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【覚え書】「アメリカよ・新ニッポン論:「真の和解」遠く 被爆地と真珠湾、相互訪問訴える元記者」、『毎日新聞』2009年01月03日付(土)。

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アメリカよ・新ニッポン論:「真の和解」遠く 被爆地と真珠湾、相互訪問訴える元記者
 ◇「両国トップが花を手向けるだけでいい」 独ドレスデン、旧敵同士で追悼
 チェコとの国境に近い鉄道を乗り継いで8時間。ドイツ東部の古都は、夕闇に包まれていた。昨年11月15日、共同通信の元ワシントン支局長、松尾文夫さん(75)はドレスデン中央駅に降り立った。駅前の大通りには、空襲を受けて破壊されたビルの暗い影。戦争の記憶がまだ少し残っていた。明治期に留学した森鴎外も愛したこの街こそ、松尾さんが13年前から思い焦がれた都市だった。

 95年2月13日--記者をやめて通信社の新規事業部門にいた松尾さんの目は、出張先の米ワシントンのホテルでテレビニュースにくぎ付けになった。「ドレスデンの和解」を伝えていた。第二次大戦末期、米英軍はドレスデンを空爆。教会も含む無差別爆撃で、美しい街並みの8割が破壊され、3万5000人以上が亡くなった。この日は「50周年追悼ミサ」が行われ、英米の王室や軍トップが出席していた。

 松尾さんは衝撃を受けた。アメリカとドイツが和解を果たしている。日本も大戦末期、無差別爆撃を受けた。そして、広島、長崎が人類初の被爆地となった。調べてみると、米大統領は被爆地に行っていないし、日本の首相もなぜかハワイ真珠湾の戦艦アリゾナ記念館で花を手向けていなかった。日米は真の和解をしていない、と痛感する。「言葉は要らない。ただ、両国のトップが手を合わせ、花を手向け合うだけでいい」。ジャーナリストに復帰した松尾さんは「日米首脳の相互訪問」を訴え始めた。

 原体験がある。国民学校6年のとき、疎開先の福井市で空襲に遭った。農道の行き止まりのサツマイモ畑に伏せていたとき、米爆撃機B29の集束焼夷(しょうい)弾が落ちた。わずか20メートル先。田んぼの泥が全身に降ってきた。死の恐怖より、母が握りしめた手の痛みを覚えている。弾は奇跡的に不発だった。アメリカに殺されずにすんだ。

 <なぜアメリカと戦争をしたのだろう>。戦争相手の国のことを知りたくて、松尾さんは記者を志す。1960年、ケネディが当選した大統領選挙取材から半世紀、アメリカという国の本質を探り続けた。自由の国、民主主義の国。その思想を力で押しつける超大国。冷戦、ベトナム戦争、ニクソン・ショック、9・11同時多発テロ、イラク戦争……。アメリカは理想を掲げて膨張し、傷つき、しかしそのたびに新しいビジョンを示して復活するしたたかな国だ。

 「米大統領が広島で花を手向けてほしい。日本はそれをきっかけにアジア諸国との和解を進めなければならない」

 05年8月16日付の米有力紙「ウォールストリート・ジャーナル」に松尾さんの論文が掲載された。翌日、スピークス元大統領報道官から賛意を伝える電話があった。シーファー駐日米大使も「お話を聞きたい」と言ってきた。日本よりむしろ、米側が提案を真剣に受け止めている気がした。

 昨年秋。古都ドレスデンの5日間の滞在中、松尾さんはさまざまな人と出会った。「和解の日」当時の市長に会えた。何より、同世代の空襲経験者の女性と話ができたのがよかった。彼女たちは英語でいう「サバイバー(生き残り)」と呼ばれ、テレビにいまも出演する有名人。社会から大事にされていると感じる。石だたみの道を歩き、空爆の破壊から12年かけて再建された聖母教会の前にたたずみながら、歴史について考えた。歴史と向き合うことの大切さと難しさ。母は自分のことを「焼け出され」と口ぐせのように言って卑下していた。母たちの世代にとって戦争体験は恥ずかしいことなのだ。日本人は戦争を忘れたがっているのか。

 ドイツから帰国してまもなく、日本外国特派員協会で行われた田母神俊雄・前航空幕僚長の講演を聞いた。アメリカに気を使いながら「侵略はなかった」と自説を繰り返す姿勢は痛々しく、かわいそうに思えた。和解するということはけじめをつけることから始まるのだ。日本人自らの手でけじめをつけなければ。それが「生き残った」自分の使命だと感じる。

 昨年末、甲府市内。「戦争犠牲者の追悼と和解」と題された市民講座に、松尾さんは招かれていた。学生が、年配者が熱心に話に聴き入る。「和解の意味がわからない」「結局は軍事力とドルによる国の意思が優先されないか」。午後9時をすぎても続いた。松尾さんは学生に説いた。「アメリカという国をよく、勉強してください。その結果として和解があるのです」【滝野隆浩】=次回は6日に掲載

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 ■ことば

 ◇聖母(フラウエン)教会
 ドイツの古都ドレスデンの旧市街地区にある、18世紀に17年かけて建立された美しいバロック様式のプロテスタント教会。ナチス・ドイツの降伏3カ月前、すでに戦況が決していた1945年2月13、14日に、米英連合軍の空爆によって全壊した。戦争初期のロンドン空爆への報復とされている。戦後は戦争の傷跡を示す遺物として、がれきのまま放置されていたが、東西ドイツ統一を機に市民から再建計画が持ち上がった。英米などから集まった寄付は1億ユーロ以上。残ったがれきを最大限活用する「世界最大のジグソーパズル」と言われた修復作業に12年の歳月をかけて、戦後60年の05年10月30日に再建された。

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    --『毎日新聞』2009年01月03日付(土)。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090103ddm003030007000c.html

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