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瞑想するときに明晰さと順序とをもってすることである

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 §五二 反省を容易にするのに最もよい方法は、考えようとしている観念の対象自体を感官の前に持ってくることだということを、幾何学は我々に教えてくれる。なぜならば、このようにすればその観念についての意識は最も生き生きとしたものになるからである。もっとも、あらゆる学問においてこういうやり方ができるというわけではない。どんな学問においてもうまう使えるやり方というのは、瞑想するときに明晰さと順序とをもってすることである。明晰さが必要だというのは、記号が明晰であればあるほどそれが意味するところの観念について十分な意識を持つことができるからであり、同じことだが、それらの意味をとらえ損なうことが少なくなるからである。精密さが必要だというのは、あまり苦労をしなくても注意が分散されずに固定されるようになるために、である。順序が必要だというのは、自分が最もよく知っている身近な観念を最初に立て、それに続くべき次の観念に向けて注意が準備されるようになるために、である。
    --コンディヤック(古茂田宏訳)『人間認識起源論』岩波文庫、1994年。

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2008年も今日にて終わりのようです。

明年をさらに充実したものへと転換するために、本年の反省が必要かも知れません。
反省という行為において、着想としては、感情・想念という契機は必要かもしれませんが、いざ反省という段になると、「瞑想するときに明晰さと順序とをもってすること」が大切なのでしょう。

反省すべき対象に明晰にし順序よく処理していかないと、「ああこうだった」「こうすればよかった」という感情でおわってしまうのかも知れません。

とわいえ、人間という生き物は、理性的な部分だけではありませんから、本能的な要素、感情的な要素の複合体ですから、なかなかそれがうまくできません。

そして何より苦手なのが「自分自身と向き合う」ことなのですが、ときには、感情から出発しながらも、対象を理性的に明晰に順序よく、組み立てていくことが大切かも知れません。

少し振り返ってみます。

一昨年と比べた場合、今年は、通信教育部のレポートを担当するようになったのがひとつの展開だと思います。2月から添削するようになり昨日までにおよそ800通あまりを見てきました。この部分は前進でしょう。

しかし課題として見た場合、まだまだ学問で食っていけないという根本的な命題が退治されておりませんので、ここを突破していく取り組みを明年はなんとかしていかないとなとマズイわな……。

それと関わってくるのが自分自身の研究になってくるのですが、博士論文はなんとか固まってきたのですが、ちょゐトラブルなんかもあり、出すのが1期ずれそうですが、こちらは目星がつき始めておりますので、もうすこし納得のいく形で、気を抜かず手を抜かず「仕上げていく」必要がありそうです。

そして研究自体の取り組みとしては、本年もなんとか論文を1本書き上げることができました。ここ5年間、毎年1本は出しているのですが、来年度はすこし生産性とピッチをあげ、2本は発表したいと考えております。ただし、これまでどれも神学、キリスト教思想史のものばかりでしたが、本年は神学-哲学を架橋する分野で1本出せたのは進展かも知れません。明年は、本年書き上げた論文のつづきを1本と、倫理学に関する論文を発表していくつもりで、これからすこし時間を見て纏めていこうかと決意しております。
※毎年1-2本程度というのも問題なのですがね(苦笑)。

また研究と付随するところでいえば、その基礎体力たる語学力の衰え・錆付きがめだつところがありますので、そのあたりを根本的に復興させる日々の取り組みを継続していくことを来年度も継続というところでしょうか。近代言語だけでなく古典語ももう一度手を入れていこうとこれまた決意しております。

そして生活人として見た場合、問題は、最初に提示した「学問で食っていけないという根本的な命題」と密接にリンクしてくる所ですが、なんとか「貧乏」を脱出することです。
「貧しいことは恥ではない。だが、貧しさに安住することは恥である」というペリクレス(Pericles,B.C.495?-429)の言葉を忘れてはならないでしょう。ともかく、本年は無事故でまあ安穏な一年でしたが、根本課題を忘れて現状に「安住」してはならず、そこを深く祈るなかで、活路を見出していく一年にしていきたいところです、。

そして、ちょゐ酒をヘラサナイとまずいところです。2008年は休肝日2日間のみなので。

まだまだ検討事項はありますが、精密さと順序を間違えずに、少し自己自身の点検を行い、新年を迎えたいところです。

さて……お約束ですが。
皆様、本年はお世話になりました。
くだらぬ雑文に付き合って下さった皆様、本当に有り難うございました。
明年もナーヴァスにナイーヴに、冷静に、そして時には感情的に歩いていこうと思います。

その営みの中で必ず捲土重来していこうと思います。
どうぞよろしくお願いします。

皆様の御健康とご多幸を心よりお祈り致します。

以上。

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著者:古茂田 宏,コンディヤック
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