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身代わりになるのはこの私である

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 身代わりになるのはこの私である。私は隣人の身代わりになるが、この身代わりは私固有のものとして生起する。<精神>とは個体の多様性である。コミュニケーションは他の自我のうちにではなく、この私のうちにその端緒を有している。<自我>という概念の個体化ではなく、隣人の身代わりになるこの私のうちに。全面的に、あるいはまた絶対的に<自我>たるのはこの私であり、絶対者たることはこの私にのみ係わる問題である。私は万人の身代わりになるが、誰も私の身代わりになることはできない。類〔属〕、種、個体といった形式論理学の階層構造にあくまで固執するのであれば、こうも言える。つまり、<自我>という概念からこの私への個体化の過程で高揚が生じ、この私は「隣人のために」〔隣人の代わりに〕と一体化し、隣人に対して責任を負うよう召喚されるのだ。つきつめて考えるなら、身代わりという関係は<自我>のうちにうがたれた<自己>の傷、それも癒着することなき傷を意味している。他人によって告発され、ついには迫害されつつも、<自我>はこの迫害者に対して責任を負う。かかる臣従と高揚は、忍耐においては、非自由の遙か上空にまで上昇する。<善>への忠誠としての臣従なのである。
    --E.レヴィナス(合田正人訳)『存在の彼方へ』講談社学術文庫、1999年。
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宇治家参去が、もう故人ですが、倫理学の師と仰ぎ、……と同時に勝手に弟子を名乗りながら、コツコツと文献を読んでいるのがエマニュエル・レヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906-1995)先生です。

ちょうど本日が、誕生日なので勝手に一人お祝いです。

※wiki的に紹介・引用するのが忸怩たる部分も有りますが……所見者のために、引用すると次の通り……。

※wiki的に紹介・引用するのが忸怩たる部分も有りますが、ワタシがあれのこれの書くよりも、というよりも、既に飲んでいるので、最大公約数てきなアレですが……。

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フッサールの現象学とハイデガーの『存在と時間』から出発した。ハイデガー的な暴力的な存在論を排し、非暴力的な存在論の構築を目指して、『全体性と無限』を著す。しかし、デリダの『暴力と形而上学』(『エクリチュールと差異』所収)によって批判され、もう一度倫理-存在論を構築することを目指す。その結果書き上げられたのが、『存在するとは別の仕方であるいは存在することの彼方へ』である。レヴィナスは暴力的でも非暴力的でもない、全く別の倫理-存在論、むしろ倫理-存在論ではない倫理-存在論を構築した。

レヴィナスにおいて倫理学は、私と他者の関係、「他者論」として構築される。その前提となるのは、ある(il y a)、顔(visage)という「存在者」の現前である。そこには存在(être)と所有(avoir; il y a の a は avoir の変化形である)を結ぶ独自な志向がある。

「存在者」は動的な仕方で「私」に対して現前し、名を持ち、実詞化する。このような存在者は名をもたない抽象的な「存在」(être)とは区別される。名をもった「存在者」は、「他者」(l'autre)として倫理学の課題とされる。他者はそれ自体で自存する。レヴィナスにとって暴力とは否定の一種である。また所有は対象の自存性を否定するため、暴力的である。了解は一種の所有であるため、また暴力的なものである。

私が倫理的に他者に対してふるまう限り、私は他者への了解を課題とする。その限りで、私は他者に対してつねに暴力的な関係を結ばざるを得ない。他者とは絶対的に私とは同化されえないもの(存在者)、所有されえないものとしてある。したがって、私が他者を他者として了解するとき、そこには必ず私の了解しえないものが存している。つまり、他者が他者であることをやめることは、ただその死・他者が存在者であることをやめることによってのみ可能である。

すなわち、他者の否定とは殺人としてのみ可能となる。「他者は私が殺したいと意欲しうる唯一の存在者なのである」。そして私は他者を殺しうる。しかし、それは他者の顔と対面しないときにおいてのみ可能となる。殺人への誘惑、他者の否定への誘惑は同時に顔の誘惑でもある。存在の拓けのなかで出会われる「顔」を人は殺すことができない。そしてそのような対面は言葉・言説において可能となる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%82%B9

経歴はフランス語版の方が丁寧なので紹介すると以下の通り。

Levinas est né à Kaunas en Lituanie le 30 décembre 1905 (selon le calendrier julien en vigueur alors dans l'empire russe, soit le 12 janvier 1906 selon le calendrier grégorien).

Fils de Jehiel Levyne (Levinas) et de Déborah Gurvic, Emmanuel est l'aîné d'une famille de trois enfants : Boris (né en 1909) et Aminadab (né en 1913).

Son père est libraire et la famille parle russe. Un professeur particulier enseigne aux trois enfants (trois garçons) l'hébreu à partir de la lecture de la Bible.

La guerre de 1914 pousse la famille à fuir en Russie à Kharkov (Ukraine) jusqu'en 1920. C'est à Kharkov qu'Emmanuel Levinas entre au lycée, malgré le numerus clausus (limitation discriminatoire) permettant à seulement cinq enfants juifs d'y être admis. Il y lit les grands écrivains russes, notamment Pouchkine, Lermontov, Tolstoï et Dostoïevski.

Au cours des années 1920, Levinas se rend en France à Strasbourg pour suivre des études de philosophie (1923-1927). Il rencontre Maurice Blanchot avec lequel il entretiendra une profonde amitié.

De 1928 à 1929, il est l'élève, à Fribourg-en-Brisgau (Allemagne) d'Edmund Husserl (deux semestres), puis de Martin Heidegger (un semestre). Après avoir soutenu sa thèse de doctorat Théorie de l'intuition dans la phénoménologie de Husserl (1930), il s'établit à Paris.

En 1931, il obtient la nationalité française. Marié à Raïssa (Marguerite) Lévi (1932), il œuvre à l'Alliance Israélite Universelle (A.I.U.) de 1933 à 1939. Les Levinas auront trois enfants, Eliane, décédée en bas âge, Simone Hansel (née Levinas), médecin-pédiatre, et le pianiste et compositeur Michaël Levinas.

Levinas est mobilisé en 1939 et fait prisonnier à Rennes ; puis transporté en Allemagne, près de Hanovre. Il est captif dans un Arbeitskommando (commando de travail) pendant cinq ans, où étaient rassemblés les prisonniers de guerre juifs ainsi que certains prêtres catholiques. Il y a cependant rédigé l'essentiel de son livre De l'existence à l'existant. Après la guerre, il donne des commentaires talmudiques aux Colloques des Intellectuels Juifs de France, réunis dans les Lectures talmudiques et Nouvelles Lectures talmudiques. Malgré sa prédilection dans ce domaine, il ne se prétendra jamais « talmudiste », c'est-à-dire maître ès Talmud, mais « amateur, avec toute la connotation amoureuse du terme ».

De 1964 à 1975, Lévinas entreprendra sa carrière universitaire. Celle-ci le conduira de l'Université de Poitiers, par Paris-Nanterre (1967), à la Sorbonne (1973).

Dans les années 1970 et 1980, à l'invitation de la communauté juive de Fribourg (Suisse), Lévinas assure quelques cours à l'université de Fribourg (pensée juive, Husserl, exégèse de la tora).

Emmanuel Levinas décède à Paris le 25 décembre 1995 pendant la fête de Hanoucca.
http://fr.wikipedia.org/wiki/Emmanuel_Levinas

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命日は、12月25日ですが、日本時間において、毎年、ねんごろに追悼供養申しあげています。

……と、書くと、誤解されそうで、現実に細君には誤解されて、「人師・論師を崇拝して……」といわれますが、崇拝ではなく尊敬ですので、細君には「あしからず」。

そして、ちなみにいうと、生誕・命日の“一人祭”は、レヴィナス先生だけでなく……、トマス=アクィナス(1225-1274)カント(1724-1804)ハイデッガー(1889-1976)、ドストエフスキー(1821-1881 ※グレゴリオ暦)、池波正太郎(1923-1990)、笠智衆(1904-1993)、そして吉野作造(1873-1933)あたりは、両日を祝い・弔う長谷川平蔵です。

あと鬼籍に入った江戸家猫八(1921-2001)も数えておきます。猫八さんの葬儀には、葬儀寺がちょうど、その当時の自宅から歩いて3分だったこともあり、参列した思い出があります。

さて……

息子殿と休みの日なんかが被ると、一緒に祝い・弔う訳ですが、本日は長谷川平蔵、仕事にて、ひとりで、懇ろに祝うひとときです。

思えば、レヴィナス先生との出会いは、1992年前後のことで、当時はドイツ文学専攻課程の学部生の時分だったかと思います。当時は、ドイツ語をきちんとやろうということで、ドイツ文学へ在籍しましたが、留年で2年次裏(2年の2回目)から3年次にかけては、取る科目も少なく、ひたすら現実世界と学問世界の応答の中で気ままに、読書・思索することができたので幅広くよめたわけですが、そのなかでの出会いがレヴィナス先生の言葉でありました。なんどか日記で書いている詩人・ワーズワースとの出会いもたしか、その頃だったと思います。

ワーズワースでいえば、ちょうど、静岡の伊東に別荘(というかリゾートマンション)を持っている友人がいて、春夏秋冬関わりなく、書物をもって山野水線を経めぐり会い、活字に触れ、現実を議論したことが思い出深く、そのなかワーズワースとも知り合いしました。

さて……
レヴィナス先生の何が自分自身にとって新鮮だったのでしょうか。
ひとつは、やはりいうもがなですが、真理を大上段で語らなかったことでしょう。
真理を語る痛みの自覚とでもいえばいいでしょうか……発想が大きく転換されました。
感覚的な言い方ですが、ローマ字でいえば、小文字から大文字を形成するという表象です。

で……
もうひとつは何か。
それは、生きていること自体の有責性なのでしょう。近代言語でいえば、自分自身を自律させ自立させ、他者との差異を主張することへの「ひきうけ」です。

その部分がモロに直感され……、毎日ではありませんが、毎度の如く、繙いております。
ちょうど、ドイツ文学を卒業した後、そのまま大学院へ進まず、倫理学課程へ学士入学しましたが、幸いに、担当教員といいますか定年間近でしたがその指導教官が……実はレヴィナスを読んでいる……先生で、実に有難かったと思います。
※卒業生が自宅に招かれ、エスカエゴを振る舞われた折りはびっくらこきました。

で……
その方は、もともとキルケゴール、そしてフランス留学のあと、メルロ=ポンティを専門にされている方でしたが、学生運動に対する紆余曲折・党派的裏切りを辛酸を舐めたかとかで、学術誌を含め一切、論文を書かれなくなった教員でしたが、いろいろ示唆をえることが多かったです。

とわいえ……宇治家参去の場合。
結局、西洋の問題を考えるならば、そのおおもとたる「ユダヤ=キリスト教」そのものを吟味しなくてはいけないだろう……と思って、神学研究科へ進みましたが、今となってはそれはそれで正解ですが、ナイーヴなレヴィナス先生の議論には今もって、全面的に納得はするのですが、関連論文一本すら発表できないのが、チト難点です。

本年度は、レヴィナス先生に係わるコメンタリーにすぎないかもしれないですが、なんとか1本活字にしたいものです、。

しかし、論博の仕上げもあって……。

とかいう言い訳こく前に仕上げるのが、「男(できれば、漢字で“漢”と書いて“男”」なのでしょう……。

がんばります。

ですけど……(くどいよ!)

レヴィナス先生の「存在の彼方へ」(原題は、Autrement q'é tre ou -delà de l'essence)……命日まで、決めて、通算で行くと、言語3回、邦訳4回、読了しましたが、なかなか神髄を得られず……。

今年はがんばります、。

で……「存在の彼方へ」。

序に添えられた旧約聖書の一節、難解です。

一生かかって格闘しそうです。

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主は彼に言われた。「都の中、エルサレムの中を巡り、その中で行われているあらゆる忌まわしきことのゆえに、嘆き悲しんでいる者の額に印を付けよ。」また、他の者たちに言っておられるのが、わたしの耳に入った。「彼の嘘理について都の中を巡れ。打て。慈しみの目を注いではならない。憐れみをかけてはならない。老人も若者も、おとめも子供も人妻も殺して、滅ぼし尽くさなければならない。しかし、あの印のある者に近づいてはならない。さあ、わたしの神殿から始めよ。」
    --『エゼキエル書』九・四-六。

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コメント

本年も楽しくかつ有意義に拝見させていただいてます。

さて、レヴィナス氏ですが、氏の自称弟子である内田樹氏を通じて知りました。

「全体性と無限」ですかね?ちょこっと読んだのですが、

「えっ!?」という感じで、全くチンプンカンプンでした。

春休みに再度挑戦したいと思うのですが、宇治家先生お薦めというか、初心者にも馴染みやすい氏の著作を紹介して欲しいです。

それとも現象学関連の本から読まないといけないのでしょうか?

ご教示よろしくお願いします。

投稿: ツルハ | 2009年1月13日 (火) 00時06分

ツルハさんゑ

明けましておめでとう御座います、本年も宜しくお願いします。


さて……。
レヴィナス関係の読書案内のことですが……、

レヴィナス自身(インタビュー含む)のものですと、やはり、以下のものが読みやすいかと思います。

・E.レヴィナス・フランソワ・ポワリエ(内田樹訳)『暴力と聖性 レヴィナスは語る』国文社、1991年。

この本は、フランソワ・ポワリエによる「レヴィナス哲学入門」が序にあり、そのつぎにポワリエのレヴィナスに対するインタビュー、そしてレヴィナスの小論(小論といっても大論ですが)という構成で、インタビューなんかもあって、レヴィナスの肉声を間近に感じることができる一冊で、さまざまなレヴィナス独自のキーワードも理解しやすいと思います。

また、おなじく内田先生の訳ですが、『暴力と聖性』を読まれた後に、つぎの本を読むことをお薦めします。

・E.レヴィナス(内田樹訳)『困難な自由 ユダヤ教についての試論』国文社、1985年。

この本は、レヴィナスの小論を集めた本ですが、レヴィナスの主題に関する部分を、丁寧に、比較的読みやすい小論があつめられているのでお薦めです。

それと……。
いわゆる研究者の入門書としては、つぎのものぐらいしかありませんが、概要を掴むうえでは参考になると思います。

・熊野純彦『レヴィナス入門』ちくま新書、1999年。

入門書ではありませんが、同じく熊野先生の次の文献もおすすめです。

・熊野純彦『レヴィナス―移ろいゆくものへの視線』岩波書店、1999年。

おそらく『全体性と無限』は岩波文庫版で読まれたかと思いますが、熊野先生の訳は、原文と照らし合わせても、文意をそこなわず、比較的丁寧に扱っているものですから、最初に『レヴィナス入門』、『暴力と聖性』の順でいくのが妥当かも知れません。

>それとも現象学関連の本から読まないといけないのでしょうか?
しらないよりは知っていた方がいいかもしれませんが、私見を独断的にいうならば、発想の枠組みの「ひとつの契機」としては、現象学の影響は大きいのですが、現象学-ハイデガーに対するひとつの挑戦・応答として見るならばレヴィナスの哲学はどこまでいっても、金太郎飴のようにレヴィナスそのものなのであまり意識しなくてもいいかと思います。日常レベルでいえば、哲学事典関係で、現象学、そして現象学のキーワード(ノエマ・ノエシスとか)を押さえた上で、読んでもいけるかと思います。


>春休みに再度挑戦したいと思うのですが、宇治家先生お薦めというか、初心者にも馴染みやすい氏の著作を紹介して欲しいです。

これから大学は、最後の学期末試験ですね。
だるいかもしれませんが、ちゃちゃと済ませて、有意義な春休みをと思います。
自分もそうですが(留年経験ありですが)、まとまった時間に集中的に自分の好きなことができるのは、大学時代の長期休暇しかありません。是非、挑戦の日々を!

がんばってください。


で……蛇足。

内田樹先生の著作で、一番面白かったのは、『ためらいの倫理学』(角川文庫)ですね。快刀乱麻とはまさにこのことをいうのだろうと実感しましたです。

投稿: 宇治家 参去 | 2009年1月13日 (火) 02時45分

ご丁寧にありがとうございます。

レヴィナス先生は、全く分からないけど何か重要なことを言ってるなぁと思いました。

試験勉強を済ませたら書店へ駆け込みます!

内田氏の「ためらいの倫理学」は以前読みましたが、内田節炸裂で大変面白かったです。

長期休暇を愉快に過ごすためにも目前の課題に奮闘します。

本年もよろしくお願いします。

投稿: ツルハ | 2009年1月13日 (火) 18時50分

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