酒中の微弱なる甘味をさえ甘露の如く愛好する酒徒の舌は……
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酒中の微弱なる甘味をさえ甘露の如く愛好する酒徒の舌は、その甘味を感受する性能においては、甘味に馴れた甘党の舌よりもむしろ敏感であり、酒味よりも強度の甘味を受け容るる性能と用意とは十分持っている。
--青木正児『華国風味』岩波文庫、1984年。
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趣味的・衒学的要素の強い中国の文物、そして食文化を学術レベルで研究した数少ない研究者のひとりが京都支那学派の泰斗・青木正児(1887-1964)です。
「食いしんぼうと上戸には堪えられない」エッセー集『華国風味』を残しておりますが、読んでいると唸ってしまいました。
いわれてみるとその通りで、「酒中の微弱なる甘味をさえ甘露の如く愛好する酒徒の舌は、その甘味を感受する性能においては、甘味に馴れた甘党の舌よりもむしろ敏感」なのでしょう。
自分自身も自他共に任ずる「酒徒の舌」の一員ですが、ときおり、甘味を所望いたします。チョコレートを常食したり、甘い飲料を常飲することは全くなく、むしろ日頃はまったく摂取しない方ですが、「にもかかわらず」ときおり甘味を所望します。
そのときおりの甘味が、これまた堪えられないぐらい甘く、五臓六腑に酒が染みわたるが如く、染みこんで参りますが、まさにその絶妙を優雅な筆致で、青木先生は表現しているなあ……と。
まさに……、
「酒味よりも強度の甘味を受け容るる性能と用意とは十分持っている」のでしょう。
細君からも「酒飲み、しかも酒は辛口党なのに、どうして、時々団子やケーキを食べたくなるの?」いわれますが、その理由はわかりません。
しかし、連日ではなく「時折」戴きたくなるのは、まさに「酒味よりも強度の甘味を受け容るる性能と用意とは十分持っている」からなのかもしれません。
さて……。
クリスマスプレゼントで、細君から酒を戴きました。
12月は沖縄、中国との出張で、前者は「泡盛」オンリー、そして後者ではビール中心と、すっきりした「日本酒」でしたので、何故か、味の濃いめの東北の酒が無性に飲みたくなり、「できれば、東北の純米酒で」とお願いしていたところ、山形県の地酒メーカー「出羽桜酒造株式会社」の純米吟醸酒「出羽燦々誕生記念 (本生)」を買ってきてくれていました。
クリスマス前後は市井の仕事と大学の仕事でてんてこ舞いでしたので、ようやく本日封をきったところです。
一口口にすると、「旨い」。
基本的には「辛口」(+5)にカテゴライズされる一品ですが、その「芳醇」さに圧倒されました。
辛口といえば、一番よくでてくるのが「淡麗」で、そのさわやかな「切れ」が辛口日本酒の醍醐味ですが、「芳醇」な味わいもなかなかよろしい状況です。
なんといえばいいのでしょうか……。
ひとくち口にすると、「淡麗」ですと、例えば、通俗的な代表格の「八海山(本醸造)」なんかは、シュッと口のなかで味が引き締まり、さわやかな余韻を残すのに対して、この「燦々誕生記念 (本生)」の場合、「口のなかでぱっと味と香りが拡がる」ような、そしてまさに“出羽桜”というように「口のなかで桜が開く」ような味わいが拡がっていきます。
キャッチコピーに「『出羽燦々』は山形県が11年の歳月をかけ開発した酒造好適米。すべての原料が山形オリジナル。やわらかくて幅のある味わいと香り」とありますが、量を飲んで酩酊するために飲む酒ではなく、久し振りに、ゆっくりと「味わう」日本酒に出会ったような感じです。
決して高価で目を剥くような酒ではありませんが、しばれるような寒さの一日をそっと“解き放つ一品”ではないかと思います。
華国風味 (岩波文庫) 著者:青木 正児 |
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