつづけようと思います。

貴重な古本を最後に「頂いた」ものですから、翌日の短大の授業でも、私自身なにかを学生さんたちに「頂いてもらわないと」と思い、今回はぷっちょではなく、銘菓にしてみました。思ったより安く、思った以上にかさばらなかったのですが、思った以上に好評でした。

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存在と時間〈1〉 (中公クラシックス) Book 存在と時間〈1〉 (中公クラシックス)

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近さ固有の絶対的意味は「人間(ユマニテ)」を前提としている

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  近さと空間
 近さは間(ま)を測るための尺度の一種なのだろうか。空間内の二点ないし二区域のあいだで、間はせばまってゆく。空間内の二点ないし二区域の隣接、更には合致が間の極限なのだが、近さはこのような間の尺度なのだろうか。だが、もしそうだとするなら、近さという用語は相対的な意味を有することになろうし、ユークリッド空間という無人空間のうちで、近さという用語は見かけだけの意味を有することになろう。近さ固有の絶対的意味は「人間(ユマニテ)」を前提としている。更に、こう問うこともできる。そもそも空間的隣接性は、近さ--接近、隣り合わせ、接触--なしに理解しうるものなのか。一切の差別に抗する正義という人間的意味を、そしてそれゆえ、近さを正義へと至らしめる動機づけを一切無視して、空間の等質性を思考することは果たして可能なのか。
 幾何学的かつ物理学的な無感動性の基層のうちにまず措定された空間と自然が、ついで、人間の現存、人間の欲望や情念の現存から文化的層を授かり、そうすることで、意味し発語するものと化すなどということはありえない。無感動な幾何学、物理学が最初にあるとするなら、意味する諸属性は、人間の頭のなかに、諸民族の習慣や文書のなかに存する主観的存在のみを有することになろう。かかるナルシシズムが、花崗岩のごとく堅固な諸事物のうちに見いだすのは、人間性の谺(こだま)と反映を人間たちに送り返す表層にすぎない。「心理学的」と称されている意味といえども、無限の空間をその沈黙から引き剥がしうるものでは決してない。こうした空間内に人間が現存すること、一般にはこのような人間の現存が、意味する諸属性の源泉とみなされている。だが、人間のこのような現存とて、それが有する単に幾何学的な、物理-科学的な意味の埒外では、人間が自分自身のうちに現存するという不条理な内的事態にすぎない。
    --E.レヴィナス(合田正人訳)『存在の彼方へ』講談社学術文庫、1999年。
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ようやく二日目の講義、午前の部が終了です。
残すところ後少しです。
しかし、この最後の部が一番きついところだと思います。

受講生のみなさま、睡魔と闘いながら最後のレースを完走して欲しいと思います。
つくづく思いますが、大人数の授業にも良さがありますが、少人数の授業(今回は7名)にも良さがあります。

それは、責任ある近さ、顔と名前が一致するユマニテという部分ではないかと思います。

しかし、昨日の夜、お通しですがキムチを食ったのが失敗です。
朝からコーヒーがぶ飲みで、なんとか収まってはおりますが、「近さを正義へと至らしめる動機づけを一切無視して、空間の等質性を思考することは果たして可能なのか」。悩むところです。

しかし(が多いですが)、昨日、ぶらっとはいったお店はなかなか面白いところで、目の前に七輪をだされ、それで自分で鶏を焼き肉のように焼いて食べるという体裁ですから……、抗じきれなかった次第です。

でわ、とりあえずラストスパートです。

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From the Okudaisen

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ようやく先ほど、無事終了。
最後に演説1時間にわたり、倫理学の顔・眼差し論を展開のため、熱が入りましたが、学生さんのみなさま、熱心に聞いてくださり感謝です。

今回履修者は7名。ちょうど議論もできるいい感じの参加人数です。
しかしながら……岡山ネイティブの方は1名のみで、広島の方が一番多く、埼玉と茨城から1名づつという異色の構成です。

しかし、その異色がとてもここちよいかんじです。

さあ、これから気合いをいれて、夜の講義へ出かけてきます。

昨日、瀬戸大橋線車中にデジカメを忘れてしまったのですが、無事に帰ってきました。

ありがたいことです。

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Deep Mid-KAGAWA UDON,旨いもの・酒巡礼記:香川県・丸亀市編 「(有)オビカ食品」

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Deep Mid-KAGAWA UDON,旨いもの・酒巡礼記:香川県・丸亀市編 「(有)オビカ食品」

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BIG!になるため讃岐からNYへ飛び出した松井香助。しかし夢半ばで挫折し、借金を背負っての凱旋?帰国。あたたかい仲間に歓迎されるも、頑固な父親は「何しに帰ってきた!」と一喝。とりあえず借金を返すため、親友・庄介の紹介でタウン誌で働くことに。香助のアイデアで編集部員の恭子と手がけたうどんコラムが大反響を呼び、日本中にうどんブームを巻き起こす。しかし、頑固な父親が突然倒れて…。
    --映画「UDON」STORY&CHARACTER
http://www.udon.vc/movie/

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『踊る大捜査線』で有名な本広克行が2006年にとった作品が「UDON」。
監督の本広氏、香川県丸亀市の出身のようで、作品の「UDON」にも種々、香川県人なら「クスっクスっ」笑う部分がさりげなく織り込まれておりますが、作中で出てくる鈴木京香は美しかったです、ハイ。

さて……。
今回は明日より岡山でのスクーリングということで、橋を渡って一本という香川の実家へ木曜日に帰国?しましたが、到着した当日は自宅で泥酔?

おまえもたいがい飲むよな!って弟に言いましたが、そのうえを闘っていたようにて……。気がつくと布団の住人……という状況です。

今朝起きてから、「どこかディープなうどん巡礼をさせてくれ!」と非番の弟に頼み込み、経巡っていったのが、表題の「オビカ食品」です。

場所は町中ではなく……海辺の埋め立て地・工業団地につくられた香川県中部地方の青果市場となる「中部地方卸売市場」。
いわゆる市場で、その敷地の中にある、もともとは、市場関係者のための「食堂」が今回巡礼した「オビカ食品」です。

からから~ん、と扉をひらくと小さいお店ですが、ちょい湯せんした麺がどんぶりにのったのを、自分で湯戻しして、つゆをかけ、種ものを自分でチョイスしてのせるという完全「セルフサービス」。

サイズはとりあえず「小」玉で、種ものは「ちくわの天ぷら」をセレクト。

ずるずるとうどんをすするわけですが、2分くらいにて食事終了。

セルフの店だと、会計が先というのがほとんどですが、こちらは食事後の会計で、小(150円)+天ぷら(70円)にて、220円。

安すぎです!
北九州出身で東京で学び、香川で教鞭を執っている学者さんの大先輩がいるのですが、「うどん」を絶賛していたことを思い出しました。

「安いし、“大”を頼むと腹にたまるし、どこにでもある。経済的に大いに!助けられていますよ、今では常用食です」

儲けになるのかな~と思いつつ、久しぶりに本物の「うどん」を堪能できました。

うどんブームは去っておりますし、実はそこそこ有名どころはほとんど制覇しております。しかし、隠された名店の発見に驚くと共に、誘ってくれた弟さんに感謝です。

まだまだうどんビギナーでございました。

オビカ食品
住所 香川県丸亀市土器町北2-3(青果市場内)
営業時間 午前6時から午後1時 
定休日 日祝日

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UDON スタンダード・エディション [DVD] DVD UDON スタンダード・エディション [DVD]

販売元:ポニーキャニオン
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人は習慣を身につけると、たちまち困難なくその日を送るようになるものである

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強調する必要のあったのは、町と生活との月並みに見える点である。しかし、人は習慣を身につけると、たちまち困難なくその日を送るようになるものである。われわれの町がまさにその習慣というものにあつらえ向きな町であるからには、万事上乗の成行きということもできる。こういう角度からすれば、たしかに、生活というものはそう情熱をかきたてるようなものではない。少なくとも、われわれの町では、混乱というようなものは見かけたことがない。そして、率直で、感じがよく、活動的なわが住民諸君は、つねに旅行者の胸にそれ相応の経緯を呼び起こしたものである。美観もなく、植物もなく、精神もないこの町は、結局、心の休まるものに見え、ついに人々はここで眠ってしまう。
    --カミュ(宮崎嶺雄訳)『ペスト』新潮文庫、昭和四十四年。

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一日早い出発ですが、今は新幹線車中のひととなっております宇治家参去です。
出張先が岡山なものですから、対岸が実家の香川という訳ですので、そこから自腹でわたってちょいと親の顔でも見ておこうという寸法です。

さて……
以前にも書きましたが、新幹線に乗ってしまうと、カミュの作品にあらわれるような
まさに「白昼」であっても、そして肌寒い早朝であっても、ビールを飲んでしまうというのが不思議なものでございます。

缶で飲みますのでどうしても炭酸がダイレクトでうえっぷという部分もあるのですが、それがたまにあるからいいのかもしれません。
東京発の場合は必ず、MARUZENのからし明太子かまぼこが幸福な御学友でございます。

今は、ビールをやりながら、カミュを再び読んでおります。

「人は習慣を身につけると、たちまち困難なくその日を送るようになるものである。」

新幹線でビールというのもひとつの人の習慣なのかもしれません。
となりの関西人の二人組のサラリーマンさんもビールを飲みながらですから。

ただしかし問題なのは便がわるく? 全車禁煙!!
喫煙スポットにてぷかぷかでございます。

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Book ペスト (新潮文庫)

著者:カミュ
販売元:新潮社
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【ご案内】12/13-14:地方スクーリング,L2期中国(岡山) 『倫理学』

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【ご案内】12/13-14:地方スクーリング,L2期中国(岡山) 『倫理学』

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 しかし、学問はイメージとはちがいます。「倫理学」は「倫理とはなにか」を根本的に問い直す学問です。おそらく本書を読み進まれるうちに、既成のイメージとは違ったなにかを発見されるのではないでしょうか。倫理という言葉は、もともと「人間のありかた」という意味の言葉です。つまり、この世界のすべての事象を、人間のありかたとしてとらえてみようという観点に立ちます。私たちにもっとも身近な学問としての人間が、それが倫理学だということができます。
 そして大切なことは、この身近なものごとのうちに価値を見いだし、さらに価値を創造していくということです。それは同時に、私たちの生や生活を充実させていくということにほかなりません。本書の副題が「価値創造の人間学」となっているのは、そうした理由からです。
    --石神豊『倫理学 価値創造の人間学』創価大学通信教育部、平成15年。

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賞罰告知といいますか、定型文といいますか、毎度同じ呼びかけで恐縮ですが、例の如く、アカデミズムの荒野をさまよう宇治家参去で御座います。表題のとおり、今週末より、岡山で開催される地方スクーリングにて「倫理学」を講じてきます。

受講される学生さん方がいらっしゃいましたら、どうぞ宜しくお願いします。

で……。
例の如く引き続き定型文のような内容ですが……

できれば……といいますか、学生さん方へのお願いです。

できれば……序論だけでも結構です。必ず読んできて欲しいと思います。

忙しいとは思いますが、目を通さずに、授業に望まれてしまうと、これはきわめて“モッタイナイ”状態です。

是非、宜しくどうぞお願いします。
※先週の沖縄では、ほぼほぼ目を通してきてくれた学生さんが殆どでかなりスムーズに進行できました。

今回は予定者6名と聞いております。
例の如く宇治家ゼミとなっています。
お互いに気の抜けない過酷な(?)ロードレースです。こちらも万端の準備と仕込みで乗り込んでいきますのでどうぞ、よろしくお願いします。

授業中には寝ることもできない……わけですよ、はい。
眠ることもできないほど最高のフルコースを提供しますので。

で……。

ここからが重要(?)

会場、ホテルともに岡山駅周辺です。
近くに安くておいしいところがありましたら皆さん是非教えてください!

なぜって?

「この身近なものごとのうちに価値を見いだし、さらに価値を創造していくということです。それは同時に、私たちの生や生活を充実させていくということ」にほかならない学問こそ倫理学だからです。

ちなみに……
身近なものに注目すると面白いものでございます。
サントリーの「天然水」。
東京では、「南アルプスの」天然水
熊本では、天然水「阿蘇」
そして四国では、天然水「奥大山」
沖縄では、「阿蘇」だろうな~と思っていると、そうした通念は破壊されてしまいました。

東京と同じく「南アルプスの」天然水でございます。

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「大した意味をもたぬことのように思われる」などと高をくくってはいけない

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 一九七五年-七六年の激しい内戦のさなか、ベイルートを訪れたあるフランス人ジャ-ナリストは、その繁華街が廃墟と化してしまったのを見て、「かつてはここも、シャト-ブリアン〔フランスの小説家・政治家 一七六八-一八四八〕やネルヴァル〔フランスの詩人 一八〇八-五五〕描くところのオリエントさながらであったのに」と書き、その惨状を嘆き悲しんだ。たしかにヨ-ロッパ人の側からみるかぎり、彼がこの場所について語ったことは正しかった。オリエントとは、むしろヨ-ロッパ人の頭のなかでつくり出されたものであり、古来、ロマンスやエキゾチックな生きもの、纏綿たる心象や風景、珍しい体験談の舞台であった。フランス人ジャ-ナリストの目の前でいま消滅しようとしていたのは、そうしたオリエントなのであった。ある意味ではオリエントは過去にゆくりなくも生起した事柄だったのであり、オリエントの時代は過ぎ去ってしまったのである。おそらく彼にとっては、オリエントの人たちがそうした現実のなかでみずから身を賭して闘っているのだということも、またシャトーブリアンやネルヴァルの時代にだってオリエントにはオリエントの人たちが生活していたのだということも、さらにまた現に苦しんでいるのはほかならぬオリエントの人たちなのだということも、大した意味をもたぬことのように思われるのだろう。このヨーロッパ人訪問者にとっての最大の関心事は、オリエントに関するヨーロッパ的表象とその表象の今日的運命とであった。オリエントの表象ならびにその運命なるものには、このジャーナリストとフランス人読者だけが特権的に共有することのできる仲間うちの意味が秘められていたのである。
    --エドワード・W・サイード(板垣雄三・杉田秀明監修、今沢紀子訳)『オリエンタリズム 上』平凡社、1993年。

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東京に戻ってから、どうしてもポスト・コロニアル批評の嚆矢となり、方法論の礎を気づいたエドワード・W・サイード(Edward Wadie Said,1935-2003)の言葉が気にかかり再度『オリエンタリズム』をぱらぱらとめくっております。
※ポストコロニアル批評とは、それまで植民地だった地域で独立をしたものの、今なお根強く残る様々な課題を把握・解明するために始まった文化研究のことで、一般的には旧植民地と旧宗主国や周辺諸国との関係性に目をむけ、例えば、西欧中心主義的なものの見方へ疑問を投じ、そうした地域の文化の再評価と同時に、旧宗主国の文化の立場をも問い直す視座の提供を目指す学問のことです。日本の場合は、ヨーロッパとの関係のみならず、アジア諸国との関係をも考察の対象となります。

さて……問題は、「特権的に共有」される「表象」です。

サイードは、パレスチナ出身のキリスト教徒で、ハーバード大学で学位を取得した後、コロンビア大学で教鞭を執った現代の優れた知識人のひとりです。
主著の表題のとおり、オリエンタリズムの理論がもっとも有名です。

サイードによると、問題なのは、ヨーロッパ世界が歴史を通して自らの内部に持ち合わせていない「異質」なものとした部分を「オリエント」(東洋)に押しつけてきた=表象してきたという経緯です。

ヨーロッパ人の思い描いている「オリエント」。
そして作ってきたイメージ……。

ヨーロッパ(オチデント Occident)世界の、中東やアジアに対する、いわば誤ったイメージの長い伝統が、ここ数百年の植民地主義・帝国主義的発想を正当化する因子として機能してきたのではないだろうか……サイードの言説はそうしたところを丁寧に諭してくれます。

目に見える場合もあれば、目に見えない場合もあるわけですが、そうした発送が、例えば文学や歴史学、様々な学問、文化活動ににじみ出てきており、それがしばしば優越感や傲慢さ、偏見と結びつき、帝国主義的な発想の基盤とも成っている……。

このようなサイードの指摘は、単にヨーロッパとそれ以外の地域間の対比だけに限定された問題はありません。同じような権力構造・価値観をもちあわせているエスノセントリズムのような他文化や他国に対する思想・価値体系の優越性の主張もヨーロッパにおけるオリエンタリズムの問題となんらかわりありません。

大切なのは、「彼にとっては、オリエントの人たちがそうした現実のなかでみずから身を賭して闘っているのだということも、またシャトーブリアンやネルヴァルの時代にだってオリエントにはオリエントの人たちが生活していたのだということも、さらにまた現に苦しんでいるのはほかならぬオリエントの人たちなのだということ」なのですが、そうした表象世界においてはその事実はまさに「大した意味をもたぬことのように思われる」のでしょう。

異質なものに対する「憧れ」や「好奇心」は人間には存在しますし、それを帳消しにすることはできません。しかしそれと同時に、その「憧れ」や「好奇心」が何か固定的なイメージになってしまい、対象に向かう眼差しが対象そのものに対する「優越性」になってしまったとき、知られざる束縛・利益誘導として機能してしまうのでしょう。

宇治家参去自身の沖縄に対するイメージもおそらくそうした陥穽を脱し切れていないところがあると思います。

南国の楽園のイメエジ……。
エキゾチックな風習と文化……。
そして、地上戦の記憶と現在の駐留アメリカ軍の問題。

列挙するとキリがありません。

しかしながら、はじめて同地に足を踏むまでみえなかったものが、すこしだけ見えだしたような気もします。

本土の搾取は搾取なのでしょう。
そして、基地の問題は確かに問題なのでしょう。
いわれてみると確かにそれはその通りです。

しかし、大切なのは、やはり「彼にとっては、オリエントの人たちがそうした現実のなかでみずから身を賭して闘っているのだということも、またシャトーブリアンやネルヴァルの時代にだってオリエントにはオリエントの人たちが生活していたのだということも、さらにまた現に苦しんでいるのはほかならぬオリエントの人たちなのだということ」ことをすこし肌で感じることができた部分だろうと思います。

もちろん、苦しみばかりではございません。
そこには喜びもあれば怒りもあり、哀しみもあれば楽しみもあるのでしょう。

文化と文化の枠組みに枠をはめる先験的なものの見方はなかなかはずすことはできませんし、完全にはずすことは不可能なことも承知しております。だからこそその事実をふまえた上で、現実の眼差しを交わし合うなかで、試行錯誤していくしかないのだろうと生活実感のレベルでは感じております。

表象世界は確かに表象世界です。
しかし、現実の世界は表象の部分もあれば、リアルな側面も同時に存在します。
だからこそ、すべての事象を「大した意味をもたぬことのように思われる」などと高をくくってはいけないのかもしれません。

そうしたところ先週の週末は学んだような気がします。

さて……。
授業のなかで、気分転換に「平和をイメージするとどういう状況でしょうか?」とディスカッションしていただいた。
沖縄の方々いわく、「確かに基地がないということを第一にはイメージしますが、それだけで、じゃあ平和なの?ってなるとそうでもないような気がします」とのこと。

この意味は物質的なものが優先されるべきか、それとも精神的なものが優先されるべきかといった二者択一ではございません。

ともすれば、基地全廃か、それとも革命かのような単純な議論にながれがちなところに冷や水を浴びせる、現実感覚ではないだろうかと思った次第です。

生活に根ざしたところで生命を考え、何が可能なのか。
ひとりひとりの取り組みがまさに試されているのがこの現代だと思った宇治家参去です。

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オリエンタリズム〈上〉 (平凡社ライブラリー) Book オリエンタリズム〈上〉 (平凡社ライブラリー)

著者:エドワード・W. サイード
販売元:平凡社
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旨いもの・酒巡礼記:那覇編 「ぐるくん」  ぷらすあるふぁ

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旨いもの・酒巡礼記:那覇編 「ぐるくん」

スクーリング初日目。
終了後、若いお兄ちゃんとちょいと出かけますか?などと話をしていますと、指導員の方(78)が私もいきましょうかという流れで、お二人とも先に用事があるとのことで、21時頃に再合流。

指導員の方の案内で、那覇市若狭の「ぐるくん」という地場の居酒屋へ誘われました。

泊大橋のたもとで、海の近くというか目の前が海で、潮の香りのここちよい雰囲気、そして、新鮮な魚料理と郷土料理が味わえるちょいとユニークで気の利いたお店です。

優雅に客をさばく女将がバイトのお姉ちゃんにてきぱきと指示をだしているあたりが頼もしい感じです。

店内にある大きな生け簀がありまして、ここでは釣りができます。
釣った魚は好みにあわせて調理してくれるのがちょゐと乙なところ。

指導員のYさん、お酒は飲めないとのことで……、学生さんの若いおにいちゃんと宇治家参去で、泡盛を堪能させていただきました。

何を飲んだのか控えていないので覚えていないのですが、古酒を3合ばかりちょうだいし、地元の魚の刺身(これも名前を失念、ひとつはブリモドキだったというのは覚えているのですが)と、なんとかチャンプルーで、沖縄の郷土料理を堪能です。

とくに古酒の種類はかなり豊富で、どらんの10年ものなんかも御座います(1合うん千円)。

近くにお立ち寄りの際は、どうぞ。

いゃ~あ、しかし、人生の大先輩から様々なことを学ぶことのできたひとときでございました。詳しくはおいおい……。

沖縄へ向かう前、石神先生からも、「沖縄には“すごい”指導員の方がいるんですよ。色々と案内してくれますよ」って聞いており、どんなひとだろうか……などとおもっていたのですが、実に「すごい」人でした。

本学・通信教育部の1期生、20年かけて経済学部を卒業された方で、今なお、大学建設に汗を流すすばらしいお方でございます。
※指導員とは地方スクーリングの際、そのセッティング、当日の応対をしてくださる嘱託の職員の方でございます。

さて、お店に着いてから……Yさん

「このあいだ、べつの先生が初めて沖縄へきたとき、先輩の教員から“Yさんに『ぐるくん』に連れて行ってもらいなさい!と言われて来たので、お願いします”、っていわれまして……」

『ぐるくん』に連れて行ってもらいなさい!
連れて行けない場合の方が多いかも知れませんので自分の目で確かめてみましょう!

■『ぐるくん』
沖縄県那覇市若狭3-20-8
電話 098-866-3667
営業時間 18:00~23:00(祝日は~22:00)
定休日 水曜日

で……蛇足。
23時にお別れしてホテルへ向かったのですが、なにやら物足りない。
そこでホテル近くの『串Bar主水』へ、ふらふらと。

なにやら無性に串が食いたくなってしまったもので……。
ここも結構雰囲気いいですよ、串もほんものです!

■『串Bar主水』
住所 沖縄県那覇市松山1-28-13 
電話 098-869-5484
営業時間 18:00~翌4:00
定休日 日曜日

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さらば沖縄

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さらば沖縄!

毎回思うのですが、自分がベテラン教員ではなく素人だからかも知れませんが、同じ授業が二度と出来ません。地域やひとによって温度差が出てしまいます。学問の客観性を考えるとどうなのかなと悩むところですが、受講生に伺うとそんなに悪い授業じゃなかったようで安堵しております。もっとも倫理学なる学問が何かできあがったイデオロギーとか体系とある意味では無関係な現在進行形の学問ですからそれでよしとしますか。

さて、授業終了後、早めに那覇空港に到着。
安堵ついでに、空港内にあるキリンのビア&スナックにて暖をとる。
Lグラスで大好きなブラウマイスターを駆け込み4杯、快飲です。

ですから離陸した記憶がなく、目が覚めると駿河湾あたり?上空です。

あっという間に東京へ到着してしまいました。。

東京は寒うございます。

現実に戻ります。

ちなみに沖縄の夕方は明るすぎました。
18時の空模様でございます。

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The reason for this is the ‘reality’of spirit, which is beyond proof.

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Yoshimitsu Yoshihiko reiterated for the symposium the necessity to get beyond modern interpretative modes such as theories of “biological progress.”“In the spiritual world,” he asserted,“the philosophy of ‘progress’is clearly a lie”
(228). The reason for this is the ‘reality’of spirit, which is beyond proof. Owing to the reality of spirit's exsitence, its “self-affirmation as reality” intersects with history at the level of faith and belief. History is not meaningless. By reason of the traces spirit deposits and leaves behind on its itinerary, we will suffer the same pain it experienced when it made these conditions. For Yoshimitsu, this was simply another way of recommending to moderns that they should recognize the necessity of following in the tracks of the ancients and the impossibility of trying to separate contemporary life from the effort to locate the archaic(229). “Being touched honestly by the ancient path,” Nishitani explained,“begins with walking on the road of the self by oneself”(229).Similarly, if humans are able to exclude all of the diverse encumbrances of social life and truely seek and reach the honest forms of actuality(genjitsu), they will grasp the beautiful(230). It is important to note that in making this statement that equated the beautiful with “actuality.”Kobayashi was appealing to an already well established discursive convention of the times that had pitted the “actual,” conveying the association of the “concrete,”against the nominally real, the everyday life of the present(genzai), which was seen as abstract,formless,mutable. The evil that must be thrown out is the view that ties to reach the real through the “schematization and mapping of an expanding history or sence of reality that jams the head of modern man to the utmost”(230).Where there is sometimes a sence of wonder and at other times respect,there is neither temporality nor development.
    --Harry Harootunian,Overcome by Modernity: History, Culture,and Community in Interwar Japan,Princeton Univ Press,2002.

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いやはや沖縄はちと遠かったです。
飛行機に乗るとき、いつも、あまり自宅で挑戦が続きにくい本を1冊だけ機内に持ち込み、逃げられない環境で必然的に自分に読ませしめるという訓練?を毎度毎度実施しておりますが、九州、北海道なら東京から1時間弱ですので、読み始めたかと思うとすぐ着陸……という状況ですが、沖縄はそういう甘い想念を唾棄させてくれる飛行時間でございます。

出発の金曜日、羽田が雷雨にて出発も遅れたため都合3時間、ありがたい読書時間でございます。今年度出した論文のつづきを早速仕込むため、途中までしか読めていない文献よみながら、大事だなという部分を入力までできてしまいました。

とてもじゃないですが、沖縄の日帰りとかはまずもってアリエナイというのが実感です。
さて、今回は熊本のときのように中央線ストップとかそういうアクシデントはまったくなく、快調に到着し、ホテルへ直行後、そのまま飲み屋へ直行です。

泡盛を5合ほど快飲し、ホテルにてベットと同化です。

まさに……

The reason for this is the ‘reality’of spirit, which is beyond proof.

……でございます。

快適な朝を迎え、無事に1日目の授業を終わらせ、これから闘い?です。

夜の授業?もがんばって挑戦してきます。

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Overcome by Modernity: History, Culture, and Community in Interwar Japan Book Overcome by Modernity: History, Culture, and Community in Interwar Japan

著者:Harry Harootunian
販売元:Princeton Univ Pr
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鉄の出ずる山に生ずる奇しき物あり

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宇治家参去自身に似て、息子殿も、比較的よく本を読む……といっても絵本ですが……人種のようにて、ウルトラマン関係からいわゆる童話とか絵本の名作?関連まで手広く読んでいるようでございます。

そのような親バカな話題が本論ではございませんが、読むと当然、そういう内容の話になるわけで、そうした方面に関しては細君にまかせているのですけれども、「パパも、何か、“お話”してください」というので、時折ネタを仕入れながら、調理して、「お話」なるものをしております。

いま、一番熱いのが、復古神道の大成者にして国学者の平田篤胤(1776-1843)が聞き書きした『仙境異聞 勝五郎再生記聞』でございます。話としては、前者が江戸時代後期、平田が、いわゆる“神隠し”にあった童で運良くこの世にもどってきた寅吉少年にインタビューをした記録という趣で、後者は、生まれ変わり体験の綴ったという内容です。

江戸時代にマージナルにひろがり、耳目を集めた異境とこの世の接点を読んでいると、想像力がかき立てられます。

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 ○或日人々と種々の物語りの序に、中村乗高の集めたる奇談の書に、或人の女の鉄を食ふ病を煩ひたる由を語りけるを聞きて、
寅吉云はく、鉄の出ずる山に生ずる奇しき物あり。生(な)り始めは山蟻の大きさにて、虫といふべき状なるが、鉄ばかりを食ふ。始め小なる時は鉄砂を食ひ、大きく成るに従ひて釘、針、火鉢何にても鉄物を食ひて育つ物なり。形は図の如く毛は針金の如し。師の此を畜(やしな)ひ置きて試みられたるに、夥(おびただ)しく鉄を食ひ馬ほどに成りて身より自然に火出でて焼け死にたりとぞ。名は何と云ふか知らず。此を麒麟なりと云ふ人もあれど、いかが有らむ。猪また此れにつきて思ひ出でたり。猿は年久しく立ちては、すさまじく大きく成りて立ちあるき、頭に長き髪を生じ、眼は殊の外に光り、自在の術を得て、さて数千年経ては身より自ら火を出して、今迄の体みな焼くるとぞ。然(さ)すれば、其の体内より別に人と然さしも異(かわ)り無く毛もなき体の出づるが、をりをりまた猿の身に成りて群猿と交はり居るなり。此は師のかゝる物の変化も見置けとて、焼けたる体内より、人形(ひとがた)して生まれ出でたるを見せられたり。此をもぬけといふとぞ。
    --平田篤胤(子安宣邦校注)『仙境異聞 勝五郎再生記聞』岩波文庫、2000年。

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文政3(1820)年、浅草観音堂の前に突如現れた少年寅吉の言葉ですが、この寅吉くん、幼い頃に山人(天狗)に連れ去られ、そのもとで生活・修行した人物のようであります。寅吉くんのもたらした異境情報に江戸の知識人たちは沸いたわけですけれども、読んでいると、そのイマジナルな光景に驚き……というよりも、屈託のない興味をそそられる宇治家参去です。
※ちなみにうえの引用文で出てくる「師」とはいわずもがな「天狗」さんのことでございます。

で……、そこで出てきたネタ?をネタにして、息子殿に「お話」をするのですが、今、熱いのが、うえで紹介してしております「鉄を食ふ物」の話題でございます。

ま、現実にはアリエナイ訳なのですが、恐怖と興味津々で聞いてくれるのが面白いところでございます。親の言葉に耳を傾けてくれるアリガタイ時期なので、「白雪姫」とか「一寸法師」だけでなく、もう少しレアなネタを探して、楽しませてやろうかな?などと思います。

しかし、その生き物がなにやらウルトラ怪獣とリンクされているようで……。

産業が発達し、世の中が落ちつき始めた江戸時代には、こうした異境奇聞が沢山存在します。そうした集話を荒唐無稽と退けることは簡単ですが、想像力をかき立てるヒントがつまっているとおもえば、まさに「宝の山」でございます。

しかし、まあ、これもサンタさんを信じている今の時代だけに通用するのでしょう。
もちろん、国学者になれはとはいいませんけれども。

そういえば、中盤以降、寅吉くんが、「師」と仰いだ「天狗」さんたちの生態が記録されておりますので、最後にひとつ。

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仙寅吉物語 二之巻
           平田篤胤筆記考按
 問ふて云はく、山人天狗なれども、夜になりて寝るか。
寅吉云はく、尋常の人と同じ様に寝るなり。我々は云ふも更なり、師は寝らるれば十日、二十日も覚めず、高いびきにてねらるゝなり。
 問ふて云はく、山人天狗などは、夜にも眼の見ゆる物なるか。
寅吉云はく、見ゆるなり。我々と云へども師の徳によりて見ゆることあり。
 問ふて云はく、山人も夢を見る事あるべきか。
寅吉云はく、我が師などはいかに有らむ知らず。我々は夢を見る事、此方に在りしにかはることなし。
 問ふて云はく、人に夢を見せ、また夢にて誨(さと)し言(ごと)する事もなる物か。
寅吉云はく、神通自在なる故に、夢を見する法もありと聞きたり。但し其の法は人の夢枕に立つこと故に、誨さむと思ふから苦しく、誨さるゝ人も甚だ苦患(くげん)なる事なりとぞ。
 問ふて云はく、山人の方へ何ぞ頼みたき事、尋ねたき事などの有る時に、高き所に上りて彼方に向かひ言ひたらむに、届くべきか。
寅吉云はく、尋常に物言ふ如く云ひては、いかほど大きなる声にても、届く事なし。神に祈願をする如く祈りいへば届くなり。
 問ふて云はく、先へ祈願の通りたる事は、いかにして知るべき。
寅吉云はく、聞き受けたる事は其の事をかなえ、夢想にても誨すべし。
 問ふて云はく、其の方に何ぞ尋ね度きことの有らむ時に、山に入りて対面し尋ねたく思ふを、然る事はなるまじきか。
寅吉云はく、それは叶はぬ事にはべり。しか自由に逢はるゝ事にては、彼の境この境の差別の立たざる故なり。
    --前掲書。

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……ってこんなこと書いている場合じゃないのですが、週末の沖縄、頑張りますでございます。

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涙の谷への批判

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実は……12月中旬まで、いわゆる「休み」というやつがなく、例の如く考察不足なのですが、ちょい読んでいて、気にかかるところもあったりしたものですがから、読んでいたところと、その簡単なメモというあたりで許して頂ければ幸いです。

【1】は有名なマルクス(Karl Heinrich Marx,1818-1883)の宗教批判の部分です。
【2】はカトリック世界を代表する神学者カール・ラーナー(Karl Rahner,1904-1984)の宗教批判……というよりも、おのれ自身に対する反省と展望の部分です。

前者はマルクス主義のいわば創始者であり、その宗教批判=宗教=阿片はつとに有名です。後者は、20世紀のカトリック神学を代表するイエズス会士にて、第2バチカン公会議において主導的な役割を果たした人物として広く知られております。

すべての事象を「もの」に還元して考えてみるものの味方と、信仰の眼であったとしても、つねに人間という視点を保持しながら解釈したものの味方の対比といってよいでしょうが、おなじ対象に対しても異なるアプローチが存在することが理解できるかと思います。

【1】

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 誤謬の天国的な祭壇とかまどのための祈り〔oratio pro aris et focis〕が論破されたからには、その巻添えをくって誤謬の現世的な存在も危うくされている。天国という空想的現実のなかに超人を探し求めて、ただ自分自身の反映だけしか見いださなかった人間は、自分の真の現実性を探求する場合、また探究せざるをえない場合に、ただ自分自身の仮象だけを、ただ非人間だけを見いだそうなどという気にはもはやなれないであろう。
 反宗教的批判の基礎は、人間が宗教をつくるのであり、宗教が人間をつくるのではない、ということになる。しかも宗教は、自分自身をまだ自分のものとしていない人間か、または一度は自分のものとしてもまた喪失してしまった人間か、いずれかの人間の自己意識であり自己感情なのである。しかし人間というものは、この世界の外部にうずくまっている抽象的な存在ではない。人間とはすなわち人間の世界であり、国家であり、社会的結合である。この国家、この社会的結合が倒錯した世界であるがゆえに、倒錯した世界意識である宗教を生みだすのである。宗教は、この世界の一般的理論であり、それの百科全書的要綱であり、それの通俗的なかたちをとった論理学であり、それの唯心的な、対面にかかわる問題〔point-d'honneur〕であり、それの熱狂であり、それの道徳的承認であり、それの儀式ばった補完であり、それの慰めと正当化との一般的根拠である。宗教は、人間的本質が真の現実性をもたないがために、人間的本質を空想的に実現したものである。それゆえ、宗教に対する闘争は、間接的には、宗教という精神的芳香をただよわせているこの世界に対する闘争なのである。
 宗教上の悲惨は、現実的な悲惨の表現でもあるし、現実的な悲惨に対する抗議でもある。宗教は、抑圧された生きものの嘆息であり、非常な世界の心情であるとともに、精神を失った状態の精神である。それは民衆の阿片である。
 民衆の幻想的な幸福である宗教を揚棄することは、民衆の現実的な幸福を要求することである。民衆が自分の状態についてもつ幻想を棄てるよう要求することは、それらの幻想を必要とするような状態を棄てるよう要求することである。したがって、宗教への批判は、宗教を後光とするこの涙の谷〔現世〕への批判の萌しをはらんでいる。
 批判は鎖にまつわりついていた想像上の花々をむしりとってしまったが、それは人間が夢も慰めもない鎖を身にになうためではなく、むしろ鎖を振り捨てて生きた花を摘むためであった。宗教への批判は人間の迷夢を破るが、それは人間が迷夢から醒めた分別をもった人間らしく思考し行動し、自分の現実を形成するためであり、人間が自分自身を中心として、したがってまた自分の現実の太陽を中心として動くためである。宗教は、人間が自分自身を中心として動くことをしないあいだ、人間のまわりを動くところの幻想的太陽にすぎない。
    --カール・マルクス(城塚登訳)「ヘーゲル法哲学批判序説」、『ユダヤ人問題によせて ヘーゲル法哲学批判序説』岩波文庫、1974年。

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【2】
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 十六世紀以降のヨーロッパ植民地主義の動きの中で教会は、事実上世界宣教の使命を引き受けた。しかしながら教会は私たちの時代に至るまで、無邪気にも、またやむをえずキリスト教を世界にもたらそうとしたけれども、多少とも(理論的にではなくとも実践的に)ヨーロッパの輸出品目として伝達して来たキリスト教だったのである。それでもヨーロッパ以外の他の国々の兄弟たちは、不本意ながら、家庭における未成年者のように子供扱いされてきた。私は彼らにラテン語で神学を教え、ラテン的典礼を授け、日本では彼らのためにネオ・ゴティックの教会を建て、彼らにヨーロッパの聖歌を唱わせ、彼らのためにヨーロッパ人の司教を与え、あるいはヨーロッパの尺度に従ってその地の司教をローマで選出した。
 以上のことは皆良いことだと思われ、また長いこと避けがたかったかもしれない。たとえ私たちヨーロッパ人が罪深いキリスト者でありながらも、同時にこれらのことをヨーロッパ風の尊大さと思いあがりの一端であることを認めなければならないとしてもである。ところで今日、あらゆる同胞に対して、ひとつの人類という同権と成熟さを認めようとする時代にあっては、教会はもはや全世界に輸出する西欧的キリスト教的な輸出物を伴ったヨーロッパの教会のままにとどまっていてはならない。教会は現に実際、世界教会となるべきである。そしてこの使命の実現は、今日私たちの状況を通じて与えられている、ある新たなキリスト教的兄弟愛の形態であり、この兄弟愛は、相共にただひとつの教会を構成している諸教会の人々の間で有力にならなければならない。それだからといって教会の一体性、世界中どこでもユダヤ--西欧的起源に由来しているという事実、ローマにその中心があることは否定されたり、不分明になったりする必要はないのである。ところでキリスト教が要求するような兄弟愛は、今日でもやはり、世界教会そのものを現実に実現するという使命をになっている。
 たしかに、第二バチカン公会議に、また前にこれまでその方向に向かっていた全てのことにおいて、この使命と実現とが始まった。はじめて公会議において世界中の司教が召集され、地球上のほとんどあらゆる民族と文化の代表者たちが、教会の幾多の決断に積極的に加わった。神学はもはや単に十九世紀前半のネオ・スコラスティックの神学にはとどまってはいなかった。全世界に対する教会の特有の言語としてのラテン語の廃止(撤廃ではない)によって、典礼における多様性への道が原則的に開かれた。それにもし世界教会というものが、真に同権を認められた兄弟たちと、同権になった個々の教会から成り立つようにしようとすれば、この道は開かれざるをえないのである。しかしながら、一なる教会におけるすべての人の兄弟の同権をめざすとすれば、そしてまた西欧の優位性の解消をめざすとすれば、なすべきことがまだたくさんある。
    --カール・ラーナー(宮沢みどり訳)『あなたの兄弟とは誰か』(サンパウロ、昭和60年)。

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マルクスの宗教批判も理解できないことはありません。
宗教そのものが生きている人間そのものを疎外する要因と見て取ったその発想には理解、いや共感すらおぼえるものですが、現実にはそれだけでもないだろう……という違和感がどこかにのこってしまいます。

しかしながら、通俗的な俯瞰図で恐縮ですが、人間をとりまく人間と世界とは、決して単なる「リアル」な「もの」だけの世界でもありません。

宗教批判が有効に機能するためには何が必要なのでしょうか。

宗教を「リアル」な「もの」として批判するあり方にも耳を傾けながら、それでもなおかつ、自分自身が、その問題を「自分自身」の問題として対象化しないかぎり有効には機能しないのではないでしょうか……そのことを倫理学と神学が交差する狭間で生きておりますと至極実感致します。

信仰そのものには、信仰者にとって、絶対に「絶対」という契機が必要です。しかしながら、その「絶対」をどこかでチェックするもうひとりの「自分自身」の存在も必要なのでしょう。

宗教批判はいわば玉石混合の世界ですが、そうした批判に耳を貸さないとしても、自己自身が自己自身をチェックする、そうした自己批判……こういう表現が、またマルクス主義的な「自己批判」とか「査問」とか「粛正」という言葉を連想しそうでいやなのですが……自分自身がどこかで“熱い”自分自身を確認する“醒めた”自分自身も同時に必要なのではないだろうか……などと思うわけでございます。

そのことによって、絶対と絶対の殴り合いから、絶対と絶対の握手に向かう一歩が踏み出せるような気がしてほかなりません。

とりあえず、今日は、季節限定……この言葉に弱いのですが……麒麟の「Premium無濾過・Beer Chocolat」で「ゴマだれ団子」で癒しのひとときです。

味わいは、「濃い~」という感じですが、黒ビールともまた違います。「Beer Chocolat」とある通り、後味が「チョコレート」っぽいです。それもそのはずなんでしょう……「チョコレート麦芽一部使用」(そんなのがあるんだ!)との通りでございます。

おもったより、団子と合いますね。

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Book ユダヤ人問題によせて ヘーゲル法哲学批判序説 (岩波文庫)

著者:城塚 登,カール・マルクス
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Book あなたの兄弟とは誰か

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Book カール・ラーナー研究―根底化と希望の思想形成

著者:高柳 俊一
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「喉元過ぎれば熱さを忘れる」わけでもなく

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 人類社会のすべての構成員の、固有の尊厳と平等にして譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由と正義と平和との基礎であるので、
 人権の無視と軽蔑とは、人間の良心をふみにじった野蛮行為を生ぜしめ、一方、人間が言論と信仰の自由および恐怖と欠乏からの自由とを享有する世界の到来は、一般の人々の最高の願望として宣言されたので、
 人間が専制と圧迫に対する最後の手段として反逆に訴えることを余儀なくされてはならないものであるならば、人権が法の支配によって保護されることが大切であるので、
 各国間の友好関係の発展を促進することがたいせつであるので、
 国際連合の諸国民は、基本的人権、人間の尊厳および価値、ならびに男女の同権に関するその信念を憲章において再認識し、かつ、一そう大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進することを決意したので、
 加盟国は、国際連合と協力して、人権および基本的自由の普遍的な尊重と遵守の促進を達成することを誓約したので、
 これらの権利と自由とに関する共通の理解が、この専制を完全に実現するためにもっとも重要であるので、
 ここに、
 総会は
 社会の各個人および各機関が、この宣言を念頭において、加盟国自身の人民のあいだにもまた加盟国の管理下にある地域の人民のあいだにも、教育によってこれらの権利と自由との尊重を促進し、かつ、国内および国際の漸進的措置によってそれらの普遍的で効果的な承認と遵守とを確保する努力をするように、すべての人民とすべての国が達成すべき共通の基準として、この世界人権宣言を、弘布する。

 第一条 すべての人間は、うまれながら自由で、尊厳と権利について平等である。人間は、理性と良心を授けられており、同胞の精神をもって互いに行動しなくてはならない。
    --高野雄一訳「世界人権宣言」、高木八尺ほか編訳『人権宣言集』岩波文庫、1957年。

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本当は理性的に、冷静に、そして深い霊性の眼(まなこ)でもってして、ものごとを省察し、判断し、行動すべきなのですが、なかなかそれができません。

職場だけでなく、自分に係わってくるあらゆる事柄に対して常に違和感を抱き、そしてぶち切れそうになるのを必死に押さえながら、憤怒で茹で蛸のような性根と闘いつつ生きている宇治家参去です。

『世界人権宣言』で謳われているが如く、「すべての人間は、うまれながら自由で、尊厳と権利について平等である。人間は、理性と良心を授けられており、同胞の精神をもって互いに行動しなくてはならない」からこそ、理性的な判断を下しながら、内面の善悪を見据え、できることから挑戦していく在り方を選択すべきなのですが、どうも理性よりも、目の前の不義に対しての理性的処理といよりも、憤怒が先行する日々で、なかなかうまく生きていくことの出来ない宇治家参去です。

これが稀代の天才・レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci,1452-1519)であったならば、ロゴス(logos・理性)とパトス(patos・感情、情熱)の美しい融合というかたちで、世に示すことが可能なのでしょうが、そうもいかないわけでございまして……、ちょうど、今朝朝刊を読んでいて憤ってしまったのですが、『新語・流行語大賞』にノミネートされた言葉がそのひとつでございます。

詳しくは以下のWebで発表されております。
新語・流行語大賞
http://singo.jiyu.co.jp/

で、どの言葉かともうしますと、「フリーチベット」という言葉でございます。

解説によると次の通り……。

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フリーチベット  3月に暴動が起きたチベットを中国人民解放軍が制圧。そんな人権を尊重しない中国にオリンピックを開催する資格があるのか!と世界中が「フリーチベット!」を叫んでいるように見えた4月、聖火リレーが各地で抗議行動にあい、このままでは五輪開催はありえないんじゃないかと本気で考えたものでした。

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「なんたるちあ」とはこのことなのでしょう。

あれだけ盛んに市井の耳目を煽った話題でございますが、結局はその程度の認識しかなかったのかい!というところでございます。

すなわち、日本のメディアからするならば、それは「ひとりの人間としての人類の問題」としてではなく、単なる“流行”語にすぎないというところでございます。

結局、流行だったのでしょうか……。
そうはないはずだと思うのですが、ノミネートさせた御仁の知性を疑うというよりも、その感性をより一層疑ってしまいます。

中華人民共和国云々、チベット亡命政府云々、以前の、知性を疑うような、そして人間性を疑うような(……という表現をとると二項対立の落とし穴に陥ってしまうのは承知ですが)、ノミネートではなかろうかと驚ゐてしまった宇治家参去です。

チベットの問題に関しては過去に書いておりますので、問題そのものに対するアプローチは控えますが、いわば“掃き捨て”の“流行”と同じように、人間の問題を……いわば、あざ笑う、ネタにする、からかう、おちょくってみる、茶化す、小馬鹿にする……そういう心根に、一時の憤怒もこえ、そして、次に出てくる憐れみをもこえ、一種の虚脱状態の宇治家参去です。

「すべての人間は、うまれながら自由で、尊厳と権利について平等である。人間は、理性と良心を授けられており、同胞の精神をもって互いに行動しなくてはならない」はずなんですが、それをできない自分自身はそれを見つめ直しながら、自省し、明日への一歩を踏み出さないといけないことは重々承知しており、なるべくそうした実践を心がけておりますが、なにか、そう……真面目に考える、生きる、そして前進することに冷や水を浴びせられたような一日でございました。

チベットの問題云々、
そして、そこに介入している中華人民共和国の問題云々、
……以前の問題だよな。

飲んで書いているので……っていつもやん! ちなみに金がないので「剣菱」ですが……すいません。

プロでもアマでもありませんが、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」わけでもなく、その熱さは“忘れない”宇治家参去でございます。

関連エントリは以下。
http://thomas-aquinas.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_0fcd.html

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Book 人権宣言集 (岩波文庫 白 1-1)

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【ご案内】12/06-07:地方スクーリング,L1期沖縄(那覇) 『倫理学』

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【ご案内】12/06-07:地方スクーリング,L1期沖縄(那覇) 『倫理学』

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 倫理学というと、なにか難しいものだと考えている人が多いようです。その理由はいくつか考えられますが、一つには、倫理の内容がはっきりイメージできないということがあるかもしれません。それは、現代使われている「倫理」という言葉が、たとえば政治倫理とか環境倫理とか、あるいは医療倫理といったぐあいに、たいへん多様な使われかたをしているということに原因があるのかもしれません。
 また、これは上に述べたことと矛盾するようですが、「倫理」や「道徳」という言葉に、ある固定したイメージを感じるという人もいると思います。なにか、かたい窮屈な感じのイメージです。倫理・道徳というと、「~すべし」「~するべき」という命令的な表現を思いうかべるかもしれません。これが窮屈なイメージをつくるのでしょう。また、とくに古い道徳観には、封建的なイメージがつきまとっています。
 しかし、学問はイメージとはちがいます。「倫理学」は「倫理とはなにか」を根本的に問い直す学問です。おそらく本書を読み進まれるうちに、既成のイメージとは違ったなにかを発見されるのではないでしょうか。倫理という言葉は、もともと「人間のありかた」という意味の言葉です。つまり、この世界のすべての事象を、人間のありかたとしてとらえてみようという観点に立ちます。私たちにもっとも身近な学問としての人間が、それが倫理学だということができます。
 そして大切なことは、この身近なものごとのうちに価値を見いだし、さらに価値を創造していくということです。それは同時に、私たちの生や生活を充実させていくということにほかなりません。本書の副題が「価値創造の人間学」となっているのは、そうした理由からです。
    --石神豊『倫理学 価値創造の人間学』創価大学通信教育部、平成15年。

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のっけから、教材の引用ですいません。
例の如く、アカデミズムの荒野をさまよう宇治家参去で御座います。
表題のとおり、今週末より、沖縄で開催される地方スクーリングにて「倫理学」を講じてきます。

すこし告知が遅いですが……。

受講される学生さん方がいらっしゃいましたら、どうぞ宜しくお願いします。

で……。
例の如く定型文のような内容ですが……

できれば……といいますか、学生さん方へのお願いです。

できれば……序論だけでも結構です。必ず読んできて欲しいと思います。

忙しいとは思いますが、目を通さずに、授業に望まれてしまうと、これはきわめて“モッタイナイ”状態です。

是非、宜しくどうぞお願いします。

さて……。
本年度の地方スクーリングは、履修者が比較的(前年比)、すくないのが特徴的でございます。もともとマイナーでとっつきにくい科目という所為なのでしょうが、今回は、履修予定者5名でございます。
例の如く宇治家ゼミとなっています。
お互いに気の抜けない過酷な(?)ロードレースです。こちらも万端の準備と仕込みで乗り込んでいきますのでどうぞ、よろしくお願いします。

で……。

ここからが重要(?)

近くに安くておいしいところがありましたら皆さん是非教えてください!

なぜって?

「この身近なものごとのうちに価値を見いだし、さらに価値を創造していくということです。それは同時に、私たちの生や生活を充実させていくということ」にほかならない学問こそ倫理学だからです。

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「気を散らされた催眠にまどろまない」食卓から考える

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 無気力な男

 彼はもういやなのだ。しかし、どこでどのようにか、ということを決して見ない。こうして、ひとに頼るこの男は、ひきつづき利用されつづける。かれ以外の別人のために、からだを張るのである。

 襟(カラー)

 だれしも、みずからすすんでというわけではあるまい。けれども、のちになると、しかるべく調子をあわせるようになる。なるほど、自分を売るものがつねに自分を残らず与えてしまうわけでは必ずしもない。労働者は、自分たちの身に生じることがらにたいして、敵対的に立ちむかう。だが、サラリーマンは、かれらの主人たちが勝手につくりだし、かれが自分からつくりだせるその像と、そっくりそのままになる。娘たちは慰めのない生活をいかに送るか(そして晩はただ次の日のためにのみ麻痺させてくれる)。男たちはいかに隷従をつづけ、自分にたいしては不満でも、交際は陽気にするか。他人さま次第という限界をいかにだれもが踏みこえないか。昼間は襟(カラー)*のなかで、晩はかれらのために特別に設定される安上がりな楽しみのなかで、かれらは自分が市民であるのを感じる。腹の足しにもならない義務感というやつで、かれらはいまなお自分の鎖をせっせと祖国のために磨きたてている。小都市では、かれらはきのうからそのまま生きているにすぎない。ところが大都市では、何度も引越しをするし、そのうえ、虚偽の輝きにみちた楽しみがある。だから、かれらはもはや、埃っぽいかびくささのなかの抑えつけられた細民ではない。だが、新しい細民、われを忘れて夢中になった、気をそらされた細民である。かれらがものごとに集中するようなことがないように、映画とか人種とかによって気を散らされた催眠である。
*襟(カラー)とは、もちろん、サラリーマン(ホワイトカラー)がつけていた白いカラーのことである。
    --エルンスト・ブロッホ(池田浩士訳)『この時代の遺産』ちくま学芸文庫、1994年。

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「解放の神学」(Liberation theology)にも多大な影響を与えている思想家に、ドイツ系のユダヤ人思想家・エルンスト・ブロッホ(Ernst Simon Bloch,1885-1977)という人物がおります。

ちょゐ、仕事の関係上で、ときどき読むことがあるのですが、上の引用は、第一次世界大戦後、それにひきつづく、ナチズムの温床・支持母体となったサラリーマンの実態に関するレポートの一節から。

事務的労働の飛躍的増加に伴い、第一次世界大戦後のベルリンのサラリーマン(ホワイトカラー)の比率は飛躍的に伸びたわけなのですが、事実上は、身分・賃金に関しても、当時の水準でいくと労働者階級のひとびととなんらかわらないにもかかわらず、一抹の自負を懐いて生活していたのが当時のサラリーマンの方々のようでございました。悲惨な賃金労働と不安定な生活、そして閉ざされた社会的地位の上昇への道--その意味ではなんらかわらないのですが、ルサンチマンと一体化した彼等は、どうも労働者と自己の差異を不断に強調していながらも、特権階級には食い込めないうなり声が、ナチズムの説く民族・人種・神話という大風呂敷に食い込まれていく様は、よんでいるとなんともいえません。
自分自身もしながない、汗を流すサラリーマンのひとりではございますが--。

で--。
古典的な嚆矢となるサラリーマン論はひとまずおき、仕事をしながらの実感をひとつ。
市井の仕事へ行くと、例の如く、マア、アリエナイ情況ですので、マネジメント業務をほっぽり出して、レジ打ち業務に投入されるわけですが、そのなかで、ひとつ実感することがございます。

それは、的確なデータとか、売り上げの抽出をおこなっているのではなく、実感レベルのアレですが、最近感じることが御座います。

たとえば--食品レジを打っていて--
じゃがいも、にんじん、たまねぎ、肉、そしてカレーのルーとかシチューなんかはいっていると、このカゴを持ってきた御婦人とか、お遣いを頼まれたお父さんはとか、またまたお遣いに来たお嬢さん・お坊ちゃんのお宅は--「カレー」とか「シチュー」だよなあ、となるものです。

じゃがいも、にんじん、でなくとも、たとえば、今日は季節柄「鍋」だよなとか「おでん」だよなあとか、「おっ、焼き肉ですか、すべて国産牛!」と理解できるわけです。

それが、最近--といっても、ここ1年ぐらいのことですが、おそらく未婚なのでしょうが--サラリーマンのお兄ちゃんとかお姉ちゃんでも、そうしたカレーの材料とか、鍋の食材とか、生鮮食品を購入する方がふえているなあ~という実感です。

家庭をもっていらっしゃる方とそうではない方との、二項対立とかステレオタイプ的な知の分断だ!とののしられそうですが、そうした単身の稼ぎ人・サラリーマン・職人さんであっても、なにか「家でつくる」為の「材料」を購入される方が増えているなあ~という部分です。

さまざまに解釈は可能だと思います。
「加工品とか、できあいの弁当・総菜だと栄養が偏ってしまうから--自分で作ろう!」
とか……
「もともと自分はマメな方でね、自炊した方が旨いんですよ!」
などと意見も出てきそうです。

それはそれで結構でヘルシーでいい話なのですが、果たしてそれだけなのかなあ~という部分です。もちろんブームによって、納豆がいいだとか、バナナがいいだとか、利益誘導されて、それに動く部分もあるのでしょうが、それだけでなく、コンスタントに、(調理しないと使えない)食材を購入されている方が増えていることに驚きです。

宇治家参去は、18歳で大学へ入学したと同時に独り暮らしをはじめ、結婚するまでおよそ10年間、そうした気ままな独身ライフをおくっておりましたが、結局、そのころ、「自分で作る」などという手間を経たことはほとんどございませんでした。

もちろん、生来の酒飲みですから、酒とつまみは購入しましたが、家で作って食べるという発想は、当時はまったくなく、「ひとりだから、必要な分だけかって処理するのが一番」というかんじで、親もそうエールを送る?ものですから、自宅で食べるのは晩酌のつまみだけで、ほぼほぼ外食ですませておりました。

コスト的にはもちろん、おそらく、コンスタントに作る方がいいのでしょうが、不定期なアレですから、90パーセント程度は外食ですませておりました。栄養的には難ですが、手軽さと時間のなさを考えると不可避的な選択だったと思います。

自分でまともに作るようになったのは結婚してからです。今でも、まれにですが、ときどきつくりますが、それも結婚してから覚えた調理になってしまいます。

その意味では、かつての自分と同世代のひとびとが、買い物かごにじゃがいもを入れ、タマネギをいれ、葱を入れ(葱購入者って多いんです!)……というのを見ていると……時代の違いもあるのでしょうが、食の安全とか栄養の問題とか……という以前の、社会的な経済の問題に実はなってきているのではなかろうか?……などとおもってしまいます。

どちらがいいか拙速な判断はできませんですし、経済状況が社会全体として、自分が若い頃過ごしてきたころよりも悪化してきていることも承知できますし、それ以上に食の安全とか栄養問題への関心の高さも承知しておりますから、これだと判断できません。

しかし、レジを打ちながら思うのは、食の安全とか栄養というよりも、経済的な防衛判断なのかな?……などと最近は至極痛感しております。

おもえば、自分の頃も、同世代でつくる人間というのは存在しましたが、こんなに頻繁ではなかったような気がします。

経済が逼迫する中で実態はどうなのか、食品レジを打ちながら、悩むある日の宇治家参去です。

昨日は、10ヶ月ぶりに休肝日を頂戴しましたので、安ワインと湯豆腐と「できあい」の葱チャーシューですが、すこし燃料を頂いて、明日の……もとい、本日の授業にそなえさせて戴きます。

しかし……最近、思うのですが、法学とか経済とか、もう少しきちんとやっておけば良かったなあと思います。学生時代にはそれはまったく書物の中における数値とか概念で霧散した対象ですが、生活者として生きる中で、根本となる哲学・思想・宗教だけでなく、その具体的展開にもすんごく興味があります。ですからすこし落ちついたら腰を据えて、そうした問題にも挑戦してみたいもので御座います。

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