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旨いもの・酒巡礼記:東京都下編 「隠れ家 旬菜 ダイニング ささ花」

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旨いもの・酒巡礼記:東京都下編 「隠れ家 旬菜 ダイニング ささ花」

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 意伯は夕餉のためにわざわざ料理屋を探して、彼なりに妻を慰労したようである。宿の食事は癖のない据え膳らしく、我儘が言えない。旅のはじめに料理屋で味わう土地の味は、万には一生の贅沢であった。海辺のそれはどれも野趣に溢れて、中でも時季のカツオが絶品であった。厚い刺身はねっとりとして舌を蕩かし、骨ごと輪切りにして甘辛く煮付けた切り身は豪快であった。はじめて見るナガラミや牡蠣の卵とじ、飯沼蒟蒻というカイソウやノゲノリは磯の香りに満ちていた。彼らは塩茹でにした殻付きのナガラミをしみじみと眺めて、
 「これは海のタニシでしょうか」
 「まあ、そんなところだろう」
 とヤマサの醤油で味わった。夫婦が夫婦らしく旅の休らいを楽しんでいた。
 「調子の牡蠣は夏場のものだそうでございますよ、漁夫は生のまま食べるとか」
 宿の女中の話を受け売りしながら、万は豊かな海の幸をぺろりと平らげてしまった。
    --乙川優三郎「秋の陽射し」、『むこうだんばら亭』新潮文庫、平成十九年。

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時代小説を読んでいて、実は読み耽ってしまう部分というのが、話の筋とか捕り物の顛末というよりも、むしろ、季節の味わいを描写したシーンにその醍醐味があるのではないだろうか……などと思う宇治家参去です。

味わいの妙を絶妙な筆致で描き出す名手の筆頭に数えられるのは、いうまでもなく池波正太郎(1923-1990)の作品ということになりますが、ここ十数年の作家でその名手はだれかといった場合、藤沢周平の再来と評された乙川優三郎(1953-)かもしれません。
ちなみに「藤沢周平の再来」と評された乙川ですが、実は、作品が世に認められるようになり、それからそうした評価が付くようになって、はじめて藤沢周平(1927-1997)を読んだとかで、本人自身は、好きな作家に山本周五郎(1903-1967)を挙げております。

さて、池波正太郎の世界にも、そして乙川優三郎の世界にも共通しているのが、それがどのような季節の幸であったとしても、書物の世界のなかだけの架空の食卓ではなく、実際に作って食べることのできる一品だからこそ、リアリティがあるのかもしれません。真似て作るほど宇治家参去のレベルは高くありませんが、冬になると、やはり常夜鍋としての「小鍋だて」くらいはつくります。

それともうひとつ両者の共通点として指摘できるのが、キャビアやフォアグラ(それはそれで旨いのですが)というような、高価なものが実はほとんど出てこないということではないかと思います。季節の山菜・海産を丁寧に拵えたものの描写がほとんどで、食材とどのように向かい合うのか、読んでいながら考えさせられるところがあります。

で……。
この「丁寧に拵える」というところが実は困難な訳ですが、久し振りに「丁寧に拵えた」料理を提供するお店で、家族とささやかな新年会を行って参りました。
昨日……。
義母が息子殿を東京まで連れてきてくださったのでその足で、自宅から近い「隠れ家 旬菜 ダイニング ささ花」で軽く祝宴です。

この店、花小金井駅北口のビルにある店ですが、訪問は始めて。
年末、細君が所用でこの店を利用したようですが、なかなか雰囲気もよく、料理も「丁寧に拵えた」ものを出すとのことでいってみました。

なかは、掘り炬燵の小さな個室と大きな宴会場だけのつくりで、清潔感にあふれた雰囲気で、BGMはもちろん、控えめの音量で流すJAZZ。

ビールはヱビスビールのみで、日本酒(地酒)、焼酎類もそれなりにそろってい、よく躾られた若者たちがてきぱきと給仕してくれ、雰囲気もよければ、酒もうまいというので、はやい時間ではありましたが、なかなかににぎわっているようでした。それもウルサイという感じではなく、大人の空間で、「時間を忘れさせてくれる」とはこのことなのでしょう。

宇治家参去、この日、何も食べておらず、がまんできずに夕方、マクドナルドを食していたため、喫食は控えめで、酒メイン(……っていつもそうですが)でセレクトです。

アボガドと生ハムのサラダも抑えられたドレッシングがよく、唐揚げも丁寧に揚げているのでしょう、ジューシー感がこたえられません。刺身も鮨も素材が新鮮なのでしょう、臭みがなくこれも上品な味わいです。

自分は、ニラとエリンギを白胡麻であえた饅と、博多明太子と大根おろし合えで地酒を三合ほど頂きましたが、これもくどくなく酒の友としてはふさわしい、抑えられた味わいです。

地酒は「十四代」が時価でおいてあるようでしたが、あいにくこの日はなく、「ポスト十四代」と評される「笹一(さゝ一)」(笹一酒造/山梨)でゆっくり始め、純米吟醸の「黒龍」(黒龍酒造/福井)を堪能し、「飛露喜」(廣木酒造/福島)で締めました。

ことわざに「灯台もと暗し」とありますが、家の近くにこのような「さわやかな店」があるとは知らず、新しい発見です。

独立店舗ではなく、グループ店になるようですが、大きなチェーン店ではありません。しかし、「丁寧に拵えた」旬の幸は本物です。

■ 隠れ家 旬菜 ダイニング ささ花 花小金井
  東京都小平市花小金井1-1-11 エメラルドビル2F
  無休 17:00~01:00

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著者:乙川 優三郎
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